「ゲスト2名、ブリッジイン」

 ルリの声と同時にブリッジの最下段にアキトとラミアが現れた。

「あ、来た来た。今降りますねー」

 能天気極まりない声が頭上から聞こえてきたかと思うと、だだだだだーという足音が近づいてきた。

「改めまして、はじめまして! 機動戦艦ナデシコ艦長、ミスマル・ユリカでーすっ。ぶいっ!!」

 元気一杯のユリカに対して、ラミアは無表情を保ち、アキトは苦笑を浮かべていた。

「……GGGのテンカワ・アキトとラミア・ラブレス、ネルガルの機動戦艦ナデシコに出向となりました。よろしくおねがいします」
「あー、そんなに堅苦しくしなくていいですよぉ。確かにこの(ふね)は戦艦ですけど、軍属ではありません。艦長は私ですけれど、みんな仲間なんですから」

 こんな台詞を聞いて、アキトの苦笑がますます深くなる。戦艦が、戦闘システムとして機能するために必要なことをこの艦長は真っ向から否定してくれる。
 そこにあるものはなんだろう? 理想か、夢想か、無謀か、はたまた現実を把握してない大馬鹿者か。
 それでも、ユリカなら何とかしてしまうかもしれない。
 それが彼女の『私らしく』なら。

「仲間、ですか」
「そうです! あ、でも最初は友達からにしてくださいね。今はフリーですけどぉ、いつか私をさらってくれる王子様が来ることになってますから」

 この妄想力は正しくユリカの『私らしく』だ。
 大きくため息をつきながら、アキトは自分の中の違和感を飲み込んだ。

 ……吐き気がした。

「やーどうもどうも。テンカワさんとラミアさんでしたな。私もご挨拶させていただきます。私、ネルガルのプロスペクターと申します。よろしくお願いいたします。あ、これ私の名刺ですのでお納めくださいませ」

 そのアキトの感慨というか感傷というか、とにかく腹の奥でぐるぐると回っていた得体の知れない感情をぶっ壊すように、ユリカの後ろからプロスペクターが怒涛の早口で割り込んできた。

「あ、え、う?」
「いやーテンカワさんお強いですなー。機動兵器単体の戦闘ならば十分にエース級、いえ、もしかしたらあのロンド=ベルのパイロットたちに匹敵するかもしれません。いやいや、連邦軍にもまだこれだけの人材がいらっしゃったとは」

 立て板に水のごとく連射されるプロスペクターの言葉に、アキトは圧倒される。
 同時に、やはり居心地の悪い懐かしさも感じていた。

「ところでどうでしょう、今は国連組織の嘱託ということですが、この際ネルガルに籍を移されては? 移籍料その他は全てネルガルの方で負担させていただきます。お給金のほうも、ほら、このぐらい」

 しゅたっと懐から取り出した電子ソロバンをぱぱぱんとはじくと、そこには結構な数の0が連なる数字が見えていた。
 本社に伺いを立てずにそれだけの額を提示できるのは、人事に関してかなりの権限が与えられている証拠だろう。

「いくらなんでもそれが現実的ではないことは、プロスペクターさんもおわかりでしょう? 連邦軍の機密の塊を携えた者をそのまま抱え込めるほど、ネルガルも酔狂ではないと思いますが」

 とりあえず、アキトは先の台詞がポーズであると見なして真面目に回答した。

「……ははは、これは一本取られましたな。ですが、ネルガルはいつでも優秀な人材を募集しておりますので、その気になったらご相談ください」

 アルカイックスマイルを浮かべたプロスペクターが愛想良く頭を下げると、ふとアキトの隣に立つラミアに目を向けた。

「ほほぉ。見目麗しき美女のエースパイロットに流麗なスーパーロボット。宣伝にも使われそうな組み合わせですが、覚えがありませんなぁ……」

 顔は笑みを崩していない。だが、眼光だけが変わる。
 観察する、というよりは値踏みするような視線を、プロスペクターはラミアに向けた。

「……何だ? 私の顔に何かついているのでございますですか?」

 ……ん?
 何かとてつもない違和感があったような気がして、アキトはラミアの顔を見て首をかしげた。

「どうしたテンカワアキト? 何か言いたいことでもあるのか?」
「いや、別に、なんでもないんだが……」

 普通だった。
 今の台詞はなんともない……今の?

「ラミア、今、プロスさんに何か変なこと言わなかったか?」
「何を言っている。普通に受け答えをしただけだぞ」
「……そうか? なんかおかしかったんだがな」

 未だに眉をひそめているアキトをラミアは不思議そうに眺めている。

「いやいや、テンカワさん、ラミアさんとおっしゃいましたかな。よろしければご紹介いただきたいのですが」

 絶妙なタイミングでラミアとアキトの会話にプロスペクターが割り込んでくる。呼吸の読み方がうまいのだ。

「連邦軍の特務部隊に所属していたパイロットです。機動兵器の扱いに関しては俺以上の腕前ですよ」
「ほほぉ、ますますもって逸材ですなぁ」

 眼鏡のフレームをキラリと光らせてプロスペクターがラミアを見据える。
 常人ならその居心地の悪さに身を震わせるところだが、ラミアはこの程度では動じない。
 だが、

「へぇぇ〜、こんなにぷにぷにのぼいんぼいんさんなのに、すごいパイロットさんなんですねぇ。極東の特機パイロットには何人かいるけど、軍にいたって話は聞いたことなかったなぁ」

 妄想空間から復帰したユリカの気配を感じ取れず、背後からがばっと抱きしめられたときにはさすがのラミアも目を見開いた。するりと振りほどいて間合いを開くまでコンマ数秒。

「み、ミスマル艦長? 何をするでございますですか!?」
「うーん……フィジカルチェック?」
「艦長自らパイロットの身体確認をする戦艦がどこにありおりはべりいまそかりっ!?」
「ここにありまーす。うふふ、こんなにあわてちゃってラミアちゃんって純情さん?」

 ……いや、ちょっと待て。
 俺の知ってるミスマルユリカはこんなキャラクターだったか?
 アキトが自分の中にあるギャップに苦しんでいると、

「あわてているわけではないのですます……ううう、て、テンカワアキト、援護してくれ」

 口調は変わっていないのだが、あろうことかラミアがアキトに助けを求めている。
 今までにまったくなかったことだけに、アキトはいぶかしむ。

「どうしたラミア、どこか調子でも悪いのか?」
「……セルフサーチ完了。現在、音声発生回路と言語制御プログラムの一部に不具合が発生している。共通言語なら問題ないが、日本語の敬語表現がうまく制御できない」
「どういうことかな……?」
「さっきから口調がおかしいのはそのせいだ。戦闘の影響は考えにくい。あるいは、ボソンジャンプの影響かもしれないが、自己診断では判断できない」
「レモンは問題ないと言っていたけどな」
「理論的に問題はなかったが、何か別のファクターがあったのかもしれない」

 さてここで、今のアキトとラミアの会話の構図を考えてみる。
 ラミアとアキトは面と向かい合って会話しているのだが、当のラミアの背中にはユリカが張り付いている。
 つまり、

「言語制御プログラムって何のことです?」
「「か、艦長!?」」

 今の会話はユリカに筒抜けということだ。

「ネルガルとの契約はさておき、もう少しやっておかなければならないことがあるので、ナデシコはしばらくサセボ沖にとどまります。連絡その他あったら今の内におねがいしますね」

 台詞だけ聞いたらまっとうな艦長の指示なのだが、なにせユリカはラミアの背中から離れていない。首肯したくても首が動かないアキトだった。

「あ、それと、ラミアさんのお話、後でゆっくり聞かせてくださいね。調子が悪いならケアしないといけませんから」

 さて、どうやってラミアのことをごまかすか。
 ひらひらとお気楽に手を振るユリカを見やって、アキトは大きくため息をついた。

 

○  ○  ○  O  O  O  ・ ・ ・  O  O  O  ○  ○  ○

 

「はーい、皆さん集合しましたね? 現場作業があって手が離せない人はコミュニケを双方向通信モードにしてくださーい」

 ユリカがコマンダーブリッジから下層部に集合している手隙の乗員に声をかける。そこにはGGGからの出向……ということになっているアキトとラミア、ポルコートごと拾われたダイゴウジ・ガイことヤマダジロウに加え、ネルガル本社に用事があるのでといって単騎ガンダムだけで乗り合わせてきたカトル・ラバーバ・ウィナーもいた。

『ゲスト権限にてアクセス。アカウント提供感謝します、ルリ』
「どういたしましてボルフォッグ。ポルコートも大丈夫?」
『問題はない。こんなに可憐(キュート)お姫様(プリンセス)のエスコートなら問題があっても自力で解決するさ』
「……自力で解決しちゃったらそれはただのクラッキング」

 ボルフォッグとポルコートもコミュニケのウインドウ越しに話を聞いている。
 無数のウインドウと集まった者の視線を集めて、ユリカはゆっくりと話を始めた。

「皆さんご苦労様でした。幸いにして、怪我人は数名出ましたが死者は出ていません。初めての戦闘行為としては上出来です。
 これ以降、ナデシコは完熟訓練として極東地区をしばらく哨戒し、頃合を見計らって宇宙に上がります。当面の目的地はトウキョウです。ここでネルガルからの補給と、パイロットの補充を行います」

 すぐに宇宙に上がるものだと思っていたアキトはおや? という表情で頭上のユリカを見た。

「誰か、エステバリスライダーを乗せるのか?」

 上官と部下の敬語は必要ないと散々言われたアキトはユリカに対して普通に話すようになった。
 よくよく考えてみれば出航当時のユリカに対して逆行してきたアキトは肉体年齢は逆転しているのだ。このほうが気が楽である。
 それはさておき、アキトの質問に対してユリカはぶんぶんと首を横に振った。

「ヤマダさん以外のエステバリスライダーは宇宙に上がった後、エステのパーツごと合流します。トウキョウに寄るのは、極東の特機を乗せるためなんでーす」

 エステバリスは自前の内燃機関を持たずに、エネルギーを全てナデシコからの重力波ビームに依存する。
 これはエステバリスを単体の機動兵器として運用するのではなく、自律行動できる移動砲台と考えていることの証明だ。
 そこに特機と呼ばれる文字通りの一騎当千足りえる機動兵器、言い換えればスーパーロボットを搭載するというのはどういうことか。

「……特機運用が前提になっているということは、この艦は人命救助とか人道支援などのためではなく、戦闘行為を前提にしているということになるな」

 ラミアはアキトの隣で顔色も変えずにこう言ってのけた。
 最初のナデシコの火星行きは、本来の目的はどうあれ、火星の生き残りを助けに行くというお題目があった。
 だが、どうもその前提は崩されるようだ。

「それは仕方のないことだと思いますよ」

 そこに、くすんだ金髪の美少年、カトルが割り込んできた。

「現在の地球圏の情勢を考えれば、単艦での行動でも戦闘を想定しないわけに行きません。地球人相手ならまだ話し合いの余地もあるかもしれませんが、異星人の侵略軍にそれは通用しません。極東の特機は平和利用のために開発されたものですが、本来の目的に従事するにはいささか、今の情勢はあわただしすぎるんです」
「自衛手段を講じなければならないということか」
「悲しいことですが、それが現実です。僕のサンドロックも、結局はそういうことですから」

 そんなことを話している後ろで、本来のネルガル所属パイロットであるダイゴウジ・ガイことヤマダ・ジロウはぽつんとたたずんでいた。
 ロボットマニアを自負するジロウの記憶にない特機を駆るアキトとラミア、それに、1個小隊を率いる究極のモビルスーツ、ガンダムのパイロットであるカトル。
 ゲームなんて論外、エステバリスのシミュレータでだって味わえなかった、本物のパイロットの空気。
 普段なら物怖じなんて言葉は辞書から削除済みのジロウは、このときカトルやラミアに割り込むだけの言葉は持ち得なかった。
 実戦経験のないパイロットに、彼らと同格に語り合う資格はない。
 ジロウがもっと子供、ありていに言ってガキだったならば、そこにうすっぺらいプライドを振りかざして乱入したかもしれない。
 だが、ジロウは理解してしまった。
 それもある意味、一流のエステバリスライダーの才能の表れなのかもしれないが。

「はーい、あとですね、艦内の保安要員として配属された人を紹介しまーす」

 そういって、ユリカの背後から歩み出てきたのは、緑がかった黒髪の青年だった。
 ブラックジーンズに濃緑色のシャツ。アキトに負けないぐらいの黒ずくめ。
 よく見てみれば腰の後ろに二本の短刀……小太刀を佩いている。

「ネルガルから派遣された、タカマチ・キョウヤさんです。皆さん、仲良くしてくださいねー」

 彼は拉致集団からユリカとジュンを助けたネルガルSS(セキュリティサービス)のキョウヤだった。
 言葉少なに目礼すると、そのままユリカとジュンの一歩後ろに下がる。

「……ゴートさんじゃないのか……」

 自分の記憶とは違う人間。
 そんなアキトのつぶやきに、

「身のこなしは一級品だな。白兵戦闘なら十分以上の戦力だ」

 ラミアがキョウヤを一目見てそう評定する。
 人造人間として創られたラミアのAIは戦術解析能力にも優れている。そのラミアがいうのだから間違いないだろう。

「それでは、総員出航体制。目標は極東地区、ガードダイモビック!」
「了解、航路算出して操舵に送ります」

 ユリカの宣誓にルリが呼応する。
 そして、発進の命令を下そうとしたとき、

「何っ!? 今ダイモビックっていったか!?」

 それまで沈黙を守っていたジロウの大音声に、上段のユリカたちは目を丸くし、居並んでいたアキトたちは耳を押さえて顔をしかめていた。

「ええ、っと、そうです。ナデシコはこれからガードダイモビックに向かいますけど」
「ってことは、この艦に乗せる特機って、もしかして!?」
「あ、ヤマダさんご存知なんですか?」
「ってい! 俺の名前はヤマダじゃなくてダイゴウジガイ!! このダイゴウジガイ様に、知らない極東の特機なんざ1機もねえ!!」
「あー、はい。わかりました、それはさておきナデシコ発進です。ミナトさんよろしく〜」
「あ、こら、流すなそこーっ!!」

 ユリカとジロウの漫才みたいなやり取りに苦笑を浮かべながら、ミナトはコンソールを操作する。
 サセボ沖に停泊していたナデシコは、白亜の巨体をゆっくりと東に向けた。

「……そっか、一矢もこの艦に乗るのか。こいつぁ楽しくなってきやがったぜ!」

 ジロウの呟きを聞きとがめるものはいない。
 ナデシコは、新たな仲間を迎えに飛び立った。

( See you next stage!! )


あとがき

 むぅ。
 もうちょっと進めるつもりだったのに。

 それにしてもアクアの衣装ってどうにかならなかったのでしょうかと思う昨今。
 皆様いかがお過ごしでしょうか。
 難易度激低いMX、やる時間が取れなくてなかなか進みません。
 主人公のパルコ・フォルゴレはなかなか新しい呪文を覚えてくれません。
 キャンチョメとの合体攻撃はないのでしょうか。

 ……おかしいな。熱は下がってるはずなのだが。

 みなさん、風邪には十分気をつけましょうねー。

 あ、それと。
 今回実験的に章立ての改ページを減らしてみました。
 この方が読みやすい、またはこの程度の長さなら1ファイルにしろやなど、ご意見ありましたらお聞かせください。

 よろしければまた、次回もお付き合いくださいませ。


本日のNGワード

「ふむ、なるほど」
「どした、アキト?」
「ああアクセル、お前、声ついたらこんな感じなのかなぁと思ってな」
「ばーにんぐぶれいかー! ってか?」
「そうそう。いかにもな男臭い若手の声だろ?」
「キョウスケ・ナンブの森川さんみたいなのも捨てがたいんだがな」
「まぁ、それより何より、OG2でも何でもいいからPS2の作品に出ないとならないけどな」
「……望みは薄そうだ」

 どっとはらい。

 

 

 

代理人の感想

おー、ジロウ君大人(笑)。
でもやっぱりガイはガイでした。

それはともかく、今回は一寸苦いですねー。
この違和感やらなんやらが後の話でどう繋がってくるのか、気になります。

ところで、ナデシコの格納庫ってどれくらいの広さがあるんでしょうか。テツジン(30m)を楽に収納できるんですからトレーラー形態のダイモス(推定35m前後)は十分扱えるんでしょうけど・・・・でも、対空砲塔があったり、なんか微妙に元のナデシコとは違うみたいだからなぁ。考えても仕方ないか?w