―――ヒリュウ改 某所―――

 

 

「全くあの子ったら姉を姉とも思ってないんだから!八歳の弟抱えた中学生の小娘をいったい誰が面倒見てきたと思ってるのよ!」 

キーボードに凄まじい速度で指を走らせながらぶつくさ文句を言うイネス。 

だが、それは目に余るほどに厚かましい物言いだった。 

開戦前のこの三姉弟を知る者十人に聞いたなら、十人全てが面倒を見ていたのは末っ子の弟だと口を揃えて証言するだろう。 

ナツキが「自分は食べるの専門」と公言してはばからないのと同様に、イネスには学究の徒には有りがちな事だが整理整頓能力が全く無かった。 

本人はどこに何があるかはちゃんと把握していると主張するが、まともに取り合うものは少なくとも知人の中にはいない。 

将来コックになる夢を持って日々修練を積み、両親は留守がちでありナツキが手伝うはずも無いので既にそれなりの家事能力も備えていたアキトだったが、両親を亡くし、散らかし魔まで加わってしまったのだ。 

アキトの家事能力も飽和状態を迎え、半年後、近所に越してきた黒髪の少女が手伝ってくれるようになるまでにテンカワ家は魔界の一歩手前にまで危うく踏み込みかけるところだった。 

つまるところ彼女の存在はテンカワ家(特に弟)にとって、精神的にはともかく世間様の目から見れば負担にこそなれほとんど支えになどなったことは無い。 

そんな客観的事実は心の中に無数に存在する巨大な棚の片隅にうっちゃって、今のイネスはスクリーンに刻々と表示されるデータに見入っていた。 

 

 

 


機動戦艦ナデシコ

 

猛き軍神の星で

 

第十章


 

 

 

―――ヒリュウ改 艦橋―――

 

 

「目標地点まで、残り2000……」 

アルフィミィの静かながらよく通る声がブリッジ内に響きわたる。 

(そろそろ、か) 

キャプテンシートの肘掛けを握り締めてレフィーナは意識してゆっくりと命令を発した。 

ペトル花びら2、ペトル3に連絡!本艦に一撃加えるだけの隙を与えてやってください!」 

「了解!ドラゴン2ヒリュウよりペトル2、ペトル3へ!」 

待ち構えていたようにユンがペトル2、ペトル3――即ちヒカル機、イズミ機に連絡すべくマイクに向かう。 

「応急班は?」 

「各班、手ぐすね引いておりますな」 

落ち着き払って答える副長。 

(後は、おかしな所に当たらないよう祈るだけ……!) 

内心の危惧は決して顔に出さないよう、態度はあくまで自信満々に。 

指揮官の鉄則をあらためて自分に言い聞かせながら、レフィーナは正面スクリーンの敵の新型を鋭く睨みつけた。 

 

 

―――ダイマジン コクピット――― 

 

 

(……いける!!) 

苦し紛れの跳躍だったが、どうやらうまい具合にこちらを見失ってくれたらしい。 

これまで実体化直後から飛んできていた銃撃が無く、敵縦列後方の紅い巨艦は回頭中でこちらに無防備な横腹を見せている。 

先程からの再三の後退命令を無視し続けた甲斐があったというものだ。 

先程から振り回されどおしだったが、ここからならついにあの憎っくき敵、三年前木連本土を侵そうとした邪悪の化身に一撃食らわせてやれる! 

これこそ激我魂の呼び込んだ好機と信じて疑わずに月臣は叫んだ。 

「喰らえ!!ゲキガンフレア―――!!」 

 

 

―――ヒリュウ改 艦橋――― 

 

 

着弾の衝撃が艦の巨体を揺るがす。 

肘掛をきつく掴んでその衝撃をこらえると、レフィーナは鋭く声をあげた。 

「各部署、被害報告!」 

それに応じて艦内のあちこちから報告が行われる。 

『機関室、全速発揮に支障なし!』 

『主砲全門射撃に問題なし!』 

『工作科第二倉庫に火災発生!消火に向かいます!』 

『格納庫、一番着艦デッキ大破!重傷三名、軽傷十四名!』 

それに対応して副長が矢継ぎ早の指示を出していくのを聞き流しながら、発射タイミングのカウントダウンを睨む。 

「フィーちゃん。主砲の照準を二斉射の間乱すようにね。照準システムがやられたように見せかけて」 

「はい……」 

作戦前のブリーフィングで繰り返し説明したことなので、意外な顔もせず素直に頷くアルフィミィ。 

作戦目的達成のためには、これからの砲撃でチューリップを破壊できないもっともらしい理由がなくてはこちらが困るのだ。 

自分達はフォボス攻略機動部隊のために敵の増援を少しでも多く引き出し、すぐには戻れない状況に引きずりこむ為にここにいるのだから。 

これから放つ超重力衝撃砲でチューリップにたいした損害を与えるわけにはいかない。 

とはいえ、こちらとしても必要以上のリスクを負う事もないだろう。 

フラワー1ナデシコより敵新型の破壊命令が出ました!」 

(要請を出すまでもありませんか。さすがに、わかってますね) 

ユンの報告を聞いて軽く口元を緩ませながら、レフィーナは声をあげた。 

「艦首超重力衝撃砲、発射!」 

 

 

―――エステバリス空戦フレーム アマノ機 コクピット――― 

 

 

『ヒカルちゃん、イズミさん、もういいですよ!叩き墜としちゃってください!』 

「はーい、お任せ♪」 

『まあ、ケイさん……。Oh、ケイ……』 

 

ヒリュウ改が被弾した時は阻止できるものだっただけにさすがに冷や冷やしたが、どうにか被害は最小限に食い止められたとの事でヒカルは内心胸を撫で下ろした。 

わざと損傷を受けてみせて敵を調子付かせ、さらなる増援を引き出す為とはいえ、はなはだ心臓に良くない光景に改めて今回の作戦の賭博性を再確認させられる。 

消火活動は順調で、今吹き上がっている煙も何割かはスモークだとわかっていても、味方の艦が黒煙を上げている眺めというのは気分のいいものではない。 

その重苦しい気分を振り払う為にも意識してお気楽な声をあげた。 

「お許しも出たし!いっくよ〜、イズミちゃん!」 

『任せて……』 

左側のモニターに、これまで牽制に使っていたラピッドライフルを仕舞って一丁だけ試作の間に合った電磁/火薬併用砲、バーストレールガンを背中から引き抜くイズミの空戦フレームが映る。 

加速方式を二段階に分けることで瞬間的反動を軽減させ、エステバリスの強度限界内に何とか収めることは出来たが、その分砲身が長大になった上に陸戦や砲戦でならともかく空戦フレームではやや電力が足りないのを、どうせ機体も紐付きならと基部に重力波アンテナを取り付けることで無理矢理補うという整備性は最悪な、いかにもナツキらしいどこまでも力尽くの継ぎはぎ兵器だ。 

(でもまあ、あの威力なら許せるよね) 

内心呟く。 

実際、ウミガンもどきのフィールドを容易く貫いて装甲に絶え間なく火花を上げさせているのだ。文句を言ったりしたら罰が当たるだろう。 

「イズミちゃん、そのままよろしく!」 

たまらずジャンプしたウミガンもどきを直ちに追尾するイズミに向かって一言言うと、乗機にフィールドランサーを構えさせた。 

ボソンジャンプの兆候があればすぐに退避できるよう身構えながら、敵機の背後に回ってフィールドに思いっきり槍を突き立てる。 

相手が気付いた素振りを見せたときはもう遅かった。 

「じゃあね」 

あけた穴からスラッシュリッパーを撃ち込んで全力で離脱。 

意外なほどあっけなく爆発するウミガンもどきの頭が分離して飛び出すのが視界の端にちらりと見えた気がした。 

 

 

―――ゆめみづき格納庫 ダイテツジン コクピット――― 

 

 

「元一朗!やってくれたか!」 

今にも飛び出そうとしていたところにブリッジから届けられた報告に白鳥は破願した。 

月臣が与えた一撃により敵はどうやら照準システムにトラブルが発生したらしく、側面に回っての重力波砲は中央集団に被害を与えはしたが跳躍門は無傷であり、主砲の砲撃も命中精度を大きく落としているという。 

『ただ……』 

「何だ?」 

いい難そうに言葉を濁す副長に先を促す。 

『月臣少佐はその直後に撃墜され、連絡が取れません……』 

「…………!?」 

背筋が凍りつく。 

『脱出されたのは確認できましたが、直後に敵の重力波砲が発射され、反応を見失いました。現在も呼びかけは続けていますが、応答がありません』 

「…………呼びかけは続けろ」 

(落ち着け!あの元一朗がこの程度のことでやられるわけがない!) 

腹に力を込めて自分自身に喝を入れる。 

「増援部隊はどうだ?」 

『もうじき虫型二百機が来ます。五分後には増援艦隊が』 

通信モニター上の副長の顔に向かって大きく頷いてみせる。 

「よし。さすが草壁閣下だ、勘所を承知していらっしゃる。あの二隻は何としてもここで沈めるぞ!」 

『はっ!』 

「ダイテツジン、出る!」 

 

 

―――木連艦隊 中央集団空域 アルトアイゼン コクピット――― 

 

 

「――――!?」 

コクピットに響く警告アラームにキョウスケは周囲を改めて見回して『それ』を見つけ出し、思わず舌打ちした。 

(あんな奴に浪費する暇も弾薬もないと言うのに) 

やや顔を顰めて僚機に呼びかける。 

「アサルト1より各機へ。あの大型は俺が抑える。構わずにこのまま突っ切れ」 

『こら待て!汚えぞ!てめえ一人でやる気か!』 

カチーナの罵声を聞き流して両肩のスラスターも開き、敵の新手の不恰好な人型巨大兵器に向かって何かしでかされる前に牽制にミサイルを撃ち込みながら、側面から一気に距離を詰める。 

ボソンジャンプを使わずにのろのろと低高度を移動する相手に肉薄するのは簡単だった。 

(この密集状態では迂闊にジャンプはできんという事か?) 

ようやくこちらに向き直って機関砲を撃ってくるが、フィールドと重装甲にまかせて命中弾もすべて弾く。 

「時間はかけられんのでな。ジョーカー、切らせてもらう!」 

 

 

―――ダイテツジン コクピット――― 

 

 

「ぐおっ!?」 

コクピットを襲った激しい揺れでシートに背中から叩きつけられ、一瞬息が詰まる。 

機関砲など物ともせずに突っ込んできた紅い敵機に歪曲場を突き破られ、そのまま赤熱化した額の角で胸部に頭突きをかけられたのだ。 

機体損傷を知らせる警告音には構わず敵を探して正面モニターを睨んで背筋が凍る。 

敵はスラスターを吹かしてこちらの正面に滞空しながら両肩の装甲カバーを開いていた。 

奴の両肩には確か―――!! 

「ちょ、跳や―――」 

致命的ミスだった。 

間に合うはずもない緊急跳躍よりも歪曲場を強化するべきだったのだ。 

ことによると、白鳥のどうにも木連の正義を信じきれない心理状態がこのありうべからざるミスを生んだのかもしれない。 

ただでさえ破られた直後で弱まっていた歪曲場は跳躍装置にエネルギーを喰われてさらに弱まり、敵に無数の散弾を撃ち込まれる事で完全に破綻した。 

結果として、まともな跳躍イメージもできないうちについ先程を遥かに上回る激しい揺れがコクピットに襲い掛かってきた。 

舌を噛まなかっただけでも僥倖だろう。 

体勢を立て直す余裕もなく立て続けに打ち込まれて来た敵の右腕の杭打ち機に相転移機関を完全に破壊され、せっかく出撃しながら何もできなかった屈辱に歯噛みしながらも白鳥は脱出レバーを引くしかなかった。 

 

 

―――アルトアイゼン コクピット――― 

 

 

爆発する敵機には目もくれず、先行させた味方に合流すべく自機を急がせるキョウスケの下に脳天気な通信の声が響く。 

『やったじゃない。鎧袖一触とはこの事か〜、って奴?』 

「……あんな気○いと一緒にするな」 

『でも本当に凄いですよ。あの新型が手も足も出なかったじゃないですか』 

ブリットの素直な賞賛の声にやや面映い思いがしたが、実はキョウスケは素直にその賞賛を受けるわけには行かない事情が有ったりした。 

「……ミサイルとステークを撃ち尽くした。補給を受けんと支援しかできん」 

『……ちょっとは後先考えなさい!!』 

 

 

 

―――ヤマト・ナデシコ 艦橋――― 

 

 

忙しく戦闘指揮を執るユリカの背後で、ムネタケとプロスは格納庫に巨大な物体を抱えて弾薬の補給がてらに帰投してくるアキトのシュッツバルトの映像を睨んでいた。 

「しかし、よろしいのですか?敵の情報は喉から手が出るほど欲しいでしょうが、ナデシコは本来民間船です。ヒリュウの方が捕虜の拘留には都合がよろしいでしょう?」 

「まあね。陸戦隊もいるし独房もあるけど、問題はそういうことじゃないのよ」 

墜落していた脱出カプセルと思われる敵新型の頭部をヒリュウでなくナデシコに運び込むよう命じた事についてのプロスの当然の疑問に、戦況スクリーン上のヒリュウのシンボルをちらりと見やってムネタケは答えた。 

「ここは、火星だからね」 

格納庫の様子を映すスクリーンの中では、敵の脱出カプセルのコクピットからゴートが銃片手にぐったりと意識の無い様子の青い服を着た長髪の男を引きずり出している。 

「…………敵味方あわせての戦時捕虜第一号、か。開戦からもう一年半近いのにね」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――シュッツバルトカスタム二号機 コクピット――― 

 

 

『弾の補充終わった!ペトル1、持ち場に戻る!』 

『リョーコ、遅〜い!今度はこっちの残弾が心細いよ〜』 

『うるせえ!文句は敵に言え!』 

作戦開始から三十分。 

土煙を上げて迫り来るジョロの大群に向かってマシンキャノンを乱射しながら、上空をナデシコに向かうバッタの集団に両肩のショットキャノンをぶっ放す。 

『ヤマダさん!左舷後方よりバッタ!八機!』 

『俺の名前はダイゴウジ ガイだ!!それと、ゲキガン1と呼べ!!』 

この期に及んでまで魂の名と自分で勝手に決めた呼び出しコードにこだわる親友をある意味尊敬しつつも、アキトの視線は敵機を探して忙しくモニターとレーダー画面を行き来する。 

最初のうちこそ敵を振り回して有利な状況を作り上げることに成功したが、敵が損害を省みない物量作戦に転じ続々と戦艦や無人兵器の増援を送り込んで来てからはそんな優位はあっという間に吹き飛んでしまった。 

あのでかくて頑丈な新型があれ以上出てこないのはありがたいが、ヒリュウ隊が合流して防空に加わってもバッタやジョロだけでも十分な脅威なうえに敵艦の砲撃の密度は上がる一方だ。 

ジガンスクードが一機で庇えるのはあくまで一隻。おまけにジガン自体そのフィールド強度はヒリュウ改のピンポイントフィールド技術の応用である特定の方向へのディストーションフィールドの圧縮、すなわちDウォールによって実現されたものであり、強いのは一方向に対してだけだ。 包囲されればその存在は大して意味を成さない。まあヒリュウ改のメインコンピューター『メイガス』と照準をリンクさせての全身の無数とも言えるミサイルによる最後の守りとしての存在意義もあるのだが。 

(もうもたないぞ!まだか?ユリカ!!) 

かなり表情にあせりを浮かべてアキトは後方モニターに映る味方艦をちらりと見やった。 

既に二艦ともあちこちに損傷を受けて黒煙を上げている。 

戦闘行動にはまだ支障は無いが、じきに逃げる余裕すら無くなるのは明らかだった。 

(もう十分だろう!早く要請を出せ!!) 

 

 

―――ヤマト・ナデシコ 艦橋――― 

 

 

「ユリカ、いいかげん限界だよ!これ以上粘ると逃げる余力も残らないかも……!」 

ウリバタケ率いる整備班に忙しく指示を飛ばしながら悲鳴混じりにユリカを振り返るジュン。 

少しの間戦況スクリーンを無言で睨んでいたユリカだったが、ひとつ頷くと直通回線のレフィーナに問いかけた。 

「レフィーナ艦長!チャージは済んでますね?」 

『はい。いつでも』 

レフィーナの静かな返答に大きく頷き、ユリカはメグミに凛とした声で指示を出した。 

「メグちゃん、電文!『本日天気晴朗ナレドモ波高シ』!」 

 

 

―――衛星フォボス近傍宙域 フォボス攻略機動部隊 空母グローリアス 格納庫――― 

 

 

『ヒリュウより電文!『本日天気晴朗ナレドモ波高シ』!』 

あまりにも有名な電文。北の強大国を相手取った戦争の最終局面、既に国力は限界に達し、その国が生き延びるためには大勝利する以外を許されなかった海戦を前にして本国に送られた文章。 

まだ人類の生活圏が地球という惑星の地表面に限られていた時代の海戦史上三本の指に数えられる戦いにあやかったその文面が、作戦の第二段階発動の号令だった。 

『艦長より第一次攻撃隊へ。直ちに出撃体制をとれ!』 

待ち望んだ言葉を受けてIFSポートを握り締め、逸る心を抑えてテンペストは発艦位置に愛機を進める。 

もう待つのには飽き飽きした。ようやく、妻と娘を殺したあの殺人昆虫どもを引き裂いてやれる。 

開戦以来どれだけの数奴らを破壊してきたかもういちいち数えてはいないが、いくら破壊したとしても飽きることは無いだろう。 

戦って、戦って、戦い抜いて。いつか、自分達が攻撃されることなど有り得ないとたかをくくって木星圏でモニターの向こうの人殺しを楽しんでいるあの蜥蜴どもに自分達のしでかしたことの報いを受けさせてやるその日まで。 

「ストーム1、出るぞ!」 

 

 

―――ゆめみづき 艦橋―――

 

 

「未確認の高速飛行物体が我が艦隊に接近中!……跳躍門に迫っています!」 

乗機は撃墜されたが無事帰還し、再び艦橋で指揮を執っていた白鳥の元にその報告が届いたのは、ナデシコから電文が発されて僅かに二分後だった。 

「何?……数は?」 

「一機です!……接触します!!」 

艦橋の窓越しに跳躍門の方に目を向けると、跳躍門だけとは思えない爆発光が連続して発生している。言い知れぬ悪寒に襲われて白鳥は叫んだ。

「何が起きている!早く確認しろ!」 

「跳躍門、破壊されました!護衛についていた周囲の艦が次々と沈められています!」 

「(まさか!!)付近の艦からの中継映像を出せ!早くしろ!」 

白鳥の大声に背中を押されるように必死にコンソールを操作するオペレーター。 

「映像捕らえました。……天魔です!!」 

「やはりか……!」 

艦橋中の人間の目が大型モニターに集中する中で映し出された映像の中を、巨大な剣を振りかざした黒い人影が駆け抜ける。

「くそっ!もう少しであの二隻に止めを刺せるという時に!」 

忌々しげに副長が毒づくのを聞いて、白鳥ははっと我に返った。 

(そうだ!このタイミングで現れた天魔が奴らと連携していないわけが無い!) 

だが、慌てて指示を出そうとした時には既に遅かった。 

「敵二番艦、重力波砲発射!!」 

一斉回頭して二隻が横列併走する形になった敵の紅い巨艦の重力波砲が、跳躍門付近のこちらの陣容の最も厚いあたりに突き立てられた。 

 

 

―――シャンバラコロニー跡 近郊―――

 

 

突如現れたグルンガスト零式は、すべての木連無人兵器群に登録された最重要撃破目標である。 

その零式が背後に現れた。だが、今自分達が攻撃することを命じられているのは前方の二隻の敵艦である。 

最重要撃破目標と現在命じられている撃破目標、果たしてどちらを優先すべきか。各艦のAIは混乱に陥り、白鳥たちが零式出現に浮き足立って適切な指令を出せずにいる間に火星側に絶好の付け入る隙を与えてしまっていた。 

ヒリュウ改の超重力衝撃砲の黒い光が艦列を貫き、無数の光の花が咲く。

無論それだけでは包囲網に穴が開くまでには至らない。 

だが、ヒリュウの砲撃が終わるや否や間髪入れずに放たれたナデシコのスーパーグラビティブラストをも受けては話が別だった。 

自分達を包囲する艦列に開いた穴に強引に突っ込むナデシコとそれに続くヒリュウ改。それに併せて、当たるを幸いに片っ端から敵艦を撫で斬りにしながら木連艦隊に突っ込んでいくグルンガスト零式。 

脱出路に僅かに残った敵艦を主砲で撃破しながら露払いを務めるナデシコの周りでは、これまで防空に専念していたストレス解消と言わんばかりにナデシコ隊、ヒリュウ隊が共に暴れまわっていた。 

 

密集状態で簡単には回頭もできずに無防備な横腹をさらす敵艦にショットキャノンを放つアキトのシュッツバルト二号機とそれに連携して敵艦のエンジンブロックにディストーションパンチを叩き込むヤマダの空戦エステ。 

「ガイ!」 

『おう!行くぜアキト!!ゲキガンフレア―――!!』 

ラーダの一号機と組んで同様の戦法で暴れ回るリョーコ機の向こうでは、ヒカルを護衛につけてイズミ機がバーストレールガンを腰だめに、次々と周辺の敵に火を吹かせている。 

「冥土への案内、仕る……」 

「ありゃ、珍しくマジモード。まあ、全部操り人形なんだけどねえ」 

強力な実弾火器を持つエクセレンのヴァイスリッター、イツキのビルトラプターが支援を受けながら敵艦を喰いまくる背後では、ジガンスクードがヒリュウの後方に追いすがる敵の砲撃やミサイルを完璧に防ぎながら全身のミサイルランチャーから火を噴かせてバッタを寄せ付けない。 

敵陣に突入するグルンガストとすれ違う瞬間、ナデシコから零式に通信が飛ぶ。 

『ゼンガー少佐、敵の有人艦は沈めないでくださいね?これだけの数に地表で無秩序に暴れられてもそれはそれで始末に困りますから』 

自分ならやろうと思えば容易くできる。そう確信している口調に思わず苦笑いを返しながら応答するゼンガー。 

「了解した。殿軍は任せろ」 

はい、お任せしまーすというどこまで真面目なのか良くわからない笑顔が引っ込んだ後、今度はヒリュウからの通信が入ってきた。 

にこにこ笑いながらシートにちょこんとおさまるアルフィミィの背後にソフィアが身をかがめて通信画面に心配気な顔で入り込んでいる。 

『あの……、少佐、お気をつけて』 

『……とうさま、頑張ってください……』 

この場に独り残るゼンガーの無事への不安を隠せない母親と全く不安を抱いていない娘の好対照。 

『……晩ごはんまでには、帰れますか……?』 

「そうだな。努力しよう」 

『約束、してくださいます……?』 

期待するように軽く上目づかいをしてみせるアルフィミィ。 

(そういえば、ここ最近あまり構ってやれていなかったな……) 

「ああ。約束だ」 

『はい。うふふ……、久しぶりにとうさまとかあさまと一緒のごはんですの……』 

 

 

通信を切った後で、アルフィミィが自分が帰還する事については微塵も疑っていない事に苦笑するゼンガー。 

「これは、裏切れんな」 

そう呟くと口元に不敵な笑みを浮かべたまま、眼前の敵艦に零式斬艦刀を振りかぶる。 

 

『我が名はゼンガー・ゾンボルト!悪を断つ剣なり!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ヤマト・ナデシコ 艦橋―――

 

 

「いやー、どうにか逃げ切ったわねー」 

大きな溜息と共にそんな台詞を吐きながら、ミナトはパネルから手を離して大きく伸びをした。 

「ほんと、肩こっちゃいましたぁ」 

上からユリカの普段どおりの能天気な声が降ってくる。 

『ふむ、やはり女性は胸のぶん肩に負担が掛かるものですかな?』 

繋ぎっぱなしの直通回線からショーンが話に加わってくる。 

「ええ、そうなんですよ〜。ミナトさんなんかお風呂あがりにマッサージ椅子よく使ってます」 

「な、ちょっと、艦長!」 

さすがに赤面してユリカをたしなめようとするミナトだったが、セクハラ親父とすちゃらか艦長の会話は止まらない。 

『ほう、マッサージ椅子ですか。探査船上がりだけあってこちらもその手の施設は充実しておるのですが、最近故障が多くて弱りますな』 

「それは大変ですねえ。そちらだとよく利用されるのはイネスさんとかエクセレンさんあたりですか?ああ、ソフィア博士も胸おっきいですよね〜♪」 

『おお、確かに。いかがです、その辺り?』 

『は、はい!?い、いえ、その、あの』 

いきなりとんでもない話を振られて声を裏返らせるソフィア。アルフィミィがそんな母を不思議そうに見上げる。 

『……肩こりのお話ですか?かあさま、わたくしが毎晩肩をたたいてさしあげてるのがなにか恥ずかしいんですの……?』 

『フィ、フィー!!あなたって子は!!』 

『…………?』 

 

脇で聞いていると赤面物の会話を繰り広げる人々に苦笑しながらふと隣に目をやって、ミナトはオペレーターの少女の様子が何か変なのに気付いた。 

その向こう側で両拳を震わせて全身から暗黒闘気をふしゅふしゅと噴き出している通信士も気になることは気になったりしたが、自分では火に油なのは明らかなのでとりあえず放っておく。 

「ルリルリ?どうかした?」 

そう声をかけられて、ルリはびくりと肩を震わせるとこちらを振り向いてきた。 

「…………何か?」 

「いや、それ聞いてるのはこっちなんだけど……。なんか、変だったわよ?」 

「……そんな筈ありません。私は普段どおりです」 

「……そう?」 

(これ以上追求しても無意味か) 

内心そう呟いて、ミナトはこの場での追求を諦めた。パネルに向き直ってさっきまでのルリの様子を思案する。 

(フィーちゃんを……、睨みつけてた?) 

 

 

 

 

 

続く

 


メカニックfile NO.4 

PTX-004C シュッツバルトカスタム 

元はマオ・インダストリーがゲシュペンストに引き続いて開発したPT。

汎用性に優れたゲシュペンストと違い、火力を重視した試作型砲撃戦用重PTだったが、生産コストが高く、整備も困難だったため量産は見送られ、試作された三機のみが火星に保管されていた。 

だが、次第に追い詰められる火星戦線において動く機体を遊ばせておく余裕は無く、三号機はビルトラプター同様パーツ取りの為解体されたが、一号機、二号機はあまり使い道の無い両肩のビームキャノンを240mmショットキャノンに換装し、推進剤を減らしたぶんを弾薬スペースに充てる思い切った改造により母艦護衛専門の邀撃機として新たに生まれ変わる。 

ゲシュペンストMk−U三機分とも言われるその重火力により、二機とも実戦投入されてから終戦に至るまでよくその任を果たしたが、機体特性があまりにも特化されすぎていた為か、ついに後継機が誕生する事は無かった。 

 

武装 

バルカン×2 

三連装マシンキャノン×2 

240mmショットキャノン×2 

 


後書き 

たくさんのテーマ曲を持つゼンガーですが、最も似合いなのはTHE GATE OF MAGUSだと思う私。 

あの斬艦刀にターゲッティングされた相手の抱く絶望感を完璧に表現したぴったりの名曲だと思うのです。 

え?あれはアンセスター全体の曲だ?知らねえなそんな事は。 

OG2でもスレードゲルミルに乗り続けて欲しいんですが、無理だろうなあ。ダイゼンガー参戦確定してるし。せめて乗り換えできるようにしてくれないかなあ。性能はダイゼンガー以上だと思うんだが。とんでもねえ再生能力だし。 

「はあ。こちらで出すのは無理そうですけどね」 

まず参式ありきだからな。大好きなんだがこればっかはどうにもならん。 

「ところで今回のお話ですけど、ナデシコで呼び出しコードってかなりの違和感があるんですが?」 

それは同感だが、ドラゴン2とかアサルト1とか呼び合ってる脇でいちいちパイロットの名前呼ぶのもそれはそれで不自然ではないかとも思うんだよ。とは言っても正規の訓練受けた軍人ってわけでもないしな。仲間内ではろくに使っとらんだろ? 

「まあ確かに」 

拘るのはヤマダ君だけで、以後有名無実のままうやむやにっつー事で。 

「……日本的ですねえ」 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

いや、少なくとも金銭面では面倒見てたんじゃないのか?

と思うけれどもひょっとして全員遺産で食ってたりしたら関係ないのかな(爆)。

 

それはともかく大反撃の回なんですけれども、テンペストの旦那も味方側だと結構カッコいいのね(笑)。

やっぱり、同じ復讐鬼でも書き方で評価は変わるもんだと痛感。

他にも色々あるわけですが、やっぱり復讐の対象が「連邦政府」みたいな形の無いものになってしまうと

範囲が大きくなりすぎて共感が得られないんでしょうね。