第9話

イネスフレサンジュに連れられ、アキトは生存者の元へ歩いていた。

「あなたは、ネルガルの社員・・・。

 さしずめ、ナデシコで来た、といったところかしら?」

「・・・どうして、それを?」

「解るわ。私もネルガルの社員。

 その白い服の下からのぞくのは、ネルガルの制服。

 ネルガルで火星に来る手段と言えば、ナデシコ。」

「・・・なるほど。」

そして、広い部分にたどり着く。

そこには、数多くの避難民が、所々に集まっていた。

「と言うことは、ナデシコが来た目的も、解ってますね?」

「ええ。だけど、結論から言うわ。

 ――――――NOよ。」

それは、拒否の言葉。それは、拒絶の響き。

対するアキトは、驚きも無くショックも無く、むしろこの事はおまけとして聞いたような表情。

「ナデシコでは、木星蜥蜴は倒せないわ。いわんや、火星から脱出する事もできない。

 わざわざ死ぬのにナデシコに乗るくらいなら、ここの人はここにいることを選ぶわ。」

「・・・その言葉は、ナデシコの人に聞かせてください。

 俺の聞きたいことは、そんなことじゃないから。」

「あら、何かしら?」

と、アキトは質問をする前に、緊張に手に汗握る。

少しの奇跡と、多くの失望を予想しながら。

「・・・ヒヤマユキと言う人は、ここにいますか?」

「・・・その人は、このコロニーの住人かしら?」

アキトはしゃべる事無く、ただ静かに頷く。

「あなたには残念だけど、ここにはそんな名前の人はいないわ。」

――――――ああ。

そう、解ってたんだ。

あんな大災害の中、そうそう都合よく、生きているはずなんて、無いって解ってたんだ。

それでも――――――

僅かな希望と――――――

微少の奇跡を――――――

期待してここまで来た――――――

自分がいたんだ。

そして、生存者リストを渡され、端から端までなめるように見て、名前が無いことを知って、

ようやく、長年の初恋が終わったことを知った。

「・・・悲しんでるところ悪いけれど、私をナデシコに連れて行ってくれるかしら?

 さっき言ったこと、そのまま言ってやるわ。」

「・・・・・・・・・ん。」

「・・・と、言うわけよ。」

「お言葉ですが博士。

 我々は、今までナデシコで、木星蜥蜴を倒してきた。

 何しろ、ナデシコには――――――」

「それは、グラビティブラストとディストーションフィールドかしら?

 そんな物、木星蜥蜴も持っているわ。

 さっさとここから逃げた方が――――――」

イネスの言葉を遮り、警報が響く。

「敵艦、及び無人兵器、前方にたくさん。」

「遅かったようね。」

「グラビティブラスト、30%で収束発射!」

ユリカは大気圏内というのを考慮に入れ、フィールドのエネルギーを重視して撃たせた。

今までのデータから、大気圏内の威力減少を計算して撃たせたのだが・・・。

「無傷だとっ!?」

「何で・・・!」

モニターには、無人兵器は少なくなったものの、以前数が変わらない敵艦群が映っていた。

「相手も、今までと同じと言うわけではないわ。」

「・・・あれ?」

と、敵艦は不思議な行動に出た。敵艦はナデシコには見向きもせず、下に砲首を向け始めた。

ナデシコの現在位置は、地下シェルターのかなり後方。敵艦隊は、ナデシコの前方、即ちシェルターの上空。

そして、敵艦が砲首を下に向けたということは――――――

「な・・・!」

「シェルターが・・・!避難民が・・・!!」

「恐らく、生体反応が多いのを見つけて、先に攻撃したと思われます。」

ショックを受けるクルーを尻目に、ルリが淡々と報告する。

「あ・・・・・・。」

ドタッ。

ユリカが、ショックと今までの疲れのあまり、前のコンソールに倒れ伏す。

――――――今まで、何のために此処まで来たのか・・・。何のために、此処まで戦ってきたのか・・・。

「艦長!!」

「本艦は・・・フィールドを張って・・・全速後退して・・・下さい・・・。」

暗転。

その後、ナデシコは全速力で後退しつつ、グラビティブラストで少しずつ撃破することで、何とか逃げ切ることには成功した。

だが、嵐の如き激しい攻撃にフィールドの負荷がかかり過ぎ、加えてグラビティブラストを撃ちまくった事でエンジンが逝かれ、

現在状況としては大気圏外には出られず、火星の中をウロウロとするのみである。

「・・・ルリルリ、艦長は?」

「今は、洗面所にいます。」

ユリカは、余りにショックだったのか、逃げ切れた途端にブリッジを飛び出していった。

それが解っているからこそ、残りのクルーもユリカを止めなかった。

「そう・・・。

 ルリルリ、心配?」

「・・・はい、少し。」

ルリは言葉少なめに答えると、すぐに目の前の作業に戻る。

堂々と心配していると言うのは、今のルリにはまだ少し戸惑いがあるようだ。

ミナトはその僅かな変化を見て取り、微笑む。

何せ、会ったばっかりの頃は、殆ど他人に興味を示さなかったからだ。

「そういえば、なぜなにナデシコはどうだった?」

「・・・聞かないで下さい。」

今度は少し頬を赤く染めて答える。

同じ頃、ウサギとして出演したメグミ。

「うう・・・。

 子ども番組ならともかく、こんなところでこんなことやるなんて、思ってなかったよお・・・。」

そして、ユリカ。

ようやく少し落ち着き、部屋から洗面所に来たユリカは、先に顔を洗いに来ていたアキトに出会った。

アキトはただ静かに、ユリカのほうを見つめる。

それはただ、暗い、深い悲しみの表情。

「・・・アキト?」

「ユリカ・・・か・・・。」

アキトは、自分が出した言葉で初めて、目の前にいるユリカに気づいた。

それにも気づかず、ユリカはアキトを見るや否や、いきなりアキトにしがみついた。

ネルガル制服の上着をしわになるほど掴み、顔をアキトの胸にこすり付けて泣き出す。

「う・・・あう・・・・・・うう・・・・・・・・・。」

「ユリカ・・・。」

いつもの痙攣はどこへやら、アキトはユリカの頭に手を置くのみ。

「私、誰も助けられなかった!何も出来なかったよ!!

 何のために、私たちここへ来たの?何も・・・何も・・・!!」

しゃくりあげながら話すユリカの問いに、アキトは何も答えられなかった。

――――――ああ。俺も、あの人を助けられなかった。

けど、お前には、まだ出来ることがあるじゃないか。

そうだろ?

「出来る事・・・?」

「この艦のクルーを、守る事。」

「クルーを守る・・・。

 そう・・・だね。」

ユリカはようやく持ち直したのか、アキトから離れ、涙をぬぐって笑顔を作る。

「ねえアキト・・・。キスして、くれない?」

「・・・・・・?」

「キスしてくれたら、私、頑張れる気がするの・・・。」

「それは・・・。」

いきなりの発言に、とまどうアキト。

その間僅か数十秒だが、アキトには数時間にも感じられた。

が、アキトの戸惑いとは裏腹に、ユリカは自分から撤回する。

「あはは、冗談だよ!私、ナデシコの艦長さんだもん!

 頑張るよ、アキト!!」

「・・・・・・ああ。」

ユリカは少なくとも見た目には、元気よく飛び出していく。

その足音が消える頃、アキトは俯き、一人呟いた。

「そう、お前はクルーの為に戦えばいい。

 ――――――だが俺は、何のために戦えばいい?教えてくれ、ユキさん・・・。」

幸い敵とはそのまましばらく会うことなく、数日が経過したある日のこと。

ナデシコは、地球でチューリップに飲み込まれたはずの、クロッカスに遭遇した。

「どうして、こんな所に・・・。」

「私の予想だけど、チューリップは一種の空間跳躍装置と思われるわ。

 だから、木星蜥蜴は遠い場所から部隊を運んでこれる。」

「じゃあ、もう一つのパンジーはどうなっちゃったのぉ?」

「それについては、解らないわ。もしかしたら、出口は決まってないのかもしれない。

 仮説に過ぎないけれど・・・。」

「しかし、上手く行けば新たな戦力になりますな。」

と、その時、アキトがブリッジに入ってくる。

その表情は、何かを押し殺したように。

「・・・提督、一つ聞きます。

 イネスさんに聞きましたが。

 チューリップをコロニーに落としたとき、作戦を取っていたのは提督ですか?」

「いきなり何を聞く、テンカワ!

 後にしろ!」

「・・・私だが?」

アキトの声に何かを感じ取ったのか、フクベはゴートの叱責をさえぎって答える。

その途端、アキトの目が見開く。

「お前が・・・お前が・・・!」

アキトは拳を握り、少しずつ上に持ってくる。

「――――――お前が!!」

そして、拳をフクベの顔面めがけて――――――

<――――――だめ、だよ。>

「!?」

<感情のままに拳を振り上げちゃ・・・>

「く・・・!」

<後で、後悔しちゃうよ・・・>

「う・・・あ・・・!」

<――――――おねーさんと、約束。>

「どうした?私を殴るのではなかったのかね?」

「う・・・うあああああああああっ!!」

アキトはただ絶叫し、ブリッジから飛び出していった。

「提督、大丈夫ですか!?」

「うむ。しかし・・・よく殴らなかったものだ。

 私を、憎んでも憎みきれないはずなのに・・・。」

「テンカワに対する罰は・・・。」

「別に構わんよ。何もなかったのだから。」

「提督が、そうおっしゃるのなら・・・。」

「・・・ん?

 いや、罰は・・・そうだな。」

「・・・それで、俺ですか・・・。」

幾分不満を抑えずに、アキトはぼやく。

クロッカスの調査に、フクベはイネスと、護衛にアキトを選んだ。

腕っ節の面に関しては、アキトは問題はなかったのだが、先程の行動からゴートは心配していた。

「危険ではありませんか!?」

「大丈夫だ。

 そもそも危険なら、ブリッジでわしは殴り殺されておるよ。」

未だくってかかるゴートを、フクベは一蹴する。

「これより、調査してくる。」

「はい、お気をつけて・・・。」

やはり心配そうなプロスとゴートを背に、アキト達はエステで飛び出していった。

「おかしいわ。」

フクベが前、イネスとアキトが後ろになってクロッカスの廊下を歩いているとき、イネスはいきなり呟いた。

「クロッカスが地球で消えてから、そんなに日付は経っていないはず。けど・・・。」

クロッカスが放置されていたのは、火星でも寒い場所。

それを差し引いても、廊下の凍り具合は異常だった。

「これじゃ、まるで何ヶ月も前から此処にあったみたい。」

「チューリップは、時間をも越えるというのか、博士?」

「科学者としてはあまりに不本意だけど、解らないとしか言いようがないわ。」

二人で話す中、一人暇そうなアキト。

「奇妙な動きをしたら、後ろから遠慮なく撃ちたまえ。」と渡されたピストルを、両手で弄ぶのみ。

と、自分たちの上にいる、何かの気配に気づく。

小型バッタが一匹。向こうも気づいたか、赤い目が見開く。

「上から来るぞッ!」

叫ぶが早いか、アキトはフクベを押し倒す。

「テンカワ君!?」

イネスが驚愕の叫びを上げるが、それを気にしてはいられないし、気にする暇もない。

バッタはさっきフクベがいた場所に、静かに下りようとしていた。

それを視界の端に認めたアキトは、押し倒した状態から両手を地に突き、倒立のように蹴り上げる!

「はあっ!」

蹴りを受けたバッタは顔面がスイカのごとく砕け、スクラップとなる。

押し倒されたフクベは静かに起き上がり、服を手で払ってからアキトのほうに振り向いた。

「すまないね。

 ・・・何故、助けたのかね?」

「・・・解らん。体が・・・勝手に・・・。」

そういうアキトの顔は、苦虫を噛み潰したような顔だった。

「そういえば、さっきも殴るのを止めたが、何かあったのかね?」

「・・・解らん。ただ・・・。」

アキトは顔に手を当て、心底悩みながら、言葉を絞り出す。

それは、自分でもわかっていない感情。

「恨みを振りかざすには・・・。

 俺はまだ、若すぎるかもしれない・・・!」

その頃、ナデシコに近づいて来た無人兵器を叩く為、3人娘が出撃していた。

その間、ガイはナデシコに念のため待機していたが。

しばらく進むと、敵を発見、交戦。

相手は一機だったが、土の下をもぐってくる為、撃破は難航していた。

「外した・・・。」

「リョーコ、そっち行った!」

「えっ・・・うわあっ!」

答えたのもつかの間、リョーコ機は兵器に組み付かれており、目をカメラ越しに向けられていた。

必死で振り払おうとするが、敵もしつこく、離れようとはしない。

「ヒカル・・・イズミ・・・。」

向けられる銃口。わきあがる死の恐怖。

リョーコは、ここにはいない仲間の名をつい叫んでいた。

「て・・・テンカワーッ!!」

ドスッ!!

間一髪間に合ったイズミのライフルが、兵器を仕留める。

リョーコは心から安堵を含みながら、出来るだけ落ち着こうとして恩人に告げる。

「た、助かったよイズミ。」

が、迎えるのは地獄の底からわき上がるような声。

「テンカワ・・・?」

「テンカワ?」

「う・・・。」

失言だった、といまさら思うが、覆水は盆に帰ることはなく。

「テンカワ・・・テンカワ・・・。」

「テンカワテンカワテンカワ・・・。」

思いっきりからかわれて、リョーコは顔を真っ赤にして、ごまかすように怒鳴りつける。

ごまかせる訳がないのだが。

「だーっ!解った!

 昼飯奢ってやるよ!」

「いえ〜い!」

「ピース・・・。」

その後、アキト達はブリッジにたどり着き、生存者がいない事を確認。

ブリッジクルーだと思われた人々は、全て元の姿を微塵も残してはいなかった。

艦だけは動く事は確認されたので、フクベが艦を動かすと言い、アキトはイネスとともに一旦ナデシコへ戻ったその時。

近くのチューリップが、目覚めた。

ナデシコの前方に口を構え、戦艦を数多く出してくる。

さらに、起動させたクロッカス、フクベ提督は、何故か主砲をナデシコに向けてきた。

「提督!?」

「チューリップに入りたまえ!

 今のナデシコなら、クロッカスの主砲でも落とせる。

 これは脅しではない!」

「そんな無茶な!

 クロッカスの人々は、みんな死んでいたそうじゃないですか!?

 私たちも、そうなる事は必至ではないですか!」

「いえ、そうは限らないわね。」

プロスの抗議を、イネスは遮る。

「ナデシコにあって他にはないもの・・・。

 そして、蜥蜴の戦艦にあるもの。」

「ディストーションフィールド・・・。」

「そう。」

周りの会話を聞いて、ユリカは決断する。

「ナデシコ、チューリップに進路を!」

「艦長!自殺行為です!

 それにその命令は、社に対する反逆行為です!」

「貴方達の選んだ提督が、信じられないのですか!?」

ユリカの一喝に、プロスは黙り込んでしまう。

「フィールド全開・・・各員、所定の場所に。」

そして、ナデシコがほぼチューリップに覆われたとき。

クロッカスが、チューリップの口をふさぐように立ちふさがった。

それに気づいたアキトは、モニター越しにフクベに叫ぶ。

「おい、提督・・・!

 何をする気だ・・・!!」

「行きたまえ!

 君達には未来がある!!」

「私達は、提督に教えてもらう事がまだいっぱいあるんです!!」

「君達に教える事は、もう無い。

 さあ、行け!ナデシコ!!」

そして、ナデシコは火星から姿を消した。


コメント

さて、段々書く事がなくなってきましたが・・・。

最近、年からか(19歳です)右半身が痛い日が続きます。

皆さん、SS執筆時には1話につき何時間で書くんでしょうか?

 

 

管理人の感想

ヴェルダンディさんからの投稿です。

あ、やっぱり殴らないんですか・・・楽しみにしていたのに(苦笑)

しかし、ナデシコを狙わすに生体反応の多い方を狙う無人兵器とは。

脅威度から考えれば、先にナデシコを攻撃してきそうなものだと思いますが?

ちょっと木連側の意図が読めません(苦笑)