ありえた出来事


 

 「・・・先日発生いたしましたシャトル事故の続報です。

 政府事故調査委員会はシャトルの爆発原因を燃料パイプの

 外的破損によって流出した燃料に引火したためと発表いたしました」

 

 「また事故調査委員会は「外的破損」という表現について

 『要因はわからないが、明らかに外部からの圧力によって

 燃料パイプが破損しており、爆発直前にパイプが破断したことは

 疑いようも無い』という説明をしております」

 

 「シャトル爆発事故では先の戦争において活躍したネルガルの

 機動戦艦「ナデシコ」の元乗組員夫妻が爆死するなど、300名を

 越える犠牲者を出しておりましたが、今回の報告を受けて

 事故の原因追求は一応の収束を迎えるとになりました。

 さて続いてのニュースですが・・・」

 

 ブンッ――――

 

 ニュースを読み上げていた女性アナウンサーの声が唐突に途切れた。

 テレビを見ていた人物が映像を切ったためだ。

 

 「嘘ばっかり・・・」

 

 そう、嘘だらけの報告、嘘だらけのニュース。

 

 今流れたニュースは多分に情報操作がなされたものだった。

 

 事故の本当の原因は、証拠の隠滅。

 

 死んだとされる人間の内、幾人かはまだ生存していること。

 

 しかし真実が明るみになることは暫くは無い。

 いや、もしかすると永遠に来ないのかもしれない。

 

 真実の公表を妨げるもの――ボソンジャンプ。

 

 火星において発見された空間跳躍の技術が一般のものにならない限り

 今回の事件は事故として扱われなければならない。

 

 「結局、真実を歪めているのは私達・・・か」

 

 そう呟いてその美貌を歪めた人物の名はエリナ。

 エリナ キンジョウ ウォン。

 秘密を持つ側、ネルガルの会長秘書という立場にある女性であった。

 

 

 

 サイドボードに林立する、飲み干されたアルコール飲料の容器。

 

 ここはネルガル本社に設けられたエリナの私室である。

 

 ニュースによって不快になった気持ちを少しでも紛らわせようとした

 エリナはアルコールの力を借りようとした。

 しかし呑めども呑めども酔いはエリナをその虜にはせず

 時間の経過と共に更なる苛立ちと

 空いた容器を増していくだけだった。

 

 コン。

 

 今もエリナはブランデーのビンを1つ、空けたところだった。

 

 あの事件から、いやその前の彼と彼女の結婚式が

 行われた頃からとみに増えだした酒量。

 

 90%の祝福と、5%の嫉妬、3%の悔恨。

 

 そして2%の――未練。

 

 結婚式に臨んだ彼女の心。その割合。

 

 ある程度の期間――それは自分の心の整理に必要な時間である――を経て

 旧い思い出に変わりえたであろうその心は

 しかし予期せぬ事件によってその猶予を奪われた。

 

 エステバリスに乗る時の真剣な表情――

 厨房に立つときのやわらかい笑顔――

 突きつけられた銃の前で見せた怒りの顔――

 極冠遺跡からナデシコをジャンプさせた後で

 みんなからからかわれた時に見せた真っ赤に照れた顔――

 

 そして結婚式で見せた幸せそうな、輝くような笑顔

 

 ふとしたおりに浮かび上がってくる幾つかの

 表情がエリナを苦しめる。

 

 痛む心を忘れるため

 いや忘れようとするたびに

 アルコールの力を必要としなければならない。

 

 特にシャトル事故関連の話を聞くと罪悪感からか

 大量のアルコールを必要としてしまうのだ。

 

 

 

 「はぁ」

 

 ブランデーグラスに注いだブランデーを一息に飲み干し

 アルコールに汚染された吐息を物憂げに吐き出すエリナ。

 

 これまで幾度となく、幾夜も繰り返された光景。

 そしてこれからも続くであろう光景。

 

 しかし、その予定は、今日、変わった。

 

 

 

 「エリナ君! いるかい!!」

 

 慌てた様子でエリナのコミュニケに連絡を入れてきたのは彼女の上司。

 ネルガルの会長アカツキ ナガレであった。

 

 まだ仕事をしていたのだろう。

 青を基調としたスーツを着ているがいささか着崩している。

 

 「あ〜ら、会長」

 

 アカツキの態度に比してエリナの様子は極めて軽い。

 アルコールによる酩酊と躁鬱が混在しているためだ。

 

 「『あ〜ら』じゃない。

 すぐに会長室まで来てくれ」

 

 アカツキは切羽詰った様子でエリナを急かさせる。

 

 「なによ。

 私は今日の仕事はもう終わったの。

 もう休みなんだから」

 

 だがエリナは駄々をこねるようにいうと

 新しいブランデーの封を開けようとする。

 

 「悪いが追加の仕事だ。

 ――『彼』が見つかった」

 

 アカツキの言葉がエリナに理解されるまで

 実に30秒近い時間を必要とした。

 

 ガシャン――。

 

 アカツキの言う「彼」が誰を指すのか。

 その事を理解したエリナの手からブランデーグラスが零れ落ち

 床と不本意な接触を強いられた。

 

 強度に勝る床が勝ち劣ったほうは粉々になったが

 今のエリナにはそんなことはどうでもよかった。

 

 「・・・・・・・・・『彼』は・・・生きているの?」

 

 恐る恐るアカツキに尋ねるエリナ。

 その様子は親に怒られるのを恐れる子どもと何ら変わらなかった。

 

 「生きてはいる・・・らしい。

 僕も今第一報を受け取ったばかりだ」

 

 エリナの問いに答えるアカツキの口調は苦々しげなものだった。

 

 「そう・・・」

 

 アカツキは「生きてはいる」と言ってくれた。

 少なくとも最悪の事態ではない。

 

 エリナは知らない間に止めていた息と共に、小さく安堵の言葉を呟いた。

 

 「・・・というわけだ。

 20・・・いや30分後でいいから会長室まで来てくれ」

 

 「今からいくわよ」

 

 アカツキの言葉にエリナは訝しむ。

 先程は「すぐに来い」と言っていたでは無かったか?

 

 「いや、30分後で良い。

 そのかわり、シャワーを浴びてアルコールを抜き

 涙で崩れた化粧を直してから来てくれ」

 

 アカツキはそう言い残してコミュニケを閉じた。

 

 「あ・・・」

 

 アカツキの言葉に急ぎ鏡を見たエリナは自分が知らぬ間に

 涙を流していたのを知ったのだった。

 

 

 

 「おまたせ」

 

 アカツキとの通話からきっかり30分後。

 

 アルコールに汚染されていた精神を熱湯によって洗浄し

 冷水によって引き締めたエリナは薄く化粧をしなおし

 冷徹な会長秘書としての「仮面」を張り付かせて会長室に現れた。

 

 「お待ちしておりました」

 

 エリナの謝辞に答えたのはネルガルのSSを束ねるプロスペクターだった。

 

 会長室にいたのは、今答えたプロスペクターの他に3人。

 この部屋の主であるアカツキ、プロスの下にいるゴート、

 そして先の爆発事故で死亡したとされる一人の女性。

 

 「お久しぶり」

 

 エリナはその女性――イネス フレサンジュ――に挨拶をする。

 

 イネスは死亡したとされているため、あまり表立った接触はできない。

 エリナが彼女に直接会うのは実に3ヶ月ぶりであった。

 

 「久しぶりね」

 

 エリナの挨拶に答えるイネスの口調は懐かしき親友に対するものであったが

 その口調には隠し切れない疲労があった。

 

 エリナはその事に疑問を感じたがとりあえずは保留し

 自分を呼んだ主に『彼』の事を尋ねた。

 

 「会長、『彼』は?」

 

 手元にある資料を読んでいたアカツキは、その問いかけに初めて顔を上げる。

 

 「酷いものさ」

 

 そう言いながらエリナに自分が見ていた資料を渡す。

 

 資料を受け取ったエリナはざっと目を通すが

 読み進めていくうちにその顔に2種類の表情が浮かび上がっていく。

 

 2種類の表情――怒りと、哀しみ。

 

 「・・・この資料のソースと信憑性は?」

 

 資料を一通り読み終えたエリナは、やっとの思いでそれだけを搾り出す。

 

 「・・・残念ながら事実よ。私が診たのだから間違いないわ」

 

 エリナの唸りにも似た問いかけに答えたのは、イネスであった。

 

 「そんな・・・」

 

 イネスの言葉に絶句するエリナ。

 それも仕方が無い。

 エリナが見た資料にはアキトの現在の状況が事細かに書き記されていたからだ。

 

 「体内に注入された大量のナノマシンによる感覚麻痺

 同じく大量に投与された薬品による各臓器の破損・汚染。

 もう少し保護が遅れてたら、生きたアキト君には二度と会えなかったでしょうね」

 

 説明するイネスの口調にも、やりきれなさがにじみ出ている。

 人体の構造を無視した違法な人体実験。

 人体の限界を知るための、破壊するためのモノ。

 人間の体をここまで痛めつけられる者達に対する

 科学の徒としての憤慨と人間としての怒り。

 

 「・・・でも後5年、なんでしょ?」

 

 エリナはイネスの話を聞き終えると、涙声で誰にとも無く呟く。

 

 「そう。

 どんな延命措置を施しても

 現在の医療技術では後5年がせいぜいでしょうね」

 

 エリナの呟きにイネスは冷徹に答える。

 

 「それほどまでに敵の、アキト君をさらった組織の

 人体実験は非道なものだったの」

 

 パシン――

 

 イネスの発言の直後、会長室に小気味の良い音が響き渡る。

 

 「・・・よくそんな事が平然といえるわね!!」

 

 激情に駆られたエリナがそう言いつつ、イネスの頬をはたいたのだ。

 アカツキとプロス、そしてゴートはあまりの出来事に間抜け面をしている。

 

 パン――

 

 再び会長室に音が響き渡る。

 今度はお返しとばかりにイネスがエリナの頬をはたいたのだ。

 

 「私が平気だとでも思っているの!!

 私がどんな思いでアキト君を、お兄ちゃんの体を見ていたのか

 貴女にわかる!?」

 

 たたいた姿勢のままで、エリナに言い返すイネス。

 その声は大きかったが、しかし今にも泣き出しそうに聞こえた。

 

 「調べるたびに次から次へと出てくるネガティヴな結果。

 間違いであることを期待して再検査かけた後の、更なる否定。

 今日ほど自分の無力さを感じたことはないわ!!」

 

 おそらくイネスは気づいていないだろう。

 自らが涙を流していることに。

 そして流れる涙をそのままに、言葉をつなげる。

 

 「後5年!? そうよ後5年よ。

 たった5年なのよ、アキト君の寿命は。それも多く見積もって。

 どんなに検査しても、どんなを技術をつかっても、それが精一杯なのよ!」

 

 「信じられる!?

 つい数ヶ月前まで幸せの中にいたアキト君が

 あとたったの5年で死ななければならないのよ!!」

 

 「なら私に出来ることは只1つ。

 全力を尽くしてその5年を全うさせるだけよ!!」

 

 

 魂の絶叫――。

 嘘偽りの無い、心からの決意。

 

 涙を流しつつ自分の意志を高らかに宣言したイネスの姿には

 滅びゆくモノに使える巫女の如き悲壮なまでの神々しさがあった。

 

 

 

 パンパン

 

 「はいはい。まぁイネスさんの決意の程は

 聞かせてもらったけど、ちょっといいかい?」

 

 会長室に張り詰めた空気をほぐしたのは、この部屋の主の声だった。

 

 「今回は運良くアキト君を救出できたけど

 まだ敵の手には『お姫様』が残っているんだよね」

 

 アカツキの言葉に、イネスとエリナは顔を見合わせる。

 

 「・・・そうだったわね」

 

 「すっかり忘れていたわ」

 

 薄情にもその存在を忘れていたという二人。

 

 「おいおい・・・」

 

 そんな2人にアカツキは苦笑しながら自慢の髪を掻き揚げる。

 

 「・・・まぁ、囚われの『お姫様』を救うには色々と準備も要るし

 その辺はプロス君とゴート君に任せるとして・・・」

 

 そう言ってプロスと、壁際に佇むゴートに視線を投げる。

 

 「さしあたって、テンカワ君の世話をする人が必要だ。

 誰かいい人、いない?」

 

 アカツキは軽い口調で4人に尋ねる。

 重くなりがちな空気を軽くしようというつもりなのだろう。

 

 表面上は軽薄そうな顔をしているがアカツキは机の下では拳を握り締めており

 あまりにも強く握り締めた手の平からは血が流れていた。

 

 アカツキにとって、アキトは色々な意味で貴重な人物だった。

 戦友として、またネルガル会長である自分と対等に

 付き合ってくれる同年代の人物として。

 

 アキトがどう思っていたのか直接聞いてはいないが

 少なくともアカツキのほうはアキトの事を「親友」だと思っている。

 

 その「親友」を壊した組織にアカツキは言い様の無い怒りを覚えているのだが

 組織のトップとしての役割上、あまり表にすることは出来ない。

 

 「トップに立つものは常に冷静でなくてはならない」

 

 それは本来の後継ぎであった、アカツキの兄が亡くなってから急遽行われた

 アカツキに対する帝王学の刷り込みによって与えられた資質であった。

 

 とはいっても感情を完全に押さえ込む事は出来ない。

 他人からは見えないよう発散するだけだ。

 

 「う〜ん。生半可な人では困りますからねぇ〜」

 

 アカツキの心情を見抜いているのか、プロスもわざと軽めの口調で話す。

 

 「機密の保持は最優先だ」

 

 ゴートはいつもの口調で自分の考えを述べる。

 

 イネスとエリナもそれぞれの脳裏に心当たりを浮かべるが適任者はいない。

 なにせナデシコクルーには絶対に依頼できないのだ。

 それだけで選択肢はかなり狭まる。

 

 

 

 暫し沈黙の時間が続く。

 

 そして天使の団体がかなりの数通り過ぎた後、おもむろにエリナが言葉を発する。

 

 「会長。問題が無ければ私が世話をします」

 

 「おいおい、会長秘書としての業務はどうするんだい?」

 

 エリナの言葉にアカツキは苦笑いを浮かべながら拒絶の意を表す。

 

 「もちろん会長秘書の仕事はします。けど、現状においてアキト君を

 安心して任せられるのは此処にいる5名」

 

 そう言って部屋にいる4人を見渡しながら、その繊手を持ち上げる。

 

 「でも、会長には無理ですし、プロスとゴートは『お姫様』救出や対クリムゾンの防諜がある。

 イネスにいたっては表立って行動することができない」

 

 掲げた右手の指を名前を呼び上げるたびに曲げていくエリナ。

 

 「消去法で最終的に残る私以外、誰もいないじゃない」

 

 アカツキの拒絶にもかまわず、自分の考えを述べるエリナ。

 

 「あら、私だって別に世話できないわけではないわ。

 むしろ同じ「死人」同士、色々とやりやすいのではなくて?」

 

 2人の会話にイネスが参入する。

 プロスとゴートは我関せずとばかりにあらぬ方向を見ている。

 

 「おいおい、2人とも。落ち着いてくれ」

 

 2人に迫られたアカツキは、冷や汗を浮かべながら気持ち体をのけぞらせる。

 

 「アキト君は私が世話をします。貴女は治療法でも研究しておきなさい」

 

 「お兄ちゃんは私が見るの」

 

 アカツキが引いたためか、エリナとイネスはお互いに相手を引き下がらせようとする。

 

 先ほどまでの重苦しい沈黙が嘘のように、会長室に女性2人の騒がしい声が響き渡る。

 

 「まいったね」

 

 そう言いながらもアカツキは、先ほどまでの状況に比べれば遥かにましだと感じていた。

 

 

 

 リノリウムの冷たい輝きと、薄く緑色に塗られた壁。

 典型的な病院の廊下を暫く歩き、病棟の最も奥まで進む。

 

 そこは行き止まりなのだが、ある操作をすることで隠されている

 通路をとおる事が出来るようになる。

 

 そこを抜けていくと現れるのが、アキトが収容されている病室である。

 

 病室の中のアキトはベットに横たえられ、清潔な白いシーツをかけられており

 シーツに隠れてはいるが体のそこかしこにつけられた検査機器のコードが

 シーツの下から伸びているのが見て取れる。

 

 俗にスパゲッティ・シンドロームと呼ばれるような状態なのだ。

 

 そしてそんな状態のアキトの傍に立つ一人の女性。

 

 短く整えられた黒髪に目立たぬよううっすらとされた化粧に

 そこだけ目立つように塗られた唇の紅。

 

 そうエリナである。

 

 

イネスとの勝負にエリナは勝ち、彼女がアキトの世話をすることになったのだった。

 

 

 

 「今日もまだ・・・か」

 

 アキトの部屋に入るなり、エリナは大きなため息を吐く。

 ここの所の日課である、病室に入ってから最初にチェックする

 脳波計の記録に変化が無いのを確認したからだ。

 

 現在、アキトは昏睡状態になっている。

 

 ゴートとプロスによって助け出されたアキトであったがそのときから意識は無く

 此処に運ばれてから2週間ほど経つ今になってもまだ意識が戻らない。

 

 「しかたないか」

 

 そう、しかたない。

 イネスの資料によれば死んでいてもおかしくはない状況なのだ。

 

 懸命に努力を続けているイネスをよそにアキトの意識は戻らない。

 それでも努力を続けるイネスに、エリナは頭が下がる。

 

 「ま、そっちはイネスに任せて、私は私の仕事を・・・ね」

 

 そう言ってスーツの上着を脱いで、その下に着ている白のブラウスの袖口を捲り上げ

 仕事の道具を用意する。

 

 エリナが用意したのは大き目の器に、適温にした大量の御湯、そしてタオル。

 

 タオルを御湯に浸し、固く絞ってからアキトの体を拭いていく。

 

 そう、エリナはこの2週間というものアキトの体を清めて続けていたのだ。

 

 快適な温度に保たれているはずの病室で、額から汗が吹き出るほど力を込めて

 アキトの体を清めていくエリナ。

 

 ただ単に体の汚れをふき取るだけならそれほどの力はいらない。

 またアキトは寝たままだ。

 必ずしも毎日体を拭く必要も無い。

 

 エリナが毎日汗まみれになってまでアキトの体を拭き清め続けるのは

 実はイネスからの指示だった。

 

 「アキト君の体は今、急激な感覚低下に陥っているわ。

 体内に注入された大量のナノマシンが外界からの

 刺激をほとんど吸収してしまうからなのだけど」

 

 「だからといって刺激を与えなければ、感覚自体がなくなってしまう。

 そうなったらお終いね」

 

 「だから毎日、何らかの方法でアキト君の感覚を刺激しつづける必要があるの。

 これはアキト君の覚醒を促すことになるわ」

 

 エリナがごり押ししてアキトの世話をすることにした日

 イネスはそう言って彼女にするべきことを教えてくれた。

 

 エリナはその指示を忠実に守り

 この2週間というものアキトの体を拭き清めているのだ。

 

 その効果は今のところ、出ていない。

 

 しかし、日が経つに連れ、血色の悪かったアキトの肌の色も徐々に

 よくなってきている。

 エリナのしていることは多少の効果をあげているようだ。

 

 「希望が無いわけではない」

 

 「このまま眠り続けるわけではない」

 

 今のエリナを支えているのは、いつかアキトが目を覚まし自分に微笑んでくれると

 信じている心。

 そしてその心があるうちはアキトが死ぬはずがない。

 

 だからエリナはその時を信じて、今日もアキトの体を拭き清めるのだった。

 

 

 

 「あら・・・?」

 

 エリナがアキトの体の変化に気づいたのは、おおよその部分お拭き終わったときだった。

 後はアキトの・・・ところだけ。

 

 だがその場所に目をやったエリナは次に拭くべき部分が気持ち

 盛り上がっているように見えた。

 

 「もしかして・・・」

 

 その原因に思い当たったエリナは、ゴクリと生唾を飲み込んで

 ゆっくりとアキトを覆っていたシーツをずらしていく。

 

 アキトには今、様々な検査機器からのコードが取り付けられているため

 全裸に近い状態にされている。

 さすがに下帯は着けているのだがそこが盛り上がっている。

 

 一度深呼吸をし、再び生唾を飲み込んで気持ちを落ち着かせると

 エリナは意を決して下帯をとり外す。

 

 「・・・」

 

 下帯を取り外したエリナは、目に飛び込んできたモノをみて絶句する。

 

 今までも何度も拭き清める時に見ているのでソレ自体はそれほど驚かない。

 が、昨日までソレはこうなっていなかった。

 

 少し膨らんだソレの印象に圧倒されて、思わず黙り込んでしまうエリナ。

 しかし何時までもボーッと見続けるわけにも行かない。

 

 パン、パン

 

 自分で軽く頬をたたき意識をはっきりとさせるとエリナは仕事を続けるために手を伸ばした。

 

 

 

 「はぁ・・・」

 

 何とか拭き清めたエリナだったが、拭き清めた後もソコから

 正確にはアキトの硬直した部分から目を離せないでいた。

 

 アキトのアレは拭き清めている間も徐々に膨張し、エリナが作業を終えるころには

 そそり立つという表現がしっくりくるほどになっていたからだ。

 

 エリナは今まで、こういう状態にあるモノをこれほど間近に見たことは無かった。

 いや、モノ自体を見たことが無いといっていい。

 

 子どもの頃から上昇志向の強かったエリナは、同年代の女の子のように

 男性についてあれこれ考えるということをしなかった。

 そんな暇が合ったら勉強をしたり、本を読んでいた。

 

 また、エリナの美貌と態度が生半可な男性など近寄せなかったという面もある。

 

 ネルガル会長秘書の立場になってからは、知り合うのはエリナより

 はるかに年配の男性ばかりであり、異性としての関係など作りようも無かった。

 

 結局、エリナはこの年まで異性との深い交際が無く、男性のコトについて

 生物学的あるいは医学的な知識はもっていても、具体的な経験というものは一切無かった。

 

 「どうしよう?」

 

 はっきりと紅潮した顔で困惑するエリナ。

 取り外した下帯を付け直そうにも、そそり立ったものが邪魔をする。

 無理をすればつけれない事も無いのだろうが、ちょっと窮屈そうで可哀相だ。

 

 暫く放置してみれば小さくなるかとも思い10分ほど放置していたが、一向にその気配が無い。

 

 強制的に小さくさせようにもその方法がわからない。

 

 エリナは八方塞に陥っていた。

 

 「しょうがない・・・か」

 

 しばし勘案したエリナだったが、結局のところ知識が無いということが決定的に悪く働いている。

 なら知識がある人に効くしかない。

 

 男性に聞くのが一番手っ取り早いのだろうが恥ずかしくて聞きにくいし

 聞かれたほうも困るだろう。

 

 そう考えたエリナはこういったことにも冷徹に判断してくれそうな女性に

 コミュニケで連絡をつけるのだった。

 

 

 

「・・・凄いわね」

 

 エリナに呼び出されたイネスは、アキトのモノを見るなり感嘆して頬を赤く染める。

 

 イネスもいまだ経験は無いが、しかしエリナより多少長く生きていることもあって

 今のアキトのような状態になったモノを見たことは何度もある。

 

 しかし今のアキトのモノは、今まで何度か見てきた他の人のモノに

 比べてみてもはるかに立派だった。

 

 「さっきからずっとこのままなの」

 

 エリナは顔を赤らめつつもアキトのモノを指し示してイネスに状況を説明する。

 その態度は恐がりながらも指の間から覗き見をする心理と何ら替わらない。

 

 「そう、さっきからなの。お兄ちゃんたら元気ね・・・ってそうじゃない!!」

 

 エリナの言葉を聞いたイネスは、最初こそ顔を紅潮させとぼけた受け答えをしていたが

 言葉の意味を理解した途端、急に真顔に戻る。

 

 「さっきからって、正確な時間は?」

 

 「え、ええと・・・。貴女に連絡する10分ほど前だから、20分ぐらいかしらね?」

 

 イネスの剣幕に押されながらもエリナは正確な時間を思い出す。

 

 「そう・・・」

 

 イネスはエリナの回答に、安堵の表情を浮かべて嘆息する。

 

 「良かったわ。まだ間に合う」

 

 そういってアキトが眠るベットに近づいていく。

 

 「間に合うって・・・何のこと?」

 

 イネスの謎の言葉に、エリナは首をかしげる。

 

 「男の人がこの状態になるのには、血液をソコに集める必要があるの」

 

 イネスはベットの横にある小さなテーブルの引出しを開けるとそこから手術用の

 手袋を一枚取り出し、右手につける。

 

 「ただ、血液を集めたままにしておくと細胞に致命的なダメージが生じることがあるの」

 

 手袋をつけた右手をにぎにぎと開いたり閉じたりしながら、エリナに向き直る。

 その態度と表情はどこかマッドな科学者を彷彿とさせるものであり

 今から人体実験をしようかという、不気味な笑みを浮かべている。

 

 「アキト君の場合、今意識が無いから自分で落ち着かせることはできない。

 それに貴女の話だとアキト君は現在、何の刺激も受けていないはずのに

 その状態を続けている。極めて危険な兆候ね」

 

 がしっ。

 

 イネスはそういうと、おもむろに右手で握り締める。

 

 「ちょっ、ちょっと! イネス、貴女何を・・・」

 

 エリナはイネスの行動に目を丸くする。

 

 だがイネスはそんなエリナの様子にも委細かまわず、必要な「処置」を行う。

 

 「おそらくアキト君の感覚は少しづつ回復しているのよ。

 で、1番敏感な部分が真っ先に反応したんだけど、レスポンスその他がまだ不十分のようね」

 

 エリナに説明しながらも、イネスはその手の動きは止めない。

 

 「だから本来なら普通の状態に戻るところで、戻らない。

 このままにしておけば下手をすると壊死しかねないわね」

 

 イネスが「処置」をするたびに病室に軽い摩擦音が響き渡る。

 

 「この『処置』を終えてしまえば元に戻るでしょうから、そうしようとしているのよ。

 コレは彼の主治医としての当然の『処置』だわ!!」

 

 そう言いきるイネスの口調に、どこか歓喜の念が含まれているように聞こえるのは

 気のせいだろうか?

 

 「あら、必要な『処置』という割には顔が紅くなって、ニヤついているけど」

 

 「あら」

 

 落ち着いたエリナの冷ややかな台詞に、イネスはおどけて対応する。

 

 まぁエリナもそれ以上追求するつもりが無いようだ。

 軽く肩をすくめて「処置」を続けるイネスの側によっていく。

 

 「どうかしたの?」

 

 紅潮した美貌にうっすらと邪まな笑みを浮かべながら近づくエリナに

 イネスは苦笑しながら問い掛ける。

 

 「折角だから、私も『処置』のお手伝いしようかな〜、なんてね」

 

 そう言いながらエリナはイネスに軽くウィンクをするのであった。

 

 

 

 結局、アキトが目を覚ますまでこの日より更に数週間を要したのであるが

 その間イネスとエリナにかわるがわる「処置」を施された。

 

 もしアキトにこの間の記憶があったのなら穴を掘って隠れただろうが

 幸いにも眠っている間の記憶は残って無かったので

 目覚めた後のアキトの心は復讐心一色に塗り込められることになった。

 

 

 

代理人の感想

「幸いにも」なのかな〜。

まぁ、どっちにしろある意味終わってるけど(大爆発)。