―――火星 衛星軌道上 機動戦艦ナデシコ 着艦デッキ―――

 

 

 

「出来れば同行して欲しいのだがな」

ゼンガーのその言葉にエルナは笑って首を振った。

「いえ〜、必要なデータは全てそれに収まってますから〜、マリオンさんに見ていただければ、大丈夫です〜。もう少し〜、この艦の人たちを見ていたいので〜」

「ふむ。……ナデシコが次に向かう場所を考えればその方が良いかも知れんな」

「……隊長?」

軽く考え込んだゼンガーの態度に訝しげな声をあげるエルナ。

その問い掛けるような視線を受けてゼンガーは苦笑した。

「なに、おまえは会っておくべき人物だが、この艦がネルガル火星研の人材の確保の為ユートピアコロニー跡に向かうというのなら、嫌でも会う事になるだろうからな。心の準備くらいはしておけ」

「あの〜、どなたの〜、事ですか〜?」

「火星の現状の一方の黒幕だ」

わけがわからない様子できょとんとする昔の部下の顔を見てゼンガーは今度は愉快そうににやりと笑うと今まで触れ合わせていたヘルメットのバイザーを離し、受け取った手土産を抱えて零式のコクピットに向かって跳んだ。

 

 

 


機動戦艦ナデシコ

 

猛き軍神の星で

 

第五章


 

 

 

―――火星 ユートピアコロニー跡上空―――

 

 

 

 

「……ひどいものねえ」

それが、その廃墟を見てのムネタケの第一声だった。

 

火星ユートピアコロニー。

ほんの一年前までこの街は火星開拓のために建設される新たな都市として順調に人口を増やしつづけ、シティへの格上げも間近と言われていた一大開拓地だった。

だが、郊外20kmへのチューリップの落下によるM8級の地震と衝撃波の直撃を受け地上建造物は軒並み壊滅。

あまり多くは無かった生存者を収容して放棄された後は、火星軍、木連軍共に何の価値もない土地として放置してきた、筈だった。

「……ところが、実はその地下には一大秘密ドックが存在し、火星の現状打開の為の切り札を着々と整備中だった。そしてそれにネルガルの技術者たちも大挙して協力している、と」

「まったくどいつもこいつも!収容したら厳重に抗議しないと!」

独り言のように呟くムネタケの隣でやっぱりぷりぷり怒っているエリナ。最近彼女のこんな顔しか見ていないような気がする。

「……シワ、増えるわよ?」

「大きなお世話です!!」

などという微笑ましいやりとりが繰り広げられている後ろでプロスが手のひら一杯の胃薬のカプセルを流し込んでいる素敵に和やかな雰囲気のブリッジに、少々遠慮がちに一人の青年が入ってきた。

「あの〜、ちょっと、お願いがあるんですが…………」

 

 

 

 

 

 

―――ユートピアコロニー郊外 共同墓地―――

 

 

 

「父さん、母さん。……俺、帰ってきたよ」

一年前のあの日以来、整備する者もなく放置されていた荒れ放題の共同墓地で、苦労して見つけ出し、倒れていたのを立て直した『天河家之墓』と彫られた墓石に線香をあげるアキト。

両親の墓参りに行きたいというアキトの望みは本人も意外なほどあっさりと受け入れられた。

さすがにプロスやゴートは渋っていたが、重力波ビームの範囲ぎりぎりの近間であることもあり、さほどの問題はないとムネタケが判断し、プロスもゴートも最後には合意した。

むしろ問題は自分も一緒に行きたいと駄々を捏ねだしたユリカのほうが大きかったりしたが、その態度がいろいろ腹に据えかねていたエリナの逆鱗に触れ、現在もブリッジの床に正座させられて説教されている真っ最中であろう。

「みんな、どうしてるのかな…………」

ゼンガ―の話では、ネルガルの技術者たちはともかくユートピアコロニーの難民たちは皆火星各地に散っているという。

ナデシコはネルガルの所有物である以上ネルガルの意向を外れての行動は取れない。

ならばいっそのこと、もう火星にはついたのだからナデシコを降りて自分の足で皆の消息を追おうかとも考えた。

だが、ナデシコのコック兼パイロットでなくなれば所詮は単なる若造でしかない自分の力では、戦時の火星を目的の人物たちを捜し歩くなどという真似が出来ようはずもない。

「火星に帰っては来たけれど…………。これから、どうやってみんなを探せば良いんだろう…………」

 

 

 

「長の待ち人、地球より来たる、かしら?何はともあれ、まずはようこそ、火星へ」

 

 

 

「え!?」

背後からかけられた懐かしい声に驚いて、アキトは慌てて振り向いた。

「その声……、アイ姉ちゃん!?」

「……………………え?」

倒壊した墓石の散乱する周囲とはあまりにもミスマッチな白衣姿のその女性は、予想だにしなかった目の前の人物の姿にやや呆然としているようだった。

暫くの間、棒立ちになったまま見つめあう二人。

「アキト君……?あなた、生きていたの……………………!」

よろめくように近寄ってきて、震える手でアキトの肩を掴むと感触を確かめるように頬に手を当ててくる。

「……幽霊じゃないよ」

アキトはそう言うと、その手を取ってしっかりと握り返した。

「アイ姉ちゃんが無事って事は……?」

「ええ。ええ。母さんも、あの子も元気よ。母さんはエル・ドラドだけどあの子はここユートピアにいるわ。…………よく、無事で…………」

「アイ姉ちゃん…………」

感極まって抱き合おうとした二人の間に唐突に巨大な通信スクリーンが開く。

 

 

『アキト〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!浮気はダメ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!』

 

 

「うわっ!?」「……あら」

驚いて跳び退るアキトの様子にちょっと残念そうな顔をする、途中から冷静になってはいたがこの際だからと抱きつこうとしていたイネス・フレサンジュ27歳であった。

 

 

 

 

 

 

 

―――ユートピアコロニー上空 機動戦艦ナデシコ 艦橋―――

 

 

 

 

「生き延びる為よ。仕方ないじゃない」

開戦時からのネルガル火星研の無断での技術提供について詰問するエリナへのイネスの返答はあっさりしたものだった。

全く悪びれないその態度に怒りのあまり声が出てこないエリナに替わってプロスが口を開く。

「いやいや……。そうはおっしゃいますが、だからと言ってはいそうですかとそれを認めてしまっては契約社会は成り立ちませんよ?」

「あらご挨拶ねえ。火星は開戦以来ずっと今まで散発的な届く保証も無い補給以外ほぼ孤立した状態で戦ってきたのよ?木連の無人兵器相手には投降どころか命乞いも効かない。後退しようにも逃げ場は無い。脱出船団が組めるほどの船は無い。それを守りきれる戦力も無い。避難民全員に充分に行き渡るほどの食料生産力も無い。医薬品の補充もろくにきかない。無い、無い、無い、無い、無い、無い、無い、無い。そんな情況でも会社の利益を最優先に後生大事に使える技術を死蔵して敗北の暁には大人しく皆殺しにされろって?地球でぬくぬくと暖衣飽食していたあなたたち本社の連中に偉そうに文句を言われる筋合いは無いわね」

言われてみればイネスの顔色はかなり悪い。栄養失調気味なのかやや頬がこけてもいる。我が身を省みて自分達の血色の良さが後ろめたく、ブリッジを見回すイネスの視線を受け止められずに皆が俯く中で、全く話を聞いてもいなければ空気を読んでもいない人間もいたりした。

「も〜〜!!そんな事よりあなたは一体アキトの何なんですか!!ちゃんと説明してください!!」

……『そんな事』で片付けられては火星の人間はたまらないが、ここにいたのがイネスだったのはある意味ユリカにとって幸運だったかもしれない。

もしイネス以外の人間が相手だったならユリカが殴り倒されても誰も非難はできなかったであろうから。

だが、イネス相手だった事を一概に幸運と言い切ることもできないだろう。

「わ!バカ!ユリカ、よせ!!」

止めるアキトになど構わずに詰め寄ってくるユリカを前に怪しく目を光らせるイネス。きゅぴーん。

頭を抱えるアキトを尻目に、軽く床を蹴りつけるとイネスの足元の床が開いてせり上がって来たホワイトボードの前でそれはそれは嬉しそうに笑いながら、火星各地で『白板の悪夢』の異名で恐れられる女性は口を開いた。

 

 

「説明しましょう♪」

 

 

 

 

 

 

―――???―――

 

 

 

「…………フレサンジュ博士からの連絡、来ませんねえ」

「おそらく説明に夢中になっていらっしゃるのかと」

「…………やっぱり、そう思います?」

 

 

 

 

 

 

―――ユートピアコロニー上空 機動戦艦ナデシコ 艦橋―――

 

 

 

 

「…………つまり、ご両親が亡くなってからはあのイネスって人のお母さんがアキト君たちの後見人をしてくれていた。あなた達がユートピアの家を離れたがらなかったんで当時学生だったあの人も一時期一緒に暮らしていた。そういう事?」

「ええ。それで合ってます」

ユリカがボードの前で何故か正座させられてイネスに『説明』されているうちにちゃっかり避難していたミナトにこそこそと尋ねられて、アキトも苦笑しながら耳打ちを返す。

「なんで……、ホワイトボードなんか出てくるのよ……?」

その隣りで呆然と立ちすくんでいたエリナの呟きに今度はルリが答えた。

「あれ、なんか設計段階からあったみたいですよ?」

「うそ!?」

「図面に入れた本人も多分冗談のつもりだったと思いますけど。何にも考えずに送られてきた図面どおりに作ったりするからこんなばかな事になるんですよ」

「プロス…………!!」

「……返す言葉もありませんなあ」

肩を震わせながら睨みつけてくるエリナの視線を浴びて脂汗を拭うプロス。

「なるほど〜。でも〜、最初はアキト君とは気付いてらっしゃらなかったみたいですし〜、いったい何しにいらっしゃったんでしょうね〜?」

などと墓地での一部始終を覗いていた事をエルナがさらっとばらしたりしているところに、いきなり警報が鳴り響く。

「何!?」

「……敵ですね。チューリップ一基警戒ラインに接近中」

 

 

 

 

 

 

 

―――???―――

 

 

 

 

ナデシコが黒い光を放つもチューリップそのものにはさほどの損害も無く、次々と無人兵器を吐き出し続ける様子がスクリーンに映し出される。

「まあ……、予想通りですか」

「乗組員の仕上がりを見るには手頃な相手ですかな」

「そうですね。……フィーちゃん、離床に必要な時間はどれくらい?」

「……だいたい、十二分くらいですの」

「そう。PT隊、全機発進してください!十二分間ドックに敵を近づけないように!」

 

 

 

 

 

―――機動戦艦ナデシコ 艦橋―――

 

 

 

 

「ユートピアコロニー地下でエネルギー反応急速に増加」

ブリッジ内にルリの冷静な声が響いた。

「そう。……あと十二、三分てとこかしら」

一つ頷くとイネスは下部フロアからユリカを振り仰いだ。

「艦長さん、呆けてる暇は無いわよ。もう十二分か十三分、敵を市街地に近づけないでちょうだい」

「え?で、でも、あれだけの数だとナデシコのエステ隊だけじゃあ……」

戸惑い気味のユリカのその言葉にイネスは苦笑混じりの言葉を返した。

「まあ何とかなるでしょ。一癖や二癖どころの騒ぎじゃない困ったお兄さんお姉さんたちが大勢手伝ってくれるから」

 

 

 

 

―――???―――

 

 

 

『レオナ!『大砲』はお前が使え!』

「え?私がですか?」

レオナ・ガ―シュタイン曹長は意外な思いで聞き返した。ボルガ小隊において自分の役割は小隊長のカチーナと共にフォワードである。てっきり支援役のラッセル曹長が使うものと思っていたのだ。

整備員のタスク・シングウジ上等兵が話に割り込んできた。

『作った本人の話じゃパワー調整がやたら難しくて、ヘタすりゃ一発撃っただけで機体までオーバーヒートしかねないんだってよ。この面子の中じゃそういうの、一番得意なのはレオナだからさ。……気をつけてくれよ』

『タスク!あたしの台詞取るんじゃねえ!整備員風情が出しゃばるんじゃねえよ!!』

『ああっ!言いましたねえ!?俺だって適正試験に受かりさえすりゃ今頃は……!』

「…………」

出撃命令が出ているというのに口論を始める二人をたしなめようとレオナが口を開いた瞬間、落ち着いた低い声が流れてくる。

『……そこまでにしておけ。アサルト1、出るぞ』

『カチ―ナ中尉、お先に失礼♪アサルト2、行っちゃうわよ〜♪』

『手前ら、待ちやがれ!ボルガ1、出るぜ!お前らも早く来い!』

この艦のお披露目だというのに全くいつもの調子を崩さない上官の面々に苦笑しながらも、レオナは試作品のグラビトン・ランチャーを乗機の両手に抱えあげて発進位置に機体を進めた。

「ボルガ3、出ます!」

 

 

 

 

―――ユートピアコロニー上空―――

 

 

 

『地下から火星軍の識別の機体が出てきました。数六……いえ、七機』

空戦フレームで再度出撃したアキト達だったが、敵のあまりの数に辟易していたところにこの報せはありがたかった。

『守備隊か?ありがてえ!』

『象の泣きべそ……、ゾウ、エーン……』

『あらあら、どんな時にもジョークを忘れないその姿勢は大事だけどそのセンスはちょ〜っと、いただけないわね〜。ここは一つお姉様が本場のアメリカンジョークを……』

『……お前は火星生まれだろうが』

「え?」

突然通信に割り込んできた聞き覚えの無い艶っぽい声と落ち着いた声。

『もう、キョウスケったらノリが悪いんだから。少しは合わせてくれても良いじゃない』

『戦闘中だ。そんな訳にいくか』

唐突に通信に割り込んできてバッタやジョロの群れを蹴散らしながら夫婦漫才を繰り広げるやたらに無骨な赤い機体に優美な四枚羽根で空を舞う白い機体。

『ふん、今まで地球でぬくぬくしてた奴らだ。おまけに乗ってるのがそんなブリキ細工じゃ物の役にもたたねえだろうが、邪魔だけはすんじゃねえぞ?』

『ちゅ、中尉……』

『んだとお〜!?なにを偉そうに!!』

『てめえ、もっぺん言って見やがれ!!』

スピーカーから流れてきたやけに挑発的な別の女性の声にリョーコとガイがエキサイトする。

「……でも、材質を考えるとブリキ細工ってのもそんなに的外れでも……」

『ほー、解ってる奴もいるみてえだな』

『テンカワ!!お前どっちの味方だ!!』

つい苦笑して口走ってしまった言葉に反応してきたリョーコの剣幕にさらに苦笑が深くなる。

「…………テンカワ?」

「……こりゃ、確かに困った人たちみたいだ」

『アキト君、煽ってどうするのよ』

聞いていたらしいイネスの通信スクリーンが出た。

「いや、つい。……アイ姉ちゃんには言われたくないんだけどな」

『そうやって女の子とじゃれてばかりだと後で大変よ?』

「え?」

バッタの突撃をかわしつつナイフを打ち込みながら聞き返したが、含みのある笑顔でイネスはさっさと通信画面を閉じてしまった。

「何なんだ……?」

「この声、間違い、ない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――機動戦艦ナデシコ 艦橋―――

 

 

 

「十一時方向よりミサイル多数接近」

「九時に囮発射、迎撃ミサイル発射!二時方向に転進。グラビティブラストは?」

「駄目だ。フィールドに出力を喰われてパワーが上がらん」

既に敵味方入り乱れての乱戦となっていた。

コロニー跡の地下からのエネルギー反応はさらに増大し、既にナデシコの最大出力を軽く上回るほどになっているが、特に攻撃を仕掛けてくるわけでもないので敵無人艦隊はより脅威度が高いと判断してナデシコに集中攻撃をかけてくる。

大気中で相転移エンジンの出力が上がらないうえに、先程深く考えずに撃ったグラビティブラストでプールされていたエネルギーを使ってしまい、数の優位に任せて攻め立てる敵相手にジリ貧に追い込まれているのだ。

エステ隊とPT隊も何隻か沈めてくれていたが、大元のチューリップを何とかしない限りは焼け石に水であり、現状でそれがなせる唯一の武器であるナデシコのグラビティブラストはチャージもままならない。

「艦長!あのグラビティブラスト抱えたゲシュペンストが着艦を求めてます!次撃ったら身動き取れなくなるそうです!」

「無理も無いわね。あんな急ごしらえの試作品で良く爆発も起こさせずに三発も撃てたものだわ。流石レオナさんと言った所かしら?」

メグミの報告に悠然と戦況を眺めていたイネスが人事のように感想を述べる。

ユリカがそれに対して返事をする間も無くそれは来た。

「ミサイル、砲撃、来ます」

先程のミサイルの三分の二は囮に引き寄せられていき、残る三分の一のさらに五分の三は迎撃ミサイルに叩き落されたが、残りがナデシコの左舷に迫っていたのだ。

それに合わせるかのように敵艦隊の砲撃も次々とフィールドに着弾。

立て続けの激しい衝撃がブリッジを襲い。

これまで、どうにか持ち堪えていたフィールドも、ついに限界を迎えた。

「フィールド、破られました。左舷に被弾多数」

それは、どうにか踏み止まっていた現状の、破局を告げる言葉だった。

 

 

 

 

―――ユートピアコロニー上空―――

 

 

 

「ナデシコが!!」

被弾したナデシコに気を取られての一瞬の、だが乱戦の中では致命的な隙。

融通の利かない、それ故に迷いの無い無人兵器のプログラムがそれを見逃す筈もない。

アキトの空戦フレームに殺到する敵ミサイル。

やられる、と一瞬覚悟を決めたアキトだったが、次の瞬間目の前に飛び込んできた白い機影に目を瞠った。

「うわわわわわわ!?」

機体下面に巨大なライフルをぶら下げたその大型戦闘機は、ミサイルからアキト機をかばうように割り込んできてそのまま体当たりをかけて来たのだ。

エステバリスのパワーでその勢いに抗しきれる筈も無く、アキト機はミサイルの軌道から抜け出せたがその戦闘機は右スラスターに直撃を受け、煙を噴き始める。

慌てて支えようとするが、どんどん高度を落とすその戦闘機は落下の途中で驚いた事に人型に変形した。

「変形するPT!?」

どうにか着地に成功したその機に通信を入れる。

「大丈夫ですか!?なんて無茶を!!」

『……アキト?』

「え?」

か細い声で返ってきた返事に思わず聞き返すと、今度はもう少ししっかりした返事が返ってきた。

『アキト、だよね?』

「あ、はい。俺は、アキトですけど……」

『生きてた。アキト、生きてた……………』

記憶に、引っかかるものがあった。明らかに泣いている、嫌と言うほど聞き覚えのあるその声…………。

「……イツキ?イツキか?」

『うん。うん…………』

このユートピアコロニーでずっと一緒に育ってきた幼馴染、イツキ カザマとの予想もしない再会だった。

 

 

 

―――機動戦艦ナデシコ 艦橋―――

 

 

「良くもった方だけど、いいかげん限界かしらね」

軽く目を閉じてイネスが呟くのに覆い被さるように、ルリの被害報告が非情な現実を突きつけてくる。

「左ディストーションブレード喪失。フィールド出力27%までダウン。エネルギーの逆流で左舷相転移エンジン機能停止。……おしまいですかね」

その台詞により絶望感に包まれるブリッジで、一人、イネスは余裕ある笑みを浮かべていた。

「そうでもないわよ。十二分過ぎた事だし」

 

 

 

 

―――???―――

 

 

 

 「さて、いかがなさいます?悠長にドックの扉を開けていては狙い撃ちにされますぞ?」

「わかっています」

副長、ショーン・ウェブリー少佐の言葉に軽く頷きを返し、レフィーナは全艦放送のスイッチを入れた。

 

『全乗組員に告げます!本艦はこれよりドック扉に向け主砲を発射、強度を弱めたところを最大レベルのフィールドにて突き破りながら一気に浮上します!総員耐ショック体勢を!』

 

予想以上に大胆というか力任せな発想に、初対面の頃の線の細い印象を重ねてショーンは目を細めながらも副長の務めとして指摘する。

「それですとこのドックはもう使えませんが、よろしいのですかな?」

「どのみち敵に知られた以上、このドックは破壊されます。早いか遅いかだけの違いです」

「……確かに。おっしゃる通りですな」

かつての彼女ならこうまで割り切った考えは出来なかっただろう。厳しい火星の戦況とあのアクの強すぎるパイロットたちとの交流が急速にこの少女を一人前の艦長にしつつある。

「主砲、一番から五番まで仰角最大で斉射!ユン、収束率は最低にして効果面積を広げておいて。フィーちゃん、発射と同時に浮上。タイミング合わせて!」

「了解!」「わかりました……」

この若すぎる艦長に教える事はもうほとんど無いだろう。自分はただ補佐に徹していればいい。

(まずは一段落ですかな、提督……)

彼の感慨など知るよしも無いレフィーナはオペレーターのユン・ヒョジン伍長の報告を受けていた。

「主砲、一番から五番までエネルギー臨界に達しました!」

「主砲、斉射!」

主砲の発射による軽い振動がブリッジに走る中、レフィーナはキャプテンシートの肘掛けにのせていた右手を真っ直ぐ前に出して号令を発した。

 

 

 

「ヒリュウ改、発進!!」

 

 

 

 

 

 

 

                                                           

               続く


後書き

 

イネスだ!『白板の悪夢』だ!逃げろ―――!!

「……何パオ○艦長ごっこやってるんですか」

いやなんとなく。何はともあれ、今の今まで名前出さずに引っ張ってきましたが、ついにヒリュウ改発進。いや正直名前伏せたまま思わせ振りな表現するのも骨が折れるんですよ。やりすぎると鼻につくし。

「もうついてるって読者さんも結構いる気がしますけどね。ところで、なんかアキトさんの人格がTV版より安定してません?」

ああ。そいつは意識してる。理由の第一としては作中を見ての通り、ここのアキトにアイちゃんのトラウマは無い。

「……そもそもどうして?」

この後の展開の予定から言ってアイちゃん絡みのイベントはあんまり意味無いんだよな。第二の理由としてこの世界では軍人さん達がまともに働いており、敵の正体も最初からわかっている事。

「軍や政府への不信感がそれほど酷くは無いって事ですね」

そう。そして第三の最大の理由だが。

「だが?」

まあ、これは次回かな。

「…………引きますねえ」

 

 

代理人の感想

ちょっと気になったんですが・・物の見方が一方的過ぎるかなと。

正確には一方からしか物を見てない嫌いがあると思います。

 

例えば前回最後のゼンガーとエルナ(グレース)の会話、構図としては「恋する乙女とそれを理解しない木石男」で、

そこで笑いが発生するわけですがこの構図にこだわる余りゼンガーの対応が不自然になってしまってるかと。

エルナからすれば「恋人の安否の確認」なわけですが、

それをわからぬゼンガーからすればこれは「一年間行方不明生死不明だった友人の安否の確認」であるわけです。

それを考えるとゼンガーがあんなにあっさりと、素っ気無いとも言えるほどの態度をとるのは非常に不自然です。

 

また今回のイネスさんとエリナプロスのやり取りの中で、ほほのこけたイネスがブリッジを見回すシーン。

あそこで目を伏せるのはイネスの視線に後ろめたさを感じるからですが、

いくらなんでもブリッジクルー全員が後ろめたさを感じるのは不自然です。

エリナやプロス、あるいは彼女等と同じ意見をもっていたなら後ろめたさを感じるのも当然ですが、

イネスの主張に共感している人間からすれば後ろめたさなんか発生するわけが無いんです。

勿論火星が大変なことになっている間も豊かな生活を享受していた事に対するそれはあるかもしれませんが

イネスは別に地球にいた人間全員を責めてるわけではないのでこれはやや過剰反応というものでしょう。

(メグミあたりなら責められているように感じてしまうかもしれませんが)

ここでも、イネスというキャラ、その主張に軸足を置きすぎたために

結果的に偏った、不自然な動きになっているわけです。

 

モブでその他大勢ならともかく、名前のあるキャラクターだったら常に

「この場面ではAはこうする、またBはこうする」ということを個別に考えていく必要があります。

共産主義社会じゃあるまいし、人間は一人一人違うわけですからみんな「右へ習え」な訳がありません。

ましてやナデシコにおいてをや(爆)。

 

 

では、オチがついた(そーゆーことにしといてください)ところで本日はこれまで。