機動戦艦ナデシコ

               黒いお姫様とその妻達の楽園  

 第2話   星空を舞う黒き姫君






 「アキト君・・・・・・。本気なの?」

 「ああ。今の身体では、北辰には勝てない。エステに乗って、それが分かった。」

 「だからと言って・・・・・・。」

 私は唇を噛んだ。

 また、自分のことを考えないで無茶なことを言う。

 「別に、貴方が無理すること無いじゃない。ゴートやプロスもいるんでしょう。」

 「エリナ。分かっているだろう? 北辰にはゴートやプロスでは勝てないことを。」

 「だからって、どうして貴方が危険な目にあわなくてはいけないのよ。分かってるの?貴方の身体にはマシンチャイルドとして、すでに致死量に近いナノマシンが投与されているのよ。なのに、さらに戦闘用のナノマシンを求めるなんて・・・・自殺行為よ。」

 私はウインドウ越しに、彼のバイザーをじっと見詰めた。

 視線に絶対に許さないとの意思を込める。

 「エリナ。俺がやつらに捕まった日のことを憶えているか?」 

 「ええ。」

 「俺は何も出来なかった。やつらの暴行を何一つ防ぐことも出来ず、たったの一撃。ただそれだけで床に沈んだ。そして、地獄が始まった。俺にその時のことを繰り返せと言うのか?」

 「それは・・・・・・・。」

 アキト君の口調は静かだった。

 決して、激情を感じさせない。

 でも、小さな手で拳を握り、その拳が細かく震えているところが彼の心境を表していた。

 そのまま、黙り込む私達。

 「エリナ。愛している。」

 急にアキト君が二人の間にある重苦しい沈黙を破って、私に話し掛けてきた。

  「な! 何を言うのよ。」

 突然の愛の告白に頭に血が上るのを感じた。

 きっと、顔面は真っ赤に染まっているだろう。

 「絶対に一人にしない。俺を信じろ。」

 そう言ってバイザーを外す。

 黒曜石のような輝きを放つ瞳が現れ、私を射抜く。

 「どんなことがあろうと、お前を守り抜く。約束だ。」

 「・・・・・・・・・・・。」

 一体、どんな言葉を返せるのだろうか?

 頬がどんどん熱を持つ。

 真っ赤になるのが分かる。

 心臓が早鐘を打ち、正常な思考が出来なくなる。

 「わ、分かったわよ。そこまで言われたら、信じるしかないじゃない。」

 「ありがとう。エリナ。」

 アキト君がニッコリと笑った。

  「はふぅ・・・・・。(ウットリ)」

 その笑みに私は熱い吐息をついた。

 惚れたほうの負けか。

 昔の人は良く言ったものだわ。

 「じゃあ、ナノマシンの手配が出来たら、連絡するわ。」

 そう言って通信を切る。

 私はアキト君のため、最高の戦闘用ナノマシンを探し始めるのだった。




















 今、私の前にはネルガルの会長秘書がいる。

 美人だが、随分と生意気な顔をした小娘だ。

 「あなたの作ったナノマシンが欲しいのよ。これで、どう?」

 そう言って、白紙の小切手を机の上に置く。

 「好きな金額を入れればいいわ。もちろん、常識の範囲内でね。」

 「・・・・・・・・・・。」

 私は無言でこの無礼な小娘に抗議した。

 もちろん、相手の態度に腹を立てたからだ。

 とはいえ、金は欲しい。

 研究者として存分に実験をしたい。

 そのための研究資金は多いほうがいい。

 「これでどうだ?」

 そう言って、データの書かれた資料を渡す。

 「ありがとう。」

 女はそう言って資料を受け取った。

 貪るように資料を読む。

 その必死の有様に好奇心がわいた。

 「随分と必死だな。」

 「当然でしょ。この世の中で一番大事な人に使ってもらうのだから。当然、何かあったときは・・・・・・。」

 そう言うと女は私を睨み付けてきた。

 ただでも、きつめの美貌が夜叉のようになる。

 もし、何か手違いでもあれば、絶対に私を許さないだろう。

 「ま、待て。相手も分からずにナノマシンがうてるか。凄む前に使用者のデータを渡せ。」

 「これよ。」

 女が資料をよこす。

 私はそれを受け取った。

 そのまま、資料に目を通す。

 「ば、馬鹿な。この子に戦闘用のナノマシンをうつだと!? 正気か?」

 「正気よ。彼女は本気で誰よりも強くなることを望んでいるわ。私はそれを叶えたいの。たとえそれがどんなに無茶でも。」

 女の目はこれ以上ないほど真剣だ。

 もし、この子がナノマシンの投与で死ねば、後を追いかけかねないだろう。

 「分かった。」

 どうやら、金持ちの道楽ではないらしい。

 私は自分の大人気なさを反省した。

 「これを持っていけ。」

 「これは?」

 「私が開発した戦闘用のナノマシンBS−32だ。正式名称はない。これをうっても反射神経・筋力・持久力・回復力はまったく変わらん。だが、これは進化する。」

 「進化?」

 女が身を乗り出してくる。

 それだけ、必死なのだろう。

 乗り出した女の瞳にその思いが宿っていた。

 「そうだ。鍛えれば鍛えるほど、戦えば戦うほど状況に応じて使用者の身体を作り変える。最終的には最強の人間が生まれるだろう。」

 「そんなナノマシンは聞いたこともないけど?」

 「進化させるには、鍛えなければならんのだよ。何年も掛けてな。」

 私は苦い顔で呟いた。

 そう、これは最強の人間を作り出す。

 だが、そのためには死すら覚悟の訓練・実戦をこなさなければいけない。

 だが、そんなことをする人間がいるだろうか?

 その答えがここにある。

 まったく、売れないのだ。

 もっと手軽にうつだけで強くなれるナノマシンがあるのに、苦労する必要などどこにある?

 「これなら、この子に投与しても問題はあるまい。初期の時点では何の影響もなく、鍛えてはじめて効果を発揮する。もっとも、BS−32が発動するほどの訓練など、この子がするとは思えんが。」

 皮肉を言って唇を歪めた。

 金落ちのお嬢さんにそれだけの根性があるとは思えん。

 皮肉の一つも言いたくなるのは仕方があるまい。

 「これを頂くわ。」

 「それが良かろう。」

 そう言ってBS−32を入れた容器と資料を渡した。

 代わりに報酬を頂いた。

 女は立ち上がると、研究室を去る。

 「最後に聞くわ。もし、これがこの子に発動したらどうなるのかしら?」

 女が研究室の入り口に差し掛かった時に、振り向いて尋ねてきた。

 「そうだな。命の保証は出来んな。」

 「そう。」

 女は一言呟いて出て行った。

 何かに耐えるかのような女の表情が、私の心に残った。



















 「ミスター。話がある。」

 テンカワさんが私に話し掛けてきました。

 「一体。何の用事ですかな?」

 私はメガネを掛け直しながら彼女に聞きます。

 幼い少女の姿に油断しては禁物と既に分かっています。

 警戒はするべきでしょう。

 もっとも、表に出すようなことはしませんが。

 「そうだな。ユリカの部屋まで来てくれ。出来れば、ゴートも一緒にな。」

 「艦長の部屋に?」

 「ああ。」

 ゴートさんも一緒にユリカさんの部屋へとは驚きです。

 一体、どんな話でしょうか。

 「いいでしょう。すぐに参ります。」

 私は微笑を浮かべると答えました。

 どのような話があるのか。

 興味深いですね。

 私は好奇心に胸を弾ませながら、ゴートさんの元へ向かうのでした。



















 「どのような話でしょうか。」

 プロスが心を読ませない笑みを浮かべてアキトを見る。

 このユリカの部屋では私、アキト、ユリカ、ルリが住んでいる。

 ただし、アキトは医務室で大事をとっているので、まだ、ここで寝泊りしていない。

 元々はユリカの艦長用の個室だったのだが、艦長命令でセイヤに命令して改造した。

 3つの個室を合わせて大部屋にした物で、いつでもアキトと一緒にいられるのが嬉しい。

 私はアキトの目・アキトの耳・アキトの手・アキトの足・・・・・・・・。

 たとえ、リンクが切れてもアキトと私は一つ。

 いつでも、傍にいたい。

 「もうすぐ、軍が行動を起こす。」

 「なっ!!」

 「どういう事だ。なぜ、お前がそれを知っている。答えろ!!・・・・・・・・・・・・いや、できれば、答えてくれると嬉しく思うぞ。」

 アキトに怒鳴ったゴートの声が小さくなり、最後は小声でアキトに伺う。

 アキトに怒鳴った瞬間。

 私は射抜くような視線をゴートに送ったし、ユリカやルリが殺気のこもった眼差しを向けたのに気づいたようだ。

 流石にネルガルの実戦部隊の人間と言える。

 「忘れたのか。こちらにはマシンチャイルドが3人いることを。」

 嘲るような笑みがアキトの顔に浮かんだ。

 マシンチャイルドの言葉にルリが顔をしかめ、アキトの他人を馬鹿にした態度に、ユリカが何かを言いたそうにする。

 私は平然としてテーブルに用意してあった紅茶を飲んだ。

 決して長い付き合いではないけど、今のアキトの事を一番分かっているのは私だ。

 彼女たちのように動揺はしない。

 「俺たちがその気になれば、この程度の事は簡単に分かる。それに・・・・・・・・。」

 「「それに?」」

 プロスとゴート、二人が声を揃えてアキトに尋ねた。

 「その対処も簡単だ。」

 くっくっくっと、アキトが笑う。

 それを見て大の男が二人揃って、冷や汗を流している。

 「どうするつもりだ。」

 ゴートがアキトに尋ねた。

 「ルリちゃん。」

 「はい。オモイカネ。ナデシコの内部構造図を出して。」

 アキトの呼びかけに答えて、ルリがオモイカネにウインドウを開かせた。

 私に言って欲しかった。

 それくらい、私でも出来るのに。

 拗ねた眼差しをアキトに向けた。

 他人であれば決して分からないその眼差しもアキトには分かる。

 アキトが微笑んで私に軽く頷く。

 それだけで、不快な思いが薄らいだ。

 「作戦の実行日は分かっていますし、それぞれの部屋のロックも開かないように出来ます。通気口からガスを流せば、拘束するのも簡単です。」

 淡々とルリが話す。

 「なるほど。貴女方にはそれが出来ると。」

 「危険だな。」

 プロスとゴートの声に危険な色が混ざり始める。

 部屋の温度が空調をいじってもいないのに、下がったような気がする。

 「だったら、どうするつもりだ?」

 アキトも応じるように殺気を放ち始めた。

 刺々しい空気が部屋を満たす。

 「俺の家族に手を出すつもりなら、覚悟しておいたほうがいいぞ。」

 「「・・・・・・・・・・・。」」

 ゴートが懐に手を上げ、プロスがわずかに身体を落とす。

 「駄目―――――!!!!」

 キーーーーン

 ユリカの大声に耳が痛くなる。

 耳を押さえてユリカを見ると、大きな胸を揺らしてハーハーと息をしていた。

 あの大きな胸が大声の源なのかもしれない。

 私は迷惑だとの視線をユリカに向けながら思った。

 「アキト。そんな喧嘩腰じゃ、話にならないよ。第一、喧嘩するためにプロスさん達を呼んだんじゃないでしょ。プロスさん達も私たちをもっと信用してください。」

 「そうです。私たちは敵ではありません。それに、いいんですか? 私たちがいなくなれば、ナデシコは動きませんよ。」

 (むう。 アキトのすることを邪魔するなんて。)

 私は敵意のこもった視線をユリカとルリに送る。

 もちろん、嫉妬しているわけじゃない。

 (そう、嫉妬なんかしてないよ。)

私は一人胸の中で呟いた。

 その間にも話は進んでいる。

 「確かに。そうですな。貴女方を敵に回したいとは思いませんです。はい。」

 「・・・・・・・・・・。」

 プロスが笑顔を見せるが、ゴートはまだ厳しい表情をしている。

 「ゴートさんも押さえて。押さえて。先に相手を怒らせたのはこちらです。」

 「分かった。」

 ゴートが手を下ろす。

 幾分、力が抜けたようだ。

 「アキトも。」

 ユリカがアキトを見つめた。

 でも、アキトはまだ警戒をといていない。

 「アキトさん。怖がらないでください。」

 突然、ルリがアキトを背中から抱きしめた。

 (むう。私のアキトに。)

 険しい眼差しをルリに送る。

 でも、何も言えない。

 仕方がないので、そのまま様子をうかがう。

 「ルリちゃん・・・・・・・・。」

 アキトが戸惑いの声を上げた。

 「アキトさんが自分の力不足を恐れるのは分かります。でも、ゴートさんもプロスさんも決して敵じゃないのは分かっていますよね? 確かに、彼らが実力行使を行えば、大した抵抗も出来ずに囚われの身になります。でも、彼らがそんなことをしないのはアキトさんが一番分かっていることじゃないですか。もっと、信用してあげてください。」

 「ルリちゃん・・・・・・・・・。分かった。ゴート、ミスター。すまなかった。」

 そう言って、アキトが深々と頭を下げた。

 「いえ。そこまで信用していただけると、私としても何とも。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・。」

 プロスが照れたような笑みを浮かべ、ゴートが頬を染めて沈黙する。

 「とにかく、作戦を練りましょう。」

 ユリカの言葉を皮切りに、私達の話は作戦会議へと移るのであった。





















 俺達は今、艦橋にいる。

 今さっき、プロスがナデシコの目的地をクルーに説明したところだ。

 元々の歴史ならここでムネタケが反乱を起こすところだが、やつらにはすでに手を打っている。

 今ごろはコンテナで海に浮いているところだろう。

 「連合軍から通信が入っています。どうしますか?」

 メグミちゃんがユリカに話し掛けてきた。

 「わかりました。メグミさん。すぐに、繋いでください。」

 ユリカが毅然とした態度で、命令する。

 普段見られない態度に少し驚いた。

 ちゃんと、艦長らしく出来るんだな。

 本人が聞けば、頬を膨らませて怒るようなことを俺は考えた。

 メグミちゃんが通信を開くと、

 「ユリカーーーーーー!!!!!」

 ミスマル提督のドアップがウインドウ一杯に開き、提督は鼓膜が破れるのではないかと思えるほどの音量で叫んだ。

 あまりにも大きいので、何人かの人間が耳を押さえている。

 もっとも、俺も痛む耳を押さえていたので、人のことは言えないが。

 「こちらは、連合宇宙軍第3艦隊提督・ミスマルである。」

 今度は毅然とした態度で自己紹介した。

 もっとも、さっきの親ばかを見れば誰だって、今更だと思うだろうが。

 ミスマル提督か。

 懐かしい人だ。

 かつてお義父さんと呼んだ人だ。

 胸に懐かしさが満ちる。

 「お父様。どうしたんですか?」

 ユリカが提督に今回の目的を問い掛けた。

 なぜか、メグミちゃんやミナトさんが驚いている。

 そうか、ルリちゃんやラピス、ゴートにプロスが驚かないので忘れてたけど、これが初対面だったんだ。

 確かに、こんなごつい人がユリカのお父さんだと知れば驚くよな。

 俺が感心している間にも、話は続く。

 「ユリカァ。これも心苦しいが、任務なのだよ。ナデシコを拿捕する。」

 「困りますなぁ。連合軍とはすでに、話がついているはず。ナデシコはネルガルが私的に流用すると。」

「我々が今欲しいのは木星蜥蜴を確実に殲滅できる兵器だ。一企業がそれを私的に流用するなど許されん。」

 ミスマル提督とプロスの交渉が始まった。

 確かに、木星蜥蜴にまるで歯がたたない連合軍には、喉から手が出るほど欲しい戦力だろう。

 だからと言って、軍に渡すわけにはいかない。

 俺はユリカを見た。

 ユリカが見つめ返し、二人の視線が交差する。

 コックリ

 ユリカが力強く頷いた。

 その仕種に安堵する。

「いやぁ。流石はミスマル提督。話が分かり易い。これは話し合いですね。すぐ、そちらに伺います。」

 「その必要はありません。」

 「「へっ!!」」

 ユリカがプロスの言葉を否定した。

 「私達は助けを待つ人のために火星に向かうのです。すでに話し合いもついています。今更、軍の横槍は認められません。」

 「しかし、艦長。連合軍を敵に回すのは。」

 プロスがユリカを説得しようと声をかける。

 しかし、

 「必要ありません。ルリちゃん。グラビティーブラスト用意。」

 「分かりました。」

 ユリカの命令に些かの躊躇もなくルリちゃんが主砲のチャージを開始した。

 「ちょ、ちょっと、ルリルリ!?」

 「艦長命令です。ミナトさん。」

 慌てたミナトさんがルリちゃんを止めようとするが、ルリちゃんに聞き入れる様子は見られない。

 「ルリちゃん。駄目よ。あれには人が乗っているのよ。」

 メグミちゃんも止めようと声をかける。

 だが、

 「チャージ終了。いつでも、撃てます。」

 「ありがとう。ルリちゃん。」

 彼女達の言葉を無視して、ユリカへと冷静に報告するルリちゃん。

 ニッコリ笑うユリカ。

 「ユ〜リ〜カ〜。」

 泣きそうな声と表情でミスマル提督がユリカに呼びかけた。

 娘に主砲を突きつけられたのだから同情はする。

 「艦長。水中のチューリップ。行動を始めました。」

 「「「えっ!?」」」

 ルリちゃんの新しい報告に、俺達を除いた皆が驚く。

 「なんだと。どういう事だ?」

 「はい。確かにチューリップの動力が作動を始めています。」

 ウインドウの向こうでは急に動き出したチューリップに慌てているミスマル提督たちの様子がうかがえる。

 「グラビティーブラスト発射。目標チューリップ。てーーーーい。

 ユリカの号令とともにナデシコの主砲が発射された。

 「グラビティーブラスト。チューリップに命中。目標、大破。」

 見事に命中。

 その一撃がチューリップを消滅させた。

 さすがだ。

 「どうしますか? お父様。ナデシコの力は見てのとおりです。ナデシコを力ずくで止めることは出来ませんよ。」

 「むむう・・・・・・・・。」

 ミスマル提督が顎に手を当てて考え込んだ。

 「ところで・・・・・・。お父様に紹介したい人がいるんです。」

 「何だと!?」

 ミスマル提督が目を見開く。

 ユリカの言葉にこの後の展開が読めたのだろう。

 ユリカの言い方は結婚相手の紹介そのものだ。

 「私の大事な家族です。その・・・・こちらが、夫のテンカワ・アキト。」

 ユリカが真っ赤な顔で俺を紹介する。 俺は緊張しながらユリカの前に立った。

 2度目の挨拶だが、何度しても緊張するもんだ。

 「テンカワ・アキトです。お義父さん。」

 俺は頭を下げて自己紹介をした。

 顔を上げると、大口を開けて呆然としたミスマル提督と目が合う。

 はて? 何かおかしな事を言ったか?

 ユリカを見ると、ウルウルと感激の眼差しで俺を見ているし、別におかしな事を言ったわけでは・・・・・。

 周りを見てみる。

 ラピスはいつものように、無表情だ。

 ルリちゃんは顔に手を当てて呆れている。

 ミナトさんやメグミちゃんはミスマル提督と同じ顔をしている。

 ん?

 よく見ると、他の人達もびっくり仰天といった顔だ。

 「か、艦長。本気なの?」

 ミナトさんがユリカに尋ねた。

 「えっ。本気ですよ。どうしてですか?」

 ユリカがびっくりする。

 「艦長。アキトちゃんは女の子なんだけど。」

 「「ああっ!!!」」

 その言葉に、ユリカと俺は手を叩いて納得した。

 確かに、それはまずいよな。

 俺は苦笑する。

 とはいえ、ユリカの夫であることを否定するつもりは無い。

 「俺の気持ちは決まっている。問題はないな。」

 「「「「大有りよ。(だ)」」」」

 周りの皆が合唱した。

 う〜む。納得してはくれないか。

 さて、どうするか。

 「もう、誰が何といってもユリカはアキトの奥さんなんだからね。絶対にそうなんだから。プンプン。」

 「ちょっと、ユリカ。正気なのか? 自分の言っていることが分かってる?」

 ジュンがユリカを必死で説得する。

 「そうだ。初めて艦長になってせいで、混乱しているんだろう。ナデシコを降りて自宅でゆっくり休養を取ろう。おうちに帰ろう。ユリカ。」

 「艦長。本気ですか?」

 「それって、犯罪と違うの?」

 その場の皆の口からユリカへの非難が次々と飛び出す。

 「もう。ユリカは正気だよ。本気なんだからね。プンプン。」

 ユリカがほっぺたを膨らませて文句を言う。

 周りの反応を無視して俺はミスマル提督の目を見た。

 「テンカワ・アキトです。至らないところはあるでしょうが、ユリカは絶対に幸せにします。お父さん。」

 「・・・・・・・・・・。」

 俺の真剣な眼差しに何かを感じたのかこちらを凝視する。

 見詰め合う俺とミスマル提督。

 その雰囲気に今まで文句を言っていた人間も口を閉じた。

 「そうか。何か事情があるんだな。」 

 ミスマル提督はそう言って目を閉じた。

 その目を開くと、

 「分かった。認めよう。」

 涙を流して俺たちのことを了承する。

 「ありがとうございます。」

 「ありがとう。お父様。」

 俺達は感謝した。

 二人揃って頭を下げる。

 「それじゃ。家族の紹介を続けますね。」

 「おいおい。まだいるのかい。ユリカ。」

 「ええ。大事な家族なんです。こちらが娘のルリちゃんとラピスちゃん。とっても、いい子達なんだよ。」

 ユリカがルリちゃんとラピスを紹介する。

 「テンカワ・ルリです。爺。」

 「テンカワ・ラピス・ラズリ。」

 「もう、ルリちゃん。爺はないでしょ。爺は。」

  「「「そういう問題か!?」」」

 周りの連中が叫んだ。

 「でも、ユリカさん。私は父親を父。母親を母と言っていました。それなら、祖父も爺ではないですか?」

 「う〜〜ん。」

 ユリカが腕を組んで悩む。

 そのユリカの袖をラピスが引っ張った。

 「あれ。何? ラピスちゃん。」

 「私はアキトの娘じゃない。恋人。」

 「「「ええーーーーーー。」」」

 何度目か分からない絶叫が、艦橋に響いた。

 「それを言うのなら。私もそうですね。」

 ルリちゃんがラピスの抗議を聞いて、間違いを訂正した。

 「「「「「何だとーーー!!!(ですってーーー!!!)」」」」」

 完全にブリッジは混乱状態だ。

 (何て事を言うんだ二人とも。)

 そんな中で俺は冷や汗を流していた。

 そんなことを言えば、ユリカがどうでるか。

 俺はこの先の展開を予想して、ゆっくりとブリッジの出口に向かう。

 抜き足、忍び足。

 「ええ〜!! 違うよ。私がアキトの奥さんで恋人なんだよ。えっへん。」

 遠くなりつつあるブリッジの艦長席では、ユリカが胸を張って俺の恋人兼妻を主張している。

 急がなければ。

 俺は出入り口に飛び込む。

 すぐに通路に出た。

 後はひたすらダッシュ!!!

 「ねぇ。ユリカが恋人なんだよね。アキト。あれ、アキトは?」

 「アキトさん。どこですか?」

 「アキト。何処?」

 俺は自分を捜す3人の声を聞きながら、ひたすら走った。

 「ふう。ここまでくれば大丈夫だろう。」

 逃げ出した俺はいつのまにか格納庫まで来ていた。

 なぜ、ここまで逃げたのだろう? もしかして、最後はエステで逃げようと無意識のうちに思ったのか?

 俺は腕を組んで悩んだ。

 「アキト君。」

 ここでは聞くはずの無い人物が、俺の名を読んだ。

 俺は目を見開く。

 「エリナ? 何でここに?」

 疑問が頭に浮かぶ。

 「くす。そんなに驚かなくても、頼まれた物を届けに来ただけよ。」

 エリナが魅力的な笑顔を見せた。

 「そうか。すまない。」

 俺は労をねぎらった。

 会長秘書としての仕事があるエリナだ。

 きっと、無理をしたに違いない。

 感謝してもしきれない。

 「いいのよ。私が好きでしたことだし。でも、そうね。ご褒美は欲しいかな。」

 エリナがいたずらっぽく笑う。

 ご褒美と言えば当然。

 エリナが腰を屈め、俺たちの唇が重なる。

 お互いの舌が相手を求めて絡み合う。

 ピチャピチャと格納庫に音が響いた。

 「あ〜。ごほん。僕もいるんだけどね。」

 長いキスを続ける俺たちに、気まずげに声がかかった。

 俺は視線を声のほうに向けた。

 そこには、顔を赤らめたアカツキの姿があった。

 「なぜ、お前がここにいる?」

 俺はアカツキに尋ねた。



















 「なぜ、お前がここにいる?」

 アキト君がアカツキ君に尋ねたわ。

 私はその答えを知っているものの、それは本人が言ったほうがいいと判断する。

 「贈り物があってね。」

 「贈り物?」

 「そう、君へのプレゼントさ。」

 そう言うと歯を光らせて笑う。

 いつもの事ながら、どうやって光らせているのかしら?

 私は疑問に思った。

 「ちょっと待って、先にこれを渡すわ。」

 アカツキ君には悪いけど、先にナノマシンと仕様書の入った箱を渡す。

 アキト君は受け取ると、すぐに仕様書を読んだ。

 時間にして10分くらいかしら。

 アキト君に読みやすいように概要をまとめた仕様書だから、読み終わるのに時間は掛からなかった。

 「鍛えれば鍛えるほど、身体を作り変えるナノマシンか。面白い。」

 アキト君が口元を歪めて笑う。

 その邪悪さを感じさせる笑みに私は震えた。

 恐怖と陶酔。

 逃げようとする肉体と引き付けられる心。

 相反する二つの物に、私は何も出来なくなる。

 金縛りに合う私。

 「どうした? エリナ。」

 アキト君が心配そうに私の顔を下から見上げてきた。

 「何でもないわ。」

 金縛りの解けた私は何でもないと微笑んだ。

 その笑顔にアキト君は安心したようだった。

 「そうか。苦労をかけたな。」

 「いいの。さっきも言ったけど。好きでした苦労だから。それに、ご褒美もいただけたしね。」

 私はいたずらっぽく笑った。

 アキト君の顔にも綺麗な笑みが浮かぶ。

 私の隣でアカツキ君が「可憐だ。」などと言っているが、今は無視する。

 やっぱり、好きな人には笑顔でいて欲しいもの。

 「その。もういいかな?」

 アカツキ君が横から口をだす。

 (もう、いいところだったのに。)

 私は機嫌を損ねた。

 もっとも、それを表に出すほど子供じゃない。

 私はユリカさんとは違うもの。

 「これが、贈り物なんだ。」

 そう言って、アカツキ君はブレスレットのような物をアキト君に渡した。

 「なんだ。これは?」 

 受け取った物を見て、アキト君が首をかしげる。

 「君。エステを操縦して意識を失ったんだって?」

 「ああ。そうだ。」

 アキト君がむっつりと答える。

 だいぶ気分を害したようね。

 「これは、新型のパイロットスーツだよ。耐ショック・耐熱に優れている新型だ。素肌に直接着るタイプで、ほとんどの衝撃やGから君を守ってくれるはずさ。」

 そう言ってアキト君に手渡す。

 「そうか。ありがとう。アカツキ。」

 アキト君が嬉しそうに笑う。

 太陽が輝くような笑みに胸が弾んだ。

 「い、い、いや。大したことじゃない。気にしないでくれ。」

 アカツキ君。

 顔が真っ赤ね。

 熱でもあるのかしら?

 「ま、まあ、感謝しているのなら。そのスーツを着た姿でも見せてくれればいいさ。」

 「そんなことでいいのか?」

 「ああ。それでこそ、贈ったかいがあるってものさ。」

 「分かった。」

 そう言うとアキト君は着ていた服に手をかけた。

 止める間もなく、一気に脱ぐ。

 白い肌が外気に晒された。

 まったく女としての自覚が無い。

 困った物ね。

 私は苦笑を浮かべた。

 「がはっ。」

 そんな私の横から、アカツキ君の悲鳴が聞こえた。

 そちらを見て見ると、

 「ちょ、ちょっと。何、鼻血を流してんのよ。」

 「お、おい。アカツキ。大丈夫か?」

 アキト君がアカツキ君に駆け寄る。

 「だ、大丈夫だ。あうっ!!」

 アカツキ君がアキト君の裸を見て、再び、出血をする。

 あなた。もしかして!?

 私は初めてアカツキ君にロリコンの疑いを持った。

 今まで、付き合ってきた女性達からは、そんな疑いを持たせるものは無かったために油断したわ。

 ジト目でアカツキ君を見つめる。

 「鼻血が全然止まらないじゃないか。本当に大丈夫か?」

 「だ、大丈夫だ。気にしないでくれ。」

 全然大丈夫そうじゃない。

 私はこれ以上は危険だと思い、アキト君に声をかけることにした。

 「アキト君。こんなところでボヤボヤしている時間は無いんじゃない?」

 「いや。別に時間は大丈夫だが。」 

 「それならどうして格納庫なんかに?」

 不思議に思って尋ねてみた。

 すると、アキト君は困った顔をしたわ。

 「ブリッジにいたんだが、ユリカ達がな。」

 その言葉で分かった。

 「いつものことね。」

 頭痛を感じて頭に手を当てる。

 それをアキト君が困ったような顔で見つめてくる。

 「とにかく、これ以上貴方の邪魔はしたくないから行くわ。」

 「ああ。ナノマシンを持ってきてくれて感謝してる。」

 私はアキト君の感謝の言葉を聞きながら、手を振って帰りの飛行機に乗り込んた。 

 その隣では相変わらず、締まりの無い表情でアキト君に手を振るアカツキ君がいる。

 それを見ながら私はルリちゃんとラピスに頼んで、アカツキ君を監視しようと決意するのであった。



















 「ナデシコはサツキミドリ2号には向かわないほうがいいと思うの。ルリちゃん。」

 ユリカさんが私に話し掛けてきました。

 私は驚きました。

 それでは、リョーコさん達パイロットの人が補充できません。

 そのことを言おうと口を開きかけると、

 「あっ! もちろん。一度は寄ることになるよ。でも、このままビッグバリアを突破した後すぐに向かうのは良くないよ。」

 「どういうことですか?」

 「ナデシコの出港のときのことを思い出して。無人兵器はエネルギーに反応して行動を起こすの。でも、ナデシコが佐世保を出るとき、エンジンは止まってたよね。」

 「ええ。ユリカさんが遅刻してきたおかげですね。」

 「あはははは・・・・・もう、余計なことは思い出さない。」

 「すいません。」

 私は素直に謝った。

 もっとも、ユリカさんが怒ってないことは分かっていますが。

 ここは、私達の部屋です。

 ラピスも横にいますが、私以上に無口なためか会話には入ってきません。

 「本来。向かってくるはずの無い無人兵器が襲ってきた。これはどういう事だと思う?」

 「それは・・・・・・・・・・・・。」

 私は俯いて考え込みました。

 確かに可笑しいです。

 エンジンの止まったナデシコに向かってくるなんて。

 誰かが誘導でもしなければ・・・・・・。

 「はっ!」

 「分かったみたいだね。ルリちゃん。」

 ニコニコと嬉しそうにユリカさんが話し掛けてきました。

 「そう。無人兵器を誘導する人がいたんだよ。スパイさんがね。」 

 「そんな・・・・。」

 「ネルガルに対して敵対しているのは沢山いるよ。その中にはクリムゾングループも木蓮の連中もいる。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・。」

 「このまま、ビッグバリアを突破してサツキミドリに向かえば、前のままになるよ。そうすれば、沢山の人達を救えなかったとアキトが苦しむよ。」

 「アキトさん・・・・・・・・。」

 ユリカさんの言うとおりです。

 そんなことになればアキトさんはどれほど苦しむでしょう。

 絶対にアキトさんを苦しめるわけにはいけません。

 私はユリカさんを見つめました。

 分かっているというように、ユリカさんが頷きます。

 「だから、月のネルガル基地に向かうと偽の発表を行うの。そうすれば、チューリップはそっちに向かうはず。もっとも、サツキミドリから目標を変更するのだから、チューリップよりこっちのほうが早く着くはずだよね。」

 悪巧みを行ういたずら小僧のような表情でユリカさんが言いました。

 「でも、前のときはナデシコの到着とほとんど同時でしたし、早く向かえば間に合うのでは?」

 「ちっちっち。分かってないなぁ。ルリちゃん。あまりにもタイミングが良すぎると思わない? しかも、通信に出ていた人は何の異変も感じていなかった。サツキミドリの陥落は無人兵器ではなく、おそらく木蓮かクリムゾングループの工作員の仕業だよ。ナデシコが急いだところで、工作員の作業の妨害は時間的に無理だよ。」

 「・・・・・・・・・・・。」

 あまりにも理路整然なユリカさんの話に私は呆然としました。

 今まで、ユリカさんの士官学校での戦術の負け知らずに疑問を抱いていましたが、今回の話で目から鱗が取れました。

 完全に脱帽です。

 「でも、それはただの想像に過ぎませんよね。違ったらどうするんですか?」

 「その時はジャンプするよ。」

 「CCも無しにですか!?」

 私は驚きました。

 CCもジャンプフィールド発生装置も無しで、ジャンプが出来るなど聞いたこともありません。

 それとも、知らないうちにエリナさんから貰ったのでしょうか。

 「遺跡との融合の影響かな? 多分出来るよ.」

 ユリカさんが言葉とは裏腹な自信に満ちた表情を浮かべました。

 「それでも、危険ですね.」

 私はその作戦の難しさを指摘します。

 「うん。確かにサツキミドリの工作員が単独で行動を起こすことも、チューリップが月に来ないことも考えられるよね.」

 「その時は、リョーコさん達も危険ですね.」

 「うん・・・・・・・・・。」

 ユリカさんが落ち込んだ顔をして黙り込みました。

 「でも、前回を思い起こせば、彼女達は自分の力で何とかすると思うの。もちろん、そうならないように出来るだけのことはするんだけど。」

 「リョーコさん達以外の人はどうなんですか?」

 確かに、あの頼もしい人達ならばサツキミドリの陥落から逃げ出すことも可能だと思えます。

 でも、他の人達はどうなのでしょうか? 前回もほとんど助かった人はいなかったと聞いています.

 「ねえ。ルリちゃん.」

 ドキッ

 急にユリカさんが今まで以上に思いつめた目で私を見つめてきました。

 その真剣さに私は驚きます。

 「私の初めてはアキトじゃないんだ。」

 「な、何を言っているんですか.ユリカさん。」

 「アキトの目の前で木蓮の研究所の人達によって奪われたの。」

 「えっ!!!」

 その言葉に驚きの声を上げてしまいました。

 目を見開いてユリカさんを凝視します。

 「だんな様の目の前でね。もちろん、アキトは止めようとしたし、私は抵抗したよ。でも、全然駄目だった。全てが終わったときにアキトは私に泣いて謝ってたよ。『ユリカ。ごめん。ごめんって。』」

 私はその話にどのようなリアクションを返していいのか悩みました。

 いえ、どうすればいいのかまったく分からなかったんです。

 もし、私がアキトさんの前で陵辱されたらどうするのでしょうか?

 そんなことは想像することすら出来ません。

 それを経験してきたユリカさんとアキトさん。

 どれだけ苦しかったのでしょうか?

 私は知らず知らずのうちに泣いていました。 次から次へと透明な液体が頬を通って顎から床に落ちて、床を濡らします。

 「あっあ。ルリちゃんを泣かすつもりは無いんだよ。お願い。泣かないで。ねッ。今はアキトもいるしルリちゃんやラピスちゃんもいるもの。全然平気だよ。」

 「あっ。すみません。辛いのはアキトさんやユリカさんの方なのに。」

 私は改めてユリカさんを見直しました。

 これほどの心の傷を乗り越えてきたんだと。

 「と、とにかく。話を続けるね。その経験のおかげで私は分かったの。本当に大事な物を守るためなら、手段なんて選んでいられないって。今回の事だってアキトが苦しむのが分かっているから、サツキミドリの人達を助けようと思ってるの。もちろん、助けられる人は助けたいよ。でも、出来ることと出来ないことはあるし、私にとってはアキトが一番大事なの。だから、サツキミドリの人が死んだとしても、アキトを無理させないためなら全然平気なの。ああっ。結局、何が言い無いのかわからなくなっちゃった。」

 半分べそをかきながらユリカさんが私に言います。

 その様子に微笑ましい物を感じながら、私も答えました。

 「私だってそうです。ユリカさん。ユリカさん以上に私は他の人はどうでもいいんです。多分、ラピスやエリナさんイネスさんもそうですよ。気にしちゃ駄目ですね。」

 そう言って微笑みます。

 「ほえっ!? ルリちゃんもそうなの!?」

 「当然じゃないですか。私達は家族ですよ。家族のことが一番なのは当たり前です。」

 「私も同じ。」

 私の横でずっと黙っていたラピスが同意しました。

 「ルリちゃん。ラピスちゃん。」

 感極まった声で呟くと、ユリカさんが抱きついてきました。

 「ありがとう。ありがとう。ひっくひっく・・・・・・・。」

 後は声になりません。 私たちに抱きつきながらユリカさんはいつまでも泣きつづけるのでした。





















 「駄目だ。アキトちゃんにエステは乗せられねぇ。」

 俺の前でセイヤさんが難しい顔で腕を組んでいる。

 俺がエステのカスタム化の相談にきたら、カスタム化どころか搭乗すら拒否されてしまった。

 だからと言って引き下がるつもりは無い。

 ユリカからこの先の作戦は聞いている。

 作戦どおりになるのなら、チューリップを通って現れる無人兵器をナデシコは相手しなければいけない。

 多数の敵に対して戦う以上、ナデシコの護衛は必要だ。

 一応、アカツキに頼んで、OG戦フレームは用意させている。

 後は乗り込むだけだ。

 また、この先火星での戦闘を考えて、エステのカスタム化をお願いしようとしたのだが、まさか搭乗すら拒否されてしまうとは。

 「だが、これからの戦闘にパイロットは必要だ。それは分かっているんだろう?」

 「だからと言って、アンタのような子供に無茶させるわけにはいかねぇ。それが大人ってもんだ。」

 「大人!?」

 俺はその言葉の滑稽さに唇が歪むのを押さえられなかった。

 皮肉げに唇を笑みの形に変えて言葉を放った。

 「子供が保護されなければいけないのは、それが無力な存在だからだ。俺に当てはまる物じゃない。」

 「そんな台詞はエステから降りたときにぶっ倒れた者が言うもんじゃないぜ。鼻血をだして医務室送りだったろう。」

 「なっ!」

 俺の顔が羞恥で真っ赤に染まった。

 確かにあれは失態だった。

 だが、この体の限界を知るのにあれは必要な行為だったんだ。

 「だったら、エステに乗っても平気になれば、乗ってもいいのか?」

 「そんなすぐに平気になれるもんじゃないだろうが、そうなればな。」

 セイヤさんが呆れて口を開いた。

 どうやら俺の言葉に心底呆れたらしい。

 確かに普通なら一足飛びに耐久力が上がることはない。 だが、俺にとっては救いの言葉だ。

 だてに医務室に何度も送られているわけじゃない。

 ナノマシンの進化を促すために、特訓につぐ特訓を繰り返していたんだ。

 今なら、少なくともノーマルエステで気を失うような失態はしない。

 「だったら、シュミレーションで試してくれ。もちろん。Gや衝撃も再現してだ。」

 「分かった。分かった。まったく強情なお嬢ちゃんだぜ。」

 そう言いながらもセイヤさんはシュミレーションルームまで付き合ってくれるのだった。



















 「馬鹿な・・・・・・・・・・・。」

 俺は目の前の光景が信じられなかった。

 確かにアキトちゃんは常識はずれな腕前のパイロットだ。

 だが、子供の身体であるがゆえに、Gや衝撃に振り回されるところがあった。

 大体、シートすら大人用の大きな物だ。

 アキトちゃんのような子供ではサイズが合うはずも無い。

 現に彼女のシュミレーション用のコクピットがGや衝撃を忠実に再現するたびに、アキトちゃんの身体は右に左に振られている。 サイズが違うのだから当然だ。

 なのに、目の前の彼女は全身を使って揺れに対抗している。

 左に振られたときには左手と足を突っ張って耐え、上下に揺すぶられるときですらベルトやシートを巧みに使って身体を固定している。

 それでいて、エステの操縦は何事も無かったかのように神業的な動きで、無人兵器を撃破していっている。

 もはや人間に出来る動きだとは思えない。

 「何て子だ・・・・・・・・・。」

 開いた口がふさがらねぇとはこの事だ。

 同時にふつふつと改造屋魂が燃え上がるのを感じた。

 この子に最高のエステを作ってあげてぇ。

 それをこの子が動かしたら・・・・・・・・。

 ゾクゾクゾクゾク

 全身が震えている。

 押さえきれない衝動に唇に笑みが浮かんじまう。

 「へっ! どうやら、俺が間違っていたみてぇだな。いいだろう。作ってやるよ。最高のエステをな。」

 俺は次々と目標を撃破するアキトちゃんのエステを見ながら自分に誓うのだった。



















 「これを俺が着るのか?」

 俺は目の前にあるものを見て呆然と呟いた。

 「そうだよ。ちゃんと録画してエリナさんやイネスさんにも見せないとね。」

 ニコニコとユリカが笑って俺に言った。

 かなり嬉しそうな表情だ。

 その笑顔に絶望を感じる。

 「ル、ルリちゃん。」

 自分でも情けないなと思える声でルリちゃんに助けを求めた。

 ルリちゃんなら優しいから、俺の気持ちを汲んでくれるに違いない。

 「ぽっ。アキトさんの振袖姿。」

 駄目だ。

 完全に視線が宙をさ迷ってトリップしている。

 ならば、ラピスに。

 そう思って視線をラピスに向けた。

 「アキトとおそろい。」 

 こっちもか・・・・・・・(泣)。

 何でそんなに嬉しそうなんだ。

 大体俺は男だぞ。

 例え少女の身体に変わろうが、心は男であることを止めていない。

 「嫌だ。とにかく拒否する。」

 俺ははっきりと断った。

 これだけはっきり言えば、ユリカも諦めるだろう。

 「アキト。一緒はいや?」

 ラピスが金色のつぶらな瞳を涙で潤ませて尋ねてきた。

 ぐはっ。

 そんな目で見ないでくれ。

 ラピスとお揃いが嫌じゃなくて、女物の服を着るのが嫌なんだ。

 それを言おうと口を開きかけたが。

 「アキト。酷い。ラピスちゃんを泣かすなんて。」

 「そうです。いいじゃないですか。おそろいの服を着るくらい。」

 こちらが口を開く前に、速射砲のようにユリカとルリちゃんの攻撃が決まった。

 口をパクパクとさせて何もいえなくなる。

 「アキト。駄目?」

 「いや・・・・・・・・だから・・・・・・・・その・・・・・。」

 「ほら、泣いちゃったじゃない。罰として振袖を着ることを命じます。」

 「アキトさん・・・・・・。私達は家族ですよね。なのに、嫌なんですか?」

 ユリカの命令とルリちゃんの悲しげな表情が俺に炸裂する。

 俺は何とか振袖を着なくていいように努力したが、このメンバーを相手には無駄な努力でしかなかった。

 1時間後には涙を流して振袖を着た俺の姿があった。



















 「ナデシコはもはや敵だ。」

 壇上では連合軍の総司令が、ナデシコの危険性を訴えている。

 まったく。それではユリカ達が地球に害を与えるように聞こえるではないか。

 私はユリカの父親として憮然とする。

 「総司令。連絡が入っております。」

 秘書が壇上の総司令に話し掛けてきた。

 はて?

 この会議の最中に一体何処から連絡が?

 私も不思議に思ったが、どうやら会場のえらいさん方もそう思ったようだ。

 多くの人が首をかしげていた。

 「どこからだ?」

 「ナデシコからです。」

 幾分引きつった表情で秘書が問いに答えた。

 当然だろう。

 ナデシコをどうするかの会議の最中にそのナデシコから連絡が入ったのだから戸惑いもするだろう。

 だが、総司令はまったく平静だ。

 平然と繋ぐように命令する。

 ナデシコとのウインドウが開いた。

 「「「「「おおおおおおおおーーーーーーーーーー!!!!!!!」」」」」 

 会場中が震えるほどのどよめきが起こった。

 素晴らしい。

 私もまた涙を流してウインドウを凝視した。

 そこには日本の美の象徴の一つ振袖を着た美女が一人と可憐な美少女3人の姿があったのだ。

 惜しむらくはアキトちゃんがいつもの黒いバイザーをしているのがマイナスか。

 何と素晴らしいことだ。

 これほど可憐な子達が私の家族だというのだから、私は熱い思いが身体を震わせるのを止めることが出来なかった。

 「何のつもりだ?」

 少しの動揺もなしに総司令が用を尋ねた。

 これほど可憐な彼女達を見てもまったく平静な様子の総司令に私は不信感を積もらせた。

 冷静なのは美徳だが、美に対する気持ちのないような人間味の無い人間は信用できない。

 そういえば、この総司令にはどことなく胡散臭い噂がいくつもある。  もともと、総司令には最も遠いところにいたはずの人間だが、総司令候補の不幸な事故と一企業による強力なバックアップで総司令になった。

 人のことを悪く言うのは好かないが、それでも胡散臭すぎる。

 第一、民間の戦艦が1隻火星に行ったところで、地球の防衛力に大きな差が出来るとは思えん。

 だが、秩序を乱すとの大義名分を持って、ナデシコを悪者にしている。

 そういえば、この総司令をバックアップした企業の名はクリムゾングループだったな。

 ネルガルの妨害のための嫌がらせか。

 何が地球を守るだ。

 笑わせてくれる。

 おそらくこの会議の最中に私を挑発しようとするだろうが、そんな手に乗るつもりはさらさら無い。

 見ておれ恍けきってくれるわ。

 私もまた、総司令のように顔に出すことなく決心するのだった。



















 「・・・・・・・というわけで、ナデシコが地球を出る間、ビッグバリアを解いて欲しいんですけど。」

 ユリカが両手を合わせてお願いした。

 その姿に鼻の下を伸ばした男たちの姿が何人か私のモニターに映った。

 私はオモイカネの力を使って会場のモニターをハッキングすると彼らの様子を伺っていた。

 もちろん、録画していて後で敵と味方の参考にするためだ。

 ルリはナデシコとナデシコの周りの掌握で忙しい。

 だから、同じマシンチャイルドの私がする。

 「ふざけるな。盗人に追い銭だと。」

 総司令がユリカの言葉を思いっきり否定する。

 この人はクリムゾングループの回し者。

 ルリが言ってた。

 確かに、言動の一つ一つがナデシコを敵だと決め付けている。

 「何がふざけているんだ?」

 突然、総司令の濁声を鈴の音色のような声が遮った。

 「お前は誰だ?」

 「テンカワ・アキト。ナデシコのパイロットだ。ナデシコはお前たちが見捨てた火星の人達を助けに火星に向かうんだ。本来ならお前たちが行うべきことだろう? 軍は弱い人達を助けるために存在するはずだからな。ナデシコに感謝こそすれ、ナデシコが敵だと? 馬鹿も休み休み言え。」

 「そのために秩序を乱しているのだ。」

 「何のための秩序だ? 自分達の権力が通用しない相手がいるのが、うっとうしいだけだろう? 大体、ネルガルは一企業に過ぎないんだぞ。ちゃんと商売のために交渉をしているはずだ。企業が商売相手を敵に回してどうする? 今回のナデシコは実験用の戦艦に過ぎない。今回火星に向かうデータを元にして、新造戦艦を作りそれを連合軍に納品する契約も取っている。実戦で使われていない戦艦が、本当に役に立つと思うのか? 今回の火星行きもそういう意味では自殺行為に等しい。だが、火星にいる人を救うために、あるいは自分の中の何かに従って、ナデシコにいる人達は火星に行こうとしているんだ。お前はそれに対して何をしようとしている? 命がけで人助けをしようとする人の足を引っ張り、ましてやナデシコが地球の敵だと? そういう自分は何をしている? 命のやり取りの無い場所でヌクヌクと権力争いか? 命をかけている戦士たちの足の引っ張りか? ナデシコは敵だと言ったな? 確かにお前らの敵だ。だが、それは地球の敵じゃない。自分達の欲望のために、弱い人達を見殺しにする権力者たちの敵だ。本当に地球のためというのならば、自分達の正義を証明して見ろ。力ずくで来るのならそれでもかまわん。俺達の覚悟と実力を見せてやる。俺達は力ずくの権力には従わない。」

 「「「「「うおおおおおーーーーーーーー!!!!」」」」」

 アキトの言葉が終わった途端、会場は爆発した。

 年端も行かない少女の言葉と決意に多くの人間が感動し、頬を涙で濡らしてアキトの名前を呼んでいる。

 それに対してきょとんとした表情のアキト。

 クスクスクス

 普段は見られないその様子に、ルリやユリカが笑っている。

 何故だろう?

 私の口元も緩んでいるのを感じた。

 「アキトちゃん。人と話をするときに、バイザーは失礼だ。外しなさい。」

 ミスマル提督がアキトに注意した。

 この人も感動の涙を流している。

 「あっ。すいません。お義父さん。」

 そう言うとアキトはバイザーを外した。

 神秘的な黒の瞳が現れる。

 「「「「「ほううううう・・・・・・。(感涙)」」」」」

 今度は感嘆のため息が会場に満ちた。

 陶然とした眼差しをウインドウに向けている。

 「感動したよ。アキトちゃん。君の親として誇りに思う。それだけの覚悟をして火星に行くんだ。連合軍は君達のバックアップをすることを宣言する。」

 一提督に過ぎないミスマル提督だが、アキトの言葉に感動した人々に否やはない。

 提督の言葉が会議の意思を一つにまとめる。

 だが、私は見ていた。

 多くの人がナデシコを応援している中、総司令を中心に苦々しい顔をしていた人が決して少なからずいたことを。



















 「もうすぐ、ビッグバリアです。」

 ルリちゃんの報告がブリッジに響きました。

 その言葉に、艦長が頷きます

 「ビッグバリアは連合が解除。このまま宇宙に出ます。」

 「ありがとうルリちゃん。ナデシコは地球離脱後、月のネルガル基地に向かいます。」

 「「「ええーーーー!?」」」

 ブリッジに驚きの声があがった。

 私も驚きました。

 通信士としてブリッジにいた私にも何の相談もなかった以上、他の人が驚くのも当然よね。

 そう思って周りと見渡すと・・・・・。

 (どうしてぇ? 何で驚いているのが私とミナトさんだけなんですか?)

 私は胸の奥で呟きます。

 艦長はもちろん、プロスさんやゴートさん、ましてやルリちゃんやラピスちゃんまで平然としてるし。

 「一体どういう事なんですか? 確かこの後はサツキミドリでパイロットと補給物資の補給を行うんじゃないんですか?」

 「そうよ。聞いてないわよ。」

 「そりゃそうですよ。今言いましたから。」

 艦長はあっけらかんと答えます。

 その様子に悪びれたところは見当たりません。

 「「艦長・・・・・」」

 私とミナトさんの声がユニゾンしました。

 「だったら、何でルリちゃんたちも平然としてるんですか?」

 「家族だからです。先に聞いてました。」

 「私どもはやはり雇い主としまして。」

 「むぅぅぅ・・・・。」

 ミナトさんが凄い目でゴートさんを睨んでいます。

 ゴートさんは冷や汗を流して焦っているみたい。

 「だったら、理由を教えてよ。急に目標が変わったわけ。いまのように行き先がコロコロ変わっちゃうと、最終目標の火星行きも変わるんじゃないかって心配しちゃうよ?」

 ミナトさんが疑いの篭った目で艦長を睨みつけました。

 なのに、艦長は平気です。

 良い艦長は感情を簡単には出さないとの事ですが、ユリカさんもそうなのかな?

 「もちろん。理由はあります。ですが、それを言う必要はありません。」

 「何よぅ。それぇ!?」

 ミサトさんが頬を膨らせて怒っています。

 私も気分を害しています。

 (本当に失礼よね。)

 心の中ではやかんが沸騰するくらい激しい感情がカッかと燃えています。

 私もミナトさんも怒りの篭った眼差しを向けているというのに、ユリカさんはまったくの自然体。

 (もう! ちょっとは悪く思ってください。)

 とはいえ、相手は艦長。

 ここは我慢することにしましょう。

 「そこまで言うのなら仕方がないか。とはいってもいつもこんな調子じゃ考えがあるわよ。」

 ミナトさんが諦めました。

 といっても脅しはかけているようですが。

 仕方がありません。私も諦めましょう。

 「今度はちゃんと言ってくださいね。」

 「はいは〜い。」

 何だか馬鹿にされているみたいな答え方。

 (ふっふっふ。そうですか。そういうつもりなんですね。)

 私は心の中で笑いながら、艦長への報復を考えるのでした。





















 「ユリカは上手くやってくれたようだな。」

 俺はエステのコクピットに乗り、セイヤさんがする説明を聞いていた。

 途中でユリカがナデシコの行き先変更の宣言をしたが予定通りだ。

 後は、アカツキに頼んで積んでもらっていたOG戦フレームの調整を終わらせれば、準備OKだ。

 「というわけでだ。アキトちゃん用に改造されているから、シュミレーターで見せた実力が出せればバッタくらいなら楽勝だ。」

 「ああ。ありがとう。」

 ニッコリ

 笑って俺は礼を言った。

 「あが・・・・・・うぐ・・・・・・・はぁぁぁぁぁ。(ウットリ)」

 何だか、セイヤさんの顔が赤くなったが、気にしなかった。

 それよりもエステの改良の方が気になった。

 実際、シートを俺用に改良してくれたのは、本気でありがたかった。

 これで、Gや衝撃で弾き飛ばされそうになる体の心配をしなくてすむ。

 後は、細かい調整だ。

 「今はこれで我慢してくれ。そのうち、アキトちゃんのための機体を作ってやる。」

 俺は驚いて、セイヤさんの目を見つめた。

 まだ赤い顔だが、驚くほど真剣な眼だ。

 本気に違いない。

 「それは楽しみだ。」

 俺は期待に顔をほころばせた。

 セイヤさんもニヤリと笑う。

 二人で親指を立てて、ぐっと握る。

 話はここまでだ。

 数時間後に来る戦闘に備えて、俺は機体をセイヤさんと一緒に整備を開始するのだった。





















 「前方に無人兵器を確認。月のネルガルドックへの進路を塞ぐように展開されています。」

 ルリちゃんの報告が船橋に響いた。

 レーダーを見ると、無数の無人兵器がナデシコの行く手を塞いでいる。

 「予定通りだね。」

 「「へっ!?」」

 私の言葉にミナトさんやメグミさんが不思議そうな顔をする。

 ふっふっふ。

 無人兵器をここに引っ張り出すために、わざわざ進路を変更したんだからこうなってくれなくちゃ。

 思惑通りの展開に頬が緩み、笑顔が出ちゃう。

 後は、アキトの活躍を見ないとね。

 「ルリちゃん。」

 「大丈夫です。録画の準備はばっちりです。」

 以心伝心。

 名前を呼んだだけで言いたいことを分かってくれたんだ。

 うんうん。

 やっぱり家族っていいね。

 何も言わなくても分かってくれるんだもの。

 ふふふ。

 アキトの活躍、アキトの活躍。

 どんなのかな?

 きっと格好良いだろうなぁ。

 それで、『ユリカ。お前のために戦う。』とか言うんだよ。

 キャーキャーキャー

 「ユリカさん。」

 私が一人妄想して身体をくねらせていると、ルリちゃんが白い眼差しを向けてきた。

 いけない。いけない。

 アキトのサポートをしなくっちゃ。

 奥さん、失格だね。

 「グラビティーブラスト準備。射程に入りしだい拡散ブラスト連続発射。撃ちもらした敵はミサイルとアキトに任せます。」

 「分かりました。」

 う〜ん。グラビティーブラストは超強力な武器なんだけど、正面しか撃てないのが最大の欠点だね。

 前後左右に撃てれば、距離を保ったまま連射もできるのに。

 私の頭の中では、様々な角度からの作戦のシュミレートが行われていた。

 普段は妄想で使ってばかりだと言われているけど(アキト談)、いつもいつもそんなことを考えているんじゃないんだから。

 ナデシコの運用上の限界。

 敵の位置。

 火力の差。

 数の差。

 とにかく、相手の通路となっているチューリップはさっさと破壊しなきゃ。

 そうしないと、いつまでもいたちごっこになっちゃう。

 アキト。やっぱりアキトに頼っちゃうよ。

 私は胸が痛んだ。

 いつもいつも頼ってばかり、そのせいでアキトは死んでしまった。

 誰も私を責めなかったけど、私は自分が許せなかった。

 だから、アキトの残した地球の腐敗の粛清は命がけでやった。

 実際、軍の頂点に立っていたときは、何度も命を狙われた。

 でも、これはアキトへの償いだから絶対にくじける訳にはいかないと自分に言い聞かせた。

 イネスさんからアキトに会えると聞いたときは、どれだけ嬉しかったことか。

 泣いて泣いて、涙が止まらなかったよ。

 だから成功率の少ない賭けだと、イネスさんが言ったときも全然迷わなかった。

 絶対にアキトにもう一度会うんだ。

 謝るんだって。

 てへ。でも先にアキトに誤られたのには、参っちゃった。

 二人で抱き合って泣いたんだよね。

 それをルリちゃんやラピスちゃんが見てたよね。

 本当に嬉しかった。

 だから、私は絶対に負けない。

 家族の幸せを守るために、家を守るのが妻の役目。

 今の家はナデシコ。

 絶対に守ってみせる。

 アキトの帰ってくる場所は。

 私は何度も胸の奥でした決意を再度おこなった。

 「テンカワアキト。出る。」

 鈴の音色のような声とともに、ピンクのエステバリスがナデシコから飛び立った。

 あっという間も無く、視界から遠ざかった。

 と間も無く前方に爆発による火花が咲いた。

 「相手の射程に入るまでは、グラビティーブラストの連射。相手の射程に入りしだいに転進。ディストーションフィールドを全開のまま前進して無人兵器と戦艦を引き付けます。」

 「な、そんなことをしたら、アキトちゃんが大変じゃない。」

 「大丈夫です。アキトのエステはバッテリーを積んでいます。ナデシコから離れても、行動はできますから。」

 「何言ってんのよ。バッテリーがもちゃいいってもんじゃ無いでしょ。たった一人で敵の中にいて大丈夫なわけないわよ。」

 ミナトさんが怒って責めてきた。

 その気持ちは分かる。

 私だってアキトを残して転進なんかしたくない。

 でも、火星の戦闘でも分かるように、数の差は脅威だ。

 アキトについていっても、ナデシコは足手まといでしかない。

 「ミナトさん。このままついていってもナデシコは足手まといにしかなりません。」

 ルリちゃんが私の言いたいことを補足してくれた。

 「何言ってんのよ。ルリルリ。アキトちゃん一人に全てを任せて平気なの?」

 「聞こえませんでしたか。足手まといだといったんです。アキトさんだけなら敵に補足されること無くチューリップまでいけます。ナデシコがついていくとナデシコを守るために離れることが出来なくなります。そうすれば、周りを囲まれてたこ殴りです。そっちのほうが危険です。」

 「だからって一人で送り出して平気なの?」

 「平気じゃありません!! でも、信じているんです。」

 「ルリルリ・・・・・・。」

 突然、ルリちゃんが叫んだ。

 その勢いにミナトさんは沈黙する。

 唇を噛んで身体を震わせる姿にルリちゃんのアキトへの思いを感じた。

 「ごめん。ルリルリが一番心配してるよね。」

 それを感じてミナトさんが謝った。

 「いえ。それよりもナデシコの操船をお願いします。つかず離れず、常に一定の距離を保つのは難しいです。」

 「分かった。任せて。アキトちゃんがやりやすいように。ちゃんとナデシコを動かすから。」

 「お願いします。」

 ルリちゃんが深々と頭を下げた。

 それを右手を振って、気にしないでとミナトさんが笑った。

 (アキト。ナデシコはちゃんとおとりを果たすよ。だから、無事に帰ってきてね。)

 私は無人兵器の爆発によって起こる火花を見ながら、アキトの無事を祈った。





















 「次だ。」

 俺は闇の皇子時代の笑みを浮かべて、目の前のバッタを葬った。

 これまでに、両手両足の指では足りないほどのバッタを撃破したが、もちろんバッタの数は全然減っているようには見えない。

 次から次へと無尽蔵に新手がやってくる。

 ゴーーーーー

 傍らをナデシコのグラビティーブラストが通り過ぎていった。

 射線上にいた無人兵器が重力によって崩壊し、宇宙に火花を咲かせる。

 随分、ナデシコから離れた。

 そろそろ本気を出す必要があるだろう。

 「木蓮式暗殺術『暗舞踏』。」

 低く呟くと俺はエステを動かした。

 木蓮式暗殺術は木蓮式柔、抜刀術とは違う暗殺者の使う格闘術だ。

 月臣から習ったものじゃない。

 北辰達と戦うのに相手の使う技を知るために、独自に習得した物だ。

 闇に隠れて目標を暗殺するための技。

 俺はそれを揮う。

 ピンクのエステが闇に沈み、無人兵器が俺を見失う。

 無人兵器のレーダーの死角をつき、爆発によって起こるレーダーの乱れすら利用する俺に無人兵器ごときが対応できるわけも無かった。

 ピンクという本来ならば目立つはずの機体の色すら宇宙にとけ、何もないはずの空間から攻撃をしては、いくつもの無人兵器を破壊する。

 その爆発すら俺の機体を隠す煙幕となる。

 陣形を乱し右往左往する無人兵器を尻目に、俺は無人兵器を生み出すチューリップへと向かった。

 本来ならば前方の無人兵器を駆逐しない限り、絶対に攻撃されない位置。

 そこにチューリップは配置されていた。

 ニヤリ。

 禍禍しい笑みを浮かべて俺はそいつを認めた。

 「獲物を確認。」

 そう一言呟くと猛禽類が獲物に襲い掛かるように、俺はエステを突っ込ませた。

 ディストーションフィールドを纏った拳が、チューリップの装甲を貫く。

 「木蓮式柔『鎧貫き』。続けて『裂刃』。」

 貫いた拳を手刀に変え、チューリップに空いた穴を大きく広げた。

 ビュンビュン

 やっと、俺の存在に気づいたチューリップが触手を振り回してきた。

 慌てることなくチューリップの装甲から離れると、俺は触手を叩き折った。

 何本もの触手がやってくるが、その全てを『傀儡舞』で独楽のようにくるくると避ける。

 その合間にも俺はライフルでチューリップに開けた傷口に銃弾を叩き込んだ。

 チューリップの傷口は大きくなり、そこから大きな火花が上がる。

 やがてその火花はどんどん広がり、チューリップ全体から炎が噴出す。

 「頃合だ。」

 俺はチューリップを守るために大挙してやってきたバッタを掴むと、次々に傷口に投げ込んだ。

 たくさんのミサイルを積んだバッタ達がその中で爆発し、やがてチューリップそのものが耐え切れなくなる。

 チュドドドドーーーーーン

 宇宙に特大の火花が咲いた。

 チューリップの最後だ。

 「目標撃破。これからナデシコの護衛に向かう。」

 俺は目の前に開いたルリちゃんのウインドウに向かって微笑んだ。





















 「ご苦労様です。アキトさん。」

 私は安堵のため息をそっと吐くと、アキトさんを労いました。

 「別に大したことじゃない。それよりこれからナデシコに向かい、ナデシコの護衛をする。」

 ナノマシンの影響で金色に光る瞳を輝かせて、少し照れたようにアキトさんは頬を掻いています。

  可愛い。(ポッ)

 思わず先程の安堵のものとは違う、感嘆のため息を吐いてしまいました。

 「凄い。」

 「凄すぎる。」

 私の後ろから、驚愕の言葉が聞こえてきます。

 そっとそちらを窺うと、私達家族のもの以外の人達が固まっています。

 どうやら、アキトさんの戦闘を見て驚いているようです。

 確かに、普通のパイロットには絶対に出来ないアキトさんの戦い振りは彼らには驚きでしょう。

 その瞳には恐怖すら浮かんでいます。

 私は悲しくなりました。

 コックになりたかったアキトさん。

 戦うことを人一倍嫌っていた人。

 なのに、大切な人達を守るために力を得、逆にその力によって彼らに恐れられてしまう。

 どうしてこうなってしまうのか。

 私はこの身が裂けてしまいそうな心の痛みに、悲鳴を懸命に押し殺しました。

 「ルリちゃん。大丈夫。きっと分かってくれるよ。」

 「えっ!」

 驚いて声の主を見ました。

 そこでは、天真爛漫ないつもの笑顔を浮かべたユリカさんがいます。

 「だって、ナデシコだもん。そうでしょ!」

 「はい!」

 私は元気良く返事をしました。

 ユリカさんの言葉が特効薬のように心を癒します。

 私は両手をコンソールに置くと、ナデシコを守るために力を使うのでした。





















 「隊長。これが、ナデシコのマシンチャイルドの報告書です。」

 「ご苦労。」

 我は烈風の持ってきた報告書に目を通した。

 そこには、金色に瞳を輝かせた娘が2人と黒目の娘の姿が写っていた。

 誰もが幼い娘の姿であるが、その瞳に浮かぶ意思の強さは余人とは比べ物にならぬ。

 我は瑠璃色の髪の少女の冷静な表情を見た後、桃色の髪の少女の無機質な表情を観察する。

 そして、3人目の少女に移った時、我は言葉を失った。

 「これは・・・・・・・。」

 修羅。

 その娘を一言で表すのであれば、それしかあるまい。

 余人には決して分からぬだろうが、我にはこの娘の持つ底冷えのする恐ろしいまでの殺気が感じられた。

 これは普通の人間が持つ物ではない。

 地獄のような生き方をした者だけが持ちうる物だ。

 ブルブルブル

 例え全身を拘束され刃物をつきつけられようと微動だにせぬ、我の体が恐怖と歓喜に震える。

 恐怖は娘が持つ狂気にも似た殺気に、そして、歓喜は我と同類が見つかった喜びに。

 「どうしました。隊長?」

 我の様子に不審を感じたのであろう。

 烈風が恐る恐る尋ねてきた。

 「くっくっくっく。喜べ。わが花嫁が決まったぞ。」

 「なっ! それは!!」

 驚きに烈風の顔が歪んだ。

 その驚愕の表情すら、我には楽しく思える。

 「くっくっくっく。待っているがよい。黒き人形よ。」

 我の低い喜びの笑い声が、サツキミドリ2号と呼ばれるコロニーの一角に響くのであった。











後書き



 お待たせしました。

 「黒いお姫様とその妻たちの楽園」の2話です。

 ナデシコは無事に地球を飛び立つことが出来ました。

 次回はサツキミドリ2号に到着します。

 そこで出会うアキトと北辰。

 果たして、どのような出来事が起こるのか。

 どうぞお楽しみに。

 

管理人の感想

Tuneさんからの投稿です。

本当に男も女も見境無し、だなアキトちゃん(汗)

つーか、北辰はダメでしょ、北辰は(苦笑)

アカツキも見事に壊れていってるしねぇ。

 

・・・・・・・・アキトのあの台詞で説得されたミスマル提督が、一番凄いと思いました(まる)