ナデシコ パラダイス

第2話 ウソ! ホント! 勤務先は!?


 

 極東地域サセボ・シティ――

 

 遥かな昔から良港として栄えたこの都市は、一方で明治から続く軍港としても知られている。

 そして人類が宇宙へ進出してからも、船舶工廠としての地位を依然、保持していた。

 

 「ここがサセボ・シティか」

 

 アキトの両親が鎮魂されていた小さな山寺から、車で2時間ほど。

 プロスペクターの運転でサセボ・シティを訪れたアキトは、一時休憩の

 ために立ち寄った高台から望む眺望にちょっとした感動を覚えていた。

 

 生まれてから18年、海というものの無い火星で生活していたアキトにとって、

 初めて間近で見る海であり 海から香ってくる磯の香りも、

 また海面に反射する太陽の光も、すべてが初めての体験であった。

 

 「どうです? 良い眺めでしょう」

 

 先に車を降りていたプロスが、両手に飲み物を持ってアキトのそばまでやってくる。

 そしてアキトに飲み物を勧めながら、簡単にサセボ・シティの概要を話してくれる。

 

 「もともとサセボ・シティは300年ほど前までは単なる村だったんですよ。

 それが明治――この極東地域が「日本」と呼ばれていた時代の年号ですが――に

 入って直ぐぐらいに、海軍の鎮守府――まあ軍のお役所みたいなもの

 ですかね――が作られてから急激に発展しまして」


 「その後も地理的・地政的な条件から、軍港として発展してきたんですよ。

 いまでも地球連合軍のドックがある都市として有名なんです」

 

 チビリチビリと飲み物を飲みながら薀蓄をたれるプロスの言葉に、

 アキトは時々頷きながら聞いている。

 そして頷きながらこれから此処で始まるであろう新生活が

 善い物になるのではないかという、淡い希望を感じていた。

 

 「さて、休憩もしましたし、行きますか。

 そうですな、後30分ほどで、我々の新しい職場に到着しますから」

 

 飲み終えた容器を回収ボックスに入れながら、プロスは車へと向かう。

 その言葉にアキトは慌てて残りを飲み干すと、プロスと同じように

 回収ボックスに容器を投げ入れながら車へ急ぐ。

 プロスはアキトがしっかりと固定ベルトをつけたことを確認してから、

 静かに車を発進させた。

 

 

 

 「いろいろな船が有るんですね」

 

 小は釣り舟から、大は宇宙船まで

 サセボ・シティには多くの船舶が集合している。

 アキトがそれらに目を奪われるも、仕方の無いことかもしれない。

 アキトは目を輝かせて、助手席の窓から後ろへ流れ去っていく

 景色を見つめていた。

 

 「ええ、サセボ・シティには平時で300隻近い船がいるそうです」

 

 安全運転をしながら、アキトの疑問に答えるプロス。

 

 「個人用の釣り舟から、海峡連絡船、客船、果ては連合宇宙軍の軍艦まで、

 ここにはありとあらゆる船が揃ってます。

 『この港に無い船はない』というのが、サセボ・シティの自慢だそうです」

 

 「へぇ〜、そうなんですか。暇があったら乗ってみたいな」

 

 そういうアキトの顔は、子どものようだった。

 

 「あせらなくても、直ぐに乗れますよ」

 

 そんなアキトを横目で見ながら、面白そうに言うプロス。

 その顔に浮かんでいるのは、山寺で見せた「あの表情」だった。

 

 「え!? どういう意味です」

 

 プロスの言葉に反応するアキト。窓の外に気をとられていたため

 プロスの表情は見ていない。

 表情を素に戻したプロスは「直ぐに判りますよ」とだけ言って、

 再び運転に集中するふりをする。

 こういう状態になったプロスは、いくら聞いても何も教えてくれない。

 そのことを長年の付き合いで理解しているアキトはプロスから聞き出す事を

 あきらめた。

 同時にこうした態度をとった後のプロスのすることが、たいていろくでもないことであり

 そして避けられない事であったことを思い出し、小さく肩をすくめる。

 

 「見えてきましたよ」

 

 それからしばらくして、プロスが唐突にアキトに話し掛けてくる。

 その言葉に慌てて窓の外をみるアキト。

 しかし視界に入ってくるのは、あいも変わらず停泊している船だけであった。

 

 「プロスさん、それらしい物なんて何にも見えないんだけど」

 

 アキトは自分が働く場所を、普通のビルだと思っていた。

 もちろん屈指の大企業ネルガルのビルだから、きっと巨大なビルなのだろう。

 だが、巨大なだけで、他の一般の企業のビルとそれほど変わらないはず。

 そう考えていたとしてもおかしくは無い。

 だが、プロスは、そしてネルガルはそんな常識では量ることのできない企業だった。

 

 「いえいえ、ちゃんと見えていますよ」

 

 だがそんなアキトの言葉にも、プロスは平然と答える。

 

 「ほら、もう目の前です」

 

 そういわれても、アキトの目の前には船しかない。

 それも付近にある船の中でひときわ大きな偉容を放つ、白い船だけだ。

 

 「プ、プロスさん。まさか……」

 

 プロスの言葉と目の前の状況が、不意にアキトの中で一つにつながる。

 もしかしてプロスはこういっているのではないのか。つまりそれは……

 

 「そうです。この船が私と、そしてアキト君の仕事場です」

 

 そしてプロスはアキトの想像どうりの答えを返してきたのだった。