犠 牲 

 

 

 大きなボウルに満たした冷水を繊手ですくい、勢い良く顔にかける。

 ボウルの水がなくなるまで何度も、何度も。

 事前に用意しておいたタオルで冷水の残滓を拭い去ると、洗面台に備え付けられた鏡をじっと見つめる。

 細面の白い肌。切れ長の双眸。金色の髪。

 いつもと同じで、しかし違う。

 目元には隠しようの無い動揺があり、それは白皙とあいまって悲壮さを強調する。

 ため息を一つこぼすと、傍らにおいていた小ぶりのポーチから、化粧道具一式を取り出す。

 基礎化粧水、パウダー、紅。

 もともと化粧に興味の少なかった彼女は、長じてからもあまり用いない。

 それら些少の化粧道具で、自らを飾り立てる。

 ――はたして、どれだけごまかせるのかは、わからないが。

 

 

 

 小さな客人がアキトと共にやってきてから、数週間。

 エリナを筆頭に、アキトの生存を知る一部の人間には、もはやそこにいることが当たり前になっていた、少女。

 アキトの影のようにしていたにもかかわらず、である。

 むしろ、アキトの側にいない事が違和感を感じさせるほどに、ラピスは場になじんでいたのだ。

 

 「簡潔に言えば、アキト君と同じ症状ね」

 

 カルテを片手に話すのは、白衣を身にまとう女性。その表情は、硬い。

 

 「体内に注入された、許容量以上のナノマシンが引き起こす、感覚異常と自家中毒。

 それがあの子を、ラピス・ラズリを苦しめている原因よ」

 

 イネス・フレサンジュはそこまで一息に言うと、部屋に集まった人間を見まわす。

 アキトを筆頭に、エリナ、アカツキ、プロスペクター、ゴートという

 「火星の後継者」に対抗するチームの、トップ達。

 大きなガラス越しに見える、横たわり、様々なコードとチューブにつながれた少女を見る目は

 痛々しさに満ちている。

 

 「治せないの?」

 

 泣きはらした赤い目をそのままに、エリナがイネスに問い掛ける。

 涙の後が化粧を洗い流し、大変な状況になっているが、そんなことはどうでも良かった。

 一応椅子に座ってはいるが、アキトが支えなければ体をまっすぐにすることすら

 おぼつかないほどに、取り乱している。

 

 「結論を言えば、不可能ではない、といえるでしょうね」

 

 エリナの問いかけに、イネスは珍しく言葉を濁す。

 

 「どういうことだい?」

 

 珍しく歯切れの悪いイネスの言葉に、アカツキが疑念を呈する。

 

 「何か技術的な問題でもあるのかい? それとも多額の費用がかかるとか?」

 

 言葉をつなげるアカツキに、イネスは小さくため息を吐く。

 

 「技術的な問題は小さいわ。費用的にもそれほどのコストはかからない」

 

 「なら何故治療をすぐに行わない?」

 

 イネスの答えに、ゴートが低いバスで問いただす。

 

 「・・・・・・」

 

 ゴートの言葉に、イネスは顔を伏せ沈黙する。

 それは、答えがわからないための沈黙ではなく、言い難いことを言うために必要な

 心の踏ん切りを得るための沈黙。

 誰もが言葉を発せず、耳が痛くなるような沈黙が部屋を支配する。

 

 「何かの、いや誰かの犠牲がいる、のですかな?」

 

 実際にはほんの数秒の沈黙だったろう。

 しかし、その何千倍もの時間が過ぎたように感じられた頃、プロスペクターが沈黙を破った。

 プロスの言葉に、イネスが体をびくりと震わせる。

 言葉にこそしなかったが、その態度がプロスの言葉を肯定していた。

 

 「・・・・・・詳しく話してくれないか」

 

 最後まで黙っていたアキトが、イネスに説明を求めた。

 その一言はイネスにとって断罪であり、そして、救いでもあった。

 

 

 

 事の起こりは唐突であった。

 エリナがいつも通りにアキトの部屋にいき、眠っているアキトを起そうとした時である。

 アキトの部屋には今、二組のベッドがある。

 一つはアキトが使用する大きなベッドで、もう一つが、ラピスが使用する小さな簡易ベッドである。

 もっともラピスが最後まで自分のベッドにいたことは無い。

 夜中の内にアキトが眠るベッドに移動し、その横にもぐりこむからだ。

 朝、アキトを起こしに来たエリナがそれをみて、羨望と嫉妬のため息を吐くのであるが

 その日、アキトのベッドにはアキトしかいなかった。

 怪訝に思ったエリナが簡易ベッドのほうへ目を向けると、

 桃色の髪と小さな腕が布団から垂れ下がっているのを見つけた。

 エリナは珍しいこともあると思いながらアキトを起こし

 そのままラピスを起こそうと、少女の眠る簡易ベッドへと近づいた。

 

 「ラピス、朝よ。起きなさい」

 

 エリナが優しく呼びかけるが、眠る少女からの応えは無い。

 しかたなしに布団をめくり上げたエリナは、布団の下に隠れていた光景を見て

 まず絶句し、ついで絶叫した。

 血にまみれた布団と、まるで紅をひいたかのように赤い口元。

 そして頬や喉元を赤く染め上げたまま、荒く息を上げる少女。

 それがエリナが気を失う前に見た、最後の映像である。

 

 エリナが再び目を覚ました時、ラピスはイネスの手によって集中治療室へと

 運び込まれ、治療を受けていた。

 出血の量が多かったのと高熱により、一時かなり危険な状態になったが

 緊急治療の結果今は落ち着いている。

 それが集中治療室から出てきたイネスから、エリナが聞かされた現状であった。

 

 

 

 「高温はナノマシン群が発生する熱量を放散したため。

 喀血は・・・・・・ありていに言えば内臓にダメージがあるから」

 

 イネスの言葉が、静かな部屋に満ちていく。

 

 「そもそもラピス・ラズリの体内にあるナノマシンは、意図的にアポトーシス処理を殺されたものなの。

 さっき調べてみて判ったんだけど」

 

 最初に調べておかなかったのは失敗だったわと、悔しそうに顔を顰めるイネス。

 

 「本来なら適度に更新され、一定量に収まるはずのナノマシンが、増加しつづける。

 1つ1つのナノマシンが発生させる熱量は微々たるものだけど

 それが大量になり集まった時どうなるか」

 

 イネスの言葉に、ラピスが眠る集中治療室に視線を向ける一同。

 

 「生物が持つ免疫機能との兼ね合いもあるわ。

 過剰な免疫反応は時として人を死に追いやる事がある。

 ラピスはアナフィラキシー・ショックに近い症状を起こし

 いくつかの内臓にかなりの損傷が認められたわ。

 発見がもう少し遅かったらと思うと、ぞっとするわね」

 

 そこまで言い終えてから、ほぅと、ため息を1つ。

 

 「対症療法での治療は既に行ったわ。

 過剰なナノマシンについては、自殺個体の注入とアポトーシス処理を付け加える事によって

 防ぐことができる。失血した分も輸血と造血剤で対応したし

 痛んだ内臓も、自然回復によって全快は可能」

 

 「ドクターの話を聞いていると、ラピス・ラズリの容体には

 まったく何の問題も無いように思えるが?」

 

 静かにイネスの説明を聞いていたゴートが、重い低音で疑念をあらわす。

 

 「そうだね。別に誰かの犠牲が必要とは思えないね」

 

 ゴートの言葉に、アカツキが同意する。

 

 「・・・・・・問題は神経系、中でも五感なの」

 

 暫くためらうように沈黙した後、イネスは搾り出すようにして言葉を連ねる。

 

 「ラピスの五感は、本来の神経系の上にナノマシンが取り付いて増幅されていたようね。

 普通なら適度な量のナノマシンがシナプス間伝達速度を引き上げてくれるんだけど・・・・・・」

 

 これから話す事実の重さを確認するかのように、一度言葉をためるイネス。

 

 「過剰投与されたナノマシンによって、神経系の成長が妨げられているの。

 ナノマシンが代替していた分、神経繊維の連結が少ないし、神経間伝達物質の分泌量も

 常人よりはるかに少ない。あの子の感情表現が少ないのは、情操教育の不足や

 PTSDの影響もあるけど、この神経系の成長阻害が一番大きいわね」

 

 イネスの言葉を聞きながら、その部屋にいる全員が再びガラス越しにラピスを見やる。

 

 「先ほども言ったけど、ナノマシンを除去する事は既に行ったわ。

 けど、そのかわりにラピスの五感は極めて脆弱なものになっているの」

 

 「アキト君が救出された直後みたいに?」

 

 ずっと黙っていたエリナが、イネスの説明に言葉をはさむ。

 その声に頷くことで肯定を示した後、イネスは言葉をつなげる。

 

 「そう。けど、状況はもっと逼迫している。

 アキト君の場合は、一度完成された神経系が汚染されたことによって

 五感の異常が見られるようになった。神経間伝達などが急激に増加したために

 脳のほうで入力系をシャットダウンしたせいね」


 「でも、アキト君の体に刺激を与えつづけることで、新しい神経環境に

 脳を慣れさせることができた。

 だから不完全とは言え、感覚を取り戻せた」

 

 「ならその時と同じ事をすればよろしいのでは?」

 

 「それで回復するのだったら時間はかかるだけで、問題は無いんだけど」

 

 プロスペクターの問いかけに、イネスはうつむき小さく首を振る。

 

 「ラピスの場合は、神経そのものが未発達なの。

 だから、外部から刺激を与えても、急激に回復することはありえない。

 それどころかナノマシンを除去することで剥き出しになる未発達な神経系に

 過剰な刺激を与えるのは危険ですらあるわ」

 

 「ではどうすればいいっていうの!?」

 

 叫びにも似た、悲痛な声がエリナの口唇か漏れ出してくる。

 

 「アキト君の治療用にと研究していたシステムがあるわ。

 それを使用すれば、ラピス・ラズリを助けることができる」

 

 「IFSリンクシステムをか!?」

 

 イネスの言葉にゴートが驚きの声をあげる。

 

 「そう。IFSを持つ者同士をリンクさせ、互いに補完することで

 感覚の異常を補正する。あのシステム以外にラピス・ラズリを

 回復させることはできないわ」

 

 「おいおい。あれはまだ基礎研究がすんだばかりで

 とても実用に耐えられるものではないよ?」

 

 アカツキも驚きの表情を浮かべながら、イネスに食って掛かる。

 

 「実用に耐えられるかどうかはこの際度外視しているわ。

 ラピス・ラズリを、あのかわいそうな子を助けるには、これしか方法が無いの」

 

 「危険ではないですかな?」

 

 おそらく翻意しないであろう事を認識しつつも、プロスペクターは

 確認の言葉を出さずにはいられなかった。

 

 「危険は仕方ないわ。そしてだからこそ、犠牲が、いえ正確に言うなら献身が必要なの」

 

 そしてイネスはプロスペクターが予想したとおりの答えを返す。

 

 「システム自体がアキト君のIFS向けに特化しているから、すぐにリンクできるのは

 アキト君しかいないの。時間をかければ、もっといい方法が見つかるかもしれない。

 けど、状況が予断を許してくれるほど明確ではないのも、事実よ」

 

 残念ながらねと、この日何度目かになる自嘲を含んだため息をほうっとつく。

 

 そのため息を最後に、イネスの説明は終わった。

 あとは決断を待つだけであり、そしてイネスの、いやアイの大好きなお兄ちゃんは

 待つまでも無く既に結論を出しているであろう事を、経験によって知っていた。

 

 そしてアキトが再び口を開く。

 

 「話はわかった。その作業にはいつから取り掛かれる?」

 

 「今すぐにでも」

 

 言葉を知っていたからこその即答であった。

 

 

 

 ラピスが目を覚ました時、そこは見知らぬ部屋であった。

 いつもアキトと共にいる部屋よりも天井が高く、また白い。

 怪訝に思って身を起こし、小さな瞳で周囲を見渡す。

 すると大好きな人が横で眠っているのが見えた。

 頭の中がぼんやりしたまま、なんで自分はこんなところにいるのだろうかと考える。

 

 「ラピス!!」

 

 大きな声が聞こえたかと思うと、ラピスの視界はふさがれた。

 顔全体が何か柔らかいものに埋まり、多少息苦しくなる。

 

 「よかった、よかったぁ」

 

 人目も憚らずラピスを抱きしめ、涙を流すのはエリナである。

 スーツが皺になるのにも気にせずに、ラピスを抱えつづける。

 ラピスは状況が判らずに、息苦しさを感じながらも包まれる心地よさから

 エリナにされるがままになっている。

 

 「調子はどう?」

 

 エリナの様子を見ながら、やれやれとため息をつくのは、白衣を着た女性。

 

 「調子?」

 

 きょとんとし、少し舌足らずな声で、ラピスは女性――イネスに聞き返す。

 

 「ラピス。貴女は大変だったのよ」

 

 イネスの替わりに、エリナが今日一日の出来事をラピスに話して聞かせる。

 その間にも、エリナはラピスを抱きしめたまま放さない。

 

 ”うるさいな”

 

 「きゃっ!」

 

 エリナの話を聞き終えた頃、ラピスがいきなり小さな悲鳴をあげた。

 頭の中に、突然声が聞こえたからだ。

 ラピスの叫びに、エリナが吃驚して抱きしめていた手を放す。

 

 「一体何の騒ぎだ?」

 

 再び声が聞こえる。が、今度はちゃんと耳から聞こえた

 

 「アキト」

 

 声のほうを向けば、眠っていたアキトが身を起し、騒いでいる女性陣のほうを見ている。

 アキトのほうはまだ目がしっかりと覚めていないのか、その表情はどこかぼんやりとしている。

 

 「おはよう、アキト君。調子はどう?」

 

 「あんまりよくは無いな。どこか曖昧な感じがする」

 

 「それは仕方ないわね。ラピスからの感覚データ量が少ないから。

 それはおいおい調整していくわ」

 

 そう言いながら、イネスは手にしていたクリップボードに幾つかメモを取る。

 

 「ラピスのほうはどう?」

 

 「頭の中で声がした」

 

 「声?」

 

 ラピスの言葉に、イネスは首を傾げる

 

 「うん。『うるさいな』って。突然聞こえたから、驚いた」

 

 そのときの驚きを思い出したのか、小さな手を自分の胸元に当てて

 興奮した気持ちを静めようとする。

 

 ”大丈夫なのか?”

 

 そのとき、再び声が聞こえた。先程よりもはっきりと。

 その口調と声音に、ラピスはアキトの方を見る。

 

 「・・・・・・アキト? アキトなの?」

 

 「? なんだ?」

 

 

 ラピスのいきなりの問いかけに、アキトが意味がわからないという表情を浮かべる。

 

 「今アキト、『大丈夫なのか?』って言った?」

 

 アキトの態度に、ラピスが再びアキトに問い掛ける。

 ただならぬラピスの表情と口調に、エリナとイネスもアキトを見る。

 その視線の先には、呆然とするアキトの顔が合った。

 

 「いや、言ってはいないが・・・・・・頭の中で考えはした」

 

 暫くの沈黙の後、アキトはポツリと呟くように話す。

 

 アキトの「大丈夫なのか?」という声を聞いていないエリナとイネスの2人は

 アキトの言葉に顔を見合わせる。

 

 「本当なの?」

 

 「ああ」

 

 イネスの確認に、アキトは短く答える。

 その答えにイネスは右手を顎に当て、暫く考えるようにしていたが

 不意に頭を上げるとクリップボードに何かを書きそれをアキトに見せた。

 

 「アキト君、悪いんだけどこれを見てくれない? できれば声を出さずに」

 

 イネスの言葉に、アキトはクリップボードに書かれた言葉を見る。

 

 ”DUST to DUST,Ash to Ash. ? どういう意味だ?”

 

 アキトがクリップボードの文字を見た直後、ラピスの頭に声が響く。

 

 「あっ」

 

 「また声が聞こえたのね? 何て聞こえた?」

 

 思わずラピスが上げた声に、イネスが訊ねる。

 

 「『DUST to DUST,Ash to Ash. ? どういう意味だ』って聞こえた」

 

 頭に聞こえた声をそのまま言うラピスにイネスが大きく頷き、「なるほど」とひとりごちる。

 

 「ねぇ。いったいなんなの?」

 

 1人おいていかれている格好のエリナが、痺れを切らせてイネスに尋ねる。

 

 「推測だけど、多分IFSリンクシステムのせいで、アキト君の思考がラピスに

 伝わっているようね」

 

 そう言いながら、イネスはエリナにクリップボードを見せる。

 そこには流暢な文字で

 「DUST to DUST,Ash to Ash」

 と書かれていた。

 

 「今、アキト君にこの文字を見て貰った。

 理由を告げずにね。で、読んだアキト君は当然この言葉を脳裏に浮かべるんだけど

 その言葉がそのままラピスにも伝わっている。

 念のために聞くけど、昨日までこんな事はなかったのよね?」

 

 イネスの問い掛けに、ラピスは小さく頷く事で肯定する。

 

 「IFSリンクを行った結果、思考部分に干渉が起きたのでしょうね。興味深い現象だわ」

 

 新しい現象に遭遇したせいなのか、イネスの口調は何処となく嬉しそうである。

 

 「本当なの?」

 

 そんなイネスの解説を余所に、エリナはいまだ怪訝そうな顔を見せる。

 

 「疑うのなら試してみれば?」

 

 「試すって、どうやって?」

 

 「簡単よ。アキト君に訊けばいいんだけだから。例えば・・・・・・そうね」

 

 イネスはそう言うと、アキトのほうへ向き直り――

 

 「ねぇ、アキト君。アキト君はミスマル・ユリカと何処までいってたの?」

 

 さらりとしは顔で、イネスはとんでも無い言葉を投げかけた。

 

 「!!?」

 

 「きゃっ!!?」

 

 驚き、顔を真っ赤にするアキト。ラピスもアキトの変化につられるように、悲鳴をあげる。

 イネスはそんなアキトとラピスを面白そうに見つめた後

 ラピスに「何て言ってた?」と尋ねた。

 

 「なんかいろいろといってるけど・・・・・・『婚前交渉なんて』とか

 『ルリちゃんがいたから』とか『機会が』とか」

 

 余程混乱しているのか、アキトの思考は千々に乱れているようだ。

 

 「あら、まだだったの」

 

 ラピスが断片的に抽出したアキトの思考から、イネスは状況を推測したようだ。

 肉食獣が獲物を見るような目でアキトを凝視する。

 

 「じゃあ私が質問してみようかしら」

 

 その様子に、エリナも興味を覚えたのか、まるで発言を求める生徒のように手を上げる。

 

 「ア・キ・ト・く・ん」

 

 1語1語、区切るようにアキトの名を呼ぶエリナの顔には、とんでもない悪戯を

 思いついた子どものような表情が浮かぶ。

 

 「な、なんだ?」

 

 未だ動揺が抜けきらぬアキトは、エリナの態度に身構える。

 

 「・・・・・・私のこと、スキ?」

 

 両手を体の前で組んでくねらせ、しなを作りながら、エリナは上目遣いにアキトに尋ねる。

 

 「えっ・・・・・・」

 

 エリナの態度と言葉に、アキトの目が点になる。

 

 「エリナ。アキトはエリナのこと『好き』だって」

 

 硬直するアキトを余所に、ラピスがアキトの思考を読み取りエリナに伝える。

 

 「ラピス!」

 

 「本当!? うれしぃ!」

 

 短く制止の声を出すアキトだが、時既に遅し。

 ラピスの発した言葉はを聞いて、破顔するエリナ。

 エリナはそのままアキトに跳びつき、ぎゅっと抱きしめる。

 内心をしられた事と、エリナの豊満な肉体の感触に、顔を真っ赤にするアキト。

 それを見てイネスが「うらやましい」と呟いている。

 

 「ま、これでわかったでしょ。アキト君とラピスの思考がリンクしているって」

 

 ひとしきりエリナがアキトを抱きしめた後、イネスが2人を引き離す。

 「もうちょっと」とごねるエリナを元のように座らせた後、再び説明に入る。

 

 「IFSリンクは思考もリンクする。考えて見れば当然ね。思考だって神経活動の一種なんだし。

 脳内物質の分泌状況をシミュレートして、擬似テレパスのような状態になっている事も

 考えられるわね」

 

 他人事のように淡々と話すイネス。

 

 「・・・・・・まさかずっとこうなのか?」

 

 イネスの説明を聞いていたアキトが不安そうに尋ねる。

 また先ほどのような質問をされてはたまったものではない。

 自分ひとりだけなら言わない事で対処できるが、ラピスに伝わったものは

 口をふさぐぐらいしか対処出来ない。

 しかもそれとて一時的なものだ。

 

 「そうね。多分繋がったままでしょうね」

 

 「・・・・・・嘘だろ」

 

 イネスの言葉に、絶句するアキト。

 

 「・・・・・・なんてね。冗談よ。リンクレベルを下げれば大丈夫よ、多分」

 

 イネスの言葉に、あからさまにほっとした表情を浮かべるアキト。

 

 「もっともその前にいろいろと研究しないとね」

 

 そう言うイネスの笑みに、一度は安堵したはずのアキトは再度身の危険を覚え

 顔を青ざめさせるのであった。

 

 

 

管理人の感想

voidさんからの投稿です。

なるほど、アキトとラピスの間にリンクが成立した経緯ですか。

・・・元々、ラピスがアキトの五感を補う為に、リンクをしたのが本筋でしたが、これは逆説的なものですね。

それにしても、エリナはラピスを我が子の如く可愛がってますねぇ(笑)

どう考えても、病院で愛娘の病状を問い詰める母親でしたし。

 

 

> 「DUST to DUST,Ash to Ash」

 

 

何故にこの文なんですか、イネスさん(爆笑)