「あはー、おととい来やがれですよー」

「何故ですか!パーティーにカレーが出ないなんてそんな罪深いこと父も子も聖霊もお許しになりませんよ!!」

「はいはい……、それはまたの機会という事で。北ちゃん、お願い」

「任せろ。まったく…………、ほら、行くぞ」

 

ずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずる

 

「そんな!あなたまでこの世の真理を解さない無知蒙昧なる輩の一員だったとでも言うのですか!?」

「やかましい」

「枝織さん!!放してくれたら後でケーキ焼いてあげますから!!」

(……北ちゃん……)

(これを野放しにする気か?一皿受け取ったら三十皿は食わされるぞ?)

(……やめとく)

 

 

じたばたじたばたじたばたじたばたじたばたじたばたじたばたじたばたじたばた

 

 

「離して下さい北斗さん!! 寸胴が、スパイスが私を呼んでるんです〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「空耳だ」

 

 

機動戦艦ナデシコ

嵐を呼ぶ乙女達

樹雷編

第二話 錯乱の宴

 

 

 

扉を一枚開けるとそこは、

 

 

 

 

 

「ぎゃははははははははは!!ほらほら天地!!もっと飲め〜〜!!」

「魎呼さん!!いい加減になさい!!天地様が苦しんでらっしゃるじゃありませんか!!」

「おら阿重霞!!お前も飲め!!」

「ぐっ!!がぼぼっ!?」

 

 

 

 

 

新人歓迎会とは名ばかりの、バトルロイヤル飲み比べ大会であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、お話がまとまった所で最初のお仕事ですけど」

細細とした待遇の話が終わった所で初音は応接セットのソファーから立ち上がって、執務机の引出しをごそごそと探り出した。

「蘇羅ちゃんにも手伝ってもらうつもりですけど……」

「……蘇羅ちゃんはしばらく休暇なんじゃ?」

「あの子が一番適任ですから。それとラピスちゃんの編入もこれが終わってからになりますからね。……よいしょ」

到着したばかりでいきなり初仕事かとやや戸惑い気味のアキト達の前に、大量の初等教育用問題集や練習ドリルをどかんと積み上げるとにっこりと笑う初音。

「これを全部やってこちらで用意します樹雷語と共通語の書き取りと読解のテストで満点を取ってくださいね。期限は三ヶ月です♪」

 

 

考えてみれば当然の話で、異邦の地にやってきて、例え何らかのいんちき臭い理由で言葉が通じたとしても読み書きが出来るようになるわけは無い。

改良版ソロモンの指輪じゃあるまいし、勉強しなきゃ字は読めないのは当然であり、それはバイストン・ウェルでもラ・ギアスでも十二国でも樹雷でも変わりは無いのだ。バビロンまで何マイル?

これからの苦労に思いを馳せて溜息をつくアキト。

「……睡眠学習装置みたいな物は無いんですか?」

「鷲羽ちゃんの作ったものならありますよ?」

「遠慮しときます」

 

 

その後紹介された、双子の姉と共に初音の配下達の寮の管理人をしていると言う何故か皇宮の侍女の服装の翡翠と名乗る少女に連れられて、寮のめいめいに割り当てられた部屋の整理をしていたのだが、夕飯時になって恒例の新人歓迎会だと呼び出されて先ほどの場面に続く。

 

 

「他所からの使節の人まで巻き込んでますし、まあ、みんな騒ぐ口実が欲しいだけなんでしょう」

北斗や零夜より少し前に地球から来たと言う、遠野志貴と名乗った青年はアキトとラピスにそう言いながら苦笑した。

ちなみにルリは何についてのかは謎だがついに同志を見つけたと、彼の妹の長い美しい黒髪の元御当主様に捕まって酒に付きあわされている。

「そもそもあっちにいる皇太子の天地さんと奥さん達なんかにとってはうちに新人が入ったなんてことたいして関係ないんですし。深く考えても損するだけですよ」

「そうそう♪」

「え?」

その突如割り込んできた声に戸惑って周囲を見回す志貴。

「はじめまして♪あなたが初音ちゃんとこの新人さんね?」

志貴の真後ろに気配も無く現れたのは、一目で高い身分とわかる豪奢な衣装に身を包んだ足元まで届く水色の髪の美しい女性だった。人懐っこくにこにこと笑っている。

「あなたは……?」

「あらいけない、自己紹介が遅れちゃって。私はあそこに居る阿重霞ちゃんと砂沙美ちゃんのママで初音ちゃんの義理のお姉さんの征木 美沙樹

樹雷と申します。地球では遥照ちゃんや蘇羅ちゃんが色々とお世話になったそうで……」

第二皇妃に丁寧に頭を下げられて慌てて姿勢を正すアキト。

「あ、いえ、お世話になったのはこちらの方です。はじめまして、テンカワ アキトです。ほら、ラピス

「ラピス ラズリ。よろしくお願いします」「な…………」

ぺこりと頭を下げたラピスに視線を釘付けにして何故か雷に打たれたかのように硬直する美沙樹。何かと思ったら今度は小刻みに震えだす。

「な…………な…………」

口からうわ言のように漏れ聞こえる声に不思議そうな顔で美沙樹を見上げて首を傾げるラピス。そのしぐさを見て一層震えが激しくなる美沙樹。

横で見ていた志貴がはっと気付いて叫んだ時はもはや遅かった。

「ラピスちゃん!逃げろ!」「なんって、可愛いのおおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「んん〜〜〜〜〜〜〜〜

「むぎゅ……、アキト、助けて……」

志貴の警告も空しくとっ捕まってしまったラピスの救いを求める声に腰を浮かすアキトを志貴が押し止めた。

「無駄です……。ああなったらもう誰が何と言おうとも止まりません。出来るとしたら瀬戸さんくらいですけど今樹雷を留守にしてますから……」

つまり、もうどうにも止まらない。

「その人腕力でも樹雷最強ですし……。三時間は、覚悟してください」

「……そんなに、強いのかい?」

「はい。信じられないくらいに」

即座に志貴は頷いた。実際、ここに来るまでは想像もしていなかったのだ。この世にあのアルクェイドを片手でヒネるような強者が居る事など。

志貴の言葉が冗談でも何でもないことをアキトはその顔色から悟った。かと言って説得など論外である事もアキトには直感的にわかっている。

(間違いない。この人はユリカの同類だ……)

そのココロは、何を言っても無駄。

天敵がいる分美沙樹の方がいくらかましかもしれないが、その人物が留守では何の足しにもならない。

とすれば、この状況で自分に出来る事は……、

「すまん、ラピス。しばらく辛抱してくれ」

沈痛な顔でラピスに頭を下げる事だけだった。

「アキトのバカ〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 

 

「参りました。帰ってくるなり厨房に駆り出されるんですから」

「人手が足りませんでしたからねー」

志貴が突如湧いて出た金髪の美女に拉致された後、ラピスの恨みがましい視線を背中に受けて冷や汗をかきながら宴会の料理の味付けや調理法を色々と推測していたアキトの所に蘇羅が翡翠に瓜二つの少女を伴って現れたのは、それからしばらくしてからだった。

「準備って、ずっとこの料理作ってたのかい?言ってくれれば手伝ったのに……」

「あはー、そんなわけにはいきませんよー。あなた方はこの場の主賓なんですから。歓迎される側が歓迎の料理作ったりしたら何が何だかわからないじゃありませんか」

それもそうかと苦笑するアキト。

「ところで君は、翡翠ちゃんの?」

「はい。双子の姉で琥珀といいます。寮での皆さんの食事を担当してますのでよろしくお願いしますねー」

そう言ってにこにこと朗らかな笑みを浮かべる琥珀。

「ああ、よろしく。…………それにしても…………」

そう言いながらアキトはあたりを見回した。

 

 

テーブルに突っ伏して泣き濡れているショートカットの眼鏡の女性と、その脇で美しい真っ白な紙を広げたみかん箱の前に座ってなにやら喚いている腰蓑一丁のスイカ頭。

「なんで、なんでみんなわかってくれないんです…………。カレー……、カレ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

「カレーを喰わせろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 

大ジョッキ片手に飲んだくれている赤毛ショートにバンダナの美女と黒髪ロングの美女。

「ユリ〜〜〜、なんでこううちらって男運が無いのかしらね?」

「WWWAより給料はいいんだけどね……」

「ったく……、ここなら少しはいい男がいるかと思ったら目ぼしいのは大抵彼女持ちだし……」

「新人君もちょっと良いかなと思ったのに女連れだし。それも二人も!」

「それじゃいっそ奪い取ってみる?」

「…………」

「…………」

「「ロリコンはちょっとね〜〜〜」」

 

 

阿耶芽と美夜呼に挨拶されている黒い甲冑に身を包んだ偉丈夫。

「ゴルベーザさん、お久しぶりです」「……久しぶり」

「……ああ」

「フースーヤ様のお具合はいかがですか?」

「思わしくない。……歳が歳だからな」

 

 

なにやら引き気味のルリの前で気勢を上げている志貴の妹。

「そうです!あんなものがあったからって重いし肩はこるし邪魔なだけじゃありませんか!!それなのに兄さんったらあの汚らわしい吸血鬼や下賎な教会の回し者に誑かされて……」

「はあ……」

「どうしたんです!先ほどからまるで杯が進んでいませんよ!?さあ!」

「いえ、私は……」

「私の酌が受けられないとでも!?」

「……勘弁して」

「何か!?」

 

 

 

「何と言うか、ごちゃごちゃだね」

「お母さんの趣味で、腕が立つならちょっとばかり変わり者でも全然オッケーって基準で選んでるから。ん……ととっ」

「ん?」

覚えの無い声に振り返ってみると、蘇羅の隣に彼女に良く似た同年代に見える少女がいつの間にか座って一緒に琥珀の酌を受けている。

「あ、はじめまして。蘇羅ちゃんの妹であーちゃん達のお姉さんの樟葉です。よろしく」

両手にグラスを包み込むように持って、樟葉がふにゃりと笑って見せたその時。

 

 

「はい皆さん注目――――――――!!」

 

 

という周囲に無駄にエネルギーを撒き散らすやたらとテンションの高い声があがった。

 

 

「響美輝ちゃん?」

「何かな?」

皆の注目が集まる中、コンソールを開いてなにやら操作を始める響美輝。

「アキトさん達の船の設計に当たっての外見デザインが難航してたんだけど……、ついに、満足のいくのが出来たのよ!!せっかくだからこの場で発表しちゃうわね!!さあ、御覧なさい!!」

 

 

 

 

 

 

その船のデザインの立体映像が出た瞬間。

時間が、止まった。

 

 

 

 

 

 

 

上甲板に設置された時代遅れの三連装砲塔。

まるで大航海時代の帆船のような装飾過多の艦尾。

艦首の可動式と思われる牙を生やした巨大なスカルエンブレム。

「ふふふふふふ、海賊戦艦スペースヴァグラント!!みんな感嘆のあまり声も出ないようね!!」「…………絶対違う」

はい、ア○カディア号と思った人手を挙げて。

得意満面で薄い胸を張る響美輝の後ろにいた津羽輝が溜息をついたその時、唐突にその悪目立ちしまくる船の映像が

ばつん!

と消えた。

 

「あれ?……あ―――っ!!データ飛んだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

コンソールを弄っていた響美輝の悲鳴と共にゆらりと立ち上がる蘇羅。

ゆっくりと近付いてくる彼女に気付いた響美輝が騒ぎ出した。

「あ〜、わかった!蘇羅姉の仕業ね〜〜〜〜!!」

俯き加減で表情が前髪に隠れてよくわからない姉にむかって騒ぎ立てる響美輝だったが、蘇羅はそれを完全に無視して末の妹に近付くと、

「これ作るのにどんだけ時間掛かったと思ってるのよ!!どうしてくれむぎゅぅぅぅぅぅぅぅ」

全力で響美輝の首を絞め始めた。

 

 

「まったくいつもいつも人の気も知らないで恥ずかしい事ばっかりやってくれて……」

蘇羅の口からかろうじて聞き取れる大きさの呪詛の声が漏れる。樟葉が青くなって姉に声をかけた。

「蘇羅ちゃん!頚動脈絞まってる!死んじゃうよお!!」

「あはー、どうやら泥酔して理性のたがが外れたみたいですねー」

こめかみから冷や汗をたらしながら、こころなしか引きつった笑いを浮かべる琥珀を振り返るアキト。

「どれくらい飲んでるんだい?」

「はあ、先程から軽く三升ほどは空けていらっしゃるかとー」

「……三合じゃなくて?」「はいー」

脇に転がっている一升瓶を示す琥珀。

「蘇羅ちゃん!よせ!殺す気かい!!」

 

「止めないでください。これ以上世間様に恥を晒させるくらいならいっそ姉である私の手で……!!

完全に理性のぶっちぎれた目でアキトを振り返る蘇羅。

響美輝の顔色は既に赤を通り越して青くなり、口から泡を吹き始めている。

響美輝の命も風前の灯と思われたその時、蘇羅の死角からひょいと伸びた手があっさりと彼女の手をひき剥がした。

「まったく……、だから酒は控えろってのに……」「え?」

溜息混じりのその声に、蘇羅は反射的に背後を振り返った。

 かげまさ
「景正……?」

呆けたように目の前の仏頂面の青年の顔を見つめている蘇羅を眺めて樟葉はぽりぽりと頭を掻いた。

「あれれ?かっちゃん帰ってきてたんだ。こんな宴会に出てくるなんて珍しい」

「誰だい?」

「うん。蘇羅ちゃんの旦那さま」「な、ちょっ!!」

あっけらかんとアキトに答える樟葉に慌てて詰め寄る蘇羅。

「くくくくくずはいいいきなりなにをいいだすのあんたは」

「あれ?違うの?」

頭からぴーと湯気を噴き出しながら必死に誤魔化そうと身振り手振りをまじえて弁明する。

「いいいいやだからちがうとかちがわないとかそういうもんだいじゃなくてそういうことはとうじしゃどうしのもんだいというかぶがいしゃがくちだしすることじゃないというか」

「でも大好きなんでしょ?」

「え、あ、う、うが〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

不思議そうな態度を崩さないすぐ下の妹にただでさえアルコール漬けの脳が限界に達したらしく、脳天から火を吹いて暴れだす蘇羅。

                                                   ふそうかげまさ
そんな彼女の襟首を掴んでひょいと持ち上げた青年、扶桑景正は深々と溜息をついた。

「まったく……、少し外で頭を冷やさせてくる」

何でしたらそのまま帰ってこられなくても結構ですよーという琥珀の声に後ろ手をひらひらさせながら部屋を出て行く景正を見送りながら、どうして姉は自分の気持ちを隠そうとするのかわからずに首をひねるお子様な樟葉であった。

 

「それは、ともかく、たすけてへるぷみい……」

「……この際だから少しは自分の普段の行い見つめなおしてみたら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちったあ酔いは覚めたか?」

「うん。……ありがと」

 

 

「……ねえ」

「ん?」

「なんで出てきたの?ああいう宴会はいっつも『めんどくさい』の一言で毎回さぼってたのに?」

「……阿耶芽がな。帰ってくるなり押しかけてきて居るならお前に顔見せに来いってな。来なかったら明日から毎日本気の真剣勝負仕掛けてくれるっていつもの調子で脅してくるんだ。冗談じゃない。体がもたんわ」

「なによぉ、ちょっとその気になればあの子とも対等以上にやりあえるくせに」

「馬鹿いえ。それこそめんどくさい」

「もう。……ほんっとにしょうがない奴」

「ほっとけ。性分だ」

 

 

「……ねえ」

「ん?」

「…………ただいま」

「ああ、おかえり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……教える必要が無かったから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、また、あのゆめだ………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の知っているテンカワ アキトは死んだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのひから、あのひとを……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰ってこなければ追っかけるまでです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのひとを、おいかけて、みつからなくて、でもおいかけて……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、気がついたかい?」

目を開くと、目の前にずっと捜し求めてきたあの人の笑顔があった。

「まったく、お酒なんかろくに飲んだ事も無いくせに潰れるまで飲むなんて……。これからは、ちゃんと断るんだよ?」

そう言いながら、自分を抱えあげていた腕を体とベッドの間から抜くと立ち上がる。

「…………ここは?」

「ルリちゃんの部屋だよ。勝手に入ってごめん。すぐに出て行くから」

そう言って扉の方を向いたあの人の背中があの墓地での再会の日に重なって、ルリは咄嗟に跳ね起きると彼の背中に縋り付いていた。

 

 

「ルリちゃん?」

背中越しに、か細い震え声が聞こえてきた。

「行かないで下さい………………」

身体ごと振り返ると、胸にしがみ付いてくる。

「もう、もう、どこにも行きませんよね?ずっと、一緒にいてくれますよね?」

しゃくりあげながらそう言って見上げてきたその少女の、涙に濡れた吸い込まれるような金色の瞳から、目が離せなかった。

「ひとりは、いやです。もう、ひとりは、いやです……………………」

胸に額を押し付けて、しがみ付く手に力を込めてくる。

「ルリちゃん……………………」

いつから、こんな風に泣く子になってしまったのだろうか。

初めて出会った頃は、何事にも無感動な少女だった。

その人形に過ぎなかった少女に本当の笑顔を取り戻させたのは、自分たちと「あの忘れ得ぬ日々」だった。その程度には、自惚れてもいいと思う。

だが、喪失と孤独を教えてしまったのも自分たちとは皮肉な話だ。

自分とユリカが消えてから宇宙軍に入るまでの間、ミナトやウリバタケの誘いも断ってルリは独りあの部屋で暮らしていたという。

あの、もう誰も帰ってこない部屋で、喪われたぬくもりの名残にしがみ付いて毎夜こんな風に泣いていたのだろうか。

そっと、少女の背に手を回す。一瞬びくりと反応してさらに強くしがみ付いてくるルリ。

頬に手を当てて優しく上を向かせて、そっと涙を拭ってやった。

「アキトさん………………」

「……約束するよ。これからは、ずっと、一緒だ。」

窓からの淡い月明かりに照らされる中で、ルリは、軽く爪先立ちになると、そっと、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……春ねえ〜〜」

「……?春ですけど、それが何か?」

「あらあら、だめよ?イツキちゃん。そんな唐変木なこと言ってると婚期逃しちゃうわよ?」

「……そうなったら間違い無くあなたのせいです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

眩しい朝日に照らされた部屋の中で、アキトとルリは何故か床に正座で向かい合っていた。

アキトが全身から冷や汗をだらだら垂らしているのに対してルリは真っ赤になって縮こまり、顔も上げられない様子である。

「えっと…………、ルリちゃん?」

「………………はい」

アキトの声にさらに縮こまって蚊の鳴くような声で答えるルリ。

「昨夜の事…………、憶えてる?」

「………………………………………………はい」

二人は同時にベッドの上にちらりと視線を向け、互いにそれに気付いて慌ててうつむいた。

奇妙な緊張感の張り詰めた部屋に突然チャイムの音が響き、文字通り飛び上がる二人。

「ルリさーん、起きてらっしゃいますかー?」

玄関の方から聞こえてくる琥珀の声にアキトもルリも半ばパニックを起こした。

「どどどどどどどうしましょうあきとさんこんなのどんなふうにせつめいしたら」

「お、お、お、落ち着け、落ち着くんだルリちゃんその為にはまず手のひらに人という字を」

「あはー、それはあがり症対策ですよー」

「「%※∞#煤I!??」」

 

 

思わずベッドの反対側の壁まで飛び退ってしまう二人。

(電子の妖精の取り乱した顔っていうのも貴重ですねー)

内心そんな事を考えながらも、彼女は表面上はあくまでにこやかな笑顔を崩さなかった。

「こっこっこっこっこっこっこっこっこっこ」

動揺のあまり指差す手が上下左右にぶれるアキト。

「琥珀ちゃん!?」

 

 

 

 

 

「はい。笑顔が素敵で料理が得意で割烹着とほうきが良く似合う一億二千万人のすーぱーアイドル、琥珀ちゃんですよー」

そのひまわりのような笑顔が悪魔の含み笑いに見えたと後に二人は語る。

どんな芸当を使ったのか、ついさっき玄関のチャイムを鳴らしていたはずなのに、ベッドを背に床にきちんと正座して琥珀はにこにこ笑っていた。

「い、一体いつの間に、どうやって」

「お二人とも、昨夜は熱い夜を過ごされたみたいですねー」

「はうっ!!」

胸を押さえてのけぞるアキト。耳まで赤くして縮こまるルリ。

後ろを振り返ってベッドのシーツを見てさらに言う琥珀。

「あらあら、これは染み抜きがいりますねー。管理人としてはお洗濯も仕事のうちですから別に構いませんけど」

アキト、悶絶死寸前。

そんなアキトを完全に無視して手早くシーツをベッドから剥がしてまとめると立ち上がる琥珀。

「さて、これは私に任せてお二人はラピスちゃんのご機嫌をとってきてくださいな」

「え?」

琥珀のそんな意外な言葉に二人は顔を上げた。

「昨夜はあれから結局ほったらかしだったでしょう?解放していただいてからもずっとむくれっぱなしで大変だったんですよ」

「あ、あの、この事は」

「寮の住人のプライパシー保護も管理人の仕事の内ですよ」

そう言うと微笑む琥珀の態度に笑顔を取り戻すアキトとルリ。

「……ありがとう。それじゃ、それ、お願いするね」

「はい。お願いされました」

おどけた調子で自分の胸をどんと叩いて琥珀は部屋を出て行ったが、出入口からひょいと顔だけ出して声をかけてきた。

「あ、そうそう。アキトさん、一つ言い忘れてたんですけど」

「なんだい?」

「…………………………………………えっち♪」

「ぐふうっ!!!」

 

 

 

 

「アキトさん!しっかり!」

扉ごしに聞こえてくるルリの声に耳を傾けながらくすくす笑う琥珀を、やや眉をひそめながら翡翠はたしなめた。

「姉さん、悪趣味」

そう。チャイムを押して声をかけたのは、琥珀に言い含められた翡翠であった。

琥珀本人は夜明け前、まだアキトもルリも眠っているうちに管理人の特権としてマスターキーで侵入して、ずっとベッドの下で様子を窺っていたのだ。

「どうしてわざわざこんな事を……」

「だっておもしろいじゃない♪」

シーツを受け取りながら、すっかりいたずらに生きがいを見出してしまった姉の姿に翡翠は深々と溜息をつく。

確かに以前に比べれば遥かにましではある。ましではあるのだが……。

物の見事に類は友になり、嫌って言うほどに朱が互いを紅く染めあって、今や瀬戸や初音と共に”邪悪の枢軸”(命名、樹雷皇)の一員として恐れられる琥珀だったりした。

 

 

 

 

「……大丈夫ですか?アキトさん?」

「あ、ああ……。」

どうにかショックから立ち直って、アキトは床に座りなおした。

「……あの、……後悔してらっしゃいますか?」

やや暗い表情でうつむくルリ。

「え?」

「私はいいんです。昨夜の事は、本当に嬉しかった。でも、それがアキトさんの負担になるのなら……」

少女の真剣に思いつめた顔に苦笑するアキト。

「……ルリちゃんが気にする事じゃないよ」「あっ!?」

ルリを抱き寄せながら、地球で別れを告げてきた女性の事を想う。

彼女は自分がいなくても、己の身の始末は己でつけられる女だ。

だが、今自分の腕の中にいる少女は、自分が傍にいるしかない女のようだった。

 

 

続く

 


後書き

…………痒い。

ラブシーンという物がこんなに頭を使ってこんなに背中が痒くなるもんだとは思わなんだ。

それにつけても…………、進歩無いな、お前。

「ぐうっ!!」

前回あんなこと言った舌の根も乾かんうちに酒の勢いとその場の雰囲気に流されやがって。

「ぐはっ!!」

…………………責任取れよ。

「はおうっ!!」

……しっかし後書き初登場ってのに台詞は悲鳴だけか。どうも最近お前が主役だと胸を張って言える自信が無いよ、俺は。

「……………………………(ひくひく)」

では、次回は結構軽い話になるかと思います。またお会いする日まで、さようなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

(おまけ)

 

「こんなものまで作って…………」

「ふっふっふ、響美輝ちゃんこの春の新作!ヤク○・ミラージュオレンジライト”○イン・タワー”!『持国』の○スター砲はチャージに時間が掛かるからねー。チャージ中は主砲とこの子で撃ちまくって止めに”ヘカトンケイル”で粉砕よ!!」

「……あ、そう。好きにすれば。じゃ、あたし帰るから」

「ああっ待って!つい調子に乗ってスペック上げすぎて蘇羅姉くらいにしか制御できなくなっちゃったの!このままじゃ試験稼動も出来ないのよお〜」

「そんな欠陥品に姉を乗せようとするな!」

「大丈夫じょぶじょぶ♪もー○ーへっどってもともとそういうもんだし♪」

「信用できるか!放せ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 

 

代理人の感想

あ〜あ、ヤっちまったよこの人(笑)。

まぁ、男女の仲なんてこんなモンかもしれませんが。

 

>邪悪の枢軸

「被害者友の会」の人数も随分と増えてる様で(笑)。