Side Kouiti

 「へぇ〜、それじゃあもう事件は解決したって訳ね?」

 そう、ミナトさんは声をあげる。

 「はい。ですから、後は温泉でゆっくりしていってください。」

 そのプロスさんの言葉に、ナデシコ中から歓声が上がった。





























































 「はぁ……これでよろしかったんですか? 艦長。」
 「はい。後は、アズサの奴を帰しに行っている間に、オモイカネCに犯人がいたラボの場所を推測してもらって、その後俺一人で……ラボを破壊しに行きます。」
 「お一人で行かれるつもりですか? 私はあまり賛成できませんが…………」
 「……彼女達は、この戦争の真実も知らない一民間人です。これ以上巻きこむような事はしたくありませんから。」
 「あなたや彼女達の体質が関わる事なんですよ。彼女達にとっても、無関係で済む話ではありません。」
 「……すみません、プロスさん。もう決めた事ですから……
 それに、深遠やブーステッドヒューマン達もしばらくは動けない筈ですから、そうそう危険な相手が出て来る事もないと思いますよ。」
 「……わかりました。」




明日も知らぬ僕達

第拾八話 戦鬼と悲恋、そして



Side Kouiti



 「ねえ、コウイチ……?」

 アズサを送って、カシワギ家に行く途中、俺は信じられない物を見た。
 奇怪な事に、アズサの奴が不安げで儚げな様子で、話を切り出してきたのだ。

 可愛い。信じられないほど可愛い……
 だがしかし。これはアズサだ。妹と言うより弟と言った方が良かったコイツがこんな顔をするだなんて、天変地異の前触れだろうか?

 「……あんた、なんか失礼な事考えてないか?」
 「いや、しおらしいお前なんか初めて見るもんでよ、天変地異の前触れか何かかと……」
 「……っ!! そんな訳あるかっ!!
 あたしだって、こんな顔する時もあるよ。あんたは今の今まで見る機会が無かっただけ。」

 「……………………」

 それを言われると弱いな。確かに、コイツやチヅルさん達四人姉妹と過ごした日々なんて、今までの人生を振りかえっても両手で足りる。
 俺の知らないアズサの顔なんて、無い方がおかしいよな、これじゃ。

 「で、お前何を話したかったんだ?」
 「……あの、ジュンって奴の事。あんたの友達なんだろ?
 あいつ……一体どうなったんだ? 鬼のあたしがあっさりやられて、ただの人間のあいつに守られて……
 右腕が斬られたとか、意識を失う前に聞いたし、どう贔屓目に見てもかなりズタボロにされたはずだから、その、容態が気になって……」
 「……正直まだ何とも言えない状態だな。かなり切迫しているのは確かだけど、ナデシコの医療設備って今回のアイツ以上にヤバイ状態の奴を助けられた代物だから、今回もなんとかなると思いたいところなんだけどな。」
 「そう……なんだ…………」
 「それにしても、そんなに気にしてるなんてな。ひょっとして惚れたか?」

 次の瞬間、アズサの鉄拳が顔面に飛んで来た。
 怪物の力をかなり解放した一撃らしく、かなり効いた。正直北斗や枝織ちゃんの一撃に匹敵するかも。
 俺の体が結構吹っ飛ばされたし。
 幸い、人気がなかったので、見られたりはしなかったようだが。

 「なんでそうなる?」
 「……アズサ、あんまり力一杯否定すると、かえって肯定だと思われるぞ。
 それに、たかだか俺達ごときを「鬼」だと? 本物の鬼ってぇのは、そりゃぁもう洒落にならない化け物なんだぞ。」
 「う・る・さ・い。大体、あんたは本物の鬼とか言ってるけど、ウチの家系は……」
 「怪物の家系だっていうのか? そこら辺の事情なんか、何も聞かされてない俺が知るかよ。」
 「……隆山じゃあ、昔っからあたし達の事を「鬼」って言ってんの。」
 「? ああ、「雨月山の鬼」か。アレに出てきた「鬼」が俺達のご先祖様って訳か。」

 俺は、昨日ユミコさんから聞いた話を思い出した。
 あれの主人公、確か次郎衛門って言ったっけ、彼は、確かに本物の鬼だったな。

 「うん、まあそういう事。主人公の次郎衛門と、ヒロインの妹の「りねっと」が、あたし達のご先祖様なんだってさ。
 次郎衛門はあの後、鬼の力と鬼退治の功績を背景にこの辺りの名士に収まって、鬼の力を制御し損ねた同類や、純血の鬼の残党を狩って、子孫にもその役目を残したんだ。」
 「でも、制御できた奴の子孫だからって、そいつもエルクゥの本能を制御できるとは限らないぞ。
 俺だって、「ナデシコを守る」って支えがなけりゃあ、飲みこまれちまってたろうからな。」
 「それは……って、えっ? 制御できるできないって生まれつきだ、って聞いた覚えがあるけど?」
 「端から制御できるのが決まっていた相手が、あんな手強いわけないよ……そういや、お前の場合はどうなんだ?」
 「あれ? ああ、知らないんだっけ? 女は最初っから制御できてる。
 制御が利かなくて殺人鬼になるのは、男だけだよ。」
 「うわっ、なんだよ。ずるいなそれ。」
 「そんなこと言われたって、そういうもんなんだからしょうがないだろ?」

 そうは言われても釈然としないものが残る。
 そうこうしている内に、俺達はカシワギ邸についた。
 …………オモイカネからの連絡はまだだ。それまでは、この家で……………………



Side Azusa


 「ただいま。」
 「おじゃまします。」

 あたしとコウイチは、カシワギ家に帰ってきた。

 「……あんた、なんでそんな他人行儀なんだよ?」
 「ここが俺の家であった事なんて一度も無いからな。
 人ん家に来て、「ただいま」なんて言うほどトンチキじゃないんだよ、俺は。」

 コウイチはそういうと、とっととあがっていった。

 「なんたってそんな事言うんだよ。ここは、あんたの家でも……」
 「違うよ。」

 コウイチがあたしの言葉を遮る。

 「ここは、お前達姉妹や叔父さん夫婦に親父、それと爺さんなんかの家さ。
 俺とお袋……少なくとも俺にとっちゃ、「親父の実家」でしかないよ。」
 「なんだよ、それ。」
 「暮らした事も無い家は、名義上はどうあれ、自分の家なんかじゃないって事。
 俺はこの家に泊まった事はあっても、住んだ事はないからな。」

 それを聞いた瞬間、こいつが随分遠くにいるような気がして、とても辛く寂しく感じた。

 「……じゃあ、今のあんたの家って何処なんだよ。」
 「…………………ナデシコ、かな。やっぱり。
 戦艦な筈なのに、とても暖かくて優しい場所で。
 ナデシコがそんな所だったからこそ、俺達は今までの戦いを頑張って、生き延びてこれたんだと思うし。」
 「……なんだよ、それ。戦艦が家?
 だったら、何かあってナデシコから降りる羽目になったら、あんたはどうするつもりなのさ?」
 「ふぅ、まあそれを言われると弱いんだけどさ。
 でも、ナデシコって俺とかカズキとかルリちゃんとか、根無し草も結構多いし、そういう奴にとっちゃ、間違い無く自分の家なんだよ。」

 …………………あたしは、多分猛烈にナデシコのクルーに嫉妬している。
 なんで、なんでコイツの帰る場所が、従姉妹のあたし達の所じゃないんだ。
 どうして、あんな戦艦なんかが、コイツの帰る場所なんだ?

 コウイチ、あたし達じゃ駄目なの?
 あたし達の所に「来て」くれる事はあっても、「帰ってきて」くれる事はないの……


 あたしは、あんたが「帰ってきて」くれるって、ずっと思ってたのに……






 「あっ、コウイチさん、お帰りなさい。」
 「カエデちゃん、こんにちは。この通りアズサをここまで送ってきたから、しばらくしたら俺、帰るね。」

 それを聞いた瞬間。あたしは、コウイチに殴りかかっていた。
 力の限り、殴って、殴って、殴りまくるつもりだった。けれど、あたしの意識は暗転して…………



Side Kaede

 「コウイチさん?」
 「ああ、大丈夫大丈夫。当身食らわせただけだから、しばらくしたら目を覚ますよ。」

 コウイチさんは涼しい顔でそう答えた。
 あんな無防備な状態で、あんな至近距離からのエルクゥの奇襲をあっさり制圧してしまうなんて……凄い。
 コウイチさん……凄く強い。

 「でも、アズサの奴、なんたっていきなり殴りかかってきたんだ?」

 コウイチさんが、不思議そうに呟く。
 ひょっとして、本当に判らないのだろうか?

 私には判る。アズサ姉さんが怒った理由。
 私の「お帰りなさい」に対するコウイチさんの答えが、明らかに拒絶の言葉だったから……
 「こんにちわ」「送ってきた」「しばらくしたら帰る」、その全てが「ここは自分の家ではない」という意味を含んでいた。
 私にはそれがとても悲しくて、多分姉さんにとっても悲しくて、だから姉さんはコウイチさんが許せなかったんだと思う。

 それに……実の所、私はさっきのコウイチさんと姉さんの話を聞いている。
 親しい相手だと思っていた人にあんな風に拒絶されたら……悲しくてどうかなってしまっても、少しも不思議じゃない。

 「それは……私には判りません。
 後で本人に聞いてみたらどうですか?」

 でも、私はとぼける事にした。
 これは、姉さんが自分の口から言った方が良い。そう、思えたから。

















 「カエデちゃん、ここがアズサの部屋なんだね?」
 「はい。」
 「それじゃあ、布団を出してアズサの奴を寝かせようか。」

 コウイチさんは気絶している姉さんをおぶっているので、私が布団を出して、そこにコウイチさんが姉さんを寝かせた。

 「……コウイチさん。」
 「ちょっとまってカエデちゃん。先にカシワギ家の事、色々聞きたいんだけど良いかな?」

 私はコウイチさんの言葉に、目を白黒させた。

 「……へ? カシワギ家の事……って?」
 「……カエデちゃん達にとっては小さい頃から聞かされている基本知識でも、俺にしてみれば火星で戦ったあの時まで無縁の話だったし、自分で体験した範囲の事しか判らないから……」
 「え……? 制御できたんですから、それで良いじゃないですか。」

 それに……「思い出して」くれれば、その時に判る筈なのに……
 「そんなに知りたかったら、思い出してください。」そう、言いたかった。

 「かも知れないけどね……でも、何も知らないで殺人鬼になって、みんなに殺されてた可能性もあると思うと、ちょっと知らないで済む話でも無さそうだしね。」

 その一言に、私は目を見開き、息を飲んだ。

 「な…………なんで、そう思うんですか?」
 「簡単な推測……って言っても、オモイカネとかイネスさんとかと、知恵を出し合って出てきた推論に手を加えただけなんだけどね。
 カエデちゃん。カシワギ家って、本当は女系の一族だったんじゃないかい?
 それこそ、マトモに成人させてもらった男性は、実はかなりのレアケースなんじゃないかな?」

 「…………何故、……そう思うんですか?」

 私は、「何故、知っているんですか?」そう言いそうになった口をつぐみ、別の言い方で取り繕った。

 「さっき、アズサから「女のエルクゥは、みんな本能の制御ができる」って聞いたもんでね。
 それでね、エルクゥの力を有効に扱う為には、当のエルクゥが女性の方が都合が良いと思ったんだ。
 対して、男は高確率で殺人鬼になるから、大体がそうなる前に間引きされた……
 親父達や爺さんが成人できたのは、同世代に女の子が生まれなかったからさ。
 な〜んで、チヅルさんがいるから生かしておく必要の無い俺が、こうして生きているのかが不思議だけどね。
 本当なら……俺は生まれた瞬間に、カシワギの人間に殺されていてもおかしくなかったんだ。」

 私は、反論したかった。でもできなかった。
 コウイチさんの言葉は、全てが事実だと知っていたから……

 「それに、子孫にエルクゥの形質を受け継がせたいんなら、実際に胎内で子供を育てる女性の方が都合が良さそうだしね。
 そして、既に覚醒した男のエルクゥを新しく発見した場合、制御できているのなら婿として迎えてエルクゥの血の拡散を防ぎ、そうでないのなら……抹殺する。
 カシワギ家っていうのは…………そういう一族なんだろう?」

 それは、確信を伴った確認の言葉だった。





















Side Kouiti

 あはははははっ、もう相当嫌われてんだろうな、俺。
 さっきから、推測で失礼な事言いまくってるからな。もう一生口も利けないかも。
 まあ、それはそれで望む所ではあるし、この推測が間違っている可能性も、ほぼ0だろう。

 案外、親父も制御できなくなって、彼女達姉妹に消されたのかもな。
 もっとも、彼女達にとって、親父の存在は非常に大きい。
 多分、親父を失った悲しみも、俺なんか想像もできない程深い物だろう。

 そんな彼女達に、「姉妹の内、誰が親父に手を下したんだ?」とは、流石に聴けない。

 ……と、カエデちゃんが口を開く。
 さっきの俺の質問の答えのようだ。

 「…………今、コウイチさんが言った通りです。
 カシワギ家というのは、察しの通り、恐ろしい鬼女の一族なんです……
 コウイチさんだって、こんな恐ろしい家とは無関係でいたい……ですよね…………
 コウイチさんが……私達よりナデシコをとるのも分かる気がします……」

 カエデちゃんの声は、今にも消えてしまいそうに震えていた。
 ……って、「私達よりナデシコをとる」? 別にそんな事を言った憶えは無いぞ?

 「ちょっとまってカエデちゃん。俺は、そんな事言った憶えはないよ?」
 「嘘です。」

 嘘です、ってそんなこと言われたってなぁ……

 「違うのなら、なんで私達をまるで他人みたいに扱うんですか?」

 …………へ?

 「いや、だって俺はカシワギ家の人間だった事なんてないから。
 カエデちゃん達とは、滅多にあわない従兄弟でしかないよ?」
 「なっ、どういう事ですか!?」
 「どうもこうもないよ。
 俺は、今のカエデちゃん位の時、自分が「怪物」だって事、知らなかった……もっと言えば教えてもらってなかった。
 どうせ、初音ちゃんだって知っているんだろ? 今、俺が推測した位の事は。」
 「そ……それは…………」
 「みんな、幾つくらいの頃に聞かされたのかな?
 そうだ。俺が小さい頃、一度だけ遊びに来た、あの時にはもう全員が、俺を殺さなければならないかも知れない、って知ってたんでしょ?
 あの時の初音ちゃんは、確か……小2くらいだったかな? その頃には、もう聞かされていたんだね。」

 自分でも、かなり無神経な事言っていると思うけど、彼女達にはなるべく嫌われておきたい。
 それに、「俺はカシワギの人間ではない」っていうのは、俺自身の率直な考えであって、それ自体には別に他意はない。
 傷つけるような事を言いまくっているのは、判っているけど……ごめん、カエデちゃん。

 「もう……もう、止めて下さい…………お願い、もう止めて………………」

 もう泣き出しそうな顔のカエデちゃん。でも、ここで続ければ、彼女の俺に対する印象を決定的に悪化させる事ができる。

 「俺が男だからなのかな? 今日までずっと秘密にされてたのは。
 男は制御できて、はじめて家族、それまではただのピエロって事か。
 それにアズサから聴いたけど、みんなはじめっから制御できるんだよね?
 それじゃあ制御どころか覚醒もしてない、この間までの俺なんて、カエデちゃん達姉妹にとっては簡単に「プチッ」って潰せる雑魚だったんだろ?
 カエデちゃんには悪いけど、そんな相手を家族と思えるほど……俺は人間が出来てる訳じゃないから。」

 その瞬間、カエデちゃんの顔は絶望に染まっていた。
 もう彼女は微動だにしない。

 これでもう俺は、彼女にとって憎い相手でしか無くなっているはずだ。







 俺達の計画に、彼女達を巻き込む事は出来ない。
 うまく行けば良いが、もし失敗すれば、戦争の勝ち負けに関わらず、俺達はヒトラーやムッソリーニもかくやという、極悪人として扱われる筈だ。
 オペレーション・メリークリスマスとは、それだけお上の連中にとって都合の悪い代物だからだ。

 ナデシコのみんなも、火星で俺が巻き込んでしまったような物だし、これから先、ムネタケやアカツキ達、それにイツキちゃんも巻き込んでしまう事になるけど、だったらなおの事、必要以上の巻き添えは防ぎたい。

 それに、何故だか、彼女達には嫌われていないといけない、そんな気もしている。
 なんでそんな気がするのか、自分でもよく分からないけど……



 固まっているカエデちゃんの脇を通って、アズサの部屋から出る時、

 「悪いのは、コウイチさんなのに……」

 というカエデちゃんの呟きを聞いた。

 悪いのは俺?
 今日は確かにひどい事をしたと思うけど、一体どんな意味なんだろう?
 疑問に思いはしたものの、あんなに傷つけておいて、これ以上彼女に話し掛ける事はできなかったから、俺は釈然としないながらも部屋を出ていった。









Side Hikaru

 今日は久しぶりに、リョーコやイズミと一緒に街に繰り出していた。
 なんか、ヤマダ君やアカツキ君、それにイツキちゃんがついて来てるけど、大勢の方が楽しいから問題無しっ!!

 本当はみんな、生死の境をさ迷っている副艦長の事でブルーになりそうな気持ちを、無理やりに楽しい方向に曲げているだけなんだけど…………

 「……なあヒカル。センドウの奴って十五股かけてんだよな?」
 「うん。結構有名な話だよ。15人が15人とも、かなりの美人だから。」

 それを聞いて、アカツキ君とイツキちゃんが目を丸くする。
 ……あれ? アカツキ君って、知らなかったっけ、コレ?

 「「じゅっ、十五股〜〜〜〜っ!?」」
 「ん? おいアカツキ、お前聞いた事なかったっけか?」
 「いんや、初耳だよ……」
 「そうだったか?」
 「いんや? いんや、いんや、いんや……いやんばかん? ……う〜む。」

 イズミのギャグって、ここの所あんまり走らないなぁ……
 って、それは置いといて。

 「で、リョーコ。センドウ君の十五股がどうしたの?」
 「いや、前から聴きたかったんだけどよ、あいつ、なんでそんなにモテるんだ?」
 「だってカッコイイじゃん。」
 「……黙って突っ立ってりゃぁな。」

 センドウ君のルックスは悪くは無い。
 それどころか、あたしが知る限りでは、相当高レベルの美形だ。
 切れ長の目に、整った目鼻立ち、端正で繊細な輪郭。
 全体的な体つきも、その頑丈さや武骨さに似合わずスマートで、でも触れてみると凄くたくましい。
 はっきり言って、テレビに出ている俳優や男性アイドルなんて全然目じゃない。
 ……副艦長もかなりのレベルの美形かも知れないけど、アレはどうみても女の人の顔だし、この際除外。

 「でもよ、顔だけ良くても、中身はアレだぜ?」
 「でも、そこが良いのかもしれないわよ?」
 「うわっ、いきなりシリアスになるなっ!!」
 「でも今のって、結構的を得てるかも。
 センドウ君のルックスで、性格的にも完璧だったら、みんな気後れして誰も近寄れないと思うし。」
 「そういや俺なんかも、アイツがああいう奴だから、割と普通に付き合ってられるような気もするな。」
 「それを言われると、確かに俺にも心当たりがあるな。」
 「でしょ? へこんでる部分も含めてセンドウ君の魅力なんだよ、きっと。」
 「…………ところで三人とも。」
 「「なんだよ?」」
 「イツキさんが固まったままで、後ろに置き去りにされてるけど?」

 「「「…………へ?」」」

 そう言われて振り向くと……あっ、本当だ。
 白くなって固まってるイツキちゃんと、彼女の肩を掴んで揺すってるアカツキ君がいる。
 とりあえず、あたし達は二人の所に戻る。
 あたし達が来る頃には、イツキちゃんも立ち直っていた。

 もっとも、まだまだダメージが残っている様子だったけど。

 「あっ、あの、ヒカルさん? 十五股って、一体どういう意味ですか?」
 「いや、どうもこうも、そのまんまの意味だけど…………」
 「しかも、全員が美人って……」

 あ、イツキちゃんの頭がまたフリーズ起こしかけてる。

 「うん。でも、程度の差はあるし、綺麗だとか可愛いだとか、質もそれぞれで違うんだけどね。」

 …………この一言がトドメになって、イツキちゃんはまた固まってしまった。

 「……え、え〜と、ヒカル君?
 ひょっとして、センドウ君が十五股かけてる相手の女の子達の事、知ってるのかな?」

 アカツキ君が、こめかみをおさえてふらつきながら、そう聞いてきた。
 何故だか、顔色も悪い。

 「うん、知ってるよ。彼女達の内、何人かはあたしの友達だもん。
 それに、みんな可愛いから、ブロマイドが出回ってたりもするし。」

 あたしはそう言いながら、財布の中から数枚の写真を取り出して、その内の一枚をみんなにみせる。
 その写真には、スタイル抜群な横ポニーテールの女の子が、水着姿で写っていた。
 でも、顔形はスタイルに反して、幼さを残した愛らしい顔立ちだ。

 「この子がね、あたし的に「本命なんじゃないかな?」って思っているタカセ ミズキちゃん。
 センドウ君の中学からの友達で、何かとセンドウ君の世話を焼きたがるんだって。
 で、こっちがね……」

 そういって差し出した別の写真には、長い黒髪のおとなしそうな子が写っていた。
 背景が同人誌即売会でなければ、間違い無く深窓の美少女と言って通る。

 「センドウ君の同人誌仲間のハセベ アヤちゃん。
 見た目通りすっごくおとなしいんだけど、実は着やせするタイプで、脱いだら凄いんだって。
 でねでね……」

 あれ? だんだん、リョーコやヤマダ君の顔色も悪くなってるように見えるけど気のせいかな?

 …………まっ、いっか。
 あたしは、次の写真を見せる。コスプレ姿の四人組の写真で、全員が可愛い。
 一人は男性キャラの格好をした大人っぽい子。と言っても外見だけなんだけどね。
 一人は巫女さんの服を着たおとなしめの子。……確かに、彼女達の中ではおとなしい方だけど、一般的にはどうだろ?
 一人は見た目重視の鎧を着た女の子。この子も可愛いんだけど、このメンバーの一員らしく暴れっぷりが凄い。
 で、最後の一人も鎧を着ていて、彼女の方は兜もかぶっている。彼女だけかな、見た目通りに活発なのは。

 「彼女達は、チーム一喝っていう同人誌サークルで、どっちかっていうと、同人誌執筆よりもコスプレに力を入れてるのよね。
 あと、彼女達の本ってやおい本で、よくそれをセンドウ君に無理やり読ませて遊んでるんだって。
 ちなみに、彼女達はあたしの友達でもあるんだよ。」

 そんでもって、次の写真。
 これには、ほっぺたやら髪の毛やらを引っ張り合ってる二人の女の子が写ってる。
 一人はショートカットで、ちょっとだけ頭の回転が遅そう……こんな事言っちゃ失礼か。
 もう一人は、大きな丸めがねをつけたちっちゃい子。これであたし達より年上だって言うんだから、人は見かけによらない。

 「この子達は、センドウ君の同人誌仲間のイナガワ ユウさんとオオバ エイミちゃん。
 通称パンダと大馬鹿。
 いっつも喧嘩していて騒がしいんだけど、なんだかんだで仲が良くっていいコンビなの。
 それと、イナガワさんって、こう見えてなんと艦長や副艦長と同い年!!
 おまけに、こーんなにちっちゃいのに、物凄くパワフルで、百五十キロの相手にジャーマンスープレックスやサンダーファイヤーパワーボムや空中コンボを決める事もあるんだって。」

 「おい、ヒカル。もう良いから。」

 リョーコが、あたしの話に割って入って、そう言う。
 なんか、物凄く疲れた顔をしている。隣にいるヤマダ君の顔も同じだ。
 アカツキ君なんか、もう完全にグロッキーだ。

 「えぇ〜、でもまだ全員紹介してないよ?」
 「いいから。もう止めろ。」
 「まあ、そういうんだったら……あ〜あ、他にも編集長さんとか南さんとか大勢いるのになぁ。」
 「だから、もう良いって。」

 そうして、あたしが話を止めると、突然アカツキ君が笑い出した。
 あたしもリョーコもヤマダ君も、あと固まっていたイツキちゃんも、何事かとアカツキ君に目を向ける。

 「あはははは、ア――ハッハッハァッ!!」
 「お、おいロンゲ!? お前、いきなりどうしたんだ?」
 「ははははっ、これが笑わずにいられるかい。
 僕は、密かに大関スケコマシを自認していたのに。」
 「…………ろくでもないもん自認してるな。」
 「それがさぁ、僕なんかよりも遥かにモテる男がこんなに身近にいただなんて、笑い話にもならないよ。
 あはっ、あは、あはははは……」
 「あほか…………」
 「よし判った。アカツキ、お前は今日から幕下スケコマシだっ!!」
 「ヤマダ、お前も乗ってやるなよ…………」





Side Kouiti

 俺がカシワギ邸の台所で水を飲んでいると、オモイカネからの連絡がきた。
 ラボの場所を割り出せたらしい。

 ……結局、アズサもカエデちゃんも復活してこなかったな。

 そう思いながらカシワギ邸を出ようとすると、門の前に立っているプロスさんとゴートさん、それにゴートさんの部下の人達の姿を見つけた。

 「どう……したんですか?」
 「今回の件、私もご一緒させて戴きたかったので、こうして待っておりました。
 こういった荒事は、どちらかといえば私の領分ですから。」
 「……あまり人を巻き込みたくはないんですけど。」
 「いえいえ、これは超人兵士量産計画だと、既に判明しております。
 敵側のエージェントがすべてエルクゥというのは、私としてもあまりゾッとする話ではありませんし、潰せるものなら潰しておいた方が良い、そう思いましたから。
 それに、こういう破壊工作は、チームプレーが基本なんですよ。」
 「……判りました。どの道、議論であなたに勝てるとも思えませんしね。
 一緒に行きましょう。」

 俺はそういうと、プロスさん達と連れ立って、カシワギ邸を後にした。















 灯台下暗し、とは良く言ったもんだ。
 まさか、前回壊したチューリップの近くにラボがあるだなんて、思ってもみなかった。
 恐らくは非公式の施設だろう。
 こんな位置にある施設を使っていたら、敵の協力者です、って言っているような物だからな。

 だが、それなら俺達にも都合が良い。
 いくら荒らしまわっても問題無し、って事だからな。

 「さて、皆さん。改めて断っておきますが、今回の襲撃は私達ナデシコの独断です。
 当然、ネルガルの支援は得られませんし、後ろ盾もありません。
 ま、ありていに言えば、死して屍拾う者無し、という事ですな。
 これを聞いて、降りたいという方がいらっしゃいましたら申し出てください。」

 プロスさんがそういうが、誰も反応しない。

 「ミスター、その辺りの意思統一は既に済んだ筈だが?
 不服な者は、全員置いてきた筈だ。」
 「おや? そうでしたっけ?」

 プロスさんはおどけて言うが、恐らくは最終確認の意味があったのだろう。

 「プロスさん、俺もちょっといいですか?」
 「え? ああ、はい、構いませんが?」
 「ありがとうございます。」

 俺は、プロスさんの了解を得ると、皆の前に出る。
 そして、数度深呼吸をすると、こう言った。

 「皆さん、今回のこの作戦は、半分以上俺の我侭です。
 確かに、何者かがエルクゥ……俺が変身する怪物についての研究をしており、その何者かが木連の研究者である可能性が高い為、このまま見過ごすワケにはいかない、というのが最大の理由ではあります。
 しかし、俺はもっと早くに、生理的にこの研究を見過ごす事ができませんでした。
 何故なら、この研究が、俺という個人から平穏を奪い去る物だからです。
 ですが、皆さんは俺と違って普通の人間です。
 たとえこの研究が進められていっても、その研究の犠牲になる可能性は低いんです。
 それでも、力を貸してくださるのなら……俺は、どう、あなた方に報いれば良いのか判りません……
 とりとめもなくてすみません。俺の話はこれだけです。」

 全員が、俺の話を黙って聞いていてくれた。

 そして、俺が引っ込むと、プロスさんが前に出て、作戦の段取りを決めた。

 まず、敵にエルクゥがいる可能性が非常に高い為、アタックチームは俺とプロスさんだけで、残りの人達は外で網を張って研究者などが逃げられないようにするバックスを担当する。
 次に、まず抑えるべきは通信だという事で、バックスが外でできる通信妨害をした後にアタックチームが突入、通信施設→管制室の順で制圧する。
 勿論、誰もこんなに上手く行くとは思っていない。これはあくまで理想だ。
 後は、研究資料などもできるだけ回収しながら、壊して壊して壊しまくる。

 えらくずさんで大雑把な作戦だが、敵の事が碌に判らない現状では、この程度の作戦が関の山だろう。

 作戦開始にあたって、俺は人間の姿を止めて俺用の火器とボディアーマー(ちなみに両方共ウリバタケ印)を身につけ、他は時計合わせと装備の最終確認をして……十分後、作戦を開始した。




























































 俺とプロスさんは、研究所に突入していった。
 全く、見た目単なる研究所なのに、普通に赤外線ガンカメラとかが近くの木々に設置されてるのが凄い。
 ここって、完璧非公式の研究所なんだな。

 俺だけで行っていたら、完璧にガンカメラに撃たれて、存在も丸わかりだったんだろうが、プロスさんがフォローしてくれるおかげで、建物を囲うフェンスまではすんなり行けた。

 もっとも、問題はこの先だ。
 ここから先は、見つからないで進むのは無理だ。
 幸い、ガンカメラのおかげで、「連中が警察に通報」という最悪のシナリオの可能性は否定されたものの、見つかると面倒なのは変わらない。
 そう思っていると、プロスさんが笑顔……と言っても、裏の世界の……を向けてきて、こう言ってきた。

 「ま、こういう時に思い切って行ってみるのも、破壊工作ではよくある場面ですからね。
 私達も、ここは腹をくくって行ってみましょうか。
 それでは艦長、よろしくお願いしますね。」

 そう言ったプロスさんは、俺の背中にしがみついて来た。
 どうやら、自分をおぶってフェンスを飛び越えていけ、という事らしい。
 確かに、普通にフェンスを乗り越えようとしたら、どんな目に遭うか判った物じゃない。

 プロスさんをおぶってフェンスを飛び越えると、敷地内から高射砲やミサイル砲台が幾つもせり出してきて、俺達に照準を合わせてきた。
 ってぇ、ちょっとまてぃ。なんぼなんでも、この警備はやり過ぎだろ!?
 と思いながら、ガトリングガンを取り出して高射砲やミサイル砲台に弾丸の雨を浴びせる。
 幸い、一発もこちらに命中する事無く、無事研究所の屋上に着地できた物の……屋上にはあちこちにガンカメラが設置してあった。
 ガンカメラは俺に向かって弾丸を雨あられとぶつけてくる。
 もっとも、エルクゥであり、尚且つウリバタケ印のボディアーマーに身を包んだ俺にはあまり効かないが、プロスさんにとっては洒落にならない。
 そのプロスさんは、俺のかげに隠れて手榴弾を取り出してガンカメラの方に投げる。
 それを見た俺は、プロスさんに圧し掛かるようにして伏せ……数秒後、手榴弾の爆発によってガンカメラは全滅していた。

 「ぷ、ぷろすサン、無茶シマスネ。」
 「まあ、どの道私達の目的は全破壊ですし、それにここまで派手に歓迎されたんです。
 今更こちらだけ地味に行動しても、あまり意味がありませんよ。」
 「マア、ソリャァソウデスケドネェ……」

 俺達はそう言いながら、屋上のドアをプラスチック爆弾で破壊し、建物の中に突入した。











 中に突入すると、アサルトライフルで武装した警備兵数名に出くわした。
 問答無用で発砲してきたので、俺のガトリングガンで肉塊に変える。

 研究所の見取り図を持っているワケでもないので、警備兵をなぎ倒しながら手当たり次第に部屋を開けていくと、運が良かったのか、割とすぐに管制室を見つけた。
 とりあえず、そこにいた連中に死んでもらい、各モニターの映像を確認してみる。
 警備兵が随分と慌しく走り回っている。どうやら俺達の事を探しているようだ。
 別のカメラには……被検体らしきエルクゥの姿が写っている。目に光が無く、身体中から電極が生えている。
 他にも、薬品漬けの脳みそが幾つも並んでいる部屋の映像もある。
 今までの実験で死んだ被検体の脳だろうか?

 「ぷろすサン、俺、スゲェ胸糞悪クナッテンデスケド。」
 「あなたも表の世界の人間だという事ですよ。
 裏の世界では、この程度の事は普通にありますから。
 それにしても意外ですね。この程度で気分を悪くされるとは……」
 「ソ、ソンナ事言ワレテモ……」
 「警備の人間をああもあっさり肉塊に変えていたのですから、てっきり免疫がおありだと思ったのですが……」

 そうだ、確かにそうだ。
 俺は、自分で信じられないほど、敵とみなした相手の死に対してドライだ。
 北極での一件もそうだ。カズキはああも落ち込んでいたのに、俺は全然普通だった。
 二人とも、人間を殺したのはあれが初めてだったのに、だ。

 …………初めて?

 …………って、え?

 「おや? どうかされましたか?」
 「イ、イエ、ナンデモアリマセン。」

 俺は、とりあえずそう繕う。
 でも……今のは一体なんだったんだ?

 なんで……あれ以前に人を殺した事があったような気がしたんだ?
 エルクゥの本能の暴走? いや、違う。
 俺は、エルクゥになる以前に、人を殺した事がある。
 この手で、戦場で!? え?
 今まで無人兵器の相手しかしてこなかったのに?
 戦場では、いつも艦長席にいるのに、この手で?
 俺は…………一体、どうしたんだ?




























 管制室で情報を手に入るだけ手に入れた俺達は、第一に通信施設、第二に研究施設を攻撃目標に定めて行動を開始した。
 あんまりちんたらしていると、研究者に逃げられたりして碌な事にはならないだろう、という事で、巧遅より拙速で行く事にした。

 目に入る警備兵は問答無用で蜂の巣、研究者も、ここでの研究結果を持ち出されると厄介なので、軽く尋問した後に死んでもらう。
 手当たり次第、ぶっ殺しぶっ壊しながら、研究資料を漁る。

 そうやって進んでいくと、数人のエルクゥに襲われた。
 その目には、理性も狂気もなく、ただのガラス玉のような瞳だった。
 頭に電極のような物がついている。

 襲い来るエルクゥ達の姿に、俺の中の何かが反応する。
 獄炎にも似た、どす黒い炎を「思い出し」そうになる。

 「はははははっ、化け物めっ!!
 同類が相手ならば、そのイカレたスピードも、パワーもアドバンテージにはならんぞっ!!」

 エルクゥ達の後ろに隠れた、研究者らしき男がそう吠える。

 「しかもそいつ等の精神は完全に死んでいて、戦闘時に、機械のように正確に行動するだけなのだっ!!
 そう、こいつ等には人間の恐怖も、化け物の狂熱も無縁!! あるのは冷静な判断だけ!!
 理想の戦闘機械だ!!」

 エルクゥ達の攻撃を爪であしらいながら、その研究者の台詞を聞いた瞬間、俺の中で「思い出した炎」が爆ぜた。























































 正直言って、その後の事は良く憶えていない。
 爪を振るい、ガトリングガンを乱射し、ハンドバズーカをぶっ放し、手榴弾を幾つも投げ、俺用の超大型拳銃を撃ちまくり、その度に、誰かが死ぬか、何かが壊れるかした。
 そのくらい漠然となら憶えているんだが……

 それに、まるで身に憶えの無い事を「思い出して」、何かが変だ、という気持ちも味わっている。

 刀と鎧で武装した俺。同じく鎧を身に着け刀や槍を持った相手と殺しあう日常。
 殺した分だけ報酬を貰い、それで日々の食事にありつく。
 エルクゥとの戦い。刀で斬れず、鎧が意味をなさず、桁外れのパワーとスピードを持つ相手。
 それでも三人殺すが、カエデちゃんに似た恐ろしく素早い少女に敗れる。
 そして………………彼女の亡骸を抱いて、咆哮する…………

 「あの……落ち着きましたか?
 どうしたんです、いきなり暴れだしたりして。」
 「……………エ?」

 辺りを見回すと、研究所はもう完全に廃墟と化していた。
 心なしか、プロスさんと、その後ろにいる知らない女の子の姿も煤けて見える。

 「エッ、ア、スイマセン。アノ研究者ノ台詞デ、我ヲ忘レテシマッタミタイデス。」
 「はあ、そうですか……それにしても、ここまで暴れるとは、最近何かありましたか?」
 「イエ、特ニ心当タリハアリマセンケド。」

 まあ、そうは言いつつも、自分でもなんだろな? って気はするけど。

 でも……

 「どうかしましたか?」
 「……………エ? イエ、ナンカでじゃぶノヨウナ物ヲ感ジマシタカラ、チョット……」
 「デジャブ……ですか?」
 「エエ。ナンダカ、前ニモえるくぅ相手ニ殺シ合イヲシタ事ガアッタヨウナ……
 ソンナ気ガシタンデス。」

 その時の俺は、どす黒い復讐の炎を身に纏っていたような気もした。
 馬鹿馬鹿しい。「プリンス オブ ダークネス」でもあるまいし。

 この話は一旦切り上げて、俺は見知らぬ女の子について聞いてみた。

 「トコロデぷろすサン。ソノ子ハ、一体誰ナンデスカ?」
 「彼女ですか? この施設にいた、唯一無事だった被検体ですよ。
 名前は、カタオカ チハヤと言います。
 回収できた資料によりますと、この研究所では、エルクゥの生命力を過信して死なせてしまう事が往々にしてあったようです。
 また、研究していく内に弄りすぎて、被検体に適さなくなった者は、電極を埋められて殺戮機械に作り変えられていったようですし、女性の場合は「何故狂気に囚われないのか」という研究の為に、脳標本にされる事も多かったようです。
 そんな事をしていって、気がつけば、無事な者は彼女一人といった有様だったようで……
 ちなみに、新しくエルクゥを補充しに行く、という計画も上がっていたようです。」

 ……潰しておいて良かったな。ここまでヤバい場所だとは思わなかった。
 そう思っていると、今度は女の子の方が口を開いた。

 「あ……あなた達、わたしをどうするつもり?」

 彼女は、かなり怯えた様子でそういう。
 そういや、考えてなかったな。

 「女ノ子ハ暴走シナイカラ、コノママ人里ニ帰シテ普通ニ暮ラシテモラオウカナ?」
 「あの、すみませんが、それはそれで問題がありますよ。
 第一に、彼女の戸籍上の扱い、これはまあなんとかなりますけど。
 第二に、彼女が私達の味方をしてくれるとは限らないという事です。
 もし、敵対されてしまった場合、この研究所を破壊したのは私達だとバレてしまいます。
 それは、あまり好ましい展開ではありませんよ?」
 「エ? ソウデスカ?
 デシタラ、コチラノ監視下ニ置イタ上デ生活シテモラウ、ト言ウノハドウデスカ?」
 「ふぅむ……悪くはありませんが、彼女が本気になったら、監視など簡単に振り切られてしまいますよ。
 それなら、いっその事、私達の目が直接届く場所に置いておいた方が良くありませんか?」
 「ソウハ言イマスケド、連レテ帰ッタラ、ソレコソ敵対サレタ時大事ニナリマスヨ。」

 だもんで、中々答えが出ない。




 この後、バックスに回っていたゴートさん達も加わって議論が白熱し、結局「とりあえず鶴来屋まで連れて帰ろう」という線で落ち着いた。




 それにしても、俺は、なんで身に憶えのない事を、「思い出す」んだろう……
 今回の襲撃、から……か? こういうのは…………
 一体、この研究所が俺の何だ、っていうんだ!?





Side Akatuki

 「はふぅ……」
 「アカツキ君、どうしたのよ?
 あなた、他のパイロット連中と出かけて、戻って来てから何か変よ?」
 「はっ……どうせ、どうせ僕は幕下スケコマシさ…………」
 「…………何があったのよ?」

 はぁ……どうせ、君には理解できないだろうね、この切ない気持ちは……

 「大体、秘書の私に会社の仕事を押しつけて遊びに行くだなんて、良いご身分ですね、会長?」
 「エリナ君、ストップ。
 いつヤマダ君が戻ってくるか判らないんだから、その呼び方はよしてくれない?」

 そう、今僕とエリナ君がいるのは、男子パイロットに割り振られた部屋だ。
 ちなみにヤマダ君は、ゲキガン話をする為に、整備員部屋その1(ウリバタケ君やタニ君などの幹部の部屋)にお呼ばれしている。

 と、ノックの音が聞こえてくる。

 「会長、いらっしゃいますか?」

 ……プロス君まで…………

 「いるよ。って、プロス君も名前で呼んでよね。
 僕が会長だっていうのは秘密なんだからさ。」
 「いやぁ、すいません。」

 プロス君はそう言って、頭をかきながら部屋に入ってきた。

 「じゃあ、早速本題から入るけど、例の襲撃は上手くいったかい?」
 「しゅ、襲撃!? 聞いてないわよっ!!」
 「あれ? 言ってなかったっけ?」

 ごめんエリナ君、本気で忘れてたよ。
 まあ、口には出さないけどね。
 今でさえ、真っ赤になって怒っているエリナ君の頭から、血が吹き出だしてきそうだし。

 「いや、実はさ、昨日プロス君が射殺した犯人って、艦長と同じ化け物でね。
 錯乱状態で、ただの通行人なんかを、どっかの研究施設からの追手だと思って殺してたらしいんだよ。
 で、犯人の被害が隆山に集中してたから、犯人が言っていた研究施設もこの辺りにあるんじゃないか、って事になって、艦長がそこを襲撃しよう、って言い出したんだ。
 彼にとっては他人事じゃないからね。」
 「ようはカシワギ コウイチの独断、って事?」

 僕は大きく頷く。

 「まあ、僕としてもこんな研究を野放しにしておくのは、良い気分がしないからさ、もしもの事があっても艦長がスケープゴートになってくれそうだし、話に乗っちゃったんだよね。」
 「ちょ、ちょっとちょっと、もうちょっと調べてから行きなさいよ。
 どっかの企業の研究ならまだしも、軍や政府の機関だったら、後がとんでもなく怖いわよ。」
 「まぁね。だから、そっち方面でやばそうだったら、艦長を制止させる為にプロス君達をつけたんだけど……そこの所はどうだったんだい?」

 すると、プロス君は大量の紙やディスクを取り出して、こう言った。

 「侵入する前から、前回破壊しましたチューリップの近くにあったりですとか、過剰な警備体制を敷いていたやらで、表立って存在を公表できるような施設でない事は確認できました。
 それで、かなり強引でしたが、侵入して各種資料を入手しました所、クリムゾンの非合法研究所である事が判明しました。
 少なくとも、今回の襲撃で先方が法的手段に訴える可能性はありませんね。」
 「へぇ〜〜、チューリップの近くかい。興味深いね。」

 こりゃぁ、思わぬ所で判明したな。
 木連の国力は大した事ないから、地球側の誰かが彼等に協力しているんじゃないかな、って思ってたけど、それがクリムゾンだなんてね……
 ま、状況証拠だけだけどさ。
 「木星蜥蜴」を味方だと認識してなけりゃ、チューリップの近くにある研究施設なんて使える筈ないし、まあ間違いはなさそうだね。

 「ふぅん。ねぇ、だったら、これをネタにクリムゾンを吊るし上げられないかしら?」
 「無理だと思うよ? こっちが無茶した事もバラさなくちゃいけなくなるし。」

 大体、蜥蜴の尻尾切りするに決まってるんだし。
 エリナ君は、残念そうな顔をして俯いた。

 「で、君等は研究施設をどうしたんだい?」
 「研究施設ですか?
 それが、研究者の一人が艦長の逆鱗に触れてしまいまして、艦長がガトリングガンやらハンドバズーカで暴れに暴れて、もはや完全に廃墟と化しています。」
 「は、はいきょ……かい?」
 「ええ。」
 「それに、ガトリングガンとかハンドバズーカとか……そんな問答無用の重火器持ってったんだ?」
 「はい。ああなられた艦長ならば、通常の火器のように扱う事ができるだろう、という事で、艦長ご自身が持って行かれましたが。」

 ふと後ろを見ると、エリナ君がえらく引いていた。
 僕も開いた口が塞がらない。
 いくら人間じゃないからといって、なんて重武装で行ったんだ。

 「それで、私は艦長が暴れている間に、資料を回収すると共に、無事だった唯一の被検体の少女を救出したのです。
 ですが、その後、救出した少女の処遇を決めかねてしまいまして、とりあえず鶴来屋に連れてきてみたのですが……」
 「は? ちょっとちょっと、そんな所で困んないでよ。」
 「はぁ、ですが、「唯一無事だった」被験者、という事で、本当はクリムゾンの人間でそういう偽装がされている、という可能性も否定できないのですよ。
 迂闊に手放してしまったら、今回の襲撃の事をクリムゾンに報告されてしまいますし、監視をつけたりこちらで確保しておこうにも、彼女は艦長と同じ怪物ですから、見張りを黙らせる事など造作もありません。
 ……後腐れがないという意味では、殺してしまうのが一番かもしれませんが……」

 そう言ったプロス君の目は、恐ろしく冷たかった。
 が、僕にしてみればこんなのは普通、ただの日常だ。

 「ところで、彼女の素性はどんなのなんだい?」
 「はい、カタオカ チハヤ20歳。
 あの「真紅の牙」のカタオカ テツヤの腹違いの妹で、彼に父親を殺され、母親と共に性的暴行を受けた過去があります。」
 「へ? 「真紅の牙」のカタオカ テツヤがそんな事を?
 なんか彼のイメージじゃないなぁ、そういうの。」
 「でも、だったらクリムゾンの人間だ、って事はないんじゃないかしら?」
 「いえいえ、カタオカ テツヤに近寄る為にクリムゾンに籍を置いているという可能性もありますよ。
 もっともその場合、復讐を遂げようとした次の瞬間に、彼女の死は確定しますがね。
 ま、必殺の覚悟があるのなら、そのくらいの事をする方は、普通にいらっしゃいますよ。」
 「ふぅん。それじゃあやっぱり……」
 「でも、消すって選択肢も乱暴な気がするね。」
 「ええ。それでお二人に、うかがいを立てているのですが。」
 「……プロス君達に決断できないからって、僕達に決断しろって言われてもねぇ。」

 結局、プロス君や艦長なんかが、大人数で知恵を出しあってでなかった結論を、僕とエリナ君の二人だけで出せる筈もない。
 とりあえず僕達は、彼女、カタオカ チハヤに会ってみる事にした。

















Side Minato

 わたしと副提督、それにメグミちゃんは、プロスさんが連れて来たチハヤさんと打ち解けていた。
 チハヤさんは、あんな所にずっと閉じ込められていた為か、それともクリムゾンのエージェントとしてそういう世界から遠ざかっていた為か、女の子らしい話題に目を輝かせている。

 今、プロスさんやゴートさん、それに艦長が、彼女の処遇に頭を悩ませている。
 それは多分、アカツキ君やエリナさんも一緒だろう。
 でも、わたし達的に言えば一択だ。
 彼女をナデシコに乗せる。彼女と、副艦長の関係を知りたい。
 あの時の、副艦長の絶叫の意味を知りたい。

 野次馬根性なのは承知している。

 ひょっとしたら、酷く無神経な考えかもしれない。

 でも、副艦長が「二度目」の話をする時、彼と深く関わっている筈なのに決して触れようとしない「チハヤ」。
 ディアちゃんもブロス君も、「チハヤ」については口を噤む。
 わたし達が知っているのは、あの時の副艦長の絶叫だけ。
 チハヤさんは、その「チハヤ」なのだろうか?
 それだけでも、知りたい。

 と、そんな時間が過ぎていって、アカツキ君達がやってきた。
 実際の彼女を見てから、改めて処遇を考えようというのだろう。

 「ふぅん、君が、カタオカ チハヤ君、かい?」
 「そうですけど、あなたは?」
 「ふっ、僕の名前はアカツキ ナガレ。愛の伝道師さ。」

 アカツキ君が髪をかきあげながら、そういって笑うと、彼の歯がキラリと光る。
 あれって、どういう原理なのかしら?
 アキト君がしきりに気にしてたけど……

 「え? 大関スケコマシじゃないんですか?」
 「副提督、副提督? 情報が古いですよ。
 今は、幕下スケコマシじゃないですか。」
 「あっ、そうなんだ。」

 それを聞いたアカツキ君が、力尽きたように、がっくりと崩れ落ちる。
 ふふっ、気の毒だけど、なんか可笑しい。

 「あなた達、極楽トンボをこき下ろしたって、面白いだけでしょう。
 悪いけど、私達は、本題に入りたいの。」

 エリナさんがさり気なくトドメをさす。
 アカツキ君は、一瞬白くなったかと思うと、そっぽ向いてたそがれちゃった。
 もっとも、

 「で、わたしに何の用なんですか?」

 と、チハヤさんに言われると、即座に復活したけど。
 そして、彼は応えて言った。

 「……正直な話、今、僕達は、君の処遇を決めかねているんだ。
 君がクリムゾンの諜報員である可能性があるから、それを前提とした対処法を考えているんだけど……」
 「諜報員……ってそんな、わたしはっ!!」
 「違う、だなんて言わせないよ。
 こういう時にとぼけるのも、諜報員の立派な仕事なんだからね。
 どっちにしても、君は否定するに決まっているんだ。」

 そう言ったアカツキ君の眼光は、さっきの様子からは想像もできない程、鋭い。

 「まあ、本当にクリムゾンの諜報員で間違いなさそうだったら、正直今すぐ死んでもらいたいんだ。
 けど、今の段階じゃそうじゃない。
 だから、死んでもらう、って選択肢を取るつもりはないんだけど……
 でも、そうしたら、残った選択肢のどれにも随分と穴があってさ、どうしたもんだろうねって、みんなで頭を捻っていたのさ。」

 正直は美徳だけど、この場合は残酷なだけだ。

 チハヤちゃんは、酷く震え始める。
 もっとも、アカツキ君はそれさえも諜報員の演技である可能性がある、と思っているみたいだけど。

 「あの、アカツキ君、ちょっと良いかしら。」

 わたしは、話に入ってみる事にした。

 「へ? 別に良いけど。
 言っておくけど、彼女を全面的に信用する、なんてのは無し、だからね。」
 「判ったわ。
 ねえ、チハヤさん?」

 彼女は私の問いかけに応えず、ただ怯えた視線を送ってくるだけだ。
 私は、構わずに続ける。

 「あなた、ナデシコに乗ってみるつもりは、ないかしら?」
 「えっ?」「いっ!?」

 アカツキ君とエリナさんが無茶苦茶驚く。無理も無いだろうけど。

 「ふふっ、二人とも凄い驚きようね。
 でも、彼女をナデシコに乗せる、っていうのは、私なりの考えがあって言ってるのよ。」
 「ど、どういう考えか、聞かせてもらえないかな?」

 先に回復したアカツキ君が、私にそう聞き返す。

 「簡単よ。
 まず、ナデシコは空飛ぶ密室。たとえ、こちらの監視を潜り抜けたとしても、脱出は困難を極めるわ。
 それに、彼女は艦長の同類。
 彼女に太刀打ちできる人材は凄く限られてくるけど、ナデシコには艦長とカズキ君がいるし、出向している四人もいつかは帰ってくるわ。
 だから、彼女をなるべく艦長やカズキ君なんかと一緒に行動させれば、ナデシコを内部から破壊される、って事はないと思うわ。
 その代わり、艦長達には不自由を強いる事になるけど……」
 「穴がボコボコ空いているような気がするのは、僕だけかな?」
 「そうかもしれないけど、逃げられないようにするんだったら、ナデシコ一択よ。
 それに、ナデシコの機密の漏洩も、外との通信はこちらで制限できたと思うし、なんとか防げるわよ。」
 「う〜む……」

 この時点ではアカツキ君も、まだ悩んでいたけど、これが決め手になって彼女をナデシコに乗せる事が決定した。





Side Azusa

 あたしが目を覚ますと、あたしの部屋の中で倒れこむようにして眠っているカエデの姿をみつけた。

 カエデは泣き腫らした悲しそうな顔で寝ていた。
 多分、コウイチの奴に泣かされたんだ。
 あたしは今まで自分が寝ていた布団にカエデを寝かせると、家を飛び出した。
 もう、辺りは暗くなっている。

 コウイチの奴をぶん殴る。
 あいつ、あたしだけじゃなく、カエデまであんな風に泣かせるだなんて、絶対に許せない。
 あたしは、そう決意を固めて、鶴来屋に向かって走り出した。










 鶴来屋につくと、ロビーでプロスさんが、紅茶を飲んでいた。
 ちょうど良い。あたしは、コウイチが泊まってる部屋を知らないから、この人に聞こう。

 「あの、すみません。」
 「おや? アズサさん、何のご用ですか?」
 「コウイチが泊まってる部屋を教えて欲しいんですけど。」
 「はぁ……艦長の部屋ですか。
 それなら、812号室ですが、何か艦長にご用がおありですか?」
 「はい。で、812号室ですね。」

 そういうがはやいか、あたしは階段を駆け上がっていった。
 あたしが本気を出せば、エレベーターよりこちらの方が格段に速い。

 あっという間に8階につき、812号室の扉を開く。
 中には、窓から空を見上げてたそがれてるコウイチの姿があった。

 「おい、コウイチ。あんた、カエデに何をしたんだっ!!
 事と次第によっちゃぁ、ただじゃ済まさないぞ!!」
 「……お前にできんのかよ?」
 「…………っ!」

 ぐっ、コウイチの奴、痛い所を突いてくる。

 「まあいいさ。カエデちゃんにはな、酷い事を言いまくっちまったんだ。
 俺が最後に見た時には、ほぼ完全にフリーズを起こしていたな。」
 「!!っ てめぇっ!!」

 全力で突き出したあたしの拳を、コウイチは苦も無く受け流す。
 コウイチは、そのまま勢い余って外に放り出されそうになったあたしの身体を支えた。

 「ち、ちくしょうっ!!」
 「お前、今、俺に対してすげえ無力感を感じてるだろ?
 そりゃそうだよな。
 ついこの間までは、俺なんか蟻と大差ねえ雑魚だったのに、今じゃもう敵わないんだからな。」
 「!!!!っ あんたまさかっ!!」
 「そっ。カエデちゃんに言った酷い事ってのは、こういう事。
 「今は」俺の方が強い? そんなもんが何になる?
 無力感や惨めさを味わったのは俺の方だ!!
 正直言うと、俺は自分がカシワギ家の人間だなんて、これっぽっちも思っちゃいない。
 こんな扱いを受けてたって知ってしまった上で、お前等姉妹を家族だなんて思えるほど、俺は人間ができちゃいないんだよ。」

 「でも、あたし達は、あんたの事!!」
 「お前等が見ているのは、俺じゃない!!
 「親父の代わり」、「制御ができてる男のエルクゥ」であって、「カシワギ コウイチ」なんかじゃ断じてない!!
 俺に親父の面影を見て、俺の事を見ていると錯覚しているだけだ!!
 俺が親父の息子でなけりゃ見向きもせず、制御ができてなけりゃ何の遠慮も躊躇もなく俺の事をぶっ殺していたくせに!!」
 「そ、そんな事ない!!」
 「いいや、あるな。
 プロスさんが、チヅルさんやカエデちゃんが俺に好意を持っているみたいだ、って言っていたけど、普通に考えりゃそんなの絶対におかしいんだよ。
 俺がお前等姉妹と過ごした日数なんて、全部足し合わせたって両手で足りるんだぜ?
 しかも、そのほとんどはガキの頃だ。
 そんな短時間で相手の事を理解して好きになるだなんてあるのかよ?
 もしあったとしたって、なんでほんの数日の出来事が、何年もの時間の中で風化してしまわない?
 お前等なら男共が放っておくはずないのに、なんで他の男に行かなくて、何年も会ってない上に、もしかしたら殺す必要があるかもしれない俺への好意をずっと持ち続ける?
 簡単だ。親父と俺を重ねて、思い出を美化しつつ「親父への好意=俺への好意」ってやってたからさ。」
 「おい、てめぇ、コウイチっ!!」

 あたしは声にありったけの怒気を込める。
 手をコウイチの後ろに回す。鯖折りで背骨を台無しにしてやる。

 「これ以上ふざけた事ぬかしたら、このままあんたの背骨をもっていくからな!!」
 「はっ、図星突かれて頭に血が昇ったか。」
 「くっ、このぉっ!!」

 力を込めようとした途端、あたしの腕がだらんと力を失って、言う事をきかなくなる。
 肩が……外されている!?

 「悪いな。お前の鯖折りなんざ食らったらただで済みそうにないんでな、お前の肩を外させてもらったよ。
 エルクゥは、特に肉体変化のない女は、骨格の規格が人間と同じだから、対人用の関節外しが普通に効くんだよ。」
 「な、なんだよ、それ……」

 あたしは、完全に無力化されてしまった。

 「気分が落ち着いてきたら言ってくれ。
 肩の関節、はめ直してやる。
 そしたら家に帰って、姉妹共々カシワギ コウイチは死んだと、ナデシコ艦長はただの同姓同名の他人だと思って暮らしてくれ。」

 そのコウイチの言葉を聞いて、あたしは泣いた。
 少なくともあたしは、あの時から、あんたがあたしの靴を取りに行ってくれたあの一件から、ずっとあんたを「伯父さんの息子」でなく、「カシワギ コウイチ」として好きだったのに……

 思えば、コウイチに何も知らされなかったのは、あの事件があったからだ。
 今、こうやってコイツに嫌われているのも、元を正せば、あたしが全部悪いのか……

 自分の想いを、全部否定されて、あたしは泣いた……





Side Kouiti

 結局、アズサの奴は泣き疲れて寝てしまった。
 しょうがないので、抱きかかえて体勢を変え、椅子に座らせて、肩の関節をはめ直してやる。
 こいつにゃ、カエデちゃん以上に辛く当たっちまったな。
 でも、詫びの言葉を告げる事はできない。
 俺は、悪い、という一言を無理やり飲み込んで、心の中へと仕舞う。

 そもそも、こいつにこんなに辛く当たってしまったのは、カエデちゃんの時に感じた「彼女達姉妹には嫌われなくてはならない」という気がした、その理由がハッキリと判ったからだ。
 今日の襲撃の時、俺は身に憶えのない事を「思い出した」。
 その「思い出した」記憶は……間違いなく、「雨月山の鬼」の主人公、次郎衛門の物だった。
 なんで俺がそんな奴の記憶を持っているんだろうと思っていたら、「純血のエルクゥ達にとって、転生というのは、疑う余地のない事実であり、転生先は必ずエルクゥである。」という事と、「たとえ百度生まれ変わろうとも、必ずエディフェルと添い遂げる。」という次郎衛門の誓いを「思い出した」。
 つまり俺は次郎衛門の生まれ変わり。
 カシワギ家の女達に、血塗られた宿命を強いた張本人だというワケだ。

 そんな奴が、誰かと幸せになって良いはずがない。
 まして、こんな死んだ方がマシ級の宿命を強いてしまったカシワギの女性なんか論外だ。

 オマケに……彼女達は、エディフェル達姉妹に似過ぎている。
 アズサにはあんな事を言ってしまったが、俺の方こそ、気を抜いたらあいつの事を、エディフェルの姉アズエルの代わりだと見てしまいかねない。
 誰かを通して、別の誰かを見る。
 ガキの頃に、姉妹で一番俺と仲がよかったアズサ相手だからこそ、そんな事はしたくなかった。
 その為に、徹底的になじって傷つけて嫌われるっていうのは、本末転倒だったかも知れなかったが、他に良い方法が思いつかなかった。

 「おい、おい、アズサ、起きろよ。」
 「……ん、あれ? あたし…………」

 俺はアズサを揺り起こした。

 「……落ち着いたかよ。」
 「……うん…………」

 俺がなじりまくったんだから当たり前なんだが、アズサは見るからに不安定だった。
 一瞬、俺が送ってやりたくなったが、それはできない。
 アオイの奴が健在だったら、迷う事なくアイツに送らせたんだけどな。

 しょうがないので、ゴートさんの部下を一人呼んで、その人に送らせる事にした。





 アズサ、酷い事しちまって、悪かったな。
 俺は、心の中で、そっと呟いた。

 そしてこの翌日、俺達は隆山を発った。
 見送りに来ていたチヅルさんは、完全にキレていた様子だったけど、俺にしてみれば、目論みが上手くいった証拠だったのでむしろ歓迎した。

 もう二度と、ここに足を踏み入れる事もないだろう…………














































Side Free

 ナデシコが隆山を去って、幾ばくかの月日が経ったある日。
 数人の男が、コウイチの手で廃墟となった研究施設の跡地に立っていた。
 彼等はみな、時代がかった格好をしている。

 「ふっ、彼奴等自慢の木偶など、所詮はこの程度の代物よ。」

 リーダー格の、爬虫類じみた顔の男が言う。

 「しかし、お館様。ヤマサキ殿の研究成果を灰燼に帰されたのは、やはり大きな痛手かと。」

 部下の一人がそういうと、爬虫類じみた男は頷くが……

 「確かに。だが、こうなってしまっている以上、我等が何を言おうと、事実は変わらん。
 ここの警備には、少なくない数の木偶が配備されておった筈。
 それでなお、この有様という事は、木偶など彼奴等が言うほど大した代物ではない、と言う事よ。」
 「はっ。」
 「しかし、木偶の力は凡百の者では到底太刀打ちのできぬ物のはず。
 ここまで凄まじい事を、一体誰が……」

 部下の口ぶりに、爬虫類じみた男はニヤリと笑う。

 「ククククッ、ナデシコよ。
 先代の六人衆を彼奴等に討ち取られた北極での戦い、我は忘れてはおらぬ。
 彼奴等の力をもってすれば、木偶の殲滅など容易かろう。」

 爬虫類じみた男はそういうと、廃墟から立ち去っていった。
 部下の男達もそれにならう。






 「お館様、ここは一体?」

 男達は、研究施設跡からすぐの所にある、円形の谷に来ていた。
 丸く穿たれた大地の深遠は、相当な深さになるだろう。

 「ナデシコに破壊された跳躍門によって穿たれた穴よ。
 そもそもが、この地で研究施設の安否を確認する事自体が、ヤマサキからの頼まれ事、ただのついでよ。
 なれば、その更についでに、このような見物も良かろう?」
 「は、はぁ……それにしましても、なんという大穴。
 跳躍門の巨大さを実感できますな。」

 正直、リーダー格の男も自分で戸惑っている。
 見物など、常日頃の彼ならば絶対にしない事だからだ。
 ここに来たのも、何かに引き寄せられるようにして、の事である。

 と、リーダー格の男は、穴の壁に横穴を見つける。

 「お館様?」
 「……うぬ等はここで待て。」

 リーダー格の男はそういうと、横穴の中に入っていった。




 横穴の行き止まりは、男も見た事がない素材で出来た、明らかに人工的な壁で閉ざされていた。
 彼がそれに触れようとすると、半透明で実態を持たない異形と女が、無数に彼の前に現れる。
 男には、その姿に見覚えがあった。
 研究施設の研究対象、そしてナデシコの「異形の者」。
 半透明の異形は、明らかに、それらの同族の姿だった。

 「クククククッ、珍しいものよ。
 よもや亡霊などというものにお目にかかろうとは、思いもよらなんだ。」
 『キサマ、人間風情ガ、立チ去ラヌノナラ、我等ニソノ身体ヲヨコセ!!』
 「クククッ、亡霊ならばそうこなくては、のう?」

 男が異形の姿に怯む様子は全くない。
 異形達はその姿に怒り、男の身体に入りこみ、その自由を奪い取ろうとした。
 が……一向に主導権を奪う事が出来ない。
 逆に、男の身体から湧き出でる赤黒い何かによって、弾き飛ばされてしまった。

 「亡霊共よ、身の程をわきまえるが良い。
 さもなくば、汝等が魂、我が手で握り潰してやっても良いのだぞ?」
 『『『グッ!!』』』

 異形達が怯むと同時に、未知の素材の壁からもう一体の、実体を持たぬ異形が姿を現す。

 『『『『『『『だ、だりえりサマ!!』』』』』』』
 「ほう……汝が亡霊共の頭領か。」
 『イカニモ。我ガ招待受ケテイタダキ、感謝スル。
 人間ノ強者ヨ。』

 異形の頭領の言葉に、男が僅かに反応する。

 「ほう、我を呼び寄せしは、汝の仕業か。」
 『ソウダ。我ハ、地上デ行ワレテイタ、我等ト人間トノ混血児ニ関スル研究ヲ知ッテイル。
 ナレバコソ、ソノ研究ノ末、今一度肉ノ身体ガ手ニ入ルヤモ知レヌト、機会ヲウカガッテイタ。ガ……
 汝モ見タダロウ、アノ廃墟ヲ。
 アレヲナシタルハ、汝等ガ敵。ソシテ我等ガ怨敵ノ転生セシ姿。』
 「利害は一致。故に、我等に力を貸せ、と?」
 『悪クハナイ話ノ筈ダ。
 我等ナラバ、アノ木偶ゴトキ問題ニナラヌ働キヲシテミセヨウ。』
 「クククククッ、面白い。
 良かろう。汝等の申し出、我が木連の研究者、ヤマサキに取り次ごう。」
 『感謝スル。 者共!!』

 そして、亡霊達は全て、男に憑依していった。






 横穴から男が姿を現し、部下達は色めき立つ。

 「「「「「「お館様、ご無事でしたか!!」」」」」」

 男もそれに笑って応える。

 「ヤマサキに面白い土産が出来た。
 烈風、うぬは先に土産と共に戻れ。」
 「承知!!」

 烈風と呼ばれた男がそういうやいなや、爬虫類じみた男の身体から無数の亡霊が湧き出で、烈風に憑依していく。
 その光景に、烈風本人をはじめとした部下6人の顔は恐怖にひきつる。

 「クククッ、そう怯えずともよい。
 この亡霊どもが、彼奴への土産よ。」

 ただ一人、爬虫類じみた男だけが、その光景に平然としていたのだった……

第拾九話「早過ぎた一幕」に続く

あとがき

 皆さんおひさしぶりです。明日も知らぬ僕達第拾八をお届けしました。

 さて、隆山での話は、これで最後です。
 今までで一番、痕っぽい話です。
 やっぱり、コウイチあっての痕っつう事ですかね?

 痕に関してふと思うんですが、何故に皆して耕一を真実から遠ざけていたのでしょうか?
 いや、「真実を知ったら覚醒が早まる」とか説明されているのは知ってますけど、奴さんの覚醒はほぼ回避不能と言って良い物であり、大学生というかなり成熟しかけている年齢である事も考えると、物語が始まる前に教えてあげても良かったような気もするんですが。
 どうも、耕一は父親や四姉妹をはじめとした親類縁者から孤立している印象があるんですが(例えそれがハッピーエンド後やトゥルーエンド後でも)、この「みんな知っているのに、教えてもらえなかった。」「物語開始当時、戦闘力に関しては完全に四姉妹から見下されていた」など様々な局面で仲間外れにされていた事が深く関わっていると思います。
 まあ、主人公という者は往々にして無知なものですけどねぇ……そっちの方が話を作りやすいですし。
 いっそ死んでしまうトゥルーの方が、疎外感を味あわない分ハッピーより幸せかもしれません。

 あと、耕一のような場合も非常に辛いんですが、「女の子を守りたい(例え女の子の方が強くても、せめて隣で戦いたい)と思っているのに、女の子には完全に戦力外(もしくは保護対象)と思われていて、しかも女の子の認識の方が絶対的に正しい」ってシチュエーションも、相当泣けてきます。
 例えば、先の痕の例では、ほとんど小学生で「守って光線」出しまくりな初音ちゃんですら、人外の基本スペックを持ち(無論、一般人である覚醒前の耕一など問題外)、「お兄ちゃんは私が守る」という意識だったのは、正直かなりキツイです。
 こんなの気にするのは僕だけかも知れませんし、ともすれば男性的マッチョリズムの信奉者呼ばわりされるような物言いかも知れませんが、もう少しこういった「男の純情」にも注意を払ってもらいたいものです。
 結構多いんですよね、男性キャラは戦闘力皆無か良くて女性キャラの引きたて役、女性キャラの多くは戦闘をはじめとした様々な分野のエキスパートで男性キャラでは逆立ちしても太刀打ちできない、って話。
 主人公が男の場合は、好きな女の子に守ってもらうという構図が涙を誘います。普通逆でしょ。こういう話の主人公達の背中が煤けて見えるのは幻覚でしょうか?


 というワケで、実のところ「明日も知らぬ僕達」はそうやって虐げられていた男性キャラ達の復権SSみたいな側面もあります。
 そうは言っても、別にヒロイン達に対抗できる戦闘力を彼等に与えるとか、そういう方向性ではなく、ジュンがオモイカネ暴走事件でルリより活躍したりだとか、コウイチが痕ヒロインとは無関係にエルクゥとして覚醒して制御してみせたり、情報が無いなら無いなりに、エルクゥの事を知っている四人姉妹と対等に近い立場を自力で手に入れたりとか、こういった感じでヒロインに対抗させようと考えています。

 「ナデシコ+Leaf」なのに、男性キャラばかりなのもその辺りの関係です……ただの捻くれ者とも言いますが。

 それでは、誤字脱字の指摘や感想、お待ちしています。

 PS.チハヤの性格が違うのを突っ込むのは、勘弁してください。
    いくらああいう彼女でも、こんなヤバい所にいたら、弱気にもなりますんで。

 

 

代理人の感想

う〜ん。

主張はわかるし大いに共感するところもあるんですが、

これはこれでやりすぎじゃあないかなぁと(苦笑)。

 

正直、コウイチも鬱憤をぶつけて女を苛めてるようにしか見えませんし。

男たるものが、なんと器の狭いことと思ってしまったりするんですよね。

自分が優位に立ったときに相手の旧悪を許してやるのも男の甲斐性であり、度量というものじゃないでしょうか。