アカツキの判断(アカツキナガレ編)






「テンカワ君は寝てるよ。」

アカツキの言葉にルリは固まった。

プロスも反応に困っているようだ。


二人はアキトが今〜〜〜に居る。という情報を期待していた。

ところが帰ってきた答えは「寝ている」なのだ。

これでは混乱するのも無理はないだろう。


「ね、寝ているんですか?」

何とか起動したルリがアカツキに訊ねる。

アカツキはあっさり頷いた。


アカツキが頷いたのを見てルリは心の中ではちょっぴり涙していた。


火星で格好良く去って行ったアキトを追いかけて感動の再会をするはずだったのに・・・

ユリカさんが入院している間に二人きりの家族生活を送るつもりだったのに・・・

それなのに・・・それなのに・・・

(寝ているなんてどういうことですか〜〜〜!!!)


どうやらルリの中でアキトお仕置き残高が1増えたようだ。

もっとも三年間ほったらかしという事実で1095。

ラピスと二年間も一緒にいたことで730。

家族生活時代にユリカばかり構っていたことで730。

計2555もお仕置き残高があるのでいまさら1増えたところでなんら影響はないように思われる。


もちろんお仕置き残高のことはアキトには秘密である。

二人きりの家族生活のときに纏めて返してもらおうと考えているためそれまでは内緒なのだ。

身に覚えのないお仕置き残高を使って脅し(たのみ)、アキトに構ってもらう。

人はそれを言いがかりと言うのだが、ルリにとって他人が何を言おうとも全く関係ないので問題ない。。


「もう一ヶ月も寝てるんだよ。復讐が終わったらアキト君すっかりグータラになっちゃって。」

アカツキはルリの様子を楽しみながら笑顔で言った。

「一ヶ月・・」

ようやく出てきた真っ当な情報にプロスが食いついた。

「火星の後継者を倒した後ずっとですか?」

ルリの思考回路も元に戻ったのかアカツキに訊ねる。

一ヶ月も寝込んでいるとなれば余程大怪我なのか、それとも身体に異常があるのか。

とちらにしても大事である。

「そうだよ。まあ正確には眠らせてるんだけどね。」

「なぜですか?」

ルリが真顔で質問した。

どうやら完全にいつもの冷静なルリに戻ったようだ。


(私の計画が駄目になったのはあなたのせいですか!答えによっては許しません!)


・・・どうやらいまいち戻りきっていないらしい。


「テンカワ君を逃がさないためさ。」

アカツキは相変わらず笑みを浮かべている。企業人アカツキはもはや影も形も見られない。

「実はテンカワ君を人体実験に使っていたヤマサキって博士の実験データが手に入ったんだよ。」

ヤマサキ、その名を聞くだけでルリ達は気持ちがざわつくのを感じていた。

それはアキトの人体実験を行った悪の権化として認識されているのだ。

「イネス君が言うにはそのデータさえあれば必ず回復方法を見つけて見せるってことだったんで
 テンカワ君を確保しておいたんだ。」

アカツキの言葉にルリが複雑な心境になった。


アキトの身体が治るかもしれない、そのことは非常に嬉しいことだ。

しかし・・・しかし・・・

(アキトさんを捕まえるのは私の役目だったはずなのに・・・)


・・・乙女心は複雑である。


「もっともテンカワ君がこのことを知ったら絶対治療を拒否して逃げ出すだろうから麻酔銃を使ったんだけどね。」

そんなアカツキの言葉にルリとプロスはようやく先ほどの言葉の意味を理解した。

「つまりテンカワさんが目を覚ました場合逃げる確率が高い、それを避けるために寝かし続けてるというわけですな。」

「そうだよ。目を覚ましそうになったら睡眠薬を使う、その繰り返しだよ。おかげでエリナ君はテンカワ君に付きっ切りさ。」

それを聞いたルリの中ではお仕置き残高が30増やされた。

「それでここのところエリナさんを見なかったわけですか。」

プロスはアカツキの言葉に納得していた。

「でもなぜ今まで教えてくれなかったんですか?」

ルリはそう訊ねた。

ルリとしては少しでも早くアキトの無事を知りたかったのだ。それはプロスにしても同じことだろう。

「今まで治療が成功するか保証がなかったのさ。さっきようやく治療が成功したとイネス君から連絡が入った。だから教えたのさ。」

アカツキの心遣い、二人はそう考えた。

もし安易にアキトのことを教え、治療が成功しなかった場合、彼らは再びアキトを失う悲しみを味わう。

一度治療が出来そうだと聞かされていたならばその悲しみはより深くなるだろう。


治療が可能になった。ルリはそれをここにいる誰よりも喜んだ。

イネスが可能になったと言っているのだ。

アキトの身体が治るのは間違いないだろう。

(予定は崩れてしまいましたが、これで二人で暮らせますね。計画の修正は容易です。)

そんなルリの脳裏には「第16次『テンカワ・ルリへの道』中間報告」という言葉が浮かんでいた。

・・・やはり家族だけあってルリも喜びもひとしおのようだ。


一方のプロスも喜んでいた。

アキトが復讐に身を堕としているのは見ていて辛かった。

それを手助けしていたのは一刻も早く復讐を終え元のアキトに戻ってほしい、そんな感情だった。

それはアキトを手助けしていた全ての人に言えることだろう。

復讐を終え、身体が元に戻ったならばきっと昔のアキトに戻ってくれるはずだ。

再び料理人の道へ進むことも可能になるのだ。


(やっぱ言えないよね〜。テンカワ君は薬の利き方が悪そうだから用のを使っただなんて。
 おかげでテンカワ君がそのまま死んじゃう可能性もあったんだよね。
 お仕置きはエリナ君達からだけで充分さ。)

少し遠い目をしながらアカツキはそう思っていた。


実は治療が可能だということは三週間ほど前からわかっていた。

ではなぜ今までルリやプロスに教えなかったのか。

その理由は、象用の麻酔を使ったせいで最近まで再び目を覚ますか分からなかったからなのだ。

アカツキの仕事が忙しかったにも関わらずエリナが出てこなかったのもお仕置きの一環のようだ。

当然そのようなことを重役連中に言うわけにもいかず今まで誤魔化してきた。

ルリに知られたらネルガルは危機に陥ること間違いなしである。


さきほどの通信はそろそろアキトが目を覚ましそうだというものだった。


「早くアキトさんに会わせてください!」

遠い目をしていたアカツキはルリに急かされてようやく元に戻った。

「私も久し振りに会わせて頂きたいですな。」

プロスも追い討ちを掛ける。


実はプロスはアキトと会う機会が少なかったのだ。

アキトの訓練指導は月臣とゴートが主となって行っており、プロスは連日クリムゾンや火星の後継者の情報を探っていたためである。


「そういうと思ったよ。着いておいで。」

そう言うとアカツキはさっさと会長室を出て行ってしまった。

ルリとプロスは慌ててアカツキを追いかけた。





「ここだよ。」

とある扉の前で立ち止まるとアカツキはそう言った。

その声を聞いてルリとプロスも立ち止まる。


「ドクターイネスの研究室」

その扉にはそう書かれていた。

それを見たルリとプロスが少し引き気味になった。


(イ、イネスさんの研究室ですか。アキトさんの身体が心配です。)

(テンカワさんも御可哀想に・・)

二人の心境に大差はない。


普通に考えれば治療法を探しているイネスの研究室に患者であるアキトがいてもおかしくもなんともないのだが二人はそうは考えていなかった。


イネスはただの説明好きな科学者であり、科学者が説明好きなのは仕方のないことである。

しかしイネスの印象はマッド・サイエンティストなのである。

マッドらしいことは何一つ行っていないにも関わらず、イネスの印象はマッドなのである。


これを「白衣を着た金髪女性の科学者はマッド」の公式と言う。

ちなみにこの公式を証明したのは某秘密組織の技術部長と言われている。



その部屋はネルガル本社にありながら、だれにも知られないように作られている秘密の部屋だった。

いまも辿り着くまでにプロスでも知らなかったような仕掛けを潜り抜けてきたのだ。

にも関わらず「ドクターイネスの研究室」と書かれているのは単なるイネスの趣味である。



「入らないんですか?」

扉の前で立ったまま部屋に入ろうとしないアカツキを不思議に思いルリが聞いた。

「入らないんじゃなくて入れないんだよ。」

アカツキはため息をつきながらそう答えた。

「なぜです?」

ルリがそれこそ不思議そうに答えた。プロスも疑問に思っているようだ。

いくら「ドクターイネスの研究室」と書かれているとはいえ、ネルガル会長であるアカツキに入れないはずはないだろう。

「とある事情で締め出しを喰らっちゃってね。」

とある事情とは言うまでもない。

「おまけにセキュリティーまで勝手に変えられちゃったからね。」

アカツキの言葉にルリとプロスもため息をついた。


そこまでやられるとは一体この男は何をしたのだろう。

自分の上司の行ないを考えるとプロスは特に深いため息をついていた。



「試してみるかい?」

そう言うとアカツキはため息をついている二人を他所に扉に向かい合った。

「お〜い、僕だよ。いい加減僕も入れてくれないかい?」

三人はしばらく返事を待っていたが、物音一つ返って来なかった。

「ね?」

「ね?じゃありません!どうするんですか!」

能天気なアカツキの態度にルリが怒りの声をあげた。


ようやくアキトに会えそうなのにこんな所で足踏みを喰らわせられるのはごめんだった。

同じように考えていると思われるプロスもアカツキの方を睨んでいる。


「きみが開けるに決まってるじゃない。そのために連れて来たんだよ。」

アカツキはルリを見ながらあっさりとそう言った。

そう言われて扉をよく見てみると、扉の横になにやら端末のようなものが備え付けられている。

「セキュリティーを掛けてるのはラピス君だからね。ルリ君でもないと開けられないんだよ。」

「ラピスもいるんですか?」

ルリは聞き返して見たもののそれほど驚いているわけではない。

ラピスがアキトの傍にいるのは当たり前のことなのだ。

「当然でしょ。当然イネス君もいるから一ヶ月ずっと四人きりだよ。」

その言葉を聞いてルリの中でお仕置き残高が60増えた。


アキトの知らない間にどんどん増えていくお仕置き残高。

果たしてアキトは払い切れるのだろうか。


「どいてください!」

アカツキを無理やり退かすとルリは端末を操作し始めた。

先ほどまでとうってかわって闘志満々である。


ルリに退かされたアカツキはその反動で壁に頭をぶつけて蹲っているのだが、ルリはもちろんプロスも気にしていなかった。




「!!だれかがハッキングして来たよ!」

「ドクターイネスの研究室」内部でラピスが声を上げた。


ラピスはここ一ヶ月、エリナやイネスと共に過していたためだいぶ感情表現が豊かになっていた。

一般的な生活など一切経験のない分、吸収していくのは早かったのだ。

色々なことをエリナやイネスから吸収していった。もちろん性格も。


ラピスの声にまずエリナが反応した。

「だれ?極楽とんぼ?」

いまだに怒っているのか酷い言い方である。

「違う。プロテクトがどんどん破られちゃう。きっとルリだよ!」

ラピスが対応に追われながらも返事を返す。


ここのコンピューターは全て独立している。秘密部屋なのでそういう処置が取られているのだ。

ということは相手も自分と同じコンピューターを使っているはず。

まだ幼いとはいえラピスは自分の能力に自信を持っている。

その自分が作ったプロテクトを易々と破っていくなんてルリしかいない。

ラピスは正確に判断していた。

ラピスはハーリーの存在を知らないのだ。


「そう、ルリちゃんが来たのね。」

ラピスの声を聞いたイネスが奥から出てきた。


「ドクターイネスの研究室」は隠し部屋にしては広く作られている。

研究室代わりに使っている部屋、アキトを寝かしてある部屋、三人の寝室、浴室、食料庫、そしてキッチンにリビング。

実に7部屋存在するのだ。その上食料庫には非常食が多数備えられていた。

だからこそ三人はここに悠悠自適に生活出来るのだ。。


もちろん無駄に広いわけではない。

本来この部屋はネルガル本社がテロなどに遭った場合の避難場所として作られたのだ。

そのため食料庫から医務室(現在アキトが寝かされている)まで備わっているのだ。

場所が会長にしか知らされないのにも意味がある。

避難しなければならないような事態になった時には使えそうな人材だけを選んでここへ避難するのだ。

役に立たない連中はその機会に消えてもらおうという考えである。

どんな時でもメリットを求めようとする、恐るべきネルガル会長の考え方である。


ちなみに浴室はアカツキが勝手に改造したものであり、いままでも仕事から逃げるために何度か使用していた。

この部屋が最初に使われたのはアカツキが逃げ込んだ時であるため、今までこの部屋はアカツキにしか使用されていなかったのだ。

先代のネルガル会長もまさかそんなことに使われるとは思ってもいなかっただろう。


今回アキトのことは誰にも知られるわけにはいかないためアカツキはこの部屋を提供したのだ。

結果イネスが気に入り、「ドクターイネスの研究室」と命名されたのだ。


「ルリちゃんが来たんじゃいつまでも会わせてあげないのは可哀想ね。」

エリナが言った。


同じ女同士ルリの気持ちは痛いぐらいにわかる。

せっかくアキトが生きている、治ると聞かされたのに会えないというのはつらい。


イネスも同感である。

エリナはイネスが頷いたのを確認した後、ラピスに扉を開けるように指示しようとした。

「でもルリが来たらいまの生活が・・」

ラピスの言葉にエリナとイネスの動きが止まる。


ラピスはいまの生活を気に入っていた。

もちろんエリナやイネスと共に初めて普通の生活が出来ていたのも嬉しい。

しかしラピスの真意はそこではなかった。

エリナとイネスの動きを止めた理由。

それは

「確かにルリちゃんが来たらアキト君添い寝権を失っちゃうわね。」

まるで重大問題だと言わんばかりにイネスが言う。

エリナとラピスも深く頷いている。

「それどころかアキト君とお風呂権まで・・・」

エリナが続けて言った言葉に三人ともショックを受けているようだ。


アキト添い寝権。

それは寝室にベッドが一つしかないことから生まれた。

ラピスとあと一人なら寝れるが一人は余ってしまう。

本来の目的で使われるのであれば寝られればどこでもいいはずだが、まだ若い(自称)女性である
エリナとイネスには耐えられなかった。

そこで目をつけたのはアキトの寝かされているベッドである。

医療用に使っているためアキトのベッドは大きめだったのだ。

他にもう一人寝られるぐらいに。

そこで三人は仕方なく、仕方なく毎日交代でアキトのベッドで寝ていたのだ。

ラピスがアキトのベッドで寝ている日は困るかと思われたがそれはあっさりと解決した。

イネスは元々研究に熱中して夜遅くまで起きていることが多かったため、ラピスの番の時は徹夜で研
究することにしたのだ。

前日がイネスの順番のため非常に早寝だったことも幸いした。

ちなみに順番はラピス→エリナ→イネスである。

さらに三人は自分がアキトのベッドで寝ているときの記録を多数保存していた。

エリナとイネスにいたっては、かなり過激な格好でアキトの横で寝ていたがアキトは起きないのでな
んの問題もないのだ。

もちろんそのときの記録も保存されている。


アキト君お風呂権。

それはアキトが寝続けていることから生まれた。

アキトが目覚めないとはいえその身体は生命活動を行っており、たまには洗わなければならなかった。

しかしアキトは寝ているため動けない。

そこで三人は仕方なく、仕方なくアキトをお風呂に入れていたのだ。

さすがに女性一人でアキトの身体を持ち上げるのは難しいため入るときは全員一緒だった。

浴室は当時風呂に凝っていたアカツキがかなり広く作ったため四人が同時に入っても十分な広さだったのだ。


エリナとイネスは女性とはいえ一緒に入ることに躊躇いがないわけではなかったが、ラピスの

「みんな一緒に入りたい。」

という言葉によって結局みんな一緒に入ることになったのだ。

ラピスにとって家族としての触れ合いは一時でも大切だったのだろう。


ちなみにアキトは寝ているため毎日洗うほど汚れるわけではなかったが、三人は毎日お風呂に入れていた。

おそらく三人ともかなりの綺麗好きなのだろう。

その記録が残っているかどうかは定かではない。



「ラピス、なんとしてもルリちゃんを止めて!」

科学者らしく冷静な思考を持っていたイネスが真っ先にショックから立ち直るとそう言った。

「わかった!」

イネスの言葉にラピスも立ち直り、懸命にルリを追い返そうとした。


しかしショックを受けている間にかなり侵入されており、闘志剥き出しのルリが相手ではさすがのラピスも分が悪かった。

その後30秒ほどの攻防が繰り広げられた結果、結局扉のロックは解除されてしまった。

扉が開かれた時三人ははっきりと肩を落とした。






「開きました!」

扉のプロテクトを破るとルリは直ぐさま扉を開け、中に入っていった。

なんとか頭の痛みから回復したアカツキとプロスもそれに続いた。


勢い良く飛び込んだルリの前にいまだ肩を落としている三人が居た。

「アキトさんはどこですか!」

三人の態度などお構いなしにルリが問い詰める。

「奥に居るわよ。まだ目覚めていないけどね。」

なんとか気を入れなおしたイネスが答えた。

それを聞いたルリは奥へと突き進んだ。

「アキトさん!」

奥の部屋でベッドに寝かされているアキトを見つけルリは喜びの声を上げた。

会いたくても会えなかった家族を見つけたのだ。

その喜びは計り知れないだろう。

アキトは患者用の服を着ており、バイザーも外されているため違和感を覚える。

しかし紛れも無くアキトだ。

一度は死んだと思ったアキトがこれで自分の下に帰ってきてくれるのだ。

ルリは感極まってアキトに触れ、涙を流した。


しばらくそんなルリを見ていたイネスだったがルリに近づいてきた。

「そろそろいいかしら?アキト君の状態を説明するわ。」

「お願いします。」

ルリは涙を拭うとイネスの方を向き直った。

しかしルリはミスを犯した。

アキトとの再会で気が抜けていたのだろう。

イネスに説明をお願いしてしまったのだ。

「まかせて。」

そう言ったイネスの目が輝いていたのは気のせいではないはずだ。


「わ、私はいいわ。毎日見てたから。」

「私も!」

エリナとラピスがいち早く危険を察知し退避した。

アカツキとプロスも逃げようと考えたが、アキトの状態を知りたいため敢えてイネスの説明を受ける決意をした。

ルリに至っては逃げ道すらない。

「いい、まず・・・」

イネスの説明が始まった。







「・・・わかった?」

イネスの説明が終わった時ルリ達三人の頭は混乱していた。

「・・・つまりテンカワさんの異常ナノマシンは除去出来たから安心ということですか?」

辛うじてプロスが返事を返した。

「まあそれだけわかれば充分ね。」

イネスは説明出来た満足感からか機嫌が良さそうだ。

(たったそれだけのことにどうして四時間も説明するんだい?)

アカツキはそう思ったが賢明にも口には出さなかった。

ちなみに説明ではアカツキが象用の麻酔銃を撃たれたためいまだに目を覚ましていないということも
告げられたがどうやら三人の記憶には残っていないようだ。

アカツキにとっては幸運だろう。

もっとも、本人はちっとも幸せそうではないのだが。


「じゃあもうアキトさんは健康なんですね?でしたら目が覚め次第家に連れて帰ります。」

ようやく混乱から意識を回復したルリがそう言った。

「ちょ、ちょっと!なんでそうなるのよ!」

ルリの言葉にエリナがストップを掛けた。


ちなみにエリナはイネスの説明の間、ラピスと共にアキトの傍で昼寝をしていた。

しかし目覚めてもまだ説明をしていたのだラピスと共におやつを食べていた。

それでも説明が終わっていなかったためラピスと共に遊んでいた。

どうやらエリナとラピスはかなり仲が良い様だ。


「私はアキトさんの家族です。家族で一緒に暮すのは極普通のことです。」

エリナの言葉にもルリはすまし顔で答えた。

「だいたいアキト君には家なんてないでしょ。」

イネスはルリの言葉のおかしな点を指摘した。

「大丈夫です。私こう見えても大佐ですし、預金もあります。家ぐらい借りられます。」

確かにルリは昔からナデシコや軍で戦っていたためそれなりの蓄えはあるのだ。

ルリ自身無駄遣いはしないため貯まる一方だったのだ。

「アキトは私たちの家族だよ!」

今度はラピスがルリに向かって言った。

「アキトさんは寝ていただけのはずです。勝手に家族にしないで下さい。」

ラピスに対してもルリの言葉は辛辣だった。

この二年間、アキトと常に一緒にいたと思われるラピスはルリにとっては敵らしい。

「私たちはアキト君を二年間支えてきたわ。」

「私は家族として二年間過ごしました。」

再び口を出してきたエリナに対してもルリも言い返す。

「娘としてね。」

「あなたは医者としてじゃないですか。」

遠まわしに女性として見られていないと言ってきたイネスに対しルリもやり返す。

三対一でもルリは一歩も引かなかった。

部屋には凄まじいプレッシャーが漂っている。


すでに意識を回復しているアカツキとプロスは話に加われない上に身動きが取れないような状態だ。


「文句ありませんね?」

ルリがダメ押しをするように宣言した。

ラピスはルリとアキトの寝ている部屋とを遮るように立っていたが反論は出来ないようだ。

エリナとイネスも言い返すことがない。

ルリがアキトと家族だったのは厳然たる事実なのだ。


ルリの一人勝ちかと思われた戦況に割って入ったのはなんとアカツキだった。

「あ、あのルリ君?勝手に決められるとネルガルの都合が・・・」

「そんなの知りません。」

轟沈である。

勇気は褒め称えられるものであったが、どうやら無謀だったようだ。



ところがそんな状況があっさりと打ち砕かれる時が来た。

「おや、テンカワさん。目が覚めましたか?」

何時の間にか隣の部屋に移動していたプロスの声が聞こえてきたのだ。

どうやらアカツキがルリに挑んだ隙に移動したらしい。

意外と薄情である。


プロスの言葉が聞こえた瞬間四人の女性陣は隣の部屋に駆け込んだ。

そこで見たものは上半身を起こそうとしているアキトだった。

一ヶ月ぶりの目覚めである。

それを見た四人の女性は何も考えずにアキトに抱きついた。

「「アキト(さん)(君)!」」

四人がかりで飛びついたのだ。

一ヶ月ぶりに目覚めたアキトにそれを支えるのは酷だろう。

結果、アキトはベッドに頭を打ちつけ再び眠りに入った。



・・・さすがにだれもが気まずく、発言出来ない。


「あらら、折角テンカワ君が目を覚ましたのに何してるんだか。」

そんな空気の中で発言したのはまたもアカツキだった。

心底呆れたような口調で言うアカツキに女性陣の怒りが爆発した。

「元はと言えばあんたのせいでしょうが!」

「そうよ!あなたが象用の麻酔なんか打つからでしょ!」

「アカツキの莫迦!」

「そんなことしたんですか!」

墓穴だった。

今度は勇気も褒められない上に無謀だったようだ。


墓穴を掘ったアカツキとそれに詰め寄る四人の女性。

それを見ながら一人プロスはため息をついていた。




「・・・んっ・・」

アキトが再び眠りについてから約一時間。

アキトはようやく目を覚ました。

周囲ではルリ達五人が集まっており、アキトが起きる気配を見せたことで顔に喜色を浮かべた。

しかし、先程のの反省を踏まえて今度は落ち着くことを心掛けているようだ。

ちなみにアカツキは部屋の隅でなにやらボロボロになっている。

たまに動いているので死んだわけではないようだ。

そんなアカツキを誰一人気にすることなく全員アキトに注目していた。



そんな中、アキトの目がゆっくりと開かれた。


「・・・ここは・・」

目を覚ましたアキトの第一声がそれだった。

「アキトさん・・よかった。」

ルリが涙目になりながらアキトを覗き込む。

「アキト〜。」

ラピスはアキトの肩に顔を埋めた。

「ようやく目をさましたわね。」

エリナは口ではそんなことを良いながらも満面の笑みをしている。

「寝すぎよアキト君。」

イネスの口調はまるでアキトをからかっているような感じでだ。

「お久しぶりですな、テンカワさん。」

表情からは読み取れないがプロスも嬉しそうな声だ。


「莫迦な・・・俺は生きているのか?」

目の前にある光景が信じられず、アキトは自分の手を握ったり、開いたりしている。


自分にある記憶はアカツキに撃たれたところまでだ。

自分は死んだはずじゃなかったのか?

アキトは目の前の光景が信じられなかった。


どうやら先程の激突はアキトの記憶から削除されたらしい。

一ヶ月振りに目を覚まし、意識がはっきりしないところに激突があったのだから仕方ないかもしれな
い。

さらに言えば、ルリ達も先程のことは意図的に忘れようとしているためアキトの記憶が無くても全く問題は無かった。


「私が治すって言った以上死ぬわけないでしょ。」

イネスが誇らしげにアキトに言う。

「しかし俺はアカツキに撃たれたはずだ。」

アキトの疑問は晴れない。

「僕がきみを殺すわけないじゃないか。」

ついさっきまで部屋の片隅でボロボロになっていたアカツキが突然アキトの目の前に出てきた。

あまりにも突然なことにアキトを含めた全員が引いている。

もっともアキトはベッドの上にいるため僅かに後ろずさることしか出来ない。

「あれはきみを無理矢理治療するための策謀だよ。」

皆が引いていることにも気付かず、アカツキは格好付けのために髪を掻き揚げている。


「なんだと!余計なことを!」

それでも一応気を持ち直してアカツキに怒りを向ける。

「そう「余計なことってどういうことですか!!」・・。」

アカツキのセリフをルリの怒声が遮る。

セリフを邪魔されたアカツキは悲しそうにしていたが、もちろん誰も気にしていなかった。

「ル、ルリちゃん・・」

アキトは落ち着いていない状態だったので、今までルリに気付いていなかった。

「あのまま死んじゃえば良かったって言うんですか!」

「・・・そうだ。」

ルリの言葉にアキトは少し黙り込んだ後、しっかりと答えた。

「!!どうして、どうしてそんなこと言うんですか!」

ルリはアキトの言葉にショックを受けるが気丈にも言い返す。

「俺は多くの無関係な人間を殺した。生きていてはいけないんだ。」

「そんな・・」

アキトの言葉にルリが涙ぐむ。

「あら、それじゃあ共犯の私も生きていちゃだめよね。」

「やることを知ってて治療していた私も共犯ね。」

「私は直接戦ったよ。」

シリアスな雰囲気を形成していたルリとアキトに対して、ほのぼのとした口調でエリナ達三人が割り込む。

(アキトさんとの感動の場面を邪魔しないでください!。)

(そうそうルリちゃんの思う通りにはさせないわよ。)

(私を出し抜こうなんて甘いわね。)

(ルリには負けない!)

・・・どうやらルリの行動は全て演出だったようだ。


それに気付いていたエリナ達はさりげなく邪魔をしたのだ。

ラピスも加わっているあたり、この一ヶ月のエリナとイネスの教育の成果が表れていく。

アキトの全く気付かないところで行われている「静かな戦争」であった。



「お前達は俺に協力しただけじゃないか!」

三人の言葉にアキトは慌てる。

「でも私の方がたくさん殺したよ。」

ラピスの言葉にアキトは二の句が告げない。

ラピスはユーチャリスの中にいたため、テロリストとして知られているわけではない。

しかし、実際に殺した数で言えば大火力の戦艦を駆っていたラピスの方が多いだろう。

それを知っているアキトにはそれ以上言葉を続けられなかった。


ちなみにラピスがこうも気軽に言えるのはやはりエリナとイネスのおかげである。

感情形成の過程において、一時期この件で不安定になったこともあったが二人の言葉で上手く立ち直れたのだ。

(アキトの手伝いが出来たんだからいいか。)

・・・開き直ったとも言う。


「そうすると支援したネルガルは倒産しないといけないわね。従業員、家族合わせて何十万人が
 路頭に迷うことになるのかしら?」

ラピスに続いてエリナもアキトに向かって言う。

それは聞いてアキトはますます黙り込む。

すでに俯き掛けている。


「助けられる人を見過ごせば私は医師免許を剥奪されるわね。アキト君は私から食べる糧を奪うつもりなの?」

黙り込んでしまったアキトに追い討ちを掛ける。

考えてみれば、様々な分野でトップを走るイネスであれば医者でなくても食べていけるはずだ。

さらに言えばテロリストを助けなかったからといって医師免許が剥奪されるかもわからない。

しかし精神的に弱っているアキトにそのことには気付かないらしい。


「というわけで私達とネルガルの社員のために自分を許しなさい。」

命令型で言うエリナであったが、顔は慈愛に満ちていた。

アキトを見つめるイネスとラピスの顔も笑顔だ。

(俺は俺を許していいのか・・・)

アキトはそんなことを考えながらエリナ達の顔を見つめる。

見詰め合うアキトとエリナ達。



「そうです!例えアキトさんが許せなくても家族であるが支えて見せます!」

ルリがそんな雰囲気をぶち破って会話に参加する。

何気に自分を売り込むことも忘れない。

(くっ!やるわねルリちゃん。)

(電子の妖精の名は伊達じゃないわね。)

(ルリ邪魔。)

どうやらアキトが自分を許せるかと言う瀬戸際でさえ彼女達からすれば勝負の場らしい。

しかも重要イベントだけに重要度が高いようだ。

もちろんアキトの知らないところでの戦いであり、アキトから見れば四人は純粋に自分を励ましてくれているのだ。



その頃男性陣二名はと言うと、プロスは会話への参入を諦めて控えめに立っているだけである。

一方のアカツキは先程の悲しみが続いているようでさめざめと涙を流している。

もちろん誰も気にしていない。

(前作までのアカツキ・ナガレは死んだ。)

一人でシリアスに突入してみたりするがやっぱりだれも気にしていなかった。



「俺は、俺は許されるのか・・・」

「「「「もちろん!」」」」

独り言のように呟いたアキトの言葉にルリ達四人はあらん限りの笑顔で頷いた。


そんな四人を見たアキトが決心した。

「俺はまだ俺を許せるかわからない。だが生き続けてみようと思う。」

アキトの言葉に思わずルリ達四人はアキトに飛びついた。

今度はアキトもきっちりと受け止めしばらくの間そのままの状態でいた。


それを見ていたアカツキとプロスも嬉しそうだ。

アキトが生きる決心をしたことが嬉しいのだろう。


男性陣が単純に喜んでいる一方で女性陣はしたたかだった。

(これでアキトさんと一緒に住めます。感動の再会の威力が下がった分遅れを取り戻さないといけませんね。)

ルリの中で提出された「第16次『テンカワ・ルリへの道』最終報告」にはそのようなことが書かれていた。

どうやらルリの中では再びアキトと住むことは決定事項になっているらしい。


(ルリちゃんはアキト君と済むつもりね。アキト君をネルガルに繋ぎとめておかないと・・・)

エリナはルリの企みを見抜いて対策を練っていた。

会長秘書だけあって策略は得意なのだろう。

もっとも、企業の策略と恋愛の策略が関係あるかどうかはわからない。


(アキト君の診察と称すれば二人っきりになれるわね。いざとなれば完治を遅らせて・・・)

イネスは職権を利用することを考えていた。

かなり危険な考えが雑じっているが気にしないでおこう。


(私はアキトの目、アキトの耳、アキトの手、アキトの足、私はいつでもアキトと一緒。)

ラピスは何があってもアキトに付いて行くつもりのようだ。

今までのラピスの生活を考えれば当然の考え方かもしれない。



「さてテンカワ君、生きると決めた以上言っておきたいことがあるんだよ。」

思考を巡らせている間にアカツキがアキトに話し掛ける。

その声に反応してアキトがアカツキの方を見る。

「きみの借金のことなんだけどね。」

「しゃ、借金!?そんな物俺にあるのか?」

アカツキの言葉にアキトが驚きの声を上げる。

四人の女性陣もアカツキの言葉に注目していた。

「プロス君説明よろしく。」

アカツキに言われて今度はプロスが前に進み出る。

「説明」という言葉に反応したイネスはエリナに押さえつけられている。

邪魔させてはいけないと判断したのだろう。

「いや〜テンカワさん、実に心苦しいのですが借金は借金ですので。」

プロスはそう前置きをして話し始めた。

「詳細を上げますと、ユーチャリスの開発費と建造代。ブラックサレナの開発費と建造代。燃料費
 に武器弾薬、食料品などの費用。さらにドッグの使用料。」

プロスが並べていく借金の内容にアキトの顔が青ざめていく。

エリナ達も言いたいことがあるようだが今はプロスの言葉を聞くことを選んだようだ。

アカツキと打ち合わせをしていたわけでもないのにすらすらと話していくプロスはやはり優秀なのだ。

「あ、もちろんユーチャリスやブラックサレナはネルガルの技術向上に貢献しましたのでその分は引かせて頂きます。それらを計算しますと・・・ほ〜らこんなお値段に。」

どこからともなく電卓を取り出したプロスは、電卓の上で指を素早く動かすとアキトの方に向けた。

そこに表示されている金額はアキトが一生働いても返せないのは確実なほどだ。

「ちょ、ちょっと待て!あれはネルガルの善意じゃないのか。」

「そうよ!ネルガルの得になるからって建造したんじゃない!なんでお金なんて取るのよ!」

慌ててプロスに問い返すアキトをエリナが援護した。

他の三人はその辺の深い事情を知らないので黙ったままでいる。

「テンカワ君、企業は善意で動かないよ。得になると言っても直接ネルガルに実益をもたらしたわけじゃないしね。」

二人に聞き返されてアカツキが答えた。

アカツキにそう言われてしまうとアキトとエリナは何も言い返せない。

「ちょっと待ってください。」

そんな二人に代わりルリがアカツキに話し掛けた。

「テンカワさんは戸籍上死亡しています。借金の請求は出来ないはずです。」

「現実に生きているんだから死亡を取り消せばいいじゃないか。」

ルリが法律的な反論を試みるがアカツキにあっさりと言い返された。

「それなら公序良俗違反を主張します。」

確かにテロ行為を目的としての戦艦、機動兵器の建造は公序良俗違反を取られそうである。

「我々はテロに使うなんて知らなかったんだよ。ねえプロス君。」

アカツキの言葉にプロスはあっさりと頷いた。

知らなかった以上公序良俗違反は認められない。

「嘘つかないでください!」

ルリは声を荒げた。


「嘘って証拠はあるのかい?」

アカツキが平然をした顔で開き直る。

「テロリストと企業の社長じゃあ世間はどっちを信じるか、子供でもわかるでしょ。」

開き直るアカツキにルリが睨みつけるが、アカツキはあっさりと受け流している。

(アキトは指名手配中なんだから裁判に訴えられないんじゃないの?)

ラピスは傍で見ていてそう思ったが、二人がなんとなく楽しそうなのであえて黙っていた。

イネスは冷静に考えたすえアカツキ達の目的を推測出来たため黙っている。


「私が証言するわ。」

睨みあいにエリナが割ってはいるとアカツキに向かって宣言する。

「エリナ君はアキト君に好意を持っているからね。証言として無効だよ。」

しかしアカツキはあっさりと斬って捨てた。



「まあそんなわけでネルガルとしてはテンカワ君のために返済計画を考えておいて上げたのさ。」

ルリとエリナからの反論が収まるとアカツキは再びアキトの方を向いて言った。

「返済?あの額をか?」

プロスの出した金額を返済するなど一個人であるアキトには不可能に思えたため不思議そうな声を上げる。

「テンカワ君の五感も治ったことだし、正式にネルガルSSとして働いて貰おうと思ってね。」

アカツキの言葉を聞いたイネスは自分の推測が正しかったことに満足した。

そしてエリナは一瞬戸惑ったが意味を理解すると同時に嬉しそうな表情になった。

「五感?・・・!!」

アカツキの言葉を疑問に思ったアキトは数瞬の後、慌てて身体中を見回し最後に、自分の手を舐めてみた。

「見える!嗅げる!聞こえる!感じる!・・味がする!」

アキトは歓喜の表情を露にした。

どうやらアキトは今の今まで五感が回復したことを気付いていなかったようだ。

鈍いにもほどがある。

これにはさすがに一同呆れたが、イネスだけはチャンスだと思いアキトに近づいた。

「説明しましょう!」

「うわっ!」

イネスに突然声を掛けられ、歓喜の表情は驚きの表情に変わった。


しかしそんなアキトを気にしないでイネスは説明を始めた。

「ヤマサキを捕まえたとき・・・(中略)・・・それで・・・(中略)・・・というわけなの。わかった?」

「・・・ああ。」

イネスの説明を受けたアキトは辛うじて意識を保ったまま説明を聞き終えることに成功した。

説明が出来たイネスは嬉しそうにしている。


「一時間・・・意外と短かったですな。」

イネスの説明が終わったのを見て、プロスは腕時計を眺めながらそう言った。

「じゃあ僕の総取りだね。」

「「「 チッ! 」」」

どうやらイネスの説明時間でトトカルチョまで行われていたらしい。

結果は言わずもがなである。



「さてテンカワ君続けていいかい?」

ルリ達から勝ち分を受け取ったアカツキは疲れきっているアキトに話し掛けた。

「・・ああ。」

疲れきっているアキトであったが表情は明るかった。

五感が戻った嬉しさがそうさせるのだろう。


本来ならここでラピスが

「アキトはもう私がいらないの?」

と言って泣きつく所であるがそうはならなかった。

一ヶ月の間で逞しさを増したこと、そして一ヶ月の間で結ばれた密約がそうさせるのだ。

密約の一部を言うと、ラピスとアキトのリンクは切ると後遺症が心配だということにしておくことである。

そうしておけばアキトもリンクを切るとは言わないだろう。

ちなみに嘘である。

他の密約内容は順を追って明かされていくことになるだろう。



「きみはネルガルのSSに就職してもらう。今のきみなら充分戦力になるからね。」

「それだけでいいのか?」

アカツキの言葉にアキトは拍子抜けした。

どうせ今のアキトはまっとうな職には就けないのだ。

どのみちネルガルに雇ってもらいしかない。

「充分だよ。きみを雇えば電子の妖精が二人、自動的に付いてくるからね。」

アカツキは笑いながらそう言った。

しかしそれに対するアキトの反応は冷たかった。

「ルリちゃんとラピスを巻き込むな!」

「巻き込んじゃいないよ。彼女たちが自主的にネルガルに入ってくれたんだよ。ねえ?」

アキトの怒りを受けてアカツキは慌てて言い訳をする。

「うん。」

ラピスの言葉に迷いはない。

アキトと一緒に居られればそれでいいのだ。


一方のルリは戸惑った。

そんな話は聞いていないし、してもいない。

それどころかアキトがネルガルSSに入っては一緒に住めなくなる可能性がある。

(それでは困ります。やはりここはアキトさんにも断ってもらいましょう。)

借金ぐらい自分が銀行にでもハッキングすればなんとかなるだろう。

当然犯罪なのだが、ルリにとってはアキトと暮らすことが最優先なので問題ない。


「あの、私は・・」

「そういえばプロス君、SSは何処に住むんだったっけ?」

ルリが断りの声を上げようとしたが、アカツキはそれを遮って突然プロスに話しかける。

「情報漏洩を防ぐためSS専用の社宅に住んで頂くことになります。」

アカツキの突然の問いにもプロスはすぐに答えた。

「家族がいる場合は?」

さらにアカツキが尋ねる。

「その場合、家族を人質に取られないようにしなけらばなりませんからな。」

当然アカツキも知っている内容のはずなので、ルリは不審に思ったが話し掛ける切っ掛けを掴めないため黙っていた。

「家族がネルガル社員で無い場合安全な処にまとめて匿わませて頂きます。ネルガルの社員の場合は
 何の問題もないですから社宅で一緒に住んで頂くことになっております。」

「そうなんですアキトさん!私もネルガルに入るつもりだったんです!」

プロスが言い終わるか終わらないかのうちに、ルリはアキトに向かってきっぱりといった。

それを見たアカツキとプロスはお互いに笑みを浮かべた。


「け、けど何のために・・」

ルリの返事にアキトは慌てた。

ラピスが自分と居たがるのはわからなくもないがルリは違うだろう。

アキトが鈍いわけではない。

アキトから見たルリは子供と思うほど幼くもなければ、女性と思うほど大人でもないのだ。

ルリが聞いたらショックを受けるだろうが現時点でのアキトはそう考えていた。


「私はアキトさんの家族なんですよ。家族が一緒にいるのは当然じゃないんですか?それなのにアキトさんは私をほったらかしにして・・」

ルリが涙声でアキトに訴えかける。

「!!ごめんルリちゃん。そうだよね、俺たち家族だもんね。一緒に暮すべきだよね。」

ルリのそんな態度にアキトは思わず心を打たれた。

「アキトさん・・」

ルリは感極まってアキトの胸に飛び込んだ。

「ルリちゃん・・」

アキトもルリを抱きしめる。

(やりました!これでアキトさんのポイントアップです。)

・・・またもや演出だったようだ。


エリナ達三人はルリの演出に気付いてはいたが、今邪魔をするとアキトに怒られるだろうことがわかっていたので諦めていたのだ。

だがその視線は鋭くルリを貫いていた。


「さて、これでメンバーがそろったね。」

アキトとルリの抱擁が終わったのを見計らってアカツキが言い出した。

「なんのだ?」

「もちろん打倒クリムゾンのだよ。」

不思議そうに聞いてきたアキトにアカツキはあっさりと答えた。

「!!打倒クリムゾン・・」

アカツキの答えを聞いたアキト態度が急に鋭くなった。

「そうしないときみも前向きに進めないでしょ?きっとみんなも協力してくれるよ。」

アカツキの言葉を聞いてアキトは周囲を見回した。


「アキトの敵は私の敵だよ!」

「ラピス・・」

ラピスは小さな身体を一杯に使って宣言した。


「クリムゾンなんて百害あって一利無しよ。アキト君も遠慮せずに叩きなさい。」

「エリナ・・」

エリナはアキトを元気付けるように宣言した。


「科学は平和のために使うのよ。人体実験だなんて絶対に許せない。お兄ちゃんの敵討よ。」

「アイちゃん・・」

イネスは心の内に決意を燃やし、宣言した。


「前々からクリムゾンの汚さには愛想が尽きていましてな。まあいい機会でしょう。」

「プロス・・」

プロスは飄々としながらもはっきりと宣言した。


「もちろん私も手伝います。今度こそアキトさんの役に立って見せます!」

「ルリちゃん・・」

最後にルリが当然とばかりに宣言した。


「みんな・・」

アキトはそう呟くと再び皆の顔を見回した。

全員笑顔をしている。

「さあテンカワ君。あとはきみの決意だけだよ。」

アカツキの言葉にアキトがベッドから立ち上がった。

「ありがとう、みんな。俺もやるよ。今度は人を殺さない復讐だ!」

アキトは力強く宣言した。




この日を境にネルガルの一部の上層部は打倒クリムゾンへと動き出したのである。












<続く>











<後書き>
どうも「やまと」で御座います。

雰囲気が一転してしまいましたね。
いや〜、元々お笑い希望なのでこういうのを書きたかったんです。

アキト君もあっさり立ち直ったことですし、これからはほのぼの、お笑いを交えながらクリムゾン退治です。

そんな雰囲気で退治されるクリムゾンが可哀想な気もしますが気にしないでおきましょう。

ところで、科学者って説明好きなのでしょうか?(笑)

法律の話は適当です。実際アキトが借金を踏み倒したところでネルガルが訴えられるわけでもないですし。まあアキトの生真面目さだと思ってください。


以下共通の後書きに入ります。「アカツキの判断<会長編>」のネタバレも入りますので
まだそちらを読んでいない方は先に読んでいただけると幸いです。










<共通の後書き>
分岐ですね。

前作までの二回の引きはまさにこのために存在したのです!
いや、まあ好きなだけというのもありますがね。

当初は「アカツキの決断」から直接今回のような話になるはずでした。
ところが何気にアカツキが評判良かったので、それじゃあ今回の雰囲気にする前に
もう一回ぐらい活躍させてあげようと思い書いたのが「アカツキの会談」です。
それでもやはり次回からは今回のような雰囲気に持ってくるはずでした。

ところが「アカツキの会談」でさらにアカツキが評価されたため急遽分岐させたわけです。
いやそうしないとアカツキを評価してくださった人に申し訳が立たないと思いまして。

というわけで<会長編>はアナザーシナリオです。
だれが何と言おうとあちらがアナザーです!

両方ともナデシコクルーが全然出てきていませんね。次回から出てきてくれそうですが。

<会長編>が続くかはみなさんの評価次第だったりします。だって構想に入ってなかったし。
「書いて」と言う人が一人でもいてくだされば書きます。

ああ、でも<会長編>の方が評判がよかったらお笑い希望の私はどうすれば・・(笑)

ちなみにクリムゾン関係者はアクアしか知らないのでどなたか「こんな人がいるよ〜」みたいに教えていただけると幸いです。



それでは今回はこの辺で。

それでは代理人様今回も感想楽しみにしております。


 

代理人の感想

む、今回のアカツキはウケを取る方向に走りましたか?(爆)

前回前々回と見せた企業人としての実力は今回も健在なんですが。

 

しかし・・・・・・・・・・・・・・ギャップがギャップが〜。

まぁ面白いんですけど。(笑)

ともあれ、向こうと違ってこちらは「アキトと愉快な仲間たち」によるクリムゾン潰しの話になるようで。

クリムゾンも災難ですな(笑)

 

 

 

>クリムゾン関係者

毎度おなじみロバートさんに、DCのゲームで出てきた「シャロン・ウィードリン」

(アクアの腹違いの姉妹。金髪碧眼で強気な美人)くらいでしたかねぇ、公式設定で存在するのは。

 

>「書いて」と言う人が一人でもいてくだされば書きます

書いて(笑)。