幕間〜ナデシコクルー〜<会長編>












ネルガルの最新鋭艦がテンカワ・アキトを撃破した。

その知らせが世界を駆け巡った日のネルガルには、多数の賞賛の電話が寄せられた。


それと同時に、ネルガルの株価は跳ね上がる。

蜥蜴戦争後、低迷を続けていたネルガルにとっては久しぶりの快挙だ。



「いや〜実にめでたい。」

ネルガルの会議室では早速重役会議が開かれていた。

「まったく。」

「これでナデシコDが次期主力艦になることは決まったようなものですな。」

「ネルガルは安泰ですぞ。」

そんな喜びの声が会議室に満ちている。

しかし、そんな空気を引き裂くような怒鳴り声が響いた。

「いい加減にしたまえ!」

その声に驚き、重役達は声の主に目を向けた。

声の主はアカツキであった。

「いつまで浮かれているんだ!そんなことしている暇があったら、この機会を利用して利益を上げる策でも考えたまえ!」

アカツキはいらつきながらそう言った。


彼らに対クリムゾンのことは話せない。

だが、ネルガルを大きくするためには利用出来る。

ネルガルが大きくなれば対クリムゾンが楽になるのだ。

親友を殺してまで手に入れた機会を無為に失うわけにはいかない。


「「も、申し訳ありません。」」

アカツキの言葉に、重役達は萎縮しながらそう言った。

「会議は終了する。各自早急に策を考えたまえ。以上だ。」

それだけ言ってアカツキは席を立った。


しばらくは礼をしたままアカツキを見送っていた重役であったが、アカツキの姿が見えなくなると途端にふてぶてしい態度を取り始めた。


「フン!聞けばあのテンカワとかいうガキは会長の友人だったそうだな。」

「ああ、友人を殺して気が立っているんだろう。」

「子供だな。」

「まったく。いつまで会長の座に座っていられると思っているのだか。」


大企業の会長という座、そしてまだ若いアカツキにはネルガル内にも敵は多い。

アカツキが独断気味だと言うのにも関係している。

打倒クリムゾンを目指すアカツキはネルガル内部にも目を向けていなければならないのだ。





さらにアカツキには頭を悩ます別の理由があった。

元ナデシコクルーからの抗議の電話である。

それは数も多くなく、徐々に減ってはいたのだが、一部の元クルーからは依然として抗議が続いている。

いつまでもそんな抗議に付き合っていられないアカツキは、そんな元クルーに対して直接会って話す機会を設けた。

それに応じたのはリョーコ、ユキナ、ミナト、ウリバタケそして意外にもジュンであった。

それ以外のメンバーはアキトと関係が薄い者、アキトのしたことを考えれば仕方無いと考える者、
そしてアカツキにも事情があるのだろうと察している者達だった。






当日、会長室で待っていたアカツキのところに六人の男女が訪れた。


「これだけかよ・・」

リョーコは集まった人数を見ると、吐き捨てるように言った。


他の人間と違い、リョーコはアキトと実際に戦った。

そして遺跡に融合しているユリカを、アキトの敵を実際に目撃したのだ。

その分アキトの事情の深さをわかっているつもりだった。

破壊活動を行ったとはいえ、それはユリカを助けるためだったではないか。

それをネルガルは、アカツキはあっさりと殺したのだ。

許すことは出来なかった。

さらにその事に関し、元クルー達が少数しか集まらなかったことにいらついているのだ。

 

「しかたないわよ。」

苛立っているリョーコをミナトが宥める。


ミナトも墓地でアキトに会っている。

突然現れた敵に向かって躊躇い無く発砲したアキトは、明らかにミナトの知っている彼とは変わっていた。

それだけの変化を起こすだけのことがアキトに起こったのだろう。

それに、アキトの目的はユリカを助けるためであったのだ。


それ以上に気に病むこととして、ルリのことがある。

アキトの死亡が報じられた後、ルリには会っていない。

すぐに宇宙に飛び立ったため、会えなかったのだ。

しかし、ルリのアキトへの依存度を考えればその衝撃の大きさも想像出来るだろう。

だからこそ、ネルガルの行いに納得出来ずここまで来たのだ。


ミナトはルリの決意を、変化を知らないのだ。



「だけどよぉ〜」

「そんなこと言ってないで早く入ろうよ〜。」

再び文句を言おうとするリョーコを遮り、ユキナが言った。


リョーコもそれっきり何も言わず、ユキナの言葉に従って六人は会長室へと入っていった。




「やあみんな、よく来てくれたね。」

会長室へ入っていった六人をアカツキが迎える。


アカツキを見た六人の顔は一様に固くなった。

今日はこのアカツキを問い詰めなければいけないのだ。


そんな彼らの反応を気にせずに、アカツキは一同を見回す。

すると、その視線は一人の女性の前で止まった。

「忙しいのに良く来られたね。」

「仕事が休めましたから。」

アカツキの言葉にメグミがそう答えた。


メグミはアカツキの提案に答えられていなかったのだ。

仕事が忙しく、休みが取れないかもしれない、それが原因だった。

それでも何とか時間を取った。

破局を迎えたとはいえ、一度は恋仲になった相手だ。

別れた原因はアキトが自分達の戦争と考えるようになり、戦う決意をしたからだった。

後から知ったことだが、決意の原因は大切な人を傷つけられたからだった。

そんなアキトが破壊行動を行うには余程の原因があるに違いない。

だからこそ知りたかった。

アカツキが何を考えアキトを殺したのかを。



「そんなことはどうでもいい!」

そんなやり取りに苛立ちを覚えたリョーコがいきなりアカツキに詰め寄る。

「とっとと本当のことを言いやがれ!」

「なんのことだい?」

詰め寄ってきたリョーコにアカツキがとぼけた口調で聞き返す。

「!!テメエ!」

アカツキの言葉に激昂し、リョーコはアカツキの首筋を掴む。

アカツキの顔は苦しそうに歪んだ。


「リョーコさん!」

そんなリョーコをジュンが止める。

リョーコも抵抗しようとするがジュンの力には叶わず、アカツキから引き剥がされた。

「今日は話を聞きに来たんだ。まずは話を聞かないと。」

なおもアカツキに詰め寄ろうとするリョーコを止めながらジュンは説得する。

「チッ!わかったよ。」

リョーコは舌打ちをしながらも渋々力を抜く。


「助かったよ、アオイ君。」

乱れた服を直しながらアカツキはジュンに向かって礼を言った。

「あなたを助けた訳じゃありません。僕は早く話を聞きたいんです。」

ジュンは素っ気無く言った。



「それじゃあ座ってくれたまえ。」

アカツキはそう言って席に着くように勧める。

その言葉に全員大人しく従った。

それを確認したうえでアカツキは彼らの向かいに座った。


「さて、何を聞きたいんだい?」

「何をだと!そんなの決まってるじゃねえか!」

アカツキの言い方に再びリョーコがいきり立つ。

リョーコはアカツキに詰め寄ろうとしたが、先程のことを考え辛うじて耐える。

「そうよ!あなた自分が何したかわかってるの!」

リョーコに続いてユキナも席を立ちながら言った。

ユキナはアカツキを指指し、睨みつけている。


アキトにはネルガルに引き渡されそうになった自分を助けてもらった恩がある。

アキトの直情的な所を見ていると兄を思い出すことがあった。

アキトに何があったのかは知らない。

でもあのような破壊行動を行うには何か事情があったはずだ。

目的もユリカを助けるためだった。

それをよりによって仲間の手で殺すのは許せなかった。

彼女の正義はそれを認めなかった。



アキトの行為が正義かどうかを考えてはいない。

自分に都合よく正義を曲げる、それはいまだ幼きユキナの限界であった。



「テロリストを倒した、きみの大好きな正義の行いだと思うけど?」

アカツキの言葉にユキナが詰まる。


確かにネルガルは史上最凶と言われたテロリストを倒した。

そのことに関しては責められるべき事は何もない。

むしろ単に感情だけでそれを責めているユキナ達がおかしいのだ。


「アキトさんにもなにか事情があったはずです!」

アカツキの言い様に、メグミが声を上げる。

メグミの言葉は此処に来ている全員の気持ちであっただろう。

しかし、彼らの気持ちはあっさりと打ち砕かれた。


「事情があれば大勢の人間を殺しても許されるのかい?」

メグミはアカツキに聞き返されて何も言えなくなった。


メグミ達がどう思おうと、アキトが大量の人間を殺した事実は消えない。

それを指摘されるとメグミ達は何も言えなくなる。



(僕達は許すことを選んだけどね。)

何も言えなくなったメグミ達を見て、アカツキは内心嘲笑っていた。


自分たちはメグミ達よりもアキトの行いについて知っている。

何をしたのかを、どれだけの無関係な人間を殺したのかを。

それでもアキトを許した。

アキトの後を継いだ。

自分達も非道の道を歩む決意をした。


(そんなんだからきみ達に真実を教えられないのさ。)

そう考えているアカツキの心は闇に満ちている。

だがそれはアカツキにとっては光なのだ。

親友のために何かをしてやれる。

例えどんなことであろうとも、アカツキにとってそれは光となる。



「じゃあアキト君を殺したことは認めるのね?」

黙りこくってしまった一同の中で、ミナトが問い掛けた。

その言葉を聞いたアカツキの表情が一瞬翳る。

「僕がやったことじゃないよ。」

しかし誰にも気付かれない内に表情を戻すと、アカツキは平然と言った。

「お前が命じたことだろ!」

「知らないね。」

リョーコの怒鳴り声にもアカツキは動じない。


「それとも君達はナデシコDが沈めば良かったとでも言うのかい?」

アカツキに聞き返されて一同押し黙る。

「テンカワ君の代わりにナデシコDの乗組員達が死ねば良かったとでも言うのかい?」

アカツキは黙り込んだ一同に畳み掛ける。


そんな一同を見て、アカツキは再び心の中で嘲笑っていた。

(ここで「そうだ」とでも言えれば同士となり得るんだけどね。)



「ア、アキトはそんなことしねえよ!」

「そうです!アキトさんがそんなことするはずありません!」

「実際に攻撃は受けたんだよ。」

リョーコとメグミは何とか反論を口にしたものの、事実を述べるアカツキの前に再び黙り込む。



「アカツキよぉ、いつまでとぼけるつもりだ?」

黙り込んでしまった一同を他所に、今まで発言しなかったウリバタケがアカツキに話し掛けた。

「俺は知ってるんだ。そんな嘘は通用しないぜ。」

そう言ったウリバタケは真剣な目をしてアカツキを見ていた。

「・・・」

ウリバタケの言葉にアカツキが黙り込む。


しかしその視線はウリバタケ鋭く貫き、様子を探っている。

それに臆しないあたりウリバタケの人生経験が分かる。


ウリバタケはネルガルがアキトを殺したことを怒っている訳でない。

ユリカを助けるためだったとはいえ、アキトの行ったことから考えれば仕方無いと言える。

全く思うところが無いと言えば嘘になるが、それでも納得はしていた。

今日来たのは事実を知るため。

アカツキが何を考えてアキトを殺させたのか。

そしてもっとも知りたいこと。

誰がアキトに復讐の力を与えたのか。

それさえ与えられなければアキトがあの様な行為に走ることはなかったかも知れない。

そう考えずにはいられなかった。


当時のアキトを知らないからこそ、ウリバタケはそう思っていた。

 

「何を知ってるんだよ!とっとと言いやがれ!」

二人の睨みあいに耐え切れずにリョーコがウリバタケに迫る。

「・・・ブラック・サレナとか言う機体な、あれはネルガル製だ。」

ウリバタケはアカツキが何も言いそうにないのを悟ると語りだした。

「なんだと?」

衝撃的なウリバタケの言葉に、リョーコは驚きの声を上げる。

「ルリルリからアキトの乗っていた機体の映像を見せてもらったことがある。あの機体は間違いなくネルガル製だ。」

ウリバタケはアカツキの様子を見ながら言葉を紡いでいる。


ルリは以前少しでもアキトの情報を求めていたときにウリバタケに聞いたことがあるのだ。

この機体に心当たりは無いかと。

そして聞かされた答え。

それはルリがネルガルをアキト支援の組織だと断定させる一要因となった。


「なんでそんなこと分かるんだよ。」

「機体設計には企業によって個性が生まれる。それはそんな簡単に乗り越えられるもんじゃねえ。」

半信半疑で聞いてくるリョーコに向かってウリバタケは説明を続けた。


「アカツキ、本当のことを話してくれや。」

ネルガル製だということに絶対の自信を持っている。

そのことを知っている以上アカツキは本当の事を話さざるを得ないだろう。

ウリバタケはそう考えていた。

「知らないね。」

しかしアカツキはそんなウリバタケの考えを打ち砕いた。

さすがに予想外だったのか、ウリバタケの反応も一瞬止まる。

「あの機体をうちが作ったと言う証拠はないでしょ。」

アカツキは冷静な表情を崩さずに言った。

「だから機体設計の個性が!」

「そんなの証拠にならないよ。」

とぼけられていると思ったウリバタケが大声を上げるが、アカツキは表情一つ変えない。

「それにテンカワ君が自分で作った、そう考えるのが自然じゃないかい?」

なおも何か言いかけたウリバタケに向かってアカツキは言った。

「なんだと?」

考えもしなかったアカツキの言葉にウリバタケは驚きの表情を浮かべる。

「テンカワ君はナデシコに乗っていたんだ。うちの設計の癖を持っていても不思議じゃないだろ?」

「あいつにそんなことできるわけ・・・」

「なぜわかるんだい?この二年間、テンカワ君に何があったのか知っているわけでもないのに。」

否定しようとしたウリバタケに向かってアカツキは言った。

声は冷静さを保っているが、アカツキの心中は感情が高ぶっていた。



何も、何も知らないくせに!


彼らはただ「アキトはユリカを助けるために行動していた」という事実しか知らない。

にも関わらず、さもアキトを分かっているかのように自分を責めている。

アキトを間近に見てきた自分達はどれだけ苦しんだのか。

アキトがどれだけ復讐を求めたのか。

アキトがどれだけ辛い目にあっていたのか。

何一つ知らないのに。


彼らは悲しんでいないではないか。

アキトを殺した自分を責めるだけで、誰一人悲しんでいないではないか。

口では色々言いながらも、アキトをテロリストだと考えているではないか。

彼ら自身が何も出来なかったことを棚に上げて、自分を責めているだけではないか。


そんな彼らに、そんな彼らに・・・


(なぜそんな事が言えるんだ!)




「そ、それは・・・」

アカツキの内なる激昂を微かにでも感じたのか、ウリバタケが言い澱む。

「うちの技術者が個人的に作ったとも考えられるしね。」

そんなウリバタケに内なる感情を隠しながら、アカツキが続ける。

「証拠が無い以上、きみの言っていることは言い掛かりに過ぎないよ。」

アカツキが止めの一言を言った。

その言葉にウリバタケは黙り込む。


「待ってください。」

他の人間が皆黙りこくってしまったのを見てジュンが言った。

ジュンは今まで話に参加していなかったわけではない。

聞くことに集中していたのだ。

アカツキを説き伏せられるだけの根拠を見つけるために。


「確かに証拠はありませんが、状況証拠は揃っています。」

「ほう。」

ジュンの言葉にアカツキは再び興味深そうにする。

「機動兵器に関してはあなたの言い分も通ります。」

ジュンはアカツキとウリバタケの話を聞いていてそう結論付けていた。


その後、ジュンは自分の頭の中で今一度整理をしてから話し始めた。

「ですが、戦艦に関してはどう説明しますか?」

「というと?」

アカツキは先を促した。

もっとも、アカツキにはジュンが何を言いたいのか既にわかっている。

「戦艦を作る莫大な費用、ドック、人。それをテンカワ一人で揃えたというのは無理があります。」

「そうかもね。」

ジュンの言葉にアカツキはあっさりと頷いた。

ジュン以外に人達は少し拍子抜けすると同時に、ジュンに期待を傾けた。

「ならば大規模な組織による支援が在ったと考えるべきです。」

周りのことなど一切気にせず、ジュンは落ち着いた口調で言った。

「それがうちだとでも?」

「はい。」

問い掛けてきたアカツキにジュンははっきりと頷いた。

「証拠は?」

「ありません。」

予測されていた問いにジュンは首を振った。

周囲の人達は失望感を隠せない。

証拠が無い以上、今のアカツキは問い詰められない。


「しかし、テンカワとネルガルの会長であるあなたに繋がりがあることは事実です。」

証拠がないという前提でありながら、ジュンは諦めずに続ける。

「それじゃあ証拠にならないよ。」

今までと同じく平然とアカツキは交わし続ける。

「わかっています。ですから状況証拠だと言ったんです。」

ジュンは先程からアカツキの目を見たまま話を続けている。

逃がさない、ジュンの目はそんな意味を含んでいたのかもしれない。


「それだけじゃあどうにもならないでしょ。」

「法的にはそうですが、民衆はどう思うでしょうか。」

交わし続けるアカツキに、ジュンは最初にして最後のカードを切った。

「脅すのかい?」

ジュンの言葉に含まれている真意を悟ったアカツキが視線を鋭くして問い掛ける。

「はい。」

ジュンは躊躇わずに頷いた。

ジュンの纏っている雰囲気はリョーコ達とは一線を隔している。

一般人もしくは一パイロットと、ミスマル提督との繋がりもあり既に上層部の闇を少なからず
味わっているジュンとの違いだろう。

「おお、怖っ。」

そんなジュンを前にしても、アカツキは茶化したような態度に出る。

場数ではアカツキの方が圧倒的に上なのだ。

「僕はユリカのためにも聞いておかなければいけないんです。教えてくれませんか。」

言葉づかいは丁寧なジュンであったが、雰囲気は変えずにいる。

顔つきも真剣そのものだ。

 

ジュンが今日来た理由。


自分のためではない。

確かにアキトは戦友である。

しかしアキトとの戦闘で軍の知り合いも殺されているのだ。

どこの企業であれアキトが討たれるのは当然だと考えていた。


それでもジュンが来た理由。

それはユリカのためである。

現在、ユリカは遺跡との融合による衰弱から入院している。

遺跡との融合という前例の無いことであるために、回復はなかなか進まなかった。

それでもアキトの名前を出さない日は無いほど、アキトが来るのを待ち望んでいる。


ミスマル提督はこのことに難色を示した。

アキトが全宇宙規模で指名手配されているような状況ではユリカとアキトをくっつけるわけにはいかない。

宇宙軍のトップとして、娘がテロリストとくっつくことは許されない。

アキトとくっつく事がユリカの幸せに繋がるのなら、ミスマル提督は喜んで現在の地位を投げ出すだろう。

しかし、ミスマル提督にはそうは思えなかった。

指名手配中のアキトとくっつくことは、娘にとってマイナスにしかならない。

そう考えたのだ。


テンカワ・アキトはテロリストである。

アキトを諦めさせるために直接告げたこともある。

しかしユリカはそれを受け入れた。

「夫の罪は妻の罪だよ。私も一緒にアキトと償う!」

そう言ったのだ。


そんな中報じられたテンカワ・アキトの死。

このことはユリカには極秘とされた。

このことを告げればユリカもアキトを諦めるだろう。

しかし、ユリカはもう一度アキトと暮すことだけを考えて懸命なリハビリを送っている。

回復が遅々として進まなくても、弱音を吐かずに頑張っている。

そんなユリカにアキトの死亡を伝えればどんな結果になるか想像に難しくない。


ジュンはそんなユリカを見てきた。

かつて恋焦がれた人のそんな状況に陥っているのだ。

だからジュンは少しでもユリカのことを支えようとしている。

恋愛感情ではない。

ユリカを陰ながら支えていくことは自分の義務だと考えているのだ。


そしてジュンはアキトの情報を求め始めた。

いつかはアキトの死はユリカの耳に届く。

それまでに、少しでもアキトの情報が欲しかった。

ユリカのショックを抑えるための情報を。


今日アカツキを訪れたのもそのためなのだ。

アカツキのやったことだ。

もしかしたらアキトは生きているのでは、そんな希望も持っていた。



しかし、そんなジュンの心を知らないユキナは表情を強張らせている。

ジュンへの微かな恋愛感情、ユリカへの嫉妬がそうさせているのだろう。

だが今はそんなユキナに気が付く者はいなかった。

 

「・・・ユリカ君のためか。なんなかいい話だね。だけど無駄だよ。」

ジュンの言葉に考え込んでいたアカツキは否定の言葉を口にした。

「うちはテンカワ・アキトを実際に倒した企業だよ?そんなこと言っても誰も信じないさ。」

ネルガルがアキトを倒した企業。

その事実がある以上、ジュンの言うことは何も意味をなさない。

それはジュンにもわかっているのだ。

「テンカワは本当に死んだんですか?」

ジュンの質問にアカツキを除いては驚いた表情になる。

その疑問に辿り着いたのは誰もいなかったのだ。

「・・ああ。」

アカツキは静かな口調でそう答えた。


「やかましい!民衆がどう思おうと関係ねえ!」

突然リョーコが立ち上がった。

今まで体験したことの無い雰囲気と、否定し続けるアカツキの態度に我慢が出来なくなったようだ。

「俺達は信じていねえんだ!とっとと真実を言え!」

そう言いいながらアカツキに詰め寄る。

今回は誰も止める者はいなかった。

正攻法ではアカツキから何も聞き出せなかったのだ。

リョーコのような行動も止む無しだろう。


「なぜアキトを殺した!」

そんなリョーコにアカツキは目を向けただけで何も答えなかった。

そんなリョーコに影響されてか、他の女性陣も感情的に畳み掛ける。

「アンタルリルリのことを考えたことあるの!答えなさい!」

「どうしてアキトさんを殺したんですか!答えてください!」

「そ〜よ、そ〜よ!答えなさい!」

そんな女性陣をウリバタケとジュンは静観する。

こんな言い方でアカツキが答えるわけが無いのだ。


冷静な男性陣を他所に女性陣の感情は落ち着きを見せない。


「うるさい!!」


「なっ・・・」

アカツキの突然の豹変に女性陣が一様に気圧される。

「何も、何も知らないくせに・・・」



アキトを殺した。

その事実はアカツキの心をえぐり続けている。

好きで殺したわけじゃない。

自分だってアキトを生かしておきたかった。

例え半年でも生きていてほしかった。

それではアキトの願いは叶えられない。

それでも復讐を忘れ、普通の親友として関わっていたかった。

最初で、おそらく最後になる親友。

その親友との関係を続けていたかった。

それは今なおアカツキの心に存在している。

一人涙を流したこともあった。


その傷を他人に、何も知らない連中にえぐられたくはなかった。

その感情がアカツキらしからぬ態度を取らせたのだ。



「な、なんだよ。」

アカツキの言葉がはっきり聞こえなかったリョーコは聞き返した。

しかし態度はやや怯え腰になっている。


リョーコの言葉にアカツキは僅かながら冷静さを取り戻した。



自分はアキトの復讐を果たす道を選んだのだ。

それを後悔はしていない、後悔するわけにはいかない。

そのためには今彼らを誤魔化し切らなくてはならない。

いまはまだネルガルの力を失うわけにはいかないのだ。



彼らは優秀な人材だ。

味方にする必要は無いが、敵に回して得はない。


「いいよ。教えてあげるよ。」

なんとか表情を元にもどすと、アカツキはそう言った。

アカツキの態度が突然変わったことに一同困惑したが、アカツキは気にせず語りだした。


「あの戦艦と機動兵器、あれは確かにネルガル製だ。」

アカツキの言葉に一同は聞き入る。

「テンカワ君に奪われたね。」

「奪われた?」

反応したのはウリバタケだ。


自分の想像が肯定されたために落ち着きを取り戻す機会を得たのだ。

今現在冷静さを保っているのはウリバタケとジュンだけだ。

そして、ジュンはアカツキの言葉を一字一句逃さないように聞き入っている、

少しでもアキトの情報を得る、それが彼の目的なのだ。


「そう、完成直後にね。」

冷静を装ってそう言っているアカツキは、一方では別のことに考えを巡らせていた。

 

彼らには真実を告げることは出来ない。

彼らでは信用に値しない。

今回の会談からアカツキはそう感じ取っていた。

だから嘘を付くのだ。

彼らを納得させられる嘘を。


彼等が来ることが決まってから幾つかのシナリオを考えておいた。

いつもならそんな物無くても交渉では負けない自信がある。

だが、現在はほんの僅かなミスすら許されないのだ。

万全を期すに越したことは無い。

そのうちのどのシナリオが今一番合っているのか。

アカツキはそれを考えながら話を続けているのだ。


「アキト一人で盗んだっていうのかよ!」

リョーコが声を上げる。

ネルガルほどの大企業からアキト一人で、しかも戦艦を盗め出せるとはとても信じられない。

「ボソンジャンプで現れて、目的物と共にボソンジャンプで逃げる。そんなことされたら防ぎようがないよ。」

アカツキの言葉に一同は納得させられた。

メグミとジュン以外は戦艦をボソンジャンプさせる現場に立ち会った。

メグミは火星の後継者と対峙した時に、機動兵器のジャンプを見ていた。

ジュンはアキトがボソンジャンプしているのを目の当たりにした。


あの力を使えば、戦艦を盗めるだろう。


この時、ジュンが聞くことではなく、考えることに集中していたなら気付いたかもしれない。

なぜアキトがユーチャリスの建造ドックの場所を、完成時期を知っていたのかということに。

だが、聞くことに集中しているジュンは気付けなかった。

ジュンの今日の目的を考えれば責めることは出来ないだろう。



「そしてそれはテンカワ君によってテロの道具に使われた。」

納得した様子を見せた一同に安心しながら、アカツキは続けた。

「テロじゃねえ!アキトは艦長を助けようとしただけじゃねえか!」

アカツキの言葉にリョーコが不満を露にする。

「それでもテンカワ君が無関係の人を殺した事実は消えないよ。」

アカツキは冷酷なまでにそう言った。

だがそれもアカツキの考え通りの行動だ。

「そんな、そんな言い方しなくたって!」

アカツキの冷たい言い方にメグミも抗議の声を上げた。

「それじゃあきみはテンカワ君の殺した人たちの遺族にそれを言えるかい?テンカワ君にも事情があった、仕方なかったんだって。」

アカツキの言葉に反論は出ない。


アカツキは満足そうに、もちろん表情には出さないで一同を見回していた。

彼らの冷静さを失わせる。

嘘を嘘と気付かせないための細かい、しかし重要な配慮だ。


「話を続けるよ。」

アカツキは冷たい態度を取り続ける。

「うちは必死にテンカワ君の行方を追ったが見つからなかった。」


ネルガルが作った戦艦と機動兵器をテロに使われていることが世間に知られたら、ネルガルの信用は地に落ちる。

秘密裏の内に取り戻そうとするのは当然のことだろう。


「ところが火星での戦いの後、テンカワ君の方からやってきたんだ。」

リョーコ達はもう聞いているだけになっていた。

「『勝手に使ってすまなかった。もう必要ないから返す。』とね。」

そこでアカツキは少し間をおく。


「そしてテンカワ君は死んだ。」

アカツキは抑揚無く、淡々と言った。

「死んだ?」

殺したではない、死んだという言葉を不思議がりメグミが呟く。

「そう。」

アカツキは自分のペースに巻き込んだのを確信しながら頷いた。

「悪いと思ったけど身体を調べさせてもらったよ。そしたら遺伝子をいじられた形跡が沢山出てきてね。」

アカツキは何気ない様子で言った言葉にリョーコ達は衝撃を隠せない。


自分達の知らない間に一体アキトの身になにがあったのだろうか。

自分たちが考えている以上のことがあったであろうことにショックを受けたのだ。


リョーコ達は知らず、知らずのうちにアカツキの術中にはまっている。


「限界だったんだよ、テンカワ君の身体はね。」

その言葉にメグミやユキナは俯いてしまっている。

「それじゃあなんでネルガルが倒したことになってんだよ!」

アカツキの話を聞いていて疑問に感じたことを、リョーコがやや声を荒げながら聞いた。

「ネルガルの名を売るために決まってるじゃない。」

「なんだと!」 

当然とばかりに言うアカツキにリョーコは怒声を発する。

「テンカワ君のおかげでユーチャリスとブラック・サレナが仕えなくなったんだよ。少しくらい還元して貰わないとね。」

「あんた最低よ。」

アカツキの言葉に嫌悪感を露にしてミナトが言った。

「最低で結構。それが企業ってもんだよ。」

そんなミナトの言葉にもアカツキは平然と返す。

「それに、君はテンカワ君の遺体を軍に渡せば良かったと言うのかい?」

アカツキはミナトに逆に聞き返す。

「そ、それは・・・」

ミナトは言葉に詰まる。


アキトの遺体を軍に引き渡した場合、どんなことが行われるのか。

ミナトにもそれは想像つく。


そしてそれはジュンにも否定出来なかった。

ナデシコ乗艦時ならともかく、今のジュンは軍が絶対的な正義とは考えていない。

宇宙軍ならば自分と、ミスマル提督で守ってやれるかもしれない。

だが今は統合軍が強いのだ。

宇宙軍で守りきるのは無理だろう。




「納得出来たかい?」

誰からも言葉が洩れてこないのを見て、アカツキはそう締めくくった。


「ああ。」

「ええ。」

リョーコもメグミも悔しそうに答える。

アキトのことを何もわかっていなかったことを再認識させられたのだ。


ミナトはユキナを抱きかかえるようにしていた。

衝撃的なことを聞いたためか、ユキナは依然として俯いたままだったのだ。

ユキナはミナトに抱きかかえられながら黙っていることしか出来なかった。



ウリバタケとジュンは黙っている。

とりあえず聞きたいことは聞けた。

それで充分とするしかない。


「じゃあもういいだろ、帰ってくれ。」

アカツキの言葉にリョーコ達は黙って会長室を出て行った。











「あれでいいの?」

リョーコ達が出て行った後、会長室でアカツキとエリナが話していた。

「彼らに本当の事は言う訳にはいかないからね。」

アカツキは会長席に座りりながら言った。

「何も言わないんじゃ彼等は何をするかわからない。真実味を持った嘘を与えておけば満足するさ。」

会談はアカツキの思うとおりに進んだ。

リョーコ達は納得させられて帰っていった。

彼女達が落ち着いた後、今日のことを考えることはないだろう。

出来ることなら忘れたい、ジュン以外はそう考えてさえいるだろう。


「そう。」

アカツキの言葉にエリナはそれだけ答えた。

「昔の戦友にも隠しておくというのは辛いかい?」

「いいえ。」

アカツキの言葉に、エリナははっきりと否定した。

今のエリナはそんなことに感情を動かされない。

動かされるわけにはいかないのだ。

「私は仕事に戻るわ。」

アカツキとの会話を打ち切ると、エリナは扉へと歩いていった。



「・・・きみは僕を憎んでいるかい?」

出て行こうとするエリナの背中に向けて、アカツキは静かな声で訊いた。


「いまはそれを言っている時ではないわ。」

エリナはアカツキに背中を向けたままそれだけ答えた。


「そうだね。今の言葉は忘れてくれ。」

アカツキも後悔したように言った。


エリナはそれには何も答えずに部屋を出て行った。

























<後書き>


どうも「やまと」で御座います。

<会長編>幕間をお届けしました。

本編の進行には関係の無い話ではありますが、何も触れないというのもなんですので
幕間と言う形で書かせていただきました。

シリアスですが・・・またもや、少しダークかもしれません。


さて今回のお話ですが、ネルガルを訪れる人はこの六人しか思い浮かびませんでした。

と言っても後はヒカルとイズミとホウメイさん、ホウメイガールズぐらいですけど。

彼女たちの中で、ホウメイガールズは訪れるかな?とも思ったのですが、アキトがコックをしていた
のは最初だけでしたし、後半はあんまり繋がりが書かれていなかったので出しませんでした。

リョーコは怒鳴り役に近くなっているし、ミナトはあまり出てこない。というか活躍は男性陣ばっか。
大人数の会談を書き、全員に出番を与えるというのは大変なんですね(汗)


今回六人はアキトの死を悲しんでいない(会談時にはですが)ということになっています。

劇場版を見る限りどうしてもそう思ってしまうんですよね。

ナデシコCに集結後、アキトの話題が全然出てないというのが物凄く気に掛かりました。
火星からアキトが飛びだって行ったときにもほとんどの人間は気にしていなかったような・・・

メグミ側も妙に明るかったし・・・え?アカツキも?それは彼がアキトが北辰を叩くのを願っていたと言うことで許してください(汗)

というわけで、アキトがテロリストということに納得しているように思ったんです。

あくまで私個人の感じ方です。



共通の後書きは今後もアカツキ編にて行います。





それでは代理人様、今回も感想楽しみにしています。

 

代理人の感想

去る者は日々に疎し、と言います。

劇場版の二年前、テンカワアキトとミスマルユリカは死にました。

むろんその時は誰もが悲しんだでしょうが、その悲しみも面影も日々心の中から薄れて行きます。

そしてアキトが黒い復讐者として再び現れたとき、

旧クルーの心の中では彼は既に「死者」「過去の人」として

「記憶の1ページ」以上のものでは無くなっていたのかもしれません。

またかつての姿そのままならともかく、

黒衣に身を包んだ彼は既に彼等の認識するアキトではなかったかもしれません。

そういう意味では、確かに「君達の知っているテンカワアキトは死んだ」のでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・まぁ、劇場版のシナリオがへっぽこだからと言う理由もあったり無かったりするよーな気もしますが(核爆)