漆黒の宇宙空間。
 宇宙的規模からすればすさまじいほど混雑している地球と月の重力中和点付近も、人間の尺度からすれば何もないに等しい。
 今そこを疾駆する機動兵器のパイロットは、そんな漠然とした不安を感じていた。

『なぁなぁ、もういいかげん大丈夫なんじゃないのか、ライト?』

 浅黒い肌に短く刈り込んだ黒髪、典型的な黒人の青年が無線で問いかける。
 ライト、と呼ばれた金髪碧眼の白人の青年は、通信モニター越しの黒人の青年に向かってため息交じりで答えた。

『D−3からの情報は送ってるだろう? 向こうの電子戦用機体の索敵範囲からは逃れられないし、こっちは荷物がある。遅かれ早かれ、絶対に追いつかれる。これは紛れもない事実だ』
『うううう、けどよぉ……』
『覚悟を決めろよ、タップ。できるだけ月を離れて、中立地域に逃げ込むって、最初に決めたじゃないか』

 タップ、と呼ばれた黒人の青年の情けないつぶやきに、3人目、典型的な黒髪の黄色人種の青年があおり立てるように割り込む。

『ま、ケーンはがんばってお姫様を守らなくちゃならないもんな』
『茶化すな、ライト』

 黄色人種の青年、ケーンが憤慨するようににらみつけるが、通信モニター越しのガン飛ばしなど怖くもなんともない。
 ライトは自分の乗っている機動兵器のカメラアイを自機の脇を飛ぶ小型艇に向ける。
 小型艇の上側には大きな盾を持ち、レールガンを構える白い足の機体が見える。遠距離戦闘用の大型砲を備えた武骨な姿はオプションパーツだ。
 これがケーンの乗る機体、『竜騎兵』の名をつけられた試作型メタルアーマー、ドラグナー1番機、通称D−1である。
 装備しているオプションパーツはキャバリアーと呼ばれるもので、近接戦闘に特化したD−1で先手を取るための長距離レーダーと大型砲が装備できるようになる。
 ライトの機体とちょうど反対側の脇には、両肩に大型のレールキャノンを装備した黒とネイビーブルーの機体が飛んでいる。
 タップの乗るこれは、突貫するD−1を砲術支援するための系列機、D−2。
 そして、ライトの乗る機体は頭部が大型レーダードームになっている。先ほどのタップへの会話からもわかるように、他の2機に比べて格段に高性能のセンサーを搭載した、電子戦用の機体だ。これがD−3である。
 連邦軍に正式採用されたモビルスーツと発想は近い物があるが、月面のアナハイムのテクノロジーとは違う経緯で開発されたものだ。

『うわ、やば』

 そうこうしているうちに、ライトが眉をひそめて声を上げる。
 怪訝そうにするケーンとタップも、D−3から転送されて来た情報を見て目を見開いた。

『追いつかれちまったか……』
『おおい、どうするんだよこれからよぉ!』

 うろたえるタップをモニター越しににらみつけると、ケーンはD−1を反転させた。

『こうなったら、やるっきゃないぜ!』
『おぉ、やる気まんまん』

 ライトも茶化しては見るものの、実は目が笑っていない。
 D−3のレーダーで捕らえている敵機は4機で物量の上では互角。ただし、データベースの照合結果が、物量での互角を裏切っている。加えて言えば、それはあくまで先遣隊であり、後続部隊が控えていることも見えている。
 どう頑張っても、今さっき分捕ったばかりの機動兵器で訓練された兵士相手に勝てるとは思えない。

『リンダ達は必ず逃がしてみせる!』
『……すまない。本当なら軍人である私が戦うべきなのだけれど』

 そういって、ケーンの決意表明に割り込んで来たのは連邦軍のノーマルスーツに身を包む、きれいな長い黒髪の妙齢の女性だった。

『気にしなさんな。先に乗り込んだところで工廠を爆撃されて気密が保てなくなったのも、先に俺達が乗っちゃったのも別に君のせいじゃない。それに、あそこの熱血バカほどじゃないけど、女の子を守るのは男のシ・ゴ・ト♪』

 誰が熱血バカだ誰が、とケーンがモニターの脇でわめくのをしり目に、ライトはあろうことか小型艇から通信してきた女性に色目を向けていた。
 余裕? ではないだろう。
 月面のパイロットスクールで訓練はしていたとはいえ、誰一人実戦経験はない。
 勝ち目0の戦を目の前にして、平静を保っていられる胆力の持ち主は少ない。
 普段通りにすることが、精神安定への近道。
 とはいえ、美女を見たら口説くというのが普段通りというのもいささか問題があるような気はする。

『ま、そこのナンパ野郎はどうでもいいけど、何としてでもその船、俺達が守るから、あんたはできるだけ早く脱出組を避難させてくれよ……えーっと、カザマさん、だっけ?』

 ケーンが尋ねるとカザマ、と呼ばれた軍人が真面目に答える。

『連邦軍月駐留部隊のカザマ=イツキだ』
『OっK。んじゃ、軍人さんは民間人を守ってくれよ、頼むぜ!』

 ケーンが叫んだその瞬間、D−1に敵の砲撃が肉薄する!
 慌ててD−1はシールドを構えた。

『シールドをつぶす気かよ!? ったく、レールガンじゃ届かねえ!!』
『俺に任せろ! ライト、座標くれ!』
『転送するぞ。予測進路込みだ、当ててくれ!』

 レーダーサイトにD−3からの情報を展開して、タップは慎重に照準を合わせる。

『こうなったら破れかぶれだ! 当たれよこのぉっ!!』

 タップがトリガーを引くと、D−2の両肩のキャノン砲が一斉に火を吹く。
 真空の闇では音はしない。
 音も光もない空間をにらんでも、着弾したかどうかは全くわからない。

『……当たったかな?』

 小さくつぶやくタップにライトが思い切り怒鳴り付ける。

『当たってるって! お返しが来てる、避けろ!!』
『そーいうことは早く言ってくれぇぇぇ!!』

 慌ててタップはD−2に回避行動をとらせる。
 だが、精度の高い3連射が容赦なくD−2を襲う。

『うわあああっ!?』
『慌てんな! 足にかすっただけだって!』
『でもよケーン! 当たってんだぞ、攻撃されてんだぞ!』
『言われなくたってわかってる! 迎え撃つしか、ないんだ』

 はるか後ろに小型艇の光を見たケーンは、生唾を一つ飲み込むと、D−1をレーダーの光点に向かって相対静止させた。

『ちっ……あのキザ野郎とおぼっちゃんズか……でも、やるっきゃねえ!』

 D−1の目の前に、ギガノス帝国きってのエース、『ギガノスの蒼き鷹』マイヨ・プラートが駆る蒼いメタルアーマー、ファルゲンが悠然と現れた。

『降伏するか? ドラグナーを明け渡せば、悪いようにはしない。マイヨ・プラートの名にかけて、約定は果たす』

 通信の後ろ側で、何を言うのですか大尉! とか、即時殲滅すべきです! とかいう声が聞こえているようだが、今さっき通信してきたファルゲンのパイロット、マイヨは耳を貸そうとしない。
 刹那、ケーンはディスプレイ越しに二人の親友の顔を見る。
 ライトは肩をすくめるだけで何も言わない。
 タップはすくみ上がるようにガタガタと震えていたが、ケーンがジロッとにらみつけるとあわてて首を大きく縦に振っていた。
 一つため息を挟み、ケーンはゆっくりと宣誓した。

『一つだけ言えることがあるぜ』
『何かね?』
『それはな……戦争反対ってこと!!

 ケーンの叫びと同時にD−2とD−3が左右に散り、D−1はそのままファルゲンに向かって突進する。

『なんだと!?』
『いまさら戦争しようって奴に、協力する義理はないんだよ! わかる!?』

 慌ててレーザーソードを抜こうとするファルゲンの右腕を、あろうことかD−1が思いっ切り蹴り上げた。

『ちいいいっ!!』

 取り落としそうになったレーザーソードをかまえ直したところに、左右からD−2とD−3のミサイルが飛ぶ。
 辛くもそれをかわすほんのわずかな時間で、ケーン達は脱兎のごとく逃げ出していた。

『ふっ、この私を足蹴にするか。やってくれる……逃がさんぞ!!』

 ファルゲンから距離を稼いだケーンは、その実全く余裕がなかった。

『……ふぅぅぅぅぅ……死ぬかと思ったぜ』
『なんであんな風にタンカきったんだよぉ? これで今度出くわしたら絶対に逃がしてくれないぞぉ』

 タップがブツブツと文句を言うが、ケーンは聞く耳を持たないようだ。

『うっせ。じゃ、あのまま捕まって捕虜になればよかったって言うのか?』
『そうはいわないけどよぉ。もうちょっとその、言い様ってのがあったんじゃないかって』
『他になんて言えばよかったんだよ。ライトだって反対はしてないぜ。なぁライト?』

 ケーンがそんな風にライトに話を振るが、当人からの返事がない。

『おいライト、聞いてんのか?』

 眉をしかめてケーンがもう一度聞き返すが、モニターに出てきたライトの表情は険しい。

『遠距離通信に絞ってジャミングか……ちっ、おぼっちゃんズも結構知恵が働くじゃないの』
『どうした?』
『向こうの電子戦機が、遠距離通信帯にだけジャミングをかけてきたんだよ。通常通信はこの通り問題ないが、例えばここからコロニーに向かっての電波は遮断されちまった。まずいな、オービットベースまではまだ距離があるっていうのに……』

 ライトのつぶやきを聞いて、ケーンはまた生唾を飲む。
 今度ははったりじゃすまないかもしれない。
 タップに向かってはあれだけの虚勢を張ったものの、ケーンだって初めての実戦だ。
 トリガーを握り込むこぶしの震えは、なかなか止まらなかった。

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