けっして広いとは言えない地下シェルターに、少年と女性の声高に言い争う声が響く。

「じゃあ、乗りたくないの!?」


「さっきから、そう言ってるじゃないか!!」


「でも、ここにいたら死んじゃうよ」

「今まで生きてこれた。あんたらの船に乗っても助かるとは限らない」

「ナデシコは今まで全部の戦いで勝ってきたんだから」

「信じられるか!!地球人の言うことなんて!!」

「それって、偏見よ」


「バッカじゃねぇの!!火星を見捨てたのは、どこのどいつだよ!!真っ先に逃げ出したのは、どこのどいつだよ!!」


「そ………………それは………………」

 13歳ぐらいの少年の憤激に燃える眼に、メグミは言葉を濁した。



「地球に帰れ!!オバサン!!

 メグミは無言でグワッシッと少年の頭を右手で掴む。

お姉様

 一言、そう言うとギリギリと少年の頭を握り締めていく

い…………いたっ!!離せ!!オバ―――

お姉様

 ふわりと微笑んだメグミは、ギチギチと少年の頭を握り潰していく

「ぐっ…………がっ…………ぎ…………お…………お姉さん」

 メグミは、少年の頭から手を離し、「めっ」と優しく叱る。

「ダメよ。間違えちゃ。…………


 メグミの蕩けるような笑みに、ガタガタと怯えながら少年が後退った。



 大きな手で肩を叩かれた少年が、肩越しに振り仰ぐ。

「…………サブリーダー?」


 壮年の男が厳つい顔に苦笑いを浮かべていた。

「まあ、嬢ちゃんたち。そんなわけで、俺たちはそのナデシコって、船には乗らねぇよ」

「でも、ここにいたら――」

「あんたたちの船に乗れば、助かるってもんでもない」

「そんなことありません。必ず地球に――」

「信じられるか!!」

 ユリカの声を遮って、少年が罵声を張り上げた。


 その怒声に、ユリカが微笑み、一つ頷く。

「うん。そうだよね」


「艦長!?」

 少年に同意したユリカに、メグミは焦った。そんなこと言ったら、苦労して地球からきたアタシたちは――。



 ユリカは少年に言い聞かせるように、ゆっくりと喋る。

「でも、百聞は一見に如かず……って言うから、一度その眼で確かめてもらえばいいと思うんだけど。どう?」


 一瞬、訝しむように眉を顰めた少年は、すぐに気づき、

「見るって………………結局、船に乗れってことじゃねぇか?」

「あや…………バレた?」

 照れ笑いするユリカを、少年が厳しく睨めつける。



「ずいぶんと騒がしいわね。どうしたの?」

 皆の視線が、イネスの声が響いた暗い通路に集まった。


「アキト〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「アキトさん!!」


 二人の声に、暗闇から現れたアキトは僅かに眼を細める。

「どうした?」


「それがねアキト!!ここの人たちナデシコに乗らないって言うの!!」

「そうなんです!!せっかく地球から助けに来たっていうのに!!」


 無言で唇の片端を引き上げるアキトと、大きく頷くイネス。

「ええ。乗らないわ」

「ええ〜〜〜〜〜!!何でですか?」


「よ〜〜し。説明しましょう」


「頼んでませんけど」

 メグミのツッコミをさらりと受け流し、イネスは微かに笑みを浮かべながら説明を始めた。

「戦艦一隻で火星から帰れると思っているの?敵は、まだまだいるのよ」


「アタシたちは現実に戦って勝ってきたんです。あなたはナデシコの力を知らないから――」

「相転移エンジン?ディストーションフィールド?」

「な……なんでそれを?あなたいったい?」

「ワタシはその相転移エンジンとディストーションフィールドの開発者の一人。で、わかり易く言うと――」


 ユリカが手を上げる。

「は〜〜〜い。質問で〜〜す」

「はい。ユリカさん」

「あれっ?なんで、あたしの名前知ってるんですか?」

「アキト君に聞いたのよ。で、質問は?」

「フレサンジュさんて、ネルガルの人ですか?」

「アタリ」

「それじゃあ、ネルガルの契約で『ナデシコ』に――」




 ズンッ!!



 突然、大きな衝撃が地下シェルターを揺るがせた。


「な、なに?」

「キャ!!」

「いたっ!!」

 木星蜥蜴に発見されたと思った周りの避難民たちが蒼ざめ、狼狽する。


 アキトは天井を見上げた。

「まさか?だが、ユリカはここにいる……………………なぜっ!?」



 イネスの前にユリカのコミュニケを通して、空中にコミュニケ画面が開かれる。


「初めまして。ネルガル重工所属機動戦艦ナデシコ艦長代理『星野瑠璃』です。

 ネルガル遺跡解析部部長『イネス・フレサンジュ』博士ですね」


 旧連合宇宙軍の艦長服を着ている銀髪金瞳の無表情の少女が映し出された。



 その人形のような少女を、眉間を寄せたイネスが訝しげに見つめる。

「よく知ってるわね。その通りよ」


「地下シェルターにいる避難民の方々を、ナデシコに誘導してください」

 無機質な勧告に、イネスは首を横に振った。

「悪いけど。ワタシたちは乗らないわ」


「ルリちゃんが迎えにまで、来てくれたんですよ!!」

「そうですよ!!そんなに意地張ったって、しょうがないじゃないですか!!」


 ユリカとメグミの叫び声がシェルターに響いた後、一切の音が消え、無音と化した。



 沈黙の中、イネスの意志の強い深青(コバルトブルー)の瞳と、ルリの無感情の金の瞳が合い互う。




 やがて――――ルリが小さく口を開く。

「全員。乗っていただきます」

 イネスがバカにしたように笑みを浮かべた。

「それは強制?」




「いえ。脅迫です」



 ルリの即答に、笑みを消したイネスは、深海を思わせる深青の眼を細める。

「乗らなければ…………グラビティビラストでも、撃ち込む?」

「いいえ」

「じゃ…………どうするつもり?」

「…………私は何も」

「?」

 訝しげに眉根を顰めるイネスに、ルリが淡々と言葉を重ねる。


「まだ解かりませんか?私は…………『通信』をしてるんです」


「!!!!!」


 瞬時に理解したイネスが驚愕と恐怖に眼を見開らいた。

 対するルリは瀬戸物人形のような、無感情な無表情。




 ギリッと歯を軋らせたイネスが、バッとシェルターの仲間に振り返り、

「全員!!早急に撤収!!」

 大声で叫んだ。


「な、なぜですか?」


「木星蜥蜴に、ここの位置がばれたのよ!!」



 ユリカが眼を瞬き、驚いた。

「え〜〜〜〜〜〜!!なんでですか?」


「なぜ、ワタシたち以外の火星人が木星蜥蜴に殲滅させられたか?
 地下シェルターや、防空壕、はては巧妙に隠された軍の秘密地下シェルターまで破壊されたわ。いくら木星蜥蜴が無尽蔵とはいえ、一年で火星全土をくまなく捜索することなんて、不可能に近い。
 では、なぜ、その隠れ家を突き当てたか?
 答えから言えば、隠れ家の方から自分の位置を知らせていたのよ。SOS信号や、各部隊や別基地とのやり取りでね。

 そう、『通信』

 彼らはこれを辿って隠れ家を突き止めていたの。
 軍の教本には、こういう場合はSOS信号を発するようにマニュアルに書かれているし、民間人の隠れ場所では不安に駆られて助けを求めて通信をしてしまう。
 そして、後はそれを辿って破壊すれば、火星は無人の死の砂漠。

 ワタシはここ一年。その通信の危険性に気づいて、通信を取ることを最優先で禁止してきた。それこそ、人が怪我や病気で死んでもね」



 イネスはルリを睨みつけた。

「それを、このお偉いナデシコ艦長さんが、全て水の泡にしてくれたのよっ!!」



「恨み言を言う暇があったら、お早めに。木星蜥蜴が来たら、収容を完了していなくとも飛び立ちます」

 機械人形のように一切、無表情を動かさないルリが淡々と促す。


「くっ!!ワタシは、あなたを決して許さないわっ!!」

 吐き捨てたイネスは身を翻した。




「「ルリちゃん」」

 不安げに呼びかける二人を無視して、ルリがアキトに無機質な視線を転じる。

「テンカワさん。エステバリスで避難民の誘導をお願いします」


 人形のようなルリの無表情を、アキトは、しばし、猜疑に満ちた(くら)い闇瞳で睨みつけていた。…………が、低い声で承諾する。

「……………………わかった」


「あっ。じゃあ、アタシも!!」

「ズルイよ。メグちゃん!!あたしが艦長さんなんだから、あたしがアキトのお手伝いするの!!」

 踵を返したアキトを追いかける二人の行く手を阻むように、ルリのコミュニケ画面が移動した。

「二人はイの一番でナデシコに戻ってください」


「え〜〜〜〜!!なんで〜〜〜〜!!」

「ほら、アキトさん、一人じゃ誘導大変だろうから――」

 メグミの声をルリが遮る。

「艦長代理命令です。戻ってください」


「ぶぅ〜〜〜。艦長代理より艦長さんの方が偉いんだぞ!!」

 頬膨らませたユリカに、ルリが何の感情も浮かんでいない金の双眸を向けた。

「艦長がこの席に座っていれば、です。今の命令権は艦長よりも私の方が上にあります」

「でも、でも、でも〜〜〜〜〜〜っ!!」


「至急、ブリッジに戻ってくること。以上です」


 二人が何か言う前に、コミュニケ通信は切られてしまった。




 通信を切ったルリが小さく吐息をつく。

「聞きましたか。リョーコさん。ヒカルさん。イズミさん。木星蜥蜴は間違いなく、ここを襲います。ナデシコは着陸してしまうと浮き上がるのに時間がかかります。バッタ、一機たりとも近づけないでください」

「オッケイ!!」

「ま〜〜かせてっ!!」

「爺の悪知恵………………老獪…………ろうかい…………りょうかい」


「アオイさん。策敵モードを三倍に」

「了解」


「プロスさんとゴートさんは彼らの誘導を。怪我をしている方は医療室へ、それ以外の方は食堂に。
 それと、イネス・フレサンジュ博士にブリッジへ来るように伝えてください。彼女の知識が必要となります」

「お任せください」

「わかった」


 ルリが、もう一つコミュニケ画面を開く。

「ホウメイさん」

 心得たとばかり、ホウメイは頷いた。

「わかってる。炊き出しだろ」

「はい。彼らが口にできたのは保存食だけのはずですから、栄養のある温かい食事をお願いします」

 無感情に淡々と指示するルリに、ホウメイは笑い声を上げる。

「はははは。ルリ坊も艦長が板についてきたじゃないか」

「私は…………『臨時』です」

「そうかい。じゃ、そういうことにしておこうかね」




 慌しい喧騒が渦巻く中、ルリがしばらく瞑目し、長々と小さく息を吐き出した。

「コルリ。…………あとは、お願いできますか?」

「ん?大丈夫だけど。…………どうかしたの?ルリネェ?」

「すいません。医療室に行って頭痛薬をもらってきます」

「ルリネェ!!精密検査も――」


 ルリが金の眼を開き、頭を振る。

「火星避難民の対応に追われていて、そんな暇は無いでしょう」


「ワタシもぉついていこうか?」

 立ち上がりかけたミナトを、ルリは手で制した。

「いいえ。緊急時、操舵士のミナトさんがいなければ話になりません。今は、持ち場を離れないでください」

「ワタシにも擬似操舵プログラムがあればなぁ。自動操縦じゃぁ、緊急時に動かないしぃ」


「コルリ。艦長とメグミさんが戻ってくる時間は?」

「今、ナデシコに着いたから、あと10分くらいかな〜〜」


「敵影は?」

「今の所、存在せず」

 三次元索敵レーダーを見ながら答えたジュンに、ルリが金の眼を向ける。

「アオイさん。あとはお任せしていいですか?」

「うん。フクベ提督もいるしね。ゆっくり休んでおいで」

「すいません。…………オモイカネ。臨時艦長代理権限をアオイ副艦長に」

『了承』


 微かにふらつきながら、ルリがブリッジを出て行った。




*


ブイ!!お待たせ!!
 って…………あれ?ルリちゃんは?」

 Vサインを掲げたまま、ユリカは艦橋を見回す。

「ちょっと、気分が悪くなってね。医療室にいったよ」


「あやっ。ルリちゃんには、ちょっと『艦長』は早かったかな〜〜〜〜。でも、これで艦長としての重圧とかプレッシャーを経験できたと思う。
 うんうん。いずれルリちゃんは立派な艦長さんになると思うから、一日艦長さんを体験しとくのは悪くないよね」


 ジュンが半眼で乾いた笑い声を上げた。

「は、はははは。『一日艦長』…………ね」


「わざわざ敵地でぇ、やること無いんじゃないのぉ?」

 不満気なミナトに、ユリカがえっへんと腰に手を当てた。

「大丈夫ですよ。付近にあったコロニーは吹っ飛ばしておいたし、何かあってもジュン君やフクベ提督がいるしね。現に何にも無かったでしょ?」


 ジュンが半眼でユリカにツッコム。

「いや……………………おもいっきり、襲われたけど」


「ええ〜〜〜〜〜〜!!そっか、だから、ユートピア・コロニーまで迎えに来てくれたんだ。

 やっぱりルリちゃんは、ユリカの『味方』だね」


 ジュンが疲れた口調でユリカにツッコム。

「そういう問題じゃないと思うけど――」


「そんなことより、ワタシをブリッジまで連れてきて、どうするつもり。用が無ければ、皆のところに戻りたいんだけど。彼らも不安がってるだろうし」

 ブリッジクルーの視線が、不機嫌そうなイネスに集まった。


「あ、はい。そうでしたね。フレサンジュ博士さん。え〜〜〜と………………。ジュン君。なんで、フレサンジュさんを呼んだの?」

 ユリカの台詞に、イネスが頭痛を堪えるように、額を押さえる。

「…………あ、あなたねぇ」

「ルリくんが、フレサンジュ博士の知識が必要になるから寄越してくれ、って言ってたから」

 ユリカが小首を傾げた。

「なんで?」

「いや。…………僕に訊かれても――」


 イネスの眉がピクピクと動く。

「戻っても……いいかしら。そもそも、ワタシたちをナデシコに乗らざるをえなくした原因のナデシコ艦長はどこ?」


「ナデシコの艦長はあたしだぞ。えっへん!!」

 ユリカが腰に手を当て、胸を張る。

 イネスが眉を顰めた。

「あなたが…………?じゃあ、さっきのは誰?」



「オペレーターの『星野瑠璃』ちゃん!!」

 ユリカがビシッと宣言し、モニターの片隅でコルリが「ヤバイ」と頭を抱えた。



 その名前にイネスが考え込む。

「………ナデシコ・オペレーター?……星野……瑠璃?………そういえば……金の瞳?……マシンチャイルド!?」


「ええ。可愛くって、とっても優秀なんですよ。笑わないのがたまにキズですけど」

 メグミが笑みを浮かべ、付け足した。



!!!…………本当に『星野瑠璃』って名前なの!?」

 イネスの愕声に、コルリが「アタシ、し〜〜らない」と天を仰ぐ。



「え?ええ。そうですけど――」

「今の年齢は…………11歳?」

「アタシはよく知りませんけど……。でも、たしかそうだったと――」

「はい。履歴書に、そう書いてありました」

 イネスの質問に、首を傾げるメグミと、きっぱりと告げるユリカ。


「本当に『星野瑠璃』って名前なのね?」

 念を入れるイネスに、メグミは眉を顰める。

「そうだって言ってるじゃないですか?それが、なんかあるんですか?」


「ワタシの記憶が正しければ…………『星野瑠璃』は二年前に死んでるわ」


「「「「はあっ!?」」」」

 間の抜けた声が、コルリとイネス以外のクルー全員の口から洩れた。



「『死んでる』って言ったの」



「ルリルリは、きっちりと生きてるわよぉ」

「そうですよ。記憶違いじゃないんですか?」


「いいえ。間違いないわ。説明してあげる。

 そもそも、このナデシコは『単独戦艦操縦計画』……『ワンマンオペレーションプロジェクト』の発足によって作られたものなの。
 その計画に必要不可欠な存在が強化IFS体質によって、常人では処理不可能な多量の情報を処理すべく作られた人間。マシンチャイルドというわけ。
 この船は当時、ただ一人の成功例といわれたマシンチャイルド。『星野瑠璃』のために作られた試作戦艦。
 それが、この『ナデシコ』。
 火星会戦一年前、ワタシはネルガルで相転移エンジンの研究をしていたわ。
 そんな時、『星野瑠璃』が死んだという情報が入ってきた。
 もちろん、火星の研究所は上から下への大騒ぎ。なにせ、パンドラの箱を開くキーが消失してしまったんですもの。
 そのエンジンを搭載する試作艦が無くなってしまえば、エンジンを作っても意味が無い。もし、仮に船を建造したとしても、管制できる人間がいなければガラクタと同じ。ワタシがいた遺跡解析部相転移エンジン課でも、随分と開発継続か、中止かで揉めたわ。
 まあ、けっきょく当時四歳だった二人のマシンチャイルドの存在が明らかになって、継続の決定がなされたのだけれども。
 その継続か中止かの会議で一番、多く出た名前が『星野瑠璃』。一時はなぜ死んだかと、憎んだくらい。だから、忘れるはずが無い。今回、この『ナデシコ』に乗った避難民の中にワタシの同僚もいるから、訊いてみれば?たぶん、彼も憶えているはずよ」


「もしかして、……………………説明、好きなんですか?」

 メグミの質問をイネスはすっぱりと黙殺する。

 しかし、その顔に広がる満ち足りた満足感を、隠しきれていなかった。


「でも、フレサンジュさん――」

「イネスでいいわ」

「イネスさん。でも、ルリちゃんは間違いなく『生きて』ますよ」

「ええ。そうよね。遺伝子鑑定をしてみれば…………いえ、ネルガルがそれをしていないはずが無い。と、すれば、あれは間違いなく本人。死んだと見せかけた?
 
…………待って、傍にそういう人物がもう1人いたわ。『天河明人』。彼も間違いなく『死んだ』。でも『生きてる』。まったく同じ状況だわ。『星野瑠璃』、『天河明人』。この二人の間に、何かあるのかしら?

「あ〜〜あ。バレちゃった。ルリネェ。どうする気だろ?」

「え?アキト?アキトがどうかしたんですか?」

「あ。いいえ。なんでも――」


「艦長!!た〜〜いへん!!前方80キロ!!敵艦、はっけ〜〜〜ん!!」

 コルリの大声がブリッジの会話を打ち切らせた。


「!?――コルリちゃん。敵の規模は?」

「木星戦艦15隻!!バッタ多数!!」


 ユリカが即座に、コミュニケ画面を開く。

「アキト!!収容は?」

「現在、六割だ。重傷患者の輸送で手間取ってる」

「アキトはそのまま収容を続行。リョーコさんたちはナデシコのグラビティブラストの射角から退避。
 コルリちゃん。グラビティブラスト・マキシム・スタンバイ

「りょ〜〜〜かい!!グラビティブラスト・チャ〜〜ジ!!」



「ってーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 敵艦隊がグラビティブラストの黒色の閃光に包まれる。

 が、閃光が収縮すると木星戦艦15隻は、泰然とした姿を見せた。



 ユリカとメグミが信じていたものを覆され、愕然と驚愕する。

「グラビティブラストを持ちこたえた!?」

「…………うそ」


 イネスが皮肉の笑みを浮かべた。

「敵もディストーションフィールドを使用しているわ。当然の結果ね」


 ミナトがやっぱりと溜息をついた。

「あ〜〜あ、ダメかぁ」


「だけど、どこから現れたんだ?付近のチューリップは破壊しておいたのに――」

 ジュンの疑問に、コルリが推察する。

「ソラから……宇宙領域から下降してきてる。この上空に、宇宙空域にチューリップがあるんだ。虫型兵器は辺りから集めたのかな?」


 渋面のジュンが半顔を手で押さえた。

「しまった!!大気圏突入前にチューリップの探査を忘れてた!!」

「ルリネェのミスだね」

「いや。気づかなかった僕も悪い」



 ジュンとコルリのいささか暢気な会話を、ユリカの命令が断ち切る。

「コルリちゃん。報告!!」

「あ、はいはい。バッタ、ジョロなどの虫型機動兵器は全滅〜〜。木星戦艦は依然健在。な〜〜んか、ムカツキッ!!


「頼みの綱のグラビティブラストも、一撃必殺とはいかないようね」

 皮肉の笑みに、嘲笑を加えたイネスに、ユリカが顔を向ける。

「一撃…………必殺?そっか!!一撃で仕留めようとしなければいいんだ。

 コルリちゃん。グラビティブラスト連射!!


「無理」

 コルリが即答した。


「ええ〜〜〜〜〜!!なんで!?」

 ユリカの抗議に、ジュンが説明する。

「大気圏内では相転移エンジンの反応が悪すぎるんだ。もし撃てても、それは一発目よりも弱くなる」

 ミナトとコルリがジュンをじっと見つめた。

 咳払いするジュン。

「…………って、ルリくんが言ってた」


「「よろしい」」



 メグミが今更ながらに慌てふためきだした。

「じ、じゃあ、どうすればいいんですか!?」


『敵艦60キロ』


「万事休すね。まだ、収容されていない人間を見捨てるか?このまま、砲撃を受けるか?」


 コンソールパネルに手をつき、ユリカは眼を閉じる。






「どうするの?時間はないわよ」

 イネスの声が、沈黙したブリッジに反響した。








「な〜〜んか、ヤッバ〜〜〜って感じだよね〜〜」

 こんな状況でも、場違いに明るいヒカルの声が通信機から飛び出す。


「桃のチョコレート…………チョコ・ピーチ…………チョー…ピーンチ…………クックックックッ」

 終末を予告するような暗鬱な笑いが、通信機から漏れ出す。

 こちらは、場には合っているものの、イズミは日常でも変わらない。



 『スバル・リョーコ』は、敵戦艦から眼を伏せ、無言で自分の心に問いかけていた。


 オレはあの時、アキトに追いつき、強くなると言った。

 そう、オレはまだ、降参したつもりはねぇ。


 こんな木星戦艦ごときで、びくついている場合じゃねぇんだ。

 そうとも―――。



 オレはアキトに『勝つため』に、強くなって見せる。




 ふと、リョーコの心の奥底に、黒い抵抗が現れた。


 ……………ほんとか?

 それが、リョーコの思考と心の間に齟齬を与える。



 …………勝つために?


 抵抗を押し込めようとするが、それを無視すれば無視するほど心に溢れ出る。




 アキトに勝ちたい?



 ………………勝ちたい?


 違う。


 そうじゃねぇ。

 そうじゃねぇんだ。


 あいつだけを危険にさらしたくない?

 それもある。だけど………………本当は…………。



 オレは――――。


 リョーコは下唇を噛んだ。



 オレは。

 オレは――――。


 リョーコは黒い双眸を鷹のように細める。



 アキトと…………同じ『もの』を見てみたい。




 そして………………アキトの隣を歩きたい。





 だから、強くなりたい。




 あいつに守ってもらうのではなく、あいつと共に歩く『相棒』として。

 あいつと共に苦楽を分け合う『仲間』として。

 そして、あいつの心を支えられる『恋人』として。



 ともに歩くために、ともに分け合うために、ともに支えあうために――――



 オレは、アキトのように…………強くなりたい。




 リョーコは伏せていた黒瞳を上げ、迫り来る木星艦隊を真正面から見据えた。













 ユリカが、蒼く光る双眸をスッと開いた。



 ブリッジ全体を一瞥してから、一切、迷いの無い凛冽な声で命令を発する。

ミナトさん。核パルスエンジン及び相転移エンジン、フル臨界!!


 コルリちゃん。

 角度、マイナス45度で艦内重力設定を最大で外側に斥力展開!!

 その反重力で船を前進させます!!


 底を擦ってもかまいません!!



 ミナトが振り向き、眼を瞬いた。

「ほんとにぃ、そんな事できるのぉ」


 ユリカが迫り来る敵戦艦を、白虎のような鋭い黒瞳で直視する。

やってみなければ判りません。このまま、ただ敵を眺めていたら、それこそ『全滅』します。

 ジュン君。艦内警報!!全てのものが、天井に落っこちます。
 メグちゃん。アキトたちにナデシコから退避するよう連絡!!」


「でも…………地下シェルター、崩れちゃいませんか?」

 メグミの気弱な声を、ユリカは自信に満ちた声で遮った。

「今、ナデシコの自重を支えています。反重力ですから、地面にかかる力は同じなはずです。大丈夫。崩れません」


「でも、底を擦ると〜〜、揚陸艇が壊れるよ?」

 質問するコルリに、ユリカが鋭い視線を浴びせる。

「そんな物、いくらでも代えがききます。人の命はそうはいきません。

 ミナトさん。前進し、シェルターのない所まで着いたら、フィールド展開。
 敵の攻撃を引き付けつつ、宙に浮き上がり、囮となって地下シェルターから離れます。もし、敵が地下シェルターを狙ったら、そのまま後退。盾となります」


 ミナトが相転移エンジンを始動させる。

「はいは〜〜〜いぃ。では、みなさ〜〜ん。シートベルトを着用のことぉ!!」




「ちょ〜〜〜〜〜っと!!待った〜〜〜〜っ!!」



 メインモニター、一杯一杯にリョーコの顔が映し出された。

「オレたちを忘れてもらっちゃぁ、困るぜ!!」



 そんなリョーコを、イネスが鼻で笑った。

「エステバリス三機で何ができるの?」


 リョーコは獰猛な笑みを浮かべる。

「出来る出来ねぇじゃねぇ!!ルリが身を呈して救おうとしたあんた達だ。こんな所で死なせるわけにはいかねぇんだよっ!!」


 ヒカルは楽しそうな笑い声を上げる。

「そうそう。ルリルリには助けてもらったしね〜〜。11歳の女の子が切り抜けたピンチをアタシたちが切り抜けられなきゃ、一流パイロットの看板下げてらんないよ〜〜ぉ」


 イズミは陰気な笑みを浮かべて、ボソボソ喋る。

「将棋に負けた坊主………………ハゲの盤返し…………ツルのおんがえし…………クククク」


「ってな、訳だ。オレたちが食い止める!!その間に収容を完了させて、とっとと逃げな!!」


「危険だ!!」

 ジュンの警句にリョーコがニヤリと笑みを見せ、闊達に言い放った。

「バ〜〜〜カ。ルリが言ってたろ。『戦艦一隻で火星まで来て、いまさら何いってんだ』ってな。
 それにオレは、こんなところで、もたついてる訳にはいかねぇんだよ」

 ――――アキトの隣に並ぶまではな。

 リョーコは胸の内だけで、そう付け加えた。



 自分の作戦の成功率と火星宇宙域でのリョーコたちの戦いを一瞬で天秤にかけたユリカが顔を上げる。

「リョーコさん。…………お願い……できますか?



 不敵な笑みを浮かべるリョーコ。

「おうよ!!」


 Vサインを掲げるヒカル。

「は〜〜〜〜〜〜〜い」


 くつくつと暗鬱に嗤うイズミ。

「馬耳東風…………うま……かぜ…………おま…かせ」




「じゃあ――」


「待て」

 昏い声がユリカの声を遮る。


「アキト!!」



「なんの用だ?アキト!!」

「俺も行こう」


 アキトのコミュニケ画面に、リョーコは片目を顰めた。

「はあ?救助はどうすんだよ?」

「三人の内、誰かに頼みたい」


「おいっ!!」

 リョーコの怒声に、アキトが淡々と訳を話す。

「俺は正規の軍の訓練は受けてない。だから、こういう救助活動のノウハウを知らない。それなら、訓練を受けた者の方が早く的確にできる」


 リョーコは小さくうめいた。言われてみれば、その通りである。

「機動レスキューで一位の成績だったのは…………イズミ」


 イズミがニヒルな笑みを浮かべる。

「…………ふっ。しょうがないわね。アキトくん。リョーコとヒカルを、任せるわよ」

 イズミの視線を正面から受け止め、アキトが頷いた。

「ああ。『ナデシコの人間』は誰一人とも死なせはしない!!絶対にだ!!」


『敵艦40キロ』


 アキトが、もう一つのコミュニケ画面に視線を転じる。

「いいな。ユリカ?」




「うん!!」




「さ〜〜て。一発、ぶちかますかっ!!」


 リョーコ、ヒカル、アキトが上空へ、イズミが地面へと別れて飛ぶ。


「イズミちゃん。頑張ってね〜〜」

生か、死か…………刹那の時が分かつとき…………その瞬間こそが、生きてる悦び…………。ヒカル、あんたも気をつけなよ」

「おおぉっ!!イズミ。ひさびさに『火事場の真面目』モ〜〜ド」


「イズミちゃん。あとは頼む」

「フフフフフフフフフフフフ〜〜〜〜ウ。危険が呼んでる。…………生命のうめきが聞こえるわ!!

 アキトの声も聞こえないかのように、イズミは独り、暗鬱にハイテンションしている。

「イ、イズミちゃん!?」

「平気だよ。そいつが、そのモードに入ったら、誰一人、死なせやしないから」

 唇端を引き上げるようにして、リョーコは苦笑いを浮かべた。


 そこに、ウリバタケからコミュニケ通信が入る。

「リョーコちゃん、ヒカルちゃん!!レールカノンはナデシコから離れすぎると使えなくなる!!気をつけろ!!」

「ちっ!!厄介な武器だよな」

「40キロって〜〜〜〜大丈夫?」

「エネルギー範囲値は…………大丈夫だ。ただ、地上じゃ50キロが限度だ。アキト、おめぇのはカスタムのせいでバッテリーの減りが異様に早いぞ」

「了解」

「オッケ〜〜〜〜」

「知ってるさ」

三者三様に頷いた。




「おっしゃ〜〜〜〜!!いっくぜ〜〜〜〜〜!!」


 火星の空にリョーコは獅子吼を放った。




*



「馬鹿ね」


 木星戦艦の艦隊に向かう三機のエステバリスを見、イネスは一言で断言した。



「アキトはバカじゃありません!!」

 ムッとした表情で言い返すユリカに、イネスは眼を細める。


「たった、三機のエステバリスで15隻もの戦艦に特攻をかけて?」

「はい。あたしは信じてますから」


 イネスは唇で笑みを形作り、嘲りを顕わにした。

「そう。信じるだけなら、ただですものね」


 その言い方に、メグミが半眼で睨みつける。

「信じられないんですか?アキトさんたちが」



 何をバカなことを……と、イネスは呆れた眼差しをメグミに送る。

「当たり前でしょう。脅迫同然で無理矢理ナデシコに乗せられて、その上、神風特攻かけるパイロットたちを信じろ?
 バカ言わないで!!



「ふん!!アキトさんたちの凄さを知らないから、そんなことを言えるんです」

 頭から決め付けられて、怒り心頭のメグミが鼻を鳴らし、顔をつんと逸らす。


「まあまあ、メグちゃんもぉ。どっちにしろワタシたちは動けないんだからぁ、結局、ここで見てるしかないじゃん」

 操舵コンソールに片肘をつきながら、ミナトが苦笑して二人を執り成した。



「さ〜〜〜て!!ここで、ひっさびさのコルリちゃんの応援一発!!

 いや〜〜。シリアスばかりは、疲れるわ〜〜。

 応援ダンスもフラメンコの踊りを取り入れ、さらにパワ〜〜ア〜〜〜〜ップ!!


「今日も元気に燃えまくり〜〜〜〜!!

 さ〜〜〜!!が〜〜〜んばっていってみよ〜〜〜〜〜!!

 ガンバ!!ガンバ!!ガンバ〜〜〜〜レ!!

 明日の栄光は〜〜〜〜君たちの物だ〜〜〜!!

 ガ〜〜〜〜ンバレッ!!

 大きな3Dのバラの花を両手に持って踊り始めるコルリ。

「コルリくん。オペレーターの仕事は?」
「任せる!!」
「こらこらっ!!」

 メインモニターに映っているアキトたちエステバリス隊を眺めていたフクベ提督が、ぴくりと白眉を上げた。


「戦艦がエステバリスを攻撃しない?」

 一瞬、フクベ提督を睨んだイネスは、腕を組み、モニターの方に顔を背け、

「あれが無人戦艦だってことは知ってるわね。
 無人つまりプログラムで動いているのよ。プログラムだから人間のようにその場で判断とはいかないわ。
 攻撃優先順位というものが組まれているでしょうね。そして、攻撃優先順位は小型兵器より大型兵器、大型兵器より母艦、母艦より基地という順で重要度が上っていくと思われる。
 戦艦に限ってだから、小型兵器は別でしょうけど。
 今はエステバリスよりもナデシコ。ナデシコよりも地下シェルターという順で攻撃されるわ。
 だから、エステバリスは無視されるわけ。そんなものに構ってるより、先に母艦叩けば終わりですもの」


 ユリカが、イネスの説明に小首を傾げた。

「じゃあ、なんでナデシコが攻撃されないんですか?」


「言ったでしょ。母艦より基地の方が、攻撃優先順位が高いと。

 あそこから撃ったら地に埋まっている地下シェルターは完全には破壊できない。もし破壊できても、中にいる者に逃げられてしまうかもしれない。
 だから、確実に内部もろとも破壊できる場所、距離、角度にならないと攻撃しないと思われる」


「確実に破壊できる場所?」

 考え込んだジュンに、ユリカが答える。

「真上ですね。あたしならそうします」


 イネスも首肯した。

「ええ。たぶん正解。ワタシもそう思うから――」



 ドォゥゥゥゥン!!

 轟鳴がナデシコを襲う。



 全員の視線がメインモニターに集中した。


 火炎を噴き上げた戦艦が地面に激突し―――

 爆発の衝撃波がナデシコを揺るがした。


「戦艦を…………撃破した!?」

 イネスは組んでいた腕を解き、唖然として呟いた。


 ユリカが満面の笑みを浮かべて、歓喜の喜声を発する。

「さっすがアキト!!あたしの『王子さま』!!」



 さらに閃光が走り、隣の木星戦艦が轟音と爆炎に消えた。


「そんな…………いったい……どんな武器を使っているの?」

 信じられないと大きく眼を見開くイネスに、メグミが勝ち誇ったようにフフンッと鼻で笑う。



 モニターの中で応援ダンスVer2.15を踊っていたコルリが、突然、ピクリと顔を上げてから、キョロキョロと辺りを見回し、

「8時方向からバッタ、多数せっき〜〜〜〜〜ん!!!!

 ど、どうすル?どうすレ?どうす〜〜〜〜!?」

 叫びながら慌てふためいた。




「「「 !!!! 」」」



「…………敵の…………規模は?」

 コミュニケ画面が開き、イズミが顔を出す。


「いっぱい。っていうか、182機」

「イズミさん」

 心配げなコルリとユリカに、イズミが、にへらと笑みを浮かべ、

「……………………三途の川が見えてきたわね」


「「「「見えない見えない」」」」」

 ユリカ、ジュン、メグミ、コルリ、ミナトがぶんぶんと首を左右に振った。



 イズミがコルリに、ぼそぼそと問いかける。

「……距離は?」

「20キロ」

「レーダーには…………映らなかったの?」

「地下坑道を通ってきたみたいな〜〜〜〜〜の」

「……そう」


「イズミさん。迎撃を――」

 ユリカの命令に、イズミは首を横に振った。

「待って。テンカワ君なら兎も角………ワタシじゃ、182機全てを撃破できるとは限らない。一機でも擦り抜けたら…………それで終わりだわ」


 二人の間に、ヒカルのコミュニケ画面が展開する。

「アタシ、戻ろっか?」

「ダメよ。ヒカル。エステ3機でもきついんでしょ………敵艦のディストーションフィールド破るの」

「うん。実はそう。アキトくんのカスタムちゃんがなかったら、ヤバイぐらい」



「このまま、救助を続けるわ…………アイツラが辿り着くのが早いか?ワタシが全員収容するのが早いか?危険な賭けね…………きけんなかけ…………ご機嫌なカニ…………って、駄洒落ってる場合じゃないわね」



「なんか、イズミさんなら大丈夫な気がしますね〜〜〜」

「まぁ、そう見えてもかなりヤバイ状況なんだけどねぇ」

 メグミの軽口に、ミナトが苦い笑いを浮かべた。






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