ヨコハマ・ネルガル支社、37階。第28会議室。







 アカツキが、その場に着いた時には、社長以外の主な重役は全員揃っていた。



 アカツキの後ろには糸目の青年――ライブが秘書の代わりにお供をしている。



「これは、これは。いつもの会長秘書殿は?」


 銅鑼声で揶揄した重役の一人に、アカツキが肩を竦めた。

「たまには休暇を取らせろとごねられてね」


 フンッ! と、此れ見よがしに鼻で笑った重役は、分厚い唇を歪める。

「良いものですな。会長と言うだけで、若いのに、あんな美人が付属していて」


「会長だから、見栄を張る必要があってねぇ」

 髪の薄い重役たちに見せつけるように、アカツキは長髪をさらりと掻き上げた。


「あの秘書も長いだろう。
 そろそろ、替え時じゃないのかね?」

「畳と秘書は新しければ新しいほど良いってな。
 そしたら、お古を廻してもらいたいものだ」

「秘書は顔と身体で選ぶのだろう?
 次の秘書は、どんな美女にする予定かね」


 重役たちはここぞとばかり、卑猥な口調で口撃してくる。が、そんな口八丁などアカツキには、まったく効かなかった。


 エリナの急所を抉ってくる、いつもの皮肉に比べれば、微笑ましいぐらいである。

「彼女、下手な重役より遙かに能力あるからねぇ。
 外面だけで判断する無能な連中が大挙してるから、有能な秘書ってのは実に有り難い存在でね。
 あんな貴重な戦力を手放すほど、ボクは愚かじゃないさ」



「「「「なっ!?」」」」



「おや。皆さんのことを言った訳じゃないよ。
 それとも、御自分に該当する方がいらっしゃる?」



 まるで、小学生の喧嘩のような皮肉と嘲りの応酬である。

 そして、愚かしいことに、これが彼らの挨拶でもあった。


 小声でライブに話しかけるアカツキ。

「社長がいないな」

「これでは、自分は暗殺に関わってます。と、自白しているようなものですね」

「今ごろは、ボクの暗殺成功を確信してシャンパンかな?
 それとも、暗殺成功を願って、神棚に神頼み中かな?」

「彼は、神に頼るより、髪を頼んだ方が良いような気がしますけどね」


「知ってるかい? ネルガル製育毛剤のサンプルは、彼が率先して試しているのさ」

「ああ、だから兵器など下らないと一蹴して、日用品部門に力を入れてるわけですね」


「平和的で良いことだけどさ」

「暗殺を頼むような人間は、断じて平和的と言いかねますが」


「そういや、そうだった」



 先ほどアカツキに、遣り込められた重役の一人が、バン! と机を叩く。

「何をこそこそと話してる。
 とっとと、会議を始めるぞ」



 所定の席に座るアカツキに、ライブが囁く。

「彼らは、自分らが捨て駒だってこと知ってるのでしょうか?」

「知らないだろうね。賭けても良いよ」



「では、後はレイジさんとルリさんに任せますか」


「神頼みよりかは、御利益ありそうだからね」






 13:00時。時計は会議が始まる時間を指した。



 レイジは屋上から対面の高層マンションに向けて、スナイプ・ライフルを構える。


 幽霊会社の名前で借りられている一室を、ライフル・スコープで眺めた。


 部屋の中に、人影はあるが、窓際に寄らない。



 部屋の中から撃つ気か?

 いや。ベランダには格子がある。

 撃つにはベランダに出なければならないはずだ。




 突然、突風が乱吹いた。


 思わずスコープから眼を離したレイジの視界の端で、何かが揺れる。


「?」


 それが、第六感に触れたレイジは双眼鏡を揺れる物体に合わせた。

「青い…………ハンカチ?」


 何かに気づいたように、レイジは後ろを振り返った。



 ビルの間に点々と、布や旗などが強風に舞っている。


「…………ッ!!!





「ルリ!! 聞こえるか?」


「はい。感度良好です。
 どうかしましたか?」



「やられた!!
 ウィンド・スキャニングは囮だ!!」


「は?」



 スナイプ・ライフルの入ったケースを担ぎ、レイジはビルの階段を駆け下りながら説明する。


「俺たちが、カウンタースナイプ(逆狙撃)する事をエレンは読んでいたんだ。
 裏を掻いて、データ収集機を囮に、古来の風見を使って砲撃する気だ。

 場所は多分、距離が遠くて除外したポイント。
 そこまで、風見が続いている」


「でも、あそこは3キロ以上もありますよ。
 ライフルでは……いえ、対戦車砲でさえ、届くか解りません」

「それは…………わからない。
 だが、エレンの事だ。
 何かで、その問題は解決したんだろう」



「わかりました。
 レイジさんはエレンさんの所に。
 私はアカツキさんの護衛に向かいます」


「向かうって――」



 コクピットで待機していたルリは、レイジからの通信を切った。


「持って来て、正解でした」



 青空駐車場に止められているトラックのコンテナが、割れるように開口する。

 そこには、一機の人型機動兵器が納められていた。


 それは、ナデシコCの格納庫にあった白と水色の細身の機体。




 ルリ専用指令機、特殊ステルンクーゲル。

 『月下』




 ルリの手の甲が虹色に輝くと、スリープモードだった計器が、一斉に立ち上がる。

 ステルンクーゲルは、元はEOSだが、この『月下』は高松によってIFS方式に改造されていた。



 『月下』の眼が金色に発光すると同時に、全ての留め具が外れる。



 鳥が羽ばたくように、両肩の盾が一度上下し、ドンッ! と云う轟音とともに空中へ一直線に飛び立った。





「順調に行けば、五分で着きますが…………さすがは、ニホン。
 警察体制は完璧ですね」


 月下が宙に飛び出して、数十秒後には、機動警察交通課のヘリコプターに追尾されていた。


「止まれ!!
 止まらない場合は、テロと見なし撃墜する!!」


 次の瞬間、交通課の戦闘ヘリコプターから、マシンガンが連射される。



くそっ。バリアを張ってやがる!!
 全弾、弾かれた!!」

「最近は、バリアじゃなく、ディストーション・フィールドとか言うそうだ」

「巡査長。そんな悠長な説明してる場合ですか!!」


「すでに、先手は打ってあるよ。新米。
 ついでに、あまり、ロボットに近づくなよ。
 反撃されたら、こんなヘリの装甲など紙切れ同然だからな」



 距離を保って追ってくる反重力制御のヘリを見、ルリは嘆息した。


「バッタを囮に使って、どさくさに紛れて向かうべきでした。
 このままでは、埒が開きませんね。
 使いたくは…………無かったのですが――」


 ナノマシンが活性化し、薄暗いコクピットで、ルリのナノマシンパターンが虹色に発光し始める。



「…………座標、固定。

 ――――ジャンプ!!



 白と水色の機動兵器は前触れもなく、幻のように消え失せた。




「なっ!? 消えた?」

「バカな!!」


 取り乱した交通課の警察隊員二人に、通信が入る。

「ご苦労、警察隊。
 後は、我々に任せてもらおう」





 警察から逃げる為、3キロの距離をジャンプした『月下』の肩にある木の葉型の盾から、円筒型のユニットが射出された。


「あっ、いけない!!」


 慌てて、簡易ジャンプユニット射出設定をオフにしたルリは、重力波通信を開く。

「オモイカネ。
 使い捨てボソンジャンプユニットの回収をお願いします」

「了解。光学迷彩装備の『カブト』、2匹を向かわせる」

「頼みました」




 ルリはちらりと時計に眼をやった。


 時間は、13時10分。



「…………さて、間に合うでしょうか?」






 ビルの屋上に横薙の風が吹いている。

 決して、狙撃に向いている日とは言えない。


 だが、『ファントム(トップ・スナイパー)』にとっては、修正可能な領域だった。

 そう、エレンにとっては、なんら問題ない。


 エレンは狙撃砲を一瞥する。


 この銃器なら、向かい風でも問題ないぐらいだ。

 一瞬、レイジの顔を思い浮かべ、忘れるように首を振ったエレンは片膝を着いて、狙撃準備に入った。






*





 突然、虚空に機関銃の銃声が連続して炸裂した。


 銃撃された『月下』は空中で蹌踉めく。

「なにごとです!?
 ッ!!――――戦闘機?

 まさか、軍が?」



 銃弾が全てディストーション・フィールドで弾かれたのを見、戦闘機のパイロットは冷静に呟いた。

「ふ〜〜ん。40ミリ、バルカンを全て弾くか。
 と、なるとミサイルも効かないとみた方がよさそうね」



 戦闘機を振り切ろうと、速度を上げた『月下』に追随して、背翼に鷹の眼がマーキングしてある戦闘機も速度を上げる。


 戦闘機が街中で音速を出したことで、両側のビルの窓ガラスが衝撃破で木っ端微塵に砕け散った。



「バカめ。
 大気圏で戦闘機から、機動兵器が速度で逃げられるとでも思ってるのか。

 それとも…………戦闘の素人か?」


 冷たい口調で呟いたパイロットは、機動兵器に照準を定めた。



 『月下』のコクピットがロックオン警報で赤く染まる。




「くっ!!」


 歯を喰い縛ったルリは加速Gに耐えながら、肩の盾を利用して月下を直角に急旋回させた。




 ドォォォォォォン!!


 直後、戦闘機からぶっ放されたレールガンが、対面のビルを貫き、爆炎を吹き上げる。




「なっ!?」


 戦闘機が街中でレールガンを発射したことに、絶句するルリ。




 ルリが気を取られた、一瞬、戦闘機の体当たりをまもとに喰らった。


 ガラス張りのビルに叩き付けられた月下は、ガラスを撒き散らせながら滑り、空中に放り出される。



 ルリは、必死に月下の体勢を立て直した。


 ディストーション・フィールドが無かったら、大破していただろう。




「戦闘機で体当たりなんて…………非常識の極みです」




 冷や汗混じりに呟くルリの周りで、再びロックオン警報が鳴り響く。


「な、形振り構ってられません!!

 ――――ジャンプ!!」




 月下がジャンプで逃げた直後、戦闘機が放ったレールガンが虚影を貫いた。

 砲弾はアスファルトを破砕し、地下のガス管を爆発させる。



 誘爆していく地上の中空で、戦闘機はホバリングし、空中停止した。




 だが、そんな地上の灼熱地獄など一顧だにもせず、電磁レーダーで索敵していた女性パイロットは、冷然と空母艦『ゼフィランサス』に通信を開いた。

「こちら、Fー02。『弓崎カヲリ』

 予定通り、機動兵器をそちらに追い込みました」



「了解。後は任せろ」




「聞いたか? お前ら。
 消える機動兵器だそうだ。
 目ん玉、ひん剥いてよ〜く、レーダー見てろよ」

「艦長!!
 『ゼフィランサス』の3キロ前方に反応が現れました!!」



よしっ!!

 
マスドライバー、発射準備!!」




 『月下』がジャンプした先に、1隻の戦艦が浮遊していた。


 途端に、月下のコクピットが警報を喚き散らす。


 データを読みとったルリの顔色が蒼白に青ざめた。

「高エネルギー反応?
 これは…………まさか…………マスドライバーッ!?


 否定するように小さく首を振るルリだったが、しかし、現実に戦艦のマスドライバー発射口が開かれる。



「ム……ムチャクチャです!!」



 さすがのルリも、悲鳴を上げた。









 エレンは、狙撃砲のスコープを覗いた。



 衛星から送られてくる各風見の画像から、エレンは頭の中で全ての風速と風向きを暗算した。


 スコープ内にネルガル支社の会議室が見える。




 …………まだ。



 この狙撃に二発目はない。失敗は許されない。


 地上から吹き上げるビル風が必ずあるはず。


 撃つのは、その一瞬。




 エレンは引き金に指をかけ、その一瞬を待った。








 『ゼフィランサス』の砲撃士が振り返った。

「本当に撃つのですか?」

「もちろんだ。
 エステバリス1機を甘く見て、戦友324名を殺されたことを忘れたか?」


「いいえ。忘れてません」



「なら、やれっ!!」


「イエス・サー!!」



 人は避難させてあるが、街中でマスドライバーを発射すれば、大災害が起こる。

 衝撃波だけで、左右のビルは倒壊するだろう。

 もし、砲弾がビルにぶち当たれば、その衝撃でビルが木っ端微塵に弾け飛ぶのは確実だった。




「責任は、この『カキモト・テルユキ』が負う!!」



 部下にそう宣言したカキモトに、艦長のトウドウが不敵な笑みを浮かべる。

「違いますよ。副提督。
 責任は、この『連合空軍第八艦隊』全員が背負うんです」



 それを聞いた艦員、全員が同じような笑みを浮かべた。




バカ野郎どもが…………マスドライバー発射!!」










 白色の人型機動兵器が、戦艦に真っ直ぐ突っ込んでくる。











「どうした? 何故、発射されない!?

 何か問題か?」


「マ、マスドライバーがロックされました!!」

 その声とともに、次々と戦艦の電源が落ちていく。


「落ち着け!!」



「何事だ?」




「ハッキングです!!

 中枢システムがハッキングされて、システムダウンしていきます!!」


 オペレーターの悲鳴がブリッジに響き渡った。





「なん…………だと?」




「機動兵器!! 来ます!!」


 衝撃波を発しながら、戦艦の真横を機動兵器が擦り抜けていく。




「くそっ!! 舐めやがって!!

 軍を敵に回したら、どういうことになるか、身を持って教えてやるぞ!!
 どこから、ハッキングされたか早急に調べろ!!」


「は…………はい!!」



 今、擦り抜けていった人型機動兵器からハッキングされたとは、誰も想像すらしていなかった。





 空域最高速度で飛翔していた月下は、まっすぐにネルガル支社を目指した。


 ネルガル支社を見据えたルリは、座標を設定する。





 竜巻のような突風が吹き上がった。





「間に合ってください。

 座標、固定――――ジャンプ!!





 建設中のビルの屋上に辿り着いたレイジが、叫んだ。


「エレン!!」





 少女は、冷静に引き金を引いた。





 会議室の真正面にジャンプした月下は、肩の盾を後ろに回し、両手を広げる。


「伏せてっ!!」





 直後、砲弾の衝撃で強化防弾ガラスが、粉々に砕け散った。








 ドオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン。


 銃砲の残響音が風に溶けるように虚空に消えた。


 レイジは呟くように、呆然と名を呼ぶ。


「…………エレン」



「遅かったわね。レイジ」


 スコープから眼を離し、いつもの口調で訥々と喋ったエレンが、立ち上がった。



 エレンに逃亡するような素振りは、まったく見られない。




 レイジはエレンの使った狙撃砲を眺める。


「…………レールカノン」




 そこには、台座をコンクリートに打ち付けた3メートル級の『レールカノン』が鎮座していた。




 レイジは重い息を吐き出し、片手で顔を覆う。

「ああ。見事に騙されたよ。
 さすがは…………俺の『先生』だ。

 …………対戦車砲レールカノン。
 反動を消すために、砲の土台をコンクリートに打ち付ける方法があることを忘れていた」


 左肘を右手で押さえ、顔を俯かせたエレンは淡々と話す。

「強化炭素鉄鋼複合材を軽々と撃ち抜けるものよ。
 現在の軍の主力戦車、反重力飛行戦車『レパルト』だって撃破できるわ。
 その衝撃波だけで、傍にいる人間はズタズタに引き裂かれる。
 会議室程度の広さなら、その衝撃だけで木っ端微塵に吹き飛ぶわ」


「レールカノンは、エネルギーの消費量が大きすぎて、大型バッテリーでも一発が限度だ。
 暗殺には不向きだから、武器選択じゃ、始めから疎外される。
 暗殺者の俺じゃ、気づけない。
 エレン。そこまで、読んでたのか?」

「あなたは、わたしの手で育て上げた『生徒』で、命を懸けた仕事の『相棒』
 あなたの思考回路はだいたい読めるわ」


「そうだな。その通りだ。
 互いの考えが読めるからこそ、俺たちは『パートナー(相棒)』としてやってこれたのだからな」







 沈黙した二人の間を風が吹き抜けていった。



 快晴の蒼穹は痛いほど澄んでいる。


 そう。皮肉なほどに。






「君となら、この悪夢から抜けられると思ってた」


 口許を歪めるレイジに、エレンは全てを諦めた声音で返した。



「もう……遅いわ」




「ああ。ネルガル会長の暗殺。

 ネルガル、軍、警察、攻機、賞金稼ぎ。
 世界、全てが君を捉えようとするだろう。

 もう、クリムゾンでも庇えない」




 呻くようにレイジは、断言する。


「君は絶対に、逃げきれない」




 一度、レイジに視線を這わせたエレンは、また眼を床に逸らした。

「マスターは、私をお払い箱にしたわ。
 クリムゾンは喜んで、私を切り捨てる。
 わたしさえ生け贄になれば、全てが丸く収まるもの。

 クリムゾンこそが、抹殺に一番力を入れてくるはずよ」




 泣きそうに顔を歪めたレイジは一度、ぎゅっと眼を瞑った。


「もし、俺が狙撃を止められていたのなら…………君を連れて、逃げられたんだけどな」



「現実には、repeat(やり直し)も、if(もし)も無いわ」



「そうだな。だからこそ、人は前に進むしかない」






 二人が佇む屋上からは、ビル影だけで人影は一切見当たらない。




 天高く白雲は流れ、空は青く、蒼く、碧く、壮烈なほど蒼かった。



 二人を吹き荒ぶるように、強風が吹き抜けていく。




 二人は睨むでもなく、見つめ合うでもなく、無言で眼を合わせていた。



 もの悲しくなるような風の音だけが、無音の世界を横切っていく。




 エレンのショートの黒髪が、風に流される。





 エレンが口を開いた。






 その小さな声は風に乗って、レイジまで届く。


「知らない人間に殺されるくらいなら…………あなたの手で殺して」






 エレンの願いに、無言でレイジは拳銃を抜いた。


 エレンは静謐な眼差しでデザートイーグル(拳銃)を見る。




「…………エレン。君、独りで死なせはしない」




 レイジの眼を見つめるエレン。




「君がいない世界で、生きていたいとは思わない」




「あなたは…………生きて」




 首を振ったレイジは、ゆっくりとエレンに近づく。



「断る」




 レイジが小さく笑った。


「俺も…………すぐに逝くよ」






「ばか」





「違うだろ」





 エレンは、目の前に立ったレイジの眼を見つめ、静かに吐息を吐く。



「………………待ってるわ」





 レイジとエレンは、唇を重ねた。




 二人の眼に涙はない。



 そんなものは、とうに枯れ果てていたから。



 ゆっくりと唇を離したレイジは、銃口をエレンの額に突きつけた。





 撃鉄を上げたレイジを見つめ、エレンが微笑んだ。


 レイジも哀しく微笑む。




 さんざん遠回りしてしまったが、やっと逢えた。



 二人とも地獄に堕ちるのはわかっているのだ。




 なら、心配することは何もない。







 二人は、確実に地獄で逢えるのだから。







「……エレン」




「…………レイジ」





 レイジの人差し指が、引き金にかかる。








「待ってください!!」


 突如、コミュニケ画面が開いた。





 ルリが肩で息をしている。


「コミュニケ……非通話にしておかないでください。抉じ開けるのに手間取りました。

 レイジさん。アカツキさんは無事です。
 掠り傷一つ、ありません」



 ひょいっとアカツキが顔を出した。

「へぇ。君がエレン君か。
 なるほど、死なせてしまうには惜しい美人さんだねぇ」


「アカツキさん。こんな時に、口説かないでください。
 今、そちらに行きます。
 だから、絶対に撃っちゃダメですよ」

 二人に強く念を押したルリは、コミュニケ画面を閉じた。





 会議室の床には細かいガラスの破片が散乱し、重役たちは全員、倒れ伏している。



 月下の右肩の可動式の盾には、レールカノンの砲弾がめり込み、歪んでいた。

 ディストーション・フィールドを展開していなければ、機体を貫通していただろう。



「で、どうですか?」


「全員、衝撃音で気絶しているだけです」

 重役を見て回ったライブが肩を竦める。


「好都合ですね。
 私たちはレイジさんの所へ行くので、連合空軍に連絡をお願いします。
 非常時につき、機動兵器を使用したと。
 途中で撃たれるのは、もう勘弁です」

「散々ぱら、文句を言われそうですね。
 頑張って、のらりくらり躱しますか」


「お願いします。

 アカツキさん。乗ってください」


「狭いね」


「仕方ありません。
 この機体は、私専用に作られたものですから」


 ルリ専用指令機、特殊ステルンクーゲル『月下』は、青空に滑り出した。





「これは、エステバリスじゃないね」


「はい」



「いったい、何なんだい? この機体は」


「少女の秘密です」


「そこは、是非とも明かして貰いたいねぇ」


「そのうち、わかりますよ。
 そう……4年後くらいには」

「4年?」



「アカツキさん。着きます」



 未だに拳銃を抜いたままのレイジと茫然自失しているエレンの前に、月下は舞い降りた。


「お待たせしました」




「ルリ…………本当に、砲撃を止めたのか?」

「はい。おかげで右盾が、お釈迦です」



「そんな……あれは、主力戦車ですら、撃ち抜けるのよ」


「そこは、少女の秘密です」


 片目を瞑って微笑んだルリは、アカツキとともに、ビルの屋上に降り立った。




「君のような美しい娘に、銃は似合わないよ。
 良かったら今度、食事でも一緒にどうだい?」

 それが、エレンに会ったアカツキの第一声だった。


 半眼で、白い視線を送るルリ。

「所構わず口説くところなんか、ユウさん、そっくりですね。アカツキさん」

「ん?」

「いえ。なんでも――」





「アカツキ。
 エレンをどうする気だ」



 本気の双眸と堅い声のレイジに、アカツキは素っ気なく言い捨てる。

「ネルガルも企業団体だ。
 犯罪者を匿うことは出来ないよ」




「…………そうか。
 世話になったな。アカツキ。

 行こう。エレン」





 エレンを連れて、踵を返そうとしたレイジに、ニィッと嗤うアカツキ。


「ボクらは暗殺者『アイン・ファントム』なんかじゃなくて、『エレン』という吾妻君の『恋人』を保護したんだ。

 
ならば、何の問題もない!!






「アカツキ?」



「そう言うことさ。
 ボクは、有能な人材をみすみす見逃すほど太っ腹じゃないんでね」






 呆気に取られている二人を眺め、ニヤニヤと笑っているアカツキに、ルリが嘆息する。



「『相変わらず』、良い者か悪者か解りませんね。 アカツキさんは」




「はっはっは。

 いや〜〜。そんなに、誉めないでくれたまえ」



 闊達に笑ったアカツキは、白い歯をキランと輝かせた。





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