「艦長が来ないと暇よねぇ〜〜」

 そう言うと、長い薄茶の髪を掻き揚げて、『ハルカ・ミナト』は椅子にもたれかかった。

 コンパニオンといっても通用する美貌の女性である。そのスタイルも。


「そうですね。後はマスターキーが来なきゃ話になりませんしね」

 自分の三つ編みをいじりながら、『メグミ・レイナード』は話を合わせる。

 元声優の18歳の通信士である。元声優というだけあって、自他共に認める美声を持っていた。

 容貌は可愛いといったほうが似合うだろう。ネルガル制服に黄色のスカーフを巻いている。

 いわゆる『普通の女の子』だった。

 その自覚のあるメグミはチラリと隣の白銀の少女を見る。


 先程の自己紹介以外いっさい口を開かずモニターに向かって黙々と何かの作業をしているようである。

 アニメ界ではけっこう有名な作品も、そのキャラクターも知らない少女。今時、アニメを殆んど見たことが無いと云う少女に会ったのは初めてだった。

 先程から何か話しかけようとしているのだが、その切っ掛けがつかめない。

 別に、メグミとミナトを無視している訳ではなさそうである。

 ただ、喋らないだけ。一番困る。


「え、え〜と、ルリちゃん?」

「はい?」

 金の瞳が画面からメグミに移動する。


「あっ、何してるのかな〜って思って。起動準備は殆んど終わったんでしょう?」

「はい」

「それじゃあ、何を?」

「プログラムを組んでいます」

「へぇ〜。何の?」

 ミナトも話に乗ってきた。


「擬似オペレーティングシステムプログラムとワンマンオペレーションシステムプログラムです」


「「は?」」


 二人の声が奇麗にハモる。

 一般人に今の説明で解れって言うほうが無理なんじゃない?


「……えっと、どういうプログラムなのかな?」


 なんかアタシ馬鹿丸出しみたい、と思いながら18歳のメグミは11歳のルリに訊いた。


「擬似オペレーティングシステムと云うのは私の代わりにオモイカネ内に作った擬似人格プログラムにナデシコのオペレートをしてもらうプログラムです」

「じゃあ、ルリちゃんサボってられるんだぁ」

 ミナトが冗談めかした口調で笑った。


「無理です。ナデシコの運行程度なら任せられますが、戦闘のような機微を必要とするものはまだデータ不足で作れません。私が何かの為にいなかった時の緊急対応プログラムです」

「う〜〜ん。ルリちゃんて、やっぱり眼の付け所が違うわねぇ〜〜」

 その現実的な言葉にミナトが感心したように頷いた。



 平淡と説明するルリを見ながらミナトは初めて会ったときのことを思い出した。


 あの時のことは良く憶えている。


 『人形』


 その言葉がピッタリと合った少女だった。

 月のような金の瞳、清流の思わせる銀の髪、淡雪を連想する白い肌。容姿を見れば『妖精』という言葉が似合う少女だが、第一印象はどうみても『人形』であった。

 変わらない無表情。無感情の鉄声。人を隔てる壁のような雰囲気。

 淡雅といえば聴こえは良いが、その実は徹底的な無機質。

 プロスから極秘にマシンチャイルドの説明は受けていたが、人は環境でかくも成れるのかと戦慄を覚えたほどだった。

 何とかこの少女の心を開こうと話し掛けるが、返ってくるのは常に無関心。

 ミナトは胸内で首を振る。

 まだだ。焦ってはいけない。約十年の氷を溶かすには時間がかかる。

 ミナトはふわりと笑みを浮かべた。


「い〜〜なぁ。ワタシも欲しいなぁ」

「操舵には自動巡航プログラムがついています」

「そ、そう言えばぁ、そうだったわねぇ」


 メグミは興味をそそられて、もう一つも質問した。

「じゃあ、もう一つのナンタラカンタラシステムとかいうやつは?」

「ワンマンオペレーションシステムでしょぅ」

 ミナトが苦笑しながら訂正する。


「ワンマン……1人のオペレーターって、今だってルリちゃん一人でしょぅ?」

「一人でオペレーションをやるということは間違ってません」

「じゃあ、なんでそんなプログラムを?」

「私が組んでいるのはこのナデシコの操船・戦闘全てを一人で行うシステムです」


「「は?」」

 再び二人の声がピッタリ唱和する。


「実質、このナデシコの運行及び戦闘を司っているのは艦長、副艦長、操舵士、通信士、そしてオペレーターの5人です。ワンマンオペレーションシステムというのはその5人分の仕事を1人でこなすためのシステムです」

「そ、そんなことが出来るの?」

 メグミは驚きの声を上げる。この少女は、一人で戦艦1つを動かすと言っているのだ。


「他の戦艦では無理ですが、このナデシコならば理論的に可能です。全ての制御を一度オモイカネを通しているこのナデシコならば。ただ、ハード的に対応していない部分もあるのでそれはソフトで何とかするしかありません」

「でも、それって手足が4つあっても足りないんじゃないのぉ?」

 メグミも頷く。全てを同時にやらなきゃ意味が無いのだ。8つあっても足りないだろう。


「その為のIFSです」

 声に答えるように、コンソールの置いたルリの手の甲が虹色の輝きを放った。


「本当に……可能なの?」

「理論上は」


 ミナトが何かを考え込みながら、ルリに訊ねる。

「でも、それってぇ。一人で全てを操るということでしょう?」

「はい」

「そんな、人材がいるのぉ?」

「人材って……なんのですか」

 メグミはミナトが言ってる意味が解らずに訊いた。


「いい、メグちゃん。5人分を一人で行うわけでしょ」

「ええ」

「そこらの仕事を五人分こなすのとは訳が違うわ。その5人とは全てが別種のエキスパート分野の仕事なのよぉ。そのワンマンとなる人物はその全てを把握し、情報分析し、的確な行動を取らないとならないわけでしょ」


「あっ!!」


 そこまで、説明されてメグミにもやっと解った。

 その人物は艦長と火器管制士と操舵士と通信士とオペレーターの能力を持っていないといけないのだ。実際にやるとしたらそれ以上の能力も必要だろう。

 そんな天才を超えた超人のような人間がこの世にいるのだろうか?

 いないと断言できる。そんな『化け物』がいるとは到底思えない。


 理解したのと同時に、メグミはミナトを改めて見直した。

 格好は馬鹿っぽいが、頭の切れは一流である。この若さで社長秘書という肩書きも実力だったというわけだ。

 では、自分は………………………………………。




「でぇ、ルリちゃんはそんな人物に心当たりあるの?」

 ミナトの声でメグミは我に返る。


「7人ほど」


「な、7人もぉ!?」

 ミナトが素っ頓狂な声を上げた。


「しっかりと教育すれば、可能性があるのがあと4人ほど。たぶん、出来るであろうと思われる人物も5人ほど」

「全部で16人も!?」

「たぶん、まだ増えると思います」

「世の中見てきたつもりだったけど…………天才って、いるところにはいるみたいねぇ」


 ミナトがルリを優しげな眼差しで見つめる。

「ルリちゃんは、その人たちの為にプログラム組んでいるんだぁ?」

「実際はその一部の人たちのため…………です」

「一部?」

「はい。正確に云えば7人です」

「残りの人たちは?」

「敵対する可能性が…………いえ、『敵』です。私が今組んでるプログラムも彼らに対抗するためのものですから」

「なんか、ルリちゃんも訳ありみたいねぇ」

 ミナトの探るような眼差しから視線をそらしたルリが、無言で画面を見つめてプログラムをスクロールし始める。


 訊こうとしたメグミをミナトが目線で押し止めた。

 ミナトの口が『ダメ』と言う形に動く。


 メグミはそれを見て、口を閉じた。

 訊いちゃいけないこともある、か。そこらへんがまだよくわかっていないアタシはミナトさんより子供だってことかな。

 それにしてもルリちゃんて知れば知るほど謎になっていく。

 その、金の瞳は?なぜ、それほどの能力を?感情を表さないのは何故?普通の子供とはかけ離れた思考能力を?

 メグミはそっとルリの無表情の横顔を盗み見る。

 そして、全てを見越したような達観した瞳はなに?

 わからない。ただ、自分とは違うと感じる。

 生い立ちとか、年齢とか、才能とか、容姿とかじゃない。よくわからない、なにか。

 その『なにか』がわかったとき、じぶんは一歩、前に進めるのだろうか?



「ちょっと、私たちはいらないって、いったいどういうことなのよ!!」


 突然、ブリッジにキンキン声のオカマ言葉が響いた。

 その声にメグミが顔を顰める。ルリは相変わらず画面に向いたまま、見向きもしない。


「あの人たちですよね。火星のコロニーに戦艦落としたの」


 メグミが声を潜めて、ミナトに話しかけた。

 あの一件で軍隊の評判は地の底にまで落ちた。今では地球で軍に期待をする民間人は一人もいない。

 自分たちの守るものを自分たちで破壊している自爆装置。それが、地球人の認識だ。

 何を言ってもどんなお題目を唱えても軍は結果が全て。

 そして、結果は惨憺たるもの。


「まあ、気持ちはわかるけど、キャンキャン吠えたって、なるようにしかならないんじゃない?」


 ミナトが横目で見ると、ゴートとかいう大男がキノコ副提督になんか話し掛けてる。

 ワタシは近づかないようにしておこう。キノコが伝染るのはイヤだしね。

 ミナトはキノコから視線を外した。

 ルリは我関せずという態度でモニターのプログラムを見ている。

 ふと好奇心に駆られて、ミナトは訊いてみた。

「ねぇ、ルリちゃんはどう思う?」





「バカばっか」




 即答された一言に、ミナトとメグミは眼を見合わせ、乾いた笑い声を上げた。




 …………言うことキツイは………このコ。




「その艦長は何処よ?艦長は?」

「いま、来るはずだか……」

 ゴートがキノコに詰め寄られて言葉に詰まったと同時に、扉が開き場違いな明るい声がブリッジに響き渡る。


「あ〜〜〜〜〜〜っ。ここだ!!ここだっ!!」


 腰まで届くような長い黒髪。女優顔負けの美貌。歳は20そこそこ。白いネルガルの制服をなんとか着こなしている。

 こんなところにいるよりも、テレビ画面でアイドルやっているほうが似合っている美人。

 そんな女性が大きく手を振り上げる。


「初めまして、ミナさ〜〜ん。あたしが艦長のミスマル・ユリカで〜〜〜〜〜〜〜すっ!!」


 ………………………………。

 ……………………。

 ………マジ!?


 その場にいる全員がそう思った。

 そして。


「ブイ!!」


 最高の笑顔で、ユリカは大きくブイサインをぶちかました。


「「「「「「ブ、ブイ!?」」」」」」」


 ブリッジクルー全員の顔が驚愕に引きつり固まった。


 ユリカは心の底からの満面の笑顔を浮かべる。

 うん!!これで皆のハートは、がっちり、ばっちり、どっきりキャッチ!!


「さあ、皆さん!!元気に出港準備を始めましょう!!」


 唖然として口の利けないクルーに代わって、少女が淡々と答える。

「ほぼ、終了しています。後は、相転移エンジンの出力だけです」

「……え〜〜と、星野瑠璃ちゃんだっけ!!歳は11。好きなものはジャンクフードだったね。だめだぞ〜〜。そんなものばっかり食べてちゃ。でも、たまに食べると美味しくて止まらなくなっちゃうんだけどね」

 腕組みをして解る解ると頷くユリカ。


 メグミはこそこそとルリに囁く。

「なに?ルリちゃんって、艦長の知り合いだったの?」

「違います」

「じゃあ、何でルリちゃんのこと知ってんの?」

「たぶん、乗員名簿で見たんだと思います。私の経歴を」

「そっか、ルリちゃん。印象あるもんね」

「メグミさん。艦長はこのナデシコ全員分の名前と顔と経歴を憶えていると思いますよ」

「ウソッ?」

「ほらほら、メグミ・レイナードさん。お喋りは後回し。今は起動優先っ!!」

「は〜〜〜い」

 ずばりと名前を言い当てあられたメグミは首を引っ込め自分の作業に戻った。


 ユリカは始動キーを高々と振り上げ、「そいやっ!!」という掛け声とともに鍵穴に差し入れる。


「それじゃあ、張り切っていきましょう!!相転移エンジン始動。ナデシコオペレーションシステム起動。全エネルギー供給開始。機動戦艦ナデシコ起動!!」


「あい、あい、さぁ〜〜〜」

「あいあいさ〜っ!!」


「あいあいさー」

 美人艦長の号令に三人娘が返答した。



「相転移エンジン正常始動。エネルギー巡回率20%。出力17%。なお上昇中ぅ」

「通信関連異常ありません。オールグリーン。感度良好」

「オペレーションシステム起動。ナデシコ全エネルギー供給。火器安全装置解除。相転移エンジンバランサー正常動作中。オモイカネ、ナデシコともに正常起動。全システム異常なし」

「う〜〜〜ん。これこれ。艦長って感じだよねぇ〜〜〜」

「感じ……じゃなくて、実際に艦長なんだよ」

 副艦長のジュンのツッコミもユリカにはなんのその。満足顔でウンウンと頷いている。

 

 困ったものですな〜〜。しかし、能力も一流、人格もよい人物は人件費が高いですからね〜〜。

 そんな事を考えながら、額の汗を拭いたプロスのコミュニケが突然鳴り出した。

 その電子音で注目が集まっているのを感じながら、コミュニケを起動させる。


「はい?何でしょう?」

「あ〜〜、こちら、入り口の警備のものなんだが。怪しい人物があんたに連絡を取りたいと」


 アヤシイ人物?プロスは首を捻る。


「アヤシイ人物とは?」

「ああ、このくそ暑いのに、全身黒尽くめに、黒いマント。とどめは黒いバイザーをしている男だ。プロスに連絡を取りたいと云ってきた」


 …………確かにアヤシイ人物ですな。


「はて、黒尽くめの方ですか。心当たりはありませんな〜〜」

「まあ、会ってくれ。なんでも、火星・遺跡・ボソンジャンプと伝えればあんたがすっ飛んでくるとか言ってるぞ」




 …………火星…………遺跡…………ボソンジャンプ。




 プロスは一瞬、眼の前が真っ暗になった。

 最重要機密事項だ。

 そう、これ以上ない機密。

 ネルガルが全精力をかけて隠している企業秘密。我らSSがその情報を外に洩れないよう、日夜監視の眼を光らしている。なのに……。

 なぜ、知ってる。どうして?


「その貴方の名前は?」

 プロスは声が震えるのを何とか押さえ込む。


「え〜と、確か『テンカワ・アキト』って名乗ったな」


 プロスはルリの顔を見詰めた。

 そこには何の感情も読ませない冷たい仮面。

 ルリがナデシコに乗る条件の一人。確かに来た。

 それも、ネルガルを揺るがしかねない強烈な情報を携えて。

 通信を終えたプロスが蒼白になって、ルリを見据える。

 対するルリは全てを見通しているような達観した無表情。



 瞬転、業とらしい咳払いをしたプロスは皆に向かってにこやかに語りかける。


「いや〜〜。すいませんねぇ。お客が来たようなので、少々、失礼を」

 そう云って、そそくさとその場を退散する。


「どうしたのかな?プロスさん。顔色悪かったよ」


 ユリカが頬に人差し指を当てて首を傾げる。そんなユリカをジュンが肩を掴み、クルリとパネルに振り向かせた。

「ほらほら、ユリカ。発進準備が先だよ」


 プロスは文字通り地下ドックの入り口まですっ飛んでいった。

 短距離走選手でさえ滅多に出せないようなタイムで入り口に辿り着いたプロスは、

「やれやれ、優しさのない職場ですねぇ」

 軽口を叩いてから待合室に入った。




 そこには。



 張り詰めたような緊張感。


 圧し掛かってくるような威圧感。


 本能的に感じる死の恐怖。





 その全てを発している黒衣の男が、ただ一人、存在していた。

 アヤシイ……など云う範疇など当に超えている。『危険な』と云うべきである。

 触れればそれだけで両断されそうな抜き身の刃。


 プロスは本能に従って、回れ右をして退出しそうになる身体を意思で押さえつける。



 触らぬ神にタタリなし…………とは言うものの、ルリさんの条件の人物ではそうもいきませんからねぇ。



 プロスは小さく苦笑すると、『テンカワ・アキト』と名乗る人物に話し掛ける。


「初めまして。プロスペクターと言います。テンカワ……アキトさんですね」

「ああ」


 最低限の返答。心の中にあるものを読ませない冷徹な声。

 それだけの受け答えだけで、にじみ出る冷や汗。

 プロスは軽く咳払いをする


「失礼。テンカワさん。それで、何故ここに?」

「俺をナデシコに乗せろ」

「それは。また、何故です」

「火星へ行くのだろう」


 プロスは顔を顰める。いったい何処まで情報が洩れているのだ。

「いったい。何処でそういうことをお知りに?」

「答える必要はない」

「しかし」


 テンカワ・アキトの殺気が一気に膨れ上がり、プロスは一歩後ずさる。

 ネルガルナンバーワンのSSが、……だ。


「もし…………搭乗を拒否する……と答えたらどうします?」


 私を殺して無理やり乗りますか?


 押し上げたプロスの眼鏡が鈍い光を反射した。


 バイザーで半顔を覆い隠しているアキトの、唯一見える口元に薄い嘲笑が浮かぶ。

「ネルガル会長のアカツキに話をつけるさ。遺跡とボソンジャンプのことをちらつかせれば、否応でもいうことを聞かざるをえない」

「……………会長のことも、知っているのですか」

「ああ。エリナのこともな」


 二人はしばし無言でにらみ合う。


 だが、プロスは理解していた。例え、ルリの条件がなくともこの『テンカワ・アキト』なる人物がナデシコに乗ることは阻止できないだろう。

 向き合っているだけで感じ取れる戦闘力。

 全てを把握されてる最高機密。

 例え、実力で追い返そうとしても地面に叩きつけられているのは自分だろう。いや、命を失っている可能性すらありえる。

 ルリさん。貴女はこの男とどのような関係なのですか?何故、この男をナデシコに乗せなければならないのですか?


 そして……『テンカワアキト』とは…………何者なのですか?

「いいでしょう」



 無言で佇むアキト。


「ただし、お仕事もなくナデシコに乗ることは許されません」

「パイロットでいいさ」

「経験はおありで?」


 その言葉にアキトは禍々しい冷笑を浮かべる。凶気に浸された嘲みを…………。


「気が狂いそうになるほどな」


 ズンッ!!


 衝撃が地下ドックを襲った。

「気付いたか」

 アキトは呟き、天井を見上げた。


「まさか!!木星トカゲ!?」

「他にないだろう?」


 意地悪く云うアキトにプロスは狼狽の声を上げる。

「なぜ、この場所を?」

「尻尾切りのトカゲに教えたヤツでもいたんじゃないか?…………真紅のテントウムシあたりがな」

「テンカワさん。あなたは――。ゴホン。そんな悠長なことを云っている場合ではありませんでしたな。大至急、格納庫へご案内します」


 アキトは笑い出しそうになるのを何とか堪える。

「格納庫の場所なら知ってる。プロスはブリッジに戻ったほうがいいぞ。」


 それだけ言い捨てると、早足に格納庫へ向かった。






「さて、俺の戦いの始まりだ。運命を…………変えるためのな」



 アキトの小さな呟き声は誰にも聞かれることはなかった。



「ナデシコの対空砲火を上に向けて、敵を焼き払うのよ!!」

 キノコ副提督が喚き散らす。


 あのなぁ、そんなことできるわけないだろ。

 ここは地下200メートル。そんな物を撃ったら、間違いなく自分達が生き埋めになる。

 ジュンはそっと溜息をついた。


「上の軍人さんとか吹っ飛ばすわけ」

「どうせ、全滅してるわよ」

「それって、非人道的っていません?」


 メグミの言葉にジュンは苦笑した。

 これはこれで、いかにも民間人らしい発言だ。ここは戦場なんだぞ。


「撃つのはともかく、賠償請求は洒落になりませんなぁ」

 扉が開き、ちょび髭のプロスという男が入ってくる。


「この非常時に何処行ってたんですか?」


 声を潜めて語りかけたジュンの言葉にプロスは愛想笑いを浮かべる。

「いや。チョット野暮用が入りまして。それにしても、なるべく損害のない勝ち方をしてもらいたいですな」

「戦争は一種の経済抗争ですか?」

「さすがは副艦長。つまるところ、いかに敵に損害を与え、自分たちは損害を受けないか。これが勝敗です。はるか古代戦のように大将の首を取ったら終わり……というようには簡単にいきませんからな」

 ジュンは肩をくすめる。大学で耳にタコが出来るくらい聞かされてきた言葉だ。


「艦長は、何か意見があるかね」

 鋭い声が場を制した。


 フクベ提督。70歳をこえた老人だがその言葉には実戦経験という今のジュンには到底太刀打ちできないものを含んでいる。

 火星戦線を崩壊させた惨敗者。あそこまで、火星を守り通した英雄。火星にコロニーを落とした無能者。たった、あれだけの艦隊で火星を守護した戦略家。

 呼び方はいろいろある。確かに火星は木星蜥蜴の手に落ちた。だが、それは落ちるべくして落ちたようなものだ。

 今、地球連合軍は木星蜥蜴にいいように踊らされている。その1/10しか戦力のなかった地球連合火星守護艦第4艦隊にどうしろと言うのだ。

 だが、民間人は軍を責め立てる。




「海中ゲートを抜けていったん海中へ。その後浮上して、背後より敵を殲滅します」

 ユリカの迷いのない声。ジュンは何も言わない。こういうことに関して、ユリカが間違ったことがないと知っているからだ。





「そっこで、俺さまの出番さあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




 タイミングを計ったように暑っ苦しい声がブリッジに響き渡った。

 そこには赤いパイロットスーツの男。

 ただし…………右足はギブスをして松葉杖を抱えている。


 この男に肩を貸している整備班長のウリバタケは顔を顰めた。

 声と態度だけは馬鹿でかいんだからな……コイツは。


「俺様のロボットが囮となって敵を引き付ける。その間にナデシコは発進!!」

 顔も行動も言ってることも最高に暑っ苦しい男。『山田・二郎』が吠える。


 言ってることは間違えじゃねぇが……。


「か〜〜〜〜〜〜っ!!さいっっっこうに燃えるシチュエーションだぜ〜〜〜〜〜っ!!!!」

「おたく、足折れてるだろ」

「し、しまった〜〜〜〜」


 誰だ?こんなヤツ、パイロットに選んだのは?


 ウリバタケが視線を巡らすと、眼の合ったプロスが深々と心底から溜息をつく。


 …………………………………あんたかよ。


「囮なら出てます」


「「「「「「「「「「え!?」」」」」」」」」


 声の出所を目線でたどると……1人、ブリッジで黙々と自分の仕事をしているルリ。

 今までの大人たちの会話に、なんら関心を持たずに独り、起動チェックをしていた。


「現在、エレベーター稼動中。陸戦用エステバリス1機、地上へ向けて上昇中」


 ジュンは後ろを振り返った。

 そこには、なにやら喚いてる暑っ苦しい男。乗員表には彼しかパイロットはいないはずなのに。


「通信開きます」




「「「「「「「「 !!?? 」」」」」」」」




 プロスとフクベ提督とルリ以外、全員が一歩引いた。

 そこに現れたのは黎黒の男。

 黒髪に闇黒のマント。眼を被っている漆黒のバイザー。

 そして、何より通信越しでも感じる圧倒的な威圧感。

 誰も口をきけずにただ唖然と眺めた。

 提督と艦長でさえも。

 黎黒の男は突然開いた通信にも驚かず、無言でこちらを見ている。



 ミナトはふと気づいた。見ているのはクルーじゃない。ただ一人。

 だが、そのバイザーに目線を隠され、誰を見ているか解らない。






「初めまして、密航者さん」




 沈黙を打ち破ったのは冷たい少女の声だった。

 漆黒の男の姿も雰囲気も無視し、いつもの平坦な声である。

 ナデシコクルーのただ一人を見詰めていた闇黒の青年の視線が少女に転じた。

 バイザー越しにまともに直視されても、銀髪の少女は何一つ動じない。


「言葉が通じませんか?」

 淡々と話すルリ。皆に出来たのは唖然と青年と少女を眺めることだけ。


「………………通じる」

 始めて青年が口を開いた。若い青年の落ち着いた声。


「そうですか。では、密航者さん。あなたが乗っているそれはナデシコの備品です。返して下さい」

「俺は……密航者ではない。先程、ナデシコのパイロットになった」


「「「「「「うそっ!!!?」」」」」


 合唱するブリッジ要員。


 ルリが振り返る。

「プロスさん?」

「あっ、はい。そのとおりです。今さっき、ナデシコのパイロットとして雇った『テンカワ・アキト』さんです」

 プロスが汗を拭きながら答えた。


 その返答にクルーは冷汗を垂らす。人格は二の次って本当だったわけか!?


「と、言うわけだ」

「では、テンカワさん。作戦内容を説明します。武器は何か持ってますか?」

「ラピッド・ライフルを一丁」

「十分間、敵を引き付けてください。十分後、海面より浮上したナデシコの主砲で敵を焼き払います」

「……了解」

 あっさり通信が切られた。


 ルリが振り返り、茫然自失しているクルーに無感情な声で告げる。


「艦長。命令を」


「……あ……うん。そうだね。皆さん。各作業場に戻ってください。ナデシコを発進させます」

 ブリッジの中に艦長の号令が響き渡った。



「ミスター。どういうことだ?」

 プロスが所定の位置につくと、ゴートが低い声で囁きかけてくる。


「テンカワさんのことですか?」

「そうだ。あんな人物を無断で雇うとは」

「会長の許可はもらっております」

「ム。そうなのか?」

「はい。それに、我々にも何かと事情がありまして」


 プロスは発進準備を進めているルリを眺める。

 ナデシコクルーになる条件として『テンカワ・アキト』の名を出しておきながら、他人のような口調。

 そして、『テンカワ・アキト』と『星野瑠璃』の始めて会った者同士のような会話。

 クルーの前では他人としておきたいのか?それとも本当に始めて会ったのか?

 ルリさんの真意は何処に?

 プロスは一人、思考の海に沈んでいく。








 う〜〜ん。なんか、思うようにいかないな〜〜〜。


 艦長席でユリカは発進準備を見ながら思う。

 始めのVサインはうまくいった。あれで、ナデシコの心はバッチリキャッチ。

 次のナデシコ起動でもなかなか、艦長らしかった。うん。艦長の威厳を見せるには十分。

 殲滅作戦もあれでオッケイ。

 だと……したら。

 『テンカワ・アキト』と名乗ったあの男が出てきてからなんかおかしくなった。

 何処がどういう風に、と言われれば、首を傾げざるをえない。

 何も変わっていない。でも、あの瞬間どこかが変わった。


「エステバリス。地上に出ます」


 ルリの淡々とした声を聞き、ユリカはメインモニターを見上げた。


 そう云えば、彼と普通に話してたのはルリちゃんだけだったけ。

 う〜〜ん。あの男の人が怖くないのかな?なんか、とっても不思議なコ。



 地上に射出されたエステバリスが幾重にもジョロに囲まれた。


 ユリカの額に冷汗が流れる。



 あやっ?ちょっと荷が重かったかな?



 次の瞬間、エステバリスのライフルが火を吹き、周囲のジョロが爆発を起こした。

 ゆっくりと火の海を歩きながら、無造作にライフルを連射していく。射撃音と重なるように次々と爆発してく木星蜥蜴。


「な…………な、な、な、ななな何なのよ。あれっ!!」

 キノコ副提督が頓狂な声を出し、狼狽する。


「何ってぇ、敵を倒しているんでしょう?」

 ミナトの舌足らずな甘い声がそれに答えた。


 キノコが泡を吹きそうな口調で言い返す。

「あなたねぇ。あんな簡単に木星トカゲが倒せるはずないでしょう。倒せてたら地球までヤツラを進行させはしないわよっ!!!」






 キノコ副提督の真前にいるユリカは…………………涙を流していた。


 お願いだから
胞子なんて飛ばさないでね。ユリカ、病気になっちゃう。

 ユリカは腐海用完全密封型マスクを持ってくればよかったと、心の底から滂沱の涙を流していた。


 でも、キノコの言うことには一理ある。

 ああも、簡単に倒せるのなら、地球連合軍が火星を取られるはずがない。

 しかし現実は現実。


 ユリカはクルーに呼びかける。

「皆さん。今見ているものが現実です。でも、彼が全ての敵を倒せるとは思いません。慌てる必要はありませんが、なるべく早く浮上して敵を殲滅します」

「でも、彼一人だけでぇ、トカゲちゃんを全滅させちゃいそうな勢いよぉ」

「無理です。弾が足りません」

 ミナトの言葉にルリが冷静にツッコムのを聞きながら、ユリカたちはひたすら地上の戦闘に見惚れていた。


「艦長ぉ。発進準備オッケイ」


 ミナトの言葉にユリカはハッと我に返った。クルーの眼がユリカに集中している。


 ユリカは表情を引き締め、顔を前方に向け、真正面を見据えた。

 口元に不敵な笑みが浮かぶ。

 さあ、ユリカの大冒険のはじまり、はじまり〜〜〜。



「機動戦艦ナデシコ。発進!!」



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