「アキト君、本当にいいのね?」

「ああ。ラピスの事は頼んだぞ、エリナ」

「ええ、任せておいて。だから、アキト君は安心して手術を受けてくれるかしら」

「フッ、イネスを心配するなんて無駄な事はしないさ」

「ふふふ、じゃあ12時間後に会いましょう──」

「そうね、12時間後に──」


イネスとエリナの笑顔で紡がれた言葉を最後に俺の意識は薄れていった。


しかし、二人の笑顔にそこはかとない
邪笑が見えた気もするのだが……




















意識は唐突に戻った。

何も考える事なく開いた目に、天井の白さが入ってきた。

病院や研究室特有の無機質な白さ。

しかし、何故見えるんだ?

ラピスとのリンクを切る手術をした俺に、視力がある訳ないのだが。

無きに等しい触感を信じるならバイザーを付けている様子もないのに。

ん?

触感?

いや、体全体に重みを感じるのだが?

それ以前に体自体がまるで自分の体でないような不思議な感じがする、ついでに頭の方も。

これもラピスとのリンクを切った影響なのだろうか。

わからない。

わからないが、とりあえず起きてみるか。

寝ていたベッドから上半身を起こして辺りを確認してみると、様々な情報が俺の頭に入ってきた。

まるでブラックサレナに乗っている時、IFSを通じて入ってくる情報のように。


「こ、これは……?」


呟かれた言葉が聞こえた。

俺の言葉とは思えない声だったが、確かに聞こえた。

視覚、聴覚、触覚──嗅覚と味覚は分からないが、五感の一部が感じられる。

ラピスとリンクしていた時とは全く違う感覚だが感じられる。


「何なんだ?」

「混乱しているようね、アキト君」


やたらと高音な気がする自分の声に、白衣の裾をはためかせたイネスが答えてくれた。

扉からホワイトボードを搬入しながら。

ともかくこれからの長い時間を覚悟した俺に、イネスさんはまず手鏡を渡してくれた。

手鏡を覗き込んでみる。

鏡に映るその姿は──


カーマインの長い髪。

同じ色に輝く瞳。

白い肌と鋭角的なシルエットの耳カバー。


首を上下左右に振ってみる。

鏡の中の相手も同じ動きをする美女


「イネスさん、説明して下さい」

「わかったわ。この私が詳しく分かりやすく、かつコンパクトに説明しましょう!」


フッ、自爆とは分かっていても聞かずにはいられない事だってあるさ。






















俺は走っていた。

ただ一目散にユーチャリスに向けて走っていた。

もうたくさんだ!

これ以上ネルガルと関わりたくもない!!


「止まれーっ!」


パシュッ


居並び銃口を向けるネルガルシークレットサービス達に肘関節の連結を外し、スタングレネードを発射した。

同時に視覚・聴覚をカットし、閃光と衝撃波の真っ只中を突っ込み、突破する。

CCかジャンプフィールド発生装置があれば、一気にユーチャリスまでジャンプ出来るのだが、今手元には無い。

走って行くしかなかったが、それも後僅かだ。


そして、後数十mで入口に辿り着くという所に、一人の女性が立っていた。


「アキト君!」

「エリナか……」


後ろから追っ手が来る様子はない。

俺はエリナの前で立ち止まった。


「アキト君、何故逃げるの? 何が気に入らないの?」

「寝ているうちに訳の分からね改造されて気に入る奴が何処の世界に存在する!」

「仕方なかったのよ。アキト君の身体は、もうボロボロだった。ドクターは後半年保たないと私に言ったわ」


エリナが悲痛な声で俺に告げる。

その位分かっていた。俺の身体が悲鳴を上げている事なんか自分自身が良く知っている。


「私は生きて欲しかった。どんなになってもアキト君に生きて欲しかった」

「だとしても、これはやりすぎだ!」


俺は背中に流れる赤い髪を振り乱して叫んだ。

今更、自分になど、テンカワ・アキトになど未練はない。

身体が女性になった位で騒ぐつもりも無い。

意識を移した方法が、適当に繋げて調整して、イネス・ナビゲートのジャンプで融合といういい加減な方法だったとしても、成功したのだから文句は言わない。


しかし、何故超小型相転移エンジンが体内にある。

エステバリス並のディストーション・フィールドが張れる。

口からグラビティ・ブラストを吐ける

更にオプションで、エステバリスに重力波ビームを供給出来るらしい。


イネスの説明を受けた時、意味もなく完成版Dという単語が頭の中を駆け巡ったぞ。

そんな奴には会った事もない筈なのだが。


「さよならだ。もう会う事はない」


エリナの傍らを通り過ぎながら、俺は呟いた。女性の声で。


「訊かないのね。何故あなたの身体が女性型になったのかを」

「──何故なんだ?」

「その身体の正式名称は、LILY−TYPEW−HMX−13A、通称セリオよ」

「リリー?」


どこか不安を感じさせる型番に、俺は知らずに呟いていた。


「そうこれはウリバタケ班長が作り、うちの極楽トンボが資金援助したリリーちゃんシリーズの最高傑作なの。頭脳にオモイカネシリーズを積み、考えられる最高の技術を外見に使って整形したロボット


そこでエリナは一度唇を噛み締めた。


こんなこともあろうかと作っておいたのに、あの二人は折角だからと女性型にしてしまったのよ」


成る程、だから美女スタイルもいいのか。

それにエリナとイネスが実は女性同士の方が良かったなどという理由でなく、少しホッとした。

しかし、それとこれは話が別だ。

俺は標準装備の背中のバックパックからはりせんを取り出すとエリナに渡した。


「俺はもう行かなければならない。これで仇を取ってくれ」

「──分かったわ」


もう言葉はいらなかった。

後は俺が銀河の彼方に消え去るだけだ。


















「ダッシュ、起動シーケンス・スタート。ジャンプするぞ」

『────』

「ダッシュ、聞こえないのか?」

『──もしかして、マスターですか?』

「そうだ」

『随分と可愛らしいお姿に』

「やかましい」


流石にダッシュでも俺とは気付かなかったようだ。

いや、気付く方がおかしいか。簡単に納得するのも十分おかしい気がするが。


『マスター、ジャンプ・フィールド展開します』


さて、どこに跳ぼうか? とりあえず火星かな。


な!?


俺はジャンプアウト地点のイメージを送ろうとして気が付いた。

何かがおかしい。上手くジャンプのイメージが出来ない。


ピッ


『アキト君、聞いて』


慌てる俺の目の前に、イネスのコミュニケが開かれた。


『アキト君の今の身体はロボットなのよ。その身体には、ジャンプ制御のナノマシンが含まれていないから、ジャンプ出来ないわ』

「はぁ〜不便になったな。俺一人ではユーチャリスも動かせないという事か」

『アキト君……』

「ダッシュ、ジャンプ・フィールド解除だ」


あんな別れ方をしたというのに、もう一度はイネスやエリナに会わなければならないことにため息が漏れる。

そんな俺にダッシュの慌てた報告が入った。


『マスター、ジャンプ・フィールドの解除が出来ません』

「何! どういう事だ?」

『分かりません。外部からの何らかの干渉が認められますが、原因不明です』


ズッと引き摺られる感覚が身体をよぎった。

これはジャンプする前兆。


アキト君、アキト君……お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!…………


イネス──アイちゃんの叫び声と共に俺の意識は失われた。











せ り お 1st

〜 機械仕掛けのアキト君 〜

前編












<あとがき>

アキト君の外見は、セリオです。

分からない人は、HMX−13セリオで検索して下さい。東鳩あたりで見つかるでしょう。


P.S. Dって、グラビティ・ブラスト吐けました? 盛大な勘違いをしてしまった気がする……










 

 

代理人の感想

HAHAHAHAHAHAHAHAHA!

口カラぐらびてぃぶらすと吐ククライ問題ナイデスネ!

ソモソモ体内ニ相転移えんじん積ンデル時点デ問題アリマクリデース!

コノ上一ツヤ二ツ変ナ所ガアッテモ誰モ気ニシマセーン!

あんだすた〜ん?