「心拍数減少、血圧低下します!」
「人工心肺へのバイパス!」
「脈拍停止!」
「電気ショック! 蘇生処置急げ!」

 手術室の中ににわかに緊張が走る。
 その状況を控え室でモニターしていたのは、レモン、アクセル、W17、アキトの4人とあと一人、

「ま、まずい。ショック症状が出ているのか……これでは体が持たん……!」

 禿頭に大きな鼻が特徴的な、日本人の男性だった。年の頃は初老といったところだろう。

「獅子王博士、これ以上は単なる外科手術では無理だと思いますわ」

 レモンが声をかけた禿頭の初老の男、彼こそがヴィンデルと大河総帥の間で出た獅子王麗雄博士である。
 びくり、とレモンの言葉に反応して、麗雄が顔を上げた。
 刹那、レモンを射殺さんばかりににらみつけるが、がくりと肩を落とす。

「やはり、これしかないのか……」
「私どものWシリーズ、人造人間の機械ユニットを用いて欠損部位を補填。ただし、生体とユニットの調律を行うためには……」
「研究中のこの超小型ウルテクエンジン、GSライドを搭載する必要がある……だが、それをしてしまったら息子は……凱は人間ではなくなってしまう……メカノイドになってまで、あいつは生きていたいと思うのか……わしには分からん、わからんのだよ……」

 最初に、体の機械化を提案したのはレモンだった。
 ラビアンローズで怪我の状況を確認したのは他ならぬレモンだったから、青年……獅子王凱の体は内臓の損傷が著しく、このままでは助けられないこともよく分かっていた。
 だが、凱の父親である麗雄はそれをよしとしなかった。
 かつて、それで苦い思いをしたことがあるのか。なかなか決断を下せない。

「こうしている間にも、彼は一歩一歩死に近づいていっているんですよ。彼を、息子さんを助けるにはこの方法しかないんです」

 辛抱強く、レモンが更に言葉を継ぐ。
 そこに、追い打ちをかけたのは、

「魂がある限り、体がどうなろうと人間は人間だ。俺はそう思う」

 アキトだった。
 言い募りながら、アキトの体が光り始める。
 アキト自身がタブーにしていた、翠の光、ナノマシンの発光現象だ。

「……君の、体は……それはまさか、ナノマシンなのかね!?」

 麗雄の驚愕に対し、アキトはゆっくりとうなずいてみせた。

「ここまでのナノマシンが投与されて、俺の体はもはや人間と言えるかどうか疑問です。ですが、俺は自分を、テンカワアキトをやめていません。そう思える限り、俺は人間です。機械の体でも、夢は追えます、人間として!」

 アキトが力強く宣言する。
 外道まで堕ちて、復讐の炎に身を焦がした男が、自分を人間だという。
 頭の片隅に、冷めた笑みを浮かべる自分がいるのもわかっている。
 だが、アキトは思う。
 これ以上、失いたくはない。
 助けられなかった人だっていたが、少なくともあの青年、凱は助ける手段がある。
 エゴかもしれない。
 押しつけかもしれない。
 それでも、助けられる命を見捨てたくはない。

「……わかった」

 がっくりとうなだれた麗雄から、一言だけ返事があった。

「わしの息子を……こんな理不尽な理由で失うわけにはいかん……!」

 ほっと息をつくアキトの体から、ナノマシンの光が消えていく。
 極度の興奮からよろけるアキトを、アクセルとW17が受け止めた。

「アキト、お前無茶しすぎ」
「……」

 苦笑するアクセルに対して、W17はかすかに眉をひそめていた。

『機械の体で、夢が追える? なにをいっているのだ、テンカワアキトは?』

 こんなことをW17が考えているとは露知らず、レモンはモニター越しに凱に施す術式の説明を執刀医たちに行っていた。

「3分後に作業を開始します。それまで、彼の生命維持に全力を注いでください。W17!」
「……」

「W17!?」

 レモンがほんの少し声を荒げる。
 名前を呼ばれて反応しないW17など、今までになかったことだ。

「……は、申し訳ありません」
「しっかりしなさい。私のラボからW18のユニットを一式持ってきて。いいわね」
「了解しました」

 程なくW17が控え室から飛び出していく。

「お手並み拝見だな、レモン」
「ふふっ。アキト君、貸し1よ」
「よろしく頼む」

 頭を下げるアキトを見て、レモンと麗雄が立ち上がった。
 二つの世界の希代の科学者が、その時本気になったのだ。

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