あれから運良く生き延びることが出来た。

 戦闘領域から限りなく遠く離れた辺境惑星の片隅。

 瀕死の重傷を負った俺は近くを通りかかった親切な住民によって一命を取り留めた。



 死んだ方がよかったのかも知れない。

 いや、死のうと思った。


 しかし、献身的に看護してくれた親切な住民とその周りの暖かい気持ちに触れるたび、

 その気持ちは薄れていく。

 やがて心身ともに元気になると風を頼りにいろんな土地を歩き続けた。

 一人のお節介な相棒を連れて・・・。































 そして20年の時が流れた。




 UNKNOW 


第1話

〜ジャスティー・ウエキ・タイラーという名の男〜






















 それにしても・・・。


 「疲れた〜」


 その場でウンコ座り。

 歳のせいか、運動不足のせいか、体が鉛のように重くて仕方ない。


 この世界に流れ着いて20年が過ぎた。

 10年間は色んな星界を転々としていたが、後10年はこの星で根を降ろしている。

 根を降ろすといってもまともな職と家を持ち合わせている訳ではない。


 惰情と惰眠を貪るのべらんな日々。

 別に今の生活が嫌いではない。

 何も考えず、何の目的も持たず、ただ生きるだけの日々。

 まんざら捨てたものでもないが、そんな日々に心の何処かで何かが蠢いているのも事実。

 今日もその気持ちを抱えたまま一日を過すかのように思えた。



 「ノリコのお願い、貴方の才能を活かしてね」


 「うん?」


 普段の締まりのない顔で目前の特大ビジョンを見上げる。

 そこには可愛い女の子がマイクを片手に愛嬌を振りまいていた。


 ビジョンの内容は惑星連合宇宙軍の軍人募集広告。

 ラアルゴンとの開戦に備え民間から大々的に新兵を募集しているという噂は聞いていたので

 別に驚くほどのことでもなかったが・・・。



 「惑星連合宇宙軍か・・・」


 無意識に呟いてしまう。


 20年過ぎた今となっても昨日の出来事のように鮮明に思い浮かぶ。

 短い付き合いだったが誰も忘れてはいない。

 幸せな想い出という訳ではなかったけど時が過ぎた今となっては記憶に残る良い想い出だ。

 けれど、当時のことを思い浮かべようとすると、心がポッカリ空いたような虚無感に包まれる。



 虚無感、それは心残り。

 困ったことにその心残りの正体が何なのか今の僕にもわからなかった。

 ただ・・・もしかしたらこの心の蠢きと同一のモノなのかも知れない。

 そしてそれを突き止めるには進まないといけないことも・・・。


 「軍人を知るには軍人になるのが一番・・・かな?」



 その一言と共に勢いよく立ち上がる。

 普段の締まらない雰囲気は見る影もなく潜め、

 もう一つの心が僕を動かす。


 目指す場所はこの星の軍本部、

 ジャスティ・ウエキ・タイラー、20歳(偽造)

 思いつきと勢いで軍入隊を決めた瞬間だった。








 惑星連合参謀本部



 「諸君、ラアルゴン帝国の戦力は益々増強され、その全てが我が前線に集結しつつある。

 このままでは我が惑星連合の存亡に関わる事態に陥ることは火を見るより明らか。

 しかし、聞けば新しい皇帝はまだ若く、臣下の者達は権力争いの真っ青だとか。

 指揮系統の定まらない軍などまさに烏合の衆。

 いかに敵が巨大であろうとこの隙を逃がさない手はない。

 今こそ我が惑星連合宇宙軍の全軍をラアルゴン帝国に差し向け、

 一気に短期決戦を挑むべきだ!」



 大きな円卓のテーブルを勢いよく叩きながら、その場の上層部幹部達に訴えかける。

 惑星連合宇宙軍参謀総長のフジ中将。

 会議室に居座る他の上層部の幹部達も事態の深刻さを認識すると共に

 フジ中将の巧みな話術に染まりかけ、場の流れが急戦論に傾きかける。

 ただ、フジ中将の言葉に反応するよう虎鉄を手に立ち上がったミフネ中将を除いて・・・。


 「確かにフジ参謀総長の仰る通り、ゴザ15世亡き後のラアルゴン帝国情勢は不安定だ。

 この隙に奇襲攻撃を仕掛ければ我が銀河外周方面軍だけで敵の40%は叩き切る自信がある」


 「ほう、さすがは誉れ高き銀河外周方面軍のミフネ中将閣下だ。

 では私の意見に賛同するのですな」


 「否、反対である」


 「ぬお!」


 「20年前の大勝利でラアルゴン帝国の勢いが弱まったとはいえ、その力は未だ巨大。

 向こう一年は互角に戦えようと、長期戦になれば兵器生産能力が圧倒的に劣る我等の苦戦は必死。

 更に、今回の皇帝死亡事故は我等の陰謀によるものだと彼奴等は全銀河に云い触らしている。

 そんな状態でノコノコと先制攻撃をかければ彼奴等にこれ以上ない口実を与えるであろう。

 ラアルゴン帝国が短期間で片付く相手なら話は別だがな」


 「敵に先手を取られたらどうするつもりだ!」


 「心配しなくても我が外周方面軍はいつでも出撃可能である。

 ただ、先制攻撃をかけるかどうかは新体制のラアルゴン帝国を見極めてからでも遅くはあるまい」


 ミフネ中将の言葉に急戦論は形を潜め、様子見の意見が大半を埋め始める。

 その様子をフジ中将は面白くない様子で眺めるのだった。










 ラアルゴン帝国、旗艦メルバ




 「先帝ゴザ15世陛下が惑星連合の陰謀によって崩御なされたことはもはや疑うべくもございません。

 ここは陛下御自らが御立ち上がりになり、ただちに御威光をお示しあそばす事こそが

 ここにある神聖ラアルゴン帝国の取るべき唯一の道かと心得ております」


 白衣の法衣を着こなしたトカゲ貌(かお)の男が16歳の皇帝に進言する。


 「陛下、御裁断を・・・」


 戦の準備は整った。

 主力艦隊の殆どはメルバ周辺に臨戦状態で待機し、

 それらを支えるバックアップ体制も万全だ。

 後は皇帝陛下の一言で全ての準備が終わる。


 「あい、わかった」


 ラアルゴンの総意、

 そして何よりも自分自身の意志でもあるかのように、

 少女は皇帝の象徴である王笏(おうしゃく)を隣の神官から受け取り

 集まった皆に誓うよう高々と持ち上げる。


 「神聖ラアルゴン帝国皇帝ゴザ16世として皆に命を渡す。

 余の名に置いて我が帝国は先帝の仇、惑星連合に対し正義の鉄槌を下さん」


 宣言と共に沸き起こる歓声。

 待ちに待った命に皆の心が沸き起こったのだろう。

 玉座の間は戦の高揚で埋め尽くされ、その雰囲気を煽るように

 宰相ナク・ラ・ワングが大々的に煽動する。


 「皇帝陛下、よくぞよくぞ御決断なされた。全ては陛下の御心のままに」


 士気の高揚はこれ以上と無い程高まっていく。

 その様子を末席で眺めていた緋き獅子ル・バラバ・ドムとその側近が

 冷めた眼差しで見詰めるのだった。











 惑星連合宇宙軍のとある面接室、




 「本当に我が惑星連合宇宙軍に入ってくださるのかね?」


 「どういう意味でしょうか?」


 「そうだね、何を馬鹿なことを言っているのだろうな〜私は、ははは・・・」



 惑星連合宇宙軍の新兵募集面接のために設けられた一室、

 新兵の面接官としてその場を任されたひとりの上等兵曹が

 向かい側に居座る若者に文字通り気圧されていた。


 自分も色んな新兵を見てきたがこの若者ほどの逸材を見たことは無い。

 あくまで自然体、されどそこから滲み出る気高い雰囲気、

 何より自分を真っ直ぐ見据える真摯な眼差しは

 面接官としてこの場にいる己の背筋を真っ直ぐ伸ばすだけの不思議な力があった。


 己の資質を逆に問われている、という屈辱は沸き起こらなかった。

 何故なら・・・。


 「私は今年で20歳になります。

 惑星連合宇宙軍ががラアルゴン帝国から勝利を収めて20年。

 そう考えると不思議な運命の巡り合わせのような感じを最近とみに感じます。

 私の生まれたコロニーは主戦場から少しだけ離れた所にいました。

 もしあの頃、惑星連合宇宙軍の軍人達が決死の覚悟でラアルゴン帝国を

 食い止めてくださらなかったら私は生まれていません。

 この20年、私は平和で幸せな日々を送る事が出来ました。

 これもかつての惑星連合宇宙軍の軍人達が命をかけて我等を守ってくださったおかげ。

 ですが今は惑星連合存亡の危機と存じております。

 かつて受けた恩、我が家族と故郷を守ってくださった人たちに

 私は恩返しをしようと遥々遠い所から志願しに参りました」




 紛れもない逸材だった。

 演技でなく本気だといわんばかりの雰囲気、姿勢が上等兵曹の目に眩しく映る。

























 戦が始まる。

 名目上は父上の弔い合戦、

 過去から数々の禍根を残した敵との戦だ。

 止めたとしても避けられなかったのかも知れない。



 ・・・それでも本当にこれでよかったのであろうか・・・



 不意に浮かぶ疑問。

 脳裏をかすめる不本意な弱気。

 それを振り払うよう頭を左右に振る。



 決まったことだ。

 今更覆すのも見苦しい。

 そう、決まったこと・・・、戦は避けられぬ。


 けれどその戦によって失われるものを思うと

 そう問わずにはいられなかった。





 全銀河の中心たる我が神聖ラアルゴン帝国が

 取るに足らない辺境銀河の勢力にまさかの大敗を期した後、

 帝国は人的にも精神的にも大きな後遺症を残す事となった。


 この世に生も受けなかった者が20年前の大戦の有様を語れるモノではない。

 しかし、大戦の残した後遺症と共に育った我にはその頃の悲惨だった現状を感じ取ることが出来る。



 父上・・・。


 崩御した肉親を想う。

 悲しさに涙が募る。


 厳格な人だった。

 優しくもなかった。

 けれど唯一の味方だった。


 余命の全てを崩れかけた帝国の建て直しに注ぎ込み。

 残った我に皇帝としての道を示した肉親。

 一月前に何者かの陰謀によって崩御した大切な肉親。



 その者を許すことが出来ない。

 疑わしいだけでも許さぬ。


 抑え切れない憎しみが奥底から沸き起こる。



 だが、皇帝としては失格だ。

 その道を歩んだ先帝なら我のこの想いを否定し叱咤するであろう。



 我の軽はずみな行い故に多くの者が死に歩む。

 我の暗い想い故に憎しみと悲しみが織り成される。


 負の想いと冷徹な理性が葛藤する。

 その狭間で生まれる悲しみが涙を誘う。



 父上・・・。


 故人を思わずにいられない。

 内から吐き出される嗚咽と共に涙が流れる。


 もう、抑えようと思わなかった。

 流れ始めた雫を気持ちと共に吐き出す。







 「誰だ!!」



 突然の気配に弾かれたよう立ち上がる。

 姿を表したのは一人の男。

 クリムゾンを連想させるような真紅の瞳と獅子の鬣(たてがみ)。

 特有の黒衣を綺麗に着こなし、堂々と姿を表すその仕草に

 生粋の戦士としての雄姿を感じさせる。


 そんな男に泣き姿を見られたのが屈辱だった。



 「己!見たな!!」


 自らの身長より大きい王笏を男に向けて振り翳(かざ)す。

 それでも男は少しも動じることなく

 皇帝に対して最上の礼を尽くすよう上品にその場で跪く。


 「見ました。陛下の御心中、お察し申し上げます」


 「何を云うか!余は神聖ラアルゴン皇帝、ゴザ16世であるぞ。

 例え親の死に直面しようと誇り高き皇帝が泣いたりするものか!

 そちの見た物は幻である、忘れよ、これは余の命令だ」


 王笏を握り直しその者に命令する。

 だが、その者は少しも怯まず己の心情を打ち上げた。


 「いいえ、悲しみの涙は例え皇帝陛下であろうと恥じることはありません。

 恐れながら私は寧ろ感服しております、皇帝陛下も人の子であると」


 「無礼な!!口を慎め!!」


 純粋な殺意が生まれた。

 幼い容姿故なのか先帝の威厳ある姿と比べられて軽く見られたのか、

 しかし、己の考えはその者の真摯に眼差しによって否定される。


 「激しいだけでなく陛下はやはり人間的な暖かい御心の持ち主でした。

 それでこそ臣下も命をかけて戦う甲斐がございましょう、

 陛下にその涙があるが限り、帝国軍人は喜んで死に赴きましょう」


 偽りを申しているようには見えない。

 目の上の者に対して取り繕いでいるようにも見えない。


 真摯な瞳、

 その一つだけで彼の者の真剣さが窺える。


 「名は何と申す?そちの名を申せ!」


 「ハッ、神聖ラアルゴン帝国第27銀河辺境方面軍、第66特派分遣艦隊所属、

 巡洋艦ドローメ艦長、ル・バラバ・ドムでございます」


 「ドムか、たかが一巡洋艦の艦長の分際でよくぞずけずけと申した」


 我の少しだけ強めの返答に彼の者の上体が微かに揺れた。

 皇帝の怒りに触れたのかと思ったのだろう、

 意地の悪いことをしたとはいえ先ほどのお返しじゃ、

 とにかくこれで気が晴れた。


 「・・・そちの名、覚えておくぞ」


 清々しい気持ちでその場を離れる。

 迷いは消え失せた。

 父上を亡くした悲しみが消えた訳ではなかったが

 皇帝としての我の道が見えた。

 その事を噛み締め今後の己の道を探る。










 緋き獅子ル・バラバ・ドムは皇帝陛下の後ろ姿を眺め続けていた。

 暫しその場で留まっていた彼にもう一人の男が近づく。


 「おお、ドム、そこにおったのか!?」


 「ロナワ−提督閣下」


 第27銀河辺境方面軍、第66特派分遣艦隊総司令にして

 ドム直属の上官である老提督が彼を呼び止める。


 「探しておったぞ、お前の船に命令が下った」


 「私の船に命令?」


 皇帝陛下との逢引による余韻のためか

 陛下以外のどのような輩が己に命を下したのか検討がつかない。

 話の流れからロナワー提督閣下ではあるまい。


 「ワングの奴め、宰相の地位をいいことに早速幅を利かせ始めやがった」


 「わかりました、ではどのような命令でしょうか?」





つづき