えりなせんせいといっしょ!第三話『暗躍の秘書さん!』

 

極東方面軍第3艦隊旗艦トビウメブリッジ


「提督よろしいのですか? このままナデシコを行かせて」

モニターで上昇し離れて行くナデシコを見ているミスマル・コウイチロウに参謀の一人が問いかけた。

「よくはないが仕方あるまい。鈍足の本艦では追いつけぬし、捕らえる手段もない」

嘆息してコウイチロウが答える。
まるで真面目な提督のようである。

「後は、防衛ラインと連合軍のふんぞりかえるしか能のないものに任せる」
「はい」
「本艦は予定通りクレに向かいドックに入る。指示を任せるぞ」
「了解いたしました」

かなり小さくなったナデシコを見つつ、後ろにいる青年に問いかけた。

「ところで、アオイ君、君は何をしているのかね?」
「……うう……ユ、ユリカァちゃ〜ん(泣)」
「そうか、我が最愛の娘のことながら……ロリコンにはやらぬぞ……」

 

ナデシコ内食堂


今テンカワ・アキトは厨房を借りてチキンライスを作っていた。
五感、味覚が戻ったというのにコックというか料理をしそうにないアキトにルリが尋ねたのだが、

「味覚がずれてる為、他人様には出せない」

とのことなので、実験役をルリが買って出たのだ。

実際、味覚の消失と料理のブランクでアキトの舌はかなりずれていた。
料理そのものを忘れていたわけではないので、ナデシコ三傑ユリカ、メグミ、リョーコの比ではない。
しかし、自分の考えている味と感じる味が違うというのは料理人には致命傷である。
火星出身者は育つ食物が違うのだから、概ね地球出身者とは少し味覚が異なる事情もある。

ただ、そんな状況でも料理自体は好きなので楽しそうなアキト。
もっともそれを見ているルリの方がより楽しそうである。

「はい、出来た。お待たせ」
「ありがとうございます」

ルリがスプーンを持って食べようとする姿をじっと見つめるアキト。
ルリの頬が赤く染まる。

「あ、見てたら食べにくいか? じゃあ、洗い…」
「そんなことないです! あ、……傍にいて下さい

ルリが真っ赤になったままアキトを止める。肌が白いから余計頬というか顔全体の赤が目立つ。

「じゃあ、いただきます。(ぱく)」
「うん、どうかな?」

ルリはちょっと考える仕草をする。

「……そうですね〜前に比べてちょっとしょっぱいですね。……で、ケチャップの甘さとけんかしてる感じです」
「……ありがとう。やっぱり俺の味を知っている人の意見は貴重だね。
 エリナとラピスは、うまいかどうかしか判断できなくてね。また、味見してくれるかい?」
「はい。わたし、アキトさんのチキンライス大好きですから」

むむむむむむ……アキト近寄りすぎっ!
「うわぁ!」
「きゃ!」

ルリとアキトの間に突然コミュニケが開き、ユリカちゃんが顔を出した。

アキト!ずるい!私にも作ってぇ!!

ピッ

『あ、私のもよろしくね!』
『アキト、ラピスもたべたい…ルリ姉ずるい…』

エリナとラピスのコミュニケも開く。
オモイカネに頼んで観察していたようである。

「………」

『じゃあ、三人前ブリッジへ出前ねぇ!』
『待ってるわ』
『ラピスも』

ピッ

言うだけ言って、コミュニケを切ってしまう3人。

「……俺、今回、コックじゃないんだが…」
「…無駄です、アキトさん…」

至福の時間をつぶされたルリが不機嫌そうに呟いた。

 

地球連邦宇宙軍参謀総本部会議場


一般人から見ると単なる醜い軍人のエゴが怒号とともに飛び交っていた。

火星会戦とその後の月、地球防衛戦まで戦いらしい戦いを経験していなかった軍部。
そうなると当然、上層部というのは自分達の権益のみを守る人間が占めることになる。
平和な時代、公明正大な人間は軍人にならないし、なっても出世するわけがない。
権益に固執していながら無駄に有能な人材がいないわけではない。より始末に追えないが…

それでも木星蜥蜴との戦争で緊張が生まれ、ましになった方なのである。

しかし、そんな軍人達の思惑もたった一言で吹き飛んだ。

明けましておめでとうございま〜す!

ナデシコ艦長ミスマル・ユリカちゃん。赤い振袖姿が良く似合っている。正しくお子様。
しかも、ラピス6才に桃色の桜をあしらった振袖を着せ腕に抱えている。

ユリカは、リムジンいっぱいのトランク持参だから自前であろう。
ラピスは、比較的常識人のアキトとエリナが持ち込むとは思えない。
ま〜犯人は、そのラピスを自慢気にカメラ片手に見ている某操舵士と某整備班長であろうが…





それは、ともかくナデシコが穏便に地球を出て行くという交渉は決裂した。

 

ナデシコブリッジ


喜び嬉しさと諦めという二つの感情が支配していた。

喜び嬉しさ筆頭、ユリカちゃん。振袖姿をアキトに見てもらえたから。ミナトとウリバタケが二番三番。
諦め筆頭、プロスペクター。以下提督、ゴート、エリナといったところか。
いや、何故かエリナもどこか嬉しそうである。

「うむ、気をとりなおして、今後の遭遇する地球の防衛線について説明する」

ゴートの説明が始まった。
が、すぐにルリが邪魔をした。あ、邪魔というわけではないが。

「艦長、宇宙軍の艦艇にナデシコ以外の攻撃目標が指示されました」
「へ!? ナデシコ以外のぉ?」
「はい。通信内容によると活動休止中と思われていたチューリップが各地で活動再開したようです」
「あ、それは、ラッキー! 今の内にどんどん行っちゃいましょう!!」

改めて、ゴートが話し始めた。

第5次以降の攻撃、地上発進の対空戦闘機、気圏戦闘機や宇宙艦艇からの攻撃は無くなった。
第4次防衛ライン、地上からの地対空ミサイル攻撃。
第3次防衛ライン、衛星軌道に配備された無重力戦闘機デルフィニウムによる迎撃。
第2次防衛ライン、高度衛星軌道上のミサイル衛星からの攻撃。
第1次防衛ライン、高高度衛星軌道上の核融合炉バリア衛星。通常ビック・バリア。

ナデシコの誇る防御。ディストーション・フィールドは、宇宙に出た時に一番その効力を発揮する。
エネルギー源が相転移エンジンであり、相転移エンジンは真空をより高位の真空と置き換え、その際発生する…
という想像しにくい機関である。それはともかく、故に真空中で最高出力を得られるからだ。
これは、主砲グラビティ・ブラストにも言えることである。

「…よって、威力の低い地対空ミサイルは無視できるし、ミサイル衛星以降もおそらく問題ない。
 デルフィニウムの近接戦闘にだけ注意してくれ。わかったかな、艦長?」
「は〜い!」

ユリカちゃんはどこまでも明るい。

それで、もうアキトのとこに行っていいのぉ?

スパ〜〜ン

「戦闘警戒中は、すべて艦長はブリッジ待機です」

エリナが澄まして突っ込んだ。今日は、緋色のスリッパである。

 

衛星軌道基地サクラ


「どうなっても構わない。やってくれ」
「しかし、やめたほうが……後悔しますよ」

ナデシコ副長アオイ・ジュンは先回りしてここに来ていた。
現在、IFSナノマシン処理をしようとするジュンを医者が止めているところである。

「構わないと言っている!!」
「でも、士官であるあなたが……」

ちなみにジュンは軍を辞めてナデシコに乗っているので士官ではない。
その元軍人が何故ここにいるかといえば、コネ以外の何物でもない。

IFS処理は地球では一般的ではない。パイロット、オペレーター限定と言っても良い。
特にジュンのような士官から将官への道が約束されたような連合大学出の軍人達は、
他に能が無いパイロット風情が付けるものという認識である。

「もういい、貸せ!!」

目を血走らせたジュンは、医者から無針注射器を奪い自分の首筋に押し当てた。

 

ナデシコブリッジ


地対空ミサイルの猛攻に晒されている。

と言っても現状は、

『ミサイル、着弾確認、253発目です』

とオモイカネが報告し、
ディストーション・フィールドに守られたブリッジがわずかに揺れ、

「飽きないわね〜」
「そうですよねぇ〜」

ミナトとメグミがうんざりとぼやいて、

「まったくもったいない。ミサイル一基で何百万から何千万するというのに」

とプロスが算盤片手につぶやき、

「その分、うちから仕入れてくれたら、いいんだけどね」

とエリナが返す、
の繰り返しである。





『衛星基地サクラから敵機発進確認』

オモイカネの警告が第三次防衛ラインに到達したことを告げた。

「敵機デルフィニウム9機確認。交戦地域まで残り時間カウント出します」
「ルリちゃん、ディストーション・フィールドでいけるぅ?」
「現状では完全には無理と思われます」
「エステバリス隊発進準備して下さ〜い。敵機交戦地域まで残り5分で出撃ね。
 ナデシコの重力波ビームエネルギー供給フィールドの半分の距離で迎撃して下さいね〜」

艦長ミスマル・ユリカの顔でびしっと指示を出すユリカちゃん。
それに答える既に待機状態のパイロット二人。

『『『了解』』』

『『………え!?』』
『こら〜ヤマダ「ダイゴウジ・ガイだ!」てめぇ、何している!!』
『ガイ!!』
『ちょ、ちょっと、ヤマ「ガイだ!」……あなた、全治2ヶ月の骨折でしょう』
『こんなもの、気合で治る』
『治るか〜!! さっさとエステから降りろ!』
『ふっ、戦場が俺を呼んでいる』
降りろと言っている!!
ゲキガンガーにかけて俺は勝つ!! ふははははあっはははは
『会話をしてくれ〜!!』


「え〜格納庫、混乱しているようですが、艦長どうしましょう?」

通信士が聞いた。

「まぁ、ヤマダさんだから大丈夫でしょう。逝っちゃって下さい!」
「はぁ〜エステバリス全機、発進して下さい」

『『待て!! ガイ(ヤマダ)を止めろ!!!』』

アキトとウリバタケの絶叫がブリッジに響き渡る。

「あ、もう出ました」

ルリがアキトさんが珍しく慌てているな〜何故だろう?と考えながら報告した。

アキトとウリバタケの顔に縦線が走った。

『テンカワさん、デルフィニウム接近します』
『くっ……イツキちゃん、二人で迎撃する! ウリバタケさん後任せます』
『……いや、任されてもな…』
『『出ます』』

そんなウリバタケを無視して、アキトとイツキもカタパルトから出撃した。

「それで、ウリバタケさん、ヤマダさんがどうしたのですかな?」

プロスが落ち着いて尋ねた。

『……ブリッジでは、ヤマダ確認できるか?』
「え、ルリちゃん、お願い」
「はい、ヤマダ機……落下しています」
「そう落下してるの」

ユリカちゃんは肯いた。

「「「「「ん!? 落下!!」」」」」
「はい。ヤマダ機地上方向に落下しています。あ、3・2・1……通信可能域越えました」

ルリの冷静な声が響き、ブリッジを静寂が包んだ。

『ヤマダのエステは、空戦フレームなんだよ』
「アキトさんもイツキさんも空戦フレームのようですが」

苦々しげに話すウリバタケに一人冷静なルリが返事をする。

『ヤマダの野郎、全治2ヶ月って話でエステに乗れるわけがなかったんだよ。
 だから、高高度用エンジンに換装してないノーマル空戦なんだよ!!』
「あっ……」

ルリにもようやくウリバタケとアキトの意味する所が分かった。どうしようもないが。

「え〜つまりどういうことになるのですかな?」
『エンジンが停止するから、重力に引かれて地上に落ちる。ま〜運と腕さえ良ければ、
 どこかで再起動して助かるがな。ま、ヤマダだしな』
「そうですな、ヤマダさんですし」
「そうですね」
「うむ」
「まったくよね」
「うんうん」
「ということで問題なし!」

ブリッジはユリカちゃんが締めて通常復帰した。
それにしてもメグミ、君は人の生死に一番敏感だったはずなのに…

 

「あ、デルフィニウムから通信入ります」
『ユリカちゃん!』
「ジュン君?」

ユリカちゃんが?と指をおでこに当てて考え込む。
非常に似合っている。12才の現在、年相応中々萌えるものがある。

「ねぇ、ジュン君。なんで、そんなとこにいるのかなぁ?」
『ユリカちゃん、僕は君を止めにきた。これ以上は進ませない!』
「なんでぇ?」
『君は宇宙軍を敵にまわすつもりか。そんな危険なことは止めて一緒に宇宙軍に入ろう!』

ジュンはどこか悲壮感を漂わせている自分に酔っている。

「私は火星に行くのぉ。そう決めたからぁ」
『僕と一緒に宇宙軍に入って、あんな過去の汚点は忘れるんだ!!』

ふみぃ!ごめん、ジュン君。何言ってるか分からないけど、私、火星に行きたい!

 だって、だって、私とアキトの婚約の思い出の場所だもん!!

…僕は眠っている君をず〜っと見守ってきた。…永遠の少女…

 …理想…僕こそが…運命の……子様なのに…


この瞬間から、アオイ・ジュンはナデシコ内極一部の共感と他大多数からの排斥を生涯受け続けることになる。

婚前旅行してるんだもん!!


普段の大ボケそのままに自分の想いを語るユリカちゃん。
彼女の強い想いと妄想、普段のジュンでも聞こえない声が今も届かない。届く訳がない。
だって、ジュンだもん!

『……そう、ユリカちゃんの決意が変わらないなら……』
「ジュン君、分かってくれたの」

こいつらを殺す!!

叫ぶジュンの視線の先には黒と白のエステバリスがいた。

待ちなさい!!

満を持してエリナが叫んだ。本当に狙って待っていた。

『な、今更命乞いでもするつもりか』
「は〜あなた馬鹿? 昨日今日IFSをつけた人間がネルガルのエースに勝てるとでも?」

本気で目一杯馬鹿にしているエリナの表情に、ジュンの顔が歪む。

『く、やってみないとわからない! それに9対2だ。団結力を見せてやる!!』
「他力本願、数の暴力、本当に馬鹿なのかしら」

それにしても、エリナ。相手を怒らせるのがうまい。
そして、簡単にジュンも切れた。

『う、うるさい、全機攻撃開始!』
『『『『『『『『了解』』』』』』』』

その言葉とともに、デルフィニウム8機の攻撃がジュンのデルフィニウムに炸裂した。
両腕、頭部、スラスターなどコックピットから遠い所を機銃が破壊した。

『『え!?』』

アキトとイツキが驚きの声をあげた。

な、何をするんだ!?

『何って、ロリコンお坊ちゃまへ世間の厳しさを教えるのさ』
『そうそう、少女に振られたからと』
『親と知人のコネと権力を使って』
『復讐する奴には天罰がくだるよな』
『自分の力量をわきまえずに』
『部下の生命の責任もとれないくせに』
『隊長づらして軍とネルガルのエース級と』
『戦えなんていう奴についていけるか』

ジュンの驚愕に8人のパイロットが器用に返答した。

「は〜い、みなさ〜ん、ご苦労様。もう帰っていいわ」

呆然としているブリッジの中で一人楽しそうなエリナ。

『な、これはおまえの仕業か!この僕をはめたのか!!

ジュンが怒りで顔を真っ赤にして叫ぶ。

「あら、失礼ね。軍の方達は、親と知人のコネと権力とお金を使って不法に軍基地に潜入し、
 IFSナノマシンを医者から強奪し、無重力戦闘機を奪い逃走した一民間人を撃墜しただけよ、ね?」
『はい、公式上そうなります』

勝ち誇ったエリナに本来のデルフィニウム隊長が真面目に答える。

『本当にいいのか?』
『はい。彼の父親に賠償させて、うちの基地指令が左遷されるくらいですから。上層部なんかくそ食らえです。
 現場はどこも人手不足です、何も出来ませんよ。ネルガルも支援してくれるそうですしね』

アキトの問いに軽く答える隊長。だが、内心溜まっていた事があるようだ。

『それでは、世間知らずのお坊ちゃまを引き渡します。存分に鍛えてやって下さい』
「ふふ、任せなさい」
『あと、エステバリス0G戦フレーム優先配備の件、早めにお願いします』
「こら、それは今言わない!」
『はい、それでは火星までよい旅を、一同敬礼』

パイロット独特の漢の敬礼を残し、デルフィニウム8機は衛星基地サクラに帰って行った。


『エリナ?』
「さて、仕事仕事」
エリナ?
「あ、報告書今日までだったわね」
エ・リ・ナ!
「もう、何よ?(あせあせ)」

額に青筋を浮かべているアキトに逃げ腰のエリナ。

『買収していたな』
「ええ、そうかな〜そんなこともあった…かもしれないわね〜」
最初から教えとけ!! エリナは…

『第2防衛ライン突破。ミサイル発射確認』

「ありがとう、オモイカネ。アキトさん、イツキさん、ミサイル多数きます。
 前科の付いた副長を連れて帰還して下さい」

何気に酷い事を言うルリであった。







アキトとイツキは副長を残骸機ごと回収しナデシコに戻った。そのまま副長は医務室行き。
意識は既に永遠の世界かもしれない。

第2防衛ラインのミサイルはディストーション・フィールドで完全に防ぐことができた。
さらに出力を上げビックバリアを強行突破し、一路宇宙を目指すナデシコであった。

追記
ビックバリア突破の際、バリア衛星の核融合炉を破壊し、その影響で地球の無線網が完全に切断された。
結果、ヤマダ・ジロウの安否はまったく不明となったが気にする者は皆無であった。




<あとがき>

ヤマダ・ジロウ消える!バーン!!まぁ、誰も死んだとは期待していまい。

しかし、それよりも誰よりも不幸なのは、ジュンでしょう、ジュン。この段階での不幸の一番星。
もしかしたら、ハーリー君を超えれるかも? よし、精進させてみよう!
一昔前は、不幸は主人公の特権と言われていたのに、いまや只の不幸だもんな。

アキトは今回も活躍していない。こいつ本当に帰還者なのだろうか。

壊れ…って44%から60%にアップですか? ヒモと百合月と何から壊れに移ったのだろうか?
ああ、癒しのユキナっちが手に入る日はくるのだろか?

本日の買収資金の寄付は、エリナ推進団体実行部隊からでした。

 

 

代理人の感想

 

いえ、単に「ほのぼの」が削れてるだけです(爆)。そりゃもうごりごりと。

 

それにしても・・・・ここまで不幸なジュンも珍しい(笑)。

「作者に弄ばれる」という表現がこれほど似つかわしいキャラも珍しいでしょう。

・・・殆どハーリー君並(爆)。

 

ガイ?

その内再登場すると思いますが(ちょっぴり期待してます)。