漆黒の戦神アナザー



レティシア・ネフェルの場合


 

 _天幕によって作られた即席の舞台。

 そこが未だ戦火の傷痕の残る場所であることを考えれば、仕方の無いことかもしれない。

 

 今、その舞台は暗闇に包まれている。そして、天幕に入りきらないほどの人間が集まり、

 熱気を放っているにもかかわらず、静寂に覆われている「空間」。

 

 …どこからかかすかな音が聞こえてくる。

 小さすぎて普段の生活においては聞き取れないはずの音。

 しかし静寂に慣れてしまった耳は、その微かな音すら聞き取ってしまう。

 

 音は一定のリズムを保ち、そしてそのリズムに合わせて徐々に大きくなっていく。

 

 不意に白い光が走り、暗闇を明るく照らしだす。

 天井から吊るされたスポットライトが舞台に向けてその役割を果たしたからだ。

 

 暗闇になれた目にも優しい光。その光の中には一人の人物が舞台に膝をついていた。

 

 不意に音のリズムが変る。

 白かった光も紅色に変えられる。

 その変化にあわせて人物が立ち上がり、身体を大きく広げる。

 指先までしっかりと伸ばされた両腕と、大きくそらした上半身は、その姿勢によって

 実際の大きさよりも大きく見せる。

 

 よどみなく流れ続ける音楽に合わせ、舞台の上の人物はそのしなやかな肉体を躍らす。

 時には天を駆け、時にはは水の仲を優雅に泳ぐように。

 立ち止まりながらも全身を使って「何か」を表現する。

 舞台の上を所狭しと動き回る人物を、光は様々に色を変えながら追いかけて行く。

 七色に変化する光が、踊る人物を鮮やかに表現する。

 

 やがて音楽はひとつの「ヤマ」を迎える。

 しかし舞台の上の人物は、「ヤマ」に逆らうかのように逆に動きを止める。

 まるでそうすることによって激しく揺れ動く「ココロ」を表現するかのように。

 押さえようとしても、否、押さえようとするが故に、自らを裏切る「ココロ」。

 

 極限まで盛り上がった瞬間、不意に音楽が止まる。

 それまで休むことなく働いていたスポットライトも、その役割をを束の間、放棄する。

 

 

 そして訪れる一瞬の静寂――

 

 

 耳が痛くなるほどの静寂が天幕の中を支配する。

 

 

 だが、その刹那の瞬間が過ぎた後は、まるで何事もなかったかのように

 再び音楽が流れ出し、スポットライトが舞台の上を照らしだす。

 だがその中で踊る者の動きは先ほどまでとは違っている。

 

 先ほどまでの踊りが天真爛漫に、自らの「ココロ」のままに踊っていたのならば、

 今行われている踊りは「重さのある軽さ」とでもいうのだろうか。

 そう、まるで一本の芯が入ったような、不思議な印象を与える。

 

 クライマックスへ向けて、盛り上がっていく音楽――

 

 そして再び音楽が止まる。スポットライトに照らしだされた人影もまた、動きを止める。

 踊り終えた姿勢のまま身体全体を使って大きく息をしている。

 その紅潮とした顔には満面の笑みが刻まれている。

 充実した時間を、満足の行く仕事をできたものだけが持つことができる、最高の表情だ。

 

 やがて呼吸を整えた人物は虚空に伸ばしていた手を下ろし、観客に向って「ペコリ」とお辞儀をする。

 そのお辞儀が観客の呪縛をといたのであろう。

 その直後に割れんばかりの拍手が天幕全体を追いつくした。

 

 

 

 _今日はお疲れ様でした。大変すばらしい踊りを見せて頂きました。

 

 いえいえ、そんな。お目汚しでなければ…。

 

 _踊り終えられた直後でお疲れだとは思いますが、

 少しインタビューをさせて頂きます。

 

 はい。「彼」のことですね。

 

 _まず、今までの方にも伺っているのですが、「彼」とはどのような状況で…?

 

 「彼」とであったのは、彼がこちらに来たばかりの頃でした。

 「彼」が「戦鬼」と呼ばれるようになってからすぐのことになると思います。

 今まで壊せなかったチューリップが、たった一機のエステバリスによって破壊されたということは、

 暗い話題しかなかった西欧に、本当に久しぶりの明るい話題でした。

 でも私は「彼」に初めて会ったとき、目が見えなかったんです。

 

 _それはどうして…?

 

  「彼」とチューリップの戦闘に巻き込まれて、私は目を負傷したんです。

 運悪く「彼」が破壊したチューリップの破片が、私の角膜を大きく傷つけてしまって…

 

 _それは…。申し訳ありません。

 

 いえ、いいんです。今はこの通り、見えていますから。

 それに「彼」のほうには私を巻き込んだという意識はなかったでしょう。

 まさか自分が破壊したチューリップの破片に、当たっている人間がいるなんて…。

 

 _そうですね。「彼」について色々と取材してますが、そのような話は聞いていませんね。

 

 私にとっては大事件でした。

 破片による怪我で意識を失っていた私が病院で目覚めたとき、

 最初は自分の身に何が起こったのか、わかりませんでした。

 私を診察してくださった先生の話も、その中で聞かされた「失明する」という言葉も、

 まるで他人事のようでした。

 時間が経ち、先生がおっしゃっていた「失明」という事実がじわじわと私を侵食するまで、

 私は自分が自分でないみたいでした。

 

 私が光を失う前に見た最後の光景は、「彼」の操る黒い機体でした。


 「あれのせいで私は光を失ってしまった。大好きな踊りももうできない」

 「何で私だけが…」


 そうおもって、世の中に対して、またあの黒い機体を操っていた「彼」に

 対して、場違いな感情を育みかけていたんです。

 自分ひとりだけが「不幸」だと、そんなふうに思っていたんです。



 もしあのままだったら、私は自分の思いに負けて、自殺していたかもしれません。

 

 _でもそうはならなかった…と。

 

 ええ。私が入院して暫くした時でした。病院に「彼」が現れたのです。

 

 _「彼」が病院にですか? ちょっと信じられませんね。

 

 「彼」は別に診察を受けにきたわけではなかったんです。

 何でも病院にいる子供たちの様子を見にきたと…。

 

 _ああ、「彼」は子どもに対して、異常に優しいという話ですから…。

 

 無邪気に子供たちと遊ぶ「彼」が、まさか戦争をしているような人だとは思いませんでした。

 ましてや「戦神」とまで呼ばれるようになるなんて…。

 

 _あれ、しかし先ほどのお話ですと、なたはその時直接には彼を…。

 

 ええ、直接この目で見たわけでは在りません。その時の私は目が見えませんでしたから。

 しかし視力をなくしたせいなのか、その人の持つ雰囲気というのでしょうか、

 そういったものをいつしか感じ取れるようになっていました。

 「彼」から感じ取ることができたのは、子どもに対する深い愛情と優しさ、

 そして子どもたちを守ろうとする決意でした。


 今まで感じたことのないほどの膨大な感情に、しばらく私は体が

 金縛りに近い状態になりました。



 戦争で怪我をしたり、身近な人を無くしたはずの子ども達が、彼がきたことによって明るく笑っている。

 ふさぎがちだった子も、いつも泣いてばかりだった子も、彼が話し掛け、遊びに付き合うたびに明るくなっていく。

 まるで彼の放つ愛情が、みんなの心を明るくしていくような、そんな雰囲気がそこにはありました。

 

 ふと気が付くと、遊びつかれたのか、「彼」が私のすぐ横に座っていました。

 こんなに子ども達の心を明るくするなんてどんな人物なんだろう。

 そう思った私は思い切って「彼」に話し掛けてみたんです。

 

 _それで「彼」は何と?

 

 子どもたちの遊びを見守っているときに、今まで黙っていた私が急に変なことを聞いたので驚かれたみたいです。

 でも笑いながら「彼」はお名前を教えてくださいました。

 自分が軍人ではないが戦争をしていること。

 そして戦争で傷ついた子ども達を暇を見つけては見舞っていること。

 今日ここに来たのは、先日この付近で戦闘があったからだということも教えて頂きました。

 一通り「彼」は自分のことを説明しおわったあと、私に目の怪我のことを聞いてきたのです。

 

 _まさか「彼」も自分があなたの目を傷つけたことは知らなかったでしょう。

 

 そうです。私もその時は「彼」があの黒い機体の持ち主であるとは思ってもいませんでしたから、

 怪我の原因と、その大元になった黒い機体について思いっきり文句を言ったんです。

 

 _そ、それはまた大胆ですね…。

 

 本当にそうです。でも「彼」は私の話を聞くと、いきなり謝りだしたんです。自分のせいだって。

 そこで始めて彼が黒い機体の持ち主であると知ったんです。

 身を挺して私たちを護ってくださった方を、面と向って罵倒したのです。

 どのような乱暴をされても仕方がありませんでした。

 しかし「彼」は動揺する私をいきなり抱きしめてくださって…。

 

 _い、いきなり抱きしめたんですか…。

 

 「本当にごめん」と私を抱きしめながら、何度も何度も謝ってくださって…。

 怪我のこと、恩人をののしったことで混乱していた私は、彼に抱きしめら れたことで、さらに混乱しましたが、

 「彼」の言葉を聞き、体温を感じ、 その心からの 「匂い」に包まれている内に、不思議と落ち着いて…。

 

 「護りたかったものがある。護れなかったものがある。

 もう誰も失いたくない。誰も傷つけたくない。そう決めたんだ」

 

 私が落ち着いた頃、「彼」がぽつりとつぶやいた言葉です。

 その言葉を聞いた私は「彼」がもつ「優しさ」の一端を知ったような気がしました。

 

 _「彼」らしいですね。

 

 ええ、でも彼が持っていたのはそれだけじゃなかったんです。

 彼に抱きしめられて初めてわかったのですが、彼はその優しい「匂い」の奥に、まだ別の「匂い」を隠していたんです。

 

 _と、いいますと…?

 

 私の口からはいえません。というよりも表現することができません。

 

 _「表現の魔術師」と言われるあなたが表現するのに困るとは…。

 

 普通の、ありきたりな言葉ではその「匂い」を表現することはできません。

 強いて表現するならば、全く光のない完全なる暗闇の中で、

 さらに自ら進んで暗闇を纏おうというところでしょうか?

 そして纏った暗闇に侵されながらも、いや侵されつつあるからこそ光にあこがれる…。

 そんな「せつなさ」に満ちた「匂い」です。

 

 _そ、それは…。なんとも想像がつきませんですね。

 

 「彼」のその「匂い」を説明するには、それでもまだ足らないでしょう。

 一体何が彼をそうさせているのか…。

 ありきたりの経験では、そのような「匂い」の一端すら持つことはできないでしょう。

 そしてそのような「匂い」を持ちつつも、なお「優しさ」を持つには…。

 

 _このシリーズで紹介されている以外の「彼」の経歴については、

 厳しい情報規制がひかれていますからね。

 

 できれば知りたくはありません。知らないほうが良いでしょう。

 でも、知りたいと思ってしまう。知って「彼」の心の錘を少しでも軽くしたい。

 そんなことを思ってしまうのは、彼に触れたことのある女性なら当然なのでしょう。

 だから「彼」がいる所には「彼」に付きまとう女性が多くなるのです。

 「彼」の心の闇を取り除けるのは
「私」しかいないのに…。

 

 _え、まぁ、そのことはまた別の機会にするということで…(汗)。

 最後になりましたが「彼」に何か一言ありましたら、お願いいたします。

 

 コホン。えーっお久しぶりです。その後おかわりなくすごされておりますでしょうか。

 あなたの手配と、あの金色の髪をしたお医者様のおかげで、私にも光が戻りました。

 手術の前の「約束」、忘れてませんよね。私はあなたが「約束」をはたして下さることをいつまでも待ってます。

 でも、できれば早いうちがいいです。私が年齢をこれ以上増やさないうちに来てください。

 

 _今日はどうもありがとうございました。

 

 『漆黒の戦神 〜その軌跡〜 補遺』より抜粋

 

 

 

 地球圏最強の戦艦「ナデシコ」。

 そこに所属するクルーの中で良い意味でも悪い意味でも中心となるのが

 「漆黒の戦神」ことテンカワ アキトである。

 

 そのテンカワ アキトはすでに諦観の面持ちで、「いつもの椅子」に着席して(させられて)いる。

 彼の周りには複数の人物がおり、彼を囲うように立っている。

 

 「アキトさん。何か言い残しておきたいことはありますか?」

 

 アキトの正面に立つ、まだ少女といっていい年代の人物。彼女の手には1冊の本が握られていた。

 が、その本はなぜかかなりの損傷が見受けられる。

 表紙は言うに及ばず、背表紙・天など、6面全部がボロボロになっている。

 

 「これからアキトさんにはお仕置きを受けて頂きます。でもその前に確認しておくことがあります」

 

 不気味に目を光らせながら少女はアキトに話し掛ける。

 しかしアキトは少女の問いかけに答えない。その表情はすでに「逝って」しまっている。

 沈黙を了承ととったのか、少女はかすかに肯くと、鈴をころがすような声で、

 しかし無数のとげがある口調で質問の言葉を紡ぐ。

 

 「もはやアキトさんの数多くの『浮気』について、どうこうは言いません。」

 

 そう言いながら少女は手にしていた本をアキトの前でぽんぽんと叩く。

 損傷が著しい中、かろうじて本の体裁を残しているそれを見たとき、「逝った」ままのアキトの表情に、

 僅かに変化が生じる。が、それだけだ。

 すぐに「逝った」表情に戻るアキト。それを見た少女はおもむろに指を鳴らす。

 

 アキトの後方、この部屋の唯一の入り口が開き、そこから一人の女性が入ってくる。

 黄色いナデシコのクルー服を着用した、妙齢の女性である。

 部屋に渦巻く異様な雰囲気におびえながらも、その女性は座して運命を待つ、アキトのすぐ前に立つ。

 

 「アキトくん、ごめんねぇ〜。ルリル…じゃなかった『妖精』には逆らえないから…」

 

 思わず「電子の妖精」の本名を言いかけた女性は、その本人が起こした咳払いに気づき、かろうじて言い直す。

 そしておもむろに幾種類かのカードを取り出しシャッフルする。

 このカードがアキトの運命を左右することになる。

 だが自分がその運命の選択に少なからず影響を与えるのだと思うと、

 少なからぬ罪悪感と、少しではない高揚を覚える。

 

 嫌々ながらもこの女性、ハルカ ミナトがこの


 
「お仕置き部屋」


 で行われる


 
「狂宴」


 に参加する理由は、案外こんな所にあるのかも知れない。

 

 

 

 暇があったら一番下を見よう!!

 

 

 

 アキトがお仕置きを受けている頃、ブリッジではオオサキ提督が

 カズシ補佐官、ヤガミ ナオとこんな会話をしていた。

 

 「この時は俺の部隊に参加した直後でな…」

 

 そういうオオサキ提督の手には、一冊の本があり、とあるページが開かれていた。

 

 「アキトのやつが、『今度の戦争で傷ついた子どもたちを慰問したい』と言ってきたんだ。

 もちろん基地としてはいつ何時木星蜥蜴の襲撃があるかも知れないのに、

 貴重な戦力を基地外に出すなんて認めなかった」

 

 当時のことを思い出しているのか、少し遠い目をするオオサキ提督。

 

 「ところがだ、アキトは基地を抜け出して行きやがったんだ。

 だから俺達もあいつがこの時、どこに行っていたのか全く知らなかったんだ」

 

 そういって傍らにいるカズシ補佐官を振り返る。

 カズシ補佐官はオオサキ提督の確認に、大きく肯く。

 

 「じゃあ、提督もこの女性がどのような人物なのか、知らないんですか」

 

 ヤガミ ナオはオオサキ提督に尋ねる。

 

 「いや、実は知っているんだな」

 

 そう答えるオオサキ提督の顔には、微苦笑といえる表情が混じっていた。

 

 「あいつが基地を抜け出して暫くした頃、基地に旅芸人の一座を招いたんだ。

 その中に、このレティシアがいたんだよ。彼女はのその一座の踊り子でね、

 年齢に似合わない踊りをするってんで、西欧ではちょっとした有名人だったのさ」

 

 「ああ、聞いたことがありますよ。西欧を廻る旅芸人の中に天才的な踊り子がいると。

 それがこの娘ですか」

 

 オオサキ提督の話に、何かを思い出しながら答えるナオ。

 その顔がふと疑問に歪められる。

 

 「あれ、でもたしか彼女って、まだ12、3じゃぁ」

 

 「ああ、確かそれぐらいだな」

 

 「あいつの能力は年齢なんて関係無いんですかね」

 

 「そうだな、下は6歳、上は(ぴー)歳まで、よりどりみどりだからな」

 

 こともなげに答えるオオサキ提督。

 

 「じゃあこの『約束』って…」

 

 「ああ、彼女とアキトが『約束』していたとき、俺もそばにいたんだがな.

 たいした『約束』じゃないんだ。何でもいつも一人で踊っているから、

 たまには誰かと踊りたいといってね。アキトのやつが『いつか一緒に踊ろう』と

 約束させられていただけさ」

 

 「そんな約束で…」

 

 かすかに響いてくるこの世ならぬ叫びを聞きながら、呆然とするナオ。

 その横でカズシ補佐官が同情の面持ちで天井を見上げていた。

 

 


  謝辞



 「ミナトのお仕置き選択」の設定の使用を、快く許諾していただいた

 

 鳥井 南斗 様 に

 

 最大級の感謝を…。






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ