「ちょっと待ってください!いくらなんでも処罰が過ぎます。

 もう一度処分の再検討を・・・」


 混乱から覚めた私がいち早く異を唱えます。


 軍属でない私でも何を意味するのかはわかる。当然、私だけではない。

 キム中尉とカトリ中尉、ユミィ達でさえヤマモトさんの不名誉処分に対する異を唱え始めます。

 そして・・・。


 「艦長、副艦長のしていることは確かに規則に反しているが

 奴は己の出来ることを精一杯やろうとしているだけなんだ。

 あんたと惑星連合のためにな・・・、いくらなんでも追放はないんじゃないのか?」


 格納庫から強制割り込み通信でアンドレセン中尉が海兵隊を代表していいます。

 そんな皆さんの様子にやれやれ、と両手を振るタイラー艦長。


 「随分と皆に慕われたものだな、ヤマモト大尉。

 皆の気持ちに免じて、この場で私の疑問に見事答えきることが出来れば

 先ほどの処分は無かったことにしてやろう」


 と少し表情を和らげながらヤマモト大尉を見るタイラー艦長、

 が直ぐに瞳に意思を込めてヤマモト大尉を射抜きます。


 「これは先ほどから聞きたかったことだが、敵と遭遇した時の貴様の指揮。

 何故あのような指揮を取ったのだ?答えろ!!」


 それは見守るブリッジの方々さえ言葉を奪うほどの恐ろしいプレッシャーでした。


 「その場で最も正しいと判断したからです」


 でも、それに怯まず返答するヤマモトさん、タイラーさんの口調が少し緩みます。


 「自滅するとわかったような指揮でもか?」


 「最悪ならそうなります、ですが上手く運ぶことが出来れば最上の結果を導けました」


 私たちは艦長の威圧感に飲み込まれながら事態を見守るのですが

 ヤマモトさんは直接艦長のプレッシャーにさらされながらも堂々と答え続けます。

 そんな彼を見てタイラー艦長。


 「・・・まあ、貴様が取ろうとするものも、私が正しいと思うことも所詮シミュレーションに過ぎん。

 追求する時間も無いし、また酷い言い方をするなら結果すらも大切じゃない。

 その場で一番の権限を持つ貴様が最も正しいと判断したのならそれでいい。

 しかし、見過ごすことの出来ないことが一つある。貴様・・・」


 とそこで言葉を濁し、今までに無い恐ろしい眼差しで睨み尽くす艦長。


 「勝つ気はあったのか?」


 揺ぎ無く堂々と受け答えたヤマモト大尉も今回ばかりは答え切ることが出来ませんでした。

 根本的な問題として・・・先ほどの話を聞いた限り、勝利を望める立場ではなかったのでしょう。

 ですが、そのことを無視するようにタイラー艦長の話は続きます。


 「貴様の言動を聞いていると軍人としての気質を疑うことだらけだ。

 まるで負けるのが当然だとばかりの思考だ。

 そのことを『そよかぜ』の副艦長としてどう思う?」


 答えられるものではありませんでした。

 口を閉ざして沈黙するヤマモトさん。

 そんな彼を見てタイラー艦長が判決を下すように宣言するのでした。


 「それが俺の答えだ!

 この処分に不服なら軍本部に直接異議を唱えろ。

 俺からいうことはもう無い」


 話を聞く限りでは正論、でも事情を知る当事者として、

 私は艦長のあまりにも無情で横暴な物言いに怒りを抑えることが出来なかった。


 「タイラー艦長!!貴方という人は・・・」


 「落ち着いてください!スターさん!!艦長は正しいことを仰っただけです」


 激情に任せて抗議するところをヤマモトさんに遮られます。

 そんな彼を信じられない気持ちで私。


 「何故?」


 「スターさん、私達は軍人なんです。

 国家に対して勝利を義務付けられた、意思を持った武装集団なんですよ。

 いかなる場合に陥っても構成員はその胸に勝利を抱き続けなければならない。

 それが出来ないということは軍を信じて見守る者達を・・・、

 ひいては指揮官を信じて命を預ける部下達の気持ちを裏切る事になる」


 「よくわかっているじゃないか。

 それがわかればもう何もいうことないな、わかれば・・・」


 と判決を下すように云う艦長をヤマモトさんが遮る。


 「艦長の仰ることは最もです。

 処分について異議を唱えるつもりはありません。

 ですが最後に私からも尋ねたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」


 先ほどまでの思い詰めた表情とは違う、突き刺すような視線。

 艦長もそのことを認め。


 「いいだろう、言うだけ言ってみろ」


 冥土の土産とばかりに受け答えます。


 「ではまず始めに、緊急発進など予想外の出来事はありましたが

 この『そよかぜ』は上層部に指示された作戦に沿って航行しています。

 艦長はこの作戦が『そよかぜ』の犠牲を前提に立てられたことはご存知でしたか?


 知ってしまった・・・とはいえ、改めて聞かされると気持ちが重くなります。

 部外者の私でさえこうです。このことを聞かされた『そよかぜ』の皆さんはいかなことでしょう。


 「知っている」


 ある意味予想通りの答えです。

 ヤマモトさんが知っていたのです。

 艦長が何も知らないなんて事はないでしょう。



 「・・・では知っていて尚、その心の胸に勝利を秘めているという訳ですね」


 この問いでヤマモトさんの意図を察することが出来ました。

 YesもNoも致命的な問答。


 「その通りだ」


 ですがタイラー艦長は地雷を気にすることなく思いのまま答えます。

 それを聞いて驚きつつもヤマモトさん。


 「・・・艦長、遺憾ながら私も貴方に対して不信任案を提案します。

 貴方は現場での危機管理能力が大きく欠落(けつらく)しています。

 死中に活を拾う、ということわざもありますが

 艦長を見る限りでは自信と過信の区別がついていらっしゃらないように思えます」


 本当に遺憾だとばかりにヤマモトさん。

 そんな彼を見詰めてタイラー艦長が不敵に笑い。


 「ほう・・・そう来たか・・・。

 だが、貴様は指揮官として根本的な問題を抱えているのだぞ。

 勝つ気もないのに先ほどの指揮を最上だと言い切った。

 そんな未熟者に部下達の命を預けるような真似をする訳ないだろう」


 「それは艦長とて同じ事です。

 御剣作戦の全貌と敵との差を知ってもそのような戯言を言う。

 思い込みは勝手ですが妄想の中に私たちを巻き込むのはやめてください」


 両側から提出された不信任案。

 そんな彼等を私は複雑な気持ちで見詰めます。

 論争の果ての泥沼、最悪の事態を想定するの・・・ですが。


 「思い込みの何が悪い?」


 理論武装して論じるより先にストレートに切り返すタイラー艦長。

 その直球にはヤマモトさんでさえ怯みます。


 「思い込みの何が悪い?

 完璧な人間など当然存在したりしない。

 俺も人だから当然ミスはする。

 だが、貴様のように壁にぶつかって絶望に打ちひれ伏すより、

 都合のいい結果を期待して希望を胸に乗り切ろうとする方が遥かにいい。

 何より俺は思い込みのみで皆を導こうという訳じゃない。

 いかにして敵を退くか、そのための勝利の方程式を練り上げようとしている。

 貴様のように、はなから諦めてなどいない。

 それは先の通信でもわかったことだろう」


 そんな艦長の話をヤマモトさんを含めた皆さんが見惚れます。

 前向きな姿勢、そしてそれを可能にするとばかりの堂々とした姿勢に・・・。


 「・・・で、ですが・・・我々は軍から見捨てられたんです。

 私たちの犠牲を前提に作戦は既に立てられたのです。

 もはや我々には・・・」



 「貴様は軍上層部のためだけに軍属になったのか!!?


 タイラー艦長の激しい怒り。

 その激情にヤマモトさんを含めた私達が金縛りに遭ったように身動きできなくなります。

 そんな私達を置いて続けるタイラー艦長。


 「軍のお偉いさんのためだけに一つしかない命を掛けて戦場に立っているのか!?

 違うだろう。成すべきことのために・・・、そして守るべき者のために・・・、

 貴様は一つしかない命を掛けてここまで昇ってきたのだろう?

 犠牲を強いる作戦しか立案できない無能な連中に合わせるな!

 いいか!終わりじゃないんだぞ!!ここから始まるんだ!!

 目の前の敵を蹴散らし、次々と現れる壁を乗り越え・・・自らの手で勝ち取る。

 ヤマモト・マコト。勿論、これは俺だけの思い込みだ。

 だが、こういう思い込みが一銭の価値もないと貴様は言い切れるのか?」


 私達はただ聞き惚れるだけでした。

 それは私達の常識の殻を破るように魅力的で・・・夢物語な話。

 そんな私達を置いてヤマモトさんが・・・唐突に涙を流し始めます。


 「・・・先ほどの・・・お詫びをさせてください。

 あなたの資質には・・・なんの問題もありませんでした。

 ・・・やはり・・・私の目に狂いはなかった」


 そして右手に、引き抜いたブラスターを唐突にタイラーさんへ向けるヤマモトさん。

 一体何が起こったのか私達には見当がつかず・・・。


 「血迷ったか?」


 「・・・かも知れません」


 流れ落ちる涙を拭うことなく、掠れる言葉も抑えようとせず

 握り締めた凶器を艦長に向けたその姿は、

 とても危うく儚くて・・・私達は誰も動くことが出来ません。


 「ですが貴方ほどのお方を・・・こんな馬鹿げた作戦で失うわけにもいきません。

 私の・・・たった一つのお願いです。スターさんたちと共に・・・シャトルに乗船してください」


 その言葉で私達は彼の真意を知ることが出来ました。

 ヤマモトさん・・・貴方はそこまでして・・・。


 「まさか力ずくで俺に勝てるとでも思っているのか?」


 「思っていません。

 ですがこのままだと『そよかぜ』は指揮系統が定まらないまま敵との交戦を迎えるでしょう」


 それは決してハッタリではなかった。

 もう彼には不名誉な追放処分も、乗組員を巻き込んだ犬死も問題としていないに違いない。

 目の前に展開されている究極のゼロサム方程式を私たちは見守りつづける。


 「今度は開き直りか?真面目なヤマモト大尉とも思えない言葉だね」


 と皮肉を放つ艦長の口調も先ほどまでの余裕は無い。

 ヤマモトさんの決意を誰よりも肌で感じているから・・・。


 「覚悟の上です。

 いえ、貴方さえ無事に脱出出来るなら作戦の勝敗などどうでもいい、

 死ぬのは私たちだけでいい」


 「貴様・・・まだいうか・・・」


 「お聞きしてください!!」


 死ぬの言葉に反応して諌めようとするタイラー艦長を制するヤマモトさん。

 制止の言葉に秘められた意志の強さに静かに押し黙る艦長。


 「20年前からずっとこうだったのです。

 敵の圧倒的な力の前に私たちは成す術もなく敗れ続けました。

 そんな私たちが敵の侵攻から守るにはこの手しかなかったのです。

 私の叔父も両親もこのような形で亡くなりました。

 そして私の尊敬する人も、その身を犠牲にして敵を食い止めました」


 それは私達が知る惑星連合宇宙軍とラアルゴン帝国との戦史。

 物量でも力でも敵わなかった私達が守るために取り続けていた手段。

 犠牲になった人たち・・・さすがに今回のようなあからさまな作戦は行われなかったけれど

 今までどれほどの人たちが我が身を省みず戦い続けたことか・・・。

 私達も知るそのことをヤマモトさんは淡々と語り続けます。


 「私は許せなかった・・・こんな犠牲を強いるしか能のない上層部に・・・、

 遠くから見送るしか出来なかった・・・未熟で無能な己に・・・、

 私なら・・・こんな馬鹿げた作戦は取らせない。

 敵に物量で押し付けられる前に・・・対等な戦力を集結させて戦わせる。

 熟練の兵士達を・・・こんな馬鹿げた作戦で犬死させるようなことだけは・・・絶対にしない。

 そうさせないために私は上を目指し続けました。

 ですが・・・・・・・・・・結局私は出来なかった・・・」


 その最後の一言に込められた想い・・・。

 涙目で語り続ける、彼の言葉の重みが私の胸に痛いほど響き渡る。

 そして・・・彼の想いがクライマックスを迎えようとしました。


 「ですが・・・貴方だけは違った。

 道が閉ざされたとばかりに・・・恥ずかしくも絶望した私に・・・

 貴方は道を示してくれました。

 この圧倒的不利な戦況に陥っても貴方だけは・・・悠然と対処し我々に勝利を導こうとしました。

 貴方ならこの絶望的な状況の中でも・・・史上に残るような戦いをしてくださるでしょう。

 ですが私は貴方をこんな所で死なせたくない!!

 貴方だけは何としてでも生き残ってください。

 そしてこのような馬鹿げた戦を私たちで最後にしてください。

 貴方がそんな惑星連合宇宙軍を変えてくださるなら・・・、

 明日の勝利を信じることが出来るなら・・・私たちは希望を胸に眠ることが出来ます。

 この『かみかぜ』とともに・・・」



 これが最も冷たい軍人だと思い続けた、

 血も涙も無いと思い続けた本当のヤマモトさん。


 浅はかさに胸が押しつぶされます。

 一体私は何を見てきたのでしょう・・・。

 そして彼の秘めた想いに私は・・・・。



 「・・・『かみかぜ』?なんだそりゃ??」





































































 一瞬何が起こったのか理解できませんでした。

 私もブリッジの皆さんも、そしてヤマモトさんも・・・。


 「・・・艦長・・・今何と?全てご存知のはずじゃ・・・」


 「知らないものは知らん、貴様こそ何寝ぼけたことを言っている?」


 先ほどの真面目な雰囲気をぶち壊すようなタイラー艦長の台詞。

 冗談・・・を言っているようには見えません。

 ヤマモトさんも一瞬唖然としますが・・・。


 「この『そよかぜ』の旧名ですよ!隠された事実とはいえ艦長が知らないはずは・・・」


 「はあ?『そよかぜ』の旧名だと?本当に何を・・・っとちょっと待てよ・・・」


 とそのまま顎に右手を添えて深く考え込むタイラー艦長。


 「ふむ・・・『そよかぜ』だから『かみかぜ』と・・・ああ!・・・なるほど・・・ふふふ・・・はは・・・」


 原因不明の含み笑い。

 そして最後は一人で納得します。


 「艦長!いいかげんに・・・」


 状況が状況なだけに不謹慎だとばかりにヤマモトさん。

 そんな彼をなだめるようにタイラー艦長。


 「なあ、ヤマモト君は何故この艦が『かみかぜ』だと思ったんだ?

 フジ参謀総長がそうだとでも云ったのかい?」


 悪戯っぽく問う艦長に雷に打たれたかのようなヤマモトさんの驚き。

 その様子を眺め、面白そうに呟くタイラーさん。


 「なるほど、図星、いや合点がいったようだな、

 しかし・・・なるほど『かみかぜ』ね・・・。

 本当の名前よりシックリ来るから性質が悪い・・・」


 「艦長?一体どういう意味でしょうか?」


 私が疑問に耐え切れず問う。

 そんな私と皆さんをタイラー艦長が認めた。


 「おっと、ごめんごめん。

 なかなか面白いジョークだったから思わず一人の世界に入っちゃったよ。

 だが、残念ながらこの艦は『かみかぜ』ではない。

 もしそうと知らずに先ほどのような馬鹿なことをしでかすようなら、

 貴様らは原因不明の特攻で犬死になるだけだった」


 「そんな・・・」


 艦長の言葉に信じられないとばかりにヤマモトさん。

 決死の覚悟を決めただけに収めきれないのだろう。

 その表情には艦長が狂言を用いているのでは?ということがありありと窺える。


 「貴様は面白いところで抜けているよな。

 本当に面白かったから俺の知る限りのことを教えてやろう。

 この作戦の真意は数隻の惑星連合の艦をラアルゴン帝国に蹴散らさせ、

 勢いに乗ったラアルゴン主力艦隊を惑星連合の領内に深く誘い込む作戦だったのだ。、

 補給路の伸びきった状態で包囲殲滅させることがこの作戦の意図、要は当て馬だ。俺たち『そよかぜ』は。

 もしここで俺たちがラアルゴン帝国の先遣隊を食い止めるような真似をすれば

 戦線は膠着状態に陥り、御剣作戦は失敗するということだ」


 「なんてことを・・・」


 本当に許せることではなかった。

 それが本当だとすればこの艦は『かみかぜ』ではない。

 ヤマモトさんが疑った艦長狂言説も消える。

 しかし・・・。


 「だが成功確率は極めて高い作戦だ。

 大規模な殲滅作戦の割に軍の機密保持が行き届いていて

 敵はおろか、惑星連合内でも作戦の規模がどれだけなのか把握している者は少ない。

 そしてオリオン座方面に集結予定の惑星連合宇宙軍は100万」


 私の耳が悪くなったのでしょうか?

 それともヤマモトさんの睨み通り艦長が狂言を弄しているのか・・・、

 ブリッジが驚きに包まれる中、話は続きます。


 「言っておくが軍人の数じゃないぞ。

 ここ20年間、革新的な技術量産で製造された100万隻の軍艦だ。当然、戦艦クラス。

 ここで俺たちが道化を演じてラアルゴン帝国を調子付かせ深く誘い込めば

 ただでさえ数的に有利なんだ。この作戦だけで両国の力関係が一気に逆転する」


 ここまで来るともう夢物語だった。

 聞きたいことも突っ込みたいことも頭が麻痺して正常に動かすことが出来なかった。

 ヤマモトさんも、キム中尉も、カトリ中尉も、ユミィとエミィ、

 格納庫で盗み聞きしている海兵隊、パイロットの皆さんも・・・、そして私もそのような思いに駆られる。

 ところが・・・。






 「・・・しかし、この艦(ふね)を選んだのがいけなかった・・・」




 突然の豹変。

 悪戯っぽくもなくおどける様でもない、私達に初めて向ける真摯な眼差し。

 それらを垣間見て私たちは正気に戻る。


 「上層部の意図なのか、それとも老駆逐艦を優先した結果なのか、

 とにかく上は選んではいけない艦を選んでしまった。

 作戦の成功も、ラアルゴンと惑星連合との戦にも俺は興味ない。

 俺はこの艦を守るためだけに前線に『志願』して来た」


 そこで初めて気が付いた。

 ここまで事情を知る者が何故この艦に乗船してきたのだろうと・・・。

 そしてたった今、その答えを出したのだ。


 ・・・この艦を守るためだと・・・


 私たちが望み焦がれる勝利よりも、命よりも、大切だと云い切るこの艦。


 「・・・一体この艦がなんだというのですか?」


 私たちの心をヤマモトさんが代弁します。

 タイラーさんは直ぐに答えず両目を瞑ってほくそ微笑み。


 「キム中尉、通信をオープンにして艦内全ての者が聞けるようにしてください」


 そう伝えます。

 指示を受けた彼女が慌ててコンソールを叩く。

 しばらくして準備が整うと。


 「『そよかぜ』の全ての乗組員に告ぐ。

 作業中の者も含めてその場で聞いて欲しい」


 有線通信マイクを取り、宣言するように言い渡します。

 私たちを含めた全ての乗組員が艦長の言葉に注目する。


 「時間が無いので簡潔に言う。

 決死の覚悟を決めたところで悪いがこの船の旧名は『かみかぜ』などではない。

 対消滅反応を起こす起爆装置も、それらを可能とする反物質もこの船には積まれていない」


 各ブロックで待機している乗組員の動揺がカメラを通して映し出される。

 それらを見詰め、微笑むタイラー艦長。


 「しかし、この艦にはそれらを遥かに上回る魅力的なモノが積まれている。

 この艦が宇宙に飛び立って23年、

 いかなる敵もこの艦を破ることは出来なかった。

 そして、いかなる状況に陥ってもこの艦が沈むことなどなかったのだ。

 その『そよかぜ』、この艦の真の名が司る言葉は不敗と不沈、

 それら二文字の前に『かみかぜ』の特攻、自爆など取るに足らない塵に過ぎん」


 演説は終わった。しかし、艦長以外の誰もが我に帰ることはなかった。

 勝利に無縁だった私達にとっては100万の軍艦説同様、途方もない夢物語。

 このオンボロ駆逐艦が不敗、不沈・・・まあ、まだ稼動しているのですからそうなのでしょうけど・・・、

 とはいえ、先ほどから驚く心も麻痺してまともに反応することは適わない。

 そのことを認め、タイラーさんが微笑みながら付け加えるよう、語る。


 「・・・まあ、今は頭の隅に留める程度でいい。

 だが、これだけは覚えておいてくれ。

 玉砕など愚の骨頂だ。

 俺はこのような馬鹿げた戦いでこの艦を沈める気はない。

 そして『そよかぜ』の乗組員である貴様らも誰一人犬死させる気はない。

 誰一人欠くことなく全員確実に生還させる。

 繰り返して云うが、ここが終点ではない。ここから始まるのだ!

 俺の戦いも、貴様らも、そして『そよかぜ』も・・・、

 勝ち進もう。そのためにも貴様らの力が要る。以上!」


 そして今度こそ本当に終わった。

 いや、時間が無いから終えたというべきでしょう。


 「艦長、この『そよかぜ』の真の名とは・・・?」


 我に帰ったヤマモトさんが好奇心から問おうとするが、

 タイラー艦長は頭を左右に軽く振る。


 「時間が無い。23時56分。全く無駄話ばかりさせやがって・・・。

 せっかく稼いだ時間も水の泡だ」


 そのことに気付いて初心に戻るヤマモトさん。

 顔色が気の毒なほど蒼白になりひれ伏す。

 そんなヤマモトさんに追い打ちかけるよう艦長。


 「さすがにこれ以上は時間稼げないぞ。

 俺なんか無視してさっさとお嬢さんたちを避難させればいいものを・・・全く親子揃って・・・


 ヤマモトさんに愚痴る視線が突然優しくなる。

 最後の呟きは誰も聞き取れなかったけれどヤマモトさんを思ってのことだと何となくわかった。

 その姿が私を居残る決心を固めさせる。


 「私たちのことはお気になさらずに・・・

 誰一人欠かすことなく全員生還させるのでしょう?

 でしたら私たちが逃げることなど不要なのでは?」


 先ほどまで私を苦しめた恐怖はもう無い。

 自分でも驚くほどの透明さでタイラーさんを見返す。


 「いいね、その凛とした姿、ヤマモト君にも見習って欲しいものだよ」


 その一点の曇りも無い私を覗き込んで艦長が口笛を吹く。

 反応から了承が取れたことは勿論のことだった。


 「敵艦隊より、エネルギー増大!!


 キム中尉の切羽詰まった報告。

 今度こそ本当の一斉射撃の兆候。


 「カトリ中尉!」


 彼女の報告に誰よりも早く反応したのは艦長だった。


 「ハッ!」


 「ご覧の通り『そよかぜ』の防御システムは全くあてにならない。

 生き延びるためには敵が打つ瞬間を正確に補足、完璧なタイミングで回避するしかない」


 「無理です!!」


 真顔で力一杯拒否するカトリ中尉。

 当然の反応だった。


 「心配するな、俺にも出来ないことを部下に命令したりしない。

 俺が貴様に期待しているのは敵の一斉射撃の後に回避した不安定なジャジャ馬を全速力で敵旗艦に向けて走行、

 走りながら艦体を安定させることだ。

 ターンオーバーしたレーシングマシンをコースから外すことなく全速力で立て直すことと同じだがいけるか?」


 「そのような事態になってもまだ私が舵を握っているならやってみせます」


 凡人が聞いたらそれすらも無茶なことであるはずたが、カトリ中尉にとっては受容範囲内だったのか艦長の要求に頷く。


 「ああ、頼むぞ!戦いの序盤だが、『そよかぜ』が生き残るかどうかの峠でもある。

 まずはカトリ君、君の腕で艦の生存率を1割まであげろ!」


 「途方もなく低い生存率ですね」


 「そういうな。見た目はこうでも俺はロマンティストからは程遠い。

 戦いとなると合理的思考が全てを支配する。

 やることは全員生きるか死ぬかの博打のようなモノだからね。

 しかし、カトリ君がこの峠を見事乗り切ってくれれば後々やりやすくなるのは確かだ。

 その時は君が勝利の立役者だよ」


 と彼に向けて微笑むタイラー艦長。

 でも直ぐに表情を変え、キム中尉に向け真剣に指示を出す。


 「よ〜し、キム中尉、艦体のバランス制御を全て解除、動力炉の上辺をマキシマムに、

 時刻と艦の制御装置をシンクロさせ、00:00時に動力炉周辺のバランサーを一斉噴射するよう、セット!」


 「了解!!シンクロ完了、全ての制御をキャンセル、機関真上のバランサーをマキシマムに、

 00:00(マル*4)時に一斉噴射するようにセットします。

 カウントダウン開始!37・・・36・・・35・・・34・・・」


 「総員、体を固定ロープに繋げて待機、振り落とされるなよ!」


 「26・・・25・・・24・・・」


 「主動力炉異常なし、各種伝達信号・・・全て異常なし」


 キム中尉のカウントダウンと共にカトリ中尉が『そよかぜ』始動の最終確認に入る。


 「19・・・18・・・17・・・16・・・」


 「亜空間タービンに接続完了」


 ここまで来たら私達に出来ることは何もない。

 後に訪れる運命の時をひたすら待つ。


 「9・・・8・・・7・・・」


 「さ〜って、吉と出るか?凶と出るか?」


 相手の律儀さ頼みの博打を打って出た艦長。

 生きるか死ぬか、の切羽詰った物腰は感じられない。

 博打の結果がどうなるか楽しみで仕方がないとばかりにワクワクしている。

 その雰囲気に私を含めた皆さんの気持ちが和らぐ。


 「3・・・2・・・1・・・0」


 リミットタイム、ジャストゼロ。
 と同時に後方のバランサーが上方に噴射された。

 艦体が勢いよく沈み、回転する。

 刹那の瞬間、動力炉があった元の空間に敵艦隊からなる膨大な粒子の波が殺到した。


 「「「ギャアアーー」」」


 風圧で飛び散る木の葉のように飛び散る『そよかぜ』。


 「カトリ中尉!」


 「了解!!エンジン始動!!」


 艦長の掛け声にカトリ中尉が勢いよく返事する。


 カトリ中尉の微笑み。

 姿勢制御が施されたブリッジだとはいえ、360度回転し続ける周りの風景をカトリ中尉が臆することなく睨む。

 まるで己の操舵技術をフルに活用できる状況に巡り会えたとばかりの余裕が彼から垣間見えた。











































 我は夢を見ているのか?

 前方の画面に映し出される現実を疑う。



 32隻からなる一斉艦砲射撃。

 光学兵器による絶対回避不可能な粒子砲を防御磁場を用して防ぐでもなく『避けた』ことに・・・。

 波に乗る如く小さな螺旋の動きで回避する敵駆逐艦、

 相次いで第二、第三の攻撃を下し発砲したが無駄だった。

 粒子の海を滑るように避ける運動性、美しさすら感じさせるその動きに見惚れる。

 時間が経つにつれ粒子砲は掠りもしなくなる。

 敵艦のランダム性が予測不可能になって来たのだろう。

 敵艦の動きも早くなった。粒子の波を鮮やかに避け前へ前へとつき進んで来る。


 (前へ前へ?)


 気が付いた時には敵艦は爆発するような加速力で旗艦に肉迫していた。


 「しまった!!」


 魅入った僅かな隙に間合いを詰められた。


 ドガ−ン


 迎撃を命じようとした時には時既に遅く、不可解な何かを喰らって艦橋が衝撃に揺れた。


 「被害状況は?」


 「37番地区に敵内下艇による襲撃、白兵戦力の侵入を許してしまいました」


 副官の声に筆頭オペレーターが応える。


 「やるな・・・我が艦に標的を絞っての交戦か・・・。

 皆の者!敵からの第二次攻撃に備えろ。『エルローメ』を死守するのだ!!」


 久々に血がたぎる。

 やはり戦はこうでなくては面白くない。


 「・・・そのことですが提督、敵駆逐艦はそのまま全速力で戦闘領域を離脱、

 7分後には索敵網からも見失ってしまいます」


 「・・・はあ?」


 オペレーターからの報告に信じられないとばかりに提督。

 武者震いのする相手だっただけに真偽を疑ってしまう。


 「提督、何も悩むことはありません・・・要は逃げたんですよ」


 そんな提督とは違い副官はそれ見ろ、とばかりに進言する。


 「・・・逃げた?味方を置いてか?」


 37番地区に進入した白兵戦力。

 それを置いて逃げるという敵の理(ことわり)が全く読めない。

 初めからその気だったのなら白兵戦力ではなく対艦弾でも打ち落とせばよかったはず。

 何よりあの者がそんな愚かなことをしでかすとは思わない。

 そう、何かあるはず・・・。


 「下等人種の考えることなど私らが知る由もありません。

 ですが敵が逃げたのは事実、当然このまま逃がすわけにはいきません」


 副官の進言に気持ちを切り替える。

 確かに深く考えるまでもないことだ。


 「・・・ああ、確かにここまで来て見逃すわけにはいかんな。

 追撃隊を編成。兎を狩れ!」


 乗組員たちに、いつもどおり兎を狩るよう指示する。

 ある予感を片隅に押し込め、何時も通りに指揮する。

 そう、何時も通りでいいのだ。

 波乱などおきるはずが無い。




 そしてその逃げ続ける兎は・・・。



 「エンジン出力良好、7秒後に亜光速ドライブに移行します。

 5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・亜光速に突入しました」


 「よし!行ってみようか〜!!」


 艦長一人、ハイテンションを維持していた。





 そして、宇宙暦7000年1月1日、惑星連合とラアルゴン帝国、

 双方2度目の大戦の火蓋が切って落とされた。





 あとがき


 ・・・終わった・・・何故か今回は非常に疲れました。

 本当はハナ−提督を『そよかぜ』の艦長に任命し、アキトを副長にした壊れギャグ爆走中(当然受身はアキト^^;;)の

 話を書こうとしたのですけど・・・ヤマモト・マコトを切り捨てるのは勿体無かったのでオーソドックスに攻めさせていただきました。

 しかし、あの名場面(プレゼント)に対抗しようと、ネタを捻り続けたのに迷わず迎撃とは・・・さすがアキト(爆)

 始めにあれだけ悩んだでたのがバカらしかったです。(とにかく書いてみるものですね。例え本来の内容からかけ離れても^^;)

 前回の予告でヤマモトを生贄にすると宣言したのに・・・迎撃のせいで一話に収まりきらなくなりました。

 そもそもここまで盛り上げておいてヤマモトを今更蹴落とせるか?(私的にはもう無理ですね;;)

 でもまあいいやw

 とにかく、シナリオ、キャラの個性が変わりすぎました。

 もはやこれはタイラーじゃない!

 等と轟々たる非難が殺到しそうな予感に怯える渡来ですけど、見捨てずに見守ってください。




 ☆補助説明


 ・ハーディマン(Hardrman)

 ここでのハーディマンは海兵隊(歩兵)専用の強化外骨格形パワードスーツ、

 略してハマーとも呼ぶ。対艦白兵戦用兵器として重宝、


 ・フォースフィールド(亜空間バリア)


 主に敵の奇襲(ワープ)を防止するための局地防衛兵器、

 使い道によっては今回のように敵の離脱、または亜空間通信を防止する時にも重宝する。

 かなりの出力を必要とするため、単艦では展開できない。




管理人の感想

渡来さんからの投稿です。

いやぁ、アキトがタイラーとは違ったキャラになってますね。

でも、この方が面白いと思いますよ?

変にタイラーというキャラの枠内に収めるには、アキトは欠点が多過ぎますからw

・・・ま、タイラーが持つ欠点と、アキトの持つ欠点が相反するモノが多いせいなんですけどね。

ある意味吹っ切れたアキトと、ヤマモト達との会話が違和感なく書かれていて面白かったです。

ヤマモトが格好良すぎる気もしますが(苦笑)

実に美味しいところで話が終わっていますので、この続きが実に気になりますね!!