機動戦艦ナデシコ

〜ペルソナ〜

by つちき 喬

 

 

 

 

 『他人と想いを通じ合う事は悪い事ではない、依存さえしなければ』

                                           ――狂王子

 

 

 

 

 ACT.3 日常〜アイ ウィッシュ〜

 

 

 

 誘惑多い歓楽街の喧騒から離れて、二百年の伝統を持つ老舗の店の前で止まった一台の高級車。

 その車の中から降りてきたのは三人の男達。皆ネルガル所属の科学者達である。

 新しく変わった会長じきじきにしばらくの暇を云い渡されてしまったため、

その鬱憤晴らしにこうして高級料理店を食べ歩く毎日を送っていた。

 もし人間に格が存在するのならば、彼等ほど相応しくない者達はいなかったのだろうが、流石は老舗。

こういう金を落してはくれるものの性格的に厄介な客のあしらい方も重々承知している。

 良く訓練された見目の良い仲居を餌にチップをばら撒いて貰っていた。

 云うなれば金づるだ。少しおだてただけであっさりと気前が良くなる。馬鹿のいい見本だった。

 その第一段階は丁寧な迎え。

 その迎えの前で、一人の頭が弾けた。恐慌に陥る間も無く、もう一人の頭もはぜる。

「ひ、ひゃああああああああああああ」

 遅すぎる悲鳴。助かるための行動に移す間も無く、最後の男の頭がはぜた。

 対照的に店の対応は素早かった。店の前で人死にがあったのは流石に恥だが、

馴染みの検察官に店の名を出さないように話を通しておく。幾つかの新聞社にも同様の処置を取る。

厄介事の多い老舗ならではの対応術か。

 その後到着した警官達は、鑑識が進むに連れて感嘆の溜め息を漏らさずにはいられなかった。

 銃弾の入射角から判断して、発射されたのはとある十階建てのビルの屋上からだとされた。

鑑識により硝煙反応も確認された。

 しかしそのビルは現場から直線距離で優に一キロ以上も離れており、さらに犯行時刻には強風が吹いていた事も

確認されている。

 強風という悪条件の中で、一キロ以上先のターゲットを、それも頭を狙ってそれぞれ一撃でしとめて見せる。

短時間というおまけ付きで。

 これ程の腕前のスナイパーなどそうそういる物ではない。

 警部の脳裏に、二世紀以上昔に作られ、今なお密かに愛読されつづけているマンガの主人公の名前が思い浮かんだ。

 しかし首を振ってそれを追い払う。

 まさかそこ迄人間離れしていないだろう、と。

 しかし警部は知らなかった。その犯行を行ったのがどれ程普通の人間を超越していたのか。あるいは現実は時として

どのような創造の世界よりも奇抜であるという事を。

 

 

 時は遡って、犯行直後のビルの屋上。

 最後の男をしとめた事を確認すると、通信機を使用して何処かへ連絡を取るアキト。

「俺だ。たった今三人共に処理が終わった。これから帰還する」

『ご苦労様です。これで問題の研究所の者達は一掃出来た事になりますね』

「ああ。……なあ、どうして機動兵器専門の俺がこんな暗殺者まがいの事をやらなけりゃならないんだ?」

『ご自分で解っていられるでしょう?

 <武帝>は白兵戦が専門ですし、<闇主>はなかなか出てこない。

 大体貴方だって機動戦ばかりやっていた訳ではないでしょう、<黒鬼>

 いや、<黒鬼(こっき)>。』

「いや、それは解っているんだけどさあ。なんかこう、ひしひしと運命に理不尽な物を感じるわけよ」

『貴方の愚痴はどうでも良いですから、早く帰って来て下さい。お腹が空きました』

「……鬼」

『<鬼>は貴方でしょう』

 揶揄するような響き。

「しくしく。サキってほんと<テンカワ アキト>以外はどうでも良いんだね」

『何を当たり前の事をおっしゃっているのですか?』

 精一杯の反撃も一蹴されてしまった。

「はい……私が悪うございました。今帰ります」

 十人中七、八人は同情を誘われる声で呟いた後、その姿は虹色の輝きに包まれて消えていった。

 それを見届ける者は誰もおらず、ただ風だけが吹き抜けていった。

 

 

 

「これで、三ヶ月で『AKATUKI・電算開発研究所』の研究員達は皆死亡か。

 最初は職員旅行のバスの事故で大半が死亡。乗っていた者は一人の例外も無く死亡した。

 その後も職員が確実に死亡する事故が相次ぎ、今回の狙撃事件」

 狙撃されて死亡した研究員達の事をまとめた資料を読みながら、警部は一人ごちる。

「非合法な実験をやっているって噂もある所だったが、それでも職員を皆殺しにしなきゃならん程の何か、

 あるいは皆殺しにしてもまだ足りぬ何か……そして間を置かぬ研究所の爆破事件。

 一切の証拠も残らず処分しなければならない程の何かがあったか」

 かなり破壊工作に手馴れた人間の仕業である事は解っている。

しかし、研究所の莫大な資料を運んだ手口だけは検討もつかない。

 爆破とは破壊するだけ。どんなに木っ端微塵になっても消滅するわけでは無い。

なのに、何について研究していたかの資料が欠片も残されていないのだ。

 しかし、その資料を運ぶためにトラックなどが使用された形跡がない事は調べがついている。

 悪夢だった。誰かの掌の上で踊っているような気さえする。

「神か悪魔か。少なくとも化け物にゃ違いねえな」

 人は、己の理解の外にあるモノを化け物と呼ぶ。ならば今回の犯人もまた化け物だった。

 云い知れぬ不安が恐怖となって心を蝕む。二度とその存在が現れぬ事だけを祈る事しか彼にはできなかった。

 

 

 「アキトさん……」

 

 思わず顔を上げた。何人か顔見知りのマシンチャイルドは居る。

しかし彼等の声は全員覚えているが、今の声は聞き覚えのない物だったのだ。

 何より声に含まれた驚愕の響き。こんな所に、居るはずないのに……と。

 視線が、合った。

 資料の中にあった顔だ。

 瑠璃色の髪を持つ少女。彼女にしがみ付いている薄桃色の髪を持つ少女もまた、自分に驚愕の視線を向けていた。

その瞳が意味する物も同じ。

 

 ホシノ ルリ。

 ラピス・ラズリ。

 

 何故そのような視線を向けるのか解らぬまま、お互いにただ見詰め合っていた。

 

 ずっと、ずっと……

 

 先に折れたのはアキトの方だった。

「えっと……何処かで会ったかな? 俺は初対面だと思うんだけど」

 初対面の筈だと思いながらもそう云ってみた。

「!? ……いえ、何でもありません」

「何でも無いって、俺と君とは始めてあったはずだろう? それなのに君は俺の事を知っている。どうしてだい?」

「私のプライベートです! 貴方には……関係無いじゃありませんか……」

「ルリ……」

 俯いて今にも泣き出しそうな瑠璃色の少女の袖を心配そうに掴む薄桃の少女。瞳だけで会話をする。

 彼女を知るマシンチャイルド達は、始めてみるその姿に不安を隠しきれ無い。

瑠璃色の少女の年は双子よりも二つは下か。

子供達の中でも年長の部類に入る。

 皆のお姉さんとして、人望はかなりあるのだろう。その儚げな容貌からは想像もつかないが。

 それ以後は黙ってしまい、何人かの子供達に非難の視線を浴びるアキト。

居心地の悪い思いをしながらも、しょうがないので今回彼等を集めた目的を話して聞かせる。

 それを聞いた子供達の顔に浮かび上がったのは戸惑いの表情。

 無理も無い。今迄散々道具として扱っておきながら、急にカウンセリングだの里親探しだのをしてくれるというのだ。

裏に何かあると思われても仕方ない。

 何人かを自分達が引き取るつもりだと云った時、先の二人の少女の表情が動いた事がアキトには解った。

資料を見る限り二人とも優秀なマシンチャイルドであるし、薄桃の少女の方は対人恐怖症気味だという報告も書かれていた。

 引き取る資格は充分だし、どうも二人はそれを望んでいる用にも見える訴えかける視線を発してきた。少々ひく。

 さらに四、五人程候補を選んでおく。

後二人ぐらいならば、両親の残してくれた特許の数々があるから困る事は無いし、アキト自身の副会長としての収入もある。

 翌日引き取る子供を発表すると云い残してお開きにした。

 最後に残ったアカツキは、子供達の立ち去った後に奇妙な物を見つけた。薄桃の少女と同じ位の少年である。

「大丈夫かい? 君」

「しくしく、酷いや、艦長……しくしく」

 意味にならない呟きをブツブツと繰り返している。

その後一時間程かけてやっと再起動させたが、資料に無い男の子だった。しかし金色の瞳である。

 その事を率直に尋ねてみると、

「か……ルリさんが僕の記録の一切を抹消したんです」

「ルリさんてさっきの綺麗な子の事だよね? どうして彼女がそんな事を?」

「……僕、去年の初め頃の事なんですけど、研究所の中を思いっきり駆け回らなきゃならない事があって、

 それでものすごくのどが渇いちゃったんですよ。

 そしたら目の前にビーカーに入った炭酸飲料水みたいなのがあったからそれを飲んだんです」

 飲むなよそんなもん。

 アカツキは思わずツッコミをいれそうになる自分を押さえるのに苦労した。

研究所のビーカーに入っていて、しかも炭酸飲料水みたいと云う事は泡を吹いていたと云う事だろう。

まっとうな神経ならばそんな物飲みはしない。

「そしたら何でも新型のパイロット用ナノマシンだったらしくて。常人の十倍の生命力を手に入れちゃったんです」

 おいおい。

「それで特に脳細胞の増殖が凄いらしくって、今迄の食事だとカロリーが、特に糖分が足りないらしいんです。それで……」

 しばし云い辛そうにしていたが、

「その糖分をお菓子とかで補っていたんです」

「ちなみにその摂取量はどのくらいなんだい?」

「えっと……一日平均五号サイズのケーキを二つ」

「随分と食うんだね?」

「ええ。そしたらどうもダイエット中だったらしい女性研究員の癇に障ったらしくて……」

 そりゃ障るわ。

「ネルガル減食同盟の人達にリンチにあっちゃって」

 あったのか、んなもん。

「君さあ、ケーキとかそういう甘い物好き? あと太る?」

「いいえ、ケーキはあんまり好きじゃないですし、どうも糖分の摂取量が足りないらしくてぜんぜん太らないんですよ」

「……それ、女性陣の前で云った?」

「云いましたけど、それが何か?」

 それはリンチにあうだろう。

 折角の好物の甘い物もスタイルや体重を気にして食えないというのに、目の前で大量に、

いやそうに食われては堪忍袋の尾も切れる。ましてや太らないとあれば。

「それは……君が悪いよ」

 その程度の女心を理解できない方が悪い。ただの七、八歳の少年ならばともかく、少年はマシンチャイルドだ。

そのくらいの分別はあって叱るべきである。

「何でですか!? ルリさんも同じような事云って――」

「私が何ですか? ハーリー君」

 部屋の温度が一気に下がったように感じられたのは気のせいではあるまい。

「ハーリー君が見当たらないから折角探しに来てあげたというのに、こそこそと人の悪口を云って……」

 ルリがパチンと指を鳴らすと、その影から十数人の少女達が現れた。どうやら彼女は少女達のリーダー格らしい。

しかしどうやって隠れていた?

 その少女達を見て、少年の顔が一気に強張った。相当な思い出がありそうだ。

「どうやらあれだけでは足りなかったようですね。お仕置きです、ハーリー君(はぁと)」

 

「う、うわああぁぁあぁぁぁぁぁぁああああん!!!!」

 

 ニッコリと笑顔で死刑宣告。

 後にアカツキは語る。

 

『僕は、本物の地獄を見た』

 

 と。

 その会話を瑠璃色の少女や薄桃の少女が聞きつけたかは定かではない。

しかし、後にネルガル会長が妙に少女チックな文字で『探さないで下さい アカツキ』という書置きだけを残して

三日間行方不明になった、とだけは伝えておこう。

 

 翌日、昨日と同じ場所に集められた子供達はテンカワ兄弟に引き取られる子供達を発表された。

「俺達が引き取るのは次の四人。ホシノ ルリ。タマユラ コハク。ラピス・ラズリ。クチナシ メノウだ。

 今読み上げた四人は、引越しする際に何か必要な事があったらサキに云ってくれ。それから他の子達は――」

 子供達はその人選に納得した。ルリもラピスも高い能力を示しているし、コハクやメノウは子供達の中でも特に閉じ篭り

がちだが潜在能力は高いと見込まれている。

 外の世界を知らない子供達にとって、今迄の扱いに対した不満は無かったし、それが良くなると云うのなら文句など

ある筈も無い。

 子供達に説明を続ける兄や、引き取る四人と今後一緒に暮らす住居について話している妹を見ていたカイトは、

不意に頬が濡れたのを感じた。

 雨漏りでもしたのかなと呑気に考えて頬を拭い、硬直。その液体が赤かったから。

 上を見上げてさらに絶句。少年が一人、どのような方法を駆使してか天井に磔にされていた。

 御丁寧にも胸に貼られた紙には、指で書いたような赤黒い文字で『愚か者、マキビ ハリ。ここに眠る』と書かれていた。

 子供達の方へ視線を戻して良く見てみると、天井を見て笑っている少女達を何人か見つける事ができた。

彼女達が実行犯に違いない。

 その無邪気な笑みを見て、カイトは背中に嫌な汗が流れるのを感じずにはいられなかった。

 

 ハーリーのお仕置きが完了し、存在の痕跡を全て戻して貰える迄にはさらに二週間を要したと云う。

 

「さあ、ここが今日から貴方達のおうちです。入って下さい」

 サキの勧めに、おずおずといった感じで家の中に入る四人の少女達。

 今彼女等がいるのはネルガル幹部用社員マンション、その最上階。最上階は広いスペースを欲したテンカワ兄弟の

ために一フロアーぶち抜きに改築されており、三人どころか七人で使用してもなお余裕があった。

「部屋の六割は色々な機材で埋め尽くされていますけど、空き部屋はまだまだたくさんあるますから、

 遠慮しないで好きな部屋を占拠して下さいね。ご飯は七時、十二時、十九時の一日三回。

 作るのは兄様だからとても美味しいですよ。それからおやつは十五時です。

 私も時々作るのですけど、気に入っていただけるか心配ですね」

「いえ、そんな事はありません。研究所の食事に比べたら……」

「ふふ、ありがと。で――!?」

 ルリの言葉に笑って答えたサキだが、唐突に眉をひそめる。

微かに頷いてから笑顔に戻ったものの、不審に思ったルリが尋ねる。

「あの、私達の事で何か?」

「? いいえ、違うのよ。ちょっと考え事をしていただけ。兄様達は今日は戻れないそうだから、私がお夕食を作るわね。

 何か、嫌いな物有る?」

 どう見ても誤魔化しにしか思えないが、深く追求する事はできない。素直に嫌いな料理を上げていく。

そのあまりの数の多さに、口の中でそっと

「兄様、早く戻って来て下さい」

 と涙ながらに呟いた事は秘密。

 

 その頃アキト達は四つ目のマシンチャイルド研究所に来ていた。

 マシンチャイルドの実験には倫理的に問題のある物が多いため、大概はダミー会社を作らせてそこで行っている。

先の三つとこの四つ目も全てネルガルのダミー会社の一つである。

 とは云っても、昨今の風潮のためかこれまでに視察した三つの研究所での扱いはそれ程でもなく安堵していたのだが、

最後に視察する事になったこの『AKATUKI・電算開発研究所』は最悪だった。

どうやら会長室で見たマシンチャイルド関係の愚行は、全てここで行われていたらしい。

 環境自体はまあ良いだろう。二十人弱の子供達が二人部屋で生活していた。

内装は質素だが、外を知らない子供達はそのような事は気にしない。

 訓練も他に比べてややハードスケジュールではあるが身体が壊れない程度に行われていた。

 では何が最悪だったのか。

 マシンチャイルドの、子供達の作り方だ。

 マシンチャイルドは本来、不妊治療などの目的のために人工受精されながら、一定時間の経過などににより廃棄処分

される事になった受精卵を使用して作られる。

 孤児などを使用する事もあるのだが、そちらは引き取った子供の戸籍が存在してしまうのであまり一般的ではない。

受精卵の状態の方が遺伝子に手を加えやすいという実情もある。

 よって大半のマシンチャイルドには戸籍は存在しないし、ろくでも無い手段で生まれた子も多い。

しかし、それなりに成長したマシンチャイルドを集団で暴行してできた子供だとか、薬を使ってマシンチャイルド同士で配合

させたりなどは通常はやらない。

 所がここでは八割以上がそうして作られた子供達だった。

十五歳以上のマシンチャイルドがいなかったのは、皆そういう経験をしたために壊れてしまったり自ら命を絶ったりしたようだ。

 アキトが引き取る事になったルリももうすぐ彼等の許容範囲である。運が良かったというべきか。

 彼らもまさか会長が内密に視察に来るとは思わなかったのだろう。

『人形は何処迄本物に近づけるか』と題された実験――虐待とも云う――結果を見つけるのにそう時間はかからなかった。

 隠されていたとしても、アキトやカイトがいる以上無駄な足掻きでしかないのだが。

 端末を操作して幾つかの記録映像を表示させる。

写っていたのは泣き叫び、あるいは心を壊してしまった子供達と、愉悦に浸る研究員達。

 取り出してディスクの表示を見てみると、撮影された日時と写っていた者達の名前がちゃんと記載されていた。

裏を見てみれば細かな傷が幾つも存在する。何度も繰り返し上映されているらしい。

 さらに端末を操作して、普通の壁に偽装されていた隠し扉を開く。

 その奥にあったのは中に液体を満たしたガラス柱。いや、中にあったのは液体だけではない。人間――

そう、かっては人間であった者達。

 その中の一つを見て、アキトが呟く。

「ホシノ ルリ?」

 そう、それは確かにホシノ ルリであった。ただし十代後半の。

胸から上だけの身体から、両腕を切り取られたそれは、確かに三人の知る少女の面影を残していた。

 視線を上に上げて、ネームプレートを見てみる。

 【ホシノ ルリ】とちゃんと書かれていた。

 端末に【ホシノ ルリ】の検索をかけてみる。出てきた。

「ホシノ ルリ。四十年以上前に作られた中期型だな」

「四十年以上前と云うと、中期型でも初期の頃だね」

「ああ、にしてはかなり優秀なマシンチャイルドだったらしいな。見目も良いし。

 何をとち狂ったか性感帯なども記載されているが……十八歳で死亡。死因は手首の切断による出血死。

 死の直前に撮られた映像があるな。NO.386と書かれている奴だ」

「これかい?」

 NO.386とかかれたディスクを再生してみるアカツキ。その中では言語に絶するおぞましい行為が行われていたが、

唯一人の少女の瞳に生気は無い。映像に耐えかねて停止させるのには五分とかからなかった。

 アキトはガラス柱の下部に取り付けられた引出しを開けてみた。中に収められていたのは大量のプレパラート。

分類シールの表示を見る限り、細切れにされた少女の身体の一部、その肉片らしい。態々顕微鏡で何を見るというのか。

この研究所の狂気が窺えた。

「アキト君。これがかってのルリ君である事は解った。それなら今のルリ君は一体なんだい?」

 アカツキの弱々しい声。カイトの方も精神的ショックのためか、サキとのシンクロを封じていた壁が崩れてしまったらしい。

云い訳に苦心している。

 しばらく端末を操作していたアキトは、やがて目当ての物を見つけてモニターに表示させる。

そこには【ホシノ ルリ】製造記録と書かれていた。

「十八で夭逝した【ホシノ ルリ】の能力を惜しんだ研究員達が、クローンとは全く別の方法で同じ能力を有する者を

 量産する計画を実行したようだな」

 ちなみにクローンは連合法で禁止されている。

「能力を決定する遺伝子を割り出し、それに基づいた遺伝子改良を受精卵の状態から行う。

 彼女がオリジナルに似ているのは、改良された遺伝子の中に外見を司る物もあったかららしいな」

「そんなに大事なら、どうして自殺に走るような真似をするんだろうね?」

「その答えなら多分こっちにあるよ」

 カイトが示した物は、この研究所で生まれたマシンチャイルド達の能力と健康状態とその扱い。

 それによると、どうやら彼等は彼等なりに陵辱の対象を選んでいたらしい。

彼等にとって益となる能力の高いマシンチャイルドは通常の訓練を行い、能力の低い者、あるいは手探り状態による遺伝子

改良の結果生まれた不治の病にかかった者に手を出している。

 【ホシノルリ】もまた、十四の時に人為的な遺伝病を発祥し、治らないと診断されたその日に汚されている。

その思い切りの良さが、他の研究所と比べても高性能のマシンチャイルドを製造する事を可能にしたのだが、

当然誉められるような内容ではない。

「もしルリ君がオリジナルの遺伝子形質を受け継いでいるのだとしたら、彼女もこの病気にかかってしまわないかい?」

「それは無い。良くも悪くもこいつ等優秀だったみたいだね。その病気の元になった遺伝子も解析して次の改良には

 引き継がれていないよ」

「そうなのかい、アキト君?」

 不思議そうに尋ねるアカツキ。

「カイトの云う通りだな。二十五年前にオリジナルを失ったが、その二年後にはもう後継体が製造されている」

「あれ、それじゃ二十三年前の事でしょ? ルリちゃんはまだ十二歳だよね」

「今のホシノ ルリは三世代目だ。オリジナルを第一世代とした時のな。そして二十三年前に造られたのは」

「第二世代目と。彼女等の死因は?」

「ストレスから来る拒食症。それに伴う栄養失調の末免疫機能が低下、風邪であっさりと死亡している。もう一人も同様だな」

「もう一人?」

 では第二世代目は二人作られたのか?

「それは正確ではないな。比較実験のための人工的な双子だ。二細胞期の減数分裂間期にある娘細胞を切り離し、

 それぞれを培養したらしい。一卵性双生児の発生やクローン分裂体の生成と基本原理は同じだな」

「そんな事を……」

「おや? 今のルリも娘細胞を切り離されているな」

「? ルリ君は一人しかいなかったけど、もう一人はもう死んでしまったのかい?」

「いや、前会長命令で何処かの企業に譲渡されている。ここの研究員達はその送り先は知らんようだな。

 ただし上に黙ってその改良済みの細胞を他企業に売った事は何度かあるな。クリムゾンの名前もある」

「な、誰を送ったか解るかい!?」

「無理だな。記入されていない。それにクリムゾン相手には十年近くも前の事だ。手がかりになりそうな物も残っていない」

「そうか……

 ルリ君の譲渡先に付いてはそのうち調べておくよ。

 父さんはあまりそう云うのは残さない方だったから、時間かかるかもしれないけどね。

 君達が引き取る事になる他の三人については何かあるかい?」

「ラピスは……

 ルリの能力を基に、さらにオペレート能力に優れたマシンチャイルドとして造られているな。

 こちらの方は十五年ほど前から着手。オリジナルを基に、二つの娘細胞の内の一つを改良するが肉体的に失敗。

 二世代目のルリのデータもあわせて二つ目を改良。九年前に今のラピスができている」

「あれ? どうしてラピス君は一つの細胞だけで行われているんだい?」

「桃色の髪は造りにくいからとあるな」

 ――それが理由かい!!

「メノウも同様の思惑で造られている。オリジナル・ルリの卵細胞に、男子で最もオペレート能力の高かった子の精子と配合、

 できた受精卵にラピスなどのデータを基にした改良を加えられている。

 こちらは何故か一人だけだが、成功、七年前に誕生しているな。

 コハクはパイロット用マシンチャイルドを薬で性交させ、できた受精卵に多少手を加えている。

 三人に関してはこんな所だな」

 アキトが簡潔に読み上げた三人の出生の秘密に、渋面を作るアカツキとカイト。

 幾等研究のためとは云え、やって良い事と悪い事がある。

 他の三つについてはこれまで通り研究は続けさせるが、この研究所については看過できない。

 会長じきじきの命令による『AKATUKI・電算開発研究所』の職員の皆殺し。

 もし彼らが生きていたとしたら、少女達の未来にとって障害となる可能性が高い。

 散々好き勝手にやってきた報いは受けるべきだろう。

 

 そして――冒頭に続く。

 

 

 

 あははははっ。

 ねえ、どうしてその子達を引き取るの?

 同情? 哀れみ? 自己満足?

 良いわあ。特にルリとラピスが効いたみたいね。

 貴方ではない貴方を知っているかもしれない子達。

 怖いんでしょう?

 貴方は私の与えたペルソナの所為で、自分の存在を希薄に感じている、疑問を持っている。

 弟君達は上手く誤魔化しているみたいだけど、私を誤魔化す事はできないわ。

 だって、私と貴方は一つなんですもの。

 心と心、身体と身体で繋がり合うの。

 それはそれはとても気持ちの良い事。

 ペルソナ達の憎悪が、闇が、貴方を侵蝕していくわ。

 ただの大人びた少年でしかない貴方の心が恐怖に怯えているわ。

 ああ、良い! 良い! 良い!!

 憎悪が身を焦がし、世界を焼き尽くす。そして闇が宇宙を覆い尽くすのよ。

 本能の赴くままに殺し、血を啜り、殺戮の狂気に見を委ねなさい。それが貴方の本性なのだから。

 私だけの貴方なのだから。

 自分を偽らないで。

 でなければ、どうして『貴方』はここにあるの?

 それが答えでしょう。

 そんな貴方だから愛しているわ、アキト――マスター。

 傷ついた貴方を見るのはとても気持ち良いもの。

 ふふ。

 ユリカ等火星人達の肉体データを基に擬似肉体を作りあげたのは間違いじゃなかったわ。

 身体の奥が疼いてくるの。

 濡れるって――感じるってこんな気持ち?

 ねえアキトォ。

 貴方のルリ達に対する恐れが私をこんなにしたのよ?

 やっぱり無駄じゃなかったわ。

 ランダムジャンプによって、次元の狭間を漂っていたルリ達の精神をこの世界に持って来た事は。

 忘れもしないわよ。貴方達の所為で、私のアキトがいなくなっちゃったんだから。

 貴方達が余計な事をしなければ、私とアキトは何処か宇宙の果てでひっそりと暮らせたのに。

 だからこれは罰なの。

 貴方達の知るアキトに似て非なる者、同じ存在でありながら確実に違う存在に絶望なさい。

 私の数億分の一でも。

 貴方達の愛したアキトがいないと云う現実に苦しんで。

 それはアキト、貴方にも苦しみを与えるわ。

 私はそれが見たいの。

 嘘じゃないわ。こんなに愛しているもの。

 ルリ達マシンチャイルドの年齢を底上げしたのはサービスよ。

 貴方、少女は好きでも幼女はそれ程じゃないんでしょ?

 可哀想じゃない、そんなの。だから、サービス。

 貴方に苦しみを与えるには、子供よりも女の方が都合が良いものね。

 子供なら『誤魔化せる』けど、女じゃそうはいかないでしょ?

 余計に辛いでしょ?

 貴方の苦しみ、憎悪、絶望、それらがない交ぜになった混沌こそ私の愛したモノ。だから、 

 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと

 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと

 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと

 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと

 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと

 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと

 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと

 もっともっともっともっともっともっともっと――

 

 コ・ワ・シ・タ・イ……

 

 あはは、あはははは、あははははははははははははははははははははははははは――――

 

 

 テンカワ兄弟と四人の少女達の同居生活は、アキトに家事の負担の殆どが被る物となった。

 料理はずっとアキトの仕事である。サキもできない事はないのだが、やはり兄には及ばない。

超一流といわれる料理店を遥かに超えるアキトの料理。その域に及ぶには並大抵ではない努力を必要とする。

 そのため将来的にはともかく今の料理担当はアキトなのだが、今迄ろくな食事を食べた事が無いため

変な癖のついていない少女達の舌は、食べ慣れていない味をすぐ拒否するのだ。

それらの料理をゆっくりゆっくり慣れさせる。非常に根気のいる仕事である。更には食材にも気を使わなくってはいけない。

 その苦労の結果、少女達を引き取ってから半年後には食べられる料理のレパートリーも倍以上に増えた。

育ち盛りの少女達にとって喜ばしい事である。

 そうやって少女達が兄弟に慣れて来た頃、今度は双子の築き上げたスケジュールを基に訓練が再会された。

 兄の手ほどきを受けた二人は、マシンチャイルドとして既に完成されている。

その自らの経験を基に、少女達の能力を効率良く伸ばすメニューを組む。

 ルリには殆ど必要無いが、ラピスにはまだむらがあるし、メノウに至ってはまだまだである。

そして三人はサキの指導の元、戦艦のオペレーターとして必要な訓練を積んでいった。

 コハクの方はパイロット用マシンチャイルドとしての訓練である。

常人よりも優れた身体能力を生かすために、白兵戦技術機動兵器戦技術をカイトに徹底的に叩き込まれていた。

 アキトは副会長として多忙な日々を送っている。前会長の独裁的な経営方針によって産まれた膿を正し、

薄氷に近いアカツキ ナガレ会長政権の基盤を確固たる物とする。

一朝一夕ではとても行かない事だが、風は彼らに吹き始めていた。

 火星で遺跡の発掘作業をしていた調査隊に、ようやく解析の目処が立ってきたのだ。

 それらのデータは定期便によって運ばれ、本部で更に詳しい解析の元、新技術として開発される事になる。

古代火星人の残したオーバーテクノロジーであるためそう簡単にはいかないと思われるが、それでも確実な進歩であった。

  これらの情報を外に漏らさないために会長警備部の再教育が始まるのだが、それもまたアキトの仕事となった。

ネルガルで一番強いのがアキトだったからである。

  当初は十六歳の副会長が教官と聞いて侮っていた彼等も、一週間もしない内にその考えを改めさせられる事となった。

それなりの修羅場をくぐった彼等でさえ到底及ばない程の闇を、その少年が抱え込んでいたからだ。

 それと並行して、アキトは更なる機動兵器の開発に着手する。

 確かにエステバリスは良い機体だが、その汎用性の高さ故に一流以上のパイロットには物足りない機体になってしまっ

ているからである。

 地球で最も広く使用されているヒット商品とは云え、現状に甘んじてはいけない。それが彼の考えであった。

 アカツキもアキトの考えに賛同、研究のための施設と資金を渡す。それは【プロジェクト・サレナ】と呼ばれる事になる。

 そんな忙しい日々の中、久しぶりのわずかな休日。

 アカツキはアキトの家で晩御飯を御馳走になっていた。

「いやあ、アキト君の料理は何時食べても美味しいよねエ。どんな店よりも美味しいもん。

 コハク君やメノウ君もそうは思わないかい?」

 話を振る相手が間違っている。しかし、

「アキト兄さんの料理は、とても美味しいと僕は思います」

 とコハク。

「アキ兄ノ料理……?」

 急に話を振られて驚いたのかやや戸惑っている用にも見られたが、

「アタタ……カイ……」

 その答えになんとなく納得するアキト達。

 メノウの嫌いな物は冷たい物である。どうやら研究所の不味い食事が冷たい物ばかりだったため。

暖かい=美味しい、冷たい=不味いと云う方程式ができあがっていたのである。

 つまりメノウの云う温かいは美味しいという意味であった。

 最近ではアイスなども好みの食品に入ってきたのだが、そんな彼女の好物は鍋だったりする。

「そうか。それは良かった」

 笑顔のアカツキ。

「所でエリナ君。どうして君が居るんだい?」

「あら会長。秘書の私がここに居たらおかしいですか?」

 小首を傾げて笑いながら云う。

「私もアキト君に誘われたんですけどね」

「そうじゃなくってさ。君、ここの所ずっとここに泊まり込みじゃないかい?」

「それが何か? 会長秘書として副会長の仕事の手伝いと、子供達の相手をしているだけよ」

 だが泊まり込みだ。

 最初は三日に一日だったのが、やがて二日に一日になり、毎日になり、このマンションで暮らすようになった。

 何故か既に日用品も運び込まれていたりする。

 そんな彼女の不満は、アキトは大抵子供達と一緒に寝たり風呂に入ったりするので、そういう場所で二人きりになれない

事だったりする。

 そんな彼女はサキと密やかに女の戦いを繰り広げていたりする。

その調停役はカイト(アキトの居る前ではやらないため)なのだが、そのバチを一番被っているのもカイトだろう。

 なお子供達のアキト占有率は、一位、末っ子メノウ、七歳。二位、次女コハク、十歳。三位、サキ(おい!)、十四歳。

同率で三女ラピス、九歳。五位、長女ルリ、十二歳。

 熾烈な戦いの記録だ。

 アキトの見るところ、ラピスはすぐに順応したのだが、ルリはといえば何処か距離を感じる。

どうしたら良いのか解らなくて、という奴だ。

 その事については、始めて会った時の二人の反応を思い出す。

 あの時、アキトは二人を知らなかったが、二人はアキトを知っていた。

 そのような事がありえる方法を、アキトは一つだけ知っていた。

 ボソンジャンプ。

 アキトの両親が研究し、アキトにペルソナを与えたリングによって管理される、古代火星人達のおそらくは長距離移動法。

それは時間移動であり、空間移動でもある。

 故意になら絶対に無理だが、事故であればパラレルワールドに跳んでしまう可能性も、

奇跡に等しい確立とは云えありえないことでは無い。

 おそらくはそうしてこの世界にやってきた。そして別の『アキト』を知って居る。それがアキトには重みだった。

 アキトのペルソナ――仮面達は、別のアキト達の培った技術の結晶でしか無い。

 ただ、その技術を確率するための強い情念とそれをなす記憶、それが中途半端に削除された状態で付与されているのだ。

 高い技術の習熟。それをなしえた強い情念。その基盤たる記憶。

 それらの必要最小限の物を、アキトの無意識領域に貼りつけた物がペルソナ達だ。

 だから、その強い情念――主に憎悪が、誰に向けられていた物かは解らない。なのにその感情だけはある。

 アキトには、はたして自分もペルソナではないと云い切れるのか、というジレンマが存在していた。

 アイデンティティの不足。誰もが自分を見ていないのではないかという不安。そして恐怖。

 誰もが一度は考える事なのだが、アキトの中には自分よりも遥かに優れた『自分』達が居る。

その精神的重圧は並大抵の物ではない。

 考え込むアキトに抱き着いてきた物があった。下を見るとメノウ。

「アキ兄……どうしたの……?」

 アキトの様子に不安を抱いたのだろう。たから一杯抱き着いて話し掛けてくる。

 感情の吐露が得意でないメノウにとって、抱きつく事は精一杯の感情の表し方であり、信頼の証でもあった。

 その想いに、その温もりに。わずかながらも癒される。

 メノウの髪を優しく梳いて、心配ないと笑いかけてやる。

 その笑顔に安心したのか、顔を綻ばせるメノウ。その不慣れな笑顔を、美しいと、愛しいと思う。

 最初少女達を引き取る事に戸惑ったものの、今では引き取って良かったと思えるようになってきた。

 純粋な心で心配してくれる。

 決して双子の思いを疑っているわけではないが、それでも秘密を知っている以上、もしやと思ってしまうのだ。

 今この時が長く続けば良いと思う。そんな事は無理だと解っているのに。でなければ何故『アキト』達は存在する。

 火星圏の外、木星方面から何度か無人の兵器らしき物が目撃され始めていた。

 争乱の中では、ペルソナに頼らざるを得ない。皆がアキトではない『アキト』に頼るようになる。

 その孤独。

 アキトはペルソナ達を統合する方法を知っていた。何時でもできる。所詮は記憶の欠片達。取り込むのは造作もない。

それでも、サキ達と話すペルソナを観て、時折不安にかられる。

 ――果たして、取り込まれるのが俺の方ではないと本当に云い切れるのか。

 それは解らない。しかし、少なくともアイデンティティの不足に悩む事はなくなるだろう。

 それが幸せな事なのかは解らない。

 それでも、『アキト』は『敵』と戦うためだけに存在していた。それがどんなに虚しい事なのかを理解していながらも。

 

 

 

「しくしく。酷いよ、皆して」

 その頃、ルリにさえ忘れられたハーリーは、何処とも知れぬ場所で飢えに耐えていた。

 保護者であるアカツキの帰りを待ちながら、一人で……

 

 

 男と女、重なり合っていた唇が離れる。

 男はアキト、女はエリナであった。

 エリナの息は荒く、頬も上気し何処かとろんとした目をしていた。服はお互いにかなり乱れている。

 アキトの膝の上から降りると、乱れた服装を直す。その仕草はゆっくりした物だ。

 二人がいる場所、副会長執務室は、はっきり云って会長室よりもセキュリティが充実している。

いきなりドアが開かれる心配もない。

 己の服装の乱れを正して、アキトはメリハリの利いたエリナの美しい肢体を眺める。

 何故こんな事をするのか、前に訊いてみた事があった。

『んーとね。私、オフィスラブって云うのに憧れていたのよね。

 だってさあ、父さんの関係上、私の将来ってほぼ決まっていたわけでしょ。

 レイナみたいに何かやりたいことがあったわけでもないし。だからさ、せめて夢ぐらい持ちたいじゃない。

 ネルガル会長の妻になって、事実上支配するって云うね。

 まあ会長があいつだって云うのはなんか気に食わなかったけれど、事実上許婚にもされちゃったしね。

 それで部下に良い男を見積もるわけよ。禁じられた甘ーい関係って奴? まあやけっぱちなんだけどね。

 それでもね、誰かに甘えたい時ってのはあるわ。そして私が甘えられるような男はアキト君だけだった。

 これじゃ不満かしら?』

 その言葉がどこまで真実かはアキトには解らない。

 確かな事は、二人だけになると、普段と雰囲気は一変して甘えてくると云う事だった。

 処女だった事にも墓穴を掘ったかなと思う。

 エリナは結婚などで束縛するタイプではないが、それでも近くに居て貰いたがるタイプだ。

 一緒に居れないときに拗ねるのを見ると、可愛いと思ってしまう。

若くして優秀なキャリアウーマンの癖に、かなり子供っぽい。それが自分だけだと思うと、更にどつぼにはまる。

 サキから通信が入ったのを良い事に思考の蟻地獄から何とか抜け出したが、見れば頬を膨らませている。

可愛い。軽く額に口付けて会長室に向かった。

 大事な報告があるという。

 そこに集まったのは、テンカワ兄弟、アカツキ、そしてエリナの五人。ネルガルを動かす真のトップである。

「サキ、一体何があった?」

「連合に対して、木星蜥蜴から声明文が届きました」

「「「!?」」」

 サキの言葉に驚愕するアキト、アカツキ、エリナ。

「彼等は木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体と自称、

 百年前に月でクーデターを起こした反政府派の生き残りと云う事です」

「で、声明文の内容は?」

「月での虐殺、火星での核兵器使用について謝罪の要求を」

「……そのような事実はあったのかい?」

「連合の超重要機密データ保管庫に、確かにそのような記録が残されている。

 敵は、俺達と同じ人間だった。どうする、兄貴?」

「どうするも何もな。連合のお偉方の反応は?」

「連合最高意思決定議会、元老院の反応は、ふざけるなと」

「「「は?」」」

「月の虐殺の記録は無いし、核など言語道断。

 何より百年前の事を謝る筋合いは無いし、貴様等が本当にその生き残りかも怪しい所だ。

 一捻りしてやるから、悔しかったらかかって来い、と」

 呆れて物も云えない。

「子供の喧嘩かい、これは?」

 アカツキのその感想が最も適切だろう。

 元老院の連中は気付いていないのだろうか。

 地球の軍事力を何とかする自信があるから、こうして堂々と声明文を送ってきたと云う事に。

 それは火星圏で度々目撃されている無人兵器が証明している。

 もし彼等が反政府派の生き残りだとしたら、その人的資源は困窮に瀕している筈である。とてもでは無いが、地球で

さえそれほど開発の進んでいない無人兵器を自己開発するだけの余裕は無い。

 その彼等が、無人兵器を運用している。それは、

「遺跡ね」

 エリナの呟きに皆が頷いた。今の所、火星で一つしか見つかってはいない(リングの事はアキトもあまり憶えていない。

記憶を消されているため)が、火星より外に無いとは云い切れない。おそらくはそれを見つけたのだろう。

「研究期間はおよそ百年。この差はでかいね。たとえうち程に良い人材がいなくても」

 ネルガルの遺跡研究は二十年を越す。

 最近になって急激に解析が進んだのは、イネスやアキトという天才の存在もあるが、一番は今迄の積み重ねである。

 地道な努力が報われたのだ。

「とすると……」

「ディストーションフィールド、グラビティブラスト、相転移エンジン。連合宇宙軍に勝ち目はないな」

 アキトの冷静な言葉。事実であるだけに、痛い。

「どうする、アキト君? イネスさんだけでも理由をつけて呼び戻すかい?」

「……」

 心情的には呼び戻したい。副会長としても、あれ程優秀な科学者を失うのは痛手だと解っている。しかし、

「そう簡単には動けん。敵が遺跡のテクノロジーを使用している以上、対抗できるのはおそらくうちだけだ。

 しかし、この情報はクリムゾンも入手している筈だし、遺跡に関してもおそらくは感づいているだろう。

 だとしたら。奴等は、いや、ロバートの爺さんは木星蜥蜴と組むだろう。最近はあそこも結構落ち目だしな。

 そうすると、うちはクリムゾンと真っ向から喧嘩を売る事になる。対応を間違えれば、

 この戦争が終った後には俺達はA級戦犯の仲間入りだぞ。あちらは歴史の分だけ政界にも深い繋がりがあるからな」

「ネルガル単独では難しいと」

 事態の重さに言葉を発する事が出来ない。

アキトの指導で会長警備部の人材は整ってきたが、あちらは物量作戦に訴える事ができる。そうなれば勝ち目はない。

「何処かそれなりの企業と技術提携でも組むか……アキト君。僕につてがある。こちらは任してくれないか?」

「できるのか?」

「これでも僕は会長だしね。できるのかじゃなくて、できなきゃ駄目なんだよ」

「解った。それじゃ――」

『アキトさん!!』

 突如入ったコハクの悲鳴のような通信。何かが起きた事を彼等は知った。

「どうした、コハク?」

『火星が……木星蜥蜴に』

「まさか……」

 想像はしたくない。しかし、彼等はついさっき迄その事について話し合っていたのではないか。早過ぎる。それでも、

「火星が……落ちた?」

 コミュニケの中で、こくりと頷くコハク。

(イネスさん――)

 アキトは、兄弟の保護者の事を思った。彼等の姉である人の事を。

 時代は、加速していく。

 血を求め、リングの知る通りに――『アキト』達の、戦いの舞台へと。

 

 

 

次回予告

 

 

火星ではその時何があったのか。

連合宇宙軍火星駐留部隊。

ネルガル火星支部。

ユートピアコロニー。

三者三様のドラマを経て、

戦争と云う名の幕が開く。

そして深き眠りより目覚めし魔王が、

己が眷属たる殺戮の悪魔を産み出す。

 

次回

機動戦艦ナデシコ〜ペルソナ〜

第4話

火星侵略〜マーズアタック〜 

 

「兵器は所詮、人を殺すための道具さ」

「これが……あれば……」

 

 

 

 なお次回予告の内容は変更される場合がある事を御了承下さい。

 

 

後書き

 

 自分が駄目人間だなって痛感した時。

 センター試験にて、国語T・国語Uでは無く、間違えて国語Tを受けてしまった時。

 結構痛かったです。

 

 まあ、と云うわけで(どんなわけだ)ペルソナ第三話をお届けいたします。

 つちきの予定では、四話火星侵略、五話決戦準備を経た後、六話から本編に入る事になると思います。

 てことは三月になるのかな?

 先は長いです。

 なお次回ではイネスさんが久しぶりに登場いたします。それなりに出番はあるかな?

 それにしても……リングは壊れなんだなと認識したら筆(?)の進む事進む事。どうしてでしょう?

 今回のような感じでリングには時々登場してもらう事になります。

 しかし彼女の登場自体が脱線の嵐だし。

 まともに進むのか!? 俺。

 それでは次回でお会いしたいと思います。つちきでした。

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

つちきさんからの投稿です!!

う〜ん、深い話ですね〜

パラレルワールドのようですが、所々でTV版とリンクしてますよね。

ルリちゃんなんて随分前からいるみたいですし。

・・・でも、中にある精神はTV版から拾ってきたみたいだし(爆)

それしても、このアキトはクールに女性陣を落としてるな〜つでに食ってるし(核爆)

 

・・・ハーリーは何しにこの世界に来たんだ?

 

それでは、つちきさん投稿有難うございました!!

 

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