ブリッジ中央に、パイロットと戦闘に係わる各部門責任者が集っていた。


 全員揃ったのを確認したゴートは、前置き無しに本題に入る。

「10分程前。木星蜥蜴に、地球側の戦艦3隻が乗っ取られた」


「乗っ取る?」

 眉間にシワを寄せたリョーコに、アキトが呟く。

「……ヤドカリだな」


「詳しくは不明だが、襲撃してきた木星蜥蜴にブリッジを占拠されたらしい。
 その戦艦の救出任務が急遽、ナデシコに課せられた」



「だかよ、ゴートさん。まだ、ナデシコは修理中だぜ。
 出撃はできねぇぞ」


 片眉を上げるウリバタケへ、頷きを返すゴート。

「わかってる。
 今回、戦艦クルーの生存が確認されている。
 先も言ったが、これは破壊作戦ではなく救出作戦だ。
 よって、この任務はナデシコ無しで進める。
 グラビティ・ブラストによる戦艦の破壊は、最終手段だ」

「破壊とは何とも不経済ですなぁ。是非とも、救出を成功させませんと。はい」


「でもよ。なんで、その救出任務がオレたちに?」

 訝しげなリョーコに、イネスが白衣を翻した。

「説明しましょう。
 木星蜥蜴に乗っ取られた戦艦には乗員が乗ってるため、迂闊に破壊できない。
 もし破壊したことがマスコミや市民に洩れた場合、批判の対象になる。下手を打てば、上層部の責任問題にまで発展するわ。
 かと言って、地球園内まで入れてしまっては本末転倒。

 正直、軍は――正確に言えば、軍の上層部は、手を拱いてるのが現状よ。

 で、ワタシたちに目を付けたわけ。
 たとえ、破壊したとしても、バッシングを受けるのはネルガル。
 自分たちに害は及ばない、と言うわけよ」


「はン。なるほどね」

「姑息だよね〜〜」

「……そんなものよ。……軍なんて。
 …………救出だけに失敬な……吸湿だけに湿気いな……ウクククク」

「「はいはい」」




「と言うわけで、パイロットのアキトたちが戦艦に乗り込み、内側からトカゲを倒しちゃいます。
 それで、戦艦を止めればバッチリ!!」

 満面の笑みのユリカがVサインを出す。


 すかさずジュンが、乗っ取られた3隻の戦艦データをメイン・モニターに表示させた。

「乗っ取られた戦艦は、『ノジギク』『ササユリ』『アジサイ』。
 型落ちだけど、全て現役で活躍してる戦艦ですね」


「トビウメ級大型戦艦『ノジギク』は、操艦に二人の人員が必要だな」

 ゴートの説明に、メグミが小首を傾げる。

「あれ? でも、フクベ提督は大型戦艦を一人で操縦してませんでしたか?」


「あれは、フクベ提督だからこそできたことだよ」

「むう。あの方はそれが出来たから、提督の地位まで上がられた方だからな」

ちょっと!!
 この場に居ない奴のことなんて、ど〜でも良いのよっ。ど〜〜でもっ!

 向けるべきは、目の前の敵戦艦でしょ。敵!!」

 ジュンとゴートの称賛に、ムネタケが歯を剥いて抗議を張り上げた。


「この作戦に敵艦はいません。今回は、救出作戦です」

 両腰に手を当て、眉をひそめるユリカに、
 ムネタケが扇子を広げて、鼻で嗤う。

「フン!! アンタたちが救出に失敗したら即、破壊目標に変わるわよ。
 アタシの出世と名声のためにも、必ず成功させるのよ。良いわね!!


「まあまあ、それは兎も角としまして。
 大型戦艦で二人の人員が必要となりますと……」


「ワタシが行くわ」

「ボクも行こう」

 イズミとアカツキが手を上げた。


「おめぇら、大型戦艦を操縦できるのか?」


「……『ノジギク』なら……操艦できるわ…………総監が送還されて、とっても壮観…………ククククク」

「結論から言おう。ボクは全て操縦できる」


 ヒカルが勢いよく、手を上げる。

「は〜〜い。アタシ、『アジサイ』なら操舵したことありま〜〜す。
 勿論、無免でだけどね。
 リョーコは?」

「戦闘機なら、どんな機種でも操縦できるんだけどよ。
 アキト。おまえは?」

「操艦ならしたことあるが…………手動操縦は経験ない。
 俺は、数に入れないでくれ」



「あやや〜〜。操艦できる人間が一人足らないね〜〜。
 え〜〜と、他に操舵できる人は……」

 ヒカルが手で庇を作り、キョロキョロとクルーを見回した。


「止めるだけなら、誰でもできるんじゃないんですか?」

「メグちゃん。宇宙で止まるにはぁ、逆噴射しなきゃダメなのよぉ。
 地上のようにぃブレーキを踏めば止まるぅものじゃないわ」


 ユリカが手を真っ直ぐ上げる。

「はい。あたし、操舵できます。
 中型戦艦なら、連合大学の実習で扱いましたー」

「アホ。エステに乗れねぇ艦長が、どうやって戦艦まで行くんだよ?」

 半眼のリョーコのツッコミに、うっと声を詰まらせ、

「え、え〜と、え〜〜と……あっ、そうだ!
 
アキトと二人乗りで!!
 そして宇宙の中、アキトと密着して二人きり――」

 でぇへへへぇ〜、と緩んだ笑みを浮かべるナデシコ艦長『ミスマル・ユリカ』


「それなら、アタシだって免許持ってます。
 ナデシコに乗る時、小型機の免許取りましたから」

 張り合うメグミに、リョーコが緑髪を掻き乱した。

あ〜〜〜ッ!! あのなぁっ! 小型機動艇と戦艦じゃ、操縦法がまったく違うんだよ。
 小型機で出来んなら、オレが操舵してらぁ!


「むう。さらに、戦艦内で木星トカゲとの戦闘があるはずだ」


 意見が出揃ったと判断したイネスが、端的に纏める。

「総括すると、戦艦に辿り着けるだけのエステバリスの技量を持ち、白兵戦の訓練を受けていて、さらに、暴走している戦艦を停止させられる人物……と、いうことになるわね」



 全員の眼が、独りの少女に集中した。


 ――――『星野・瑠璃』に。



 ユリカはルリを見つめ、断言する。


許可できません!!



「そうそう。まだ子供よぉ」


「でも、背に腹は変えられねぇぞ」

「……何かあった時……戦力的に……もう一人、欲しいわね」


「だからぁって、ルリルリをぉ引っ張り出すことぉないんじゃなぁい」


「でも、他にいないよ〜〜」


キーーー!! 誰でもいいから、とっとと出撃するのよ。
 時間がないのよ。時間が!!



ぜ〜〜ったいに、ダメです!!

 鶴の一声。

 ユリカがクルーに向かって、大音声を放った。


 全員が、腰に手を当て胸を張るユリカに注目する。


浮気疑惑のあるルリちゃんを、アキトと組ませるなんて、もっての外です!!


 唖然と大口を開け放つクルーの中で、一人、深く頷き賛同を示すメグミ。

「久々に出たね〜。ユリカ節」

 皆の白い視線に、ユリカは腕を振って言い訳を捏ねる。

だってだって!! あたしだって、アキトのお布団で寝たことないのに。
 お布団の匂いを嗅いで包まっただけなのに……」

「そんなことしたのか?」

艦長!! ズルイですよ!!

「…………ズルイのか?」



「え〜。その件につきましては、艦長へ、個人的にお話するとしまして。
 時は金なり、とも言いますし、被害が増す前に出撃した方がよろしいでしょう。はい」



「俺は反対だ。
 何かあった時、オペレーターがいないとナデシコを動かせねぇ」


「だ〜い丈夫。大丈夫だ〜よ。ウリピー整備班長。
 その為に、アタシがいるのさ。
 
大船に乗った気持ちで、ドーンと来い!!

「おっ、自信満々だな。コルリちゃん」


うん!! ちなみに、大船はタイタニック号で、ドーンと来るのは氷山ね♪」


「「「「「 ダメだろ 」」」」」



「……表面に書いた日記の判別……氷山にタイタニックの沈没……ククククククク」


「「「「「「 ………… 」」」」」」

「うっ!? イズミパイロットに持ってかれた!!」
「コルリ……ギャグ担当は……あなただけじゃない。
 ワタシや……副艦長やアカツキ君もいるわ……忘れないで」

「戦艦3隻分の被害を考えると、ルリさんに危険手当を払った方が、お得なのですが――。
 いえ、ルリさんに、もしものことがあった場合、損害は戦艦3隻程度では割に合いませんなぁ。いやはや」

「アタシ……負けない!!

「プロス。こんな子供にエステバリス戦なんか期待できないわ」

「「いつの間にか、ライバル視されてるっ!?」」

「いえいえ。エリナ女史。
 ルリさんは、これでもナデシコ・パイロットに比べても遜色のない腕前でして」

「へぇ〜〜。マシンチャイルドのオペレーターがねぇ」

「でもぉ、ルリルリは12歳の女の子なのよぉ。
 そうよねぇ? ゴートさん」


「ム、ムウ。たしかに戦闘は無理だな」


 アカツキは心の中で、苦笑いを零す。

 ――それは、『ホワイト・ゴースト(星野瑠璃)』に対して、最大のジョークだよ。ゴート君。


「んなこたぁねぇぞ」

「そうそう。バッタちゃんを拳銃、一つで倒したしね〜〜」


「やれやれ。このままじゃ、何時まで経っても平行線のようだねぇ。
 時間も無いことだし、この際、ルリ君、本人に決めさせたらどうだい?」

 長髪を掻き上げたアカツキが、ルリに流し目を送った。



「ルリルリィ。どうするぅ?」


「…………いますよ」


「はぁ?」



「私の他に、三つの条件を満たす人」



「え? 誰?」



「アオイさんです」



「「「「 あっ!! 」」」」


 全員の声が重なり、ジュンがポンと手を打った。



「でもよ。副艦長はエステに乗れねぇだろ」

「シミュレーターで訓練してました」


「所詮、シミュレーターだろ?」

 呆れたように首を振るリョーコに、イズミが片手を上げる。

「それは……大丈夫。ワタシが保証するわ。
 ……シミュレーターで……対戦したことがあるから」


「腕前は?」

「……まあまあよ」

「へぇ〜〜。イズミに、まあまあと言わせるとは。
 さっすがは、アオイ君。
 能ある鷹は、バカを隠すってヤツだね〜〜」

「バカね。言葉が矛盾してるでしょ。隠すのは、爪よ、爪」

「へえ〜。でも、鷹の爪も、猫みたいに引っ込んですか?」

「さあ〜〜? アタシ、知らな〜い」

「…………瓜に爪あり…爪に爪なし……フヒヒヒヒヒ」


「では、アキトとジュン君。ヒカルさんとリョーコさん。アカツキさんとイズミさんというペアで。
 これで良いですね?」

「ああ」

「うん。了解したよ」

「オ〜ケ〜、オ〜ケ〜」

「ま、良いんじゃね」

「了解さ。艦長」

「……風が吹けば、桶屋が儲かる……お〜〜け〜〜…………ククククク」


 パイロットたちの了承に、ユリカは強く真剣な眦で頷き返し――――……、

「あっ! でもアキトが、ジュン君に惚れたらどうしよう?
 ア、アキト。ジュン君がいくら女の子みたいな顔してて、性格が良くて、物分かりが良くて、気が弱くて、家事全般が得意で、正統派ヒロインみたいでも、好きになっちゃダメだよ!!
 アキトは、ユリカの王子様なんだから!!」

 一転――胸の前で手を組み、瞳を潤ませた。

「酷いよ。ユリカ」

 本気で心配そうな表情を浮かべるユリカに、アキトは無言で手刀(チョップ)を落とす。

ゴス!

「いた〜〜い!!」

「テンカワさん」

「ん?」

「これを」

 音も気配も無く、アキトの隣に寄り添ったルリが、両手を椀にして差し出した。


 掌の中には、三発の銃弾。


「弾丸?」

「ブラスターの銃弾です。
 安全祈願のようなものですが」

 だが、とても祈願してるようには聞こえない事務的な口調のルリ。

「ルリルリが2歩リード!!」

「ルリちゃん」

「はい」

「…………ありがとう」

「礼は、作戦が成功してから聞きます」

 かすかに微笑むアキトと、無表情を返すルリ。


 見詰め合う黒衣の男と銀の少女に、衝撃を受けて蹌踉めいたユリカが、二人を裂き隔つように叫ぶ。

「ア、アキト!!」

「なんだ?」

「え……あ〜〜、え〜と、え〜と。
 あっ、そうだ! ジュン君!!」

「何だい? ユリカ。
 はっ!! そうか、僕のことを心配して――」

「アキトの足を引っ張って、アキトを危ない目に遭わせないでね」


 その心無い注文に、ジュンが矜持を傷つけられた悔しさと、軽んじられた哀しみの表情を同時に浮かべた。


 ジュンなど眼中にない(眼外の)ユリカは、アキトとルリの隙間に身体を滑り込ませ、こつん と敬礼した。

「アキト。ジュンくんのお守り(オモリ)よろしくっ!!

「ユリカ。お前なぁ……」

「え? 何?」


 床に『の』の字を書きながらイジケてるジュンを見、アキトは頭を振って、溜息を吐く。

「……いや…………なんでもない……」

「?」

 頬に人差し指を添え、ユリカが小首を傾げた。


 小声で囁き合い、面白そうに見物しているクルーたちに、身体を向けたユリカは、

では、皆さん! 戦闘の時間で――


「さっさと、出撃するのよ!!
 
この・アタシの・名声の・ために!!」

 ムネタケの発した大音声が、ブリッジに響き渡った。

「うわ〜〜。やる気削がれるね〜〜」
「……秋風の路……アキカゼ路……キ力ゼロ……気力ゼロ……クククク」


*


「あら、よっと」

 アカツキの気楽な声とともに、宇宙空間に爆炎が広る。


 あとに漂うのは、破壊されたバッタの残骸。


「ヒュー♪ 凄いね。こいつは」

 レールカノンを掲げて、口笛を吹いたアカツキに、リョーコがバッタを倒しながら通信する。

「反動も並じゃねぇけどなっ! ……っと。……危ねぇ危ねぇ



 今、アカツキの持つノーマルエステ用レールカノンは山田機用のモノだった。

 最後のクロッカスの護衛でも、山田はラピッド・ライフルしか装備せず、結局、一度も使わなかったことになる。


 その置物と化していたレールカノンを、ウリバタケがここぞとばかり引っ張り出してきたのだ。



 重さと反動の凄まじさに、並の腕では扱えないが、威力は折り紙付き。使わない手はないだろう。


 本来、スーパー・エステバリス・アカツキ・カスタムは、アキトと同じカスタム用のレールカノンを装備できたが、肝心のレールカノンが足りない。


 使えないことはねぇから、使っちまえ――――もったいないしな。 という一声で、有無を言わせず、アカツキ機にノーマルエステ用レールカノンを装備したのだ。


 気障な口調で、整備チームに皮肉を返しながらも、実戦で難無く使いこなすアカツキは、やはり一流のパイロットであった。

 性格は兎も角として。




 視界の端で、光が弾ける。



 コスモスから借り出した濃緑の0G型ノーマル・エステバリスが、バッタを破壊した光だった。


 パイロットは『葵・ジュン』


 これで、ジュンは5匹目の撃墜である。


 危険時に援護するため、常に視界の隅に留め、戦闘を見守っていたアカツキが、ジュンに通信を開いた。

「なかなか、やるじゃないか。副艦長」


「まだまだ……、だけどね」

 アカツキに返答したジュンは周りを見渡し、戦況を確認する。


 ジュンがラピッド・ライフルでバッタ5匹を倒してる間に、他のパイロットは20匹以上を撃破していた。


「……やっぱり、違うなぁ」

 項垂れたジュンが零した深い嘆息に、


「そりゃ、アタシらプロだもんね〜〜」

「…………レールカノンも……あるしね……」

「そう簡単に並ばれちゃ、オレたちの立場がねぇよ」

 ヒカルが笑い声を上げ、イズミが陰鬱に呟き、リョーコが鼻を鳴らした。


 割り当て分(ノルマ)のバッタを破壊したパイロット3人娘が、気楽な口調で返信してくる。


 閃光。


 ピンクのカスタム・エステバリスがバッタ群を矢のように突き抜け、こちらへ方向転換した。

 直後、爆破の光球が幾重にも連なる。


「やるねぇ。テンカワ君」

「うわ〜〜。すご〜〜い」

「元恋人たちのリスト…………絶交帳……絶好調……クククク」

「相変わらず凄ぇなぁ。アキトのやつ」

「さすがは、エース・パイロット」


 エステバリス・カスタムが濃緑のジュン機の手前で機体を停めた。

「そっちは、終わったか? ジュン」

「うん。なんとかね」




 戦艦3隻を取り巻いてたバッタは全て破壊できた。


 このバッタ群が、地球連合軍の救出部隊を戦艦に接近させなかったのだ。

 地球連合軍がレーザー艦砲でバッタ群を焼き払おうとすると、乗っ取られた戦艦が盾となって、始終邪魔をした。この策により、救出部隊は接舷を諦めたらしい。



「はン。後は、戦艦、A、B、Cだけだな」

「え〜〜、戦艦、ワン、ツー、スリーだよ〜〜」

「ここは、戦艦、アルファー、ブラボー、チャーリーと呼ぶべきじゃないかな」

「煎餅、餡どうなつ、トゥモロコシ…………戦艦、アン、ドゥ、トゥロワー…………クククククク」


「あ〜〜っ! 呼び名なんか、何だっていいだろうがよっ」


 リョーコのがなり声に、ジュンが首を振った。

「良くないよ。スバル君。
 右端から、『ササユリ』『アジサイ』『ノジギク』。

 中型戦艦『ササユリ』。2187年型駆逐艦。
 武装は、粒子砲1門。
 三連装対艦砲2門。
 三連装対空砲3門。

 中型戦艦『アジサイ』。2179年型突撃艦。
 武装は、リニアキャノン1門。
 レールカノン2門
 前面装甲が、厚いのが特徴だね。

 大型戦艦『ノジギク』。2192型巡洋艦。
 武装は、メガ粒子砲2門。
 三連装対艦砲3門。
 三連装対空砲4門。

 もっとも、最新の重力兵器が追加されてなければ、だけど」


「ボクの知る限りじゃ、追加武装はされて無いはずさ。
 グラビティ・ブラストやディストーション・フィールドを増設するなら、1から作った方が早いからねぇ」

 肩を竦めるアカツキに、ジュンは頷き返し同意を示す。

「大型戦艦『ササユリ』は、修理用重機が入れる整備専用の通路があるからエンジンルームまでエステバリスで進めるはずだ。
 そこからブリッジまで、壁の中を通る非常用通路で一直線で行けるよ。
 中型戦艦は格納庫からブリッジまで徒歩になるから、その分危険が増すと思う」


「ふ〜〜ん。ま、派手にかましてやっか」

「リョーコ。救出作戦なんだから、かましちゃだめだよ〜〜」

「……リョーコ…………イジメは撲滅」


「「は?」」


「……イジメはサイテー、怒ったでしょ…………いじめにさいてーいかったでしょ……………真面目に聞いてなかったでしょ…………クヒヒヒヒヒ」


「「イズミもな!」」



「諸君。死なない程度に、さっさと終わらせようじゃないか」



「行くぞ。ジュン。遅れるな」

「了解」


「しっかりやれよ」

「死なないようにね〜〜」

「頑張ってくれたまえ。地球の平和は今、ボク達の作戦にかかっているんだからね」


「……戦艦を止めたら、また会いましょう…………合格醤油赤印……醤油朱検印…………シーユーアゲイン…………ふっ、ダメね…………宇宙空間だわ」


「「は?」」


「……宇宙空間……現在の場所……今の位置……イマイチ…………ヒョェヒョェヒョェ」


「「「「「………………」」」」」


*


 ナデシコ・ブリッジのメインモニターには、エステバリスの反重力推進の黄光が6本、3隻の戦艦に向かう様子が映し出されていた。



「でも、アオイさんてシミュレーター機で訓練しただけですよね?
 大丈夫なのかなぁ」

「そぉねぇ。
 訓練はぁあくまでも訓練であって、実戦とは違うぅからね」

 メグミとミナトの会話に、ルリがぼそっと口を挟む。

「シミュレーター訓練機を甘く見てはいけません。
 オペラント条件付けは、洗脳と言って良いほど強力なんです」

「オペラント……?」


 「説明しましょう!!


「「ひゃっ!?」」


 突如、3人の真後ろから上がった生き生きとした声に、ミナトとメグミが悲鳴を洩らした。


 『イネス・フレサンジュ』は声、高々と説明を始める。


「パブロフの犬というのは聞いたことあるわね。
 餌を与えるたびにベルを鳴らし、やがてベルを鳴らすだけで犬の唾液が出るようになる、特定の行動と報酬を関連づけた有名な条件反射の実験よ。

 オペラント条件付けとは、それを人間用に磨き上げ、進化させた行動修正技術(プロセス)
 技量が上がれ(殺せれ)恩賞(報酬や階級)を与え、失敗すれば軽い懲罰(叱責や再教育)を与える。
 この賞罰を基礎として、軍は過去からの経験則に、条件付け(反復動作)を組み込んだ訓練方法を作り上げたのよ。

 簡単な一例を上げれば、警察や軍で使う射撃練習用のマンシューター。要は人型をした的ね。
 何故、あれは人の形を模しているのか?
 単に、命中率を上げるためだけならば、弓の的のように円形でも良いはずよね。

 戦場という極限状態では、人は瞬間的に、対象物を形でしか捕えられないわ。
 新兵なら、その傾向が高くなるでしょうね。
 その時、『人の形をした的』で射撃訓練をした兵は、反射的に『的』を撃つ感覚で『人』を撃てる。
 それは、人を殺すという忌避感を軽減(ゲーム感覚)、もしくは消去する役目(人型の的としか思えない)もあるわ。
 やがて、敵兵を見たら瞬間的に射撃できるようになることから、無意識下では人と的の区別すらしてないかもしれないわね。

 マンシューターは、黒のシルエットに同心円が書いてあるだけだけど、
 それが撃たれたと同時に、倒れたならば? さらに、撃たれたと同時に、赤い塗料が吹き出すとしたら? さらに、実際の人物の全体写真を使ったならば? さらに、細部まで作り込まれた立体的なマネキンなら? さらに、実写に見紛うような動いている精巧な3Dポリゴンならば?

 そして…………現実に動く人間(実際の戦争)なら?

 この訓練は、ベトナム戦争以降、世界中のどの国でも実践されてることを考えれば、その効果はおのずと理解できるわね。

 端的に言えば、オペラント条件付けとは、このような条件反射の反復訓練に賞罰を付随させたものよ。
 さっき、星野瑠璃が言った『洗脳』という言葉も間違いじゃないわね。

 さて今回、副艦長の場合、
 与えられたミッションをクリアすればそれは『達成感』という『賞』となり、途中でリタイアすれば『悔しさ』という『罰』となる。
 これは、アクションゲームやシューティングゲームを経験してれば実感できるわね。
 そして、ナデシコのシミュレーターは、ウリバタケの改造で衝撃や振動、音や画像も現実そっくり、
 しかも、星野瑠璃が敵戦闘プログラムを監修しているため、本物以上の攻撃行動を展開する。
 頭では理解していても、現実のように構成された空間に、人の『感覚』は騙されてしまうわ。
 勿論、偽物ということは意識では判ってるでしょうけど、無意識下までが判別してるとは思えない。
 反射的な銃撃で、偽物と本物を区別して『考えて』いるかしら?

 まさに、気分は本物の戦争(リアル)ってわけ。

 そして裏を返せば、実戦をシミュレーターの訓練感覚で戦えるってことよ」


 説明を終えたイネスは、ほぅ と、満足げな吐息を吐いた。

 三人娘のじと目の視線に、咳払いしたイネスは、メインモニターを仰ぎ見る。


「あとは、自分の死がゲーム感覚にならないことを祈るのみね」


*


 対空砲の射線を避けて、戦艦に接近していたアキトが眉を顰めた。

 戦艦から攻撃が無いばかりか、艦砲が自分たちを追尾すらしない。

「どういうことだ?」

「わかんないけど、手間が省けた事だけは確かなんじゃないかな」

「まあな」


 後を追うジュンの返答に、唇を歪めたアキトは、中型巡洋艦『ササユリ』のバリア発生器にレールカノンの照準を定め、引き金を引いた。


 戦艦を覆い護っていた虹色の壁が――クリムゾン製の電磁バリアが崩壊する。


 レールカノンの威力の前では、バリア発生器を防御してた電磁バリアと第一次()装甲など、ガラスの盾、同然であった。


 電磁バリアが消えた戦艦後部へ、レールカノンを向けたアキトを、ジュン機が手で遮る。


「待った。テンカワ。
 撃つ必要はない」


「だが――」

「この艦は、実習で使用したことがあるんだ。僕に任せて」



 戦艦後部に機体を寄せたジュン機が外部装甲の小さいパネルを外すと、直径10センチ程の赤いボタンが現れる。


 ボタンを押すと、射出口が開き始めた。


 アキトの訝しげな視線に、苦笑したジュンが説明する。

「非常用の射出口開閉ボタンさ。
 蜥蜴戦争前までは、宇宙船には設置が義務付けられていたからね」


「そこを、敵に狙われないか?」

「木星蜥蜴が現れるまでは、宇宙戦闘の基本概念は対艦戦だよ。
 互いに戦艦がビーム砲を撃ち合い、物量を持って撃ち砕く。
 人型兵器による機動戦なんか想定されて無いから、外側にある非常用の開閉装置なんか問題にされなかったんだ。
 勿論、木星蜥蜴が現れた今は違うけどね」


 射出口に機体を滑り込ませると、自動的に外装甲板が閉じる。


 内部が1気圧まで上がると、格納庫へと続く隔壁が開いた。


 眩い光が満ち溢れ――――眼前に、拳銃をエステバリスに向ける無数の人影。


 反射的に銃器を構えたアキトたちだったが、それが格納庫に避難した戦艦の乗員たちと気づき――、

 ラビット・ライフルを下した濃緑のエステバリスが、一歩前に踏み出した。


「ネルガル重工所属『機動戦艦ナデシコ』、副艦長『アオイ・ジュン』です。
 連合軍の要請で救援に来ました。
 どなたか、状況説明をお願いします」



*


 ジュンとアキトが、戦艦『ササユリ』の通路を走る。



 向かう先は、ブリッジ。



 戦艦を強襲した木星蜥蜴が、ブッリジに居座ってる限り、戦艦は停められない。



 艦内に潜り込んだ木星蜥蜴からブリッジを死守すべく、『ササユリ』の乗員は徹底抗戦をした。

 だが、手持ちの火器類では、たった一匹のバッタにさえ対抗できず、苦渋の選択で、反乱防止用のマスターキーを抜き取り、ブリッジを放棄したのである。


 たとえ、ブリッジを破壊されても、第二コントロールルームから操艦できる。それに、賭けた。いや、賭けざるを得なかった。


 だが、誤算があった。木星蜥蜴が、ブリッジを破壊せずに乗っ取ったことである。


 元々、第二コントロールルームは、ブリッジ機能が破壊された状況を前提に設計されてるため、優先順位はブリッジにある。

 ブリッジが健在だと、第二コントロールルームからでは、ほとんど操作できないのだ。


 今も艦長以下、オペレーターたちが第二コントロールルームから操縦権を奪い取ろうとしてるが、見通しは暗い。


 武力でブリッジを奪還しようにも、バッタ相手に手持ちの対人用火器では歯が立たない。


 突撃艦『アジサイ』なら、艦への接舷強襲や艦内白兵戦があるため、パワードスーツが配備されているが、巡洋艦『ササユリ』には無い。


 以上が、格納庫に集まっていた乗員たちの説明だった。



 だが、二人は――――


「どうする? テンカワ」

「勿論、行くさ。ジュン。
 そのために、来たんだからな」

「そう言うと思ったよ」


 そのやり取りだけで決断した。


 幾重もの配管が壁を這う潜水艦のような薄暗い通路に、二人の足音が響く。


 幸いにもまだ、バッタに出会(でくわ)してないが、拳銃は即、抜けるように警戒を払っていた。


「ジュン。射撃の腕前は?」

「連合大学で、射的はランクAだった」

「……ほう。そいつは凄い」


「ただし、射撃はBだけど」

「どういうことだ?」

「射的は止まってる状態で撃つこと。
 射撃は動いている状態で撃つこと。
 つまり僕には、ポイントマンは難しい。
 けど、バックアップなら、自信がある」

「なるほど」


 ジュンは思い出し笑いをした。

「ユリカは逆なんだけどね」

「逆?」


「ああ。ユリカは射撃はAのなのに、止まって撃つ射的はBだから。
 普通は逆なんだけど」


「だが、ユリカは士官学校を、主席卒業だと聞いたが」

「そうだよ。でも、それは総合的に見て、トップだってことさ。
 ユリカは、幾つかAAAやSランクを持っていたからね。
 これは、かなり凄いことなんだよ」

「ほう」

「ただ、ユリカは優秀だったけど、全てに於いて天才じゃない。
 戦略シミュレーションは、間違いなく天才だけど」


「……どういうことだ?」

「総合大学は優秀な生徒なら、飛び級できる制度があるんだ。
 でも、ユリカは飛び級せずに20歳で主席卒業だろ。
 それじゃ、エリート士官候補生たちの中じゃ、遅すぎる(・・・・)
 僕たちと同期に卒業した5席目なんて17歳だったしね」


「17でも卒業できるのか?」

「うん。成績が基準に達していればね。
 今から35年ぐらい前になるけど、総合大学史上、一番若く卒業したのは、12歳。
 名前は……確か…………『神狩ユリア』だったかな。
 これからも、この記録だけは、絶対に破られないだろうって話だよ」


「…………神狩?」


「そういう人間は卒業しても、軍へ行かず、研究所や政界に入るのが普通だけどね。この人は、違ったようだけど」


「なんで、ユリカは飛び級しなかったんだ?」

「出来なかったんだよ。
 飛び級するには、規定があってね。
 一つは、AAAかSがあること。もう一つは、Cが無いこと。
 ユリカは、幾つかCがあったからね」

「C?」


 苦笑を浮かべるジュン。

「うん。実地のサバイバル訓練で、ユリカが当番制で料理を作って、自分の隊を全滅させたり、
 オリエンテーションじゃ、ふらふらと寄り道して、時間通り目的地に辿り着けなかったからね」


「ジュン、お前は?」

「僕は、Cは無かったけど、AAAやSも無かったから。
 戦略シミュレーションの――」


「止まれ!! ジュン!!」


 突然、T字路の手前で急停止したアキトに、ジュンが蹈鞴を踏む。

「テンカワ?」


「バッタだ」


 アキトのバイザーに、光緑線の幾何学模様が浮かび上がっていた。


 曲がり角から、右へ延びる通路を覗くアキト。


おっと!


 アキトが顔を引っ込めると同時に、機銃の連射音が響き、鉄板が抉れる。


 蛍光灯が煌々と照らす中、鈍光を反射させた黄色の装甲のバッタが一匹、通路を塞いでいた。


「宇宙用バッタか。
 ………………さて、どうするかな」

 顎に手を当てて考え込むアキトを見、目頭を覆ったジュンが重い溜息を吐き出した。

「…………テンカワ。君、本当に行き当たりばったりだったんだね」


 だが、ここで嘆息してても、事態は好転しない。

 ジュンは、リズムを取るように靴の爪先で通路の床を叩いた。

「セラミックタイルか。
 うん。好都合だ。
 ここが、Dー34ブロックだから、たぶん……」


 ジュンは鉄製の壁をコツコツと叩いた後、壁にある鍵穴を拳銃で撃ち抜いた。


 何事かとアキトが見守る中、壁の一部が開く。


 中には幾重もの配線や配管が、狭いスペースにぎっしりと組み込まれていた。


 ジュンは配管と配線に視線を走らせる。


 確か、一定間隔で整備用の――……


「あった」


 ジュンは左上方にある、この区域の電源装置に手を伸ばし、ダイヤルスイッチ式のブレーカーをONからOFFに切り替える。


 電力供給が途切れて、通路が無重力となり、身体がふわりと浮き上がった。


 ジュンは振り返り、配線の中で一番太い電線(ケーブル)を指さす。


「テンカワ。君の銃でこの黒のケーブルを撃って、切断してくれ。
 僕の銃じゃ、口径が小さすぎる」


「外まで穴、開かないか?」

「戦艦の装甲板は拳銃で穴が開くほど脆くないよ。
 それに、こっち側は内側だからね。問題ない」


 拳銃(ブラスター)を抜いたアキトは後ろに下がり、壁に背を付けた。

 無重力で銃を撃つ時、一番気に留めなければならない事は、発砲時の反発力――要は反動である。

 アキトの持つ無反動ブラスター『ABS(アビス)137』は、弾薬が九ミリのオートマチック・タイプの時は無反動だが、
 11.85ミリのリボルバー・タイプの時はそのエネルギー弾薬の威力により、僅かに反動が生じてしまう。

 銃を撃った瞬間、後ろに吹き飛ばされてしまっては、当たるものも当たらない。

 そのため、アキトは壁に背を付けて、身体を固定したのだ。


 ジュンが離れたのを見て取るや、アキトは二連射で直径10センチの電線を断ち切る。


 ジュンは、断ち切られた極太の黒い配線を、壁の中から引き擦り出し始めた。

 絶縁体に包まれたケーブルの中には、幾本ものワイヤーのような鉄線が入っている。


「で、そいつ(ケーブル)をどうするんだ? ジュン」


 ある程度の長さまで引っ張り出したジュンは、天井を指さした。


「あの、赤いライン。
 艦内温度調節とスプリンクラーを兼ねた水道管だ。
 バッタの真上にも続いてるはずだから、合図と同時に撃ち抜いてほしい。
 ただし、あのスプリンクラーの周り10センチは避けること。じゃないと、水と混ぜて使う粉末消化剤が噴射されるからね」


「水? ……電気を流すつもりか?」

「当たり」


「こっちまで電気は?」

「大丈夫。このセラミックタイルは電流を通さない。
 水も無重力だから、流れ出すこともないし、通路脇にはアースも有るから、高圧電流でも問題ないよ」



 左手で配線の束を持ち、右手で壁の突起を掴むジュン。


 後ろの壁に片足を着け、身体を固定したアキトは壁を盾にし、左手で銃を撃った。


 細い水路配管を撃ち抜くと同時に、配線の束を投げたジュンは身を翻し、ブレーカーをONにする。


 撃ち抜かれた水道管から、水が水圧で勢いよく噴出した。


 無重力の中、水は床に溜らず、途中の物体――機銃を連射するバッタに纏わり付くように周りを覆い、水の(ボール)を形成し、


 そこに、電線の先が水の球に潜り込み――――


 ドドゥン!!


 雷が落ちたような轟音と、凄まじい閃光が弾けた。


 ワン・フロア分に相当する重力制御用の高圧電力がバッタに襲いかかる。


 ジュンは、短絡(ショート)で自動的にOFFに戻ろうとするブレーカーのダイヤルスイッチを、ON側に押さえ込んでいた。


 2分も押さえていたであろうか、何処からか、くぐもった爆発音が聞こえ、バッタを感電させていた電気の弾ける音が消える。


 戦艦の何処かがショートに耐え切れず、電子回路ごと吹っ飛んだらしい。


 ジュンがスイッチから手を離すと、融けたプラスチックが黒い糸を引いた。

 ブレーカーから黒い煙が球形状に広がり、焼け融けたプラスチック特有の匂いが立ち込める。


 パイロットスーツを着てなければ、間違いなく両掌を大火傷していただろう。


「テンカワ。バッタは?」


 バッタを取り囲む大きな水の球と、その周りに漂う無数の小さな水の玉が、通路に浮游していた。


 その大きな水球の中心に、逆立ちしたバッタが浮いている。


 アキトのバイザーに表示されていた幾何学模様状の各種データが消えていた。

「ジェネレータ反応、(ゼロ)
 コンプリートだ」


 バッタを見つめて頷くアキトと、指で頬を掻くジュン。

「随分と便利だね。そのバイザー」


「まあな。
 ところでジュン」

「なんだい?」


 アキトは水球(バッタ)の浮く通路を指さした。

「ブリッジは、あのバッタの向こうを真っすぐだよな」

「そうだけど?」


「あの水の塊、帯電してんじゃないか?」


「…………あ〜〜。
 ………………パイロットスーツは、絶縁になってるから…………大丈夫…………だとは……思うけど…………」


「潜る勇気あるか?」

「……ない」


「回り道だな」

「そうだね。…………ごめん」

「いいさ。バッタを倒せたんなら、回り道ぐらい時間的なロスにはならん」


 無重力の中、アキトとジュンは通路脇の手摺りを掴み、腕の力で身体を前に押し出して先に進む。


 無重力状態で通路を移動するには手摺りを使い、腕力だけで宙を滑るように前進する無重力間移動法が一般的である。

 それが、無重力で一番速く、正確に進める方法であったし、軍や民間の宇宙行動指導要領でも、この移動法が推奨されていた。

 宇宙船やコロニーの通路に、必ず手摺りが取り付けられてるのは、このためである。


 壁を足で蹴り、反発力で進む無重力移動法は、途中で停止や方向転換ができず、さらに、壁の配管や精密機械を蹴り壊しかねないため、
 民間船やコロニーはもとより、戦艦でも非常時以外は禁止されていた。


 アキトとジュンは、無重力空間を走る速さと同等のスピードで滑り泳ぐ。

「なあ、ジュン」

「ん?」

「エネルギーラインを切れば、エンジンも止まるんじゃないか?」

「テンカワ。慣性の法則を忘れたのかい?
 エンジンは止まるけど、逆噴射しなきゃ、戦艦は止まらないよ」

「…………そうだった」


*


 ガン! ガン! ガン!


 ジュンの拳銃が火を吹き、コンソールに取り付いていたヤドカリが煙を上げながら落ちる。


 ブリッジには、ヤドカリ1匹しかいなかった。

 他の護衛のバッタは、先程のアキトたちとの戦闘に駆り出され、全て宇宙の藻屑と成り果てていた。



「止められそうか?」

「大丈夫」

 1Gで重力制御されてるブリッジを、ジュンは一人、右へ左へと飛び回る。



 戦艦の推進噴射を止めたジュンは、コントロールパネルをタイプし(打ち)、エネルギーバイパスを逆噴射用に設定する。

 モニターに軌道計算結果が表示された。


 ジュンの後方。壁に背を預け、腕を組んで、作業を見ているだけのアキトが呟く。

「見事なもんだ」


「止めるだけならね。
 これを手動で起動・操艦しようとなると、フクベ提督並の経験が必要になるよ」


「ふ〜〜ん。そう考えるとフクベ提督って凄かったんだな」


 逆噴射用のエネルギーバイパス設定と時間毎のスピード設定を終えたジュンは、レバーを押し下げて、逆噴射を始動させた。


 戦艦が徐々に減速していく様を、速度計が数値で示す。


「…………テンカワ。あの方は、現場叩き上げで提督になられた方だよ。
 凄いなんて言葉じゃ括れない人だったんだ」


「そうは、見えなかったが……」


 アキトは首を傾げる。

 『前』も『今回』も、茶飲み姿の記憶しかない。

 あとは、『前』のウクレレを弾き流すファンキー爺さんの姿か。


 そんなアキトの声音を聞き、ジュンは首を振った。

「ナデシコのせいだよ。
 能力の高い人材が集まりすぎて、ただ能力のあるだけの人だと、普通の人に見えてしまうからね。
 僕みたいな凡人は『落ちこぼれ』さ」


「そうか?」

 心底、不思議そうな表情のアキトに、ジュンが微苦笑を浮かべる。

「そうさ」


 スピード計が0を示した瞬間、ジュンはレバーを引いて、逆噴射を止めた。

 戦艦が、宇宙空間に停止する。


「後は、ナデシコに通信を入れれば、ミッション終了(クリアー)

 ジュンが通信機をONにした途端、


「アキトニィ! ジュン副艦長!
 ご苦労さ〜ま!! 他の二隻も今、停船したよ〜。
 んで、こっからが本題!!
 
敵戦艦が7隻、大絶賛接近中〜〜〜!!


 『緊急事態!!』と書かれたプラカードを掲げたコルリがモニター、全面に現れる。


 顔を見合わせたアキトとジュンは、踵を返して走り始めた。



*



 作戦の失敗を悟ったように、7隻の木星戦艦と無数のバッタが地球へ進軍していた。


 だが、ここから先へ通すわけにはいかない。

 この先には、停船した地球連合軍の戦艦三隻と、そして――――


「ナデシコは修理中で動けねぇんだ!!
 おめぇら、気合入れろよ」

「はいは〜〜い。お仕事。お仕事。
 張り切っちゃうよ〜〜」

「沢庵の金柑……沢山の戦艦……ククククク」


 赤、オレンジ、水色の3機のエステバリスが自ら先陣を切って、木星蜥蜴へと向かう。


「おや。気合、入ってるねぇ」

「悪いことじゃないさ」

「はは。確かにね」


 アキトたちも、その後に続いた。



 リョーコ・ヒカル・イズミの三人は、同じ戦艦の同じ箇所に狙い定める。


 ノーマルエステ用レールカノン、一発の威力では、戦艦のフィールドは破れない。

 それを補う攻撃が『三点バースト』と呼ばれる射撃法。

 3機が0.5秒差づつずらし、1ミリの誤差なく同じ箇所を打ち抜くことで、戦艦のフィールドを貫く。


 撃つ順に難易度が上がっていき、3人目の狙撃は難易度S級にまで達する。

 そして、イズミはレールカノンで、その狙撃ができる腕を持っていた。


 3機が、引き金を絞り――――

 カキン!!(空撃ち)

「へっ?」

「あや〜?」

「…………あら?」



 ヒカルが悲鳴のような叫び声を上げる。

ああっ〜〜。重力波エネルギーライン越えてるよ〜〜!!



 ノーマルエステ用レールカノンは、ナデシコの重力波エネルギー範囲内でしか撃てなかった。


 ウリバタケ特製リリーちゃん3号の小型ジェネレーターを流用しているノーマルエステ用レールカノンは出力の関係上、
 重力波エネルギーをナデシコから供給されないと、射撃時のエネルギーが不足する。



 そして今、エステバリス部隊はナデシコの重力波エネルギーラインを大幅に越えて陣を張っており、レールカノンは無用の長物と化していた。



「くそっ」

「…………マズイわね」

 毒突くリョーコと眉をひそめるイズミを見、アカツキがやれやれと肩を竦める。

「あ〜〜。結構、不便な武器だねぇ。
 これじゃぁ。実戦配備しても、不評だろうね。
 売れると思ったんだけど、惜しいなぁ」


 ハッ とリョーコが気づき、アキトへ通信を繋げる。


アキト!! おめぇのバッテリーは!?


 アキトは無言で、口角を上げた。


 姿勢制御用の反重力スラスターでしか消費してないのに、カスタムのバッテリー残量が目に見えて減っていく。


 ――さて、どうするか…………。


 ここで、手を拱いていると、アキトのエステバリス・カスタムはバッテリー切れで、何もせずに動けなくなるだろう。



「あ〜〜。戦艦がこっちに来ちゃうよ〜〜」


 ヒカルの嘆き声を聞き、アキトは決断する。

「俺がやろう」


「あ? やるったって……何をだよ?」

 アキト機がレールカノンを外し、イミディエット・ナイフを抜刀した。

「ナイフだけで片付ける」


「本気かい? テンカワ君」

「でも、倒した後、どうするの〜〜?
 帰るエネルギー、ある?」


「…………ないな」


「え〜〜。漂流しちゃうよ〜〜?」


「…………史実通りか。
 終わったら、拾いにきてくれ」

 そこで、アキトは一つ、苦笑を浮かべる。

「ああ。でも、ノーマル戦闘機で迎えに来るのだけは止めてくれ。
 余計な手間が増える」



 ナイフを一振りしたアキトは、先頭の戦艦に狙いを定めた。


「待てよ!! 死ぬ気かよ!!」

「そんなつもりはない」


「テンカワ。考え直すんだ」

「テンカワ君。それは、無謀なんじゃないかい?」

「悪いが問答してる暇は無い。
 こうしてる間にも、バッテリー残量が減ってるんでな」


「あなたの腕なら出来るでしょうけど…………危険よ」

「俺の誓いは『ナデシコの仲間を護る』ことだ。

 障害は――全て、叩き潰す


 イミディエット・ナイフを構えたアキト機は、ブースターを全開に――――


「グラビティ・ブラスト。いっきま〜〜す!!」


 全員が振り返った。


「「「「「ナデシコ!?」」」」」


 そこには、所々、白い装甲が剥がれ、機構部を剥き出しにしたままのナデシコ。


「アキト!! あなたの為に、早く来たの〜〜!!」


 アキトの前に、ユリカのコミュニケ画面が大きく展開する。


 同時に、ナデシコがグラビティ・ブラストを撃ち放った。


 闇色の渦光は、密集した戦艦群を貫き、――――――宇宙に巨大な爆炎の華を咲かせた。


「ちっ。美味しいところ持っていきやがって」

「い〜〜じゃない。助かったんだから〜〜」

「……無かったーカッター買ったー、安かったー良かったー助かったー……プククククク」

「残りはバッタだけかな。
 レールカノンが使えれば、ボクらの敵じゃないね」

「とっとと、片付けるぞ」

 ナデシコの援護を受け、残ったバッタを撃破していくエステバリス・パイロットたち。

 アカツキなど、鼻歌混じりにバッタを破壊している。





「アキト!! 頑張れ〜〜」

 ブリッジの艦橋から、ユリカが声を張り上げて、アキトに声援を送っていた。

アキト!! ユリカの愛のパワーをあげる。
 これで、アキトもパワーアップだよ!!
 嬉しいでしょ。嬉しいでしょ。
 ユリカ。ご褒美は、アキトと添い寝が良いな〜♪

艦長!! どさくさに紛れて、戦闘中に何を言ってんですか。
 
添い寝するのは、このアタシとです!!

「あんたたち、いい加減になさい!!
 今は、軍に恩を押し売りする絶好のチャンスなのよ!!
 と、言うわけで――
 星野瑠璃。グラビティ・ブラスト、発射!!

「エリナさん。それはあたしが命令することです。
 
ああ〜っ、ルリちゃんも撃っちゃダメ〜〜!!

「キシシシシシシ。
 コスモスから、弾薬も補充満点!!

 
あっ,そ〜〜れ♪♪弾♪弾♪降れ降れ♪
 ()〜ちゃんが〜♪バズーカーでお出迎え〜ウレシイナ〜〜♪
 ドンドン♪パチパチ♪ランランラン♪♪


 ミサイル全弾発射〜〜!! ぜ〜〜んぶ、ぶっ飛べ〜〜!!」

コルリちゃん。勝手にぃミサイル発射しないのぉ!!

「ああぁ、コルリさん。ミサイルのお値段は、戦時下で少々割高になっておりましてなぁ。
 もう少し、節約して頂きませんと、我が社としましても……」

「ムウ。だが、対費用効果が上がれば、出し惜しみするべきではないと思うが」


 木星蜥蜴が連続して爆破し、閃光爆華が宇宙を照らす。


お〜ほほほほほほ。敵は殲滅!! 皆殺しよ!!
 蜥蜴のブンザイで、アタシに楯突こうなんて56億7千万年早いのよ!!

 高笑うエリナへ、コルリが肩を竦めてツッコム。

「いくら蜥蜴のブンザイでも、そんなに経ったら、人間飛び越えて、弥勒菩薩になってそうだけどね〜」


キーーーーッ! あんたたち、真面目にやりなさいよ!!
 ア・タ・シ・の・評価が、かかってるのよ!!
 この・ア・タ・シ・の!!

 
キーーーーーッったらキーーーーーッ!!

「ミサイルを大盤振る舞いしたところで、
 本日のコルリちゃんの応援ダ〜〜ンス!!
 
秘技!! コサックダンスで3倍速マイムマ〜〜イム!!
 マ〜イ,マ〜イ,マ〜イ,マイ,マイ,マイマイマ
マママママママママママママママ…………


「ほ〜〜い。バッタちゃん、殲滅したよ〜〜」

「テキ屋であんみつ……てきでんみつ…………敵、全滅…………クックッククク」

「ああ、疲れた。人使いが荒ぇったらよ。まったく」


 敵戦艦をナデシコのグラビティ・ブラストで撃破し、
 残りのバッタをエステバリス隊が破壊する。

 さらに、ナデシコのミサイル攻撃が、エステバリス隊をサポート。


 常勝パターンに則った勝ち戦だった。



 長髪を掻き上げたアカツキが、レールカノンを掲げて眺める。

「やっぱり、レールカノンが使えると違うねぇ。
 何とか、商品化できないかな?」


「全員、無事か? 被弾機はねぇな」

「うん。5人、全員いるよ〜〜」



「エステバリス隊。帰還する」


 ナデシコに報告したアキトは漆黒の宇宙を眺め、ぽつりと呟く。


………………遭難は無しか







「アキト〜〜!! ご苦労さま〜〜!!」


 ユリカの喜色に満ち溢れた大声が電波に乗って、宇宙空間に響いた。













「……あれ? 何か忘れてる気が…………」

「ん? ルリネェもそう思う?」


「さて?」

「はて?」

次へ