「いくよっ!!
プ〜〜、チャッチャ!!プ〜〜、チャッチャ!!
が〜〜〜んばってこ〜〜〜〜〜!!
お〜〜〜〜〜!!」



 コルリの能天気な応援がエステバリスコクピットに反響した。



「…………やる気が削がれるぜ」

「…………同感だ」

 底抜けに明るい声援とは裏腹に、応援される側は陰気な声で会話をする。



「アキト〜〜〜〜!!頑張ってっ!!あたしの王子さまっ!!
ユリカはここでお星さまにお願いしています。
ユリカの愛のパワーでアキトが勇気リンリンになりますようにって!!」


「…………うらやましいぞ。アキト」

「…………替わってもいいぞ。ガイ」

 ユリカの声援らしきものから隠れるように、二人はボソボソと喋った。



「敵影、視認〜〜〜!!ガンバッ!!ガンバッ!!
が〜〜〜〜〜〜〜んばれっ!!!!」


「いくか」

「ああ」

 『コルリ』の報告に、疲れたようにアキトと山田は重力スラスターを噴かす。




 第二波以上のバッタが、巨大な壁のように迫ってきていた。



「ユリカ。グラビティブラストは?」




「アキト。アキト。アキト〜〜〜〜〜!!
はっ!!それは遠まわしな
愛の告白ね。
やん!!アキトってば
大胆なんだから!!」

「ムッ!!このままじゃ、ユリカ艦長に負ける。コルリちゃん。ピ〜〜ンチ」

「…………うらやましいぞ。アキト」

「…………替わってもいいぞ。ガイ」






 重々しく溜息を吐いたアキトはジュンに視線を向けた。

「ジュン。どうだ?」

「コルリくんに手伝っては貰ってんだけど…………もう少しかかりそうだ。すまない」

「敵の駆逐艦がでるまでに、何とかしてくれればいいさ」



 接近してくるバッタを見ているうちに昂揚感が襲ってくる。



 アキトは薄い嗤いを浮かべた。



 ウリバタケに射出してもらった予備マガジンと予備ライフルを確認したアキトは山田に声をかける。

「いくぞ」

「おうっ!!」



 二人はバッタの真っ只中へ突っ込んでいった。





*






「ひえ〜〜〜〜〜〜。なんとか着いたぜ」

「夢にまで見た格納庫だよ〜〜」

「……………………寝る暇あった?…………ヒカル」

「気絶しそうなくらいのピンチなら〜〜」

「おらっ。くだんねぇこと言ってねえで、とっとと出撃するぞ!!」



 格納庫に着いたリョーコ、ヒカル、イズミはそれぞれの機体に向かった。



「は〜〜〜〜。なんか知らないけど、乗り遅れた〜〜って感じだよね」

「ドンブラコーー、ドンブラコーーー」

「はっ!!乗り遅れたのなら、その分、取替えしゃぁいいだけだぜっ!!」


 コクピットに潜り込みながらも、三人は軽口を叩くのを止めない。これが、三人のスタイルだった。



 三人はそれぞれの機体に電源を入れ、IFS操縦コンソールに手を置いた。



 機体の中に電光が灯り、発進準備が次々と自動で行われていく。


「よっしゃ。武器、弾薬、補給済み!!」

「バッテリーも〜〜〜〜、マンパ〜〜〜ン」

「ゾンビ大うけ………………じゅんび……おうけい…………準備おっけい……クッククククク」



「「…………はいはい」」




 三人の前にそれぞれコミュニケ画面が開かれ、バイザーをかけた白銀の女が現れた。

「申し訳ありません。仕事が出来ました」




「うおっ!!」

「ほへ〜〜〜〜」

「破った栗…………ビッ…クリ」

 突如現れたコミュニケ画面に三者三様の反応をする。


「これがルリさんの言っていたコミュニケってやつか〜〜〜」

「へ〜〜〜〜。面白れぇな。気に入ったぜ!!」

「………………」

 イズミは無言で画面を大きくしたり小さくしたり、あっちこっち飛び回らせている。




 画面の中のルリが無感情に告げる。


「護衛の仕事が出来ました」


「なんだ?バッタの中に特攻かけるんじゃなかったのか?」

「初任務〜〜〜!!」

「………………で……何を護衛するわけ…………」

「うわっ!!イズミ。急にシリアス!!」




「今、そこの格納庫にナデシコの通信士がいます。彼女を無事にナデシコに届けてください」




 エステバリス三機はキョロキョロと辺りを見回した。

「豚の角煮…………ぶたのかくにん…………部隊の確認…………ククククク」



 あるのは、鉄鋼が渡してあるドックに、床に散乱している工具類、そして、白いエステバリス1機。



 赤いエステバリスに搭乗しているリョーコが疑惑の眼差しをルリに向ける。

「どこにもいねぇぜ。そんな人間?」



「白い機体は見えますか?」

「あ〜〜〜あの、シロバリスだね」

「リスじゃねぇんだからよ」

 ヒカルの戯言にツッコミながら、リョーコはルリに渡されたコミュニケをいじる。





「え〜〜〜と、これでいいのか?こうか?おおっ!!つながったぜ」

 人の声がして薄暗いエステバリスのアサルトピットで膝を抱えていたメグミは顔を上げた。


 そこには緑の髪の勝気な女性の顔。


 …………この髪って染めてるのかな…………?

 メグミは目の前の女性を見ながら場違いな疑問を思い浮かべた。


 眼鏡をかけたクリクリした眼の女性が楽しそうに笑い声を上げる。

「へ〜〜〜〜。この人がナデシコの通信士か〜〜〜〜」




 なに…………なんなの?この人たち?


 長い間、閉じ篭もり、振動が響くたびに怯えてたメグミにやっと現実感が戻ってくる。




 黒髪の女性がニヘラと笑いを浮かべた。


「…………つうしんし…………痛い心の姉ちゃん…………痛心姉


「イズミちゃん。それ、字が違う



「な…………ななななななな、なんなんですか、あなたたちは?」



 メグミの問いに、気の強そうな女性が緑の髪を掻く。

「おっ、わり〜〜わり〜〜。自己紹介がまだだったな。オレの名は『スバル・リョーコ』。ナデシコの補充パイロットだ」

「アタシ、『アマノ・ヒカル』。あなたの護衛がファーストミッションだって〜〜〜」

「ワタシ…………『マキ・イズミ』。………………大きな泥船に乗った気持ちでいて」


「それって、大船に乗った気持ちか、泥舟に乗った気持ちかチョー迷うね〜〜〜」

 イズミのギャグにヒカルが笑い声を上げた。



 正直言って、メグミは彼女らについていけなかった。


 つい先まで、ただただ、アキトが迎えに来てくれることだけを望み、薄暗いコクピットでひたすらに待っていたのだ。

 それが、蜥蜴の攻撃など眼中にないように軽口を言い合っているパイロットの精神が理解できなかった。…………が、メグミはすぐに納得する。



 民間の通信士が戦う者――『軍人』――の精神など理解できるはずないのだ。理解できなくて当たり前だった。


 『山田』を見ていれば、それは実によく実感できる。



「あの。アタシ、どうすれば?」

「じゃあ、シートベルト締めて、オレたちの後について来てくれ。なに、どっか飛んでいきそうになっちまったら、ちゃんと捕まえてやるよ」

 そう言うと、リョーコが射出口へ歩き始めた。



 ………………ついていく?

 ………………どっか飛んでいく?


 メグミは焦る。


 ついていく前に、飛んでいく前に………………。

「あ、あの。アタシ。IFSを持ってないんですけど?」


「「「あ!?」」」

 三人の動きが止まった。


「もってねぇって?…………IFSを?」



 三人の視線にメグミは恥ずかしそうに身を竦める。

 アタシ、別に恥ずかしいことなんてやってないじゃない、と思いながら。



「あのなあ、なんでIFS持ってねぇ人間が、エステバリスのコクピットに座ってるんだよ?」

 残りの二人も頷いた。


「ア…………アキトさんがここにいれば安全だって」

「そりゃまあ、装甲服に比べたら安全だけどね〜〜〜〜」

「けど、動かせねぇ人間、乗せて安全もくそもねぇだろうがよ」

「…………銅のパイプ…………同カン」




「メグミさん」




「「「「うわっ!!」」」

 突然、現れた白銀の少女に4人は驚きの声を上げた。


「…………ルリちゃん?」

 メグミが驚きに眼を見開く。



 いつもの白銀のツインテールに無感情な声音は同じだが、顔にはその金の眼を隠すように白いバイザーを被っていた。そして、首から下は白いマント。



「…………それって、アキトさんの模倣?」

 思わず訊ねるメグミにルリは無感情な声音で告げる。

「シートベルトを締めてください」


「え?…………え……う……うん…………………………締めたけど」



 コクピットに電源が入り、各センサーが自動的に立ち上がった。


「リョーコさん。ヒカルさん。イズミさん。メグミさんのエステバリスは私が外部操作を行います。護衛よろしく」



 リョーコが驚きの声を上げる。

「外部操作?」

「そんなこと、できるの〜〜?」


「はい。私なら出来ます。ただ、コンマ数秒のタイムラグが発生しますので戦闘は無理ですが」


「でも……………………ルリちゃん」

 言いかけたメグミを制するように白いエステバリスが歩き始めた。



「おおっ、動いてる」

「へぇ〜〜〜。外部から操作されてるなんてわからねぇほど、スムーズな動きだぜ」


 何か考え込むようにエステバリスを見つめていたイズミがルリに問う。

「ルリ。あなた………………エステバリスパイロットね」


「へっ!!ルリちゃんがエステバリスパイロット!?」



 全員の視線が集中する中、ルリはイズミに訊きかえした。

「どうしてそう思います?」


「動かしたことがなければ…………外部からの操作で動かすことなんか出来ない。それに、タイムラグが発生する機体をここまで動かせるなんて、相当な腕と見たわ」


「まあ、会った時から、ただ者じゃねぇのはわかっていたけどな」

「生身であれってことは〜〜〜、エステバリスに乗ったらその百倍?」



 賞賛と疑惑の眼差しを受けながら、ルリは無感情に事実を述べる。

「エステバリスの操縦訓練なら受けたことがあります。ですが、私の腕など、たかが知れています」


「謙遜することないとおもうよ〜〜」

 パタパタと手を振るヒカルにルリは抑揚のない平淡な口調で告げた。

「謙遜ではありません。テンカワさんに比べたら、私など――」



「テンカワ?」



「はい。ナデシコのパイロットです。同程度の機体の場合、テンカワさんに対抗できる人物は二人しか知りません」



「地球で三本指に入るって事?」



「太陽系内で…………です」

 ルリの発言にヒカルが首を傾げる。

「地球で…………って意味と同じだと思うんだけど?」


 それには答えず、ルリは射出口を指し示した。

「射出口を開きます。気密には十分に注意してください」







*







 メグミは宇宙空間に出たのは、これが初めてのことだった。



 いや、確かにナデシコでは宇宙に出ている。窓から宇宙も見たし、地球も眺めた。


 地球は写真や映像などで見るよりも遥かに美しかった。

 別に、画像や映像と色や形が違っているわけではない。でも、そんな物で見るよりもそれは本当に美しかった。


 宇宙も見た。地上から見上げるようには星は瞬かず、また、黄色一色だと思った星は赤や青の光を発し、赤いもやのような星雲や、紺青に輝く星の連なりを眺めた。



 それでも、メグミは初めて宇宙を感じていた。


 装甲一枚隔てた向こうにある死の真空の世界を。


 一枚隔てた向こうには何もない。空気さえない孤独を。


 そして、絶え間ない恐怖を。



 今、攻撃されて、少しでも装甲に穴が開いたら……、空気循環装置に異常が発生したら……、このまま、どっか知らない場所まで流されてしまったら…………。

 そしたら、自分は…………死…………。


 宇宙は簡単に人に死を与える。

 帰り道に迷っただけで、それは容易に死に繋がる。


 そこは慈悲も遠慮もない死の世界。

 躊躇なく生を奪い去る牙爪を光らせている何も存在しない空間。


 目の前に白い船影が見える。

 『ナデシコ』……………………自分が帰る戦艦。

 この艦が見えなかったら、自分の寂寥感は何倍にもなっていただろう。



 遠くで、爆発の閃光が見える。

 たぶん、アキトさんとダイゴウジさんが戦っているのだろう。


 同時に思う。彼らは怖くはないのだろうか?


 気密に少しでも穴が開いたら…………ミサイルが当たって木っ端微塵になったら…………そう……考えないのだろうか?



 彼らは何のために戦えるのだろう?

 何のために命をおしげもなく晒せるのだろう?




 わからない。アタシにはわからない。




 『ナデシコを守る』と言った時のアキトさんの眼。力強い声。


 アキトさんを見続けていればアタシにもわかる日がくるんだろうか。

 ………………自分の命をかけるということが。






「…………さん……メグミさん…………メグミさん」

 メグミは顔を上げる。白いバイザーに、白いマントのルリ。

「あ…………あっ、なにルリちゃん?」



「ナデシコのフィールド内に到着します。リョーコさん。ヒカルさん。イズミさん。ご苦労様でした」



「おっしゃ!!これで、木星蜥蜴をぶっ潰しにいけるぜ!!」

「リョーコ、気合入りまくりだね」

「リョーコ。ちょいと、通信………ちょと、つうしん………ちょとつ、もうしん………リョーコ。猪突猛進」

「おらっ!!だれがイノシシだっ!!」

「でもリョーコ。突撃と猛進はするんでしょ?じゃ〜〜、リョー突猛進だね」

「…………猟突猛進…………」

「と、言う訳で狩りのはじまり、はじまり〜〜〜!!」

「へっ!!トカゲだろうが、バッタだろうが、オレたちの行く手を阻むものは容赦しねぇ!!」

 護衛をしていた三機のエステバリスが鎖から解き放たれた猟犬のように火炎華の咲き乱れる戦場へ嬉々として突進していく。



 メグミはその三本の電荷黄光を茫と見送った。


「ミナトさん。申し訳ありませんが、ナデシコの方で軌道調整をお願いします。ウリバタケさん。ナデシコ内に入ればコロニーからの電波が届かなくなりますので、エステバリス収納をお願いします」

「オッケイ。ルリルリ。任せておいてぇ」

「ルリルリ。こっちの準備は万端だぜ。いつでも来な!!」

 ウインクするミナトに、Vサインをするウリバタケ。



 それを見てメグミは思う。


 ああ、この人たちはスペシャリストなんだ。

 自分のように声が良いだけの普通の女の子とは違うプロの人間。


 自分の仕事に誇りを持ち、自分の仕事に自信を持っている人たち。だから、どんなアクシデントがあってもちょっとや、そっとでは揺るがない。

 ナデシコの射出口が大きくなってくる。素人の眼から見ても、ピタリと位置が合っていた。


 ゆっくりとナデシコに呑まれながら、メグミは思う。



 いつか…………アタシも、自分を誇れる日がくるだろうか?


 ……………………アキトさんたちみたいに。






*






「ガーーーーーイ!!スーーーーパーーー!!スパーーーークッ!!」


 山田は高速ディストーション・アタックでバッタを粉砕していく。


 宇宙空間に火炎の華畑が咲き誇る。が、咲かすべくバッタはまだまだ嫌になるくらい存在していた。



 潰しても潰しても沸いて出てくるバッタに正直うんざりしてきていた。もう、何匹叩き潰したか憶えてさえいなかった。


 チクショウ。チクショウ。山田は口の中で罵る。


 山田は盛大に舌打ちし、宇宙空間に罵倒した。

「くっそ〜〜〜〜〜〜!!。ゲキガンシール、こんなに、たくさん持ってきてねぇぜっ!!」





 今、戦場の中で山田の最大の心配ごとはそれだった。






 不意に悪寒を感じて、その場から飛び退った。虚空からミサイルが飛んでくる。


 チッ!!


 一発、避け損ねたミサイルが左肩に被弾する。損害は…………軽微。

 だが、エステの左腕を動かすと微かに違和感があった。



 息があがる。かれこれ一時間、戦場の中に置いている身だ。



 疲れが出始めている。肉体的な疲れもあるが、精神的な疲労が大きかった。

 一歩間違えれば死である。


 しかも、山田は勘で動くタイプのパイロットだ。その精神的消耗はいちじるしい。




 動きを止めた山田のエステバリスを好機と見たのかバッタが突っ込んでくる。


「へっ!!ナメンナ〜〜〜〜〜〜!!」

 怒声とともにライフルの銃口をバッタに向けた。




 突っ込んできたバッタ、十数体が突然、爆発する。




「な?なんだ〜〜〜?」

 山田はライフルの引き金を引いていない。



 その答えはすぐにわかった。


「よっしゃ〜〜〜〜〜〜!!暴れてやるぜっ!!」

「援軍だよ〜〜〜〜〜〜」

「セイウチ凍上…………真打登場…………プ……プクククククク……ハハハハハハハハ」


 突然、戦場に割り込んできた赤とオレンジと水色のエステバリス。



 赤い機体を先頭に、オレンジがサポート、水色がディフェンスと見事な連携攻撃で、バッタを屠っていく。



 山田の前にコミュニケ画面が立ち上がり、眼鏡をかけた女性が興味津々の眼で山田を見つめた。

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!天空ケンのそっくりさん、はっけ〜〜ん」


 緑の髪の女が睨みつけるように、訊いてくる。

「おめーが、テンカワってヤツか?」


 山田はニヒルな笑いを作った。

「援軍か………………タイミングいいな。俺の名はガイ!!ダイゴウジ・ガイ!!まっ、憶えておいてくれ」

「へ〜〜。ガイってカッコイイ名前だね〜〜〜!!」


「そ…………そうか?やっぱ………そう思うよな!!

 眼鏡の女の賛同に山田は崩れた笑みを浮かべる。


「じゃあ、テンカワってヤツはどこだよ?」

 緑の髪の言い方にムッとした山田は無言でライフルの銃口で指し示した。



 そこには、危なげなくバッタを火炎華にかえている黒い0Gエステバリス。

 全ての攻撃を紙一重でかわし、まるで全方位に眼があるように全てのバッタを破壊していた。




「凄いわ………………かれ」


「おお〜〜〜〜〜。イズミが人を褒めるなんて珍しい〜〜」

「まあ。なかなかやるほうだが、ルリの言った地球一って程でもないぞ」

 リョーコの疑惑に、フッとイズミが笑いを浮かべる。


「よく見て………………あのミサイルを」



 飛んできた20発以上のミサイルを、黒色のエステバリスが一瞬にしてピンポイントで撃ち落とした。

 音速以上で飛んでくるミサイルをライフルで………………だ。



「すっ〜〜〜〜〜ご〜〜〜〜〜〜〜い!!」

 ヒカルが感嘆の声を上げた。イズミがボソリと同意する。

「ワタシも5発以下なら同じことが出来るけど………………あそこまでいくと神業ね」


 リョーコも思わずエステを止めて見入った。

「なるほど、ルリが認めるだけのことはあるぜ。いったいどこであんなの覚えたんだ?」


「我流だとよ」

 ガイと名乗った男がリョーコの疑問に答える。



「「我流!?」」

「蛾が飛び込む川の音……………………蛾流…………プ……クッククククククク」

 三人は驚きの声――1人はわからないが――を上げた。




 その時、三人の前にコミュニケ通信が立ち上がる。



 漆黒のバイザーをつけた黒髪の男。



 リョーコはその格好に驚き、反射的に皮肉ろうとしたところで、男のほうが薄く笑いを浮かべた。

「やっと来てくれたか。リョーコちゃん。ヒカルちゃん。イズミちゃん」



「リ…………リョーコ…………『ちゃん』!?」

 初対面で名前を『ちゃん』づけで呼ばれたことがない…………呼ばせたことがないリョーコは唖然とした後、一瞬にして激昂する。

「お…………お前!!初対面で人のことを『ちゃん』づけするかっ!!



「ああ、そうだった。自己紹介がまだだったな。俺の名は『テンカワ・アキト』。見ての通りナデシコのパイロットだ」



「そ…………そういうことじゃなくてなっ!!


 アキトが訝しげに首をひねった。本当にわかってないようだった。

「オレは初対面で『ちゃん』呼わばりされるつもりはね〜〜んだ、って言ってんだっ!!」


「…………ああ」アキトが苦笑を浮かべる。

「悪い。そっちの方が慣れているから」

「…………慣れてる?」

「嫌なら、『リョーコさん』とでも呼ぶけど」


 なにやら背筋にゾワリと寒気が走るリョーコ。なんか………………気持ちわりいな。

 不可解だった。自分の気持ちが上手くコントロールできない。リョーコはこの時、なぜそう言ったか後々まで首を傾げることとなる。


「ん…………。まあ、別に……しょうがねぇ。特別に『ちゃん』づけで呼ばしてやるよ」


「どうも」

 眼はバイザーで隠れているが、アキトの口元に微笑みが浮かんだ。


「う…………いや、その……別に……なんでもねぇよ」

 なぜか、赤くなりポリポリと頬をかくリョーコに好奇心を満面に浮かべたヒカルがツッコム。


「おお〜〜〜〜〜!!リョーコが一発オ〜〜ケイ!!しかも、特別!!これはミャクありですか?」

「リョーコの恋心………………変心」


「な……ななななななななな、なに言ってんだよ!!」


 慌てふためくリョーコに二人が、さらに追い討ちをかけた。

「『リョーコちゃん』って呼ばせたんだから〜〜〜、リョーコは、アッ・キッ・トッって呼ばなきゃダメだよね〜〜〜」


「「アキト〜〜〜〜〜〜〜!!」」



「ば…………バカ言ってんじゃね〜〜〜〜!!」

 二人の合唱にリョーコは真っ赤になり、二人を怒鳴りつけた。



 実はこの三人、こんな漫才を続けながらも高機動戦闘でバッタを次々と宇宙の藻屑に変えている。


 さすがと云うべきであろうか…………ナデシコの資格、十分と云うべきであろうか。




 アキトは懐かしいものを見る眼で三機のエステバリスの戦闘を眺めた。


 相変わらず…………いい腕をしているな。



 微かに微笑むアキトに山田から通信が入ってくる。

「…………うらやましいぞ。アキト」

「…………なんのことだ?ガイ」

「…………なんでもない」

「…………?」


 半眼の山田に疑問を浮かべたアキトは、サツキミドリを振り返った。

「ガイ。しばらく、ここを頼めるか?」

「大丈夫だが。なぜだ?」

「メグミちゃんを迎えに行く」

「そういや、あの通信士。まだ、サツキミドリだったな」

「そういうこと――」




だ〜〜〜〜いじょ〜〜ぶ!!まぁ〜〜かせてっ!! ………………じゃなかった



 突然、アキトの前に現れた3Dルリ『コルリ』は放送禁止用モザイクのかかった中指を立てて現れた。




「メグミ通信士はルリネェの指示で、すでにナデシコに収容済み!!それより、アキトニィ!!
大変なの!!

 モニターの中のコルリはパタパタと両腕を振って、慌てていることを表現している。


「80キロ先に第四波せっき〜〜ん。ゆめみづき級木星戦艦4隻と確認!!グラビティーブラストを装備しているとすいそ〜〜〜く。ねえねえ、どうする?アキトニィ!!


「ナデシコのグラビティブラストは?」

「それが上手くいかないの〜〜〜〜〜。あ〜〜ん。ルリネェがナデシコにいたらこんなの一発なのに」

「まずはルリちゃんに――」


「こちらのレーダーでも捕らえました。電磁シールドに全エネルギーを回しますが、グラビティブラストの前には障子同然です」

 こんな時でも冷静なルリの声に、ユリカの悲鳴が重なる。

「アキト〜〜〜。アキト、アキト、アキト。木星蜥蜴の戦艦が〜〜〜〜!!」



「わかってる。戦艦が俺が墜とす」



「え〜〜〜っ!!アキ――」

「お願いします」

 ルリが即答した。アキトはバッタの向こうにいる戦艦を見透かすように、星の宙を眺める。

「だが…………」

「はい。今、テンカワさんのいる位置からでは、第一射は防げません」

「ミナトさん。ナデシコを全速前進。敵、射軸に入り、盾となります!!」

「は〜〜い。了解」

「今、そちらに予想射角および弾道のデータ送ります」

「管制室を重点的に護るように――」

「いえ、中央の核融合炉を護るように配置してください。ここを、破壊されるとコロニーが吹っ飛びます」

「ミナトさん。両方を護れる位置で停止。バッタ群の中に突っ込んでも構いません。ゴートさん。相転移エンジン出力最大。コルリちゃん。ディストーションフィールド強化!!」


 アキトの言いたいことを察して、ルリとユリカは会話を進めていく。

 こと、戦術にかけては誰よりも頼りになる二人だった。



「ユリカ。ジュンにはグラビティブラスト発射を続けるように言っておいてくれ」


「うん」



「ガイ!!リョーコちゃん。ヒカルちゃん。イズミちゃん。聞いたな。敵艦のグラビティブラストに巻き込まれないよう注意しろ!!」




 心配そうなヒカルの顔が映し出される。

「そりゃ、気をつけるけどさ〜〜。敵艦はどうするの?」


「俺が墜とす」


「お…………おめっ、墜とすって!!どうやってあんな馬鹿でかいもん墜とすんだよ!?」

「……………………それに…………フィールドも持ってるわ」

「第一、アキト!!戦艦までの間に、バッタの大群がいるんだぜ!!



 リョーコ、イズミ、山田の質問に、バイザーに覆われたアキトの表情がすっと抜け落ち、無機質と変化した。



 一瞬にして、四人の背筋が凍りついた。

 気を抜けば気絶しそうなほどの強烈な殺気が、コミュニケ画面越しに叩きつけられた。



 アキトの唇端が吊り上がり、口元が薄く裂ける。


 それは、嗤みだった。


 狂禍の凶気に満ちた、血塗られた嗤み。




「「「「!!!!」」」」


 4人がその薄嗤いに身震いした。




 アキトが闇の戦士から禍々しい凶刃にすり替わった感じだった。

 喩えるなら、剥き出しの血塗られた白刃。


 アキトがゆっくりと視線を巡らす。

 視線を定めたのは、敵戦艦が存在している方向。


 アキトの嗤みがすうっと消える。




 声無く4人が見守る中、四機を置き去りにして淡黒のエステバリスがバッタの群にただ一機、突っ込んでいった。


 急加速をかける。

 次の瞬間、エステバリスの通った軌跡にあるバッタは次々と爆発する。


 大量のバッタの群を縫うようにして、さらに加速していく。




 淡黒のエステバリスをリョーコ、ヒカル、イズミ、ガイは、ただ見ていることしかできなかった。


「…………な………………なんだよ…………あれ……………………」

 リョーコがポツリと呟く。それに答える者はいない。




 さらに加速していく、たった一機のエステバリスを止めることすらできないまま、バッタたちは爆炎と連なっていく。




「なんだよ、あれっ!!なんなんだよっ!!あれはっ!?」

 リョーコが混乱の絶叫を上げた。




 バッタの大群の中を疾駆するエステバリスは戦闘速度などという生易しい速度ではなかった。



 高速度機動といっても、それでも限りはある。秒速千メートルでは人間の方が追いつかない。なにより、慣性相殺システム『Gキャンセラー』がそこまで対応していない。


 だが、そんな常識をはるかに超えた速度と微旋回機動でバッタの閃光の華と屠っている。



 エステバリスの途轍もないスピードに、レーダーでさえ追うのは困難だった。

 秒速何キロ出ているかわかったもんではない。亜光速と見粉うほどのスピードでバッタの中で武舞を踊る一機のエステバリス。




「あ〜〜、あれ…………何Gぐらい〜〜かかってるかな?」

「………………見たところ、ざっと5G以上ね…………」

「ア…………アキトくん。よく気絶しないね〜〜」

「気絶しねぇどころか、戦闘行動まで取っていやがる…………まさか、ここまでとはな」



 一流のパイロットだからこそ理解できた。あれは『非常識』だと。


 間違いなく模倣したことろで、高G下で気絶するか、バッタに正面衝突してあの世行きである。


 そんな速度で戦闘行動をとるなど、連合軍の教官に言ったら馬鹿にされるか、法螺だと笑われる。

 それこそ、どんなパイロットに言っても信じやしないだろう。



「アキトくんて………………人間?」

 ヒカルの至極、根本的な質問に山田が頷く。

「変な格好してるが、見たところは人間だった。身体ん中までは…………知らねぇがな」









 秒速千メートルの世界。時速に直すと3600キロ以上になる。


 バッタの敵影を確認してから回避したのでは、間違いなく正面衝突し、大破する。



 その常識的には操縦不可能な超スピードで、アキトは微旋回を繰り返しながら、バッタの間を擦り抜け、疾駆していた。


 このスピードでは、大きな旋回や、急停止・急加速は出来ない。エステバリスのフレームが捻じ曲がるからだ。

 下手に旋回すれば、四散しかねない。


 それは、『前』の『テンカワSPL』で経験済みであった。



 バッタのフィールドに、エステバリスのフィールドを擦らせるように強打した。

 空間の歪曲を構成している重力子が衝撃波として守るべき物に襲い掛かる。

 重力子の衝撃波を受けたバッタが拉げるように圧壊し、歪みに耐えられなくなった機体が紅炎を吹き、宇宙に爆散した。


 真空中なので音は響かない。無数の無音の閃光だけがエステバリスの軌跡を綴っていった。





 この超高速戦闘機動法。アキトの真骨頂はここにあった。



 たとえ、北辰だとて模倣できない。





 通常のパイロットはモニターに映る視界を主とし、カメラアイからのIFS情報を補助として使っていた。

 そのため、眼球が捉えられる以上の速度の物は、『認識』することができない。

 そして、レーダーなどの各情報を『視界』で確認している。

 また、エステバリスを動かすには操作を『意識』しなければならない。




 しかし、アキトは『前』の人体実験で五感を失い、IFSを介してしか、物を見ることが出来なくなった。

 そのため、アキトはエステバリスのカメラアイと完全に同調し、ダイレクトに副電脳に直結していた。


 エステバリスの各センサーも、同様に人間が通常に感じる触覚として捉えている。


 さらに、身体もラピスによるIFSサポートに頼っていたため、エステバリスを自分の身体のように扱う感覚に熟練していた。


 そして、クロックアップされた副電脳が、人間の脳では及びもつかないほどのスピードで、演算処理していく。




 結論として、アキトは人間では認識不可能なスピードを捕捉し、レーダーなどの視界に頼らなければならない情報を皮膚の感覚と同等に捉え、常人離れした副電脳と反射神経でエステバリスを操っていた。



 皮肉にも、ヤマサキたちの実験が『五感』を失なわせた結果、アキトは『最強のエステバリスパイロット』の『』を手にした。


 もちろん、アキトは感謝など、一切、これっぽっちもしていないが。




 多対一戦闘でアキトに敵うものは『今のところ』存在しなかった。




 不意にアキトのうなじがジリッと逆立った。


 アキトの首筋が逆立っているわけではない。エステバリスからの警報だった。

 脳裏に文字が表示される……………『敵艦の重力波増大』



 アキトは射撃体勢に入った木星戦艦を睨みつけた。











 リョーコは震えながらアキトの戦闘を見ていた。



 いや、実際には早すぎて認識できない。ただ、爆炎の閃光を眼で追うだけで精一杯である。


 リョーコは自分がエースパイロットだと自負していた。

 現に、連合軍の模擬戦では現役のエースパイロットにさえ引けを取らなかった。ヒカル、イズミと組めば勝てない者などいなかった。…………そう、いなかったはずだった。



 その事実があっさりと覆された。



 殺戮の舞を舞っているのあのパイロットは自分たちなど一瞬で葬り去るだろう。それこそ、まばたきさえできないうちに…………刹那の間で。



「リョーコさん」

 リョーコの前にアキトとは対照色の白いバイザーに白いマントを纏っているルリが現れる。


「あ……………………ルリか」

「そこは危険です。敵、射角範囲に入ってます。退避してください」

「あ…………ああ」

 ルリの警告にリョーコは素直に従った。


「なあ…………ルリ」

「はい?」

「テンカワは…………なんなんだ」


「太陽系で三本指に入るパイロットです」


 その確言に、眼を剥いた。

「あ…………あんなのが、まだ二人もいるのか!?


「一人はどうだかわかりませんが、もう一人は確実に」


「だ、誰なんだ!?」

「敵艦、射撃体勢に入りました。重力波エネルギー増大。リョーコさん。ヒカルさん。イズミさん。山田さん。巻き込まれないように注意してください」

 そこで、通信が切れてしまう。



「おいっ!!ルリ!!おいっ!!」


 リョーコが通信機に呼びかけると同時に、凄まじい闇色の光の渦が目の前を遮る。


「うおわっ!!」

「あぶないよ〜〜。リョーコ」

「三途の川ならぬ、重力の川………………どちらも踏み込んだら問答無用であの世行きだよ、リョーコ」

「わ〜〜ってるよっ!!」







「「「「!!」」」」


 リョーコたちは驚愕に息を詰まらせる。




 木星戦艦が放ったグラビティブラストのうち、三射はナデシコに弾かれたが、一発がサツキミドリの一角を貫通した。





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