「はい、こちらナデシコは風前の灯」

 ナデシコのブリッジで、直通回線からの通信に対して淡々とホシノ・ルリは答えていた。
 その声を聞いて、ルリの頭上にあるコマンダーデッキからプロスペクターが顔を覗かせた。

「ホシノさん、通信ですか?」
「キリオ君……もとい、ボルフォッグからの直通通信です。艦長ミスマル・ユリカ、副艦長アオイ・ジュンの両名、ボルフォッグに乗ってこちらに向かっています」

 ふむ、と一つうなずいてプロスペクターはオペレーションブリッジについているハルカ・ミナトとメグミ・レイナードに指示を出す。

「メグミさん、ホシノさんが掌握している通信回線をメインスクリーンに回してください。ハルカさんはレーダーの情報を確認しておいてください」
「は、はいっ。ええっと、これを、ここにっと」
「はいはーい、エンジン点火してないからまだ仕事のうちに入らないけどねぇ」

 まだコンソールオペレーションになれていないメグミがあたふたする横で、ミナトは早速自分の目の前にウインドウを投影して情報を確認した。
 しばし後、ブリッジ正面のメインスクリーンに妙齢の女性の顔が大写しになる。

『ちょ、ちょっとユリカ、近づき過ぎだって』
『ほえ、あれ?』

 映し出された女性……ユリカの脇から若い男……ジュンのツッコミが聞こえてくるが、ユリカが車載のカメラに顔を近づけすぎているため、姿は映っていない。

『あれれ、失敗失敗』

 そういってカメラの向こうで姿勢を正すと、後部座席に座っているユリカのバストアップが映し出された。

『みなさーん、私がナデシコの艦長、ミスマル・ユリカでーす、ぶいっ!!』

 満面の笑顔にVサイン。
 これでユリカの服装がネルガルデザインの上級士官用制服でなければ暴れるか泣くか逃げ出すか、いずれかの行動に出る者がいたに違いない。

「……こ、この人が艦長、なんですか?」

 口の端を引きつらせながら、メグミが誰にともなくつぶやく。

「はい、このたび連邦士官学校を主席で卒業された才媛、極東軍にその人ありといわれたミスマル提督のご息女です。血筋、才能共に一級品ですよ」

 と、プロスペクターが自慢げに言ったところで、メインディスプレイに大きく映ったにぱ笑いのおかげで全て台無しだ。

『みなさん、あと3分ほどで私もナデシコに到着しますので、もうちょっとだけ待っててくださいね。大丈夫、迎撃してる人たちもがんばってます。ナデシコは沈みません、絶対に』

 これだけふざけた挨拶をかました『自称』艦長にこんなことを言われても、信用できるはずが無い。ましてや、ユリカ自身はついこの間学校を卒業したばかりのヒヨコだ。実戦経験皆無の艦長に何がわかるというのか。
 ……と、ここに1人でも実戦を経験した者がいたならばそう考えたに違いない。
 だが、このユリカの台詞を聞いていた者は、そのほとんどが『戦争のシロウト』だ。プロスペクターの落ち着き払った態度と、今のユリカの言葉、そして、

「レーダーの情報を展開します。バッタの数、数百から数千で正確な数は計測不能。ですが、水際でかろうじて受けきっています。迎撃しているのはコロニー製のモビルスーツ12機とガンダムタイプのモビルスーツ1機、それに機体の詳細は不明ですが、極東の特機並みの外見性能を示している機体が2機。100倍近い物量差を良く持ちこたえています」
『ほら』

 ルリの淡々とした報告とレーダーの情報が映し出されると、艦内の雰囲気が変わった。漠然とした恐怖が払拭され、自分たちが乗り込んだものが何なのか、自分たちが何を買われてスタッフになったのか、それを思い出したのだ。

「よーし! 相転移エンジンの最終点検! 手の空いてる連中はハンガーデッキの整理だ!」
「ウリバタケチーフ! デッキ整理してどうするんですか!?」
「ばぁっかやろう!! さっきのお嬢艦長、どう見たって車で移動してんだろうが!! いちいち降りて搭乗口に回るよりは車ごとハンガーデッキで受け入れちまったほうが早い! それでかまわねえな、艦長さんよ!?」

 コミュニケに向かってにわかに喧騒が戻ったハンガーデッキに響き渡る大声でウリバタケ・セイヤが確認する。

『かまいません。ボルフォッグさん、ルートはお任せしますよ』
『了解しました、ミスマル艦長』

 プロの仕事は早くて確実だ。
 ウリバタケに関しては任せてしまってかまわないと判断したユリカは、回線をブリッジに切り替えるよう指示した。

『ありがとうね、オペレータさんはホシノさんだっけ?』
「ホシノ・ルリです、艦長」
『ルリちゃんか、かわいいなぁ。ナデシコについたらいっぱいお話しようね?』
「私と話をする前にナデシコを起動してください。それが艦長の最初の仕事です」
『……ううっ、ルリちゃん手ごわい……』

 このユリカとルリのやり取りをあきれて眺めていたのはメグミ、興味深げに聞き耳を立てていたのはミナトだった。

『ドック外壁到着。直通搬入口の開閉コード直接送ります』
「こちらからガイドを出します。搬入エレベーターまで障害物ありませんから、そのままどうぞ」
『了解です、ルリ』
「……ボルフォッグには必要なかった?」
『やっていただけるのならば楽が出来ます』
「AIが人間より楽してどうするの?」

 そして、ボルフォッグとルリの会話がユリカに対してのものより親しげだと気づいたのは、ブリッジの中ではミナトだけだった。

「ふーん、ただの天才少女ってワケでもなさそうね。生き残れたらゆっくりお話してみましょうか」

 ミナトがそんな独り言をつぶやいたとき、ブリッジ最上部のコマンダーデッキのエントランスが開いた。

「いっちばーん! ジュン君遅いおそーい!!」
「いや、別にそういう問題じゃないと思うんだけど」

 元気一杯にユリカが飛び込んでくる。その後ろからあせりながらジュンがついてきた。
 待ち構えていたプロスペクターがメインコンソールを指し示す。

「お待ちしておりました、艦長。では、起動キーを」

 ユリカは、そのふくよかな胸の谷間から大事そうに特殊金属の鍵を取り出した。
 IFSなどによる電子認証が発達している現在の技術から考えると、あからさまに時代に逆行しているのだが、あくまでもこれは儀礼的なものだ。
 ユリカが取り出したものこそ、機動戦艦ナデシコの相転移エンジンを起動するためのキーである。
 この戦艦における最高上位権限者の証でもある。

「はーいっ、それでは、ナデシコ、起動しまーすっ!!」

 真剣な面持ちで、ユリカが起動キーをスロットに差し込み、ぐいっと思いっきりひねった。

 びーっ、びーっ、びーっ、びーっ……。

 その瞬間、エマージェンシーのサイレンが艦内に響き渡った。

「うわうわうわ、なにこれ!?」『おおいブリッジ、何しやがった一体!?』「わわわ、私は何もしてないわよ?」「何が起こりましたか?」

 メインスタッフが混乱している中、ルリだけが冷静に何が起こったのかを把握していた。

「艦長、コマンドシーケンス起動しました。メインスクリーンに出ます」
「へ? なに?」

 それまで外部の戦況とレーダーの状況を映していたメインスクリーンに、大きく割り込んだ文字。

『自爆シーケンス発動』

「「「「「じ、自爆シーケンスぅぅ!?」」」」」

 ルリを除いた全員が目を剥いて驚いた。それまで冷静沈着だったプロスペクターすら驚いていた。
 無理も無い話だ。
 艦のエンジンが起動する前にいきなり自爆など予測できるわけがない。

『起動キー入力により、自爆シーケンスが選択されました。艦内の上位権限所有者3名以上の承認を以って、自爆が決議されます』

 続いて表示されたとんでもないメッセージに、全員が目を剥く。そんな中、コンソールとキーの状態が目に入ったジュンは、あることに気づいた。

「ユリカっ、回しすぎ、回しすぎっ!!」
「え?」

 ジュンが指差したところを見れば、起動キーがStop、Idol、Startを飛び越してEmergencyのところまで回っていた。

「スタートの位置まで回せばいいのに、何やってるのさ!?」
「あららぁ、間違えちゃったね」
「あららじゃないよユリカぁ……」

 頭を抱えるジュンを尻目に、てへへ、と苦笑いを浮かべながらユリカは起動キーをStartの位置に戻した。
 すると、メインスクリーンの自爆シーケンスのメッセージが消え、ミニウインドウが乱立する。ブリッジのコンソール全てで同時に起動(ブートアップ)シーケンスが展開したのだ。メグミがあっけにとられる横でミナトはエンジン部のメッセージを選び出し状況を確認する。
 もっと忙しくなったのはルリだ。目の前のウインドウが乱舞するように飛び回るのを手づかみで押さえつけ、馴らし、整列させては手でつぶし、しまいこむ。
 ただそれだけの動作が、ナデシコのメインコンピュータで管制している全てのユニットの起動シーケンス制御であると見抜ける人間はごくわずかだ。
 概念として自己の行動でコンピュータを制御できる者。
 それこそが電子の妖精(マシンチャイルド)と呼ばれる者なのだ。

起動(ブートアップ)シーケンス、オールクリア。相転移エンジン起動」

 ルリの淡々とした宣言で、飛び回っていたウインドウが一斉にはじけとび消える。そして、

『起動します』『All OK』『よくできました』

 全てのウインドウが起動シーケンスをクリアしたメッセージを表示した。

「ありがとうルリちゃん。操舵士は……ハルカさん、でしたっけ?」
「よく知ってるわね。でも、ミナトでいいわよ、艦長」
「クルーの名簿は一通り目を通しましたから。ではミナトさん、発進準備よろしくお願いします!」
「りょうかーい」

 ミナトの指がコンソールを軽やかに叩く。すると、ブリッジ全体にぶん、という振動が響いた。艦全体にエネルギーが行き渡る。

「発進準備完了。いつでもいけるわよ、艦長」
「それでは、作戦はどうしますか?」

 ミナトの宣言を受け、プロスペクターが最終確認をする。

「ドック正面で迎撃してますので、海底ゲートから出航。半包囲の外側からグラビティブラストで一閃します」
「かしこまりました。各部署、状況報告願います」

 一礼したプロスペクターの元に、コミュニケの画像が集まる。

『ハンガーデッキのウリバタケ・セイヤだ! エンジン快調! 全開でぶん回してくれてOKだせ!!』
『主計局ってことになってるけど、食堂のリュウ・ホウメイだよ。戦闘態勢は出来てるから、思いっきりやっておくれ!』
「通信士のメグミ・レイナードですっ、えっと、が、がんばります!!」
「オペレーターのホシノ・ルリ。ぶい」
「操舵士のハルカ・ミナトよ。艦長、よ・ろ・し・く♪」

 メインスタッフの返答を聞き、ユリカが振り向く。ジュンが一つうなずくのを見て取って、真正面に向き直ったユリカは高らかに宣言した。

「機動戦艦ナデシコ、発進っ!!」

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