スーパーロボット大戦 exA

インターミッション1 ヤマダジロウの夏


 その年、彼の夏はとても暑かった。
 たとえそれが現役の大学合格に失敗して予備校に通って……いるようで実はロボットアニメにどっぷりつかっているような毎日でも、暑い夏であることに変わりはない。

「うあー、あちぃな〜」

 ボサボサの黒髪。
 自己主張激しい濃いめの眉。
 10m先の赤ん坊も泣き出すような胴間声。
 ただ、連日の猛暑のせいでその声に張りはないが。
 丸に「激」と一文字入った白Tシャツもじっとりと汗でぬれている。
 洗いざらしのジーンズにこれまたよく履き込んだバッシュという、まぁお世辞にも洒落男とは呼べないような格好だ。

「しゃーねぇ、ゲーセンにでも行って涼むか〜」

 のたのたのた。
 全体的に濃いめの雰囲気を醸し出すこの青年、暑さには弱いらしい。
 陽炎立ち上る道路をのたのたとゲーセンに向かって歩いていると、電気屋の前でふと立ち止まった。
 そこがたまたまアーケードの屋根の始まりで影ができていたのもあったが、それよりもこの青年の目を引いたのは、店頭のテレビから流れるお昼のニュースだった。

『本日、現地時間8時ちょうどに、国連宇宙局と地球連邦軍の共同プロジェクトである、木星探査船団へ乗り込むアストロノーツの第1陣がシャトルで軌道ステーションへ出発いたしました』
「あ、そうか。アイツもこのシャトルに乗ってるんだな。ついに、夢がかなう日が来たってわけだ!」

 テレビの目の前で青年が大げさに喜ぶ。
 まばらな人通りの中、通りすぎる者たちは『まぁ、夏だしな』と丁重に無視を決め込んでいた。
 が、その青年の顔色が一変する。

『……はい。ただいま入りましたニュースによりますと、木星探査船団のアストロノーツチームを乗せたシャトルがランデブー直前に爆発を起こし、接触に失敗したとのことです。乗員などの安否に関しては現在調査中で、わかりしだい随時お知らせいたします……』

 青年はつかの間、さっきまでとは違う冷や汗を流していた。

「うそだろ……おい、嘘だろう? 嘘だろう!? なぁおい嘘だろう、ガイ!!!

 さっきより一段と大きな声で青年は狼狽し、テレビにかじりついている。
 さっきより一段と周りの人間が引きまくっているが、当人はいっさいお構いなしだ。
 いや、かまっている余裕がないというのが正解か。

「アイツが、アイツがそう簡単に死んでたまるかよ。俺なんかと違って、アイツぁ特別製なんだぞ。宇宙に行くだけじゃねえ、外宇宙にまで行こうってヤツなんだぞ。アイツが、死ぬわけねえじゃんかよ……」

 その時、打ちひしがれる青年の肩にぽんと手を置いた者がいた。

「ヤマダ、ジロウさんですね?」

 のろのろと……ヤマダジロウと呼ばれた青年が顔を上げると、そこには丸めがねに茶色いベストの中年男性が立っていた。

「なんだよ、ほっておいてくれ。俺は今忙しいんだっ」

 青年……ジロウが肩に置かれた手を払いのけようとする。
 が、件の中年男性はその手を逆にやんわりと受け止め、アルカイックスマイルを浮かべたまま、ジロウにこう話しかけた。

「私、こういうものでございまして」

 ジロウの手を押さえたまま、開いている右手で男性は名刺を取り出した。

「……ネルガル重工会計部、プロスペクター……?」
「はい、左様でございます」

 極めて自然に、中年男性……プロスペクターが手を引くと、なんの抵抗もなくジロウは立ち上がった。

「あ、あれ?」
「よほどショックなことがあったのでしょうが、天下の往来で大騒ぎしてはご近所の迷惑になりますよ。どうでしょう、よろしければ私に話してみませんか?」
「あんたに? なんで?」
「見ず知らずの人間ですが、だからこそ後腐れなく話せる、とお考えいただけませんか? その上で、私の話を聞いていただければ、と」

 よく聞いてみるとかなり強引な論旨である。
 だが、精神的ショック著しいジロウにとって、誰にもこの胸の中の嘆きを吐き出せない今、聞き手が現れたというその一点だけが強烈にクローズアップされている。
 だから、ジロウが気がついたらプロスペクターと向かい合わせで近くの喫茶店に座っていたのも、テーブルの上にコーラがのっているのも、どうしてなのかよく分かっていない。

「先ほどのニュース、木星探査プロジェクトのクルーの事故ですが……」

 空調のよく効いた店内で、プロスペクターのこのセリフを聞いてようやくジロウが覚醒した。

「なっ、あ、あんた、それについて、何か、知ってるのか!?」
「いやぁ、詳しいことはまだ情報収集中でして。なにせ私どももあのプロジェクトには多少出資しておりますからな。正確な情報は関係各位に問い合わせておりますよ」

 事もなげにいうプロスペクターに、ジロウはものすごい勢いで噛みついてきた。

「頼むっ! 何でもいいんだ、乗員についての情報があったら教えてくれっ! 頼む! この通りだ!!」
「……どなたか、家族の方でもおいでなのですかな?」

 どこまでもアルカイックスマイルを崩さないプロスペクターに指摘され、ジロウは息を詰まらせる。
 そして、さすがに喫茶店の中で向かいに座る人畜無害そうな男の首根っこを捕まえていることはとても奇異なことであるとようやく気づいたらしい。
 つかんだ手を離し、ジロウはどかっと椅子に座り込んだ。

「今回選抜されたクルーの最年少。そいつが、俺の高校の同級生なんだ」
「……ほほぉ」
「アイツは俺なんかと違って、勉強も運動もできて、できる上に死ぬほど努力して、そのくせ俺みたいなバカ野郎とも友達付き合いしてくれて、アイツは、本当にいい奴なんっすよ。こんなことで死んじまっていい奴じゃないんすよ!」

 感きわまったジロウの目から涙がこぼれる。
 うつむいてしまったジロウからは、この時プロスペクターが浮かべている表情は当然見えていない。
 彼に関心を向けている人もこの場にいない。
 だから、プロスペクターが刹那、ジロウを真剣に、それでいて値踏みするような目を向けていたことに気づいた者はいなかった。

「ヤマダさん、あなたの親友はまだ死んだと決まったわけではありません。あなたの親友は、夢を簡単にあきらめてしまうような人だったのですか?」
「そんなわけあるかっ! アイツだったら這ってでも宇宙に出て行くに決まってる!」
「だったら、あなたも希望を捨ててはいけませんよ。彼は生きている。あきらめずに、いつか宇宙に出る。そう信じましょう」

 現実味のないセリフである。
 わかってあえてそういう風に言っているのは、プロスペクター流の交渉術である。
 よほど、そういうことに頭の回る人間……海千山千ともいう……でもない限り、これで誘導されているとは気づかないだろう。
 現に、ジロウはたった今さっき名刺を渡されたばかりのプロスペクターのこのセリフを頭から信じてしまっている。

「そうか、そうだな。その通りだ! アイツがそう簡単にくたばるわけがない!」
「その通りですよ。で、そこで私から一つ提案があるんですが……」

 絶妙の切り返しにますますジロウははまり込む。

「提案?」
「そうです。どうでしょう、あなたの親友が宇宙に上がってくるのを、先に行って待っているというのは?」
「……は?」

 勢い込んでいたジロウが困惑の表情を浮かべる。
 プロスペクターがにっこりと笑みを深めながら、更に言葉を継ぐ。

「バーニングPT。この名前はご存じですな?」
「あ、あぁ。ゲーセンのロボット格闘ゲームだな」
「そのゲームの全国大会で、あなたはベスト4まで勝ち残った」
「お、おう。まぁ、あのゲームにはめちゃくちゃつぎ込んだからなぁ」

 バーニングPTとは、ゲームセンターの大型筐体タイプの、3Dロボットシミュレーションゲームである。
 操縦桿とトリガーだけのシンプルなデザインだが、これで10数種類のロボットを動かして、対戦相手と戦うことができる、ロボットオタクにはたまらないシチュエーションのゲームだ。
 全国に愛好家が多く、年に2回の全国大会も開かれている。
 一説にはこのゲームは現在連邦軍で開発されている新しい人型機動兵器のパイロットをスカウトするためのものだとも言われているのだが。

「あなたもこのウワサは聞いたことがあると思います」
「まぁな。でもあれはあくまでもウワサだろ?」
「そうでもないんですよ。あのゲーム、出来がものすごく良すぎまして、一時は連邦軍の方から販売差し止めを通告されかねないところまでいったのです」
「……マジか、それ」
「あまり実感がないようですが、これがどういう意味を持っているのかおわかりですか? あなたは、連邦軍の機動兵器用シミュレータを扱い、全国で五指に入る腕前をお持ちなのです。むろん、シミュレータと実機では条件が違いますが、訓練すれば連邦軍のエースパイロットにもなり得る、そういうことなのです」

 プロスペクターは巧みに事実を隠しながら、渡すべき情報を吟味して提供している。
 彼が言うとおり、バーニングPTはただのゲーム機ではなく、パイロット特性を持っている潜在的な能力者を探し出すために極秘裏に開発されたシミュレータなのだ。
 隠された事実、そして、自分がエースパイロットになれるかもしれないという話。
 これを聞いて燃えないヤツはロボットオタクではない。
 そして、ジロウは骨の髄まで生粋のロボットオタクだった。

「そっ、そうか、それじゃオレもゲキガンガーのパイロットになれるのか……マジか、ホントかよ!?」
「その通りなのです、が」

 咳払いをしてプロスペクターがここでためを入れる。
 絶妙な間合いでいなされて、ジロウもほんの少しだけ頭が冷える。

「なっ、何か問題があるのか!?」
「一年戦争やグリプス動乱の終結後、異星人や地底人の襲来、コロニー国家の地球連邦への不満の表明……地球圏は混乱の極みにあると言っても過言ではないでしょう。そんなときに連邦軍などに入ってごらんなさい。地球とコロニーの間のつまらない覇権争いで使い捨てられる兵士にしかなれませんよ」
「……それはつまり、オレはゲキガンガーのパイロットにはなれないってことか?」
「連邦の白き悪魔や赤い彗星にソロモンの悪夢……おっと、これは連邦軍側ではありませんが、とにかく、彼らのようなエース……ヒーローにはなれないということです。そこで!

 ここまで言いきったところでプロスペクターがどこからともなく一枚の紙を取り出した。

「なんだ……契約書?」
「その通りです。私どもネルガルは、ヤマダジロウさん、あなたをスカウトに来たのです。我が社のプロジェクトを支える、エースパイロットとして」

 プロスペクターが胸を張る。
 が、「契約書」と書かれた太ゴシックの4倍角の見出しと、対照的に模様にしか見えないほどの細かい文字の契約要項を眺めて、ジロウは首をかしげた。
 別に字が読めないわけではない。
 活字の群れが冷静さを呼び起こしたのだ。

「大会社のネルガルは知ってるけど、あんたたちがなんでパイロットを必要としてるんだ?」
「それは契約前のヤマダさんにはまだ企業秘密なのでお教えすることはできません。ですが、これだけは言えます。ネルガルは、人命救助のためにあなたをパイロットとして雇おうとしているのです」

 人命救助。
 正義、の次の次ぐらいにジロウが気に入っている言葉である。
 事実、ジロウは己の信じる「正義」のためにカツアゲにあっている同級生を助けるべく乱入してはボコられたり、海でおぼれる少年を助けに行ってはしがみつかれて自分もおぼれかけたり、ということを幾度となく繰り返していた。
 少なくとも、ジロウ本人の中では人助けとはすなわち絶対の正義なのだ。
 そして、結局これが口説き文句となった。

「人命救助とあっては、オレが行かないわけはいかないな。よっしゃ、ネルガルの……えーっと、あんた」
「プロスペクターです」
「そそ、ぷろすぺくたーさん。契約成立だぜ」
「おおっ、ありがとうございます! これで我がネルガルも百人力ですな」
「ふふん、オレ様が行く以上、大船に乗った気分でいてくれて問題ないぜ!」
いや、大船に乗せるのは私どもの方なのですが……
「は?」
「いえいえ、何でもありません。こちらの話です」

 男らしく汚い文字で自分の名前を書こうとしたジロウの手が、ふと止まった。

「おや、どうなさいました?」
「あーっと、一つ、相談があるんだが」
「なんでしょう? 今回のは仮契約ですので、契約金やお給料については後日親御さんを交えて正式にお話しさせていただきますが」
「あー、そういうのはどうでもいい。あのな、オレの名前のことなんだが」
「ヤマダジロウさん」
「いや、それはオレの名前なんだが、その、例えば、プロ野球のプレイネームみたいなのを使いたいんだ」
「はぁ、それはまたなぜです?」

 怪訝そうなプロスペクターの視線を避けるように、ジロウは目を伏せた。

「オレは、アイツが死んだなんて信じてない。けれど、あんなことになったらそう簡単に宇宙には出られないだろう。だから、アイツの名前を借りて、オレが先に宇宙で待っている。これは、アイツに負けないだけのエースになる、オレの誓いだ!」

 そういって、氏名欄に「ヤマダジロウ」と小さく書いてから、カッコして後ろにこう書きたした。

「ダイゴウジ・ガイ。これがオレのエースとしての名前だ!」

 プロスペクターはなにも言わずに、わかりました、とだけいって仮契約書を懐にしまった。

「ではまた後日、今度は正式な契約事項をお届けに参ります。あぁそれと、あのシャトル事故について何かわかりましたら、ネルガルの方から情報をお送りしましょう」
「わかった」
「では、失礼いたします。あぁ、ここの払いは私が持ちますので、ゆっくりと涼んでいってください」

 プロスペクターが去った後、しばらくして、

「オレが、パイロット? ゲキガンガーのパイロットになれる……マジか、マジかマジかマジか!! ぃやったぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 店中に響く大声で喜びを示したジロウは、丁重かつ速やかに喫茶店を追い出されていた。
 蹴り出されて店の前で真っ青な空を見上げながら、ジロウはつぶやいた。

「先に行って待ってるぜ、ガイ。だから、お前も早く来いよ、宇宙へ!」

( See you next stage!! )


あとがき

 ということで、謎のインターミッションでした。
 ヤマダくんの秘密についてちょっとだけ伏線を張る、というお話です。
 ま、これはすぐに解決してしまいますが。

 ヤマダジロウくん。
 嫌いじゃないです。
 この暴走気味な熱血傾向は自分を見ているかのように思えること多々あって(笑)
 裏もなく表もなく、ただ単純に熱血バカ。
 ロボットアニメだからこーいう主人公でOKなハズなんですけどねぇ。
 ナデシコではなんであんな風に命の無駄遣いの象徴とされてしまったのか。
 人の死=ドラマという安直な概念へのアンチテーゼ、という割りにはそーいうメッセージは読み取れなかったような気がするんですけどね。
 ってことで、彼には活躍してもらう予定です。
 あくまで予定なんですけど……。

 よろしければまた、次回もお付き合いくださいませ。


本日のNGワード

「よっしゃ、これでオレもデビューだぜい! スーパーロボット界にダイゴウジ・ガイあり! 今こそその証明の時なのだぁっ!!」
「乗ってるのはエステバリスじゃなかったか?」
「お、TVではオレとタメのくせに今回はオレの兄貴分になる予定のアキトじゃねえか!」
「こんな暑苦しい弟はいらんな、さすがに」
「なにをぉ! 貴様もやっぱり弟より妹、おにいちゃん、って呼ばれるとゾクゾク来るクチなのかぁっ!?」
「いや、そういう変態的な意味ではなく……」
「だからか、だからなんだな、地球での最初の戦闘が極東ではなく北米だったのは!?」
「……まだ書いていないネタでツッコムなお前も」
「で、ちなみに12人の中から選ぶとしたら誰だ? オレは白雪か春歌がナイスだと思うぞ」
「俺だったら雛子……っておいっ!?」
「……やっぱり真性か」
「やっぱりってなんだよおいこらっ!!」
「その割に最後に選んだのはユリカなんだよなぁ。何でだ?」
「……何でだろう?」
「へっ、俺はボインちゃんが好きなんだよ」
「……そこでいきなりアドバンスのハヤトのセリフ持ってきてもついてこれる人少ないぞ?」

 ……オチてない(苦笑)

 

 

 

 

 

IMPACTに溺れる代理人の感想

・・・・・・まぁ、ごく一部の人には通じるからヨシとしましょう。(爆)←ごく一部ってキミね

 

に、しても・・・・・・・・・・・ガイの名前の由来ってそのガイですかっ!?(爆笑)

某TR社が潰れない限り本家には決して出ないからってここで出して来るとは(核爆)!

すいません、本気でまいりました(笑)。

 

・・・・まぁ、なんかでオトすおつもりのようですが(爆)