第11話前編

連合軍極東地方支部。

大きな机、その面積の七割を書類の山によって占拠されている机の前で、ミスマルコウイチロウは心の奥底から唸りをあげていた。

仕事の量が理由ではない。そんな物ぐらい、前線で命を懸け、そして今もなお散らし続ける軍人に比べるには小さすぎるものだ。

問題は、その山積みとなった書類の質、つまり内容にあった。

・・

ナデシコが8ヶ月ぶりに姿を現したあの日の、月周辺の戦いでの勝利及び宙域奪回にて、連合軍は以前よりは余裕を取り戻した。

余談だが、月での勝利よりもナデシコが(というよりユリカが)無事であった事の方が喜びが大きかったのは、本人の心の中に仕舞われた秘密である。

閑話休題。

 その勝利によって気の逸る軍上層部の一部が、部下にむやみやたらに火星付近の偵察(書類上ではそうなっているが、恐らく隠れて戦闘に及ばせた部隊もあると思われる)をさせていた。

そのメリットが無かったとは言わないが、デメリットの方が圧倒的に大きかった。

ただでさえ減り気味の戦力が更に減ってしまい、予定していた火星攻略戦が大幅に延期された。

それに対するメリットとは、少しだけ。

地球から火星までを直線まで結んだ線の中間地点、約2900km付近にて、連合軍の物ではない未確認移動型小型要塞が確認された。

偵察報告から、初発見は2197年4月初め。その後何度かの無断偵察において、6月には既に完成していた。

しかし軍は指をくわえてその完成を放っておいた。いや、放っておかざるを得なかった。

 そこは迂闊に攻めれば十を超えるチューリップと、軍では未だ確認されていない木星蜥蜴の新型機動兵器―――ステルンクーゲル等―――が多数、サービス過剰な程に丁寧なお出迎えをしてきたからだった。そして、一人も帰っては来ない。

まるで1拠点を強襲制圧出来るほどのその戦力は、しかし幸いな事にこちらから攻める場合にのみ反応し、自分から攻める事はしなかった。

その施設を攻め落とされるのを嫌がるだけの様に。

軍は軍で事情があり、前述の理由から無闇に戦力を削ぐ事は好まなかった為、暫くは放置をしていた。

「ふう……」

問題の一方の書類を離し、机にポンと放る。

苦悩にまみれた心を浄化させる様にため息を大きく吐き出し、もう一方の悩みに手をつけた。

イツキカザマ死亡届。

イツキは出向先であったナデシコに乗艦し、その後すぐ出現した木星蜥蜴の新型にやられたと報告があった。

だが、この書類には、それより更に一ヶ月以上も前の死亡日時が書かれていた。

書類管理の余りのずさんさに怒りを覚えるが、今はその事より重要な事がある。

ナデシコに行ったイツキカザマは、本物か否か?

本物なら、書類が間違いになる。偽者なら、何故そんな事をする必要があったか?

深く考えても証明する為の確固たる証拠も理論も出る訳ではなく、判断は出来そうにも無い。

コウイチロウは脳の運動を放棄し、深く椅子に身を沈めた。

「ユリカ……」

今は手の届かないところにいる、娘の事を思いながら。

カワサキでの戦闘を終了させ、木星蜥蜴の自爆攻撃を未然に防いだナデシコは、現在軍には無断でとある場所に針路を取っていた。

目的地は、月にあるネルガル所有のコロニー。理由は二つ。

 自爆する敵機動兵器を食い止める為に、少年とは別にボソンジャンプしたアキトから連絡が入り、「アキトを助けに行くわ!」と、艦長の私情が多分に含まれたパイロット回収という理由と、

「実はフレサンジュ博士によると、以前我が社に入った『製品』がちょっといわくつきというのが判明しまして、その調査と認可を一手に引き受けて下さっている他社の重役と合流する事になっておりまして」

とのプロスペクターのの企業としての理由だった。

かくしてナデシコは月へ向かう。

しかし、いつものナデシコに似合わぬ重苦しい空気を纏った人物が、一人いた。

(どうして……?)

オペレーター席で表面上は平静を装いながらも、心中では困惑が嵐のように渦巻く少女、ホシノルリ。

その対象は言うまでも無くなく、先程のカワサキでのサレナだった。

『過去の記憶』から合わせると、あれを操縦していたのは間違い無く『この時代の』北辰。未来のそれと比べて、機体の違いを差し引いても荒さが見られたからだ。

前回と比べ、余りにも出てくるのが速すぎる。それは誤算の一つ。

機体についても、事情が判明した。ついさっき、製造先が襲撃を受けて破壊された事を確認した。

その時に奪われてしまったのだろう、それも誤算の一つ。

だが、それよりもっと、気にしなければいけない事があった。ある意味で、この戦争を左右しかねないだろう事象の一つが。

―――あのサレナが現れた時に、ボース粒子が観測されなかった。

幾ら先程の戦闘データを洗い流してみても、ボース粒子は塵一つ確認されない。

ボソンジャンプの際には、ボース粒子が発生すると言うのは未来から来た瑠璃には常識である。

戦闘の際にはボース粒子が発生した移転にジャンプアウトするのが普通だが、相手にはそれが見当たらない。

まさか―――、とは思うが、しかしルリの知識の中では他に心当たりは全く無い。

誰かに聞いてみようと言う選択肢も迂闊に出せば、あの機体についている単独跳躍能力の事でボロを出してしまう危険性がある。

結局どうにも出来ず、自分で作りだした謎の迷宮に迷い込んでいた。

「うわああああん!ルリさんが無視するぅぅぅぅっ!!」

「あれが……噂のハーリーダッシュ……」

目が覚めたのは、ネルガル所有の研究所。

僕は実験台の結果として、否応にも検査される事を余儀なくされた。

余り友好的でない研究員の人に何とか話を聞いた分から推測すると、どうやら以前通りのランダムジャンプで、ヨコスカ戦の約2週間前の月へと時を越えていた。

恐らく気絶中に見ていたと思われる、夢を思い出す。

夢の中で、『僕』はイネスさんに過去に戻ったのではなく、逆行と言う現象は妄想の産物だと言われた。

そこから考えると、僕の今いる状況は、さしずめ無限ループの途中、と言う感じだろうか?

時折断片で思い出しつつ、それでも全てを思い出せない状況は。

いったい、本当の僕は何を望んでいるのだろう?何を成す事で、ここから抜け出す事が出来るのか?

……いや、そんな事より、今は今の方が気になる。北辰は、どうなったのか?ナデシコは?

一番気になった事だが、今手に入れられる情報ではない事を思い出す。大人しく、2週間後を待つことにした。

黒のユリカが一足先に月に到着してから、2週間が経過していた。

奇しくもその日は、ナデシコがヨコスカで初の木連の有人機と対決をした日であった。

そして、前回の歴史でテンカワアキトが月にジャンプしてから二週間後でもある日。

彼女は当初の任務通り、あちこちの研究所や軍施設から偵察をしてはデータを抜き取り、ゆめみづきに報告していた。

そして、今日もまた、ネルガルの基地に潜入していた。

データの詰まった大型コンピュータを前に、彼女はコンソールを叩き続ける。

板の上で動く指は、正確無比なプログラム遂行を思わせる。

「――――?」

その時、ふと指が止まる。同時に、せわしなく揺れていた眼球がモニターの一点で停止した。

ナデシコの搭乗員データ。その中の、一人の写真に集中されていた。

「何で、この子が……!?」

彼女は直感で、いや直感とひと括りには出来ない何かで、モニターを通じた写真の相手と自分との関係を認識し、見切った。

そこに根拠は無く、しかしどんな証拠を提示する前に正しいと理解していた。

続いてそのプロフィールに一通り目を通し、ようやく納得したように一人頷いた。

「成程ね……あの男……!」

と、いきなり何かが唸りをあげる音がした。

油断した?

そう思う間も無く、体が勝手に反応して素早くコンピュータから離脱し、周囲に目を配る。

気配は無い。防衛機能が作動した様子も無い。しかし……そんな私の感覚を上回っていたとしたら?

が、そんな思考は考え過ぎだった事がすぐに証明される。

再び、音が鳴る。何処からでもない、自分の腹部から。

「……………」

暫くあっけに取られてから、彼女は何事も無かったかのように電源を切り、誰も見ている筈が無いのに少し照れを隠すように顔面を片手で押さえてその場から立ち去る。

「……お昼、何にしよう……」

二週間前の月に飛んでからもう二週間になろうとする時、僕は最早習慣となりつつある、研究所へ帰るという行為を行っていた。

過去とは違い、今回の僕は食堂で働く事は無く、研究所で軽い監視を受けながら、日に一度あるかないかの危険度皆無の検査を受けての生活を繰り返していた。

僕と会話をしようという人間がいない分会話では不自由しているものの、物資的には不自由しておらず、料理したりする事も許されている。

破格の待遇に首をひねりながらも、僕はナデシコを以前どおり2週間は待ち続けていた。

この日も、研究所から仮の住まいへの帰る道のりを、一歩一歩踏みしめるように歩いていた。

帰る最中に、戦艦での生活の中では久しく見る事の無い一般人の生活を目に焼き付けておく。又暫くは、この光景からも離れるから。

商店街の広い道を子供達が騒ぎながら家に帰る姿、親子で手を繋いで帰る姿に、僕にもこんな日があったのだろうかと想像してみる。

「―――次のニュースです。先日、木星蜥蜴との戦闘があったヨコスカの続報です」

電気屋の前に差し掛かったとき、凛とした清涼感のある女性の声に、ふと足を止めた。

別に女性の声だからというわけでは殆ど無いが―――ちょっとはあるのだが、その中身に惹かれたといえよう。

僕は先に跳躍してしまったから知らないが、ヨコスカはどうなったのだろうか?

テンカワさんがまだ何とかなっていそうだったから、どうにかうまく行ったとは思うけど……

「現場の飛世さん!」

「はい、現場上空、飛世です!

 戦闘から一夜明けたヨコスカは、以前生々しい爪跡を残したままになっています。

 ネルガル発表によると、ちょうどこの街に滞在していたナデシコが、敵を退ける事に成功したとの事です」

消滅した……とは言ってない。それに、ナデシコは無事と言ってもいいみたいだ。

街の様子も壊れた様子はあるとはいえ、特別廃墟みたいにはなっていなかった。

「既に復興作業は始まっており、数日中には完了との軍広報の話です。

 花祭さん、お返ししま〜す!」

……心配は、杞憂だったみたいだ。そう確信し、電気屋から再び足を進ませた時。

「―――そこ行く少年! ちょっと占いして行かない?」

突拍子も無くかけられる、この場に関係なさそうな声に、僕は危うく足を絡ませて転びそうになった。

身を持ち直しつつ何だと声の方を見ると、そこには少女がいた。

金色長髪の活発そうな雰囲気の、中高生ぐらいの少女が、いかにも占いの人が使いそうな、黒い布をかぶせた机の後ろに座っていた。

 服装は一昔前にある一部の趣味に流行った黒のゴシックロリータ系のパニエ付きスカートと、ネクタイつきのブラウスに上着を羽織り、黒のニーソと黒ブーツで、おまけに腰に巻かれるのは帯のように長いリボン。

 見た目や態度はいかにも最近の、アイドルにでもなってそうな女子学生に見えるが、そんな人が『占いやります』という大きなのぼりをかざした、占い師の机の前にいるという風景に軽く眩暈を起こす。

人間の頭脳とは上手く出来ている物で、こういう現実性に乏しい物を見た時はすぐにある反応をさせるように体に命令を下してくれる。

「―――ってそこっ!?何も見なかったって顔して通り過ぎない!」

流石にあからさまに、何事も無かったかのように通り過ぎるのは流石に白々しかったらしく、観念して向き合う。

日本系の顔立ちでもないのだが、外国の何処でもあり、何処でもなさそうな顔。表現はおかしいが、それが一番正しいかもしれない。

彼女も黙っていれば美少女のカテゴリに入るが。

「このラブリーエンジェルな美少女のあたしを無視して通り過ぎようとするなんて、いい度胸してるじゃない?」

「自分で美少女って大口叩く人、初めて見た―――」

言い終わらないうちに、頭頂部に軽い炸裂音が響く。僅かに遅れてやってくるかすかな痛みに、僕は顔をしかめた。

その原因の人は不満で顔にしわを寄せながら、柔らかそうな片手に、叩くのに使用した得物を持っていた。

それは彼女の服装とはミスマッチで、余りにもおかしい。

敢えて例えるなら、マシンガンをぶっ放す侍や、海でスクール水着な人レベルの違和感だ。

要するに、彼女の持つ武器は、何て事は無い、ただのスリッパ。一般家庭ならどこでも見る事が出来る、あの足に履く物だ。

それが目にも止まらぬ、それこそ何処から出したのか解らないぐらい速く撃ち込まれていたのだが、武器が武器なのか、彼女が加減したのか、痛みはさほど無い。

その代わりに、それはどうしてもツッコミを入れたくさせる、抗えない衝動を呼び起こした。

「何故……スリッパ?」

「やっぱり、ツッコミといえばハリセンとスリッパでしょ?」

「スリッパってのは聞いた事無いけど……まあいいや。

 じゃあ……どこから出したの?」

「この服の中。いざと言うときの為に服を改造してあるのよ」

と、空いた方の手でワンピースのひらひらした部分をつまむ。

まあ、それでスリッパが出てきた理由は理解した。納得してないけど。

そして、まだ言いたい事がある。

それは構えたスリッパの表の部分にある、W.C.の文字。

「どうしてトイレ用のスリッパ?」

「…………」

「………………」

「……………………?」

「……………………………………忘れてたけど、占いなんかどう?」

「誤魔化すな!そして今更思い出すな!」

「ワガママねえ。そんなんじゃモテないわよ?間違いないわね」

「いや、断定されても」

「ほら、周りのみんなも頷いてるし」

「――――は?」

言われて確認する。いつの間にか、商店街中の視線が、この一区間に集中していた。しかも、何か誤解が多分に含まれる物だ。

「奥さん、痴話話ですわよ」

「若いわねえ」

……確かに、少年とゴスロリの美少女が夕暮れの商店街で大声で会話していたら、少なからず注目を集める事は想像に難くない。

 いたたまれなくなった(視線に耐えられなくなったとも言う)僕は、何をとち狂ったか、それともその空気に思考力を乱されたか、思わず目の前の少女の手を引き、何処へなりとも走り出していた。

「って、いきなり何?!!!」

「何でもいい!逃げる!」

「よくない!あたしの商売道具〜!」

商店街を駆け抜けていく二人を、一対の視線が上から監視するように眺めていた。

それは街の中、高き柱の上にある時計の上にいた。

「我は明星の光 世界を駆ける一条となりて、瞬きの間を飛空する者なり……」

詠う様な少女の声。凛とした、清純な声。

それが発する音は誰にも聞きとめられる事無く、風に乗って消えていく。

それは人。全身に白を纏い、西洋風の細剣を握った派手な姿ながら、しかし誰もその姿に気づく事は無い。

絶対に誰かが見るはずである、時計の上にいるのに。

「さて……与えられし使命を全うしなければ」

少女が再び呟くと、突然時計から足を離し、前に跳ぶ。

飛び降りた、訳ではなかった。何故なら、下の地面には、何も残ってはいなかったからだ。

絹のように白い、羽の一枚を除いては。

ようやく足を止めた場所は、小さな公園だった。

詰まりそうな息を無理矢理整える。

関節が軋む。喉がひりつき、胃が水分を訴える。

そしてずっと手を握りっぱなしだった事に気づき、僕はようやく今気づいて手を離す。

既に赤に黒が混じり始めた公園は、静けさだけが休息を取っている空間となっていた。

僕と彼女は静寂を侵す侵入者。だがそれだけ。静寂が騒音になって襲い掛かってくる訳ではない。

「なるほどね、にゅふふふ……」

横の随伴者が、強制的に連れ去られた状況にもかかわらず、物怖じする事無く何か邪推するような目を形作っていた。

「私の魅力に負けて、つい若さゆえの過ちを犯そうと―――」

「いう事は断じて無いから安心しなさい。まあ、勝手に連れてきた事は謝るけど」

そういえば気づく。さっき逃げた理由はあの場にいるのが精神的に危なくなったから逃げたのであって、彼女を別に引っ張ってくる必要は無かったのだ。

面倒臭い事をした、と反省する。

「…………いいけど」

謝ったところで、ふと気になった事を好奇心から尋ねる。

見た目は子供の彼女が、どうして占い師をしているのかと言う個人的な事を。

実はとても言いにくい事が裏に隠れているのだろうかと想像したが、返ってきた答えは実にあっけらかんとした物だった。

「理由? ただのバイトよ」

「―――――――――――」

一瞬開いた口を塞げなかった。占い師のバイトって、成り立つのか?

「ちょっと、冗談に決まってるでしょ? ……半分は、だけど。

 この冬休みを利用して、ちょっと旅行に出ようと思ったのよ」

「それで、まず稼いでるの?」

「まず、じゃないわ。月に来たのはいいけど、帰りのシャトル代を落としちゃってね……。

 その時ちょうど、あの場所の占い師のおばあさんが病気になっててね。

 元気になるまで、あたしが代理なの。勿論公認、ね」

「じゃあ、占い出来るの?」

「当然!」

胸を張って彼女は答える。……サラよりは大きいかな?

「……変態、っと」

ジト目に変わった彼女が、僕を睨みつける。ばれていたか……

「あ、えっと、そういえば……」

その視線から逃れる為に、あからさまに話題を変えてみる。

「……君の名前、何?」

「……名乗ってなかったっけ?」

「うん」

「あたしは……遊羽。桐丘遊羽よ。そっちは?」

「……………………」

「こらこら、人に名前を聞いておいてその態度は無いでしょーに」

問い詰める瞳に、僕は逡巡し、しかし最早慣れてしまった答えを言う事を選択した。

「……少年。みんなは、少年って呼んでる」

「変わった名前ねえ、それでどんな名字……んなわけないでしょ」

「僕は記憶が無いんだ。つい最近までの」

「スルーなのね……まあいいけど。けど……大輝みたいなのが他にもいるのね、珍しいとは思うんだけど」

その呟きにどういう事か、と返す前に、彼女は自己完結したように口を開いた。

「少年ね……オーケイ、刻んだわ。じゃあ、次は誕生日を教えて?」

「誕生日って……そもそも、僕はパーソナルデータからはっきりしないんだけど」

「あ、そ〜いえば記憶喪失なんだから、そ〜よね……」

「でも、何でそんな事を?」

「占うのよ。さっきも言ったけど」

つい忘れていた。てっきりこの街に住んでいるいち少女としての印象が強すぎて。

「あたしの占いと来たら、天使界でも一部のマニアに大ウケなんだから」

「天使界?」

少し変なところも、あるみたいだけれど……?

「まあ、普通の人間は知らないわね。天使界って言うのは、人間界の上に―――上にって言っても雲の上にある訳じゃないけど―――

 って、話が脱線してるッ!」

「脱線させたのはキミじゃないか……」

「そこんとこは突っ込まないお約束よ。とにかく、ただで占ってあげるから大人しく占われたほうが得ってもんよ?

 ちょっと、正確さは下がるけどね」

「はいはい……」

困った人に捕まったな、と思いながらも、面倒なので抵抗せずに従った。

……というより、僕が女の子にだらしないだけかもしれないが。

「……終わったわよ」

「って、早いな!?」

「何が?」

「…………何でもない」

僕の意識の問題だろうか、一瞬で終わった気がする。腕時計を見れば、三分も経っていたというのに、何をされたかも記憶に無い。

……まあいい、後は結果を聞いて、適当にあしらうだけだ。

「結果なんだけど……」

と彼女は僕を見て、口を少しの間躊躇したように閉ざす。

その姿は患者自身が知らないガンを医者が告知する時の態度に似ていた。そんな顔をされると、例え占いだと解っていても嫌な予感が頭をよぎってしまう。

どんな悪い事を言われるのかと予想をめぐらせていたら、

「―――少年、もうすぐ殺されるわね」

結果は僕の予想の遥か上を飛んでいった。余りにも突拍子も無い事に、僕は聞き返さずにはいられなかった。

「殺される?」

「どこかは見えないけど……見えるもので少年の背格好がそっくりだから、そう遠くない未来ね」

その言葉はさっきまでのおちゃらけは鳴りを潜め、巫女が神託を告げる時のような厳粛さを伴っていた。

「状況がそもそもよく解らない。背景がぼやけて、見えないのよ。

 全身黒に身を包んだ黒髪の……女の人かな?スカートだし。その人が、全身を血に染めて、胸から血を流しながらも、刃物で少年を何度も何度も、換気扇にこびりついた油のようにしつこくしつこく突き刺して……」

その犯人の格好と特徴に、僕は心当たりがあった気がした。

しかしそれが誰かを口に出す事は適わなかった。何故なら、それは僕の知る筈の無い者だったから。

「中々ハードな未来してるわねえ……」

「……いや、フォローは無いの?」

「私に出来るのはそれだけ。運命ってのは、自分で選ぶ物で、人に選んで貰うものじゃないでしょーが」

―――正論だ。それはまさしく、この『過去で』何を成すべきか解らないでいた僕の胸に深く突き刺さる。だけど……

「占い師が、そんな事言っていいの?」

「…………」

「……………………」

「………………いいんじゃない?当たるも八卦、当たらぬも八卦って言葉もあるし」

そのセリフは自分の首を絞めているのに気づいていないのだろうか?

 けど……少し、吹っ切れたかな。ついいつもあのテンカワさんと自分を比べていたけど、僕には僕で、この奇妙な記憶を持っているからこそ出来ることがあるはずだし。

それが、ナデシコに乗っている間じゃないかもしれないけど、それでも前向きに考えたほうが、気が楽だ。

「……何か、いい事でもあった?」

「いや、何でも。……いいや、気晴らしになったと思えば」

「そうそう、この完璧プリティーエンジェルのあたしと話が出来たんだから……って、またそれかって目は禁止!」

「だからトイレのスリッパは止めなさい!」

そうして、少し他愛も無い話をした後、遊羽と別れた。

ひらひらのスカートを翻し、商店街の方へ早歩きで去っていく。それが遠くなってやがて消えても、僕は動けなかった。

 振り向く事さえ出来ない。名残惜しかった訳ではなく、ましてや帰るのが嫌になったという訳でも無く―――いや、帰っても退屈だから少しはそういう思いもあるが―――、全身をとりもちにくるまれたかのように一歩も足を進ませる事が出来ない。

それは、遊羽が背を向けてから、僕の背後で『たった一歩』だけ鳴った足音。まるで意図的に、その不自然さを強調して存在に気づかせようとするかのように。

そして、そこから鋭く僕の背と首筋を撫でる、トゲトゲして気持ち悪く、少し熱くて凍える何か。

「そこの人間、少し尋ねます」

凛とした若い女性の声に、僕は巻かれたオルゴールのようにゆっくりと、擬音に現せばギギギギとでも鳴りそうな遅さで、ゆっくりと振り向く。

僕が後ろに振り向ききったと同時に、彼女は言葉を続けた。

「貴方は記憶喪失で、ナデシコに乗っていた、少年と名乗る者ですね?」

―――硬直。初見の相手にいきなりそんな事を尋ねられ、警戒心を抱かないほど僕は平和ボケはしていないつもりだ。

睨みつける視線で、そのまま観察する。

背はさっきの遊羽と同じぐらいか、中高生の平均くらい。だが対照的に、大人びたを通り越して鉄面皮の様子さえ感じられる空気を顔に纏っていた。

服の色も遊羽と対照的で、白のひらひら付きの、肩の出たノースリーブのブラウスと、同色のスカートに白のヘッドドレス、白のニーソックスに白のブーツ。

彼女『特有』の違いになる部分はあるのだが、それを見て僕は絶句した。何故なら、彼女以外にそんな物を見た事が現実に無かったからだ。

背中。そこにはヒトの身にある筈の無い、一対の物があった。

羽根。

穢れを知らない、真っ白な天使の翼。

「―――命令により、貴方を殺します」

目の前に声を浴びながら。

僕の胸を、白銀の刃が前から後ろまで一瞬で貫いていた。

もう一度自分に言い聞かせるように、確認する。

僕は平和ボケしたつもりは無い。だが心構えが足りなかったと追加しておく。

言い訳がましくなるが、彼女を見た直後、と言うよりは振り向きざまに、彼女は剣を既に後ろで握っていた気がする。

いつでも突ける様に、準備を済ませて。

明らかに僕への質問に意味は無く、確認を顔で断定する為の、囮としてのやり取り。

突き刺される瞬間には、刃先が肉を突き破り、内臓を食い散らかし、骨を通して背中に達する感覚までクリアに認識した。

余りにもすんなりと金属が通り過ぎた為、痛みはすぐには感じなかった。ただあるのは熱さだけ。

いや、訂正しよう。傷口から湧き上がる痛みを熱さと誤認しているのもあり、そして空気で冷えた刃が肉に直接触れ、熱さとして感じているのだ。

胸元に見える柄から推測するに、剣は西洋であったような、刃の細く長く軽い、レイピアやエストックに似た小剣。女性も扱いやすい武器だ。

腕から伸びる白い手袋に握られたままの柄から鍔の部分は、十字架を醸し出したような装飾となっていた。

―――そこまで思考し、そんな自分に苦笑する。

どうやら死ぬ間際の一瞬とは、これほどまで考える時間があるほど長い様だ。

そして走馬灯とやらは、記憶喪失には効果が無い事も解った。何故ならこんな状況でさえ、相変わらず昔のことなどちっとも思い出せないからだ。

イネスさん辺りに教えると興味深い反応を示してくれそうだが、それも今となっては遅い。

膝が力を失う。

ついで、肺が空気を訴える。

だがその注文に答えられるほど、僕には余裕は無い。

『まだ、死ぬわけには――――!』

その叫びは心の中の虚空に吸い込まれる。僕の意識の欠片が少しずつ綻ぼうとしている。

『死ぬわけには、いかないのに――――!』

僕の言葉もまた散り散りに砕け散っていき、その欠片が次々と闇の中に堕ちて行った。

『…………!!』

(欠片……? 欠片って? いったい、何の欠片だったのだろう?)

『少年』の目の前を、黒いカーテンが猛スピードで通り過ぎていく。

『少年』は、自分で目の前に闇を創り出した。


物凄く久しぶりです。他の作品に浮気とかしてたからでしょうが……。

今回は前に比べて少し容量が少ないなあ……。

>飛世&花祭

名字のみの某ゲームからの使い回しです。

決して中の人が沖縄出身の魔性の女とかアビスガンダム搭乗者をしもべに持つお嬢様のキャラではありません。何より時代が合いません。

>遊羽&???

まるで誰かに本気で喧嘩を売ってる様な登場人物ですが(服装とか台詞回しとかそもそも存在とか)、作者は全くそんなつもりはありません。結果的にそうなっているだけです(それがまずいと言うのだ

出番は少ないでしょうが。

まあ場を混乱させるだけのあの男を出すよりはましでしょうが。

>作品とは関係ない世間話

infinityシリーズが最新作が出るそうです。結構先の話でしょうが。

infinityといえば元打越氏と中澤氏ですが、彼等がまた作るのでしょうか?

そもそもメモオフに二人が復帰するのはいつ?

そしてマイメリシリーズも新作が出るらしいですが、Q’tronには何も心配は無かったりします。

それからI/Oは何時だ、と。

……スパロボが売ってねえ。

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

・・・すいません、ついていけなくなりつつあります。

ただ、気になったことを一点。

今回出てきたのはなにやらギャルゲのキャラのようですが、ここで出てくるのが彼女である必然性はあるのでしょうか?

そうでないのであれば、作中でわざわざキャラクターの背景まで説明してしまうのはちょっと余計かと。

お遊びで「お客さん」としてちょっと顔を出すくらいならいいんですが、

背景を説明してしまった時点でそのキャラクターは作品世界のものとして固定されます。

つまり、お客さんで無いからには作品中で何らかの役目を果たさなければいけなくなってしまうんですね。

逆に果たす役目が無いならそもそも話に絡まないところでちょっと受けをとっておしまい、くらいにすべきなのです。

某SSFWのようにクロスオーバーそれ自体が重要な要素をになっている作品、という訳でもないのですから。