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 木連聖戦記  03:手繋ぐ?






「ぬうぉー!人をくれー!何故に使える人材がいないー?」

「愚問だよ、明人君。木連に人が少ないからこそ始まったこの戦争。人材が多い筈がないよ。ちなみに『人材』という言葉自体に役に立つという意味が含まれる為、『使える人材』という用法は間違っているからね」


 地球との開戦から4ヶ月。俺の魂の叫びは、八雲さんによって粉々に打ち砕かれた。報告・調査・折衝等休まる日もなく続いている俺の忙しさに対するいたわりは欠片も見られない。

 北斗というより枝織が仕事に行っていないある日、単独行動の俺は八雲さんに呼び出された。八雲さんが今常駐しているのは、木連優人部隊司令官が務める所ではない。某研究所──無人兵器制御知能(AI)開発機関だったりする。


 開戦以来順調な戦果を上げている無人兵器群だったが、その実情は混乱したものだった。敵対行動を受けた時の自動目標変更プログラムや行動パターンプログラムが幼稚かつ実戦にそぐわないものだったからである。が、それだけなら救いはある。救いようが無い程の馬鹿さ加減が出たのは、無人兵器の生産ロットによって、制御知能にバラつきがあったことだ。

 編隊を組んだ無人兵器群が目標以外から殆ど有効打にならない攻撃を受けた瞬間、3,4種類の勝手な行動に走るのを俺達は見た。この場合、敵攻撃の被害がない以上、既存目標にそのまま攻撃するのが正しい作戦だろう。しかし、俺達が見たのは、攻撃してきた敵に目標変更して攻撃するモノ、同じ敵を迂回して既存目標を攻撃するモノ、一時停止するモノ等含まれていた。

 結果、編隊はこちらが予想した打撃力を敵に与える事が出来なくなっていた。勝手な行動による友軍機の同士討ちこそなかったが、俺達に無人兵器の信頼性というか、作った技術者達を懐疑せざるをえない衝撃を与えてくれた。
 所詮、技術者や研究者は軍人ではない、効率的な戦いというものを知らないという事をまざまざと教えてくれたのである。


「俺が言いたいのはそっちじゃなくて、八雲さんは早く軍に戻って下さいと言ってるんです」

「いや〜最初は僕も嫌だったけれど、これが一度始めてみると面白くてね。アレもコレもとやっていくと、中々手が離せなくてね」


 そう言って笑う八雲さん。すっかり無人兵器制御知能開発機関での生活を満喫しているようだ。作戦行動が現状維持に落ち着いた所での派遣となったのだが、早々の復帰を願ったこちらの思惑を他所に、八雲さんはすっかり腰を落ち着けてしまったと見える。


 開戦してから3ヶ月経過した時、作戦は順調すぎる程順調に進展していた。

 火星沖で火星宙域艦隊を駆逐し、火星全域に無人兵器を展開、駐留軍を殲滅している。その一方、火星制宙権を守る為の攻勢防御として、地球・月方面にまで戦線を拡大した。地球には次元跳躍門を落とし散発的な攻撃を繰り返す事で、地球外に目を向ける余裕をなくさせた。月はこちらの予想を越えて、月面こそ掌握してないが制宙権を得るまでに到った。

 全ては、火星での遺跡プラントを取得する為の布石である。

 俺達はこの戦争の終結点を考える時に、木連人口の絶対的な少なさから現状戦力での地球制圧については、早々に議論を止めていた。また、地球人の完全抹殺や地球そのものを破壊する事についても、その後の世界維持を考えて、可能性を排除していた。

 圧倒的な戦力差と跳躍技術の独占を元に、高圧的な支配を最終目標に据えたのである。


 という訳で、火星占領も地球・月への攻勢防御もとりあえず成功し、戦線を維持すれば良いだけになったので、一番問題になっている無人兵器改良に戦略戦術のエキスパート、八雲さんが就いた。
 優人部隊司令官という要職が兼任しなければならない辺り、木連の人材不足は深刻である。しかも、深刻なこっちを放っておいて、八雲さんは嬉々として仕事に励んでいる。ソフト面だけでなくハード面にも改良の指示を出しているそうだ。


「ところで、八雲さん、火星占領作戦の事でまだ怒ってます?」

「…………」


 ちょっと気になっていた事を訊いてみると、今までの笑顔を止め、無言になった。って、司令官に中々復帰しない遠因かなとは思っていたけど、まさかそのものズバリですか?


「もしかして本気で怒ったりしてます?」

「…………」


 及び腰で訊いてみるもやっぱり無言。つまり復帰しないのは、八雲さんなりのサボタージュ、火星占領作戦への抵抗という意味もあるのかもしれない。


 火星占領作戦──端的に言えば、火星上からの地球人の排除、それが全てである。

 その排除の仕方で意見は割れた。一つは殲滅、もう一つは艦隊を撃破する事で圧力をかけ、自主的に地球に避難する時間の余裕を与え撤退させるというものだった。後者を主張したのが八雲さんであり、前者が俺だった。

 火星から地球に逃げた者達は、望郷の念から火星奪回を常に主張し続けるだろう。また、復讐心はあらゆる意味で大きな力となりうる。禍根は全て断つに限るという俺の意見。

 民間人を攻撃する理由はない。彼等も状況が分かり、圧力をかけ続ければ、必ず逃げる。過去に地球側が行った無意味な虐殺をここで再び我々がすべきではないという八雲さんの意見。

 平和時なら八雲さんの意見を推す者もかなりいた筈である。しかし、八雲さんにとって間が悪いことに、これは謝罪要求を無視された後の作戦会議だった。俺たち強硬派がそうなるように仕向けたとはいえ、八雲さんにとっては予想外の逆風だったとみえる。

 結果、作戦は前者に沿って立てられた。


「はぁ〜〜っ、火星占領作戦を強行に推し進めたのは俺ですから、別に俺にだけ当たる分にはいっこうに構わないんですけどね。既に舞歌には嫌われたことですし」

「舞歌が明人君を嫌ったって?」

「ええ、散々に言われましたよ。一番傷ついたのは、『北辰の同類』と言われたことですね」

「それは確かに傷つくだろうね〜」


 しみじみと肯く八雲さん。そこで同情されても嬉しくない。


「でも、それは舞歌が明人君に甘えているからの言葉だね」

「甘えてる? 舞歌が?」

「そう。舞歌も立場的に作戦を非難する事は出来ない。優人部隊司令官の妹にして参謀がそんな事をすれば、軍としての秩序が失われるからね。
 でも、民間人の殺戮の事実から精神的均衡を保つ為には誰かを攻撃しないといけない。攻撃しても無条件に許されると無意識に考えている相手に対してね」


 八雲さんが舞歌の精神状態を説明してくれるが、その論法で行くと舞歌は俺の事を無条件に信頼していると聞こえるのだが気のせいだろうか。絶対にそんなことはないと思うのだが。

 反論が思いつかない俺に、八雲さんは感慨深げに呟くように言った。


「ちょっと寂しいかな」

「へ!?」


 思わず間抜けな声が出る。今の会話の流れのどこに『寂しい』と思わせる部分があったんだ?


「昔はその意味で目標となるのは僕だったからね」


 …………ブラコンの興味対象が俺に移った事が寂しいんですかい、八雲さん? もしかして、妹がブラコンなら、兄はシスコン?


「明人君、何やら不穏な事を考えてないかい?」


ぶるぶるぶる


 どことなく冷気のこもった質問に首を一生懸命振って答えた。いや、鋭いですな、ほんま。


「そういえば舞歌なんですが、仕事のかなりの部分を副官に押し付けてフラフラ遊んでいるんですよ。八雲さんから少し言っておいて貰えませんか?」


 とりあえず話をそらす狙いの俺の軽い言葉を聞くと、八雲さんは静かに立ち上がった。何事かと目線で問いかける俺を手で制し、部屋の入口に向かい、扉をいきなり開け放った。


ガン!


 何かを打ちつけたような音が響く。

 盗み聞きでもされていたかと慌てて見れば、舞歌がおでこを抑えてペタンと座り込んでいた。

 何だ、舞歌か。慌てて損した……


って、何故に舞歌がここにいる?

「一応、視察に来たらしいよ」


 未だにおでこを抑えたままの舞歌に代わり、八雲さんが答えてくれる。


「視察ね〜、優人部隊司令代理の決済書類が山脈のように溜まっていたと思うんだがね〜」

「さぁ〜ね〜、お昼から来た明人君と違い、舞歌は朝一から来てるから、もう終わってるんじゃないかな?」


 二人のツッコミに舞歌は手のひらをパタパタと振って答えた。


「大丈夫よ。全部千沙に任せてきたから」

大丈夫なわけあるかい!


 舞歌は、どうしてこう能力もあるし、責任感もあるし、人情味もあるのに、こと仕事に関しては普通に遂行できないのだろう? 一度、トコトンまで聞いてみた方がいいのだろうか? それで『面白くないから』とでも返ってきたら嫌だから聞かないけど。

 しかし、そんな事を言ってる場合ではないな。


「舞歌、戻るぞ」

「あっ……」


 舞歌の手を掴まえる。逃がさず軍務をさせないといけない。千沙がくたばる前に。


「八雲さん、それでは、また……って、誰にウインクしてるんですか、あなたは?」

「安心していいよ、僕も男性にする趣味はないから。舞歌をよろしく頼むよ」


 まさか舞歌と仲直りさせる為に俺を呼んだとか。いや、八雲さんなら、まさかではないか。その頼まれた舞歌の方を見てみると顔がほんのりと赤くなっている。


「舞歌、風邪か? 顔が赤いぞ」

「何でもないわよ。それよりこのまま軍本部まで行くつもりなの?」


 自分の掴まれた手首を見つめて言う舞歌。


「逃げないと約束するなら放してもいいが? 治安部隊から手錠を借りてもいいし?」

「そんなの余計恥ずかしいでしょう! ……え、え〜と、そんなに逃がすのが嫌なら手を繋いでいかない?」 

「俺としては逃げないで仕事すると約束して貰えれば、それで問題ないのだが」

「だから、逃げたくならないように手を繋げと私は言ってるの!」


 微妙に話の論点がずれてる会話をどうしようかと思っているところに、八雲さんから声がかかった。


「どっちでもいいから、早く帰らないときっと千沙君泣いてるよ」















帰ると千沙は確かに泣いていた。書類の山と格闘しながら。

俺達の手の辺りに驚愕の視線を送り、手は書類にサインするという器用な事をしつつ。

















<あとがき>

座談会を読むと身につまされる事が多々書いてありますよね。

読んでて、『うぎゃ!』とか『あべし!』とかなりそうでした。 

何気に名前が出てて、びっくりもしてますけど。

で、私のような未熟者が言うのもなんだけど、SSの書き方で一つ。

書く際は、国語辞典は手元に。

広辞苑とは言わないけど、これは必須だと思いますよ、うん。

準備して活用してても間違いが出る私ですけど。










 

 

 

代理人の感想

舞歌さん可愛い・・・というか、感情の動きが実に自然で上手いですね。

八雲さんの本音もちょっと笑ったり。

 

>山脈のような書類

・・・・・・・・・・なんかこう、千沙ちゃんに同情と言うか同病相哀れむと言うか(爆死)。

しかし、彼女が副官と言うことは今回も氷室君は存在を抹殺されているのね(笑)。

 

>国語辞典

いやまったく。私も常備してます。

もっとも、間違える人はそもそもどこが間違ったか気がついてなさそうなので

そういう人に対しては効果が薄いと思われるんですが(爆)。