―――西暦2195年10月1日 火星 アガルタシティ 火星軍ダイダロス基地 中央作戦室―――

 

 

 

 

「おのれっ!!あのクズ共!!」

基地司令、グレッグ・パストラル少将は指揮卓にその大きな拳を振り下ろして怒りを顕にした。

もとから地球から飛ばされてきた無能な軍高官共に期待はしていなかった。

だが、無人兵器の無慈悲な殺戮にさらされる無力な民間人たちや、今頃取り残されて茫然としているであろう部下たちを見捨てて自分たちと家族だけの身の安泰を図ろうとは!!

ヒリュウが襲われ、今地球のテスラ研で解析の進められているはずの敵無人兵器に旧来の装備ではまず太刀打ちできないであろう事は解っていた。

だからこそ駐留艦隊司令のフクベ提督をも引き込み、マオ社の新型の配備を進めさせていたというのにネルガル、クリムゾン、明日香といった古参の企業の息のかかった高官どもに邪魔され、ゲシュペンストMk−Uの本格的な量産と配備はつい一ヶ月前に始まったばかり。

もう半年早く量産ができていればもう少しましな迎撃ができたものを、あの利権を漁るだけのウジ虫共のおかげで奴らの攻撃が始まってからこの瞬間までにどれだけの民間人や部下たちが死んでいった事か。

それだけでは飽きたらず、この上必死の戦いを繰り広げているであろう部下たちの士気まで粉々に粉砕していってくれるとは、八つ裂きにしても感謝の意を伝えられそうに無かった。

ちなみに、火星軍高官たちのこの行為は地球でも問題になり、全員が敵前逃亡の罪で軍事裁判にかけられた上で銃殺刑となるのだが、そんな事を知らされてもパストラルにとっては何の慰めにもならなかったろう。

とにかく、崩壊しつつある防衛線を立て直さなくてはならない。

指示を出そうとパストラルがマイクに手を伸ばしたまさにその瞬間、オープン回線にて後々まで語り草になる伝説の一喝が作戦室に響き渡った。

 

 

 

 

 

『おたおたするでないわあ!!』

 

 

 

 

 


機動戦艦ナデシコ

 

猛き軍神の星で

 

外伝


 

 

 

―――シャンバラコロニー防衛線―――

 

 

 

『貴様らの務めは何だ!!秩序を守り、事ある時には民間人を守って死ぬ事であろうが!!軍人の本分すら忘れ去った恥知らず共がどれだけ逃げ出そうがその務めに何の違いがある!!』

 

「……言ってくれる」

ゲシュペンストMk−Uのコクピットでそう呟いて、グレイ・ランフォード中尉はIFSポートを握りなおした。

もともと軍に入ったのにそう大袈裟な理由は無かった。

いや、それを言うなら自分の回りで今も戦いつづけている奴らの中にも、既に死んでいった連中の中にも、明確な目的意識を持って入隊した者などそうはいるまい。

自分にしても、軍を辞めずにいたのはこのPTという兵器が面白かったからに過ぎない。

だが、だからと言ってこの状況で武器を投げ出すのは馬鹿のやる事だし、訳もわからず大人しく殺されるのも御免こうむりたい。

「結局、目の前の敵を倒す。それだけか」

それが、結果的には「軍人の本分」とやらを果たす事にもなるはずだ。

一瞬脳裏に浮かんだ、今は地球にいる女性の別れ際の泣きそうな目を無理に打ち消して、グレイは銃撃を再開した。

 

 

 

 

―――火星 オリンポスシティ ネルガル重工火星研究所 通信室―――

 

 

『総司令部は現在機能しておらんので、当面はこのフクベが指揮を執る!各員めいめいの持ち場にて己の義務を果たせ!以上!!』

 

 

 

「う〜ん、何と言いますか……」

コンソール前の椅子に背中を預けて人事のように呟きながら、テンカワ ナツキは腕を組んでみせた。

「何言ってるのあなたは。ここだって安全じゃないのよ?ユートピアの方はアキト君やイツキちゃんの事だからうまくやってるとは思うけど」

そのすぐ隣りに立って火星各地の情報をインカム片手に収集していたイネス・フレサンジュが、妹分の不謹慎な台詞を聞きとがめて眉を顰める。

「わかってるよ。うちもそろそろ逃げ支度がいるって事くらいはね。皆にも伝えた方が良さそうよ?」

「そうね」

ナツキの意見に同意してインカムを置くと、背後の扉に向かうイネス。

「私はもうちょっとここで情報集めてみるね。私物の整理頼める?」

「はいはい。しょうがないわね」

苦笑しながらも快く引き受けて部屋を出て行くイネスを振り返って見送ると、ナツキはコンソールに向き直って急に真面目な顔になった。

懐から引っ張り出したデータディスクを少しの間見つめ、軽く口元を歪める。

「……………………さて、と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ユートピアコロニー守備隊所属 輸送艦アイダホ 艦橋―――

 

 

 

「避難民の収容、終わりました!」

その報告を受けて、レフィーナ・エンフィールド少佐はキャプテンシートで制帽を深くかぶり直した。

「解りました。本艦はこれよりホウライ方面へ撤退します。高度300まで浮上、取り舵15」

「了解。高度300まで浮上、取り舵15」

命令を下してレフィーナはブリッジの窓から見える市街の無残な姿を眺めた。

この付近に押し寄せてきた無人兵器群の数は他所に比べればさほどでもなかった。

先程のチューリップの落下による地震と衝撃波によって、こちらの守備隊もそうだが敵にも大きな被害が出たため当面は撃退に成功しており、多少は余裕を持って民間人の退去が行えている。今頃はオリンポスでも退去が行われている真っ最中だろう。

とはいえ、第二波はすぐにもやって来るだろう。ぐずぐずしてはいられなかった。

「両舷全速」

「両舷全速」

 

 

 

 

 

 

 

 

「二十分だ!二十分で誰も発見できなかった場合、直ちにこの施設を退去し本隊に合流する!かかれ!」

命令を受けて捜索隊の部下たちが散り、ゼンガ―も愛用の胴太貫を手に走り出す。

オリンポスシティからの撤退中に艦隊外縁の一隻が荒地に生命反応を拾い、付近の地上を走査してみるとかなり巧妙に隠蔽された地下施設の入口と思われるゲートを発見したのだ。

こんな場所の隠し施設など非合法のものに決まっているが、生命反応がある以上放って置く訳にも行かない。

いつ敵が追いつくかも知れない状況で悠長に調査隊を組織する暇は無く、ゼンガーのゲシュペンストMkーU一機で一杯な高速輸送機に陸戦隊二個分隊を出すのが限界だった。

 

 

 

「……どこかの企業の遺伝子研究所か。とすれば被検体はこの辺りにいるのが最も自然なのだが……」

妙に古風と言うか、趣味的と言うか、まるで悪の秘密基地のような内装の施設内を捜索しながら、ゼンガーは一人呟いた。

片っ端から部屋を確かめ、開かない扉はキーセンサーを使い、簡単に開きそうに無いなら放って次に行く。

既に十五分が過ぎようとしている。そろそろ最初の集合場所に戻る事を考えなくてはならない。

自分だけでなく捜索隊の兵士達の命もかかっている以上そう粘るわけにはいかない。

(…………もう切り上げなくてはならんか?)

内心の焦りを押し殺して次の扉を開いた瞬間、時が止まった。

 

ベッド以外何も無い部屋の中から見つめ返してくる一対の金色の瞳。

正面から真っ直ぐに見返してくるそれとばったり出くわして、思わずゼンガ―は動きを止めていた。

殺風景な部屋でベッドに腰掛けたまま、その少女はきょとんとした顔でゼンガ―に語りかけてきた。

 

「どなた……、ですの?」

 

それが、後に『竜王の巫女姫』と呼ばれ、「電子の妖精FC」と並ぶ超巨大勢力として全太陽系に熱狂的ファンを作り出す少女が歴史の表舞台に姿を現した第一声であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――西暦2195年12月17日 エル・ドラドシティ―――

 

 

 

「……私は、今でも反対ですよ」

「お姉ちゃん……」

目の前の年配の女性のはっきりとこちらを非難してくる視線と、妹の心配そうな視線。

その二つを受け止めきれずに視線を逸らすが、決心は揺るがなかった。

「心配して下さるのは嬉しいんですけれど、……もう、決めた事ですから」

適性試験に合格し、パイロット候補生として訓練所に入る前夜。

イツキ カザマは自分に唯一残された肉親の妹と、これから妹を預かって貰う行方不明の幼馴染の後見人をしていた女性と向かい合っていた。

「何度も言うようだけれど、あなたがアサミちゃんを守らなくて一体誰が守るというの?」

「わかっています。だからこそ、です。……じっとしてはいられません」

膝の上に置いた拳を、ぎゅっと握り締める。

「………………復讐、なの?」

「……その気持ちが無いとは言いません。でも、今は戦わなくちゃ、何も守れないんです」

両親と、九歳で越して来た時からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染を飲み込んでしまったあの日のユートピアコロニー。

あの時の自分は、揺れるシェルターの中でただ妹を抱きしめて震えている事しか出来なかった。

そして、避難先で偶然会えた近所の人から知らされた両親の死と幼馴染の消息不明。

なぜこんな事になったのか。わけもわからず半ば呆然としながら過ごしていた難民生活の中で、地球から届いた最初の補給でもたらされた事の真相を知り、目の前が怒りで真っ赤に染まったような記憶がある。

自分達が木星圏の人々に一体何をしたというのか。

自分達は、ただこの火星で毎日のささやかな生活を営んでいただけだ。

過去に何があろうが、木星圏の人々がどれだけ苦しい生活を送っていようが、その小さな幸せを力尽くで奪い去られるいわれなど無い。

だから戦う。

もう、大切な人を見も知らぬ人々の勝手な理屈で失うのはたくさんだった。

「アサミ。おばさまの言う事をよく聞いて、いい子にしてるのよ?なるべく、手紙も出すようにするから」

「……うん。お姉ちゃん…………、死んじゃ、やだよ?」

「……ん」

イツキはしがみ付いてきた妹の背に手を回して、目の前の髪に顔を埋めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――西暦2196年2月9日 アガルタシティ―――

 

 

 

「アルフィミィ!」

「あ……、ゼンガー少佐」

ノックも無しに部屋に踏み込んできたゼンガーに、扉に背を向けて少女と向かい合っていた少女の保護者、ソフィア・ネートがほっとしたような顔で振り向く。

「少佐からも言ってやってください。何といって止めても聞いてくれなくて……」

「そのつもりです」

ソフィアに向かって頷き返し、ゼンガーは椅子に座った少女に視線を合わせて跪くと説得を始めた。

「聞いたぞ。ヒリュウのオペレーターに志願したとはどういう事だ?」

「……いけませんか?」

不思議そうに首を傾げる少女。

「当然だろう。戦うのは我々軍人の役目だ。ましてやお前はまだ子供なのだぞ」

「……でも、ヒリュウのオペレーターにはわたくし位の能力が必要と伺いましたけど……?」

「そんな事はどうでもいい!」

ゼンガーは少女の両肩に手を置いて断言する。

「お前の生まれだの、能力だの、そんな事を気にする必要は無い。俺は軍人だ。戦えぬ者達に代わって皆を守る務めを負う者だ。だがお前は違うだろう。お前が戦場に出る必要など無い。お前も、ネート博士も俺が必ず守ってみせる」

「……わたくし、かあさまが好きです」

「……何?」

いきなり関係無さそうな事を言い出した少女にゼンガーとソフィアは戸惑った。

「キョウスケも、エクセレンも、レフィーナも、ブリットも、ラーダも、ナツキも、みんな、みんな大好きです。だから、みんなのためにわたくしにしか出来ない事があって、わたくしにその力があるなら、やらなくちゃいけない。そう思うんです」

「む……、しかし……」

ゼンガーは、思った以上にしっかりとした考えを聞かされてはたから見ても明らかにたじろいだ。そこにさらっと爆弾を落とす少女。

「……それに、とうさまが守ってくださるのでしょう?なら、戦艦に乗ってもここにいるのと変わらないくらい安全ですよ」

「いや、だが、戦場に絶対は…………、む?……誰が父だと?」

部屋にほかに誰かいるかとあたりを見回すゼンガーを少女は不思議そうに見つめた。

「……とうさま?どうなさったんですの?」

その態度に、まさかとは思いながらも尋ねてみるゼンガー。

「…………俺の事を、言っているのか?」

「はい。かあさまの好きな方なら、フィーのとうさまでしょう?」

「フィ、フィー!!あなた一体何を言い出すの!?」

にっこり笑って頷く少女を盛大に赤面しながらもたしなめるソフィアだったが、ゼンガーはいたって真面目な顔のままだった。

「アルフィミィ。あまり大人をからかうものではない」

その言葉に、少女はやや不満そうに眉根を寄せる。

「……フィーって、呼んで欲しいですの」

「む、そうか。わかった」

 

 

 

「ん〜〜、さらっと流しちゃったわねあの朴念仁」

結局最初の話はうやむやのまま、呼び出しがかかってゼンガーが部屋を出て行った後、入れ違うように部屋に入ってきたナツキのその台詞にソフィアはぴんと来るものがあった。

「ナツキさん!フィーにおかしな事を吹き込んだのはあなたですね!?」

「まあまあ。子供の健全な成長の為には優しい母親と一緒に頼りになる父親もいたほうが良いもんですよ?」

詰め寄られても全く悪びれずにけらけらと笑うナツキ。

「そ・れ・と・も、告白は自分でしたかったんですかにゃ〜?」

チェシャ猫笑いを口元に浮かべてうりうりとナツキに肘でつつかれ、ソフィアは軽く頬を紅潮させる。

「も〜、ウブなネンネじゃあるまいし。何ぐずぐずしてるんです?男と付き合った事の一度や二度くらいあるでしょう?」

「……いえ、それが、その…………」

「え?無い?ろくな男が周りにいなかったんですねえ。……こういう話題じゃマリオンさんもヴィレッタさんも役に立たなそうだしラーダはヨガ勧めてくるだけだろうし……、よし、ここは一つエクセレンのアドバイスでも仰ぎに」

「い、いえ、あの、彼女に相談するのは、ちょっと」

「……まあ、いきなり「ヤれ」とか「押し倒せ」とか言われても困りますか」

「い、幾らなんでもそんな直接的な」

「……かあさま?ナツキ?何のお話ですの?」

「ん〜?それはね〜♪」

「ナ、ナツキさん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――西暦2196年9月 地球 サセボシティ 軍港第四ドック―――

 

 

 

「これが我がネルガルが総力を挙げて開発した最新鋭艦、『機動戦艦ナデシコ』です!」

「はあ……、なんか、変な形ですね」

調理器具と身の周りの品を詰めた巨大なリュックを中古の自転車に積んで、テンカワ アキトは目の前の平べったいスフィンクスのような奇妙な形の艦を見上げた。

「いえいえ、確かに見た目は少々妙かも知れませんが、この形にはちゃんとした必然性がありまして……」

隣りのプロスのセールストークを適当に聞き流しながら、アキトの想いは遠く火星に跳んでいた。

ナツ姉。アイ姉。イリスおばさん。イツキ。アサミちゃん。カザマのおじさんにおばさん。

全員の無事を信じたいが、報道される火星の戦況はそんな虫のいい期待を許すような甘いものではない。

恐らく、この艦一隻が行ったところでたいした足しにはならないだろうし、所詮はちょっと腕っ節が強いだけのコックでしかない自分などなおさらだ。

だが、あそこは自分が生まれ、育ってきた場所だった。

大切なもの。無くしたくないもの。守りたいもの。全ては、あの星にあった。

(もうすぐだ……。もうすぐ、帰るから。だから、それまで、無事でいてくれ……)

唇を引き結んで自転車のハンドルを一際強く握り締めるアキト。

いつの間にか話を中断してその横顔を眺めていたプロスは、軽く溜息をつくとアキトを艦内に案内するべく口を開くのだった。

 

 

 

 

”その日”まで、残り三ヶ月………………………

 

 

 

 


後書き

 

はい。というわけで火星会戦からアキトのナデシコ乗艦までのショートエピソード集でした。

……なんかぶつ切りのエピソードの寄せ集めになってしまいましたが。

「……あの、なんです?このノート。『親分』パパ化計画って……」

あ、こら、ネタ帳を見るんじゃない。返せ。

「はあ。……妙な企画立てましたね?」

いや、この世界にアースクレイドルなんか無いし、これくらいしかゼンガーとソフィアの接点思いつかなかったんだよな。

「こうでもしないとそもそも出会いのきっかけがありませんか」

だろ?イ○イと違って本命が別にいるアルフィミィならソフィアのライバルにはならんのだし。子供の取り持つ男女の仲があってもいいだろう、と。

「『子はかすがい』という奴ですね」

ちょっと用法違うがな。

 

 

 

代理人の感想

・・・・えーと。

いつもにもましてナデキャラが活躍してませんねー(苦笑)

面白くないわけじゃないんですけど。