スーパーロボット大戦 exA

第4話 始まりの終わり


「ミノフスキー粒子散布完了!」
「艦砲射撃距離まであと30!」
「メガ粒子砲充填完了!」
「機動兵器各自発進。その後、主砲一斉射撃。パイロット、当たるなよ」

 ブリッジ中にヴィンデルの指示が飛ぶ。
 次の瞬間、ウインドウの向こうにメガ粒子の火線が閃いた。

『アクセル・アルマー、ソウルゲイン出る!』
『W17、アンジュルグ出撃する』
『テンカワアキト、ヴァイサーガ、発進!』

 ラビアンローズのカタパルトから3機の機動兵器が射出される。
 このほかに数種類の機体が搭載されているのだが、出撃数を最低限に絞りラビアンローズの防衛に徹することを前もって決めていたため、単体戦闘能力を重視した……俗にスーパーロボットと呼ばれる……機体をチョイスしたのだ。
 ナノマシンの調整が終わり感覚や身体能力が安定したアキトは、高機動戦闘用のアシュセイヴァーとエネルギーブレードを装備した近接戦闘用のヴァイサーガを天秤にかけ、飛び道具よりも木連式柔の技を機動戦に応用することを選んだ。
 要するに趣味の問題である。
 事実、アキト用にコクピットを全面改修したヴァイサーガは接近戦においてアクセルのソウルゲインを完全に翻弄して、模擬戦中に被弾1という結果を残している。
 なお、その被弾というのは最後の最後にとどめを刺そうとしたヴァイサーガのエネルギーソードをソウルゲインが真剣白羽取りで止め、パワーに任せてへし折った、という物である。

『さぁて、いっちょやってやろうかなっと』
『隊長、よろしいのですか? ずいぶんと力が抜けているようですが』

 大胆にも操縦桿から手を離し、指を鳴らしているアクセルに、W17が淡々と声をかける。

『相手は連邦のモビルスーツとパーソナルトルーパーだけで、極東のスーパーロボットたちは参戦してない。加えて、こちらは勝つ必要がない。負けなければいい上に、俺達が守るのはハイパージャマーにディストーションフィールド装備の戦艦だ。きっちりと時間を稼げばいいんだから気は楽だな、これが』

 と、口調とセリフは軽いものの、どことなく不満げな雰囲気が伝わってくるのはやはり、バトルマニアの性なのだろうか。
 全力を出せない、出す必要がない戦闘への不満をにじませるアクセルに、アキトが苦笑しながら割り込んで来た。

『そうはいうが、油断していいのを1発食らえばいくらソウルゲインといえど沈むぞ。それに、俺は途中でラビアンローズに戻らなければならないんだからな』
『だーいじょうぶ。ゲッタービームやハイメガランチャーでも持ってこない限り、ソウルゲインの装甲は抜けてこないぜ』
『まぁ、杞憂であることを祈るよ。……来たぞ』

 連邦軍木星資源船団の旗艦である大型艦ジュピトリス級を筆頭に、大小の艦艇10数艦。
 そこからこれでもかと言わんばかりの機動兵器が出撃してくる。

『それでは、置き土産に一発でかい花火をあげるとするか!』

 アクセルがソウルゲインを一段と加速させて先行する。
 それに続こうとしたW17に、アキトが声をかけた。

『なぁ、W17』
『何か?』
『お前は、コードナンバーで呼ばれることについてなにも感じていないのか?』

 半ば、答えは返らないだろうと思いつつ、アキトは聞かずにいられなかった。
 かつて、クリムゾンの非合法実験施設からラピス・ラズリを助け出したとき、彼女にはまだ名前はなかった。実験体としか見なされていなかったラピスに、好き好んで名前をつけるような科学者はいなかったのだ。
 名前、という因子で区別される 個人 ( パーソナル ) を認められなかったラピスは、文字通り人形のような、人間的なことを何一つ知らない子供だった。
 己の復讐のためとは言え、そんな少女を縛り付け、人並みの幸せを教えることすらできなかったことはアキトの数ある後悔の1つである。
 レモンの説明を聞き、そのあとラビアンローズでしばしの時を過ごして、ラピスのように悲惨なことにはなっていないものの、やはりアキトにはやりきれないものがあった。
 それが、今この場になっていきなり問いただしている、『名前』だ。

『もうちょっと落ち着いたら、俺はお前に名前をやりたいと思う。あ、まぁ、俺一人じゃなく、レモンやアクセル、ヴィンデルにも相談して決めるつもりだが』
『必要ないと思うが。Wシリーズ17番目のロールアウトタイプ、これで個体識別は可能だ』
『それはここが戦場であり、この船が戦艦だからだ。平和なときが来れば必要になる。普通は、他人を番号で呼んだりはしないからな』

 さらにアキトが言い募ろうとしたとき、レーダーがシューティングレンジに敵機が侵入したのを感知した。

『通信終了。作戦を開始する』

 抑揚のないW17の言葉を最後に、回線が切れる。
 アキトは大きくため息をついたが、次の瞬間全身からナノマシンの光を浮かび上がらせた。
 呼応するように、ヴァイサーガの真紅のシールドマントがたなびき、一気に戦場へと疾走する。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「未練か……ここまできてもやはり絆を求めるのか……」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 ソウルゲインが拳を振るい、リックディアスのモノアイを叩きつぶし、肘のビームブレードがネモのシールドをやすやすと斬り裂く。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「絆も、罪も、なにもかもなくした俺は……」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 アンジュルグのビームボウから放たれた蒼銀の矢はゲシュペンストを貫き、返す腕から飛ぶシャドウランサーが戦艦を足止めする。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「空っぽの器に、何をみたせばいいんだ……?」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 瞑目し、頭を振る。
 迷いは一瞬。
 刹那、目を見開いたアキトは不安げに立ちすくむ迷い子などではなく、エネルギーブレードとビームクローを振りかざす一人の剣士だった。

おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!

 錐揉みの態勢で激しく機体を回転させながら、ヴァイサーガが敵の群れに飛び込む。

「木連式剣術、螺旋斬!」

 触れるが幸いと通りすぎたところにいたすべての敵を問答無用で斬り捨て、ヴァイサーガが疾駆する。
 シミュレータで何度か対戦していたアクセルやW17も、アキトの獅子奮迅と言うべき動きを見て、唖然とするのを禁じ得なかった。
 ただ、いち早く我に返り同じく動きを止めていた敵機へすかさず攻撃を加える辺り、ただ者ではないと言うべきか。
 多勢に無勢、という言葉の対とはすなわち、一騎当千。
 強襲艦隊の全兵力を向こうに回し、互角以上の戦いを繰り広げるたった3機の機動兵器。
 そこに、もう1機、時の流れという強大な敵に立ち向かう、漆黒の魔神が現れる。

ゴー・フラッシャー!

 背中から5本の光の槍を打ち出し、密集している艦隊陣形のど真ん中に風穴を開け、ガスに覆われる木星表面を浮き彫りにしたそのロボットこそ。
 戦国魔神ゴーショーグンである。
 レーダーに全く反応のない状態からいきなり艦隊直上に現れるという前代未聞の奇襲に、いよいよ強襲艦隊は浮き足立つ。

『今だアキト! 予定通りに』
『ここは私たちが引き受けます』

 ソウルゲインとアンジュルグがヴァイサーガをかばうように立ちはだかる。
 眼前には数を減らしたとはいえ、圧倒的な物量のモビルスーツとパーソナルトルーパーが待ち受ける。
 それを見ても小揺るぎもしない、絶対の自信。
 アクセルとW17からそれを感じ取り、アキトは会釈だけを残して反転、ラビアンローズへと戻っていった。

「では、あと5分、稼ぐとしようか! W17、真吾! バックアップよろしく!」

 一方的にアクセルが言い放ち、両肘のビームブレードを閃かせてソウルゲインが単機疾走する。

「了解。イリュージョンアロー、発射」

 ソウルゲインを追い越す形で蒼銀の無数の矢が飛んでいく。

「よし、真吾、ぶっぱなせ!」
「まかせろキリー! くらえ、ダブルスペースバズーカ!!」

 ゴーショーグンが虚空に両手を伸ばすと、どこからともなく巨大なバズーカが2つ現れる。
 両肩に1本ずつそれを担ぎ、弾の続く限り撃ち放つ。
 イリュージョンアローとスペースバズーカのクロスファイアで駆逐艦とその直衛のモビルスーツが爆散した。
 そこにすかさず、ソウルゲインが飛び込む!

「リミッター解除、コード麒麟……でぇぇぇぇぇやっ!!」

 さっきのアキトのヴァイサーガの機動に触発されたのか、アクセルもまた八面六臂、寄らば斬る寄らなくても詰めて斬ると言わんばかりに単機の白兵戦闘としては驚異的な勢いでスコアを更新していく。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 あと5分。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 アキトはヴァイサーガをラビアンローズの上甲板に立たせ、イメージングを開始した。

「ナノマシン作動確認」
「『遺跡』からのレスポンス、来ます」

 ブリッジの中央下部、レモンのコンソールの脇でブリッジクルーがセンサーの情報を読み上げる。
 それを聞きながら、レモンは猛烈な勢いでコンソールを叩き、ディストーションフィールド発生装置とビムラー=エネルギー変換装置の同調調整に全力を注いでいる。
 すると、今までアキトの体を覆っていたナノマシンの光がにわかに増し、一本の光の柱が現れた。
 伸びる柱の向かう先は、木星の地表。
 木星の『遺跡』は、そこにあった。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 あと3分。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

『さて、そろそろ俺達も戻らないと、置いていかれるな』
『機動性の高い機体はあらかた駆逐しました。後はグッドサンダーチームに任せて問題ないと判断します』
『ってことだ。真吾、すまんが頼む』

 追いすがる敵を玄武剛弾とシャドウランサーで蹴散らし、ソウルゲインとアンジュルグも後退する。

『はいはーい。あとは私たちに任せてねぇ』
「むー、レミーとはもうちょっと親密になりたかったかも」
『そんなこといってると、レモンにまたボコられちゃうわよ』
「それはそれ、これはこれ!」
『うふふ、本気じゃないセリフにはなびかないのよ、私』

 ちぇっ、と舌打ちを一つ残し、アクセルは敵戦艦のどてっ腹を蹴り飛ばし、その反作用で加速をつけて一気に離脱した。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 あと1分。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ディストーションフィールド、3秒解放。10秒前からカウントダウンします」
「……3、2、1、フィールド解除」
「ソウルゲイン、アンジュルグ帰還。ハンガーデッキにて対ショック姿勢」
「−1、−2、−3、フィールド再展開」
「ジャンプまで30秒。カウントダウン開始します」

 ブリッジにこの作戦中初めて緊張感が走る。
 それはそうだろう。
 ラビアンローズのクルーで、ボソンジャンプなるワープだかテレポートだかよく分からないことをしたことのある人間は一人もいないからだ。
 この手の事態の判断能力に最も長けるであろうレモンは、

「理論的には大丈夫、ってわかってはいるけれど、なにせ確証を得るための実験をしている暇もなかったし、ぶっつけ本番というのが私の趣味じゃないと言うか……」

 ……不安なんだか不満なんだかよくわからないことしか言わない。
 唯一、心のよりどころになるのは、

「発光弾とダミーを射出。この船が沈む様を印象づけてやれ」

 どんなときでも平常心を崩さない鉄壁の精神の持ち主、ラビアンローズの精神的支柱である艦長、ヴィンデルの存在だろう。

「ディストーションフィールド最大出力」
「ボソン=フェルミオン粒子変換開始」
「8、7、6……」

 木星の遺跡からの光が一段と強くなる。
 そして、アキトは願う。
 できることなら、みんなが幸せになれる世界へ。
 脳裏を真吾とレモンの会話がよぎる。

「本来なら、ナビゲーターになるアキトが知っている世界へ転移するはずだが、今回のジャンプではそうはいかないはずだ」
「大質量をジャンプさせるということ。急ごしらえのジャンプ制御装置の動作安定性への不安。なにより、アキト君がいた世界を知っている人間が誰もいない。そんな人間を100人単位で跳ばそうというのだから、当然『誤差』は生じるわね」
「いいのか悪いのかは別問題として、当初の目的である『この世界からの逃避』は達成できるわけだ」

 このジャンプでは、元の世界へは帰れない。
 そうやって、時と世界をたゆたい、さまようことにどんな意義があるのだろうか。
 アキトの疑問に、解答にはなっていないけど、と真吾が答えた。

「別の世界へ行けば、誰も俺達のことを知らない。その普遍の事実を嘆いても仕方がない。知り合いがいないのならば作ればいい。絆が欲しいのならば作ればいい。いずれ別れが来るからといって出会いを否定するのは間違いだと、俺は思っているよ。なぜなら、時を渡らなくても、次元を超えなくても、いつか人は別れるのだから」

 その結論に達するまでに、一体どれだけの別れを経験してきているのだろう。
 俺は、どれだけの出会いと別れを経験するのだろう。
 そんな思いを胸にしながらアキトは、たった一言だけ口にした。

「ジャンプ」

 そして、強襲艦ラビアンローズはこの次元から完全に姿を消した。

Next……?