第六話

「――――っ!!」

体の内部から沸きあがる、恐怖にも似た感覚にとっさに僕は跳ね起きる。

ガツ。

「〜〜〜〜!!」

「いった〜・・・!」

そして、何か固い物に頭をぶつけ、僕は呻き声をあげる。

だけど、その痛みのおかげで、現状把握のための思考が戻ってくる。

(ええと・・・)

まず前。

自分と同じように、横向きに寝転んだまま痛みに頭を押さえているサラ。

涙が浮かんだ寝ぼけ眼にドキッとしたのは、あえて秘密にしておく。

と言う事は、と周りの状況を見る。

自分は横向きに転がっていた。

多分さっきの夢――――だよねえ――――でびっくりして、跳ね起きたら隣とぶつかったといった所だろう。

「もう、少年!

 私に恨みでもあるの?」

「ご、ごめん・・・

 え?」

起き上がろうと地面に手をつき、

再び、疑問。

何故、僕はサラと一緒に寝ているのか?

そして、僕は――――

「何で・・・?」

展望台なんかに、いるのか。

周りを大きく見回すと、他にも人物がいた。

艦長さんと、確か火星で乗り込んできたイネスさん、そして間に挟まれるようにテンカワさん。

三人で、川の字に横たわっていた。

胸部が上下しているから、生きてはいる。気絶している、だけ。

どうやら、この奇妙な現象は僕だけじゃなかったようだ、と胸をなでおろし、安堵する。

テンカワさんやイネスさんはともかく、艦長さんはブリッジにいたはずだから。

それに、こんなところに来る理由もない・・・筈だ。

「・・・ねえ、サラ・・・

 あれ?」

「・・・・・・」

知恵を借りようとサラの方を向けば、彼女もまたこちらを見ていた。

不安と困惑、そして躊躇いの混じる視線で。

やっぱり、頭がいいからこの状況を理解しているのか。

それとも・・・ただ僕が能天気なだけ?

「ねえ、サラ。」

「――――!?

 な、何!?ごめん、聞いてなかった!」

両手をわたわたとさせて、謝るサラ。ツインテールの髪の毛がその様子に合わせて揺れる。

「まだ何も言ってないよ。

 これ、どう思う?僕、ついさっきまで食堂にいたんだけど、気がついたら此処にいたんだ。」

「あ、私も・・・。」

声が沈んでいる彼女。

本当に、いつもの事ながら、彼女のそんな声は聞いていたくないと思う。

「今がいつかは解らないけれど、一瞬にして場所を移動する。

 まるで、ボソンジャンプみたいだね?」

「――――!!」

あれ、表情が凍りついた。まずかったかな、この話・・・。

「で、でも、人間単体でジャンプしたって話は聞かないから、多分違うと思う・・」

「・・・思い出したの?」

「え?」

「・・・何でもない。」

どう見ても、何でも無いという様には見えないけれど・・・この状況・・・。

まずい。さらに空間が寒くなった気がする。

此処は、話を変えないと・・・。

「さ、さっき、変な夢を見たんだ。」

「夢?」

よし、すり替え成功かな。

「うん、僕が別の誰かになってる夢。」

「・・・・・・誰か?」

「おかしな話だけど、僕がテンカワさんになる夢。

 そこのテンカワさんは、人間で言う五感がやばい事になってて、おまけに黒いサンバイザーや黒いマントを着けて・・・」

「ごめん、少年・・・」

全部言い終わる前に、何故かサラはスッと立ち上がり、そのまま足早にこの部屋を去って行った。

「あ・・・」

かろうじて見えた瞳には、かすかに光る跡。

僕が、何をしてしまったかは解らないけれど。

「僕は、バカなんだろうね・・・」

少なくとも、不用意に触れてしまってはいけないところに触れたことだけは、解った。

その後程なくして、ホシノさんが全艦にわたって警報を流す。

いつの間にか、ナデシコは敵と地球軍の戦闘宙域の真っ只中に出た様子。

テンカワさんが女性陣にこの状況を詰問されたり、艦長さんがいきなりグラビティブラストを撃って軍の人に怒られたりした。

そして、みんながナデシコを守りに出撃し、僕も持ち場に戻った後、

――――また、あれが来た。

それは、星々瞬く宇宙を進む。

ナデシコの何倍もある巨体を持ったその船は、ナデシコが持つグラビティブラストのような物を何発も同時に吐き出す。

それに巻き込まれた蜥蜴達は、逃げる間もなく次々に宇宙の塵へ。

全ての蜥蜴が片付いた後、ナデシコはその船の中へ・・・

「・・・終わった?」

何時も、見てる間の時間経過は一瞬。今回のは火星のとは違って、そう心配する物でもないみたいだ。

船には、おぼろげながらネルガルの紋章が見えたし。

うん、仕事しよう。

って言う予知は、今回のも的中。

エンジンがさっきの戦闘で少し壊れたらしく、ピンチだったナデシコを、ナデシコ二番艦であり、ドッグ艦でもあるコスモスが助けたらしい。

コスモスというのは、さっきの予知であった船。

そして、程なく艦内に流れる、ようやくナデシコが地球に戻れるという噂。

そして、何故か地球では8ヶ月経っているという、イネスさんのなぜなにナデシコが。

更に、コスモスからは追加のクルーが数人乗ってきた。

まずは、追加パイロットのアカツキナガレさん。

女性クルー内で顔がいいと評判になっている、ロン毛なキザっぽい青年。

や、キザっぽいってのは僕の予想だけど。

次は、副操舵手のエリナ・キンジョウ・ウォンさん。

こっちは男性クルーの間で祭りになってる、目のきつそうなキャリアウーマンっぽい美人さん。

何だか、性格もきつそうだなあ・・・。

モニタールームに、二つの人影があった。

一人はアカツキナガレ。

追加パイロットとは仮の姿、実はネルガル会長というのは艦内では殆ど周知の事実。

少年とユリカはともかく、ナデシコ内のみんなが知ってる事を知らぬは本人ばかりなり。

「どう?これ。」

彼に問いかけるのはエリナ・キンジョウ・ウォン。

こちらも、本来は会長の秘書。ジャンプのデータ集めついでに、会長のお守りに来た、と本人は語るが。

「凄いね、これは・・・」

と言いつつ、覗く画面の中身はナデシコ各所の映像。

それは、火星からの転移前後の映像。

幾つもある画面の中で、数個のみ非常識な光景があった。

画面に映る多くの人々がそのまま倒れ伏していく中、アキト、ユリカ、イネス、サラ、そして少年の五人が、

一瞬にしてその場から消え、後に無人の展望室に現れる怪奇現象。

事情を知らないものには単なる合成映像にしか見えないが、あいにく二人は事情を推測出来る者。

「ボソンジャンプの出来る人間が、こんなにも集まるなんて・・・!」

「変わった集まりだね。

 テンカワ博士のご子息にミスマル家の令嬢、過去不明の博士にクリムゾンのスパイの天才科学者で、

 とどめに謎の記憶喪失少年。」

「多分、この五人の共通点から、人体跳躍の秘密が明らかになるのよ!」

「共通点ねえ・・・ま、いいんじゃない?うまく行けば、」

そう言って、アカツキは口を歪めて笑う。

「わが社の利益に、そして。」

「火星のアレね。」

「そういう事。」

企み顔のエリナとは裏腹に、しかしすぐに浮かない顔に変わるアカツキ。

(嬉しそうなところ悪いけど・・・

 いや、これはまだ言う事じゃないか。)

地球に降りるまでのとある日、僕がいつものように勤務を終えると、一緒に終わったテンカワさんが誘いをかけてきた。

「少年、ちょっと付き合ってくれるかい?」

「え・・・はい、いいですけど。」

「じゃあ、30分後にバーチャルルームで。」

バーチャルルーム・・・何か内緒話の類かな? 前にもホシノさんとやったような。

「・・・あ。」

その前に、ウリバタケさんに頼んでおいたあの道具、出来てるかな?見に行こう。

「ウリバタケさん、こんにちわ。」

「おう、少年!」

僕が行った時、ウリバタケさんは小さな工具箱の上に腰掛けて、缶ジュースを飲んで一息。

コスモスについた頃は、いつの間にか8ヶ月経って新型になったエステの整備、及び旧式の改修に大忙しだったけど、今は落ち着いている様子。

「頼まれた物、出来たぜ!」

「ありがとうございます。」

それは、黒一色のバイザー。

あの夢の中で未来の僕と思われる?人がつけていた、物。

それをウリバタケさんに頼んだのは、伊達や酔狂じゃない、知りたかった理由のため。

「しかし、変わった注文するな?感覚を消すバイザー・・・だっけ?

 ほれ。」

「おっと・・・。」

無造作に渡された黒いバイザーを、慌てて両手を差し出して受け取る僕。

それは、相変わらず光を通さない黒で。

自分の瞳が見せる視点に映す心を、相手が悟る事のないように、覆い隠す黒。

瞳を隠すだけじゃ、色の理由にはならないような気がする。

あのテンカワアキトは、どうして自分の心を隠そうとしたのだろうか?

ココロを無くしたサトリは、ワタシと言う存在を維持できないんじゃないだろうか?

「中々苦労したぜ。視覚、聴覚、それに・・・触覚か、を遮断する機能。

 その三つを無くすってのは、人間の機能が殆ど死んだ状態だぜ?

 俺は試しちゃいないが、何だってそんなものを?」

(あの夢・・・。

 僕と同じ名を持つだろう人の夢に、少しでも状況を近づければ・・・)

「何か解ると思った・・・何て言っても、解らないだろうし・・・」

「何か言ったか?」

「いいえ、何も・・・」

「ああ、黒いマントとスーツ一式はもう少し待ってくれ。

 最近アイデアが浮かんでな、うまく行きゃパイロットスーツに転用できるかも知れねえ。」

・・・色は転用しないで下さいよ?

「暇なときでいいですから。

 僕のわがままですし。」

「たまには、そういう雑用に手を出してみたくなるときもあるからな。気にするな。」

「はい、どうも。」

ウリバタケさんに礼をして、僕は格納庫から去って行った。

さて、早速どういう物か、試してみよう・・・。

(う、わ――――!)

つけてスイッチを入れた直後、僕の体は暗闇の霧の中に。

いや、黒いコールタールか、はたまた宇宙空間か?

自分が思わず叫んだ言葉も、聞こえない。

手ごたえも、足の支えも無い。

独りぼっち。

真っ暗。

0次元の世界。

明も暗も無い、無の領域。

「う・・・」

怖い。

それ以外に表現できない。

怖い。

怖い、怖い、怖い!

「うあああああああああああああっ!!」

震える手で半ば衝動的に、適当に目の辺りを振り払う。

幸いにしてバイザーは外れたらしく(感覚が無いから解らない)、即座に瞳に光が差し込む。

相変わらず、誰もいない艦内の廊下。

「は、あっ――――!」

無理に呼吸をしようとして、喉につっかえる。

こんな世界に、夢のアキトは襲われていたのか・・・ッ!

冗談じゃない!耐え切れない!

「その三つを遮断するってのは、人間の機能が殆ど死んだ状態だぜ?」

ウリバタケさんはそう言っていたが、そんな生易しいものじゃない!

こんな世界で耐えられるのは、常人じゃないものか、さもなくば・・・ッ!

ただそこにあるだけの存在だ――――!

「あ・・・、そうだ、時計は・・・!」

少し落ち着いてから思い出し、ポケットに入れておいたコミュニケを取り出す。

持ちやすいように、ベルトは留められたまま。

「・・・・・・げ。」

テンカワさんとの約束の時間まで、後三分。

「急ごう・・・!」

ちなみに、僕の主義として、腕時計や腕輪のような物はつけないようにしている。

というより、ただ圧迫感を感じるから嫌なだけなんだけど。

某主人公って説明書に書いてあるのにプロフィールは別人さんみたいに、日本腕時計協会に訴えられても変えるつもりはないだろう。

閑話休題。

30分後、約束どおり僕とテンカワさんは、二人きりでバーチャルルームに訪れた。

バイザーは、ポケットに仕舞い込んだ。

傍から見たら、不審者の使うようなものだからね。

「・・・さて、少年。

 君に、話さなきゃならないことがある。」

「僕の、過去の事ですか?」

そう返すと、彼は幾分驚いた様子。

だけど、すぐに平静を取り戻し、それから少しずつ言葉を選んで続けていった。

「・・・ルリちゃんから、聞いた?」

「はい。

 僕が、テンカワアキトだって事と、昔の事を色々と。」

「そっか・・・、そこまで聞いていれば、話は早いね。

 俺の話は、そこから先なんだ。」

――――それは、荒唐無稽かつ不思議な話。

テンカワさんは誰にも話さないでくれって言ってたけど、普通なら信じられないし、信じてくれないと思う。

まさか、目の前にいたテンカワアキトと名乗る人が、未来の自分だなんて、誰が信じられようか・・・!

だけど、僕には彼の言葉を真実だと捉える事が出来た。

初めてエステに乗った日。

出来たばかりの友人の死。

サツキミドリ。

火星民の死。

チューリップ進入。

地球各地での戦闘。

木星蜥蜴が実は人間だったと知ったときの衝撃。

和平交渉の決裂、そして遺跡跳躍。

その後の幸せな日々。

暗転。

復讐に身をやつした日々。

決着、そして――――

彼が語るたび毎に、僕はその体験する様子を無意識の内に映像で観ていた。

ただ、その映像が全て、『テンカワアキト』をも映していたのか。

今の僕には、解る術は無かったけれど。

「・・・で、僕は何をすればいいんですか?」

答えが解ってて、聞いてみた。返って来る答えは、解っているのに。

「君に選んで欲しい。

 このままで、未来で大事な人を守れなくなってしまうかもしれないか。

 来るべき時に備えて、力をつけるか。」

大事な人と言われた時、まず最初に浮かんだ顔。

記憶の無い僕を、色々と気にかけてくれた、サラ。

彼女の存在は、既に僕の心の一角を占めていた。

次に思い浮かぶのは、

――――何故か、殆ど面識の無いはずの、この船の艦長さん。

やっぱり、幼馴染というのはある程度のウエイトを占めるものなのか?

そして、最後に浮かんだ顔は。

黒いぼさぼさ髪の青年、テンカワアキト。

・・・自分では自覚して無かったけれど、僕ってそんなに自分が大事だったのか・・・。

それでも、答えを決める指針にはなった。

ならば、僕は決断する。

結果は、断った。

理由は、一つの質問の返答。

「テンカワさんは、この戦いを終わらせたらどうするつもりですか?」

それについて、テンカワさんは、「罪と血に汚れた俺は何処かに消える」と答えた。

みんなにはもう会わない、とも。

それで、僕は決めた。

テンカワさんが―――何故かは解らないが―――みんなに好かれている―――嫌われてはいない―――のは、周知の事実。

なのに会わなくするというのは、自分から戦わずして逃げる事。

例えそれが、自分の手が血に染まっているとはいえ。

ましてや、相手は昔の自分を何も知らない、いわば同じ顔の別人。

余り気にする必要なんて無いのに、と思うのは、やはり体験していない者の戯言だろうか?

だから―――うまく言えないけれど―――人に戦えと言っておいて自分が逃げる人に、教えられたくはない。

それに僕は、自分の意思で身につけ、心に刻む事で、自らが強くなったと理解したい。

確かに、未来の自分の力を借りればまだ楽に強くなれるかもしれないけど、その借りは何処かで高いつけになる気がする。

「道のりは、遠く険しくなりそうだけど・・・」

取り敢えず、何か考えなきゃ?

「やれやれ・・・」

一人残されたバーチャルルームで、アキトは頭を掻く。

その顔に浮かぶのは、予想外の事象に対する困惑ではなく、むしろ。

「あいつ・・・もう視えかかってんのか。」

これはひょっとしたら、と口の端を一瞬歪ませる。

だが、その笑みはすぐに不安の表情にとって変わられる。

「随分と嫌われちまった様子だが、向こうの心配するより、今は俺だよな・・・。

 下手してぼろ出して挙句に失敗してりゃ、あいつ等にあわせる顔がねえ。」

腕を組み、一人納得するように呟く。

「ルリちゃんや、リンクが繋がっているあのラピスにはばれてないからな。」

「しかしまあ、悔しがったり罪に悔やんでるように見せかけるのも、大変だな・・・。」

「もうすぐだ・・・。もうすぐお前に・・・。」

テンカワアキトの姿をしたものは、いつもの優しげな笑顔ではない、野望に満ちたそれを浮かべていた。


テンカワさん、微妙に何かたくらんでます。

過去を変えるばかりでは飽き足らず、いったい何をしようとしているのか・・・は、今はどうでもいいことです(ヲイ

遅くなりました、第六話です。

相変わらず代わり映えの無い展開ですみません。それが目的とも言って見ますが・・・。

>ココロを無くしたサトリは、ワタシと言う存在を維持できないんじゃないだろうか?

例のオマージュ(むしろパクリ)ネタです。

カタカナで引き算をしてみましょう。正解が出ても意味はありません(ナニ

 

 

 

 

 

代理人の感想

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おおー。

第二話以降下がる一方だった評価がげふんげふん。

もとい、第二話以降盛り上がりがいまいちでしたが、今回の引きはポイント高いです。期待させてくれます。

やっぱ、読者の気を引く伏線というのは必要ですよね。

この『アキト』の一言で、話が一気に混沌として謎めいて来たわけですから。