「ぷ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!」




 ナデシコ艦長『ミスマル・ユリカ』は膨れていた。



 せっかくアキトとラブラブモード突入状態だったのにプロスぺクターさんに呼び出されたんです。

 重大発表があるとかないとかで。アキトよりも重大なことなんて無いのに。プンプン。


 プロスが愛想笑いを浮かべた。

「すみませんねぇ。艦長。なにぶんこちらも重大でして」

「そうだよ。ユリカは艦長なんだから、出航時のいまは、なるべくブリッジにいるべきだよ」

 ジュンも諌める。


 何よりもジュンは面白くなかった。



 今までずっと一緒にいた自分を差し置いて突然現れたユリカの王子さま『テンカワ・アキト』

 いままで、ユリカを助けてきたのは自分だったのに…………。

 その思いが顔に表れていたのだろう。ユリカがジュンの顔を見て涙目になる。

 僕は……何をやっているんだ!!

 ユリカに当たったって仕方ないじゃないか。

 ユリカの涙目を見てジュンは自己嫌悪に身を切られた。





 くすん。ユリカの味方はいないのね。アキトはアキトでどこか行ちゃうし。

 泣き真似をするとジュンがなにやらアワアワと手を振り回している。

 学生の時からジュン君はこれで大体のことは『OK』と言ってくれた。

 でも今回はプロスさんとか、フクベ提督もいるし………………。


「せっかくアキトとラブラブモードだったのに………………しょうがありません。
今回はこれで許してあげます!!

 ユリカの言葉にプロスが深い溜息をつく。


「ラ……
ラブラブ…………アキト。アキトって『テンカワ・アキト』のことかっ!?」


 ユリカの言葉にジュンが大声をあげた。


「うん。そうだよ。アキトったら
あたしを守るためにナデシコに乗ったって言ってくれたんだからっ!!ユリカ、感激って感じ」

「な、なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 ジュンのタマシイの絶叫がブリッジに響き渡った。






 今、ナデシコのブリッジには主要メンバーが集まっている。


  艦長、御統・ユリカ。

  副艦長、葵・ジュン。

  提督、瓢・ジン。

  会計士、プロスペクタ―。

  オペレーター、星野・瑠璃。

  操舵士、遥・ミナト。

  通信士、メグミ・レイナード。

  整備班長、瓜畑・セイヤ。

  パイロット、山田・二郎。

  戦闘指導員、ゴート・ホーリー。


 ここに集まっている者たちはナデシコの運行上、欠かせない人材ばかりだった。



 ゴートはチラリと山田を見る。


 山田が重要な人物と思えないが、呼んだのはプロスだ。私に責は無い。




 ふと、ゴートは顔を動かさず、目線だけで彼らを見回す。




 今だにトリップ中の艦長。喚き続けている副艦長。

 何やら話している2人娘。一人仕事をしている子供。

 大声で変な歌を歌っているパイロットに、迷惑顔の整備班長。

 いつもと変わらず悠然としている提督に、頭痛を感じているような表情で彼らを眺めているプロス。


 …………………………。


 テンカワがいない?




「ミスター。テンカワは来ていないのか?」

「はあ、連絡しようにも、コミュニケが通信拒否状態になっておりまして」

 プロスが残念そうな顔になる。


「ムウ。そうか」


 『テンカワ・アキト』。飛び入りのナデシコ乗員。

 だが、誰が見ても彼はエースパイロットの地位を獲得していた。

 ナデシコクルーの間ではテンカワはすでに主要メンバー扱いになっている。…………多少、得体の知れないところがあっても。


「さて、皆さん。注目、注目」

 プロスがパンパンと手を打って、皆の注意を引いた。




 だが、そんなことおかまいなく艦長は相変わらずトリップの真っ最中のようである。


 プロスは黙殺することに決めたらしい。




 咳払いを一つしてから、メガネを押し上げる。

「今まで目的地を明らかにしなかったのは、妨害者の目を欺くためです。ネルガルが独自に戦艦を建造した理由は別にあります」




 ブリッジのざわめきがピタリと収まった。




「以後、ナデシコはスキャパレリ・プロジェクトの一端を担い。軍とは別行動をとります」




 内容を知っているゴートは、表情を崩さずに内心だけで苦笑した。

 ネルガルもずいぶん大胆なことを考える。

 これで軍との確執は避けられない。私には直接関係無いことだが…………倒産だけは避けてほしいぞ。給料を貰っている身としては。




 フクベ提督が一歩前に出る。

「我々の目的地は火星だ!!」




 ゴートは横目で提督を眺めた。

 提督には思い入れの深すぎる地だ。

 正直、彼をスカウトするプロスの……ネルガルの正気を疑った。が、こうして見ると彼以外に提督が勤まる人間は思い当たらない。


 連合軍にもこれほど、人を見る眼がある人物がいたら楽だったんだがな。

 なにせ、あそこは…………ほんとにろくでもないやつらばかりだった。

 アニメオタクはもちろん、特撮オタクに、ヒーローオタク。

 戦闘そっちのけで音楽聞いているやつ、エステバリスのCPUを使って美少女ゲームを作ったやつもいたぐらいだ。

 特に、地球連合宇宙軍第十三遊撃愚連隊…………最低の最強の掃き溜め。

 あいつらのことを思い出すと…………ムウ。………………頭が拒否している。



 ゴートが過去と葛藤している間にも、プロスの説明は続く。




「そうです。我々の目的地は火星です。もちろん、着いたあと、地球に戻ってこなければなりません。それは、皆さんの努力と運しだいですな」

「では、現在地球が抱えている侵略は見過ごすというのですか?」


 副艦長のジュンはプロスに噛み付いた。

 元士官候補生として、当然の疑問だった。




「多くの地球人が、月と火星に殖民していたというのに、連合軍はそれらを見捨て、地球にのみ防衛線を引きました。火星に残された人々と資源はどうなったのでしょう?」




 ブリッジに沈黙が降りる。

 誰しも神妙な顔をしながら、隣の者と眼を合わせた。




 一人、プロスの周りに集まらずオペレーター席から聞いていたルリがポツリと問いかける。


「『ネルガル』の人材と資源ですか」


 その台詞にプロスが一瞬、言葉を詰まらせた。

「!!……まあ、たしかに『ネルガル』は企業団体です。自社の利益を求めるのも仕方ないかもしれません」




 ルリに視線を注いでいたプロスが皆を見回す。

「しかし、我々はネルガルの人間だけ助けるとは言っておりません。火星に残された全ての人の救出。でなければ、このプロジェクトを組んだ意味がありません!!

「でも〜。火星って占領されちゃったんでしょぅ。生き残ってる人なんているのぉ?」


 操舵士のミナトの質問に、芝居がかるようにプロスは首を振る。

「わかりません。…………ただ、確かめる価値は――」






「無いわね!!そんなもの!!」


 我々の前に、突然開かれたウインドウの中の人物が高慢に言い放つ。





 ………………誰………………???。

 皆がその人物を見て首を傾げる。

 そう、たしか…………
『キノコ副提督』!!

 …………まだ、はえていたのか。最近、湿度が高かったからな。

 全員がその考えに行き着き…………その存在に納得した。



 さてはて、どうしたものでしょうか。


 ブリッジ要員とともに数人の軍人に銃で囲まれている中、プロスは眼鏡を押し上げる。

 副提督が行動を起こすのは、もう少し後、連合軍が合流してからと思っていましたが読み間違いましたな。




「ふんっ。提督。この艦を貰うわよ」

血迷ったか!!

 嘲るような副提督の言葉に、フクベ提督が一喝した。


 プロスはチラリとゴートに目配せをする。

 微かに頷くゴート。

 まあ、この程度の人数なら私とゴートくんで制圧できますが、他のブロックもありますからね。

 今は様子見…………というところでしょうか。


「わーったぞ!!てめーら、木星のスパイだな!!」

 叫んだ山田が数丁の銃口が突きつけられ、慌てて手を上げた。




 副提督が山田を鼻で笑ってから、オペレーター席に眼を転じる。

 そこには、頬杖をつき、無表情で座っている白銀の少女。


「ちょっと、そこの子供!!いつまで座っているのよ。こっちへ来なさい」


 冷めた眼でキノコを眺めるルリ。


「チョット、あんた。アタシの言うことが聞こえないの!!」


 冷静……いや、冷徹な琥珀の瞳が肩を怒らせ向かってくる副提督を映す。


「ふんっ!!そこで、いくら小細工しても状況は変わらないわよっ!!さあ、立ちなさい!!」

 ルリの横に立った副提督が睥睨した。




 ルリは無言で立ち上がる。




 プロスが眼光を鋭くしながら、眼鏡を押し上げた。


 副提督が顔を顰める。

「相変わらず小憎らしい顔してるわね。始めからアタシの言うことを聞いていればいいのよ」




 掴まえようと副提督が伸ばした腕を、ルリが右手で掴み捻った。


「なによ?その手を――」




 無言でルリが体勢を入れ替え、合気道のような要領で副提督を投げ飛ばした。




「「「「「なっ!?」」」」」




 3メートルほど投げ飛ばされた副提督が地面に叩きつけられ、呻き声をあげる。




「………………うそ」

 メグミの呟きが洩れる。二倍も身長差がある男を投げ飛ばすなど普通は出来ないはずである。




 他の面々も唖然とした顔を晒していた。




 ルリの金色の瞳が彼らを捉える。

 次の瞬間、ルリに銃が向けられるより早く、プロスとゴートが軍人たちを叩きのめした。




「「「「「え!?」」」」」




 皆の声に重なるように軍人たちが床に沈む。


「この人数だけでは役不足だな」

 手首を回しながらゴートが低い声で副提督を威嚇した。




 その声でハッと我に返った副提督は、直ぐに悦に入った表情に戻る。

「ふんっ!!こっちは、各要所を押さえているのよ。ここにも即、増援がくるわ」




 掛け値なしの事実に、プロスは顔を顰めた。


 今までのやりとりはナデシコ各所に放映されておりますし、増援が来る前に片をつけたほうが良さそうですね。




 だが、プロスとゴートの行動を押し止めるかのように、少女の声がブリッジに響いた。


「オモイカネ」


 その言葉と共に、各所のナデシコの様子が映し出される。




「「「「「なっっっっ!?」」」」


 再び、全員の驚きの声が重なった。



 その空中に浮く数々のウインドウには叩きのめされた軍人たちを縛り上げている各乗員の姿。



 食堂からの通信からはホウメイがVサインをしている。


「ホウメイさん。怪我はありませんでしたか?あまり無茶はしないでください」

 プロスは額の汗を拭きながら呼びかけた。


「残念ながらミスター。やっつけたのは、あたしたちじゃないよ」

「では、誰です?」

 何となく正体がわかっていながら、あえてプロスは訊いた。


「真っ黒いマントとデカイ黒い眼鏡をかけた兄ちゃんさ。そりゃもう、バッタバッタと。見てて爽快だったね」

「そうでしたか」


 間違いなく、テンカワさんですね。


「ホウメイさん。また、後で寄らせてもらいます。オモイカネ。ありがとう」

 ルリのその言葉と共に全てのウインドウが消えた。




「あ…………あんた、こうなることがわかってて」


 震える声のキノコの言葉が静かに立っている銀髪金瞳の少女へ。

 皆の視線も何も答えないルリに集中する。


「おとなしく投降しろ。キノコ副提督」

 ゴートの低い声がブリッジを謁見する。




 …………名前を間違っていますが、誰も突っ込みませんね。もしかしたら皆さん。副提督の名前を『キノコ』と記憶しているんじゃ…………。

 プロスは場違いな思いに囚われる。それが油断に繋がった。




「ふんっ。これを見なさい!!」

 キノコが一瞬で銃を抜き、ルリに向けた。




 しまった!!




 腐っても軍人である。プロスもゴートも抜くのを阻止できなかった。



 ゴートも表情を変えないながらも、歯軋りをする。




 こちらを見やったキノコが醜悪な笑みを浮かべる。

「ふふ、形勢逆転のようね。この改造機械人間がいなきゃ、この戦艦は単なる砲台に過ぎないことは解っているのよ」


 口元の血をぬぐい、キノコが立ち上がた。



 銃口を前にしたルリに動揺や焦りは見られない。




「ひ、卑怯だぞ。てめぇ。男なら拳で正々堂々勝負しろ!!」


 山田の大声を黙殺して、キノコはルリを睨みつける。

「どう?怖い。あんたみたいに人生を悟ったつもりでいてもね。銃の前には……
『力』の前には無力なのよ!!




 騒いでいる山田をゴートとウリバタケがどついて黙らす。

 メグミが胸の前で手を組み、ミナトは唇を噛んだ。

 フクベ提督が鋭い眼で副提督を睨みつけた。

 ジュンがオロオロとし、ユリカは副提督を睨みつけ、一喝した。


「キノコさん。銃を捨てなさい!!あなたの負けは確定です!!」




 …………艦長………………副提督の名前をばっちり『
キノコ』で記憶してますね。




 そんなことを思いながらも、プロスはすぐにでも飛び出せるように、身体を半身にし、足を半歩開いた。




 キノコはチラリと艦長を一瞥してから、いつもと変わらぬ無表情のルリを見下ろす。

「ふんっ!!こんな時でも感情を示さないなんて、さすがはマシン・チャイルドね。聞きしに勝るロボットぶりだわ。部品なら部品らしく、ナデシコの運行だけしてればいいのよ」




「「「「「「なんだとっ!!」」」」」」




 キノコの言い草に、全員が罵声を張り上げた。




 そんなブリッジの人間を、キノコが嘲る。

「あ〜〜〜ら、そうじゃない。ナデシコの運用には人間性なんて要らないわ。ネルガルだってそう考えて、この子供を開発したんでしょう。
パーツはパーツらしく、人間様の言うことだけ、聞いてればいいのよっ!!


「なっ!!あなたぁそれでも人間?」

「信じらんない。こんな人がいるなんて!!」

「同じ軍人として恥ずかしいです」

「てめぇ、ロボットにだって心や愛は目覚めるんだぜぇ!!」

「山田…………おめえは黙ってろ」


「ルリちゃんに、そんなこと言う権利、あなたにはありません!!」

 ざわついたブリッジを艦長の怒声が締める。




 緊迫した沈黙がブリッジを支配した。

 艦長とキノコがにらみ合いが続く。












「…………ふぅ」






 それを破ったのは小さな小さな溜息。



 皆の視線はそれを発した少女に向けられる。




 キノコ副提督を見ているルリの金の瞳が僅かに細められた。

 小さな口から、深い溜息のような、酷く疲れたような重い声が洩れ出る。






「あなたは…………逆鱗に…………触れました」




「「「「??」」」」


 何のことだか解らずに皆、眼を瞬かせる。




 キノコ副提督が嘲笑を浮かべた。

はっ!!銃を向けられたお子様が何言ったって怖くも何とも無いわよっ!!」







「私のではありません。このナデシコで……一番、怖い人の……逆鱗に……です」





「はあ?あんた、何言って――」




 ゴキッ!!!!




「ギャッ!!」






 銃を持っていたキノコの手が捩じり上げられ、そのまま腕が折られる音がブリッジに響いた。

 腕を捩じり折ったのは、いつまにかキノコの隣に立っていた青年。

 漆黒のマントに闇黒のバイザーを付けた黒髪のエステバリスパイロット。



 …………テンカワさん?



 アキトの凄まじい殺気に、プロスは唾を嚥下した。





 キノコが涙と鼻水を垂らしながら、腕を折った漆黒の青年を見る。


「あ……あんた……テッ!……テンカワッ!!……
ギャアァァァァァァ!!


 アキトはそのまま、キノコの膝を蹴り折った。

 床にのた打ち回るキノコをアキトはバイザー越しに眺めた。


「…………
クッ…………クッ……クッククククククククククク」


 アキトは自分が静かに笑っていることに気付いた。

 怒りを感じる。哀しみを感じる。愉悦を感じる。狂気を感じる。自分が壊れていくのを感じる。『』のように。


「ククククククッ……ハハハハハハハ。……そうか痛いか?……そんなに苦しいか?それほど恐ろしいか?」


 キノコは『前』のヤツラと同じように恐怖の表情を浮かべるだけで、何も答えない。

 ただ……ただ、歯を鳴らしているだけである。


「痛いか…………五感がある証拠だ。羨ましい限りだ。苦しいか………………今の状況が辛いか。絶望の中に身を置く俺には味わえない感覚だ。恐ろしいか………………生きている証拠だ。死に損なっている俺には無縁のものだ」


 俺はゆっくりとキノコの傍に歩み寄る。


「あ……あう…………あ……あ……………………」


 キノコがアキトから逃れようと必死に足掻くが、20センチも進まない。

 ジタバタともがいているキノコの横に立ち、見下ろした。

 ガタガタと震えているキノコがアキトの足元から上に目線を上げる。



 闇色のバイザーが冷酷に見下ろしていた。


「あ…………アタシは連合軍小………………
ガッ!!


 俺はキノコの腹を蹴りつけた。

 床を数回バウンドしたキノコはゴロゴロと床を転がる。


ガッ!!グゥゥゥゥゥゥ!!ゲェーーーーーッ!!ゲェーー!!」

 キノコが床に血の混じった胃液を吐く。

 アキトは全てを凍てつかせる瞳でキノコを眺めた。


「パーツだと…………部品だと………………お前のようなヤツラがいるから」

「ヒッ!!」


 アキトの低く冷い呟き声にキノコは引きつった声を上げた。


「お前のようなヤツラが」


 俺の中で闇黒の獄炎が燃え上がる。



「お前のようなヤツラがアアアアアアア!!!!!!」



 吠えながらアキトは一歩踏み出す。

 俺の視界が赤く染まる。何時もの感覚。全てを焼き尽くす炎に、全てを飲み込む



 コロス、ころす、殺す

 コロセ、ころせ、
殺せ


 八つ裂きにしてやるっ!!



「お前のようなヤツラがあああああぁぁぁぁぁ!!!ユリカをっ!!!ラピスをっ!!!俺をっ!!!お前らがあああああぁぁぁぁっ!!」




 俺は吐血するかのように咆哮した。


 時が凍りついたような、空間が歪み撓むような感覚。

 身体は灼熱の中にいるような熱さなのに、芯は極寒のごとく冷え切っている。

 全てが赤暗く、同時に360度全周が全て見てとれる。

 俺は引きつるような笑みを浮かべる。

 そう……同じだ。『前』の時と全て同じ感覚。

 自分は殺せる。自分は殺す。全て者をぶち殺す。


 コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ!!


 ヤツラを断罪しろ。一人残らず叩き潰せ。
 全てを殲滅しろ!!


 俺はキノコの方へ一歩踏み出す。

 キノコは後ずさるのも忘れたように眼を見開いたまま、恐怖に歯を鳴らしている。

 俺はキノコの方へ一歩踏み出す。

 キノコの全身がブルブルと震え始め、大量の冷汗を噴出し始める。

 俺はキノコの方へ一歩踏み出す。



 と、俺の右手を誰かが押さえた。



 アキトは右手に視線を走らせる。




 小さな、本当に小さな白い繊手。

 黒い手袋をはめている右手に、白磁のような両手が重ねられていた。


 その手の主に視線を移動させる。


















 金色の瞳。
















 何の感情もない澄み切った水のような瞳。




 それでいて、魂が引き込まれる金瞳



                                
  とら
 瑠璃の月色の瞳がバイザー越しの明人の夜色の瞳を虜える。




 明人の意識は月の瞳に魅入られる。




 闇に染まった瞳を動かせなくなる。












 それは、澄み切った水。








 それは、月の写る湖畔。







 それは、寒気の夜空。







 それは、秋空の雲。






 一瞬の内に琥珀の瞳を見るアキトの内に様様なものが飛来しては消えた。



 激情のうねりは消えないまでも、小さな細波へと変わる。



 金の瞳を中心として赤黒い視界が晴れていく。



 身体が冷まされていく。



 止まっていた時が再び動き始めた。




 アキトの瞳を凝視していたルリの眼が数度瞬きをした。


 フゥッとアキトは我に帰った。


 無感情の金の瞳から目線を外し、アキトはゆっくりとブリッジを見回す。





 失禁しているキノコ。

 声も無く呆然としているガイとウリバタケ。

 怯えた表情で手を握り合っているメグミとミナト。

 カタカタと震えているジュン。

 眼を見開いているゴート。

 こちらを凝視しているプロスとフクベ提督。

 蒼白な顔で胸の前で手を握り締めているユリカ。












 彼らから視線を外したアキトは静かに眼を閉じた。









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