アキトがシャトルにようやくたどり着いた頃。
 シャトルの中はすでに凄惨な地獄と化していた。

「地球の重力に魂引かれる者どもに、広大な宇宙を翔る権利はない」

 禿頭ののっぺりとした特徴のない顔に、鍛え上げられた体躯を黒衣で包む偉丈夫が、陰鬱かつ淡々とシャトルの乗員に告げた。
 錫杖を片手に立ちはだかる偉丈夫の体は返り血で真っ赤に染まっている。
 最初に抵抗しようとした連邦軍の士官が、その血の持ち主だった。
 しゃりん、と軽い金属音を立てる錫杖の穂先からは、今もまだ血がたれ落ちている。

「おおおおお、お前は何者だ!?」

 乗員の一人が、ヒステリックな声で偉丈夫に問う。
 そのおびえる様を見て、偉丈夫は魂のすくみ上がるような、神経のささくれ立つ笑みを浮かべた。

「死に行く者に名は意味なし。理不尽と不合理に苛まれたまま、死ね」

 そして、偉丈夫は錫杖を振り上げる。
 乗員は見入られたように動けない。
 そのまま、鉄ごしらえの錫杖が振り下ろされれば、この乗員の命はそこで終わる。
 誰もがそう思っていた中、たった一人だけ、違うことを考えている者がいた。

「待て!」

 そういって、一人の青年が立ち上がる。
 栗毛の長髪にはっきりとした眉、意志の強そうな彫りの深い顔立ちの青年は、苛烈なまでの怒りを込めて偉丈夫をにらみつける。
 だが、その視線を完璧に無視して、偉丈夫は無造作に錫杖を振り下ろす。
 そこに刹那の隙があったのはまさに僥倖であろう。
 青年が飛び込み、髪の毛1本の隙間で錫杖からかばう。
 この時点で初めて、偉丈夫は栗毛の青年に関心を向けた。

「……あがくか」

 それは、絶対者の優越。
 破壊の悦楽を知る者が、極上の獲物を見つけたときの舌なめずりにも似た笑みが、偉丈夫の口の端にうかぶ。
 強者であり狂者。
 その眼光にひるむ自分を鼓舞し、青年は立ち上がった。
 こんな理不尽を許してはいけない。

「こんな、こんなことで、宇宙をあきらめるわけにはいかないんだ!」

 燃え上がるような気迫。
 青年を包むそれは、あるいは勇者としての片鱗か。
 だが、偉丈夫はそれを一笑に付した。

「貴様の都合に用はない。死ね」
「簡単にやられるような訓練は積んでない!」

 無造作に偉丈夫が錫杖を振る。
 だが、1度かわしたはずの青年の体が吹き飛ばされた。
 弾き飛ばされた青年の体を受け止めることになった乗員は、その状態を見て驚いた。
 1回だけ振ったように見えた錫杖を確かにかわしたはずなのに、青年は両方の肩を砕かれているのだ。

「……首刈りの杖を、肩で受けるか」

 改めて、眼前の偉丈夫の戦闘能力が尋常ではないことを思い知らされた。
 両肩をつぶされ、傷を押さえることもできずうめいている乗員最年少の青年が、カリキュラムの一環に取り込まれている空手の修練で水準以上の成績を収めていることは乗り合わせた人間全員が知っていることだ。
 その青年をして、手も足も出ない。
 強大で、無慈悲な殺戮者。
 この瞬間、そこに居合わせたほとんどの人間の心が絶望に塗りつぶされた。
 たった一人、だらりとたらしたまま動かない両腕のまま座り込み、上目で偉丈夫をにらみつける青年以外は。

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