「こ〜こ〜ろ〜はどこ〜にいる〜〜〜♪ど〜こ〜にふ〜かれ〜て〜いる〜〜〜♪そ〜の〜ひ〜と〜みが〜ま〜よわぬよに〜〜〜〜〜〜♪」

「……………………?」

「琥珀さ〜〜〜ん、お茶ちょ〜〜だ〜〜〜〜い」

「あらら、どうなさったんですか?そんなによれよれで」

「『帝釈』級に『多聞』並みの電子戦能力つけろなんて無茶言われればこうもなるわよ〜〜。そんな事するくらいなら一隻づつ造った方が早いっての」

「あはー、そうは仰いますけど新婚のお二人にいきなり別居しろなんて酷ですよー?」

「母さんがそう切り返してきたら二人とも真っ赤になって否定してたけどね〜〜」

「あらまあ」

「あれはもうヤっちゃったと見たね〜〜」

「……わざわざ言いふらすまでもないんですよねー」

「?……なんか言ったあ?」

「いえ、なんでも。はい、どうぞ」

「ありがと。……………………はふ〜〜〜〜〜。……それにつけてもなんでヴァグラントじゃ駄目なのよ〜〜〜」

「……まだ諦めてなかったんですか」

「う〜〜〜〜、いっそ分離合体方式にしちゃろか……」

 

 

 

機動戦艦ナデシコ

嵐を呼ぶ乙女達

樹雷編

第四話  もっともあぶない刑事

 

 

 

 

「フラック?」

そう聞き返して蘇羅は軽く眉根を寄せた。

共に呼び出されたアキトとルリも記憶を探る顔になっている。

「って、あの半年くらい前から急速に出回ってる新型麻薬の?」

「そう。そのフラック」

 

 

気心が知れているという事で、単独行動の多かった蘇羅とチームを組む事になったアキトとルリの最初の仕事。

初音の執務室に呼び出された三人に向かって告げられたのは、「今回の標的はフラックよ♪」という言葉だった。  

自分の席に座っていたイツキが端末を操作すると、三人から見て左の壁側に大きなスクリーンが開く。

フラックのサンプル映像の、透き通った緑色の結晶体が映し出された。

「なかなか尻尾が掴めなくって情報部うちもGPも手を焼いてるんだけど、原料は天然素材ということ。そして向こうも未だに合成には成功していないという事は確かな事として判っているわ」

画像が切り替わって、一面緑色の惑星が映る。

「で、惑星ディラドにこのフラックの大規模精製工場があるらしいって事をこの度うちの子達が嗅ぎつけてきたの。合成には成功していない以上、今工場を叩ければ、流通量にかなりの打撃を与えられる筈なのよ」

「任務は、工場の場所の特定、あるいは破壊……って事?」

「そう。できれば向こうの組織の情報も取って来てくれると嬉しいわね。それと、今回はGPとの共同作戦よ。向こうからも腕利きを派遣してくれるそうだから。頼りにできるといいわね♪」

蘇羅の言葉に初音はにっこり笑って頷いた。

 

 

「任務は解りましたけど、さっきから気になってたんですが……」

そう言うとアキトは、初音の隣に立っている二十歳がらみの女性に視線を移した。

「どうしてここにティファさんが?」

そこに立っていたのは、本来こんな場所には無縁の筈の、初音配下の若手メカニックの妻、ティファ・アディール・ランだった。

 

「夢を……、見たんです」

「夢?」

「はい……」

そう言うと、ティファは小振りのカンヴァスを差し出して来た。

「……峡谷と……、山?」

「お上手ですね」

その彩色されていないラフ画を覗き込んでアキトとルリは口々に思ったままの感想を口にしたが、蘇羅のその絵を見る目は真剣そのものだった。

「……この場所に、少なくとも工場の手がかりがある。そういう事ね?」「はい」

蘇羅の問い掛けに静かに頷くティファ。その真剣な様子に当惑した顔のアキトとルリの様子に気付いた蘇羅は、慌てて説明を始めた。

「あ、ごめんなさい、置き去りにしちゃいまして。あんまり手がかりが無い時なんかに時々協力して貰ってるんですけど、ティファさんは遠隔透視と未来予知、あと多少の読心能力のある、いわゆる『千里眼』なんです」

「外れることも結構ありますし、それほど当てにされても困りますけど。方針も定まらない時の指針くらいにはなりますから。」

 

 

「……はあ、いろいろあったんですねえ」

物静かな年上の友人の歩んできた、外見からは想像もできないハードな人生にルリは溜息をついた。

彼女が樹雷に腰を落ち着けるまでの大体の経緯を聞かされて、アキトが疑問を呈する。

「……その力のせいでろくな目にあってこなかったんだろう?そんな人生歩んできて、今さらよく透視なんかする気になれるね?」

その当然の問いに、ティファは穏やかに笑って答えた。

「確かに、そうかもしれません。でも、どんなに疎ましく思っても、この力は私を形作る一部なんです。なら、目を背けているより正面から付き合っていくべきだって、あの人が教えてくれました。」

「……そうかい」

我が身を省みて苦笑するアキト。確かに、自分とてボソンジャンプを今さら捨てる事などできない。人の事が言える身分ではなかった。

「それに……」

「それに?」

「この力があったから、あの人に会えました」

そう言うとティファは、心底幸せそうににっこりと笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その話を聞いたその女性は、急ぎの用件を放り出して部屋を飛び出した。

足音も高く廊下を突き進む彼女の姿を珍しいものを見る目つきで見送っていく職員たち。

目的地の部屋からちょうど出てきた後輩が、ぎょっとした顔をして後ずさるのにも構わず部屋に踏み込んで怒鳴り声を上げる。

「あんた!!ディラドにあの人派遣するなんてどういうつもりなの!?事と次第によっちゃただじゃおかないわよ!!」

目の前の執務机に座る長年の相棒は質問の意図がまるで掴めていない様子で目をぱちくりさせていたが、今回ばかりは優しく説明してやる気にはならなかった。ずかずかと歩み寄ると両手で机を力一杯叩く。

「ギャラクシーポリスに入って何年になるの!?あの人の異名知らないなんて言わせないわよ!?」

「し、知ってるけど……、それがどうかしたの?」

何故怒鳴られているのか、まるで理解できていない目の前の馬鹿の襟首を机越しに両手で掴み上げて顔を近づけた。

「知ってるならわかってるでしょう!!ペアでの行動が大前提の一級刑事の中でどうしてあの人だけパートナーがつけられてないか!?」

「え?えっと……、かっこいい渾名だなって思ったけど、それがどうかしたの?」

 

ぷち。

 

眼前の何もわかっていない脳足りんの様子に元からだいぶ擦り切れていた堪忍袋の緒が切れた。襟を締め上げると全力で振り回す。

「こ……の……、大馬鹿ああああああああ!!蘇羅ちゃんの身に何かあったらあたしがあんたを殺してくれるうううううううううう!!!」

 

「せ、先輩!!落ち着いてください!!」

「放しなさい霧恋!!この馬鹿は一遍死ななきゃわかんないのよ!!」

 

「死んじゃいます!!ほんとに死んじゃいますってば!!」

「いっそその方が世の為人の為よ!!」

 

「………………!!」

「…………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『天鳥船』あめのとりふねは建造が始まったばかりだし、今回は『多聞』一隻で行くことになりますね。まあ、GPの巡視船も一緒なんだし、大丈夫でしょう」

GP側の捜査官とは途中で合流する事になっている為、現在は単独行の『多聞』である。

そのブリッジでディラドについての事前情報の確認を終えて三人はのんびりと話していた。

「響美輝さんも『帝釈』級の電子艦への再設計にずいぶん苦労したみたいですね。オモイカネも心配してました」

その『天鳥船』が新たな身体になる事が決まっている為、その調整の為にオモイカネは留守番である。

連日の徹夜でへろへろになった響美輝の姿を思い出して心配そうな顔をするルリだったが、実の姉の反応は冷たいものだった。

「いつまでも趣味だけで船作られちゃ堪らないわよ。お金出してもらう以上はこっちの要求も聞いてもらいます」

「……まあこの船や『広目』を見るとなあ」

アキトは苦笑して狭い『多聞』のブリッジを見回した。

戦闘における電子艦の役割とは、敵の探知、艦隊の指揮管制、ECM、ECCM、etc、etc……であり、対艦戦闘能力などはおまけでしかない。

と言うか電子艦が砲を撃たなくてはならないような戦いは既に負けである。

である以上電子戦能力以外の機能は余計な出力を喰う不要なぜい肉でしかない……という響美輝の考えは確かに正しい。正しいのだが……、

 

「極端だよなあ……」

 

アキトが今更漏らすまでもなく、『多聞』の設計思想は余りにも極端だった。

ぶっちゃけた話、『多聞』と言う船は強力な電子戦設備に動力炉と推進機関とシールド、後は四人分の居住空間と申し訳程度の武装をくっつけただけの代物に過ぎないのだ。

確かに周囲を軍艦で固めた艦隊旗艦としてならそれでも良いだろう。だが、このような基本的に単艦での行動を余儀無くされる任務に使われる船としては……。

「スペックにばっかり目が行って実際の運用って物がわかってないんですよ。『広目』に至ってはもう……。好き好んであんな船使うあの馬鹿の気が知れません」

「なんて言ったっけ?あの船のあだ名」

「……『重装特攻艦』。あの不精者、どこまで心配かけるのよ……。人の気も知らないで…………」 

俯いてぶつぶつ言い始めた蘇羅を見て、アキトとルリはやれやれと言いたそうな苦笑を浮かべて顔を見合わせた。

アキトにすら判るほど誰がどう見ても景正にべたべたに惚れているくせに、おおっぴらには認めようとせず人前では悪態をつく。

そのくせ景正との仲をからかわれれば面白いように真っ赤になる。

どこまでも直球勝負な愛情表現のティファの旦那もどうかと思うが、ここまで照れ屋だと微笑ましいを通り越して逆に心配になってくる。

現に、目下水面下で広がっている二人がいつになったら所帯を持つかという賭けで、最長のものは十年後だったりする。

男の方に期待しようにも、扶桑景正と言えば何時もふらふらとほっつき歩きながら海賊狩りをしているか、たまに帰ってきても日がな一日ごろごろと昼寝をしているだけの変わり者として有名である。

闘士の中でも有数の名家出身であり、同年代どころか二世代上の者達を含めてもまともに渡り合える相手は阿耶芽一人という使い手でありながら、初音が声をかけるまで仕官先が全く無かったことからもその片鱗はうかがえよう。

幼馴染である蘇羅の事は憎からず思っているようではあるが、

 

「寝てる方がいい……」

 

(とか言いかねませんね……)

二人の関係を改めて検討し直してみてルリは思う。

(蘇羅さんがほんの少し素直になれば後はとんとん拍子な気がするんですけどね……)

今それを言っても仕方がないと思い、ルリは話題を変えることにした。

「それで、これから合流するGPの捜査官というのはどんな方なんでしょう?」

「あ、ああ、そう言えば急な出発で資料も見てなかったわね」

救われたように勢い良く頷き、蘇羅はデータバンクを開いた。

「え〜と、どれどれ…………。あ、これね」

見つけ出した資料をスクリーンに映し出す。

「あれ?なんかどっかで見たような……、一級刑事、エディ………………………………………………………………………………………ガーランド?

「ずいぶん年配の方ですね」

髪も口髭も真っ白ながら、精悍な顔つきのその老人の顔写真を見て、素直な感想を漏らすルリ。

だが、蘇羅はと言うと完全に凍り付いていた。

「蘇羅ちゃん?どうしたい?」

蘇羅の様子がおかしいのに気付いたアキトが目の前で手を振って見せても反応を返さない。

「おい、しっかりしろ!」「はっ!!」

強く肩を揺さぶられて我に返った蘇羅にアキトは不審そうに問い掛けた。

「どうしたんだい?そんなに問題のある人なのか?」

「…………問題どころの騒ぎじゃありません」

ざあっと顔の上半分に無数の縦線を引きながら、蘇羅は震え声で答えた。

「生きて…………帰れないかも……………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アニメの世界に迷い込んだみたいだな」

奥のテーブルに座って、黒いロングコート姿のアキトは苦笑しながら周りを見渡した。

いかにも「海賊」といったマント姿やサイボーグ、獣頭人身、非人間型。

種々雑多な一癖も二癖も有りそうな人々が酒を酌み交わし、めいめいの話に興じている。

「フリーの交易商人なんてアウトローと大差ありませんからね。お金になるなら人、物問わず。御禁制品の取り引きだって多少の事じゃ動じませんし」

サングラスに目立たない地味な服装の蘇羅が答える。

「ここにいる連中のほとんどが叩けば山ほど埃の出る身でしょうね」

「……ちょっと待った。俺たち今GPの刑事と待ち合わせしてるんだよね?」

声を低くして聞いてくるアキトに向かって、蘇羅はふかー――――い溜息をつきながら重々しく頷くのだった。

 

 

フワアストロシティ。

公宙域上の重要な航路の交差点でありながら近隣に手頃な可住惑星が無い場合、この宇宙都市のような自由軌道型コロニーが設置される事がよくある。

いずれの国にも属さない自由都市であり、その場所柄海賊に狙われる事も多く、そのため独自の自衛組織を持ち、それがまた流れ者を呼び寄せ、他の多くの宇宙自由都市と同じくこの街も連盟に直接関わる都市国家でありながら、一種の無法地帯とも言える独特の混沌とした空気を漂わせている。

ルリを留守番に残してガーランド刑事との待ち合わせ場所に指定されたこの街のパブ『常勝不敗』にアキトと蘇羅が現れたのは、樹雷を出て三日後の事だった。

 

 

「……なんでわざわざこんな場所で待ち合わせしなくちゃいけないんだ?」 

「さあ?どうせカッコいい第一印象でも植え付けようっていうんじゃないんですかぁ?」

蘇羅がはっきり言ってやさぐれた態度で答えたその時。

待ち合わせ時間ぴったりにちょうど西部劇の酒場の入口のような入口の扉を両手で押し開けて、GPの制服をダンディに着こなした長身の老人が店に入ってきた。

 

「なっ!」「ガーランド!てめえ……!」

店の客の中でも年配の者中心にざわめきが広がる中、老人は向けられる敵意などどこ吹く風とばかりにカウンターに寄りかかった。

「……バーボンを」

磨いていたグラスを置くと、新しいグラスにゆっくりと琥珀色の液体を注ぐバーテン。

「……まだ現役でいらっしゃったとは思いませんでした」

「ふふっ。若い者の手本になるのも年寄りの役目じゃよ。なかなか楽隠居はさせて貰えんわい」

じっとりと脂汗をにじませたバーテンの言葉に唇の端を歪ませた不敵な笑みで答える老人。

「ふん。なら、永久に楽にしてやろうか?」

老人の背後のテーブルについていた目つきの鋭い男が立ち上がると老人の後頭部に銃を突きつけた。とっさに立ち上がろうとするアキトを蘇羅が制する。

「……たった一人で乗り込んでくるたあいい度胸だと誉めてやりたいが、ここにゃあここの掟がある。その歳ならそれくらい心得てるだろう?」

「……まあ、な」

全く動じた様子も無しに手に取ったグラスの中の液体を動かす老人。

「ならわかってるな?この街じゃあポリ公のバッジなんぞクソの役にも立たないって事はよ!!」

そう言うや否や男は銃のグリップを老人の後頭部に叩きつけようと腕を振り上げ、

振り下ろされた腕は、

老人の隣りで飲んでいたチンピラ風の男の顔面に突き刺さった。

 

 

「で、出た、死神の盾…………」

「お、恐ろしい」

店内にざわめきと共に戦慄が走る。

「…………人を…………盾にした……………………?」

蘇羅に食ってかかろうとした姿勢のまま、目を皿のように見開いて呆然と呟くアキト。

「出ますよ」

静かに立ち上がった蘇羅に腕を引かれて我に返る。

「だ、だけど……」

「私たちは目立つわけにはいかないんです。それに……、迂闊に加勢すれば、盾にされますよ?」

冗談の入り込む余地など全く無い、限りなく本気の目で答える蘇羅の態度でまた呆然となるアキトの腕を引いて、彼女は店の裏口から抜け出そうと移動を始めた。口の中で忌々しげに吐き捨てる。

「まったく……、『死神の盾』を寄越すなんて、GPは何考えてるのよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『死神の盾』、ですか?」

『多聞』のブリッジでルリの聞き返す声が響く。

「ソウ。オカシナ奴ノ多イGP本部所属ノ一級刑事ノ中デモトビキリニやばイ奴デネ。コレマデニ挙ゲタ功績カラスレバトックニ本部ノ部長くらすニナッテテ当然ナンダガ、ヤタラト荒事ニ強イノト本人ガ嫌ガルンデイマダニ現場ニ居座ッテル迷惑ナ爺サンサ」

ガーランドのこれまでの功績をスクリーンに列記しながら説明する98。

「『リ○ァイアス号ハイジャック事件』解決、『パラサ○ト・○ヴ事件』解決、『メ○ロイド暴走事件』解決、『パ○メキア皇帝復活事件』解決、『ラ○ガー1暴走事件』解決、シ○の暗黒卿逮捕…………。なんだかもの凄いんじゃありませんか?」

「功績ハネ。知名度ニ限ッテ言エバ間違イ無クGPノ名物刑事ノ一人ダケド、ヤリ方ニ問題ガ有リ過ギテネ」

 

 

「その場に有るものなら何でもかんでも、それこそ救助対象の人質だろうと躊躇無く自分の盾にする名人なんです」

路地裏で罵声や銃声や破壊音の派手に鳴り響く店のとなりの建物の外壁に寄りかかって、痛む頭を抱えながら蘇羅は続けた。

「…………冗談だろ?」

「それで百人は死んでます。……確認できてるだけで」

まだシリアスな顔に戻れないアキトのたどたどしい問いにきっぱりとした答えが返ってくる。

「それでもクビにならない理由は功績は挙げているのと死者に一応民間人はいないからなんですけどね。人質を盾にしたときも銀行強盗犯が呆れて棒立ちになった所を逮捕してますし」

最早返す言葉もなしに黙って蘇羅の話に聞き入るしかないアキト。

「自分の相棒だって盾にしかねないってみんなあの人と組まされるのを嫌がるんで、ペアでの行動が基本の一級刑事の中であの人だけは何時も単独行動の、背中を任せるなんて冗談じゃない筋金入りですよ。以前任務外で一度だけ会った事があるんですけど、あの時の騒ぎは思い出したくもありません」

吐き捨てるように蘇羅は言う。よほど酷い目にあったらしい。その世話好きで優しい気質で皆に愛される彼女だが、いつも被害者的立場に立たされる厄介な体質はここでも健在のようだった。

 

 

 

 

 

「なんじゃ、もうしまいか?最近の若い連中はだらしないのう。…………む?」

滅茶苦茶になった店内で客の全員がのびている中、ただ一人全くの無傷でうそぶく老人。その腕の通信機が呼び出し音を鳴らす。

「わしだ」

『……こんな無意味な騒ぎ起こして、何考えてんですか』

「嬢ちゃんか。なに、ここしばらく荒事から遠ざかっとってな。勘を取り戻す為じゃよ。ま、軽いウォーミングアップじゃな」

通信機から流れてくる蘇羅の怒りを押し殺した声に対して、全く悪びれることなくからからと笑ってみせる。

ちなみに、この通信は蘇羅が電子使いとしての能力で通信機を直接支配してのものであり、通常の手段での傍受は不可能なばかりかかなり強力なテレパスでもそう簡単には盗聴できない。任務は既に始まっているのだ。

『…………、とにかく。こちらは先に出てますから、後から来てください。こちらから合流します』

「よし来た。当てにしとるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあやあ、おまえさんが初音嬢ちゃんとこの新人か。お手並み拝見と行こうかの」

「はあ…………」

接舷した巡視船『聖闘士』ガリバルディ号から乗り移ってきたガーランドに戸惑い混じりの生返事を返すアキト。

「女の子がもう一人いますけど、おかしな事しないで下さいよ」

「ほほう、嬢ちゃんもしばらく会わんうちにますます美人になったのう。そこらの男がほっとかんじゃろう」

蘇羅の嫌味なぞどこ吹く風と愉快そうにに笑う老人の姿に、蘇羅は軽く溜息をついた。

「じゃ、今後の打ち合わせにブリッジまで行きましょうか」

そう言って先に立って歩き出した彼女の背後に音も無く寄るとそっと尻に手を伸ばす老人。

その瞬間振り返る蘇羅とガーランドの目が鋭く光る。

 

ごりっ

 

「あら御免あそばせ。予告無しに背後に立たれると反射的に銃を突きつけてしまいますの。お気を悪くなさらないでいただけます?」

「いやいや、いい女と言うものはそれくらいの危険な香りを漂わせていた方がいいものじゃよ」

「まあ、ありがとうございます。そう言っていただけると気が楽になりますわ」

「なんの、礼には及ばんよ」

「ほほほほほほほほほほほほほほほ」

「ぐふふふふふふふふふふふふふふ」

猫撫で声で上品に笑う蘇羅と、凄みを感じさせる含み笑いのガーランド。その間でアキトは

(…………いい加減、放して欲しいんだけどなあ…………)

と、ガーランドの盾にされて眉間に蘇羅愛用の大口径ブラスターの銃口を擦り付けられながらぼんやり考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔だったかしら?」

「いえ、構いませんよ。ちょうど終わった所です」

そう言うと初音は執務机から立ち上がって義母と共に応接セットに移る。

初音の執務室にふらっと瀬戸がやって来たのはそろそろ定時にかかろうかという微妙な時間帯だった。

しばらくは当り障りの無い世間話を交わしていたが、イツキが出してきた『雅』と書かれた湯呑みを手に本題に入る瀬戸。

「そういえば、ディラドには蘇羅ちゃんを行かせたんですって?」

「はい」

「どうして?向こうGPに一言言うくらいたいした手間じゃないでしょうに」

答えを知りながら生徒に回答を促す教師の顔で尋ねる瀬戸。

「この先、この仕事を続けていく上で味方がいつも信用できるとは限りませんから。」

「それを学ぶ上では『彼』は最上の部類、か」

「ええ。情況が厄介になればなるほど頼りになる方ですから」

「……けど、それを学ぶ暇も無しに万一のことがあったらどうするの?」

お茶菓子の栗羊羹をつつきながら軽い調子で瀬戸は尋ねた。顔は笑っているが目は全く笑っていない。

「大丈夫ですよ。アキト君がついてます」

そう言うと、初音はと書かれた湯呑みを手にとった。

「他の事でもですけれど、何よりも『生き残る』事に関してとびきりのエキスパートですもの、彼」

  

 

 

 

                                                                          続く

 


後書き

 

「天地」原作者の梶島氏が今回相棒を絞め殺しかけた『彼女』はOVA版には本来存在しないキャラクターだと寝惚けた事を言っていると聞きました。

冗談ではありません。サミーの方はこの際置いとくとしても小説やTV版であれだけ使っておきながらそんな我侭が通用するとまさか本気で仰っている訳でもないでしょうに。

小説の『千客万来編』を無かった事にするのはまあ仕方ないでしょう。余りにもキャラが違いすぎますし。

ですがそれ以降、十数冊に及ぶ小説版を全てチャラにしろと言うのはあんまりです。だったら最初からちゃんとクレームつけて「彼女」を出すのを止めさせておけば良かったじゃないですか。ピートや感応士の設定無かった事にしたみたいに。

人気に悪乗りして『GP美星』なんて物まで出しておきながら今更そんな事を言われましても……。

『彼女』の生みの親たる小説版の作者長谷川さんやファンを蔑ろにするような真似はまさかなさらないと思いますが。

「まあ、彼女自身が出番を望んでいるかはまた別問題ですけれど」

……出番と不幸が背中合わせだからな――。……ん?何でこんな所に?お前さんの出番はまだ後の筈だが。

「そうでしたか?申し訳ありません。『触れ得ざる者』への接触どころか弟子入りが叶うなどという望外の幸運で少々浮かれていたかもしれませんね」

これくらいはまあ別に構わんが……。そういえば研究の方はその後どうだ?

「予想外の進展を見せています。魔術的観点からのみでは正直行き詰まりかけていたところだったのですが、『彼女』に師事してからというもの新たな視点からの発想が次から次へとまるで泉のように湧いて出てきまして」

ほう。そりゃめでたい。

「ありがとうございます。このぶんなら近く研究を完成させられるでしょう」

なるほど。そうすれば堂々と『参戦』できるわけだ。

「なっ……、いきなり何を言い出すんですか!私は別にそんなことの為に研究をしているわけではありません!そもそも彼のことは確かに得難い友人と思ってはいますがそのような目で見ているわけでは無いし大体彼には既に心に決めた相手がいるではないですか!○○○○の○○○○として勝ち目の無い戦い……など……」

それで諦められるようなら恋とは言わないのだとどっかの誰かが言ってたねえ。

「くっ……!わからない方ですね!」

次回もけっこうかかりそうな気がします。気長に待っていただければ幸いです。

「作者!聞いているんですか!」

それでは、どうかお見捨てなく。

「いいかげんに…………!」

 

 

管理人の感想

幕府若年寄さんからの投稿です。

何とも愉快なお爺さんの登場です。

しかし、盾にされたほうは・・・・確かに堪らないでしょうね(苦笑)

今回の話は新キャラの紹介と、新依頼の内容説明だけですか?

次回からのお爺さんの活躍に期待します(笑)