スーパーロボット大戦 exA

 

第19話 ウェイクアップ・カラテファイター


 火星と木星の間、もしかしたら別の惑星だったのかもしれない小惑星帯。
 闇の中に得体の知れない気配が蠢き、人類の生存圏からは余りにかけ離れた場所。
 そして、地球の大きさから考えれば広大無比といえる空間。
 そこにどんなものが潜んでいるかを見通せる者は、もはや神といえるのではないだろうか。

「我々に、バームの神は苦難と希望を与えた! リオン大元帥の暗殺もまた、大いなる苦難の一つといえるだろう。我々はその苦難を乗り越え、新天地を手に入れる! これは聖戦である!!」

 中世ヨーロッパの城を思わせるその建物で、トーガのような衣装に身を包む壮年の男性が熱弁を振るっている。
 観測する者がいたならば、小惑星帯の中にあるそれは『ガラス張りのピラミッドの中の箱庭』と見えるだろう。
 しかも、その箱庭では人間が生活している。
 いや、人間という表現は正しくないだろう。そのシルエットには、地球人類にはありえないさまざまな色合いの翼が生えているからだ。

「この小バームに眠る同胞のため、彼らが穏やかに暮らせる場所を平和裏に求めたリオン大元帥は暗殺された! 今ここに、我が名オルバンの下に、全てのバームの民よ立ち上がれ! 卑劣なる地球の者どもを駆逐し、あの蒼き星を我らのものとするのだ!!」

 怒号と歓声。そこにバームとオルバンという固有名詞が連呼されて混じる。
 この大型移民船(スフィアシップ)は、彼らバームの民に『小バーム』と呼ばれているらしい。
 背中に翼を持つ人間型の異星人、バーム星人と地球人類の接触はほんの数ヶ月前のことだ。初めは極めて平和裏だった。
 地球連邦は学者の竜崎博士を筆頭にした平和使節を送り、バームの代表であるリオン大元帥との会合を果たしたのだが、会食の席でリオン大元帥が突然倒れ、そのまま死亡してしまった。
 バーム側はこれを地球連邦の陰謀だと断罪し、その場に居合わせた連邦の使節を銃殺したのだ。
 以来、バームの実権を握ったオルバン大元帥が地球侵攻を指示し、今に至る。

「リヒテルよ!」
「ははっ」

 壇上からオルバンが呼ぶと、りりしい顔立ちの若者が一歩前に出る。

「そなたの父上、リオン大元帥の無念、嫡子たるお前が晴らすのだ。よいな?」
「かしこまりました。父の無念を晴らすために、そして、我らがバームの民の平和のために、卑劣なる地球人を駆逐し、あの星を我らが手に!」
「良くぞ言った!! ここに居合わせた全てのバームの民たちよ、ここに眠る我らが同志のために、なんとしても地球を手に入れるのだ!」

 大元帥から指名された若者……リオンの息子であるリヒテルの誓いの言葉と、オルバンの檄に他の人々が歓呼をもって答える。
 最高潮に達した大広間を、リヒテルは後にした。

「ご立派でございます、リヒテル様」
「世辞はいい、ライザ」

 リヒテルの一歩斜め後ろを静々と付き従う妙齢のバーム星人の女性、ライザの感嘆はにべもなく切って捨てられる。

「父をおめおめと殺され、何が立派なものか……だが、今は己1人の恨みではなく、バームの民全てのためにあの青き星を手に入れることを考えるだけだ」
「いえ、それは十分にご立派なお考えでございます」
「ならばライザよ、この私についてくるか?」
「もちろんです。このライザ、血の一滴まで全てをリヒテル様に捧げ、リヒテル様の目的に殉ずる覚悟でございます」

 ライザの真摯な言葉を聴き、リヒテルは満足そうにうなずく。

「よし。これから本格的な侵攻計画の準備がある。私を助けてくれ。頼んだぞ」
「ははっ」
「バルバス将軍!」

 名を呼ばわれ、ライザの後ろから彼女よりも遙かに背の高い巨漢が現れた。

「バルバスはこれに」
「貴公には我らがバームの先鋒を命ずる。卑劣なる地球の者どもに、バームの意志と意地を見せつけるのだ」

 このリヒテルの命令にバルバスは、禿頭のいかつい巨躯をうち震わせ、歓喜の表情でひざまずいた。

「御意! このバルバス、見事その役目果たしてまいりましょう!!」
「うむ。任せたぞ」
「ははーっ!!」

 かしこまるバルバスを後に残し、リヒテルとライザがその場を後にする。
 バルバスはきびすを返し、己が率いる兵士の元へと馳せた。
 地球の時刻で、ナデシコがサセボを出港する直前の出来事であった。

 

○  ○  ○  O  O  O  ・ ・ ・  O  O  O  ○  ○  ○

 

 機動戦艦ナデシコは、重力制御機構を搭載した最新鋭の戦艦である。
 連邦軍はミノフスキー物理学に基づいたエンジンを使用している。航空力学に関係なく大気圏内で戦艦が航行できるのはこのエンジンのおかげだ。
 この技術は月にあるアナハイムエレクトロニクスが独占していた。宇宙空間での運用ならば核パルスエンジンでもそれなりの加速は得られるが、地球圏の空間戦闘や重力制御に関してはこの技術無しではどうしようもなかった。
 それが1年戦争までの時期。
 だが、戦争が人の革新を生むように、技術もまた進歩した。

「ナデシコは関門海峡を抜けて太平洋沖を東に向かうルートを取ります。到着は本日の1800予定。それまでは各員交代で休息をとってください」

 コマンダーブリッジで全艦に向けて、プロスペクターが今後の予定を通達している。
 戦闘機とまでは言わないものの、佐世保市から東京まで1時間で到着するだけのスピードでナデシコは飛行している。
 地球の大圏航路でもそれだけの十分な推力を得られるのは、ひとえにナデシコが持つ重力制御機構、それが作り出すディストーションフィールドのおかげだ。
 やろうと思えば音速を超えることも可能だが、周りに与える影響が大きすぎる。都市圏でそんなことをしたら間違いなく地上部分は壊滅する。
 必然、航空法のような『空を飛ぶためのルール』にしばられることにはなる。そも、これだけの大質量が空を飛ぶこと事態が有史以来ありえなかったことだ。

「なんだよ、もっと早く到着できねえのかよプロスペクターさんよー?」
「ナデシコの最大推力ならば10数分で到着も可能ですが、連邦政府からの許可が下りません。第一、本数が少なくなっているとはいえ民間の旅客機も飛んでいます。そんな中を強引に飛んでいくわけにはいきませんよ、ヤマダさん」
「ぬがーっ! 俺の名前はダイゴウジガイ! ヤマダって呼ぶなーっ!!」

 そんな現実問題をわかっていないヤマダ・ジロウの発言に、ブリッジクルー全員が苦笑を浮かべる。

「ったくよー、早く一矢の奴に会いたいってのに。こうなったらオレだけでもゲキガンガーで飛んで行っちまおうか……」
「ヤマダさんが言ってるゲキガンガーがエステバリスのことを指すのなら、無理です」
「だーかーらー俺の名前はダイゴウジ……って、何でこんなところに女の子が?」

 待機命令が出ているパイロットたちは各々自由時間ということでくつろいでいる。そんな中、東京への到着を待ちきれないジロウはブリッジに顔を出していた。
 ジロウの剣呑なつぶやきに律儀にツッコミを入れたのはブリッジクルー最年少のホシノ・ルリだった。

「バッテリーが持ちません。空戦フレームで飛んでいってもせいぜいシコクの先ぐらいまでしか行けません。トウキョウは遠いです」
「そこはオレの燃え立つ気合で!」
「気合ではエステバリスは動きません。重力波ビームが届かないならバッテリーがおすすめです」
「だーっ! いちいちいちいち細かいなぁっ! お前一体」
「ホシノルリです、ヤマダジロウさん」
「お、おう、よろしくホシノってまたオレのことをヤマダって言いやがったなぁ!?」
「すいません、私、少女ですから」
「言い訳になってねえええええええっ!!!」

 端から見たら漫才以外の何物でもないこの凸凹コンビの会話を聞いて、他のブリッジクルーは笑いをかみ殺すのに必死だ。ただ1人、ミスマル・ユリカとアオイ・ジュンの後ろに控える漆黒の青年、タカマチ・キョウヤを除いて。

「いいないいなー、ヤマダさん、ルリちゃんと仲良しだ〜」
「そっ、そういう問題かなぁ……?」
「すっごく仲良しさんに見えるよぉ」

 笑いから立ち直ったユリカは心底うらやましそうに下で繰り広げられる漫才を眺めている。ちょっと違うんじゃないかなぁという微妙な表情でユリカを見ていたジュンは、この和やかな雰囲気の中、緊張を崩さないキョウヤを目の端に捉えた。

「冷静だね、タカマチ」
「……ガードがいちいち驚いていては、守るべき者も守れない」
「真面目なんだ」
「それが任務だからな」

 破天荒が服を着て歩いているようなユリカの側にいると、自分が軍人を志望していたことを忘れてしまいがちだが、キョウヤが身にまとう雰囲気はナデシコが戦艦であることをジュンに思い出させていた。
 僕も引き締めていかないと、とジュンが思っている矢先から、

「キョウヤ君くらーいっ! そんなんじゃ心の底まで真っ黒黒助になっちゃうよ?」

 そんなキョウヤの雰囲気が許せないらしいユリカがぷんすかと抗議していた。

「僕の性格は任務には関係ない」
「そんなことないー。私たちと一緒に行くんだから、明るく笑顔で行かなくちゃ」
「必要性を感じない。僕の任務は君たちの安全を確保することだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「むぅぅ、手ごわい」

 ルリちゃんに加えて攻略キャラが増えたーとユリカは謎のつぶやきを残す。
 それを冷ややかに睥睨したキョウヤは、次の瞬間鋭い視線をメインスクリーン……を突き抜けた空の向こう……へ向ける。

「オペレーター」
「ホシノルリです、タカマチキョウヤさん」
「ホシノ、レーダーに反応は?」
「……航路上に民間機の機影がありますけど」
「そうか。ミノフスキー粒子の妨害の限界まででかまわないから、索敵を続けろ」

 指令系統を無視した唐突なキョウヤの発言に、ルリは首をかしげる。

「戦闘待機状態でもなく、艦長副艦長の命令でもないのでそれは無理です」
「そうか、ならばかまわん」

 そういうと、キョウヤは誰に何も言わずにコマンダーブリッジを後にしようとする。

「ああ、タカマチさん、どちらに?」
「ハンガーだ。僕の乗れる機体があるかどうか確認してくる」
「この近くにチューリップはありません。極東の未確認敵性体との遭遇戦は回避する方針ですので、戦闘に巻き込まれることは考えにくいのですが」

 プロスペクターの言葉に対して眉一つ動かさず、キョウヤはこう答える。

「空の上からプレッシャーがやってくる。このままトウキョウに行けば間違いなく遭遇するぞ」
「大気圏外からの侵入はビッグバリアがありますから不可能です」
「その話を確認しても、プレッシャーが消えない。確実に、空は落ちてくる」

 不吉な言葉を残して、キョウヤはこんどこそブリッジを後にした。

「キョウヤ君は、何を言っているんだろう?」

 ジュンの疑問に答える者は誰もいない。唯一、

「……プレッシャー、ですか。なるほど、彼の感覚ならあるいは……」

 プロスペクターがこんなことをつぶやいているが、聞きとがめたものはいなかった。

 

○  ○  ○  O  O  O  ・ ・ ・  O  O  O  ○  ○  ○

 

 今の平和を嵐の前の静けさであると言う人も多い。
 人間同士の戦いで疲弊しているところに、異星人や地底人種の侵略行為。
 気の休まる暇もない。
 だからこそ、地球連邦は衛星軌道上にバリア衛星を打ち上げ、ビッグバリアを設置することで宇宙からの地球侵入を防ごうとした。
 だが、その努力をあざ笑うかのように、オーバーテクノロジーを使いこなす異星人は地球に侵攻してくる。
 今もまた、一隻の戦艦が空間転移(テレポートアウト)してきた。

「……地球の大気圏に実体化成功。バルバス将軍、ガルンロール全て正常に稼動しております」

 コンソールについている兵士の報告を聞き、バームの将軍バルバスは満足そうにうなずく。
 エイのようなフォルムを持つバームの宇宙戦艦ガルンロールは、本来ならばリヒテルの乗艦である。だが、本格的な大侵攻の準備のために、その権限を一時的に子飼いの将軍であるバルバスに引き渡していた。バルバスにしてみれば望外の名誉である。

「よし! 手近の都市に向けて進路を取れ。そこで宣戦布告を行う!!」

 艦長席から立ち上がり、バルバスがその巨躯に力をみなぎらせて叫ぶ。
 海を割きすさまじいスピードで飛んでいった先には、細長く弓形に伸びた島の群れ。
 そのほぼ真ん中……トウキョウの沖に突如現れた謎の戦艦に対して、連邦軍の極東方面部隊が迎撃を開始するものの、

「ふっ、この程度の機動兵器の攻撃では、ガルンロールはびくともせぬわ!!」

 海上での迎撃であるために飛んできているのは戦闘機だ。対艦ミサイルの直撃で小揺るぎもしないのであれば、有効な手段はないに等しい。
 空荷になって逃げ帰る戦闘機を物の数にもせず、ガルンロールはあっという間に東京湾の入口に到達してしまった。

「ええいっ、甘い情けない不甲斐ないぃぃぃっ!! 貴様らそれでもこの地球を守る軍人かぁっ!!!」

 連邦軍基地の司令部で地団太を踏みながらその光景をレーダーと監視衛星の画像で確認させられたのは、眼光鋭い細身の軍指令であった。

「手傷も負わせられずに帰るぐらいならば特攻してでも沈めて来い! 得体の知れない戦艦など、日本に近づけるでないわっ!!」
「相変わらずお見事な愛国心ですわね」
「何か言ったかムネタケ大佐?」
「いえ、何でもありませんわ、三輪長官殿」

 口角泡を発して息を荒げる軍司令……連邦軍極東方面防衛長官、三輪(みわ)防人(さきもり)少将を一歩下がったところから冷ややかに見据える参謀は、マッシュルームカットの髪型が特徴的な男、ムネタケ・サダアキ大佐である。

「どういたします? この基地の戦力では太刀打ちできませんわね。逃げましょうか」

 慇懃無礼というよりは単なるイヤミに聞こえるオカマ口調のムネタケの台詞に、三輪はますますボルテージを上げていく。

「ふざけるなっ!! どこのものとも知れぬ下賎の輩にこの地を踏ませてなるものか! この際特機だろうがなんだろうがかまわん! 徴収して迎撃命令を下せ! 出撃させろ!!」

 右傾している三輪の叫びを聞いて、ムネタケは小さくため息をついた。
 極東に偏在する研究所が所有する特機……スーパーロボットは、いくつかの例外を除いて軍属ではない。
 一年戦争のときにあの第13独立艦隊に協力し、戦争の終結に尽力したのは『民間団体の善意の協力』であり、軍属となったわけではないのだ。
 故に、先の三輪の『命令』は実効力を持たない。往々にして連邦軍の高官にはこんな簡単なことも忘却する連中が多いのもまた事実なのだが。
 だが、目の前に迫る脅威に対して現存保有の戦力が無効であることはほんの今さっき証明されてしまった。市民の平和と安全を守ることが仕事である軍人としては、手をこまねいてみているわけにもいかない。
 各地に点在する特機が所属する団体に向かって出動を『要請』しようとムネタケが通信機に向かったところで、モニターが突然強力かつ一方的な通信の割り込みを受け、スピーカーががなりたてる。

『卑劣かつ無力な地球の人類よ。我が名はバームのバルバス。我が主リヒテルに、そしてバーム10億の同胞に成り代わり、ここに、地球へ宣戦を布告する!!』

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