「お願げぇでやんす!! 波月!!
 このと〜〜り!!」



 『西鳳夕薙(せいほう・ゆうなぎ)』が波月の前でパンッと手を合わせて拝んだ。



「まあ、いいっすけど…………。
 夕薙先輩も、いったい、彼の何に惚れたんすか?」


 指で頬を掻く波月に、夕薙はむんっと胸を張る。


「波月。女が男に惚れるのに理由なんていらないでやんすよ。
 惚れてから、理由を付けるんでやんすから。
 あなたも、わかるでやんしょ?」


「いんや。さっぱりっす」


「……そうでやんすか。
 波月も、もう少し成長すればイヤでもわかるでやんしょ」


「さあ、わたしの場合どうかと思いますが…………。
 兎に角。アキト君を、先輩の戦艦に誘えばいいわけっすね」


「へえ。お願がいしやす!!」


「そういえば…………玲華先輩もアキト君のこと、狙ってたみたいだったなぁ」

「あの義兄好き(ブラコン)が!?」

「それ…………玲華先輩の耳に入ったら、殺されますよ」

「返り討ちにしてあげるでやんす!!」


「そうっすか………………おっ!?」


 ヒュッと槍を振る模倣(まね)をする夕薙に、カリカリと頭を掻いていた波月が眼を輝かせる。

 ネズミを前にした猫のように。


「サ〜〜〜〜ブく〜〜〜ん大尉〜〜〜〜」


「は、波月参謀長」


「タカスギ副艦長。明日、暇だよね」

「え……あ……いや、明日はせっかくの非番だから――」


「そう、残念ね。………………あ、わたし、この前、木連式柔の『新技』思いついて――」

「行きまっス!! どこへでも行かせて頂きまっス!!
 たとえ、火の中、水の中、木星の中、どこへでもお供させて頂きまっス!!」


「あら、そう。ありがと、サブくん大尉」



 夕薙がサブロウタに囁く。

「この娘が、柔の『新技』の研究を趣味にしてるって聞いていやしたけど…………そんなにヒドイんでやんすかい?」


「あれは、訓練じゃなく…………砂嚢(サンドバック)…………拷問…………いや………死刑っス。
 …………相手をした連中は、必ず『いっそ、一思いに殺してくれ!!』と哭き叫ぶぐらいで――」



「おっや〜〜〜。何を言ってるのかな?
 ブ〜〜〜タくんっ♪♪


「いえ!! 毎回、素晴らしい技を思いつきになる『教官』に、ただ感嘆していただけでありまっス」



「口は災いの元だぞ。サブくん大尉」

 ニヤリと嗤みを浮かべた波月に、サブロウタは背筋を震え上がらせた。




*




「と、云う訳で、宇宙警備艦隊に御招待!!」



 波月が持ってきた魔法瓶から注いだ試作ラーメンスープを味見しながら、アキトが首を傾げた。


「…………なにが、『と、いうわけ』なんだ?」


「ダメだよ。細かいこと気にしちゃ」

「…………大きいと思うが」

「じゃ、やめる?」

「いや。…………暇だしな」


「ユキっちも来る?」

「いいの?」

「もっちろん。まだ、間近で見たことないでしょ」

「波月さん。ありがと〜〜!!」


「決定、と。で、液汁(スープ)の方は?」

「まだ、素材の煮込み方が足りないな。味が、ばらばらな感じがする」

「え〜〜〜〜〜。4時間は煮込んだんだよ」

「俺が屋台をやっていた時は、最低でも10時間はとろ火で煮込んでいた」

「…………じ、十時間?」

「ああ」

「わかった。もう少し、頑張ってみる」


「良かったら、一度作るけど。麺は完成してるし」

「ダメ!! ここは自分で作らないと、要点(ポイント)が掴めないから」


「そうか。
 そうだな。…………『料理の基本は、試行錯誤に日々の積み重ね』だったっけ」


「なにそれ?」

「俺の師匠の言葉さ」


「アキト君にも『師匠』っているの?」

「もちろんだ」


「アキト君が『師匠』って言うぐらいだから、凄い人なんだろうな〜〜」

「ああ。地球のほとんどの料理を知っていて、数百の調味料を完璧に使いこなせる人だ」

「………………うそ」

「本当さ」



 波月の感覚からすれば、それは『神』にも等しい存在。

 地球には、そんな人が現実に存在している。


「………………逢ってみたいなぁ」

 波月が心の底から、切望して呟いた。



「逢えるさ」


「え?」


「きっと、逢えるよ」


 きょとんとアキトの顔を見た波月が声を上げて笑う。

「あははははは。うん。冗談でも嬉しい」



 冗談じゃなかったんだがな……。

 無言で、頬を指で掻くアキト。




「んじゃ、行こうか。アキト君、ユキっち。
 夕薙先輩も首長くして待ってるし」






*





「先日は、世話になったっス」

 黒の学ランの青年が悪戯っぽい笑顔でアキトに敬礼した。


「俺は何もしちゃいないさ」

「いえ。『あのこと』がなければ木連全てを上げて、感謝式を出したいくらいっス」

「あのことって?」
「ナイショ♪♪」

「改めて紹介させて頂きまっス。
 木連優人部隊かんなづき副艦長『高杉三郎太』です」


「テンカワ・アキトだ」




「ところで、波月。あなた、仕事は良いんでやんすか?」


「ちゃんとやってるっすよ」

「そう?」


「うん。この前の始末書20枚は終わらせたし、その前にやったテツジンの肩関節壊した始末書はあと少しで終わるし、さらに前の同僚の武術教官を病院送りにした始末書は下書きが終わったし、
 …………あっ、いけない。甲式虫型機動兵器一白系(宇宙用バッタ)を刀でぶった斬った始末書が残ってたっけ――」


 指を折り、4・5と数えていく波月に、夕薙は半眼を向ける。


「こ、この娘は――」


「波月ちゃんらしいといえば、らしいな」

「週に一回は問題を起こすんで。
 秋山艦長じゃなければ、とっくに胃潰瘍っス」


「波月さんて有能なのか有害なのか、よくわかんない」





*





「ここがブリッジで〜〜す」

 8人しかいないブリッジを、波月が手で指し示した。


「それ、あたくしの台詞でやんすよ」

 柳眉を顰めた夕薙は、アキトに向き直る。

「人数が少なくて驚きやんしたか?
 艦の電子制御は戊式虫型兵器一白系(ヤドカリ)さんに任せてやすので、この人数で艦を動かせるんでやんすよ」



「少ないか? こんなもんだと思うが」


 ナデシコもブリッジ要員は8名である。

 実質的には、五人で動かせる。…………いや、たった独りでも。




「木星表面との距離1万キロ」


「距離数盤(メーター)から眼を離さずに、注意しておくんなまし。
 これ以上は近づかないように。
 計算上、衝突時の衝撃波(エネルギー)に時空歪曲場で耐えられるのは、この距離まででやんすからねぇ」



「強力な時空歪曲場と推進力を持った戦艦でないと、この距離まで木星に近づけないんだよ。
 木星の重力園を抜けられないからね」


「前の遊覧船救助は?
 たしか、木星に接触したはずだが」

「忘れたの? アキト君。
 規定推進力以上で推進機関(エンジン)を噴かしたから、爆発したんだよ」

「そうか。あれはエンジンにガタがきた為じゃなかったのか」

補助推進機関(サブブースター)(メイン)頭脳以外は無事だったから、切り抜けられたんだよ」


「結構、綱渡りだったんだな」


「今頃、気づいたんスか?」


 呆れた口調のサブロウタから視線を逸したアキトは、モニターを眺めた。




 そこには雲の乱気流まで、はっきりと視認できる木星が広がってる。


 遊覧船救助の時には、木星を眺めている暇など無かった。

 こんな間近で、ゆったりと木星の嵐を観賞するのは初めてである。



 木星の模様は、一瞬たりとも止まることはない。


 白い渦が発生したと思ったら、すぐに黄色い雲に拡散し、さらに茶色い雲と入り交じり、そこに白い渦が吹き出し、ピンクの筋が現れた瞬間、茶色い渦に押し流された。

 風速300キロの風で、入り乱れ、沸き上がり、渦を巻き、静止することなく万華鏡のように模様が変わっていく。

 偶に、嵐の中に地球の雷の1000倍にも及ぶ稲妻の閃光が100キロに渡って疾しる。

 決して同じ模様が現れることはなく、見ていて飽きない。




 右手方向には赤い惑星、イオが見えた。

 コロナのような火山炎を吹き上げているのが、ここからでも確認できる。

 溶岩が絶えず流れ落ち、惑星を灼熱の赤に染め上げていた。


「残念でやんすねぇ。今日は、イオ・フラックスチューブ輝点は発生してねぇでやんす」

 イオを眺めて、夕薙は残念そうに溜息を吐いた。


「フラックスチューブ?」


「フラックスチューブって云うのはね。
 木星とイオの位置関係で、太陽風がイオ大気中の電離層で加速されて、10万キロある木星磁力園に沿って木星に伝わる、約500万アンペアの電力(エネルギー)束だよ。

 で、輝点って言うのは、
 フラックスチューブが発生した時、イオと木星の一点が輝くの。
 木星が輝くのは、木星まで届いた電磁波が木星大気に当たって、放電現象を起こすから。
 で、イオが輝くのは、木星から離脱した軽い大気が木星重力から逃げられないでドーナツ型にイオ公転軌道上に水素とナトリウムの層を作ってるんだけど、そのナトリウムと水素が電磁波で放電現象を起こして発光するからなんだ。
 イオの方は、ナトリウム光だから(オレンジ)っぽい光だけど、木星は、その時の大気の成分で色が変わるんだよ」



 波月の説明に、アキトは首を傾げる。

「…………よくわからないが…………雷が落ちるのか?」


「落雷ってのは、雷雲のプラスイオンと地表のマイナスイオンの差が大きくなりやして、稲妻で出来た大気中のプラスイオンの道を電流が流れる放電現象でやんす。
 蓄電器(コンデンサー)みたいなもんでやんすね。
 真空中の宇宙空間じゃぁ、稲妻が走らねぇで、電磁波の電力(エネルギー)流として伝わるだけ。…………まあ、電磁波も光の別名でやんすけど。
 どちらかと言やぁ、雷よりも極光(オーロラ)の方が近いでやんすかねぇ」



 ますます、訳が解らないと云う表情になるアキトに、波月が腕を組む。



「う〜〜ん。そうだね…………イオと木星が輝いたら、電波障害がおこる。
 …………それだけ憶えとけば、生活には問題ないかな」



「それは、身も蓋もない言い方だな」


 サブロウタがツッコミ、アキトがわかったようなわからないような顔で頷く。

「まあ、そういうものだと思っとけばいいわけか」


「その通り。原理やら何やらは覚えても、観光案内(ガイド)ぐらいにしか役に立たないしね」







理科怖い。理科怖い。理科怖い。理科怖い。理科怖い。理科怖い………………

 艦橋の隅では、ユキナが頭を抱えてぶつぶつと呟きながら、現実逃避していた。






「そろそろ時間でやんすね」


「時空歪曲場最大。遮光板閉鎖」

「ユキっち。理科の時間は終わったよ。
 早く来ないと、見逃すぞぉ」

「何かあるのか?」

「ううぅ。理科なんかキライだぁ」

「波月から聞いてねぇでやんすか?」

「いいや」

「理科なんか、じゃなくて、体育以外は……でしょ?」

「そうでやんすか。
 木星の一大行事(イベント)で」

「イベント?」

「……うぐぅ」

 微笑んだ夕薙は、パンッと手を打った。

「へえ。見てればわかりやす。
 楽しみにしておくんなましょ」


「ああ」


減数刻(カウントダウン)開始」

「5」

 夕薙の命令でカウントダウンが始まる。

「4」

「ほら。あれ見て」

「3」


「まさか」

「2」


 太陽風で尾が真横に延びている彗星が木星に向かっていた。


「1」


 その彗星は、秒速60キロのスピードで真っ直ぐ、木星に突っ込んだ。

「0」




 隕石が木星のアンモニアの雲を突き抜けた瞬間、水に石が落ちるように、アンモニアの雲が衝撃でへこむ。

 刹那。アンモニアの雲の下で巨大な閃光が溢れ、原爆の10億倍のエネルギーが、アンモニアの白い雲を吹き飛ばした。


 木星に、球状の激しい閃光が広がる。

 閃光は2秒。遮光モニターをかけておかなければ、光しか見えなかっただろう。


 リン化水素の赤い雲と硫黄の大気と水の雲と硫化水素アンモニウムの白い雲がキノコ雲を吹き上げる。


 3万度の灼熱の青白いキノコ雲が高さ1000キロまで吹き上がり、衝撃波で花開くように、超音速で爆ぜ割れ、周囲に衝撃を伝える。

 急速に温度が下がり、青白い色から焦げ茶の雲に変色し、花咲くような形状に変わる。


 同時に、宇域にいる戦艦の時空歪曲場にもエネルギー波(陽子)が当たり、艦体がビリビリと振動した。


 乱気流を乱すように、周囲に衝撃のうねりが伝わっていくのがわかる。

 音速以上で衝撃が伝わっているが、木星があまりにも大きいため、茶色い雲が乱気流とともに波打っていくのが肉眼で捉えられた。

 衝突の中心部に向かって、熱で化学変化を起こした硫黄とアンモニアの黒い雲が、中心に向かって流れ込み、転向力で時計周りの渦を巻き始める。

 この渦は数年程度、消えないだろう。


 硫化水素アンモニウムと硫黄と水の雲が木星上空で急激に冷やされ、黒く変色したアンモニアの雲の上に黄色い雨が降り始めた。





 そのスペクタクルは、約10分程度で終わった。





 誰も声を発さない。発せない。



 本当に感動すると声も出なくなるものだ。

 ただ、感嘆の溜息だけが洩れ出る。






 しばし、沈黙していた夕薙が大きく息を吐く。


「航法士。観測記録(データー)は採れやしたか?」


「はい。ばっちりです」


 この声とともに、ブリッジにざわめきが戻った。



 木星から眼を離さずに、アキトは尋ねる。

「隕石って、よく落ちるのか?」

「直径10センチくらいの小さな物も含めると、一年に五千個くらい落ちるかな」


 波月の返答に、夕薙が補足する。

「これだけ大きい彗星は珍しいでやんすねぇ。
 500年に一度くらい……もっとも、200年前には、これよりも少し小せぇシュレービーメーカー第9彗星が衝突してやすが」



「幸運だな」


 アキトは木星から眼を離し、彼女らに微笑む。


 夕薙もアキトに微笑み返した。




「けど、木星はガス惑星なのに、どうして、隕石が突き抜けなかったんだ?」


「あのスピードになると、大気って物凄く堅いんだよ。
 それに中心に向かえば数百万気圧にもなるし、さらに液体水素と水素金属の核があるから突き抜けることはまず無いかな。
 中心は鉄と珪素だけどね」


「それに先の彗星は、質量は大きいけど、比重は小せぇでやんすから。
 彗星は氷と細かい岩のスポンジ状態で。
 そいつが、高重力と高圧力で、大気中で爆ぜたんでやんす」


「それが、あの衝撃波か」

「そうだよ」


「ホントに、凄まじかったっスね」

 頭を振るサブロウタに、波月も首肯する。

「水爆を縦断爆撃しても、あれは見れないだろうね。
 まさに、自然の驚異だよ」






「西鳳艦長、救難(SOS)信号を受信しました!!」



 通信士の報告に、和やかに会話をしていた夕薙たちの表情が引き締まる。


「事故でやんすか?」


「いいえ。海賊船に襲われていると」


「こんな所に、船でやんすかい?」

「大方、彗星衝突見物の金持ち連中の観光船じゃないっスか」

「おお、なるほど。海賊は取り放題だ」

「感心してる場合じゃねぇでやんすよっ」


「海賊に狙われるって気づかなかったのかな〜」

「まあ、政府高官の金持ち連中の考えることっスから。
 自分だけは襲われないとでも思ってたんじゃないんスか」


「アタシたちも同じじゃないの?」

「わたしたちのは役得」



「へえ。どちらにせよ、見捨ててやおけねぇし、あたくしの管轄で海賊行為など、西鳳家の沽券に関わるでやんす」



 夕薙は、艦内マイクを掴んだ。


さあさあ、皆の衆!!

 これより、海賊退治。

 あたくしたちの区域で嘗めたまねされちゃぁ、御天道様が許しても、この夕薙が赦さねぇ!!

 木連警備軍の実力、発揮する時ぁ、今しかねぇでやんす!!

 今日は、お客様もいらしゃる。
 無様な戦いはできねぇでござんすよ!!」





 夕薙の威勢の良い啖呵が艦全体に響きわたると、


「「「へいっ!!」」」


 一糸乱れぬ返答が艦全体から返ってきた。





 夕薙の軍人らしくない啖呵に、アキトは苦笑を洩らす。

「なんというか……木連だな」


「なにが?」


 問うても、苦笑を返すばかりで答えないアキトに、首を傾げつつ波月は夕薙に向き直った。


「夕薙先輩。参謀と砲撃士はいらないっすか?
 お買い得っすよ」

「お幾ら?」

「彗星衝突見学。って事で、お代はもう、貰ってまス」

「それは、お買い得でやんすこと。
 でも、砲撃士って?」

「高杉副艦長のことっす」

「副艦長になる前は、砲撃士だったっスから」



 二人を見つめた夕薙は笑みを浮かべた。

「高杉大尉。波月中尉。緊急条例第25条により、一時、指揮下に置きやす」


「「了解。西鳳少佐」」

 二人は敬礼した。






 砲撃士の席に座っていた、光の加減で青く反射する独特の黒髪の少年が頬を紅潮させて、サブロウタに話しかける。

「あ、あの俺、『湯本六深(ユモト・ムツミ)』って云います。
 よろしくお願いします」

「よろしく。
 高杉三郎太だ」


 サブロウタが差し出した右手を、青黒髪の少年はおずおずと握った。

「砲撃士から優人部隊に入隊した高杉さんは、俺ら砲撃士たちの目標です」

「頑張れば、君だって入れるさ。
 優人部隊は慢性的に人手不足だしな。
 そのためには、今ある仕事をきっちりとやり遂げることだ」

「はい!!」

「ユキっち。この対Gシートに座って、シートベルトをして。
これは命令」
「了解で〜〜す。
波月中尉殿。びしっ」

「ここは、時空歪曲場を最大にして、ミサイル――――」


 夕薙の命令に、波月が待ったをかけた。

「いいえ。一気に突っ込んでください。
 この戦艦の歪曲場は厚いんです。
 海賊艦の攻撃程度なら効きません。
 敵は遠くからの砲撃戦を想定していると思うので、その裏をかくんです」


「でも、敵はミサイルを撃ってくるでやんすよ」

「一撃目は熱源模擬(ダミー)弾で逸らします。
 そして、近距離に入ってしまえば、ミサイルの安全装置が働きます。
 ですから、撃たせないように最大速度で突っ込むんです。
 でなければ、一隻は撃破できても、2隻目以降を逃すことになるっす」


 強い口調で言う波月に、夕薙は一瞬、逡巡してから、一息ついて命令を下す。


模擬(ダミー)砲弾、用意!!
 敵艦に急速接近するでやんすよ。
 近距離にて、敵の発動機(ジェネレター)光線(レーザー)砲にて、最大射撃!!」


「了解」



「海賊艦。ミサイルを撃ってきました」


 航法士の報告に、夕薙は冷静に命令する。

模擬(ダミー)砲弾、発射準備。
 ギリギリまでミサイルを引きつけるでやんすよ」



「ミサイルまでの距離。10キロ」



「5キロ」



「1キロ」


 発射命令を出さない夕薙に、サブロウタの隣にいる六深砲撃士が一瞥した。


「500メートル」


 まだ、命令を発さない。艦橋に緊迫と焦りが波打つ。


「300メートル」

「前方へ、ダミー弾発射!!」


 艦の前方で爆炎の華が咲いた。

 その火炎の中を突っ切る戦艦。


「ミサイル発射!!」


 爆炎を突っきった瞬間、軍艦から無数のミサイルが発射される。



 ミサイルは海賊艦へ飛翔し、閃光と爆炎を宇宙に散らせた。

 ミサイルの弾幕で、海賊艦の時空歪曲場が目に見えて薄くなる。


「海賊艦の歪曲場、1割以下まで低下」


「相転移炉型戦艦じゃなさそうっすね」

「そうでやんすね。
 相転移炉型なら、このくらいの攻撃で歪曲場は弱まりゃしねぇし。
 高杉大尉。あとは、お願いするでやんす」


「お任せあれ」



 急速に迫る海賊艦に、サブロウタがレーザー砲を最大射撃。



 狙い違わず、レーザーが海賊艦のエンジン部を貫き盛大な火花が散った、一瞬後、海賊艦後部に無音の爆炎の華が咲いた。


 警備軍の戦艦は、一撃離脱で、残りの二隻の海賊艦を追いかける。




 高級遊覧船は、すでに逃げ出しているので、撃破した海賊艦はそのまま放っておいても問題ない。




 一隻目があっけなく破壊された瞬間、海賊艦の二隻目と三隻目は逃走にかかっていた。



「賢けぇでやんすが…………逃すのは癪でやんすね」

「二隻同時に拿捕するのは無理っス。どちらかを選ばないと」



 サブロウタの声に、航法士の悲鳴が被る。


「艦長!! もう一隻、戦艦級宇宙船が現れました!!」


「速い!! 海賊船!?
 奴らの増援でやんすか?」


 未確認戦艦の速度に驚く夕薙と、眉間を顰める波月。




 焦った表情で何かを調べていた航法士が絶叫する。


「これは…………違います!!

 船籍コード『BL-009999』!!







「「「「スペース・ヴァグラント!!」」」」







「もしかして、それって…………今、噂の――」





「へえ。

 宇宙無宿海賊団の『ガヴァメント』でやんす!!







 『スペース・ヴァグラント』と呼ばれた戦艦は、モスグリーン色の流線型の船体に、船艦のような艦橋が付き出ていた。

 艦橋からは、ドクロと交差した骨の海賊旗が宇宙空間に靡いている。

 船首の前面にはドクロを象った機動兵器射出口。

 ドクロ型の船首の両脇からは突撃用のクラッシュ・ホーンが二本突き出ており、

 艦底にはジャイアント・カッターを装備している。


 ブリッジの脇には左右1枚づつアームで繋がった稼働式の盾艦が、威嚇するように動いていた。



「なんで、真空なのに旗が靡いているの?」

「通信士。彼らの会話を傍受できねぇでやんすか?」

「旗の中にバネでも入ってるんじゃないのか?」

「はい。了解です」

「違う!! お約束だからだよ」


 しばし、砂嵐雑音のあと、突然、警備軍の艦橋に濁声の怒鳴り声が響く。


「テメェら、どういうつもりだ。
 縄張り破りか!!
 俺ら、マッサカ海賊団を敵に回そってのか。ええ!?
 そうか、政府の犬か!!
 海賊様が犬に成り下がったか!!
 犬は犬らしく、お家に帰って番犬でもしてやがれ!!

 とっとと、そこをどけ!!」


 たぶん、今、逃げている海賊艦が発している通信なのだろう。

 罵声をこれでもかと言うぐらい、スペース・ヴァグラントに浴びせていた。




 しばらく、スペース・ヴァグラントに嘲罵を吐き捨てていた海賊が、何も言わない相手に、堪忍袋の尾を切らす。


「ああっ!! 何か言ったらどうだ!!」








 無言で罵詈雑言を聞いていた『ガヴァメント』は一言。










「 バ ・ カ ・ メ 」













「きっちり押さえてるね〜〜。
感心。感心」
「なにが?」
「大人の事情だよ。ユキっち」

 海賊艦は、スペース・ヴァグラントにレールカノンをぶっ放した。



 弾道を見切ったように盾艦が移動し――――瞬間、盾の表面で光が弾ける。


 続く二発目も、盾艦で弾き、火花を散らせた。



「何でやんすか? あれ?」


「盾……みたいっスね」


「盾艦の部位だけ、時空歪曲場を強化してるようです」


「光速で飛来する光線(レーザー)砲はどうするんだ?」


 航法士がスペース・ヴァグラントのデータをモニターに表示した。

「時空歪曲場の強度から見ると、全体に薄くかけて、光線と誘導弾(ミサイル)を防ぎ、それを貫通するような攻撃に盾艦を使っているようです」


「なんか…………凄まじく非合理に感じるが」

「俺もっス」

「重力波砲を喰らったら、一発で沈みそうでやんすねぇ」


「え〜〜〜。カッコ良いじゃないっすか!!」


「そ、そう?」


「アタシ、格好良いと思えない」

「ああ」

「波月中尉の感性って、少しズレてるから」



「ぶぅ。『普通』だもん!!」



「「「「どこがだっ!!」」」」




 二発目のレールカノンを弾いたスペースヴァグラントは、一瞬で最大戦速まで加速し、海賊艦に一撃必殺の突撃を喰らわした。

 先端のラム。『クラッシュ・ホーン』で海賊艦の後部を抉る。


 後部ジェネレーターを根刮ぎ削ぎ潰された海賊艦は爆発こそしなかったものの、完全に戦闘力を失っていた。



 残る海賊艦は1隻だけである。


 スペース・ヴァグラントが現れたことで、船速が鈍ったものの、かなり遠くまで逃げていた。




 『スペース・ヴァグラント』の『ガヴァメント』から、警備軍に通信が入る。


「ふっ。速く行きな。お嬢ちゃん」



「こ…………この声は――」

 アキトが唖然としたように呟いた。


 それは聞き覚えのある声だった。

 火星で行方不明になったはずの――――。




 呆然としているアキトを後目に、艦橋が焦燥に包まれる。


 海賊風情なんかに言われるまでもなかった。海賊艦を逃すつもりなど夕薙にはない。



 だが――


「このままでは、逃げられてしまうでやんす」



 焦る夕薙に、波月はピッと指を立てた。

「大丈夫。『奇策の波月』にお任せあれ」


「操舵士、進路木星方向、下限に進路変更!!
 限界ギリギリまで最大加速!!」


「え?」


 驚く操舵士に、サブロウタが指を鳴らす。

「そうか!! 重力反復(ブランコ)か」


「その通り」


 理解した夕薙も頷き、命令を出した。

「全員、対重力姿勢!!
 重力振り子運動で重加速消去装置(Gキャンセラー)の限界を越えるでやんすよ」



 操舵士が、レバーを押し込むと同時に、ゴウッ! と云う音が鳴り、後ろに吹っ飛ばされそうになるほど、Gがかかる。


「この重加速の中で、操舵士に操縦は辛いか。
 わたしが操縦するよ」

 そう言った波月が副操舵席に座ったのを見、アキトも航法席に歩み寄った。

「俺も、手伝おう」


「じゃぁ、電磁波探知機(レーダー)見てて。その示印(マーカー)が重なったら教えて、減速させるから。
 航法士は、そんな余裕なさそうだし」



 副航法席に座ったアキトは、隣の波月に問いかける。

「波月ちゃん。なんで、これで速くなるんだ?
 真っ直ぐに飛んだ方が、距離が短いと思うんけど」

「ん〜〜。万有引力って知ってる?」

「ああ。物が引っ張る力だろう?」

「うん。じゃぁ、ケプラーの法則は?」

「それは…………憶えてない」

「F=ーGm/rが、ケプラーの法則。
 有名だよね」

「そ……そうなのか?」

「で、その式を時間で微分してから力学的エネルギー保存の式に代入して変形させると、
 e=√(1+EL
/mk

 この離心率eが、1より小さい。0<e<1の時は、星の重力に捕らわれる。
 真っ直ぐ直進すると、木星の重力で少し落ちる。もう少し進むと、また少し落ちる。こうやって。落ち続けて一周、だ円を描く軌道を取る。
 これは、衛星や惑星を見れば解ると思うけど。

 そして、もう少し速度(スピード)が速くなって離心率e=1の時、物体は放物線軌道を描く。
 これは、木星の傍を通って、どこか太陽系外に飛んでいっちゃう彗星みたいなものだね。

 そして、さらに速度(スピード)が速くなって、離心率e>1の時、双曲線軌道を描くの。
 双曲線て言うのはね。
 呼んで字のごとく、双子のような線対象の曲線のこと。

 真っ直ぐ進むと、木星の重力によって制動(ブレーキ)がかかるけど、この双曲線に沿って船を操舵すれば、重力的に見れば等速で落ち続けていることになるから、重力制動(ブレーキ)がかからないんだよ」


「数式の部分は解からなかったが…………、それだと、ブレーキがかからないだけで、速度が早くなることも無いんじゃないか?」


「うふふふ。
 アキト君。木星が公転していることを忘れてるね。
 木星の公転方向に船を走らせれば、船の速度に木星の公転速度を加え(プラス)て得られるんだよ。
 これが、早くなる理由。
 ちなみに、木星公転方向の反対から突っ込むと、公転速度分だけ遅くなるけどね。
 これを木連では、重力振り子とか重力ブランコとか云うこともあるけど…………本来の正式名称は……『スィング・バイ』だったかな?」


「…………何だかわかんないけど。
 兎に角、木星のおかげで速くなるんだな」


「うん。そうだよ」

 アキトはメーターに視線を落とす。


「そろそろ、マーカーが重なるぞ」

「了解」



 ちらりと後ろを見、アキトが苦笑を浮かべた。

「ユキナちゃん。気絶してるみたいだな」


「しかたないよ。4Gはあるんだから。
 素人のユキっちには、かなりきついと思う」


「だな」



 重力加速がGキャンセラーの許容範囲を超えていたる為、重加速4G下で艦員全員が必死に耐えている。

 そんな中、波月とアキトだけが朗らかに会話をしていた。



 サブロウタが二人に呻く。

「よ…………よく平気で……喋れますね…………」


「鍛え方が足らないぞ。サブくん大尉」

「ああ。まったくだ」

「あ…………あんたらと…………一緒にしないで……ください」



「…………どう…………かん……で……やんす」

 高Gに必死に耐えている夕薙も同意した。




「波月ちゃん。マーカーが――――重なった」


 アキトの声に合わせ、波月が急制動かけ、戦艦は急減速した。


「よっし、かなり差を詰めたな。
 高杉副艦長。
 後はお任せ!!」


「了解」



 軍艦と海賊艦の距離を見た夕薙が、慌ててサブロウタを制する。

「まだ、60キロも先でやんすよ。
 それに、今、撃ったら木星の重力で弾道がズレてしまうでやんす」


「まあ、見ていてください」


 自信に満ちた声で返事をしたサブロウタは、敵艦の距離と木星重力を考慮に入れて、レールカノンの射角を調整する。



「終わりだ!!」



 木星の重力で微妙に湾曲した軌跡を描く質量弾が、敵艦のエンジン部を一撃で正確に撃ち抜いた。


 歪曲場の全エネルギーを推進力に回していた海賊戦艦から、火炎の爆発が連続して起きる。



「凄い!!」

 青黒髪の少年が眼を丸くし、夕薙も唖然と呟いた。

「…………驚れぇた……でやんす」


「これでも、一応、優人部隊っスから」

「ど、どうやったら撃てるようになれるんですか?」

「さっすが、サブくん副艦長」

「強いて言えば、経験に裏打ちされた勘かな」

「波月に高杉殿か…………少し、秋山少佐が羨ましいでやんすねぇ」



「少しっすか?」



 悪戯っぽく問いかける波月に、夕薙は肩を竦めて笑う。


「あなたのその『問題児』ぶりが収まりゃ、すっごくまで格上げするでやんすよ」


「…………なんか、トゲありません?」


「まったくもって、気のせいでやんす」



「波月ちゃん」


 二人の会話を遮るように声が挟まれる。




「何? アキト君」



「…………頼みがある」



「頼み?」









 アキトは据わった眼で波月を直視した。



「さっきの男…………『ガヴァメント』と云う人物に会いたい」








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