第一話 宇宙な大作戦


 漆黒の宇宙を背景に、二隻の宇宙戦艦が対峙していた。

 その二隻とは、宇宙軍中佐ホシノ・ルリ指揮するナデシコCと、稀代のテロリストたる闇の皇子テンカワ・アキト駆るユーチャリスであった。

 ナデシコCのブリッジで、ルリは必死になってアキトに呼びかける。



「アキトさんお願いです、帰ってきてください!もう復讐は終ったでしょう!?これ以上戦い続ける意味なんて無いんです!」

「わかった。帰ろう」

「そうですか、そっちがそのつもりなら仕方…え?」



 どぐわっしゃああぁぁぁあああぁぁぁん!



「きゃあああぁぁぁっ!?」

「うわあああぁぁぁっ!?」



 アキトの台詞に驚き操艦をミスったルリは、ナデシコCをユーチャリスのどてっぱらに突っ込ませた。

 お間抜けさんである。



「俺、帰るって言ったのに…」

「い、いつもは延々渋ったあげくに逃げ出すのに、なんでよりによって今日だけ突然素直なんですかっ!」

「…それは…」

《いいシーンの所申し訳ないのですが》

「アキト…問題ハッセイ…」



 ルリとアキトの会話に割り込んだのは、言わずと知れたラピス・ラズリと、ユーチャリスの主AIであるオモイカネ68000ProUHD(以下ProUHDと記述)であった。

 ところでProUHDはコレが『いいシーン』だと本気で思っているのだろうか?

 人工知性の思考や志向というものは理解しがたい。



《マスター・アキト。ナデシコCとの衝突の結果、相転移炉が一基暴走状態になりました。制御システムに問題が発生したらしく、こちらからの制御を全く受け付けません。機関のセンサー系まで死んでいるために正確な残り時間は計測/演算できませんが、長くてもあと10分以内に周囲の宙域ごと相転移します》

【それは外部からの方が正しく観測できそうだね。ユーチャリス相転移炉から漏れている放射エネルギーを計測した結果、臨界まであと8分57秒、56、55、54…】



 ProUHDのもたらした情報を、ナデシコCのオモイカネが補足する。

 アキトはその知らせに愕然とする。



「な、なんだって!?ルリちゃん急いでナデシコCをユーチャリスから離すんだ!」

「嫌ですっ!」



 ルリはアキトの言葉に逆らう。

 アキトは厳しい表情を浮かべて、ルリを叱りつける。



「何を馬鹿なことをっ!」

「イヤですっ!私が今離れたら、アキトさんはどうする気ですかっ!うまいこと言ってても、きっとまた逃げるんでしょう!?絶対に離れませんっ!」

《マスター・アキト。前々々回、舌先三寸で騙くらかして逃げたのが尾を引いてますね…》



 どうやらアキトの信用は地に落ちているようだ。

 まあそれは当然かもしれない。



「ナデシコCの乗員達がいるだろうっ!君は艦長としてその人達に責任が…って、アレ?」



 今更ながら、アキトはウィンドウに映るナデシコCブリッジに、ルリ以外のブリッジ要員が居ない事に気付いた。

 彼はあっけに取られて、その事をルリにたずねる。 



「…この映像から見るに、ブリッジ要員だれもいない?何故?」

《マスター・アキト、言い忘れたのですがナデシコCの生命反応はブリッジに1名だけです》

「あ、あの…アキトさんを追っかけるのを、ハーリー君達があんまりうるさく反対するので…丁度よく艦内避難訓練のスケジュールが組んであったので…その…私以外が全員脱出艇に避難終了したのを見計らって…その…切り離しちゃいました」

「をい」



 ルリも無茶をやる様になったものである。

 彼女が目標にしているのが、艦長時代のミスマル・ユリカであるのは有名な話である。

 しかし何もこんな所が似なくてもいいだろう、とアキトは思った。



《マスター・アキト…》



 そのとき、ProUHDが重々しく口を開いた。

 いや、正確には重々しい口調だとアキトが思っただけである。

 ProUHDはウィンドウに文字を表示しただけなのだから。



《マスター・アキト…ラピスと共にナデシコCに移乗してください。貴方とラピス、ルリさんの三人が助かるためにはそれしかありません》

「なっ!?」

《マスターがナデシコCに移乗したなら、艦ごとマスターのナビゲートでボソンジャンプするのです。ボソンジャンプでなければ、ユーチャリスの相転移炉暴走による破壊範囲からは逃れられません。それにルリさんの今後を考えれば、ナデシコCを失うわけにはいかないでしょう?》



 ProUHDは淡々と語る。

 アキトはためらった。



「だ、だがお前はどうなる?お前だけ残して…」

《マスター・アキト、私は生命無きただの電子計算機です。ルリさんやラピスの生命には替えられないはずでしょう?(^_^)》



 ProUHDは笑顔のシグネチャまで出して、おどけてみせる。

 彼ほどに高度な人口知性であれば、自らの消滅…つまり『死』というものに対する恐怖は備わっている。

 だが、彼はそれをおくびにも出さず、笑ってみせた。



「…すまん」



 アキトはラピスのオペレータ席へ駆け寄ると、彼女をかかえてナデシコCブリッジへボソンジャンプした。

 彼はすかさずルリに叫ぶ。



「ルリちゃん!ボソンジャンプの準備だっ!俺がナビゲートするっ!ラピスはオペレータ席へ走れっ!ルリちゃんをサポートするんだ!」

「は、はい!」

「…ワカッタ」



 ルリは流石に焦りを浮かべつつ、ラピスは無表情に、アキトの指示に従った。

 二人は非常時の備えとして船倉に積まれていたC.C.を周囲の宇宙空間へ放出する。

 アキトは精神を集中させ、転移先のイメージを作り上げる。

 ナデシコCの周囲にジャンプフィールドが形成され始める。

 ProUHDからの最後の通信が、ウィンドウに表示された。



《マスター・アキト…ラピス…あなたがたの幸せを願っています…。ホシノ・ルリさん、二人を頼みますよ(^_^)》

「…すまん…お前だけ残して…」

「…ごめんなさい…私が…私がナデシコCをぶつけてしまったから…」



 アキトとルリは哀しげに台詞を紡ぐ。

 そしてラピスがぽつりと呟いた。



「…サヨナラ」



 彼女は相変わらず無表情だった。

 しかし、彼女の瞳からはひとすじの涙が流れ落ち、ブリッジの床にこぼれた。









 そのとき、今までほとんど喋らなかったナデシコCのオモイカネがウィンドウを開いた。



【…ちょっといいかな?】

「オモイカネ…あなたも彼にお別れを言いたいんですね…」



 ルリはスクリーンに映ったユーチャリスを哀しげに見やる。

 だがオモイカネが言いたかった事は、そうでは無かった。



【いや…あのさ…まだナデシコCの艦首がユーチャリスに食い込んだままなんだけど。このままジャンプしたら一緒にくっついて来るよ。暴走直前の相転移炉ごと、ね】



 空気が凍った。



「だあああぁぁぁっ!?る、ルリちゃんはやく離すんだっ!」

「りょ、了解で…」

【いや、さ。離そうにもおもいっきり食い込んでるんだけど。艦首ブロックを切り離そうかとも思ったけど、どこか衝突で歪んだみたいでね】

《ぎゃ、逆噴射で力任せに分離し…何を落ち着いてるんですオモイカネ!》

【…いや、なんか君らが感動的に盛り上がってるの見たら、蚊帳の外に置かれた僕は逆に冷めちゃってねえ…。ところでテンカワ・アキト。ジャンプイメージの確保は?ナビゲート用補助演算器に何も入力が無いんだけど】

「あ」



 アキトが慌てふためいたため、彼が集中していたジャンプ先のイメージは、ものの見事に霧散していた。

 次の瞬間、ユーチャリスとナデシコCという二隻の戦艦は、この宇宙からきれいさっぱり消え去っていた。


あとがき


 ある日の雨上がり、私は道でぼけっと立ち尽くしていた。

 苛々しているためか、不眠症気味で仕事の能率は上がらない。

 そのため尚更に苛々がつのり、余計に能率が落ちると言う悪循環を私は繰り返していた。



「…宇宙、それは人類に残された最後の開拓地…」



 ふと私は、意味も無くTV版宇宙大作戦のオープニングを呟く。

 私は目を瞑る。

 脳裏には、壮大な宇宙空間のイメージが浮かんでいた。

 何故かその宇宙空間には、一昔前の和製特撮のように折り目がついていたり鋲が打ってあったりする。

 低予算の特撮番組では、背景の宇宙を紙やパネルにじかに描いていたらしい。

 さすがに洋物の宇宙大作戦では、背景も綺麗にできていた。

 ただ、エンタープライズ号主任パイロットのスールーが日本語吹き替え版だとミスターカトウと変更されていたのはちょいと残念だったが。

 私はためいきをつくと、帰宅の途についた。

 家に着くと台所へ走り飯を食し、満腹感で苛々を押さえ込む。

 そして私はパソコンの前に座り、無駄な勢いと宇宙からの毒電波に任せて本作を書き始めるのだった。

 

 

管理人の感想

WEEDさんからの初投稿です。

随分と人間臭いAI達が登場してますね(苦笑)

それにしても、ルリはルリで無茶してるし。

・・・ハーリー達、ちゃんと回収してもらったんだろうか?

素直なアキトで、このまま頑張れる事を祈っています(笑)