第9話

アトモ社。

蜥蜴戦争開始の頃に建造されたこの会社は、実際は有人ボソンジャンプの成功を主目的とするネルガル傘下の研究施設だった。

つい以前までは、此処も他の多くの非合法研究施設と同様、度重なる人体実験を繰り返し、数え切れぬ程の命を有無を言わさずに散らしてきた。

が、それは一人の出向研究員によって、ほぼ0にまでなった。

それは、彼のせい。

マキビハリ。

広い、5〜6階建てのビルがすっぽり入りそうな空間に、宇宙から落ちてきたチューリップが口を上にして立てられていた。

その上に、何本もの太いワイヤーにて吊り下げられたエステバリス。

ジャンプに耐えうる事が出来る様に、装甲は厚く、フィールドも厚く張れるタイプ。内部の人間も、一昔前の宇宙に出る宇宙服の様なスーツ。

そんな重装備でも完璧ではない事は、モニタールームの研究員達の表情が露骨に示していた。

ハリが来る前は、この装備でも圧壊を起こし、内部の人間が耐えられなかったからだった。

「実験、開始するわ」

「解りました」

「向こうに出たら、出てきたチューリップからまた戻ってくるのよ」

今までの実験から、跳躍門に飛び込めば別の跳躍門に出る事が判明していた。

スーツ姿のエリナが指令を出し、いつでも白衣のイネスその他が見守る中、エステバリスはチューリップ内の空間へと沈み込んでいく。

「ワイヤー、切断!」

 報告と同時、空中での唯一の支えとなっていたワイヤーが接続を解除した時、エステは何処までも続くと思われる、奥に木星の様な景色が歪んで見える底の見えないチューリップの奥へと、無慈悲なまでに急に沈んで行った。

「ボース粒子反応、出ます!ジャンプ、完了です!」

次の報告が届いた途端、モニタールームにギターの弦の如く張り詰めていた緊張感が知恵の輪の如く解けていく。

とりあえず、結果を知るには実験台が帰って来ない事には話にならないが、一旦みんなの体から集中が途切れる。

そして連れ立って殆どの研究員が部屋を出ようとする中、イネスとエリナは暫し部屋に残ったまま。

イネスがふとこぼした言葉に、エリナが自信を持って返す。

「今回は、成功するかしら?」

「今回も、よ。

 今まで、あの子がいたから成功したのよ?」

「けれど、あの子以外成功していないのも、また事実よ」

今までの実績を取り上げるエリナを、イネスは反例を以って諭す。

「それに成功と失敗の境界も、解っていない。

 私の予想だけど、アキト君達のジャンプとハリ君のジャンプ、何か違うのよ。

 あの子に実験に付き合って貰う理由は、無いかもしれないわね」

「だから少年君を使うんでしょ、博士?」

「……そうね」

確かに研究の成功の為、そして自らの栄誉の為とはいえ、今まで死んでいった人間に対する思いは僅かに持てるエリナ。

 自分が仕掛ける事とはいえ、可能性だけで少年をも巻き込んでしまう事に少し憂鬱な顔をしたエリナは、しかし表情をいつもの厳しいそれに戻し、何もいない実験空間に顔を再び向けた。

自分の思考に、視線を背けるように。

僕の体は、いや心は、本当にどうにかしてしまったのかもしれない。

昨日は確か次のナデシコの目的地へと思いを馳せている間に、突然何者かに律せられたかの様に意識を停止、分断され、不安定な感覚を強制的に味わされていた。

ただ真っ暗な場所。重力の存在しない広大な海の中に溶け込んだ様な、もしくはコアセルベートの中に一体化した、全てが解って解らない世界。

そこからようやく抜け出せた(実際は自発的ではないが、こう表現する)時には、廊下にいた筈が自室のベッドにいて、しかも5時間も経過していた。

折角記憶喪失にも折り合いをつけることが出来た矢先、別の何かが僕に襲い掛かる。

いったい、何故……?

―――と、言うのを気にするよりもまず、僕は目の前の試練について考えなければならない。

それは、1週間前の事だ。

「少年君」

「はい?」

その日、僕はエリナさんに呼び止められた。何だろう……と思いきや。

「少年君……実はね、貴方の正体、解りそうなの」

「――――え?」

思わず声を洩らしていた。歓喜のそれではなく、驚愕のそれを。幸い、向こうはその僅かな差異には気づいた様子は無い。

それより、どうしていきなりそんな事を言い出すのか。

―――いや、それはすぐに分かるはずだ。後二、三日もしないうちに、アトモ社のある場所に着くからだ。

テンカワさんやホシノさんは他の事情を知らない人には言うつもりは無いって言ってたから、除外。

勿論、僕も誰にも言ってない。

……もしかして、いやもしかする事も無く、ハッタリなのだろう。

黙りこくった僕の態度を食いついてきたと勘違いしたか、エリナさんは得意げにまくし立ててきた。

「ネルガルの調査でも、貴方の事を調べるのには苦労したの。けど、取りあえず一つ解った事があるわ。

 ―――それは、貴方がボソンジャンプが出来るという事」

(何故、それを……?)

という言葉をすんでの所で飲み込み、まず思考に移る。

行動をして後悔しない様に、まずは思慮深くあれ。

何か、そう推定、もしくは断定に至る為の理由があるはず。

(――――あ)

1つ、あった。火星から戻って来る時、僕は展望室に転移していた。

話を聞いた今なら、あれがジャンプだと理解できる。

あの映像データがあって、それを見ていたとしたら、そう言えるかもしれない。

しかし、よくもまあこんなでたらめを、ジャンプと結びつけてスラスラといえる物だ……

「ネルガルとしては、このまま貴方の記憶探しに協力してもいいわ。それには条件が二つ」

「……何ですか?」

取りあえず、さらに食いついた振りをしてみる。大方、まずテンカワさんに協力を依頼して、呆気なく断られたから、やり易そうなこっちに来たってとこだろう。

実際、テニシアン島にて、エリナさんがテンカワさんに何かこっそりと話を持ちかける所を目撃していたし。

それを聞いてみたいところだが、エリナさんは存外頭がいい。

何となく「どうしてそこで、アキト君の話が出てくるの?」とでも言われたら僕が窮地に陥る。

 僕は、彼女の頭の中では『テンカワさんも展望室にジャンプして来た』という事実、それに連なる『それはボソンジャンプだ』という事を知らない事になっているからだ。

「一つは、人間単位のジャンプの実験に協力して欲しいの。

 協力のし合いは、契約として当たり前でしょ?勿論、安全は保障するわ」

まあ、それはいい。僕は昔のテンカワさんだから、ジャンプの耐性があるから。

……ある筈だよね?多分……そうだと……思う。根拠は無いけど。

「二つ目は……」

「ナデシコを降りる事、か」

そして、条件通り、僕は荷物を纏めてナデシコを降りた。

今はコンクリートに垂直に立てた赤のトランクケースにもたれ、額から湧き出る汗をぬぐいながら、後で拾いに来ると言ったエリナさんの待機中。

真昼の太陽が上空から光の矢を降り注がせ続け、汗はそれに呼応してとどまる事を知らない。

それでも確か今の地球は21世紀に比べ、温暖化現象は比較的ましになったと言われている。

季節の変化を再び感じ取れるようになった、とも。

温暖化の影響が特に顕著に現れだしたのは、21世紀中頃から。

冬でも雪が降るのは一年に一度あるかないかとなり、3月の時点で30度を超える事もざらになった。

しかし、流石に危機を感じた人類の努力によって、つい数十年前にようやく以前ほどではないにしろ、気候を取り戻す事に成功した。

穏やかな風に吹かれながら、僕は基地での様子を思い出していた……

ヨコスカ基地の中で、ナデシコが軍に編入される事が改めて発表された。同時に、新規パイロット、イツキカザマさんの出向の発表。

ここまでは以前のテンカワさんの話と同様、『過去』の歴史と同じという奴だ。

だが、此処から先が違う。

 以前はその時に『テンカワアキト』のナデシコからの退去命令が出てパイロットの交代劇があったが、それが無くなってただの紹介になり、テンカワさんとイツキさんの握手もなし。

代わりに、それが終わった後に僕はプロスさんに呼び出された。

理由は解っている。エリナさんとの約束通り、ナデシコを降りて実験に参加する為。

表向きはコックの足りない支社があり、そのために転勤するという事になっている。

その挨拶回りの際には、みんなが別れを惜しんでくれた。

その中でも、他と違ったのが二人。

その一人目が、サラ。彼女は普段の様子を見ていたら信じられないほどの物凄い取り乱し様だった。

泣き叫んで、「私も少年と一緒に降りる!」とわめく始末だった。

僕に、それだけの価値があるのだろうか?いつも強気で、明るくて活発で人気があって、

『お兄ちゃん……』

―――あの時、彼女は僕に、僕の後ろに何を見ていたのか?それすらも、ナデシコを出る僕には、知る由は無い。

それでも、涙でぐちゃぐちゃに濡れ、か細い両手の指でシャツを掴んで離さない彼女を見ていられなくて。

『必ず、また会えるから』

確証も何も無い、思わず僕の口から出たこの言葉で、彼女の精神は落ち着きを取り戻したようだった。

そして、もう一人。テンカワさんは、さらに謎の別れ方をした。

一人で廊下を通っている間に、彼と遭遇した際、彼は意味深に笑う。

そして、無言で一枚の紙片を手渡してきた。

そして、かけてきた言葉は。

「―――またな、テンカワアキト」

その言葉は、前回のことを踏まえて言っているのか、それとも……

その事はとりあえず端に置いておき、渡された紙片に目を通す。

これからの指図か、はたまた口では言えない別れの言葉かと思いきや―――

「……何だ、これ?」

その中身は多分僕だけでなく、誰が見てもそう言うだろう物だった。

宇宙人の暗号か?はたまた、ただの印刷ミスか?もしくは、からかっているのか?

そう疑念を持っても仕方の無い、上から見ても意味不明の、一定の隙間、一定の太さ、そして長さと切れ方がばらばらな横棒の線が数多く並んでいた。

見方によっては、バーコードに見えなくも無い。規格はさっぱり解らないが。

微妙に煙に巻く、テンカワさんの事だ。恐らく今回も、その範疇に入る物だろう。

だが……本当にそうなんだろうか?小骨が喉に刺さったような、またはエンディングを迎える前付近の恭介の煮え切らない態度のような引っ掛かりを今回は覚える。

この紙を見ていると、妙に懐かしいような、知っているような思いが湧き上がる。

いったいそれは、何時の事だったか―――

「少年君、迎えに来たわよ」

その言葉にハッと我に返り、ポケットに紙をねじ込んでから振り返ると、スーツ姿でオープンカーに乗るエリナさんと、相変わらず白衣のイネスさん。

「どう?不安?」

「ん……多分、何とかなるんじゃないかと。案外」

「余裕ね……」

僕のわざとらしい答えに少し顔をしかめたエリナさんだが、すぐに普通のキャリアウーマンの顔に戻る。

「さあ、行くわよ。鞄は後ろに乗せて」

僕は不安を抑えきれないまま、前の座席に乗り込んだ。

やがて車が動き出す。風景を全て後ろに押し流し始めるのに、僕の不安を流してはくれなかった。

地球近海まで、徐々に近づきつつある、木連のゆめみづき級戦艦。

地球製の兵器が木星付近までチューリップを利用してジャンプし、すぐに逃げたと報告があった。

そして、月基地にて新型ナデシコタイプの戦艦の建造という斥候からの報告。

そこから地球の有人ジャンプ技術と戦力増強を危惧視した木連上層部は、優人部隊とユリカに研究所破壊、及び新型戦艦の破壊の任務を出した。

地球には白鳥と部下一人を派遣し、ゆめみづきの残りの戦力は月に行く事が決定されている。

その作戦開始まで、2日を切ろうとしていた。

その一室で……

「おはよう、天河」

「おはよう、ユリカさん」

寝室から出てきたユリカを迎えるのは、エプロンを装着して朝食を作る涼権と、皿の準備をするココ。

涼権が作っている理由は、ココに料理を作らせると、味覚どころか魂が壊滅しかねない味付けをした為である。

無論、涼権によって封印指定は済ませてある。

例として、ココスペシャルタツタサンドという物が有る。

普通のマグロタツタサンドへのトッピングに、ココ曰く、

「秘伝のソースがたっぷりかかっているのだぴょろーん♪

 マヨネーズとぉ、マスタードとぉ、かにみそとぉ、練りワサビっ!

 それからタツタ揚げには塩コショウして、しょう油ちびっと垂らして、バターたっぷり塗ってぇ、

 焼けたらシナモンとカルダモンとターメリックとナツメグとバニラエッセンスをまぜまぜして振りかけてぇ、

 それから、それから、えーと……なんだっけ?

 七味と、カレー粉と、ラー油と……なんか見つけたチューブを、適当ぉ〜にぬりぬりしてぇ…

 そこに! すかさず、レタスの繊切りを間に挟むっ!」

 ……に、更に涼権のリメイクで、タバスコにセージにミントにケチャップに砂糖にトンカツソースにビネガー等など、ありとあらゆる調味料とスパイス、計34種類を使った味付け。

無論まともな人間が食える筈は無い代物なのだが、涼権に騙されてユリカが食べたときの台詞は、

「……お好み焼きの味ね」

お前もあの女の同類かそうなんですか!?

流石に涼権もそう思ったとか思わなかったとか。スペシャルサンドの勝率、0勝2敗。

閑話休題。

挨拶をする二人に、しかしユリカは眠そうに首をカクンカクンとするだけで、そのまま洗面所へ向かっていった。

「……あいつ、寝起き悪いよな」

「前に少ちゃんが起こそうとしたとき、思いっきり殴られたもんね」

「あのブローと料理は人を殺せるぞ……。俺は殴られたダメージは大した事なかったが、元一朗なんか3日はメシが胃に入らないってぼやいてたしな」

(ったく、あんな女を嫁に貰った男の顔が見てみたいぜ)

「何か、急にイライラしてきたんだけど、気のせいかしら」

「き、気のせいじゃないか?」

「……そう」

ぷいっと涼権達から視線を外し、ユリカは再び洗面所に歩き始めた。

それは、この時から1週間前まで遡る。上層部からの、一つの知らせから始まった。

本来、暗部の中でも特に異質な扱いのユリカの所には、滅多に要請が来ない。

軍での位置的にと言う意味もあれば、ただ恐れられているという意味も有る。

加えて、暗部に任せるレベルの仕事は北辰やその周り、もしくは更にその下に任せれば事足りる。

故に、ユリカを呼び出すような状況とは、暗部では太刀打ちできない相手が現れたとき。

だが、そんなものは未だかつて建国以来現れた事が無く、この理由はあって無い物となっている。

さもなくば、もう一つの理由は―――

「―――閑職、か」

そうユリカは自嘲する。

要は、適当な仕事を与えるだけ。行く必要無い仕事を。

「任務は、何だったんだ?」

「……地球の有人跳躍の実験施設の破壊、及び月にある新造戦艦の奪取もしくは破壊。

 優人部隊と協力して、任務に当たれ、よ。

 どうせ、破壊なんて優人部隊の機動兵器にやらせるのは目に見えた事」

非常に気だるそうに答えるユリカ。彼女も、乗り気ではなかった。

ココと涼権の、この言葉が来るまでは。

「じゃあ、あれを持って行くの?えっと……」

「ブラックサレナ、か。

 注文以上のスペックに仕上げてやったから、感謝しろよ」

「ありがとう……ん?」

と、ユリカはふと何か悪戯を思いついた子供のようにニヤリと笑う。

その笑みに含まれた悪しきオーラ力に、ココと涼権は命の危険を感じて思わずサッと引く。

「そうね……この辺りで、偽者を殺してみようかしら……ふふふ……」

「ねえ、少ちゃん?私、何か悪い事言ったかな?」

「いや、これはただの危ない人グオッ!」

「外野、うるさい!」

草壁以外の木連上層部にとって誤算だったのは、ユリカがナデシコに関係がある事。ユリカにこの任務を与えてしまった事。

そして――――

「あの男……私がそうずっと、掌の上で踊らされてばかりと、思わない事ね……!」

彼女が単身ではなく、機動兵器を所持していた事だった。

そして、今に戻る。

その頃、代理艦長の月臣元一朗は、雑務に追われていた。

もうすぐ作戦を遂行しようとする艦である割には、月臣には昔を思い出すぐらいの暇はあった。

とは言えど、やはり忙しい事に変わりは無く、ブリッジにて矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。

周りの人員も、蜂か蟻かと言わんばかりにせわしなく動き回る。

一秒たりとも、同じ空間は形成されてはいない。

浮かぶ雲、流れる河のように。

だがそれもひと段落すると、途端に暇が襲ってくる。

最低限の注意力を残しながらも、月臣は過去の記憶へと静かに意識を沈めていった……

彼がまだ、優人部隊に入ってまだ日の浅い、しかし周りからの視線は前途有望な新人であった頃。

彼は同期のやはり優人部隊にして、同じく前途有望な白鳥九十九に激しくライバル意識を燃やして、いや半ば敵視していた。

一昔前の青春漫画のライバル同士のように事あるごとに張り合い、突っかかり、争い、競い合った。

とはいうものの、火種を持ち込むのはいつも月臣の方であり、白鳥も初めは訳も解らず巻き込まれていた形から、自発的に張り合うようになった。

両者とも、そこに悪意や敵意が無いのを見て取ったから、とも言える。

優人部隊内でもそんな仲で有名だった二人に、突如として割り込み、かき回し、引っ張りまわして更に仲を強めさせた者がいた。

―――彼女、天河ユリカであった。

黒い彼女は、月臣が気がついた頃にはそこにいた。

けして側にいる訳でもなく、逆に見えない所にいる訳でもない。

まるで暇つぶしか気が向いたからという頻度ではあったが、つかず離れず、見つけて下さいと言わんばかりのバレバレさ加減で月臣や白鳥のやり取りを覗いていた。

初めは無視していた月臣であったが、次第にイライラし始めてきたのと、相手が暗部である事の嫌悪感が重なり、ついにある日問い詰めた。

「――――何故だ!?何故、俺達を追い回す!?」

暗部のような汚れた者と同じ空気を吸っていたくは無い。

先入観にかられたまま、彼は怒りと不快をあらわにした。

相手が女性である事も忘れた発言だったが、ユリカはさして気にも留めず、逆に全く違う方向からアプローチしてきた。

「―――やっと解ったわ。貴方が何故白鳥九十九にライバル意識を持つかを」

「……は?」

その返しは予想外すぎて、場の空気が停止してしまった。

裏に潜り、人の血肉を喰らって生き延び、表の物に興味を持たないといわれる暗部の者が、こんな下らない事を言うとは……ッ!

「貴方、今物凄い偏見を思考したわね。さもなくば侮辱」

「いや、そんな事は無い――――」

「本当に?」

「……ああ」

「断じて?神に誓って?」

「…………失礼しました」

「罪を認めたわね。それに免じて……」

「免じて?」

「私設裁判所の判決により死刑」

「私設か!?しかも免除されてそれか!?」

「―――冗談よ」

そんな下らないやり取りを交わしながらも、何故かは解らないが月臣は気圧されていた。

首筋や額から玉の液体が生まれては、顎へと通じて下へと流れていく。その原因が目の前の女性の視線。

 それも眼光鋭く射殺すタイプのそれではなく、例えばクラスで硬派で通っている男が実はロリコンだったと知ったときの、好奇と言うか哀れみと言うか驚きと言うかむしろそれ全てが混じった視線なのはどういう事だろうか?

「話を戻すわ。理由……それは……」

「……言って見ろ」

「―――月臣元一朗は、白鳥九十九に嫉妬しているのよ」

「な、何を根拠に!?」

事実無根だとでも言いたそうな彼の発言は、しかし無意識に目が泳いでいる為に台無しであった。

体は正直である。

「まだ罪を認めないのね?いいわ。

 そこまで言うなら、詳しく説明して差し上げますわ」

何故かお嬢様口調に変え、某弁護士のように指を月臣の目前に突きつける。

「正確には、被告である貴方は」

「俺が被告だというのか!」

「黙れ口を閉じろ息を吸うな吐くな」

「………………」

彼女には勝てない。

同時に、何故こんな事になってしまったのか?何処で間違ったのか?そう思わないではいられない彼であった。

きっと、彼女は黒衣を纏った不幸を呼ぶ何かの存在に違いない。

「被告は初め、白鳥九十九には特別な感情を持ち合わせてはいなかった。

 せいぜい、自分と張り合えそうな男だとしか認識はなかった。

 しかしある日、白鳥九十九がその妹、白鳥ユキナに世話を焼いてもらっているシーンを目撃した。

 彼女の、兄をなんだかんだ言いながら支える妹としてのありようは優人部隊でも周知の事実」

「そ、それが何だと言うんだ!」

月臣が顔を激昂に赤くして怒鳴ると、ユリカは細身の手を自分の口元に当てて静かに魔女の微笑み。

その細く白い指が、今度は月臣の顎に伸びる。

気づけば目の前にユリカの顔を認めた月臣は、今までかいだ事も無い、甘ったるく、そしてジャコウのような匂いが鼻孔をくすぐるのを感じた。

意識と無意識の狭間にもやがかかり、境界線が解らなくなる。

ともすれば夢の中へといざなってくるそれを、月臣は最後の精神力を使い切って振り払う事に成功した。

そいて精神的に疲労していても、ユリカの言葉責めはとどまる事を知らなかった。

「まだ言わせる気かしら?貴方は、白鳥ユキナという羨ましい妹を持っている白鳥九十九に嫉妬しているのよ」

「なっ……!」

「そうよね?」

「お、俺達木連男児にはナナコさんと言う……」

「そうよね!?」

「それに、彼女はまだまだ子供……」

「そ う よ ね !?」

「……ワタシガワルカッタデス。

 ―――ん?」

まるで借金取りが気の弱い人にガンつけるくらいのプレッシャーに負け、認めると同時、月臣は何故か周囲の風景が一変したような感覚に襲われた。

辺り一面真っ暗で、自分の上からだけスポットライトに照らされた姿が脳裏に浮かぶ。

そして、自分は知らないはずの音楽、例えるならサスペンスドラマで犯人が連行されるときの音楽。

それが幻聴で聞こえるや否や、彼の口は独りでに動いていた。

「ええ……俺がやりました。動機は単純なんだ、刑事さん。

 俺はただ、あいつが羨ましかっただけなんだ!」

「……どうして?」

「刑事さんも考えた事はあるだろう!ダメな兄を、よく出来た義妹が支えるという状況を!

 それに、妹は家族でありながら、場合によっては幼馴染をも兼ねる!」

「一理あるわ。けれど、彼の場合は義妹ではなくて実妹だけど?」

「それが、ナナコさんがあいつに課した試練なんです!妹という罠にはまる事無く、ナナコさん一筋であり続けるようにと!

 まあ、あいつの場合は妹の存在というありがたみすら解っていない節があるが!

 もちろん、俺の理想の女性はナナコさ―――ちょっと待て!!」

「………………チッ」

月臣が正気に戻ったと同時、風景は霧散していった。

頭の中にガンガン流れていた音楽も、自然と消えていた。

「いつの間にか、こんな茶番につき合わされていた……。

 流石は狡猾で有名な黒衣の魔女、危うく誑かされるところだった」

「……私、そのつもり無いけど?」

「ええい、うるさい!」

「うるさいとは失礼な」

「―――あの後の、象が踏んでも壊れない筆箱を壊しそうなブローは効いた……」

以前食らった攻撃の場所である腹部を、痛みを思い出してさすりながら顔を僅かにしかめる。

「そういえば、九十九の方もちょっかいを出されていたと言っていたな」

今思えば、彼女のあの振る舞いは……寂しさゆえの行動に思えるな。

特に根拠は無かったが、月臣はそう予想していた。

「……ん?」

その時、ちょうど格納庫を通じてかき鳴らされたサウンドが、目覚ましよろしく月臣の意識を現実に引き戻した。

警報音の正体は、誰かが勝手に艦から外に出撃しようとしている為の音であった。

同時に、艦内の各所を何時でも即座に確認できる多数のモニターの一つに割り込んできた、黒の女性の姿。

 自分で勝手に他に内緒の機体を持ち出し、そして今か今かと発進を待ちわびていた、黒百合―――木連のしきたりに従って漢字名に変えた―――のコクピットに座するユリカだった。

額に筋が入っている辺りからして、相当何かに対して怒っていた。

何に対してかは、月臣には毛頭予想はつかなかったが。

「月臣元一朗……」

「……どうした?」

「―――死刑」

「俺が何をした!」

外聞も何も無く叫ぶ月臣の姿は、艦長としての威厳に満ちたそれ(自称)とは全くすっきりさっぱり壊滅的に程遠い物だった。

「出て行くから何度も通信で呼んでるのに、答えないからよ」

「……呼んでいたか?」

「いいえ、何も」

いきなりの濡れ衣に戸惑いながら月臣は下士官の通信士に尋ねる。

考え事で耳まで意識が回っていなかった為に聞いた事だったが、幸いにして返答は彼の精神安定を維持したままだった。

一方、納得行かずユリカは反論し始めるが、それもムキになっているようにしか見えないものだった。

「そんな事は無いわ。私はさっきからずっとこの通信ボタンを――――」

「天河、さっきから呼んでたみたいだが、何かあったのか?」

その時、ユリカのモニターに割り込むように、黒百合の内部に涼権の声がこだまする。

その瞬間、ユリカの顔が目を見開いたまま石像と化し、月臣はアメリカ人がやるポーズのように肩をすくめ、わざとらしく口を開く。

要は、ボタンの押し間違いで別の通信機に繋がっていただけの事だった。

「ほらみろ、俺は」

「うるさいロリコン2号」

「……………」

月臣、返答する暇すら与えられず沈黙。

「なあ、月臣が2号なら、もしかして俺が――――」

「言うまでもないわね」

「……あっそ」

最早バッサリ切られることに慣れた涼権の反応は淡白なものだった。

無慈悲で無茶苦茶で不条理な罵詈雑言を叩きつけてようやく精神の安定を成し遂げたユリカは、何はともあれ黒百合で出撃しようとする。

「さっさとハッチ、開けなさい。先に月へ行ってるわよ」

「ああ、情報収集を頼む。気をつけろ」

月臣の心配に誰に言ってるのといわんばかりの表情を浮かべ、ユリカは通信を切る。

そして、開いたカタパルトから、白熱のフレアをまき散らして黒の機体が宇宙にその身を溶かしていった。

「艦長、あの暗部の女性とは、どのような関係ですか?外道を嫌う艦長にしては、随分楽しそうに話していましたが……」

「楽しそう?そうだな……そうかもしれん。

 彼女は、一言で言えば……敵わない友人、だな」

少年がナデシコから下りた後、ナデシコでは新たな出会いと再会があった。

ナデシコの停泊するドッグに乗りつける、1台の大型トレーラー。その前でトレーラーを待つのはアキトだけ。

開いたドアから出てきてロケットスタートするように飛び出したのは、アキトとルリがよく知るあの子供達にして、同時に、逆行仲間である協力者。

片方は桃色の髪に金色の瞳の、ルリに良く似た幼女。もう片方は黒の髪をオールバックにした、やはり小学生くらいの少年。

その二人は迎えに来たアキトを見るや否や、大声で叫びながら駆け寄った。

『お爺ちゃ〜ん!!』

そんないかにもネタですと言った二人のワースト的なアカデミー賞(名前忘れた)級演技を見てアキトは一言。

「……………………………………………………帰れ」

『酷いっ?!』

「多分何も知らずに言ってるんだから悪意は無いんだろうけど、俺からしたらシャレになってないか―――ゴホゴホ」

『???』

その後、アキトが思わず口を滑らした事柄に突っ込まれなかった事に安心してから、ほうとため息をついたとき。ラピスが、改めて真面目に話を切り出した。

それは先程までのコント調の明るい空気とは一変した、暗く沈んだ声。

「アキト……」

「何だい?」

対照的に、能天気を装って笑顔を見せるアキト。ラピスはそれを見て少し安心した様子で、続きを言う。

「ルリから聞いたと思うけど、ブラックサレナは……」

「……奪われたんだよね」

取り乱しもせず平坦に返事するアキトに、ラピスは意外に思う。

その表情を見て取ったアキトは、宥めるように諭すように言う。

「まあ、無いのは痛いけど、無い物を今更どうこう言っても仕方が無いからね」

それに、今は期待してなかったし……ブツブツとアキトは一人呟くが、そこまではさすがにラピスには聞こえなかった。

「代わりにかどうかは解りませんけど……あれを持ってきました」

続いてハリが緊張しながらもトレーラーの奥を指差した。そこには、エステ用バックパックのような形をした大きな物体。

「あれは……?」

アキトにはその荷物は予定外で、ただ首を傾げるのみ。

ハリ達もよく解らず、途切れ途切れの言葉で懸命に伝えようとする。

加えてハリの場合、自分の恋敵(一方的思い込み)相手というのが邪魔になって更に緊張を呼び込んでいた。

「えっと……優って言う人が、予言書を見直してたら……何かがどうので……とにかく持って行ってくれって。

 回数限定のジャンプ装置って言ってました」

「ジャンプ装置?優が?……よく解らないけど、何かあるんだね。

 後で何とかして、ウリバタケさんにつけて貰うよ」

「後、最後のアレはまだ盗られてないって報告を頼まれました」

「……オーケイ」

そしてこの話は終わりとばかりに手を振って、ラピスとハリを連れてナデシコへと戻りだそうとした。しかし、

「そういえば……」

ふとアキトは薮から棒に訊ねる。それは、アキトにとっては建前で、本音は別のところにある質問だったが。

「どうやって、此処まで来たんだ?」

ラピスは答える代わりに、トレーラーのドアを指差した。

そこには、一人の青年が降りてきていた。

蒼の前が長い髪に、白いカッターシャツとGパンというラフな格好の男は、人のよさそうな笑顔を向けて挨拶。

「おう、お前があの子達の保護者か?」

「ああ。二人を連れてきてくれて、ありがとう」

「気にするなよ。俺は知り合いに頼まれてやった事だからな」

二人はまるで友人のようにがっちりと握手し、互いを確認する。

「知り合いっていうのは?失礼じゃなかったら、聞かせて欲しいんだけど……」

「すまん、それは言えない約束だ」

「そうか」

と返しつつも、アキトの心中にはがっかりした様子は無い。自分にこんな事をしてくれた相手は、予想がつくからだ。

大方初めは自分のところで戦争が終わるまで預かっておこうと思っていたのが、何かしらの危険でこっちに送ってきたのだろうから。

「悪いな。それじゃ、俺は約束を果たしたからな、帰るぜ」

じゃ、と映画でよく主役がやるような片手を挙げる仕草を見せ、男はトレーラーに乗り込んで基地を後にする。

がしかし、去っていった直後。

―――警報が、鳴り響いた。

「敵襲?!」

「クルーの皆さんへ!第一種戦闘配置を!」

新クルーの歓迎会をしようとしていた矢先にバタバタしつつも、ブリッジはすぐに戦闘準備を完了していた。

此処がナデシコの一流たる所以。着ぐるみのまま指揮をしようとしている光景を、無視すればであるが。

「ルリちゃん、状況は!」

「敵無人兵器が多数と、巨大機動兵器が街に出現しています」

「まるでゲキガンガーみたいねえ」

ミナトの意見に反対する者は、この場にいなかった。

それもその筈、巨大ロボットはガイがよく見ていたゲキガンガーというアニメの同名のロボットそっくりの体躯をしていたからだ。

「ゲキガンガーに似ているので、以降名称不明の機動兵器をゲキガンタイプと呼びます」

もちろん、ルリのこの意見にも反論する者は出てこない。これが真面目な軍の戦艦なら話は違ったかもしれないが、これもナデシコの空気であった。

「エステバリス隊は?」

「テンカワ機を除いて全機、出撃完了。テンカワ機も装備完了後、出撃に入るそうです」

「ナデシコ、フィールド全開で移動開始!」

 いきなりの木連ロボットの襲撃。僕が行くはずだったアトモ社の実験施設は、僕の目前で建物の内部から風船を破裂させるようにビルを炸裂させて現れた為に、呆気無く消滅してしまった。

つまりいいように捉えるなら、僕達は一歩遅かったおかげで助かった。そう考え直す。

「向こうの方が、少しばかり早かったみたいね」

「くっ……嗅ぎ付けられたのね……!」

淡々とした何も思わないような喋りのイネスさんと、口惜しそうに毒づくエリナさん。

それを一瞥してから、廃墟となったアトモ社跡に目を戻す。

外の壁はとうに消え、中心部に鎮座していたのは中に立っていたと思われる巨大なチューリップ。あれを実験で使っていたのだろう、と予想する。

テンカワさんから聞いた昔の出来事とは少し違うけど、結果的に実験はしないという道筋を通っている。

……じゃあ、次に待ち構えているのはCCを使ってのジャンプなのか?

「……ええ……頼むわ」

そう思考している間、イネスさんは余裕の表情でどこかに電話をかけていた。

開戦直後に比べてフィールドが強化されているとはいえ、既にナデシコの面々には雑魚扱いされている無人兵器群。

対フィールド用の兵器として現れたフィールドランサーの新登場で、無人兵器は以前よりも更に楽に蹴散らせるようになった。

「先輩方、私の実力を見ていて下さい!」

中でもひときわ張り切るのは、新たに入ってきたパイロット、イツキカザマ。

槍を縦横無尽に振り回し、次々と切り裂いていく手際は、まさに鎌鼬。

ナデシコという前線で戦い続けてきたリョーコ達も、彼女の技量にナデシコに来れるだけの事はあると納得し、賞賛した。

「新入り、中々やるな!」

「また一人、頼もしい美女が増えるわけだ」

「ねえねえ!何かおっきいのが来たよ!あれがゲキガンタイプ?」

最早敵にはならずと無人兵器の殲滅に成功したエステ隊の前に立ち塞がるは、エステを一回りも二回りも上回る鋼の巨体。

さしずめ、特撮にて戦闘員がやられた後の幹部登場の光景に、エステ隊は緩みかけた緊張を張りなおす。

「ただのパクリのでくの坊か?」

「―――胸部開いたぞ!散開!」

アカツキの激を聞くまでもなく、密集態勢から散るエステ隊。一瞬でも遅ければ、ジンからの重力波砲によって鉄屑のスクラップになっていた。

「小型のグラビティブラストを搭載しているらしいね……」

「あれで、連合軍を壊滅させたのかよ!」

幸いにしてビルの乱立する街では大型のジンは動きにくそうだった。それを利用してガイが視界外に回り込み、

「くらえっ!」

フィールドを張った突撃をかける。だが、それは空を切った。

「消えた!?」

「瞬間移動ですね……」

「レーダーに集中!どこから来るか解らないぞ!」

程無く、後方にいきなり、消えたはずのジンが現れた。反撃でグラビティブラストを撃たれる前に、再び回避。

そして攻撃するが、やはり瞬間移動でかわされる。

「めんどくせえな……」

「ライフルは効きゃしねえし……」

同じ事の繰り返しにうんざりしてきたガイとリョーコに、アカツキが名案とばかりに叫ぶ。

「いや、これにはパターンがある!みんな、もう一度消えたら僕の言うとおりに動いてくれ!」

「そんなんあるなら、最初から言え!」

「いや、今やっと解ったんでね」

「あらら〜」

「何でもいいから、頼むぜアカツキ!」

そして、活気付いたエステ隊は再び攻撃を仕掛ける。

いつものフォーメーションで、ヒカルとイズミが銃撃を仕掛ける。僅かに動きの止まったジンに向かって、リョーコが思いっきり拳を突き出した。

「いけえっ!」

だがやはり、同じように空を切る。

それも予想済みだと言うかのように、しかしその時アカツキとガイが街のとある一点に高速で走っていた。

「10秒後、今から行く点に現れる!」

「解ったぜ、アカツキ!ゲキガンガーをパクるような奴を、一発殴ってやらあ!」

二人の疾走は2秒を残して終了し、フィールドを全開にして構える。

二人の目の前に、跳躍を終了した、光の残滓を残したジンが現れる。

まさに、タイミングは完璧。

「たまには乗ってあげよう!ダブル……」

「たまにはってのは余計だ!ゲキガン……」

『フレアァァァーーッ!!』

フィールドによる挟み撃ちの体当たりを受けたジンは、そのまま力を無くし、近くのビルに倒れこんだ。

「終わったか!」

「テンカワ君は、どうなってる!」

「別のゲキガンタイプを見つけて、そちらへ参られました!」

「どうする?テンカワの援護行くか!?」

「……そうだね、彼なら倒せはしなくとも、やられはしてないだろうし。

 よし、僕達はこれに止めを刺すから、4人で行って来て―――」

とアカツキが言い終わらないうちに、ビルに寄りかかったジンに異変が起きた。

意味の解らない耳鳴りがする音を発生させ、何かをしようとする雰囲気を発生させていた。

心なしか、装甲表面が少し光を持ったような気がする。

「な、何だこりゃ!」

リョーコの叫びに答えたのは、

「―――説明しましょう!」

コミュニケからの、何処にいるか解らないイネスだった。

一方、アトモ社だった場所は、残骸と化したチューリップを囲むように、やはり残骸となった建物の跡があった。

「いってえ……」

その残骸の下から押し退けるようにして、一人の青年が姿を現した。

実験に参加した人物、マキビハリ。

チューリップを通じて木星宙域に行き、そして帰還には成功した。

しかし直後に研究所内に現れた白鳥達のテツジンによって行われた、研究所の内部からの破壊の余波の爆発に巻き込まれ、乗っていたエステは半壊状態。

だが奇跡的に、いや生きているのが不思議なほどで、無傷だった。

「っと、早く此処から逃げるか……ん?」

瓦礫に足を踏み出した時、ハリの懐に入れてあった携帯が、振動を体に与える。

こんなときに誰だよとぼやきつつ画面を見ると、相手はイネスだった。

「マキビ君、生きてるみたいね」

「……おかげさまで。で、何すか?こんなときに電話なんて」

「今アトモ社の近くにいるの。CCの入ったカバン、取ってきてくれない?アトモ社の跡地にいるんでしょう?」

「断定口調ですか……解ったよ、届ければいいんでしょう?」

「……ええ……頼むわ」

一方的にプチ、と電話を切られ、ハリははあっとため息をついて毒づく。

「やっぱり……どこでもこき使われるのか……。此処といい、優の所といい」

仕方ないとばかりによっこらせと重い腰を持ち上げ、既に瓦礫から脱出したハリはCCのトランクを探しに出かけた。

テンカワアキトは、九十九の乗るテツジンと対峙していた。

大小様々なミサイルが鋼鉄のボディから飛び出し、アキトのいる大地に叩き込まれる。

「くらえっ!」

「はあっ!」

アキトはフットワークを活かして避け、かわし、懐に潜り込もうとする。

だが、それで手一杯であった。

「ちょこまかとやるな……悪の地球人め!」

「図体と硬さだけはあるんだから、こいつ……!」

赤い鋼の巨人はその巨体ゆえに小回りがきかないが、それを補うジャンプで、すぐにアウトレンジへ逃げてしまう。

「ああもう……重い!」

エステの背部に背負った装置は、思いの外行動を制限していた。

全力で加速し、可能な限り最低限の回避で接近してさえ、両手に抱えるランサーの届く範囲には飛び込めない。

況や、弱点の背中にまでは、ライフルではテツジンのフィールドを破れず、千日手を続ける物かと思われた。

「繰り返し……しぶとい!」

「後ろのが使えたら話は早いけど、こんな所で無駄には出来ない。きっと、もっと何か、これを使わなきゃいけないイベントがある筈……!

 だけど……くっ!」

だが、その遊びにつき合うほど、アキトは寛容ではなかった。

「ああ面倒くさい!なるようになれ!」

その叫びがスイッチ。思い通りにならないストレスをも吐き出すように、追加されたスイッチを押し込むと、重い音を立てて背中の装備が地面に落ちる。

軽くなったエステは弾けるように楽しむようにステップし、更にスピードを上げて突撃。

「何っ……!」

無限ループを形成していた状況を突然打開され、慣れのままついミサイルを撃ってしまったテツジンに僅かに隙が生ずる。

それでもとっさの状況に反応できるは流石優人部隊所属だけはあるか、間に合うか否かのギリギリのタイミングで、テツジンの跳躍が開始されようとしていた。

青白く光りだす装甲。甲高く響く音。

「逃がして……たまるか!」

その時を狙い、アキトは懸命にワイヤードフィストを伸ばし、テツジンの体に引っ掛けさせる。

「しまった……巻き込む!?」

「逃がすか……!」

そして、跳躍。

「ジャンプに巻き込まれた……いや、わざと?」

戦場から少し離れた場所で、僕達はその様子を見ていた。

イネスさんが、聞いてもいないのに説明を開始した。

「クロッカスは、ジャンプして火星に飛ばされた際、乗員は全員人間の形を保っていなかったわ。

 私達は、普通の人間ならジャンプに耐えられないと予測を立てた。

 ―――普通の人間なら」

そして、テツジンが姿を現した。それに掴まった、テンカワさんのエステとともに。

やはり予想通り、エステは再び正確に活動を開始する。

再び動き出したエステを見て、無人の筈と地球ではされている兵器は少しうろたえた様に見えた。

いや、僕は、あれが無人では無い事を、知っている筈だ。

あれは、白鳥九十九さんが乗っているから。

テツジンがうろたえている隙に、テンカワさんの機体はテツジンの背中に回りこみ、槍で一度二度と突く。

 テツジンもされるがままではなく、両手を振り回したり跳躍を繰り返して振り切ろうとしていたが、腕は真後ろまで届かないし、ジャンプは隙がありすぎて簡単に対応されていた。

こうなると勝負は一方的。腕と脚の関節部を潰し、本体の動力源にある程度のダメージを与えて行動不能にした。

力を失った四肢がだらんと落ち、仰向けにテツジンが寝転んだ。

これで、白鳥さんがナデシコに乗る事になるのかな?

……っと、冷めた態度のままじゃ、イネスさんに疑われるかもしれない。痛くも無い腹を探られるのは嫌だから(実際は痛いんだけど)、質問しておこう。

「つまり、今のテンカワさんは、普通の人間じゃないって事ですか?」

「そうよ」

返事は呆気無く簡潔に済まされた。ちょっと寂しい。

「ちょっと、二人とも!あっちの様子がおかしいわよ!」

エリナさんの怒声に弾かれて、イネスさんと僕は指差された方向に振り向く。

そこには、さっきまでアカツキさん達が戦っていたジンシリーズが、固まったまま異様な音と光を発していた。

それは、ジャンプの光とは少し違う、蛍が死ぬ前の最後の輝きのような何か。

「あれは……」

何か思い当たる節があったのか、イネスさんはすぐにコミュニケを取り出し、ナデシコの方に繋げていた。

すると、エステの人たちの会話が聞こえてくる。

「な、何だこりゃ!」

急に発生した異変に、戸惑っているみたい。同時に、イネスさんが大きく息を一度吸い込んで、叫ぶ。

「―――説明しましょう!」

「アイツは初めから自爆用にプログラムされて、ここに送られて来たのよ。周囲の空間全体を相転移してね。

 まっ、この街全体が消し飛ぶ事は保証するわ」

『呑気に言うな〜っ!!』

エステの皆さんばかりでなく、ナデシコのみんなも一斉にツッコミを入れてきた。

「それじゃあ、どうするんですか?」

艦長さんのそれを意に介することも無く、イネスさんは続ける。

「大丈夫よ。こっちにはどうにかする方法があるから。

 みんなは下手に攻撃しないでね。それこそドカン、といっちゃうから」

と言って、一方的にイネスさんは接続を切った。そして、僕に向き直る。

「どうする?少年君。ジャンプできなくても死ぬ。やろうとしなくても死ぬ。

 だったら、試した方がいいと思わない?」

……どうする?確かに僕がテンカワアキトなら、このままジャンプさせて万事済むのだけど。

―――いや、何か不安が残る。胸や頭を、小さな針でちくちくとつつくような小さな、だけど無視する事が出来ない不安。

助からないかもしれないという不安ではない。それとは全く別の、今の状況とはかなりかけ離れた不安。

この時代は、本当に昔のままを辿ろうとしているのか?

後回しにしていて考えもしなかった事だけど、過去を良いように変えたいという者にとって決定的な問題がある。

―――過去を変えるのか、変えないのか。

一見何か矛盾するように見えるこの問題の選択は、僕にとって必要となる気がする。。

過去を変える者にとっては、過去を『知っている』のだから変えるのは容易い。

だが、変えた先がある事も念頭に置いておかなければ、生半可な意思や方法で過去をいじるとより悪い『過去』になりかねない。

逆に変えないというのを選べば、それは過去をそのまま認め、目の前で助けられる者を見捨てる事。

つまり、こういう事なんだろうか?

『過去を変えるか変えないかは、過去を全て認めるか、全て否定するか』

そういう事に、なりはしないだろうか?

「……あ…………」

そこまで考えると、突然頭が何かに殴られた後のようにズキズキと痛んできた。

後頭部がひりひりする。舌の根が乾ききって、動こうともしない。四肢が神経が繋がっていないかのように言う事をきかず、視点が定まらない。

不安がどんどん大きくなって、肺や心臓を圧迫する。割れる事の知らない風船のように、大きく。

『過去』の記憶を持つ『だけ』の僕は、どちらを選べばいいのだろう?

解らない…………。

確かに過去の記憶を持っているのなら、いい未来に造り替えたいと願うのは自然の事かもしれない。

しかし、造り替えるという事は今までのその歴史を全て否定し、認めず、一切を残らないように消し去って塗り替える事。

その後に残る『僕』に、意味はあるのか?

『僕』という一固体としての人間は、成り立つのか?

記憶が消えてしまう事よりも、酷い事じゃないのか?

解らない……………………。

さっきまで騒がしかった筈の戦場の喧騒が、今はとても遠くに聞こえるのに。

僕の心の中では、崩壊寸前のレプリスの体の様に嫌な音を立て続けているのが耳に入る。

いつかはどちらかを、決断しなきゃいけないだろう時が、もしかして訪れて来始めているんじゃないか?

そして、それはもう目の前にいるんじゃないか――――

「イネスさん、持って来ましたよ……ああもう重いなあ、はい」

「ありがとう」

「何で、こんなもんいるんすか?もう研究所は潰れたのに?」

「これ自体が貴重だからよ。それに……今もう一つの理由も出来たし」

イネスさんが期待を内包させた視線をぶつけてきたのに気づいて、僕は心を無理矢理落ち着かせた。

そうだ、今はこれを考えなくちゃならない。いつもの事だけど、こういう考えは命を持ち直してからにしよう。

イネスさんを視界の盾にしてこっそりと見ると、口ぶりとは裏腹にスーツケース大の黒カバンを軽々と持った、黒のオールバックに白衣の男の人がいた。

確か、この人も知っているような気がする。ええっと……マキビ、ハリだったかな。未来から来た。

……何で、スラスラとこうも情報が出てくるのかな?僕の頭。

白衣の青年は、よっこらせとカバンを地に下ろした後、僕に気づくなり、突然意外な事を叫びだした。

「―――って、『天河』か?何でこんな所に……って、理由は一つか」

「???」

「知ってるの?彼の事」

頭の上にクエスチョンマークが乱舞する僕に代わって、イネスさんが青年に問う。彼女も、その隣のエリナさんも意外そうな顔を隠せないようだった。

おいおい、正体が解りそうってハッタリは何処行った?

「ええ、ちょっとした知り合いで……記憶を無くしたって聞いたけど、その調子だと、本当みたいだね」

「ごめん……」

「いや、気にしないでくれよ。はい、これ使うんだろ?」

見た目友好的な彼から、いつの間にかカバンを受け取っていた。記憶を無くす前の知り合いというので、安心したのかもしれない。

テンカワさんとホシノさんしか知らないはずの僕の名を、知っていたから。

あるいは、受け取らなければどちらにせよ先に進む事は出来ないだろう事を、何となく頭の隅で感じ取っていたからかもしれない。

どちらにせよ、疑問は無かった。

「少年君、いえテンカワ君かしら?そのカバンに入っているのが、人体ジャンプの引き金になるかもしれないチューリップクリスタル、略してCC」

「『かもしれない』って言うのは、どういう事?」

「今まで此処にいるマキビ君以外は意味が無かったから……ゴホン、そんなところは突っ込まなくてもいいの。

 ジャンプの方法は、それを対象にばら撒くだけ。それだけで跳ばせるわ」

全然解らん!特に僕の安全面とか!……いや、そもそもデータを取れればいいだけで、実験台に安全面なんか元から考慮してるはずは無いか。

イネスさん、早速どこからか出した小型コンピュータで何かしてるし。

「……はあ、解りました。それと、少年でいいです。何となく、そっちの方がしっくりときますから」

これは本当の事。

どちらにせよ、此処まで来たら断れないし、仕方なく僕は頷いてカバンを持ち、急いで走り出そうとする。

目標の、固まったままおかしな音を放っているジンシリーズの方を見上げながら。

―――だが、そこにそれとは別の、奇妙な光景がいつの間にか『存在した』。

ジンシリーズの上の空間、上空100メートル以上だろうか?そこが、妙だった。

そこに空はある。雲も流れている。だけど、おかしい。

何がおかしいのか言葉に出来ないけれど、脳髄にげしげし蹴りを入れられているような痛みが僕におかしいと告げている。

もしくは、濡れ衣なのに誤解されてフライパンで頭を殴られる一歩手前の瞬間に絶対に『死ぬ』と感じるあの感覚に似ている。

『そこ』は、『球形に囲まれたそこ』だけは、まるで根本から消えてしまうような儚さと全てが上書きされるような力強さを同居させていた。

誰もそこを見ていない。気づいていないのか、それとも―――

「――――っ?!」

それは見つめている間に起こった。周りのエステも、それが起こった瞬間にやっと気づき、空を見上げた。

その時、球形の中の『雲が消滅した』。いや、『大気ごと根こそぎどこかに持っていかれた』。

そして、代わりにそこに、両肩に砲頭を背負い、片手に杖を持ち、下のエステバリスを見つめていた、『多分ブラックサレナ』であろう物がいた。

本当にその瞬間まで、何もいなかった筈なのに。

だけど、それについて視覚がちゃんと働いているかを考える前に、

「――――――――――」

誰も瞬き出来ない刹那の間に。

黒い光が、新しく入った人のエステを上から無慈悲なまでに簡単に押し潰した。

「あ……」

「そんな……」

いきなりの乱入者の突然の暴挙に、事態を見ていたナデシコクルーのほぼ全ては硬直放心し、ルリは信じられないと嘆いていた。

それもその筈、モニターを通して彼女の視線の先にあるのは、大事な人の為の、未来を創る為の新たな剣のはずだった。

それが極主観的な未来だったとしても、それでも希望には違いなかった。

それなのに、そのはずなのに、

「まさか……あの男に取られているなんて……」

ルリは想い出が、汚されているような気がした。ルリはあれに乗っている者を知っていた。

いや、あれが持つ得物で、すぐに解ったと言うべきか。

だからこそ、余計に許せなかった。

 そうやって戦場が硬直していた間にも、幸いにして黒の機動兵器は暫し空中に留まり、錫杖を持たない方の手をゆっくりと握ったり開いたりして動きを静かに楽しみ、嘗め回すように辺りを見るだけだった。

ただそこにいて、片手に錫杖を持つだけであるのに、風を止め、音を止め、時を止めている程の黒い威圧を作り出していた。

「黒天よ……気分はどうだ?」

搭乗するは、北辰。新たな名をつけられたそれは、戦いへの興奮を隠さずにエンジンを唸らせる事で応える。

「しかし……失敗でナデシコの戦闘中の空域に飛び込めるとは幸いだが、本来が失敗では『空間だけの』転移はデータが余り機能していないか。

 帰還した後、ヤマサキに文句をつけるとしよう」

大地には、クレーターを思わせる大穴が発生していた。

その中心部にあるのは、イツキが使っていたエステの残骸。

いや、残骸というにはおこがましい程、僅かな破片しか残っていなかった。

エステの指や頭部の装甲一枚だけしか見当たらない光景が、その被害を物語らせる。

「新入り……返事しろ!新入り!」

解っていた。これを見れば、誰でも理解せざるを得ない。

それでも、叫ばずにはいられなかった。

例え今日仲間になったばかりで、大して人となりを知らなくとも、リョーコは応えないと解っていながらも通信機に叫ばずにはいられなかった。

黒はまだそこに佇んでいたが、やがてタイムアップを知らせるように杖を力強く握り締め、

―――音も無く消えた。

「あいつも瞬間移動を使うのかっ!?」

そして、影は姿を映し出し――――

「リョーコッ!!」

「後ろぉぉぉぉぉぉっ!!」

「く―――」

スバル機の両足を持っていった。

油断は無かった。むしろ人生で最高の反応だった。

それでも、かわしきる事は出来なかった。

幸いな事に、回避を選んでいなければ両足どころか命まで潰されていた。

しかしそれも慰めにはならない。戦闘不能になったという事実に、変わりは無いからだ。

圧倒的に攻める立場だったはずの彼等は、ちゃぶ台を返すように防御一辺倒に追い込まれ始めた。

―――三回、一瞬が起こった。

確かスバルさんのエステがなす術も無くやられた後、続いてアマノさんとマキさんのエステが10秒も経たないうちに連続して戦闘不能になった。

 多分あの倒され方は命までは奪われてはいない―――むしろ殺さないようにしているように見える―――けれど、残ったアカツキさんとガイさんはやられない様にするのが精一杯に見えた。

テンカワさんは、急いで戻っている。背中に背負っていた物は、未だ捨てたままだ。

多分だけど、あの黒くて元の奴よりスリムで人型に近くてでかいブラックサレナに乗っているのは北辰だ。

テンカワさんもそれは解っていると思う。それなのに、どうしてテンカワさんからは、恨みみたいなのを感じないんだろう?

憎しみを無くしたとか悟りきったとか、そう言うのとは少し違う気がする。

まるで、元からそんな感情を持ってはいなかったかのような、そんな空気がする。

「はあっ!」

気合を込め、アキトは全速力の突撃を敢行。

まるで鉄砲玉の気分で自らを砲弾としたそれを、北辰は跳躍で消す事でかわす。

アキトは勢い余ってたたらを踏んでしまうが、次の瞬間何かに引っ張られるようにエステを横っ飛びさせた。

ブン、とそのすぐ後に空間を錫杖が走り、空気を貫く。

背中への刺突をかわしたかと安堵する間もなく、アキトは反射的にナイフを盾にして自分の横に構える。

衝撃はすぐに訪れる。突きから横に薙がれた棒が、刃を叩き割ろうと振るわれていた。

「ふん!!」

「ぐうっ……!」

致命傷は避けた。しかしナイフは砕け散り、アキトは数メートル反動で飛ばされる。

「―――がっ!」

そして勢い良くビルで背中を強打し、ようやく動きは止まった。

多数イエローゾーンに入った箇所の警報が乱舞するが、全て許容範囲と判断。

同時に脳内意識でも痛さの神経電気が走り回るが、確固たる意思を持って無視。

肺の空気を吐き出すほど強く咳き込む事一度二度、モニター越しに相手を睨みつける。

「北辰……やはり強い!」

「何?木連に人がいることを疑問に思わず、しかも我の名を知る貴様は……成程、貴様がかのテンカワアキトか。

 ならば、手加減の必要は無さそうだ」

「手加減だって……?」

「閣下よりの命令を聞いているのみだ。

 今回はナデシコ本体は潰すな、と。故に、次の機会まで我慢しているだけの事」

 尤も、二つだけに限り条件は外れるが」

「……意味が解らない。何故さっきの3人は殺さなかった?」

「条件に入っていただけの事。条件に外れる一人は、早々やられはしないと聞いておるのでな!」

「って事は、俺も条件から外れるのか!?」

「然り!」

「うわっ!」

バズーカ砲のような強烈な突きを、必死でサイドステップでかわす。後ろにあるビルが刺突の中心点から蜘蛛の巣状に裂け、爆裂するように崩れ落ちた。

「やべ……!」

「甘い!」

だが、かわした場所に北辰は体当たりで突撃し、とっさに取った両腕のクロスガードごと正面からかち上げられ、景気良く斜め上に吹っ飛ばされた。

暫し空中を浮遊する感覚と、次に後ろから引っ張り込まれる感覚がアキトを襲い―――

「―――ッ!?」

背中と後頭部をピット内でしたたかに打ち、意識が朦朧とする。

肺が押しつぶされた感じがする。胃が口から飛び出そうで、心臓が早鐘を打ち続ける。血管はメトロノームのように運動を続け、頭の中をやすりのヘビがのた打ち回る。

「く―――はあ―――はあ………」

「どうだ?手加減しているとはいえ、自分の物となる筈だった機体に一方的にやられる気分は?」

確かにスピードもパワーも、性能も足りない。それでも、アキトは減らず口を叩いてみせる。

「そういう台詞を吐く奴は、決まって次週ぐらいにやられるのが王道だぜ?」

「ふん……認めよう。ならば、我はそれを覆すとしよう!」

再び北辰は踏み込み、豹のように素早くエステの胸元に飛び込む。

まるでなぶり殺しか、一方的な拷問。

錫杖を鞭の様に何度も振るうたび、かわしきれず装甲が剥がれ、火花が散る。

5体自体が残っているのは、奇蹟にも等しかった。

更に突然腕を伸ばしたかと思うと、エステは首筋を鷲掴みされた。

反応はすれど、機体差の問題から対応する事は適わず。

「う――――」

首を片手で一掴みにされたまま、地面に叩き落される。

ピットが激しく揺れ、頭がピンボールのように何度も打ち続ける羽目になった。

そのまま身動きも出来ないまま、朦朧とする意識の中でアキトが見たものは、目の前に振りかぶられたサレナのもう一方の腕―――

音は、段々と激しさを増してくる。

 時間がない、とは何となく解った。それでも危機感を感じないのは、その問題の場所までもう少しの距離、というよりもう正面に捉えるまでの所まで来ていたからだった。

ほっと余裕と安堵の息を吐いたところで、

「―――な」

目の前に突然走る衝撃に、思わず身をすくめた。

舞い上がる砂煙が、視界を覆う。吹き荒れる突風が、体を揺らがせる。

そして、背後に何かが倒れこむ轟音が炸裂した。

安定しない体勢のまま何とか耐えて、恐る恐る振り向くと、煙の端々に二つの色が見えた。

一つは、ピンク色。所々焦げたり煤けたりひび割れていたりするが、確かテンカワさんのエステだ。

もう一つは、闇よりも深く夜よりも暗い黒。言うまでも無く、ブラックサレナ。

煙が晴れてきて、状況がはっきり見える。見えなかったほうが、いいような気がしたが、見えてしまったものは仕方がなかった。

僕の目の前で、仰向けに倒されていたエステが、サレナに首を握り締められて、今にも殴られようとしていた。

「あ――――」

それを見た瞬間、僕の意識は無限の空へ消え去った。

殺される。このままでは間違いない。

僕は咄嗟に――――

『カバンをぶん投げた』

『テンカワさんを信じた』


なかがき(あとがきはありません)

イツキの人格に関しては聞かないでやってください。よく解りませんでした。

ゲームもやってないんで、勝手に作りました。

戦闘シーンの力の入れ方が未だ解らず、力を入れるのは主人公の思考ばかり。

こんなんでいいのか自分(謎

ちなみにこんな形になっているのはバッドエンドをつけようとした名残です。時間が許せば追加しますが。

ってそれは名残とは言わないんだよなあ。

>ブラックサレナ

どこにグラビティブラストをつければいいかイメージが湧かなかったので、肩に背負わせてみました(ヲイ

>サレナの一番最初の瞬間移動

恐らくナデシコでは使ってはいけないんじゃないかという方法を使ってます。

辻褄あわせとご都合主義展開に苦労しました(スルナ

戦闘中のはただのジャンプ装置です(ただのというにも語弊がある気が

>サレナの名前

作者のネーミングセンスが悪いんです。黒い+夜天光=という事でウワナニヲsルk

>月臣ロリコン2号

なんだか勝手に決めちゃってます。

この調子だと九十九がV3になるのか(ry