第二話

僕の目を、何か越しに光がさして来る。

眩しくて手をかざしつつ、ゆっくりと瞳を開いてみる。

「あ、やっと目が覚めた」

いきなり横からかけられた声にハッと飛び起きて、そこで初めて自分がベッドに寝かされていた事が解った。

「あれ・・・ここは・・・?」

「ナデシコの医務室だよ」

人懐っこそうな可愛い声に振り向くと、さっき見た女の子が複雑な表情で僕の瞳を覗いていた。

「いきなり側で倒れるんだもん。びっくりしたんだから」

「あ・・・ごめん」

思わず頭を下げる僕に、いいよと手を振る女の子。

「ロボットを初めて見て、興奮でもしすぎたんじゃないの?

 男の子って、そういうのよくあるみたいだから」

ちょっと違うんだけど・・・とは言わないし、言えない。

あの違和感を解ってもらうには他人には難しいと思うし、自分にももう説明できない。

あの、泡を掴んでもすぐに割れてしまうように、触ってもすぐいなくなってしまうような感じ。

とりあえず今はその事は置いておき、ベッドに腰掛けるように体勢を変える。

「あ、そういえば君、名前は何ていうの?」

「な・・・まえ・・・・・・?」

――――まただ。

いつも思うとおり、記憶喪失だから解らないって言えばいいはずなのに、口から言葉が出てこない。

しかも、今回はさらにひどくて、無理に出ようとするのは目の前の彼女に一刻も早く自分の真名を伝えたい強迫観念。

けれど、小さな子供の持っていた風船が空に飛ぶのを二度とは掴み取れないように、一旦離れた記憶で真名を言う事は叶わず、

ただ喉が空しくかすれた音を鳴らすのみ。

「ち、ちょっと大丈夫!?」

少女の柔らかな掌と、ほのかにするいい匂いに、僕は自然と癒されていく。

だが、それも彼女の顔が目の前に来ていれば話は別になった。

彼女から流れるかすかな香りは麻酔の如くあっという間に僕の全身に広がり、心臓の鼓動は相手に聞こえるんじゃないかって言うくらいに早鐘を鳴らしている。

目は落ち着きをなくし、せわしなく部屋中を行ったり来たり。

きっと記憶を無くす前の僕は、純情だったのだろう。

――――いや、関係ないだろうけど。

「落ち着いて」

僕の顔を両手で固定したまま、彼女は告げる。

「はい、そのまま深呼吸。スーハースーハー・・・OK?」

言われたとおり無我夢中でしていると、体が自然と軽くなってきた。

「・・・落ち着いた?」

コク、とすぐに頷く僕。

彼女を早く安心させたいと、思ったからかもしれない。

「じゃあ、こっちが質問するけど、約束して。

 あまり深く考え込んじゃだめだよ?YESorNOで答えて」

また、頷く。

「まず、自分の名前はわかる?」

首を横に。

「そう・・・じゃあ、今は何年か解る?」

今度は縦に。

「ふうん・・・倒れて記憶を無くしたわけじゃないんだ。

 ・・・それじゃ、誕生日は?」

少し考えるけれど、やっぱり思い出せないから首を横に。

「反射的に答えられるかと思ったけど、そううまくは行かないか・・・。

 じゃあ最後。君、記憶喪失?」

直球だなあと苦笑しつつ、多分と付け加えて縦に振る。

「へえ・・・記憶喪失の人、はじめて見た」

その言葉を最後に、彼女は目の前から離れた。

少し、残念。

って、和んでいる場合じゃなかった。

ベッドから降りて、通路に出ようとする。

「あっ、ちょっと君!どこ行くの?」

「ええと・・・食堂って、どうやったら行けるの?

 僕は、ナデシコにコックで雇われているんだけど・・・」

「えっ!?君、この船で働くの!?」

・・・何だか、物凄く失礼に聞こえるんだけど。

「見た感じ、あの基地を見学に来て、間違ってこの船に入ってきた学生に見えちゃったから」

「あ、そう・・・」

僕って、そんなに子供に見えるんだろうか?

「許して欲しいでござるよ。ニンニン」

「はあ・・・」

「結局、君が学生さんでももう簡単にはこの船からは出られないんだけどね」

「・・・え?」

何だか・・・奇妙な予感がする。

解ってはいるけれど、運命のスイッチが、音を立てて入り始めたって感じが。

「だって、この船はもう空飛んじゃってるから」

「あ、そうなんだ」

そっけなく答えると、彼女は拍子抜けした感じだった。

「驚かないね?」

「まあ、予想の範囲内だったし」

そう言うと、彼女はこの話は終わったとばかりに切り替える。

表情は、反応を楽しみにしてたのに、といった感じだったけれど。

「・・・あ、そうそう。食堂の場所だったね?

 えっと・・・」

それから、彼女は丁寧に食堂の場所を教えてくれて、さらに時計みたいな通信機を通じて食堂の主に話をさせてくれた。

この船のクルーは、みんなこれをつけるものみたいだった。

主のホウメイさんという人に倒れてどうので遅れてすみませんと謝罪してから、食堂へ向かおうとする。

その時、背中からのサラの声を僕は浴びた。

「君って、コックさんなんだ。若いのに、凄いねえ」

「前の師匠にはまだ未熟者って言われてるけどね。

 食べに来てくれると、嬉しいな」

「うん、解ったよ」

「じゃあね、サラ」

彼女に手を振って別れを告げ、背を向けて今度こそ部屋を出ようとしたところで、

――――彼女に襟元を掴まれて再び部屋の中に引っ張り込まれた。

「・・・あの・・・何か?」

「ねえ?私って、自己紹介したっけ?」

「――――え?

 どういう・・・事?」

今のやり取りで、何かおかしい事があったかな?

彼女は、怯えと不安を思いっきり顔に出していた。

「私、まだ名前を名乗ってない。

 それなのに、君は私の名前を呼んだ!」

「あ・・・」

確かに、僕はさっき彼女の事をサラと呼んだ。

でも、理由がわからない。

だって、記憶を無くしてから僕はこの女の子とは初対面のはずだから。

「ねえ!どうして!?」

「知らない・・・」

「知らないじゃ、解らないよ!?どうして!?」

「知らない・・・知らない・・・知らない・・・」

「君は・・・」

「誰なの・・・?」

彼女は不安の陰りを顔に出して問うけど、僕には答える余裕は無かった。

こっちの今の状態は、一言で言うと気持ち悪い。

全身を不快な黒い何かが包み込み、僕の心と体を塗りつぶしていくよう。

「う・・・・・・ああ・・・・・・」

不可思議な圧迫感から来る苦しみに、僕はうめき声を上げるしかなかった。

「――――あっ!?ご、ごめん!」

彼女は慌てて、さっきと同じように僕をなだめようとする。

彼女に触れられるだけで、不思議と体が安らぐ。

「今は、聞かない。それから、聞かなかったことにする。

 だから、改めて紹介。

 私は、ミヤモトサラ。よろしくね」

よろしく、と僕はようやく落ち着きを取り戻して、彼女と握手を交わした。

彼女の手の中は、とても柔らかく、暖かかった。

「――――動くな!大人しく、ついて来い!」

・・・とまあ、一難去ってまた一難。

今度はナデシコのと違う軍服を着た銃を構えた人たちが部屋に押し入ってきて、僕たちを食堂へと無理矢理連れてしまった。

こんな行き方って・・・・・・。

ナデシコが出航してしばらくした頃、ブリッジでは話し合いが持たれていた。

それは、ナデシコの本来の目的。

「今までナデシコの目的地を明らかにしなかったのは、妨害者の目を欺く必要があったからです!」

みんなの視線と注目を一手に受けて、プロスペクターは宣言する。

「この艦の目的は、地球で木星蜥蜴と戦うためではありません」

「じゃあ、何のため?」

「我々の目的地は、火星だ!」

ミナトの問いに、フクベが答える。

「けど、火星はもう生き残ってる人はいないって聞きましたけど?」

「それは軍の広報の結果です、レイナードさん。

 実は、火星が全滅したかどうかは、誰も確かめてはいないのです。

 それに、火星にはわが社の研究施設も数多くありますので」

プロスペクターは眼鏡を中指で押し上げると、ドドーンと宣言する。

「我らナデシコの目的は、火星のネルガル研究所のデータを回収するとともに、火星に残された人々の救助です!」

「人助けなら、いいことですよね」

「戦争するより、いいかあ」

「そんな! 地球に今いる蜥蜴はどうするんですか!?」

これに異を唱えるのは二人。まずは、アオイジュン。

「その事については、軍の上の方と話はついておりますので、諦めてください」

「そんな・・・」

だが、あっけなく散らされる。

口がだめなら今度は力ずくでとばかり、今度はムネタケが銃を取り出す。

「そうは行かないわ!ナデシコは、地球に残って軍と戦ってもらうわ!」

ムネタケの叫びとともに、ブリッジに銃を構えた多くの軍人が突入して来た。

「血迷ったか!?ムネタケ!?」

「いいえ元提督。ご心配なく。

 既に部下が、各所を押さえておりますわ」

高笑いするムネタケの声の裏で、更にルリが告げる。

「ユリカさん、前方に連合宇宙軍の戦艦3隻、接近中です」

前方スクリーンに連合宇宙軍の戦艦が映り、ブリッジが緊張に包まれた。

(・・・まあ、予定通りですか。)

ルリは何も心配していなかったが。

「艦長、トビウメって言う艦から通信が入っています」

「つないで、メグちゃん」

メグミがコンソールを動かすと、スクリーンがカイゼル髭の中年男性に切り替わった。

「私は連合宇宙軍、ミスマルである!」

どどんと威厳よく構える男を前に、艦長たるミスマルユリカは口を開いた。

「お父様!!」

「ユゥリィカァァァァァァァァッ!!」

さっきの威厳もへったくれも無い非常識な大声が、ブリッジ内のクルーの耳朶を激しく殴りつけた。

軍人に背中を銃で突きつけられながら、艦の中にいたと思うみんなは食堂に集められた。

心なしか、船はさっきより揺れが少なくなったような気がする。

僕は、(まあ、どうにかなるさ)と楽観視しているけれど、周りはもとより、隣ではサラが異常に不安げにふさぎ込んでいたから、とても話せる状態じゃない。

噂では艦長さんがこの軍人たちの上の人と話し合いに出て、しばらく帰ってこないみたいだ。

プロスペクターさんとサラ以外知り合いなんていないから、結果的に僕の視線は所在無くふらふらするのみ。

(――――あれ?)

せわしなく動き回っていた視線は、突然一人の男の顔に止まった。

黒でぼさぼさの髪の青年。さっき暇なうちに着替えた僕の制服と同じ制服を着ているから、働く部署は同じところ。

だというのに、その人からは何か釈然としない、砂を噛んでいる様な気味の悪さを感じた。

この人と自分は、かなり近くて、実のところ物凄く関係ないような、重要な何かを。

ただ、無いはずの記憶が僕の頭を揺らす。

(――――こいつの顔を、知っているぞ!!)

「――――っ!!」

そう思ったのもつかの間、彼の隣にいた銀色の髪の少女が、物凄いプレッシャーを視線に上乗せして送りつけてきた。

あれは違う意味で、僕の敵だ!!

本能と自分に流れる血から直感的にそう感じはしたものの、耐え切れずに視線を外してしまう。

(な、何だ・・・?)

今は、勝てない。時期を、待たなければ。

・・・なんでそういうこと、思うんだろう?

「・・・なんでしょうか?あの人は・・・」

さっきまで自分の愛する人に向かって睨み続けている(様に見えた)者を、ルリは思いっきり睨みつけていた。

程なく、彼は視線を外す。

「ルリちゃん、どうしたの?」

「・・・いえ、何でもありません」

少し気にしすぎだろうか、とルリは思う。

だが、こうしてようやくアキトと一緒にいられる想いから、邪魔はされたくないという感情が混ざっていた。

「それにしても、叛乱の事を忘れてたね」

「そうですね。所詮キノコですから」

何気にひどいことを言うルリ。

「どうしますか?」

「昔は俺が立ち上がってたからね・・・。

 まだ、力を見せるつもりは無いよ。出航のときみたいに」

「おいおいみんな、元気がねえなあ!!」

沈みがちなみんなに大声を振りまくのは、出航時から乗り込んでいたパイロット、自称ダイゴウジガイこと本名ヤマダジロウ。

初出撃時に足を骨折して出撃不可能になり、今でもギブスにくるまれた片足がとても痛々しい。

だが、本人にはその素振りは全く見られない。

「このゲキガンガーを見て、元気を出しやがれ!!」

といって、大型スクリーンに投影させたのは、ロボットアニメの映像。

「ゲキガンガーってなあに?メグちゃん」

「一昔前のロボットアニメです。ミナトさん」

一部は興味津々、他は暇だしなと言う理由で画面に目を向けた。

そして、数分後。

「凄い・・・」

思わず声を洩らしたのは、少年。

それを聞きつけ、ガイは立ち上がって少年の肩に腕を回す。

「おう!解ってくれるか同志よ!」

「うん、うん!!」

ガイと少年は意気投合し、肩を組み合って叫ぶ。

「そう・・・僕にも、何か出来るはずなんだ!!」

「そうだ!俺たちの船を、余所者にいいようにさせてたまるか!!

 そう思うだろ、博士!少年少女達!」

ガイの演説に誰が博士だ!と突っ込みながらも、ウリバタケはスパナ片手に同調する。

「だが、このバカの言う事も一理ある!

 野郎ども、整備班の根性、見せてやろうぜ!」

おう!と部屋中に響く怒号を上げるつなぎ軍団。

「あたしも行くよ!坊主が名乗りを上げといて、大人が行かないって道理は無いじゃないか!

 それに、短いとはいえ此処はあたしらの船だろ!?」

「・・・チャンスだ」

ホウメイとゴートも道具を手に立ち上がる。

他のクルーも次々と名乗りを上げる様子に、アキトとルリは苦笑し、サラは阿呆の子の様にポカンと口を開けて停止していた。

「けど・・・今回は俺がしなかったとはいえ、あの少年が立ち上がったって事は、あの少年がこの世界の俺となりうる存在?」

「そうかもしれません、アキトさん。IFSをつけていましたし。けど・・・」

「何かあるの?ルリちゃん」

「変わった書類の登録で気になったのでプロスさんに聞いてみたんですが、あの人は記憶喪失みたいなんです」

「じゃあ、ユリカのことを知らずに乗り込んだ?」

「それどころか、自力でコックに登録されてます」

「既に、イレギュラーは起こってるのか・・・」

「それに、もしあれがこの世界のアキトさんだとしたら、おかしい事が起こるんです!」

あれ呼ばわりしている辺り、ルリはそうとうひどい事を言っている。

「逆行者はみんな、昔の体に戻ってます。それは、今此処にいるアキトさんも例外じゃありません。

 でもあれが昔のアキトさんだとしたら、アキトさんはあの体の中に入ることになるんです!!」

「そう・・・だね・・・」

突如降りかかる謎に、沈黙する二人。

「・・・どうしますか?アキトさん」

「・・・あの人が昔の俺かそうじゃないかなんて関係ない」

アキトは周りに聞こえないように小さな声で、はっきりと告げる。

「あいつはいつか昔の俺と同じように、ロボットで戦う事になる。

 あいつが誰かを助けられなくなって不幸にならないように、鍛えるんだ!

 じゃあルリちゃん。そろそろ頃合だから、ユリカを迎えに行ってくる」

「アキトさん、誰にでも優しいんですね・・・」

「何か、言った?」

「いえ、何でも。

 気をつけてください」

アキトは頷くと、ひとっ走りでエステに飛び乗り、マニュアルで発進していった。

「ハクション!!」

「うわっ!?びっくりした・・・。

 どうしたの、少年?」

「ううん・・・」

何だか、物凄い寒気がした。

誰かが噂をしていたような、それもとてもおせっかいな噂を・・・。

「何でもないよ。

 それより、僕たちは医務室に行くんだよね」

僕やサラ、ガイと数人は武器になりそうなものを食堂から持ち出して歩みを進める。

僕は、丸いフライパンだけど。

「き、貴様ら!勝手に出てくるな!」

曲がり角の直後に見えた、とっさの事にとまどっている様子の軍人二人が銃を構えようとしていた。

だらけていて銃を構える事すらしていなくて、慌てて取り出したはいいものの、安全装置が引っかかっていたらしく更に慌てる。

やっとガチャリ、と無骨な金属音が鳴り響くと同時に、僕とガイは金属の鉄槌を頭に降らせる。

僕はともかく、ガイの何で食堂にあるのか解らない金属バットは痛そうだった。

「よし、医務室を占拠だ!」

ガイの指示で残りの数人はドアから突撃し、やかましかった喧騒は程無くして収まった。

そして、数人が開いたドアから完了の怒号を上げた。

「勝利は我らにあり、でござるな」

ニンニン、と得意げにサラは頷いた。

だけど、まだ終わってはいなかった。

何か直感から背後に顔を向けると、銃を構えた残りの軍人一人がそこにいた。

どこからか走ってきたのだろう。ぜえぜえ言いながら銃を構えていた。

――――銃。

その銃は、僕の背中の後ろにいたサラを狙っていた!!

「キャッ!!」

そこからは衝動にしてとっさで緊急で高速な動きだった。

時間の経過を、緩く感じた。一瞬を、限りなく引き伸ばした永遠。

サラを銃の射線から外れるように思いっきり突き飛ばし、手に持つフライパンの柄を一回転させて持ち変える。

距離にして5mほど、走ればすぐに到達するけれど、最低一発の被弾は確実。

ならば、まず思いっきり踏み込み、走り出す。

敵の銃のレーザーサイトから走る赤い線が、空間を切り裂いて僕の胸の部分にきらめく。

もっとも、それ自体が当たっていても少しも痛くも痒くも熱くも無いのだけれど。

距離が狭まって、相手の焦る顔が段々はっきりとわかるようになる。

それはそうだ。銃を構えているのに、相手は怯えも恐れもしないのだから。

銃のトリガーにかかった指が、震えながら引かれていく様子までわかる。

そのタイミングに、僕は銃と胸を結ぶ赤い直線を断つ様にフライパンの面を構える。

着弾。

表面がこっちにへこみ、腕が強く引き戻される感覚。

相手の顔が焦りから驚愕にコロリと変わる。まるで信号のよう。

だけど、思ったより立ち直りも早く、再びトリガーを引こうとする。

距離は凄く微妙な位置。無理をすれば殴れない事も無いけれど、被弾の危険性も高い。

――――2発目も防ぐ事を、選択。

赤い線が上の方にずれる。多分、頭を狙ってる。

なら、また射線を塞げばいい。

着弾。

衝撃はもう無視。距離は既に至近距離。今度こそ仕留められる。

ガン。

微妙に二個のへこみが出来た表面が相手の顔面でさらにへこみ、使い物にならなくなったフライパンを代償にして相手をしとめることに成功した。

その後、捕らえた軍人の人たちはみんなひとかたまりにして縛って一室に放り込んだ。

艦長も戻ってきて、無事船が動き出したけれど・・・。

「助けてくれて、ありがとう」

「いや・・・あの・・・とっさの事で、よく覚えていないし・・・」

これは、本当のこと。

「・・・けど、少年?

 君、もしかしてレーザーサイトの線、見えてた?」

「・・・・・・?」

あの時を思い出してみる。

といっても、あの時は必死だったから・・・。

「・・・解らないよ」

「そう・・・だよね! 偶然だよね。

 何言ってるんだろう・・・私・・・」

「空中に赤い線が走ってた気は、するけど・・・」

「見えるわけが無いのにね・・・・・・

 え?」

僕が呟いていたら、サラは何故か表情を硬直させていた。

「・・・どうしたの?」

「ううん・・・何でもない・・・なんでも・・・」

そして、サラは表情を思いっきり曇らせた。

「・・・?」

あまりにも深刻そうだから、あの時は何も言えなかったけれど・・・。

サラ、何か悩みでもあるのかな?

「・・・そうだよ。こんなところに・・・いるはず無い」

彼の者は、目覚めた。

自室の暗い闇の中、既に幾多の血に染まった彼の者の腕は、それでも若さと艶やかさを失ってはいなかった。

その手で、彼の者は顔を洗い始める。

続いて顔をタオルで拭きながら、思いをめぐらせる。

もうすぐ、サツキミドリという地球側のコロニーに跳躍門の一つが到着するはずだ。

今回の準備を整えなければならない。

それが、例えあいつの掌の上の事でも構わない。

私の目的を成し遂げるためには、地球も、この木連ですらも利用してやる。

だが、その前に。

「食事にするわ・・・」

彼の者は空腹を訴える腹部を押さえて、玄関の扉を開いた。

「な・・・!?」

食堂に足を踏み入れたとき、白鳥九十九は今日の判断を後悔した。

はっきり言って、来なきゃよかったと。

普通の朝食時間から、外れるんじゃなかったと。

そこに、見てはならないものを見たからだ。

優人部隊となって、彼は一つの噂を聞いた。

北辰や六連などが有名な暗部の中でも、さらに上の者がいるという噂。

曰く、それは見た目は細く、優しそうな姿。

曰く、しかし北辰や六連とためを張るという。

曰く、彼の者は優人部隊の、しかし黒verの服に黒い外套、黒いバイザーを好むという。

曰く、その隠れた素顔を見たものは、死あるのみ。

曰く、彼の者は木連始まって以来の対人用最終決戦存在。

曰く、彼の者の名は――――

「白鳥・・・?」

ふと呼びかけられ、九十九は硬直した。

食堂にいるのは自分と、彼の者だけ。

ならば、この声は・・・。

ガクガクと壊れたぜんまいのようにゆっくりと振り向くと、彼の者が感情のこもっていない視線を顔面にぶつけていた。

思わずかしこまり、敬礼する。

「はっ!ゆ、優人部隊の、白鳥九十九であります!!」

「そんなに・・・かしこまらないで」

彼の者の返答は、意外にも優しさを持ったものだった。

「は、はい!しかし・・・」

だが同時に九十九は、その視線の奥に今まで感じた事の無い恐ろしさを感じていた。

首筋に鋭利な冷たい刃物と、こめかみに金属質の筒を同時に突きつけられた感覚。

だが、それらは次のセリフで一瞬にして消えうせてしまった。

「私なんて、そんな立派な人間じゃないから・・・」

落ち込みを見せる彼の者に、九十九は思わず硬さが緩む。

彼の者の顔に、妹のユキナが昔見せた寂しさの表情に似ていたからだ。

だがそんな様子も一瞬、彼の者は向き直り、言葉を発する。

「今から、お昼?」

「はい、少し遅れてしまいまして・・・」

「そう・・・。

 私は今、食べ終わったところ。

 ・・・じゃあね」

スッと手を振り、彼の者は食堂から出て行った。

九十九は自分の命があることにホッとしながら、彼の者の名前を聞こえないように本当に小さく、呟く。

「・・・あれが・・・あの人が・・・天河・・・」


コメント

彼の者と言いながら性別がかなりばれてる罠。

しかもオリキャラでないはずなのにオリキャラみたいに化してる二重罠。

主人公の能力なんか完全な罠。

・・・ま、そうしないとあいつが来ないのですが。

PS やっぱり前話の作風は奇跡だなあと思ったり。

 

 

NOVAうさぎっぽい代理人

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

ビミョー。(爆)