スーパーロボット大戦 exA

 

第12話 ライオン・イズ・バーニング

 その光景を見たとき、アキトの身体に震えが走った。
 液体で満たされたガラス製の柱の中に、ヘッドカムで頭半分隠されただけの、素裸の少女。
 そして、それが当たり前の光景であると思い、異常性に気づかないままもくもくと己の研究を続ける白衣の科学者たち。
 かつて見たことがあるその光景。
 それとは時も場所も違うことはわかっているにもかかわらず、アキトは自分の記憶をまざまざと見せつけられているような気がしていた。
 もし、アクセルが振り上げた拳を掴んで止めてくれなかったら、きっとアキトは彼らをただの肉片にしていただろう。ろくな武器がないにもかかわらず、だ。
 奴等を殺しても、何の解決にもならない。
 アクセルの瞳は無言でそう語りかけていた。

「けれどまぁ、制圧しなければデータもあの ( ) も助けられないんだな、これが」

 そういいながら、アクセルが音もなく研究ブロックに滑り込んだ。アキトもそれに続く。
 何が起こったか?
 そこに居合わせた者の大半が、その結論を知ることなく昏倒させられた。
 非戦闘員とはいえ、10人以上を一瞬で戦闘不能にする辺り、アクセルの白兵戦闘能力が高いものである証明であろう。

「さて、どうやってデータを分捕るか……」
「一人ぐらい起こすか?」
「騒がれたら面倒なんだな、これが」

 アキトの提案をアクセルが一蹴する。
 そもそも、侵入者であるアクセルたちに協力させるための説得の時間が惜しい。それが例え、脅迫という名の説得であってもだ。
 アキトも言うだけ言ってみた、という風情で持ってきたワイヤーで研究員たちを拘束する。

「まぁ、オンラインのデータはラミアに任せておけばいいだろう。俺達はこの部屋の資料を……」

 そういってデスクの引き出しに手をかけていたアクセルが、ふと顔を上げる。
 刹那、アキトの顔色も変わった。

「何か」
「くるんだな、これが」

 そういって、アキトとアクセルはアイコンタクトの後、入り口の両脇に立った。
 ぶしゅっ、というコンプレッサーの音と共に扉が開く。
 開いた瞬間にものすごい轟音とマズルフラッシュが飛び込んで来た。

「問答無用かよおい!?」

 アクセルがぎょっと目をむくが、アキトは着弾位置を見て冷静に指摘する。

「いや、撃ったのはマシンガンだろうが、弾丸は暴徒鎮圧用のゴム弾頭だ」

 言われてみれば、スチール机はへこんだだけで破壊されてはいない。
 ただ、拘束されて床に転がされている研究員の中には、流れ弾を食らって悶絶している者もいる。殺傷能力は抑えられているだけで、0ではない。

「ガーディアンか。さて、何人出てくるんだか」
「散れ!」

 ハンドガンを構えたまま、アクセルがアキトの号令で飛びずさる。
 そこに、がしゃん、という金属音と共に人影が飛び込んで来た。
 小柄な体型に緋色の長い髪。
 見て取ったアクセルが眉をひそめる。

「お、女ぁ?」

 すっ頓狂な声への返答は、無数の銃弾だった。あわてて軸線をずらしてアクセルがそれをかわす。

「ふぅ〜、間一髪なんだな、これが」

 どこかで聞いたようなセリフを吐きながら、アクセルが態勢を整える。
 襲ってきた女に注意を向けると、サブマシンガンを片手に1丁ずつかまえ、前傾姿勢でこちらをねめつけている。

「ちっ、 ( ) る気マンマンって感じだな」
「だが、一人ならどうとでもできる」

 舌打ちするアキトのやや後方から、アクセルがつぶやく。
 少なくとも、今構えている銃がゴム弾装備なら即死の心配がない分、気は楽だ。

「一気に決めるぞ、アキト」
「了解だ」

 次の瞬間アクセルがまっすぐ飛び出し、アキトは左に跳んだ。
 刹那、女は真正面のアクセルに向かって銃口を向けるが、トリガーを引かずに右に跳んだアキトを追う。
 無視されたアクセルも追われたアキトも違和感を覚える。
 周りになにかあったか? アキトが見回すと、女がポイントした先には、少女が納められた調整槽があった。

「……あの娘を、かばったのか?」

 答えがあるとは思っていない疑問。
 だから、アキトは目の前に対峙する女がつぶやいた言葉が信じられなかった。

「ラピスは……あたしが守る……守るんだ……」
「何っ!?」

 それがたとえ偶然であったとしても。
 アキトにとっては忘れられない名前だ。
 ラピス・ラズリ。
 プリンス・オブ・ダークネスのただ一人のパートナー。
 仲間であり、被保護者であり、元の世界に残してきた心残りの1つ。
 ガーディアンの女が振りかぶった右の拳に対して反応が一瞬遅れたのは、そんなことを思い出してしまったアキトのミスである。

「ちいっ!」

 とっさに後ろに飛び、アキトはインパクトのダメージを軽減しようとする。
 だが、拳の衝撃の瞬間、アキトはそれ以外の何かを感じ取る。嫌な予感、とでも言えばいいだろうか。

「アキト!?」

 アクセルが叫んだ瞬間、殴られたアキトの腹から信じられないものが見えた。

「うぉぉぉぉっ!!」

 炎。
 拳を食らったアキトの服が瞬時に燃え上がる。
 床を転がりながら、何とか燃えた化学繊維が身体にへばりつく前に上着を脱ぎ捨てた。

「どうなってんだこれは!?」
「わからん。だが、あの拳は尋常じゃない熱量だ。布やプラスチックなら握っただけで燃えるんだな、これが」

 これが生存性を高めた 宇宙服 ( ノーマルスーツ ) などであれば話は別だが、あいにくアキトもアクセルも多少動きやすい普段着、というレベルだ。
 だが、殴っただけで布を燃やす拳とは、一体どれだけの熱を秘めているのだろうか。

「拳にヒートホークでも埋め込んでるのか、あいつ?」
「その割りには、バッテリーの類を持っているようには見えないが」

 縦横無尽に打ち込まれる弾丸をデスクの影でしのぎながら、アクセルとアキトが首をかしげている。

「まぁ、これだけの騒ぎになって、あいつしかここに来ていないということは」
「万丈かラミアがうまくやったかしくじったってことなんだな、これが」

 防御機構が働いているのであれば、単体のガーディアン以外に警備部隊などが出動してくるはずだ。
 これだけの立ち回りをやって周りが騒がないはずがない。

「触っただけでこっちにダメージってのは厄介だが、何とかするしかないな」
「頭の中まで機械仕掛けじゃなければ大丈夫だろ?」

 アキトとアクセルはとりあえず同じ結論に達したようだ。

「仕掛ける!」
「おっけーなんだな、これが!」

 アキトとアクセルが同時に物陰から飛び出す。全くの逆方向に飛び出したため、ガーディアンの彼女の狙いが揺らぐ。
 ほんの一瞬の躊躇の後、アクセルに狙いを定めるがその躊躇を見逃すほどアキトもアクセルも甘くない。しかも、今のアキトには予測し得ない反則技がある。

「ジャンプ!」

 アクセルを撃ちながら、彼女はアキトを探していた。
 だが、その姿がかき消える。
 彼女は当惑した。どこにいった? 気配まで消えるなんて……!?

「もらったぞ!」

 短距離のボソンジャンプで彼女の背後に跳んだアキトは、そのまま拳を振り下ろす。
 そのアキト目がけて、トリガーを引く暇もないと判断した彼女は、マシンガンの銃身をそのまま振りかぶった。プロテクターも何も着けていないアキトには、鉄の塊で殴られるだけで十分に致命傷になる。

「ざーんねん、なんだなっ」

 大ぶりになった彼女目がけて、本当の攻撃を仕掛けたのはアクセルだった。
 アクセルにしろアキトにしろ、自身が囮であり本命であることをわかった上での、ボソンジャンプを使った奇襲だったのだ。
 アキト目がけて振りかぶった隙を突き、アクセルが彼女の顎をかすめるような右フックを放つ。
 刹那、動きを止めた彼女は膝を震わせて、そのまま崩れ落ちた。

「サイボーグとはいえ、脳へのダメージまではカバーできなかったか」

 空手やボクシングなどで良く言われる、『脳に最も遠い頭部への攻撃』である。
 顎を軸にして強烈な振動を与えてやれば、振り回された頭蓋骨の中の脳が深刻なダメージを受ける。場合によってはそのまま脳挫傷を起こすことだってあり得るのだ。
 そこをピンポイントで狙い澄まして殴り飛ばしたアクセルの白兵戦のセンスは、やはり一級品といえるだろう。

「ふぅ」
「なかなか強敵だったな」

 汗をぬぐうアクセルがふと顔を上げると、アキトは少女が納められている培養槽を見ていた。

「ラピス……いや、ここにいるのはあの娘じゃない……」

 諦観のこもったため息を見て取り、アクセルは眉間にしわを寄せる。

「……平たい胸よりボインちゃんの方がお好みか?」

 とりあえずグーで殴ってみました。

「じょ、冗談なのに……」
「TPOをわきまえろ」

 とはいったものの、実際TPOをわきまえず潜入作戦中に物思いにふけっていたアキトも、これが不器用なりに後ろ向きになっていた自分を引き戻そうとするアクセルの策であることはわかっていた。
 建設的でないことを頭では理解していても、心が後ろ向きになるのは仕方のないことだ。
 忘れられないことがあるから、人は人として生きていけるのだ。

「さて、それじゃこの娘さんをかっさらってずらかるとするか、アキト」

 近所に買い物にいった帰りのようにお気楽な口調でアクセルがいったことを、アキトが咀嚼するのに5秒ほどかかった。

「んああ!?」
「何をそんなに驚いている? 要救助者を助ける、生き証人を確保する、資料を持ち帰る、言い方はいくらでもあるぞ。ただ、この娘さん以上のお宝は多分ここにはないな。それは間違いないだろう」

 どうだ何かいえるもんならいってみろ。
 思いっ切り胸を張るアクセルを見て、またため息をつくアキトであった。

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