機動戦艦ナデシコ
  育てよう  03: 契約と修正と




 ネルガルのプロスペクターがフクベ邸を訪れる1ヶ月前、軍を退役したフクベ・ジンは元火星駐留軍だという二人の訪問を受けていた。
 退役直後は軍関係者、マスコミの取材から自伝の執筆契約を望む出版社、会ったこともない遠い親戚、ただの野次馬まであらゆる種類の人間の来訪で賑わったフクベ邸も本人の意向で殆ど面会すらしない影響からか、この頃は閑散としていた。

 この黒を基調とした服装の若い男女の訪問にも会うつもりのなかったジンだったが、二人の元火星駐留軍という言葉に何か予感があったからか二人を純和風の邸内に招き入れた。
 そのジンの予感はすぐに的中することになる。

 短髪に黒いバイザーを付けた青年と水色の髪を1本のポニーテールに纏めた少女の二人、アキトとルリが挨拶もせずにいきなりブラスターをジンに向けたのである。

「俺達の故郷はユートピアコローニーだ。他に説明はいるか?」

 アキトの何の感情も込められていない声がジンを打つ。

「ワシから言えることは何もない。好きにすればいい」

 第一次火星会戦において、結果的にユートピアコローニーを壊滅させたことになるジン。彼は遂に、或は、やっと来たかという感じで二人の告死天使を見つめ、ゆっくりと首を振り、目を閉じた。

「俺達がたまたま休暇で地球に来ている時にあの戦争は起こった。同僚だった火星駐留軍の為にとは言わない、彼らは戦う事が使命だったのだから。だが、ユートピアコロニーをはじめ火星で死んだ全ての一般市民の為に……」

 アキトが大嘘の断罪を告げる。大体アキトとルリが軍にいた事実はない。今後の展開を楽にする為に事実を確認しようのない火星駐留軍だと名乗っているだけである。当然地球に残されている記録等はルリが改竄していた。
 しかし、そんなことをジンが知るよしもない。心中様々な事を考えたであろう彼だったが、何も言葉にする事はなかった。

「死ね」

ダン!

 アキトの声とブラスターの発射音は同時だった。

 だが、人体を破壊する音は聞こえなかった。
 ジンの身体にも何の被害はなかった。
 代わりに硬質の物が破壊される音が響いただけだった。

 ジンはおそるおそる目を開け、破壊音が聞こえた背後を振り返った。
 そこにあってはならない事を見つけると叫んだ。










ワシの壺がぁーっ!


ダン!ダダダダァン!!


壺が壺が壺がぁーっ!


 ジンの魂の叫びを無視して、アキトのブラスターが和室の床の間に飾られた壺と背後の壁を完膚なきまでに破壊した。あくまでも無表情に。
 しかし、『ワシの壺がぁーっ!』という最初の叫びを聞いた以降、隠し切れない歪んだ笑みがアキトに浮かぶのがルリには分かった。それは同じような心境のルリだから分かったのか。
 今更ジンに対しこれといった隔意のないアキトと元々そんなものがないルリだったが、過去の経験は二人の歪みを助長したのかもしれない。

「お前にはまだお前の役割がある」
「あの壺は良い壺だった……」

 アキトの自らの役割に酔っているような言葉。それが聞こえないようなジンの言葉の方は、一気に数十歳も年を取った感じがするものだった。

 そんなジンの様子を見つつ、アキトの言葉は続く。

「ネルガル重工が軍とは別に独自の戦艦を建造している。奴等はその戦艦で火星に向かうつもりだ。火星に残されたネルガルの人的物的資源の回収、そして、自社製戦艦による火星への単独航行の実績を軍に示す為に」

 繰り返される火星という言葉に俯いて顔の見えないジンの肩が少し震えた。

「ネルガルはその戦艦の提督、オブサーバー役をお前に依頼するだろう。つまりお前は火星に行く事が出来るという訳だ。お前が護らなければならない筈なのに破壊した火星の地にな」

 ジンの目に光が灯った。
 それはどのような光か。
 切望しつつも何をする事も出来なかった彼に道を示した事によるものか。
 遂に訪れた己が贖罪の機会の可能性を感じたからか。

 アキトとルリにはジンの心の中まで推し量ることはできなかったが、彼らにはそれはどうでも良い事でもあった。何故なら彼への接触は、単に自分達の目的遂行の為でしかなかったからである。

「その際俺達二人もその戦艦に乗せてもらう為に便宜を図ってもらいたい、火星に帰る為に」

 そのくらいの義務がお前にはある筈だとアキトは話を締めくくった。










 そして、今、アキトとルリはフクベの姓を名乗り、プロスペクターと相対している。

 アキト達が火星からの旅行者と疑わないジンが、フクベ姓を名乗るメリットを説明したのである。この時代にテンカワ・アキトとホシノ・ルリが別に存在している以上、どうせ偽名を名乗らなければならなかった二人はあっさりとそれを了承した。名前の方は、ルリの強い希望、アキトをアキト以外の名前で呼びたくないという理由でそのままである。

「初めまして、フクベ・アキトです」
「フクベ・ルリです」

 そう挨拶する二人をプロスペクターは笑顔で迎えた。

「これはご丁寧に、こちらこそ初めましてですな。私はこういう者です」

 黒い名刺入れから素早く名刺を取り出したプロスペクターが言葉と共に差し出した。アキトはそれを丁寧に受取ると、プロスペクターという名前につっこみもせずにバイザーを外した。

「視覚矯正の為に付けています。失礼ですが付けたままでもよろしいですか?」
「はいはい、構いませんとも」

 プロスペクターは表情に出すなどという交渉人の初心者のような事はしなかったが、多少気にしていた事があっさり解決して相好を崩した。それはバイザーに隠されていたアキトの素顔が案外良い人に見えた事も理由している。
 また、ルリが美少女である事もプロスペクターの態度に一役買っているだろう。いかなプロスペクターといえども美人美少女を見るのに嫌はない。

 ちなみにプロスペクターは既にこの時代の『私、少女です』のホシノ・ルリに会った事がある。しかし、そのルリの成長した姿が、今ここにいるルリだとは気付く事はなかった。

 本来のルリの外見上大きな特徴といえば、ツインテールと金色の瞳である。
 それを逆に考え、その二つがなければルリと同一人物と認識されることはない筈だとアキトとルリは考えた。そこで髪型をポニーテールに変え、青色のカラーコンタクトレンズをしたのである。

 二人を並べてみれば容易にばれそうな変装であるが……





「では、お二人共こちらの契約書にサインをお願いします」

 プロスペクターはそう言うと、契約金、月額給料その他、仕事内容を素早く記入した用紙をアキトとルリに差し出した。
 しばらく会話をしたプロスペクターは、フクベ・ジン直々の紹介と会話の節々から感じられた有能性から、二人の雇用を決めたのである。元火星駐留軍との触れ込みから、提督補佐官兼戦闘オブサーバーとして。

 アキトは出された契約書を見つめた。

 そこには過去には読もうとも思わなかった付帯事項がずらっと並んでいた。ソフトウェアの同意許諾書やクレジット契約の規則並の字の細かさと内容。
 どんな事が書かれていたとしても殆ど理解出来なかった過去と違い、今は分かるので懐かしさと共に読み進んでいくと、以前の世界で反乱騒ぎを引き起こした一文に行き当たった。

「こんなのもあるんですね」

 それをプロスペクターに指し示す。

「おやおや、気付かれましたか」
「ええ」
「それでどうされますかな?」

 プロスペクターの探るような視線をくすぐったそうに外し、アキトはどうもしませんよと答えた。

「大体、俺達は仕事で火星に行くんでしょう。恋愛をする為じゃない」
「その通りです」
「この条項に気付いた人は大した物だと思いますが、大した理由もなく削除しようとするなら、その人に小一時間も問い質してみたいものですね。お前は何の為に火星に行くんだって」
「いやいや、まったく仰る通りですな」

 アキトの誠実な言葉にうんうんと肯くプロスペクター。

 アキトの言葉に偽りはない。事故か偶然とはいえ、様々な思いを胸に未来から戻って来たというのに、そんな瑣末時に関わるなど無駄だと考えている。正に何を今更……という感じなのだが、ここにはそれに納得出来ない人物が一人居た。

ゲシッ

 その人物はアキトの意識を一瞬で刈り取るような攻撃を延髄に行った。
 ふらっと倒れるアキトの上半身を支え、床にゆっくりと寝かせると、彼女は凍るような瞳をプロスペクターに向けた。

「ここは二人共削除します」
「い、いや、そ、それは……」
「よろしいですね」
「は、はい!」

 プロスペクターはルリに屈した。











<あとがき>
連載モノはあまり間隔を空けてはいけないと分かっているのですが、かなり空けてしまいましたね。申し訳ありません。第3話をお届けします。
久々でシリアスの匙加減を間違ったかもとか思いつつ、このSSでは最初からそうだったなと開き直り^^;

契約書のあそこ。
意味もなくアキトに消させるのもどうかと思ったので、ルリに消させました。
そこら辺は私のこだわりですね。何か見ていると惰性と真似で消している人、多い気がして。
それを非難している訳ではありませんが、何故に?と思う事も多々あったもので。



 

 

 

代理人の個人的な感想

う〜む、いやまったく。

他人の展開をパくる事自体はともかくとして、

パクるならパクるでひとひねりくらいはしてもらえると、読んでるほうとしてはありがたいですよね。

それがネタになるなら尚更(笑)。