Side Syun

 「だーーっ、くそっ!! ヤクモ君えれぇ強えっ!!」
 「隊長、いい加減諦めた方が……」
 「ハンディで倍以上の戦力と、俺とジェイドのデータのエステを貰ってこの有様か。」
 「まあ、だからといって、あまり熱くなるのは感心せんな。
 気持ちが急いてくると、勝てる物も勝てん。」

 俺は、今日も今日とて、戦術シミュレータでヤクモ君にボコボコにされていた。
 事の起こりは単純だ。
 先日、ウチの基地の通信士になったヤクモ君が、戦術シミュレータを使ってみたいと言い出し、試しに俺との対戦をやらせてみたのが発端だ。
 その最初の勝負以来、毎回の様に俺はボコボコにされた。
 最初の頃こそ、シミュレータのチュートリアルのつもりで、各機能を解説しながら勝たせるつもりでやっていたが、あらかた説明し終わった後は完全に真剣勝負。
 本来なら、実戦でこのポジションにいる俺の方が強くなければならないのだが……
 ヤクモ君のこの強さは、マジで洒落にならん……

 「ううっ、いい加減、この連敗地獄から脱出したいもんだな。」
 「そうですか? でも、オオサキ少佐も相当な物だと思いますが。」
 「ヤクモ君。それは嫌味か? それとも、遠回しな自慢か?
 それと、俺はもうすぐ中佐だ。少佐と呼ぶのは、今日限りにしてくれよ。」

 俺の一言に、付き合いの長いパイロットの一人が声を上げる。

 「? へ〜、初耳ッスねぇ。」
 「そりゃそうだ。来たばかりの辞令だからな。
 今度、各地のエースパイロットを集めて、チューリップを積極的に叩きに行く対チューリップ遊撃部隊を作るらしい。
 で、その隊長のお鉢が俺に回って来たんで、その関係で昇格ってワケさ。」
 「ようはエース部隊ってワケですか。
 でも、元々あるチームが修羅場を潜りぬけて自然になるエース部隊ならともかく、そんな風にお上が人工的にエース部隊を作った軍隊って、歴史上の前例を見ても、碌な事になってませんよ?」

 別の、こちらは付き合いの短いパイロットがそういう。

 「不吉な事を言うなよ。
 それに、チューリップが相手なら、この方法論はあながち間違いじゃあない。
 チューリップってのは、ただのパイロットが百人以上集まったって落とせやしないが、βやジェイド君並の奴なら単機で叩けてしまえる相手でもある。
 強力なパイロットを集中運用して、各地のチューリップを順次叩いていくってのは、俺も前々から考えていた事だしな。
 正直、今回の話は渡りに船、って奴だったんだぞ。」

 ……そうは言っても、今回の辞令を下してきた奴がアレだからな。
 あいつ嫌いだから止めようかな? ともちょっと思ったんだが、これは口には出さない。



 まったく、バールの腰巾着の小悪党が一体何を企んでやがる。
 ええっ? 現西欧方面軍総司令官ヴァイス少将閣下よぅ……

明日も知らぬ僕達外伝

 鈍色の龍騎兵

第四話 除草屋

Side ????

 「こちら、トムキャットリーダー。こちら、トムキャットリーダー。
 これよりトムキャット小隊は右翼に回り、ヘルキャット小隊を援護する。」
 『『『了解!!』』』

 ……援護というより、吸収なんだけどな。
 ヘルキャットの連中も、性格はともかく腕の方は確かだったんだが、蜥蜴の数はとても俺達4個小隊でどうにかできる代物じゃあない。
 既にヘルキャットの生き残りは僅か一名、ドーントレスとホーネットも一人ずつやられている。
 ……撃墜された奴等は、無事脱出できたんだろうな……

 俺達の基地の戦力は、いま出張っているエステ4個小隊と、砲兵と歩兵が2個小隊ずつ、戦車と戦闘機が一個小隊、これで全てだ。
 飛んでる相手に無力な戦車と歩兵はお呼びで無く、戦闘機と砲兵の奴等は早々にやられてしまった。
 特に、砲兵の奴等は……残らず死んじまっているだろう。

 チューリップは相変わらず敵を無尽蔵に吐き出してくるし、このままだと基地の人間全てが砲兵の連中の後を追う事になる。

 そして、ヘルキャット小隊が遂に全滅し、基地の人間全てが絶望しかけたその時、奴等は現れた。





 ギュオォオォ―――――――ッ!!





 その真っ黒な何かは、射線上の全てをなぎ払い、一撃で彼方にあるチューリップを仕留めて飛んでいった。

 俺達が驚いて、飛んで来た方を見ると、色とりどりの数機のスーパーエステとエステバリスカスタム、それと見たことも無い鈍い銀色の機体と空戦が一機ずつで構成された部隊が、こちらに飛んできていた。
 奴等は戦場に辿りつくや否や、全員がとんでもない強さで、あんなに多かった蜥蜴共を苦も無く全滅させやがった。

 ……いや、確かに連中は強かったが、その中でも特に、鈍い銀色の機体と空戦の強さはケタ外れだ。
 あの二機に乗っている奴等、ホントに人間なのかよ……
 そういや、あいつ等だけ、妙な得物を使ってたな。
 ディストーションフィールドの刃のような……まさか、あのDFSか!?
 マジで何者なんだ、あいつ等??



 後で聞いた話だが、戦闘中、向こうの部隊から俺達の基地に通信があったらしい。
 それによると、奴等は移動中、ウチの基地からのSOSを受けて助太刀しに来たのだという。
 それなりの距離があった上に、エステには紐がついている為、すぐに駆けつける、という訳には行かなかったようだが。

 SOSなんざ出しても、誰も来ちゃくれないと思っていたんだがな。
 世の中、こういう事もあるもんなんだな。



 その後。

 「で、あいつら一体何者だったんだ?」
 「聞いて驚くなよ。今売り出し中の第三独立遊撃戦隊。
 あの「除草屋」らしいぞ。」
 「じょ、除草屋だと!? 法螺じゃなかったのか、アレ?」

 第三独立遊撃戦隊。
 あのエクスカリバーや闇夜の鴉、白銀の戦乙女といったトップエースを集め、チューリップを叩いて回る為に設立された部隊。
 既に、設立以前までに破壊された倍近くの数のチューリップを破壊しているという。
 チューリップを潰して、虫共を根元から断つ、という事で、「除草屋」とも呼ばれるようになったエース部隊だ。
 てっきり戦意高揚の為の法螺だと思っていたんだが、実物を見せられてはそうも言えない。

 「ひょっとして、勝てるか? この戦い……」

 無尽蔵にわいてくる敵に、破壊不能なチューリップ。
 それらに打ちのめされて、昨日までは想像もしなかった考えが、にわかに現実味を帯びてきたように思えた。







Side β

 「どうした? β、随分と浮かない顔をしているな。」

 今日の鍛錬をしようと北斗に会いに行くと、出会い頭にこう言われた。

 「いやな、今日の戦い、ブローディアなら先行してもっと早くに戦場にいけた筈だ。
 だから、あの連中の被害も、もっと少なくて済んだんじゃないのか? って思うと、どうにも、な。」

 俺がそう応えると、北斗は難しい顔をした。

 「どうした?」
 「……β、何故アキトがブローディアの能力を制限したか、忘れたか?」
 「……忘れる訳が無いだろう。目立ちすぎは命取りになるからだ。
 既に俺達の戦力を知っている敵の連中はしょうがないとしても、地球側にも知られたら俺達の行動は相当制限される。
 ジェイドの奴みたいな扱いを受けるのが一番良いんだが、それが望めないのなら、俺達の力を実際の数分の一程だと思わせておく必要がある。
 いずれ、なりふり構っていられなくなるその時の為にな。」
 「なら判っている筈だ。
 あそこでブローディアの力を、迅さだけにせよ全開にするわけにはいかん、と言う事くらいはな。」

 「……そんな事は、俺だって判っている。
 だが、力を出し惜しみしたおかげで救えなかった命があったかも知れん!!」

 それを聞いた北斗は、大きくため息をついた。

 「……ナデシコで人の暖かさという代物に触れた今の俺なら、お前の言っている事も判らんでもない。
 が、それを承知で言わせてもらうぞ。
 今のお前の言葉は、甘ちゃんの戯言にすぎん。」

 その一言に、俺は激昂しかける。

 「なんっ……」

 北斗は、詰問しようとする俺の声を遮って言った。

 「β。 確かにブローディアの力は凄まじい。
 だが、だからといって、万能でもないんだぞ。
 貴様とて、「二度目」の西欧での出来事は承知しているだろう。」
 「それとこれとは、話が違う!!」
 「いいや違わんさ。
 ブローディアの性能でもって、事を解決しようとしている以上はな。」
 「ぐっ……」

 俺は、その北斗の反論に押し黙る。

 「……まあ、これを例に挙げた俺の選択も拙かったかも知れん。
 β、「一度目」のナナフシの話は、憶えているか?」
 「「一度目」の? …………ちょっと待て……」
 「おいおい……」

 「一度目」のナナフシ、か。
 確か、ナナフシからの砲撃でナデシコが行動不能に陥って、パイロット達がナナフシを破壊しに行く。
 男は砲戦でナナフシを砲撃、女は陸戦で無事男がナナフシに辿りつく為の護衛、だったな、確か。
 で、その道程で……

 「あ……」
 「ようやく気付いたか。
 戦士として半人前以下だった、当時の「プリンス オブ ダークネス」と同じ轍を踏む羽目になりかけたんだぞ。」

 「プリンス オブ ダークネス」は「一度目」のアカツキの制止も聞かず、ナナフシの護衛の戦車隊に苦戦する女達を援護すると言って、ナナフシまで温存しておかなければならない砲弾を浪費してしまった。
 幸い、それでもなんとか作戦は成功したから良いものの、そのおかげで危うくナナフシを仕留め損ねる=ナデシコを沈めさせる所だった。

 迂闊な所で温存するべき戦力を出してしまったら、後で手酷いしっぺ返しを受けるという、良い見本だ。

 「β、兵士は死ぬのも商売の内だ。
 墓前で詫びでも入れれば、死んだ連中にも大目に見てもらえるだろう。
 残された連中は判らんがな。
 それに、安心しろ。
 今回の戦闘での最後の人死には、俺達がSOSをキャッチした1分後だ。
 SOSがお前の耳に入り、ブローディアを持ち出すまでの時間で、そのぐらいは軽く吹っ飛ぶ。
 例えブローディアの性能を全開にしても間に合わん。
 ……β、全ての命を拾いきれると思うなよ。」
 「……判ってるさ。俺自身、この間お前に言ったばかりだからな。」

 全く、皮肉、だな。この間言った事を、そっくりそのまま言い返されている。
 俺も割り切れていない、という訳か。
 ヤマサキラボに放り込まれるまで、ただの腰抜けだったからな、俺は。
 同じくヤマサキラボに放り込まれた時点で、料理人として、パイロットとして、それなりの矜持を持っていた「プリンス オブ ダークネス」とは、違う。
 俺は、精神的には、「一度目」のナデシコに乗っていた頃の「プリンス オブ ダークネス」と、そう大差ないのかも知れない。













Side Kenpatirou

 「なあ、フレイア中尉。」
 「何かしら、イスルギ少尉。」

 俺は、世間一般で「白銀の戦乙女」と呼ばれる女性を呼び止め、もう十回以上している質問をもう一度口にした。

 「あの、あんたと同じ小隊にいたっていうジェイド伍長、なんであんな化け物みたいな腕前の奴が伍長なんだ?」
 「……私が知りたいわよ。」

 返っていたのは、前と変わらない答えだった。

 「やっぱり、あいつがブリューナク、なのか?」
 「多分ね。
 他にもあんな伍長や軍曹がいたら、私達、あまりにも立つ瀬が無いでしょ。」
 「まあ確かに。でも、それって願望に近いような……」
 「否定はしないわ。」

 ま、あんな奴がゴロゴロしていたら、この戦況も少しはマシだったろうし、ジェイド伍長以外にはいないか、やっぱり。

 世間様では、一応俺が「西欧最強のエースパイロット」という事になっている。
 実際、βやジェイド伍長ほど自在にではないにしろ、かなり限定的にならDFSを使えたので、仲間にサポートしてもらいながらも、なんとかチューリップの相手をしてこれていた。
 その事と世間での評価もあって、俺は少し天狗になっていた。
 が、除草屋に来て、天狗の鼻は物凄い勢いでへし折れた。
 βとジェイド伍長の二人に、「上には上がいる」と思い知らされたからだ。
 俺はこの部隊のNo3だ。
 が、上の二人、βとジェイド伍長との差が凄すぎて、誇る気になどなれない。

 βはまだいい。
 奴は、軍に名指しされるほどのエースで、専用機も強力だ。

 だが、ジェイドは違う。
 ノーマルのエステバリスで、俺がスーパーエステで叩き出す以上の、しかも、どう足掻いても対抗しようのない程の戦果を挙げるのだ。
 つまり、かなりきついハンディを貰った上で、ボロ負けしている訳だ。

 これでは、天狗になっていた俺の鼻が折れても仕方がない。

 「ああ、それと、イスルギ少尉。」
 「なんですか?」
 「もう、この話題は止めにしない?
 貴方もあの子に対して劣等感を感じているんでしょうけど、私は、今までずっとそれと付き合って来たのよ。
 最近、ようやく自分の中で折り合いがつきそうになっているのに、そんな話ばかりされたら、元も子もなくなってしまうわ。」

 そうか。まあ、冷静に考えりゃ当たり前か。

 「判りましたよ、戦乙女殿。」

 俺が、二つ名で彼女を呼ぶと、彼女も俺のことを二つ名で呼んできた。

 「ありがとう、正直辛い話題だったから助かるわ。
 エクスカリバー様。
 まったく、みんなしつこく聞いてくるのよね、この話。」

 そのみんなの気持ちは、痛いほどよく判る。
 何しろ、俺もその内の一人だったからな。













Side Jeid

 「あの……僕一人対中尉達西欧方面軍トップエース四人……ですか?
 しかも、僕はノーマルの空戦で、中尉達はそれぞれの専用機で?」

 僕はシミュレータの前で、中尉達にそう聞き返した。

 「仕方がないでしょ。そうしないと、お互いに訓練にならないんだから。
 もし私なんかが、互角の条件で貴方に突っ掛かっていったら、一瞬で落されてお終いよ。
 それじゃあ、訓練も何もあった物じゃないでしょ?」
 「でも、だったらイスルギ少尉がいるじゃないですか?」
 「冗談。お前さんにサシで勝てる気なんてしねえよ。
 一方的な展開じゃあ訓練にならないから、ハンディをつけているんだぜ?」
 「そうですか?」
 「そうよ。もう、つべこべ言ってないで、早くシミュレータに入りなさいよ。」

 中尉はそう言うと、僕を強引にシミュレータの中に入れた。
 どうも、女性に押されると弱い。
 僕は抵抗らしい抵抗も出来なかった。



 シミュレータの戦闘前ブリーフィングモードで、僕の前に4機の機動兵器が表示される。
 中尉とゲイル中尉のエステバリスカスタムと、イスルギ少尉とセリス中尉のスーパーエステバリスだ。
 それぞれに別々のカラーリングがされていて、エースパイロット用のチューンナップも施されている。

 対する僕は、ドノーマルエステの空戦。

 正直、これはイジメに近いような気がする。


 僕は、再び4機に注意を向けてみた。

 中尉の機体は、彼女の二つ名「白銀の戦乙女」の通り、銀色に輝いている。
 僕にとっても馴染み深い機体なので、戦い方もよく承知している。
 ミドルレンジでの支援や援護が得意な、射撃戦仕様の機体だ。

 イスルギ少尉の機体は、中尉と同じく銀色だけれど、中尉の機体とは印象が随分違う。
 中尉の銀が貴金属類の輝きとするなら、イスルギ少尉の銀は抜き身の刃物の危険な光だ。
 多分、「エクスカリバー」という二つ名も、このカラーリングと何か関係があるんだろう。
 彼は限定的にせよDFSを使いこなし、機体も、敵の猛攻をかわし、敵陣の懐に入ってDFSをお見舞いする為の高機動仕様だと聞いている。

 セリス中尉は、「闇夜の鴉」と呼ばれる女性だ。機体の方も、黒塗りにされている。
 彼女の機体もイスルギ少尉と同じく高機動型だけれど、こちらはパイロットがヒット&ウェイを好むと聞いているから、戦った時の印象は随分違ってくると思う。

 最後のゲイル中尉の機体は、少し特殊だ。
 専用の長距離射撃用大型レールガンによる後方からの支援砲撃を得意とする、別名「空飛ぶ砲戦」。
 そうは言っても、ノーマル空戦よりは機動性が高いんだけど。
 以前は砲戦を好み、今も戦線を後ろから支える彼は、「魔弾の射手」と呼ばれる西欧一心強いバックアップだ。
 ちなみに、パーソナルカラーには、モスグリーンという割と渋い色を使っている。

 泣きが入りそうなんだけどなぁ……
 「エース」と呼ばれる人達を集めた「だけ」の寄せ集めの割に、凄いバランスがとれたチームだし……











 その日の夕食の時。
 僕は、βさんと北斗さんを相手に、今日の4対1の訓練の話をしていた。

 「……と、言う訳で、大変な目に遭いましたよ、今日の訓練は。」
 「…………そういう台詞は負けてから言え。」
 「へ? 負けましたよ、5回も。」
 「訓練や試合で十戦して、5勝5敗の成績では『負け』ではなく『引き分け』というと思うが。」
 「そんな、北斗さんまで。」
 「おい、ジェイド。」
 「何ですか?」
 「謙遜も行き過ぎると嫌味だ。今までのような態度もほどほどにしておけ。」
 「……へ?」

 え、と……僕、謙遜なんかしたっけ?
 僕がそんな事を考えていると、隣で話を聞いていた中尉が別の話題を持ち出してきた。

 「ずっと伍長と一緒にやってきた私に言わせれば、そんな事今更よ。
 どうせ直りっこないんだし、あなた達こそその辺にしときなさい。
 それより……今日の夕食、なんだか妙に美味しいんだけど、どうしてかしら?」
 「ええ、そうですね。」

 確かに、絶品とは言い難いものの、結構美味しい。
 この料理が並ぶレストランがあったなら、中々の評判になると思う。
 そんな事を中尉と話していると、βさんがこう言った。

 「枝織ちゃんにせがまれてな、今日の夕飯は俺が作った。
 これでも、平和だった頃はコックを目指していた物でな。」
 「へぇ〜、『目指していた』ってレベルの割に、随分美味しいじゃないですか。」
 「だが、所詮はその程度のレベルだ。プロには勝てん。
 ナデシコ食堂の主、ホウメイさんの料理には遠く及ばん。」

 βさんがこう言った直後、北斗さんの雰囲気が激変する。
 北斗さんが引っ込んで、もう一つの人格、枝織ちゃんが出てきたからだ。

 「べーちゃん、そんな事ないと思うよ。ただ、比較対象が良くないだけで。
 ホウメイさんって、すっごい人なんでしょ?」
 「……かも知れないけどね。」

 ……枝織ちゃんに対してだけ、βさんの物腰は、普段からは信じられないほど柔らかくなる。
 でも、この時は何だか、こっちの方が素なのかも知れないと、そう思った……








Side Syun

 「いい加減勝たせて欲しい物だな、戦術シミュレータも、こっちも。」
 「だからといって、私が手を抜いたら怒りますよね?」
 「当たり前だ。
 まあ、君の実力なら、俺に悟られずに手加減をするなんて事も出来るかも知れんがね。」

 俺は、王手飛車角取り状態になっている将棋盤を挟んでヤクモ君と向かい合っている。
 彼は戦術シミュレータだけでなく、将棋の方も圧倒的に強い。
 シミュレータと違って、将棋はルールを普通に知っていたので、チュートリアルは必要無かった。

 「ところで、オオサキ中佐。素性の知れない私などを連れてきて、本当に良かったのですか?」
 「構わんさ。別に基地から通信士を一人連れて来ただけの話だからな。
 それに、君のアドバイスは本当に参考になるからな。俺としては、是非連れて来たかった所さ。」

 ヤクモ君があと少し実戦経験を積めば、それだけで西欧でも最高クラスの指揮官になると思うし。
 ただ、俺は、今のヤクモ君の言い方に若干の違和感を感じた。
 まるで……

 「なあ、ヤクモ君。記憶、ひょっとして戻ってないか?」

 記憶が戻ってきているような、そんな風に感じられた。

 「いえ、記憶の方は相変わらずですよ。」

 ヤクモ君には、あっさり否定されてしまったが、何かが俺の中で引っかかる。
 とはいえ、今これ以上の追及は難しいだろう。
 俺の方も、さらりと話を切り上げる事にした。

 「そう、か? 変な事を聞いてすまなかったな。」
 「いえ、良いんですよ。それでは、私はこの辺で。」
 「ああ。」

 そう言って、ヤクモ君は私の部屋を後にした。

 その時、彼は一言呟いたのだが、私はそれに気付きもしなかった。
 「確かに思い出せてはいませんけど、教えてもらって『知って』はいますよ。」と……












 「で、ブローディアの調査は進んでるのか?」
 「ええ、と言いたい所ですけど、事前に渡された報告書以上の事は……」
 「そうか。」

 俺はヤクモ君にボロ負けした後、ブローディアを修理がてら調べているレイナ君の所に顔を出してみた。
 ブローディアの調査はほとんど進んではいないようだ。

 「ですがこの機体、調べれば調べるほどおかしいんです。」
 「は? でも君、今ほとんど調査が進んでいないような事を言っていなかったか?」
 「ええ。正確には、報告書を見た時に感じた疑念がどんどん深まっている、と言った方が正しいでしょうね。」
 「疑念?」

 俺は、間の抜けた九官鳥のようにオウム返しに聞き返す。

 「はい。疑念です。
 どう考えてもブローディアは、エステバリスの発展型としか思えないんです。
 エステ自体が決して古い兵器ではないので、万が一どこかしらから敵方に情報が漏れていたとしても、そんな事ある訳がないんですよ。
 ですが、現実に……ブローディアはエステバリスを下敷きにした設計がされています。
 他のどんな兵器でもない、紛れもなくエステバリスから、そう何年も、ひょっとしたら十年、それ以上の時間をかけて進化したその先、としか思えないんです。」

 大声の早口でまくし立てるレイナ君。
 技術者として、相当なショックを受けているのだろう。

 「蜥蜴の技術レベルが我々の水準を大幅に超えていて、この位のエステバリスの改良はそれ程の手間ではなかった。
 そうは考えられないのか?」
 「その仮説は問題外です。
 ブローディアの技術の殆どに、エステバリスと共に発展を続けた形跡が認められます。
 もっとも、こんな事を本社なり何なりに報告した所で、小娘の世迷言としか受け取らないでしょうけど……」
 「発展の……形跡?」
 「はい。例えば、テレビが作られた時、画面がつくのに時間がかかる真空管テレビから、少しずつ、少しずつ発展を遂げていき、ブラウン管テレビになり、カラーテレビになり、ハイビジョンになり……そんな進歩の足跡。それが、発展の形跡です。
 ブローディアの技術は、どれもエステバリス関係で研究されている技術の、その延長線上にあるのが透けて見えるんですよ。
 もっとも、完全に異質な技術もある事にはありますが……」

 レイナ君は、そこで言葉を切る。

 「それにしても、蜥蜴の有人兵器、か。
 あまり突っ込みすぎると後が怖そうだが、出鱈目な性能を差っ引いても興味深い代物だな……」

俺は、鈍色の機神を見上げ、そう呟いた。





























Side ???

「……以上が除草屋の身辺調査結果だ。」

 俺はぶっきらぼうにクライアントに言い放ちながら、手元の資料を置いた。
 クライアントと言っても、俺達と同じダークワークの世界の住人なのだが。

 まあ、連中の飼い主が誰であろうと、俺達には関係ない。
 迂闊に探りを入れて、組織ごと潰されるわけにもいかないしな。

 「ふむ、ナデシコから出向しておる「サクリファイス・β」と、そやつに付いてきた「影護 枝織」。
 そして、通信士の「アズマ ヤクモ」とな。
 クククッ、つまらぬ任務かと思うておったが、なかなかに興の湧く話よの。」

 目の前の蜥蜴面が愉快そうに笑う。
 えらい不気味だが、それで引いているようではこの世界、渡って行けはしない。

 「じゃあな。情報の収集までが俺達の仕事だったはずだ。
 ウチはあんたらほどの武闘派集団じゃあないんでな。
 殺しや、その他の荒事はそっちでやってくれ。」

 俺のこの台詞は、別に臆病風に吹かれたから出た物ではない。

 人間にも向き不向きがあるように、組織にも得手不得手がある。
 今回奴等が俺達に情報収集をさせていたのは、連中の組織より俺達「真紅の牙」の方が情報収集能力が高いからだ。
 戦闘能力で余所のダークワークに大きく劣る俺達が裏社会で渡ってこられたのは、こういう荒事以外のスキルの高さがあったからだ。
 翻って目の前の蜥蜴や、その部下達の組織はバリバリの武闘派。
 恐らく殺し壊しの専門家集団なのだろう。血の匂いが桁違いに濃い。

 「クククッ、まあそう言うな。
 彼奴等がいると判った以上、汝等にはもう一働きして貰おうと思うておる。」

 この時、俺は断ろうと思えば断る事も出来たはずだった。
 だが、英雄嫌いの俺にとって、「ナデシコのパイロット」という名声を持つサクリファイス・βは到底許せる存在ではなかった。

 「へいへい仰せのままに。
 俺達は、上の連中からあんた達に全面的に協力するよう言われているしがないサラリーマンでしかないからな。」

 後に、俺は断れば良かったと後悔する事になる。
 鈍色の龍神を駆るサクリファイス・βが英雄などではなく、むしろこの俺に近い存在だったなどと、この時の俺が知りようはずもなかったのだが。

第五話「暗き闇からの呼び声」に続く

あとがき

 え〜、でえりゃあ遅くなってすんません。
 ちょっと将棋のシーンで詰まって早丸一年近く。
 よーやっと手がついて、今回の話が終了しました。

 それにしても、こんな繋ぎの話にんな時間をかけるなんて……
 さて、次(また何時になるか判りませんけど)が終わったら、今度は本編の話を書かないと続きが書けません。
 まさかこんなもんをまだ待ち続けている人もいないでしょうが、今度はこんな無茶な期間待たせないようにしたいと思います。


 いや、ホントに書けなかったんですよ、将棋の続き。

 それではまた。

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

最初から読み直すのが結構手間でした(爆)。

まぁそれはさておきお久しぶりです。

・・・・私もさっさと続き書かないとなぁ・・・。