幕間〜ナデシコクルーW〜<アカツキ編>














「さて、始めるよ。」


アカツキは向き直り、皆を見回す。




ホウメイやホウメイ・ガールズと合流した後、一同はアカツキに連れられて再びブリッジに戻ってきていた。


もちろん隠し通路を通ってである。


それを見たホウメイは呆れ、ホウメイ・ガールズは面白がっていたが特にこれといった事態は生じなかった。






「始めるのはいいがジュンはまだ回復して無いぞ。」


アカツキの言葉を聞いたをアキトがアカツキの言葉を遮る。



アキトは依然としてジュンを肩に担いでいる。

ジュンは相変わらず目を覚ますそぶりをみせていなかった。



もっとも、誰も気にしていないどころか一部では完全に忘れられており、唯一心配していたユキナ

も既に気にしていないようだ。






「仕方ないな〜。テンカワ君、活を入れて上げてよ。」


出鼻を挫かれたアカツキが面倒くさそうに言う。





「わかった。」


アカツキに言われたアキトはジュンを下ろすと、その背後へと回った。



女性陣は心配もせず、間近で見る武術を興味深そうに見ている。






ゴスッ!!




アキトがジュンに一撃を加える。




しかし活を入れるにしては明らかに音がおかしい。

ジュンも気付くどころか、倒れこんだまま顔をますます蒼白にさせて行く。





さすがに周囲も不信気な雰囲気を漂わせ始めた。





「ふむ。」

そんな中アキトは冷静にジュンを見回している。





「そういえば俺は活なんか入れた事ないな。」




((先言えよ!!))




全員が心の中で突っ込みを入れていた。




(プッ!クククク・・・)


いや、イズミだけは笑いを堪えていたようだ。


相変わらずよくわからない人物である。








アキトが身に付けた武術は人を助けるための物ではない。

逆に敵をいかに倒すか、という物だ。

そんなアキトに「活」を入れることなど出来るはずもなかった。






(出来るような気がしたが、やっぱり気のせいだったな。許せ、ジュン。)

アキトは心の中でジュンに詫びていた。




どうやらジュンを実験台にしたらしい。

ジュンが許してくれるかどうかは疑問である。




(・・・決していきなり銃を向けられたことに対する報復じゃないからな。)

アキトがわざとらしい言い訳を付け加える。


しかしわざわざ言い訳をするあたり、少しは根に持っているようだ。





「すまん、イネス。ジュンを頼む。」

結局ジュンの傷を重くしただけでアキトは匙を投げた。





「一番強い薬でいいかしら。」

イネスは楽しそうにジュンに近づいた。

一体何がそんなに楽しいのかはわからないが、手にはなにやら液体の入っている注射器を持っている。




どうやらイネスはメスに加えて、注射器も持ち歩いているらしい。

いつ、何が起こっても対処出来るようにとの考えであろう。

医者として実に立派な考えである。




「だめよ、イネス。」

早速ジュンに注射をしようとしていたイネスをエリナが止めた。



「ドクターイネスの研究室」での一ヶ月の共同生活の結果、エリナとイネスはお互いを呼び捨てにし合うようになっている。



そんなエリナの行動に、怪しいと感じていてもイネスが怖くて止められなかった一同が心の中で拍手を送る。




一方、注射を止められたイネスは不服そうだ。

どうやら注射を打ちたかったらしい。




「アオイ君にはアキト君の雑用をやってもらうんだから、後遺症を残すのはまずいわ。」


どうやらエリナはジュンを心配しているのではなく、雑用係がいなくなるのを恐れただけのようだ。




エリナの真意がわかった一同は拍手を中止し、一部ブーイングを送っているが、
イネスの持っている注射が怖いのか態度には出さない。





「それもそうね。」


不満顔だったイネスもあっさり納得すると、手に持っていた注射器をしまう。





((後遺症が残る注射だったのか・・))



イネスの行動に皆が顔を青くした。




もっとも、イネスとの付き合いが深いアキトとエリナ、ラピスの三人は平気な顔をしている。



アカツキはイネスとのかかわりは長いものの、いまだ一線を超えられていないために平然としては居られないのだ。



アキト達がどんな一線を超えたのかはもちろん謎である。






「じゃあこれにしましょう。」

イネスはそう言いながら別の注射器を取り出した。




どうやら注射器だけでも何種類か持っているようだ。

何処にそれだけの物を持っているかはアキトすら知らない、イネスだけの秘密である。


アキトも無理して触れようとはしない話題である。






イネスの言い方になおも危険なものを感じる一同であったが、後遺症は無さそうなので気にしないことを選んでいた。



(ごめんなさい、ジュン君。臆病なユキナを許して。)


ユキナも心の中でジュンに詫びながら、止めようとはしない。

正義の味方も相手によるようだ。






ドクン!!




イネスが注射を打った途端、ジュンの身体が大きく揺らいだ。


さらに今まで青白かった顔色が青から紫へと変わり、さらに赤へと変わっていった。





「ぎゃあ〜〜〜〜!!!!」





そして、顔一面が赤に覆われた時、突如ジュンは叫び声を上げた。



一同はジュンの反応に改めてイネスの怖さを知り怯えていたが、イネスだけは冷静にジュンの様子を書き留めていた。



科学者らしく研究熱心というべきか。







「ゼ、ゼエ・・・・・ハ・・・ハァ・・・」


強制的に覚醒させられたジュンは肩どころか全身を使って呼吸をしている。


ジュンを目覚めさせるという目的は達成したものの、なにやら身体に悪そうな薬である。



「だ、大丈夫ジュン君?」


いまだ怯えを残しながらもユキナがジュンにかけ寄り、気遣った。




「う、うん・・・」


一応ユキナに答えて見せるがジュンの息はまだ荒く、顔色も悪い。



「心配ないわ。それほど強い薬じゃないもの。」


イネスが一応フォローらしき言葉を口にするが、当然の如く誰も信じていない。









「と、とにかくアオイ君も目覚めたことだし話を始めるよ。」


なにはともあれ、ジュンが復活したことによりアカツキが話を元に戻ろうとする。




「と言っても口でいうより見てもらう方が早いね。」


そういうとアカツキはブリッジのスクリーンに映像を映し出す。




最初に映し出されたのは会長室でアカツキとワインを飲むアキトであった。


映像の中の二人は共に黙ったままだ。


雰囲気と手に持ったワインは充分に大人の雰囲気を醸し出している。





次に映し出された映像は先ほどと同じ会長室でアカツキとワインを飲むアキトであったが、別の映像だと言うことがわかる。


今度の映像は先ほどのものとは違い歓談をしているのだ。


アキトの表情はバイザーにほとんど隠されているが、わずかに見える口元に微かに笑みが浮かんでいる。




「こんな映像があったなんて・・」

「隠していたのね・・・」

「ほしい・・・」


スクリーンに映し出される映像を見てエリナ、イネス、ラピスが呟く。


どうやら三人が見たことも無い映像のようだ。




「アキトさん、格好いい・・」


映像を見ながらサユリは思わず呟いていた。


ナデシコ時代には全く見たことの無いクールな感じのアキトにやられたようだ。



「「あれ〜!今なんて言ったの〜?」」


頬をやや赤らめながら呟いたサユリを見逃す残りのホウメイ・ガールズではなかった。

すかさずサユリに詰め寄る。



「え、え?何にも言ってないわよ」


詰め寄ってきた残りのメンバーに押されながらサユリは懸命に言い訳を始めようとするが、上手く行かないようだ。



「うそうそ〜」

「格好いいって言ったでしょ〜」


しかしそうそう簡単に引くホウメイ・ガールズではなかった。


結局サユリは他のメンバーに囲まれて言い訳に弁解に一所懸命になってしまった。




「こいつらも変わらないね〜」


それを見ていたホウメイが懐かしそうにしていた。







そんな彼女達を他所に映像は進んでいく。





今度はエステに乗ったアキトとアカツキの戦闘シーンだ。

もちろん本物で行うわけではなく、シミュレーションを使った訓練である。



重武装で弾丸の雨を降らせるアカツキの攻撃を回避し、時に受け止めているアキト。

シミュレーターの内部の映像も同時に映し出されているため画面は格闘ゲームのようになっている。


アカツキ、アキト共に真剣そのものの眼差しをしている。






「こんなものまで・・・」

「全部没収ね」

「トンボの物は私の物・・・」


・・・誰の言葉かは敢えて伏せておく。







「やるじゃねえか。早く戦いてぇな」


他方、リョーコは感心したように二人の戦いを見ていた。


強い者を見ると戦いたくなるリョーコの血が疼いているようだ。

元々、アキトと戦えるという条件で乗ったのだ。




「そんなこと言っちゃって〜」


怪しげな笑みを浮かべながらヒカルがリョーコに近づく。



「テンカワに見とれてたりして〜」


ヒカルの後を受け、からかいの言葉を上げながらイズミも近づいて来た。


イズミも怪しげな笑みを浮かべているのだが普段が普段なだけに、特に違和感を覚えない。



「な、なに言ってんだ!」

怒りのためか、それとも照れのためかはわからないが、やや顔を赤らめながらリョーコが慌てて言い返す。



「真剣な表情のアキト君に・・・」


「戦いの炎だけじゃなく・・・」



「「恋の炎も燃え上がる〜」」


ヒカルとイズミの声が見事に重なり合う。



打ち合わせもないのに実に見事なコンビネーションである。




「お、お前等〜!!」


今度こそ顔を真っ赤にしたリョーコが二人を追い掛け回し始めた。


しかし二人共実に楽しそうにリョーコから逃げ回っている。


リョーコをからかうのが心底楽しいのだろう。










段々注目している人数を減らしながらも映像はさらに続いていく。





火星の後継者達の情報に関して話し合っているアカツキとアキト。

この時のアキトは全身から殺気を滲ませている。

それは映像越しでも充分に感じられるほどだ。








(すごい・・・アキトさんはこんな表情も出来るんですね・・・)


一人静かに映像を見ていたメグミが驚きの表情を浮かべている。


そこには怯えなどの表情は一切なく、感心した素振りまで見せていた。


海千山千の芸能界を潜り抜けてきたのは伊達ではないようだ。





ちなみにとある三人は既に言葉無く、いかに映像を奪うかの相談をしていた。

それが誰かは当然の如く謎である。





映像はそこで終った。






「どうだい?わかったでしょ?」


アカツキが一同を見回しながら聞いた。


しかし、すぐにその言葉に反応する者はいなかった。



「アカツキ、これじゃあ何の説明にもなってないんじゃないのか?」


黙り込んだ一同を代表するようにアキトがアカツキに訊ねる。



確かに様々なアキトは出てきたものの、アキトに何があったのかの説明にはなっていない。




「何を言ってるんだい?」


アカツキは心外だとばかりに言い返した。


「僕とテンカワ君が親友だという立派な証拠じゃないか!」








「「・・・はっ?」」




アカツキの言葉にアキト達は呆然となった。




「最近ないがしろにされているからね。今一度僕との友情を思い出してもらおうと思ったのさ」


アカツキは呆然としている一同を他所に喜々として話している。


影が薄くなっていることに気が付いていたようだ。



「お、お前な〜・・・」


アキトが呆れを通り越して頭を抱える。



「まったく、あんたは何考えてんのよ!!」


アキトに続いてエリナが怒声を浴びせる。


会長と秘書という立場はもはや頭の片隅にも無い。



「今どんな時かわかっていないようね」


先ほど自分がジュンで実験したことなど忘却の彼方に追いやり、イネスも詰め寄る。


その手には何時の間にかメスが握られていた。



「これはもらっておくね」


ラピスはちゃっかり映像記録を盗んでいた。


エリナ達の教育の結果か、実に逞しく育ったようだ。





「後で私用にダビングしてね」

「私もよ」


アカツキを追い詰めながらも、ラピスの育ての親であるエリナとイネスも抜かりは無い。





サユリ達とリョーコ達はアカツキの話など聞いていなかったため、いまだ呑気に追いかけっこをしている。



メグミやミナト、ユキナは静観の構えだ。




「ま、待ちたまえ。ちょっとした冗談じゃないか」


三人に詰め寄られ、アカツキは後ずさりしながらも必死の弁明を行う。



「こ、今度はちゃんと説明する・・・」


三人はアカツキの言葉など聞かずににじり寄っていく。

もはやアカツキに逃げ場は無い。




しかし、そんな絶体絶命に思えたアカツキに救いの手が差し出された。




「まあ、待て」

アカツキと三人の間にアキトが割り込んできたのだ。




「テンカワ君・・・」

アキトに庇ってもらえたと思ったアカツキの顔に満面の笑みが浮かぶ。


(さすがは親友だね。あの映像を流した甲斐があったよ)





「あらアキト君、そいつの味方をするの?」


エリナ達は三人揃ってあからさまに不満気な表情をする。


しかし、口ではそう言っても彼女達はアキトには極力逆らわない。


もっとも、アキトの手綱はしっかり握っていたりする。




「いい加減時間が無い」


アキトの言葉に一同が時計を見ると、確かに出発予定時間まであまり余裕は無い。

取材陣がいるため、出発から遅れるわけにはいかないのだ。




「説明が先だ。お仕置きは後にしてくれ」


どうやらアキトにお仕置きを止める気はないようだ。




(あの映像は意味なかったかい・・・)


それを聞いたアカツキは心の中でさめざめと泣いていた。


なんとなく哀れである。




「・・・わかったわ。ここはアキト君に免じて許してあげるわ」

「そうね。時間が無いのは確かだし」

「アキトが言うなら」


三人もその辺の事情がわからないほど分からず屋でないため、大人しく引き下がる。




「一応礼を言っておくよ」


姿勢を正したアカツキがアキトに話し掛ける。


「そんなことより早く説明しろ」

「はいはい」


アキトの言葉にそう答えたアカツキは再び皆の注目を集める。




「それじゃあ今度こそ本当の映像を流すよ」



アカツキの言葉を聞いて、それまで騒いでいたホウメイ・ガールズやリョーコ達も静まり、再びモニターに注目する。



映像を流そうとしたアカツキであったが、一度動きを止めるとアキトの方を見る。


「テンカワ君、隣の部屋に行っていなくていいのかい?」


アキトに起こったことを説明するということは、あの地獄のような日々を思い出す羽目になる。


アカツキはアキトを気遣ったのだ。



「いや、大丈夫だ」


そんなアカツキの気遣いにアキトは首を振る。



確かに進んで思い出したい出来事ではないが、アキトは過去から逃げる気は無い。


過去をしっかりと乗り越えてこそ、生きていくという決意が実る。




アキトの言葉を半ば予想していたアカツキは、あっさり頷くと映像を流し始めた。



一同もアキトやアカツキの態度から気楽に見ていていい物ではないと思い直し、心持姿勢を正してモニターを見つめ直した。










映像は治療室で横たわっているアキトから始まった。




身体中に大きな裂傷を負っており、またその他の部分も明らかに普通の状態ではなかった。

アキトの目も開いていない。


なんとか五体満足である、そんな状態であった。




思いもよらぬアキトの状態に事情を知らない人間が息を飲む。




「新婚旅行に出発時の飛行機事故のさい、テンカワ君達は火星の後継者達に攫われた」


映像に合わせたアカツキの説明が始まる。


出来るだけ感情を押し殺した、淡々とした口調だ。


そうしなければアカツキの感情の高ぶりを抑え切れないようだった。




全てを知っているエリナとイネスは辛そうに目を逸らしている。

かつて味わった無力感が思いだされるのだろう。



一方ラピスは自分も悲惨な目に遭ったためか、映像を直視することが出来ている。

こういったことに対する耐性はアキトと並んでトップクラスなのだ。


もちろん望んで身に付いた耐性ではない。



アキトは自分の過去の惨状を身動ぎ一つせずに見つめている。







「その後、プロス君を始めとするうちのSSの手によってテンカワ君は救出された」


アカツキはそこで一度言葉を切る。



「しかし皆の知っての通り、ユリカ君は救出出来なかった」


アカツキの言葉に、ミナトやリョーコ達は遺跡と融合させられていたユリカを思い出す。


その記憶は今思い返してみても気持ちのいいものではない。








映像が別のシーンを映し出す。




アキトが何かに取り付かれたかの如く暴れまわっている。

さらには自分の拳から血が流れ出しているにもかかわらず壁を殴りつける。


イネスやエリナが懸命に止めようとしているが、アキトの狂動は止まらない。



「検査の結果、テンカワ君は味覚の全てと視覚のほとんどを、そして他の五感も大きく損なわれていた」


想像以上の状態に一同は衝撃を隠せなかった。


あのイズミですら僅かながらも驚きの表情を浮かべている。




とりわけホウメイは珍しく表情をはっきりと曇らせていた。


料理人を目指していたアキトが味覚を始めとする五感のほとんどを失った。

その辛さは料理人として痛いほどわかる。


ホウメイガールズも普段の明るさはどこへやら、すっかりしんみりしている。











そんな彼女達を他所に映像は続く。





今度は黒いバイザーをつけ、黒尽くめの格好をしたアキトが映し出される。


自分も見たことのあるアキトに格好にリョーコはさらなる注目を寄せた。




「イネス君の治療と、様々な補助機械によってある程度の回復が果たされた」


アカツキの言葉を聞いた皆の間に、安心したような雰囲気が流れる。



「しかし、味覚だけはどうしても戻らなかった」


しかしそんな雰囲気もアカツキの言葉で打ち砕かれる。




ミナトの脳裏には墓地で会ったアキトが浮かんだ。


そして、事情を聞かされたあの時のアキトの態度の理由が僅かながらにわかってきたような気がしていた。










次に映し出されたのは月臣と格闘訓練を行なっているアキトである。


どう見てもアキトはいまだに正常な身体ではなく、痛々しさすら漂わせている。





(元一朗・・・)


月臣がネルガルに身を寄せている事を知らなかったユキナが心の中で驚きの声をあげる。





「ある程度五感を回復したテンカワ君はユリカ君を助けること、そして火星の後継者への復讐を決意し力を求め始めた」


復讐・・・かつてお人よしとも言えたアキトには似つかわしくない言葉であったが、鬼気迫る表情で
訓練を行なっているアキトを見ると否定は出来なかった。





(元一朗がテンカワさんに力を?)


かつての兄の親友であり、木連の英雄でもある月臣がアキトに復讐のための力を与えたことを知って
ユキナの不思議な感じがした。


自分の知っている月臣は復讐のために力を使うなど許さない人間だった。

どうも月臣と、復讐の手助けが結びつかないのだ。







その後も諜報、機動兵器の訓練に明け暮れるアキトが映し出されていた。










次に建造中と思われる戦艦、機動兵器が映し出される。



「僕達はテンカワ君に力を貸すことを決意。そのための力として新型の戦艦、機動兵器を開発した」



多くの人間にとっては見たことのある機体であった。


目の前にジャンプしてきた機動兵器、戦艦。






(あの機体だ・・・間違いない)

リョーコにとっては実際に拳を交えた、忘れることの出来ない機体である。











映像が変わり、ヒサゴプランのコロニーが映し出される。




「火星の後継者の情報を探る過程でクリムゾンの存在が浮かび上がる」


アカツキの話が今後の戦いの核心とも言える部分に触れる。

だがこの時点では深く言及する必要は無い。



ネルガルの人間で無い者は、クリムゾンと言う地球トップと言ってもいい企業の名前が上がったこと
に驚きを隠せない者もいる。




「そしてヒサゴプランのコロニー群のどこかにユリカ君が融合させられた遺跡があることが判明した」



アカツキのその言葉で、説明を聞いていた皆の頭の中で全てが繋がる。


アキトの行動の理由が明らかになったのだ。








「あとは皆の知っての通りだよ」


アカツキの言葉とともに、映像が終わる。






想像を絶する話に一同押し黙り、口を開く者はいなかった。




アキトは姿勢を崩さずに、黙って天井を仰いでいる。







「こんなことが・・・」

「かわいそう・・・」

「・・・これはさすがにね」


しばらく時間が経った後、パイロット三人組の呟きが洩れる。



他のメンバーには衝撃が強すぎたのか、依然として口を開く者はいない。




「これでも衝撃の少ない映像を選んだつもりだよ。本来はこんなもんじゃなかった」


アカツキの言葉は皆に重く圧し掛かった。


アカツキやエリナ、イネスの態度を見ればそれが嘘ではないことは容易に察しがつく。




誰もがアキトを心配し、同情する雰囲気を匂わせ始めた頃、ブリッジに静かな声が響き渡る。




「・・・これがどうしたというんです」


その言葉を発したのは、今まで全く口を開いていなかったジュンであった。



皆の視線がジュンに集まる。




「こんなもの見せられたところで、テンカワが多くの人間を殺していい理由にはならない!」


ほとんどの者が聞いたことのないほどの大声でジュンが怒鳴る。




「そんな!そんな言い方ってひどいです!」


ジュンの余りと言えば、余りな言葉にメグミが批難する。


アキトの惨状を見せられ、アキトへの同情心が多大に沸いていたのだろう。



「そうよ、ジュン君。そんな言い方しなくても!」


ユキナもジュンを止める。




被害者が、力を得て加害者を倒す。


それはユキナの正義心を甚く刺激したのだ。




他の女性陣からも批難の眼差しが向けられる。


ジュンに非難の眼差しを向けていないのは、イズミとホウメイだけのようだ。


しかし、彼女達の考えは事態の一面しか捉えていない。


ネルガルの人間を除くと、この状況でもっとも事態を冷静に捉えていたのはジュンであろう。





「君たちは自分の友人を殺されなかったからそんなことが言えるんだ!」


ジュンは自分に向って批難の眼差しを向ける女性陣を見回しながら言った。



ジュンの言葉に、彼女達が揃ってはっとした表情を見せる。





「テンカワ!きみの攻撃によって多数の無関係な人間が殺された!」



ジャンはそんな女性陣を一瞥しただけで、視線をアキトに戻す。



一方のアキトはジュンの視線から逃れる事もせず、ジュンを真っ直ぐに見据えている。




「さらに僕の軍の友人も何人も死んだ。その事自体は軍人としては仕方の無いことかも知れない」



コロニー破壊で死んだのは何もコロニーにいた者だけではない。


むしろ宇宙空間でアキトやラピスと戦って死んだ軍人の方が多いかもしれない。


防衛についていたのは統合軍が殆どとは言え、ジュンには統合軍の中にも友人がいただろう。


統合軍の戦死者の中にジュンの友人がいたとしても何の不思議もない。




「だが、なればこそ!僕も軍人としての職務を果たす!」


ジュンの気迫に一同声が出ない。



確かに、アキトによる被害は地球でも大々的に報じられた。


だが被害者を直接目の当たりにした事のある者は少ない。


ジュンを除けばリョーコぐらいだろう。



そのリョーコはジュンとアキトを黙ってみたまま何も言葉を発しない。


まるで何かを見極めようとしているかのようであった。




「テロリスト、テンカワアキト!きみを逮捕する!!」


ジュンはそう言うと、再びアキトに銃を向けた。


今度は先ほどと違い、油断無く周囲を窺っている。



そのためエリナ達が阻止に入ろうとしても、なかなか阻止出来ないでいる。



もっとも、アキトが彼女達の行動を手で制しているせいでもあった。




「ジュン、俺は言い訳はしない。許してもらおうとも思わない」


エリナ達を手で制しているアキトの視線はジュンを見据えたままだ。


そして銃口を向けるジュンに臆することなく、ジュンに近づく。





「だが、まだ捕まるわけにはいかない」


一歩、また一歩、アキトはジュンに近づいていく。




「俺は今回の騒動の原因となったクリムゾンを滅ぼす。それは責任逃れかもしれない」


アキトとジュンを除くほかの人間は、見守っていることしか出来ていない。




「だがやらないわけにはいかない。それは俺が被害者たちに出来るせめてもの償い」


アキトが近づいて来ているにも関わらず、ジュンもまた身動き一つしない。


だがそれはアキトを前にして臆しているわけではない。


その証拠にジュンの視線もまた、アキトを見据え続けているのだ。




「それさえ終われば俺は大人しくお前に捕まろう」


「ちょっ・・・」


アキトの言葉を聞いたエリナ達が口を挟もうとするがアキトはそれを再び手で制す。






(やはりきみはまだ自分を許せていないんだね)



今までアキトの言動を黙って見ていたアカツキの脳裏にそんな思いがよぎる。




それはアカツキが常々思っていたことであった。


あれだけのことをしでかしたのだ。


アキトならずともそう簡単に自分を許す事は出来ないだろう。


そして今のアキトは普通の人以上に、自分のことを許さないような性格をしている。



自分達の前では気にしていないような素振りでいたのも、復讐を手伝った自分達に気を使わせないためだろう。



だからこそ、そんなアキトの心を少しでも救うために、今回の出航にあたっては出来る限りナデシコメンバーを揃えた。



かつてあれほどナデシコに拘ったアキトには効果があるはずだ。



自分ではアキトを救えないとわかっているアカツキにとって唯一出来ることだったのだ。






しかしこれはアカツキの過小評価かも知れない。


アカツキの存在はエリナ達と並んで、もしかすれば彼女達以上に、アキトにとって非常に大きな支えとなっていた。


それは間違いない。


アキトもそれを理解し、充分に感謝していた。


表面に出ないのは今のアキトの性分なだけだ。


もしかしたら単に照れくさいのかもしれない。








「俺は逃げも隠れもしない」


ついにアキトは銃口を掴める位置まできた。



しかし、銃を奪うことなく自分の胸に当てる。


ジュンが引き金を引けば即死は間違いないところである。





「だから時間をくれ。そうは長くない、せいぜい数ヶ月」


それ以上長引かせては地球圏、及び火星、木星圏の経済に大きな影響が出過ぎる。


また、出来る事ならばクリムゾンが反撃に出てくる前に終わらせたい。


具体的なことが余り決まっていないとはいえ、それだけは皆の意見は一致していた。





「その間、俺を信じられなくなったらいつでも俺を逮捕するなり撃つなりしろ」


アキトはジュンの目を真っ直ぐに見据える。


ジュンも目を逸らすことなくアキトを見据え返している。





しばらく誰一人として身動きしない時が流れる。





「・・・いつでもいいんだな」


そんな中で口を開いたのはジュンであった。




「ああ」


アキトは何の躊躇いも無く返事をする。



アキトの言葉に嘘は無い。


それはジュンにもわかったようだ。




「許したわけじゃないからな。僕ももう少し真実を知りたいだけだ」


そう言うとジュンは銃を引いた。


それと同時に安心したような空気がブリッジに漂う。



「ありがとう」


「礼を言う必要はないよ。僕はきみを許したわけじゃないんだ」


言葉ではそう言うものの、ジュンは雰囲気をすっかり落ち着かせている。











(アキトさん格好いい・・)


アキトの言動をみていたメグミは心の中で呟いていた。


何かに一所懸命になっている人が好きだという彼女の好みにアキトが合ったのだろうか。



メグミがアキト争奪戦に本格参入するのも近いかもしれない。

 

それにしても



シリアスぶち壊しである








(へへ・・、なかなか格好いいことするじゃねえか)


リョーコも感心している。



どうやらアキトの態度は合格点がついたようだ。



元々、リョーコ率いるライオンズシックルには死者は出ていない。


あの状況で死者が出ていないことで、リョーコはアキトが出来るだけ破壊を避けようとしたのだと考えている。


軍関係者として恨みがなかったわけでもないが、元々さっぱりした性格のリョーコである。


今のアキトの行動で水に流すことを決めたのだ。




ちなみに、アキトを感心した様子で見ているリョーコをとある二人がからかおうとタイミングを狙っている。

だれかは言うまでもないだろう。









(アキトさん、ステキ・・・)


サユリは単純に見とれていた。


どうも皆以前のアキトとのギャップにやられているようだ。





ちなみに、彼女に対してもからかうタイミングを狙っている四人がいるのだが、それも言うまでもないだろう。










(クールなアキト君・・・さすがね)


(いつか心も癒してみせるわ)


(アキト〜)


この三人に関しては何も言うまい。





(しかし、アオイ君は邪魔ね)


(洗脳してやろうかしら)


(あの人アキトの敵。私の敵)


ジュンへの考え方も一致していた。



せっかく見せ場があったジュンも、一瞬先は闇となりそうである。


ちなみにラピスの中ではジュンは(名前を覚えていない)はっきりと敵になったようだ。









しかし、多くの女性陣がアキトに見とれる中で、彼女たちとは違った見方をする人間も当然の如く存在していた。








(ジュン君格好いい〜)



滅多に無い(とユキナが思っている)凛々しいジュンに、ユキナもまた見惚れていた。


ナデシコ内においては、実に珍しい人物である。







(二人ともやる〜)


ユキナの隣ではミナトがそんな評価を下していた。


子供っぽいところが多かった二人が行った行動に感心したようだ。



ナデシコ内有数の常識人兼お姉さま系キャラは伊達ではない。




ちなみに、同じお姉さま系キャラでもエリナとイネスについては考えてはいけない。







(アイツも大人の考えが出来るようになったじゃないか。まあ料理は厳しくしごくけどね)


ホウメイもそんなことを考えていた。


その頭の中ではアキトをどうしごくか、既に考え始めていた。











「さて、話題にも出たことだし一応補足をしておこう」


アカツキが務めて明るい声で言う。


これからの話は本来なら重くならざるを得ないのだが、それはアカツキの望むことではない。




「現在のテンカワ君の五感は完治している。そして現在の目的はクリムゾンを滅ぼすことだ」


極秘のはずであるがアカツキはあっさりと言った。




「それには僕たちも引き続き協力する」


アカツキの言葉にエリナ、イネス、ラピスが頷く。




「そしてそれは実質ネルガルがクリムゾンと戦うということに繋がる」


実際のところネルガルもそれほど一枚岩なわけではないが、この場であえて言う必要なない。




アカツキの言葉にざわめきが広がる・・・








と思いきやそうでもなかった。





と言うのも、先ほどからリョーコ達とホウメイ・ガールズが追いかけっこを再開しているのだ。



どうやら先ほど狙っていたからかうタイミングを見つけ、実行に移していたようだ。


そのため先ほどからブリッジはかなり騒がしい。




アカツキの言葉を注意して聞いている人間のほうが少ない。





「ああ、対クリムゾンの協力は求めないよ。秘密にさえしておいてくれればね」


アカツキもそんなことは百も承知だ。


ただナデシコの人材であれば、騒ぎながらもしっかり聞いているとわかっている。





「ここまで聞いてテンカワ君を艦長として戦うことに少しでも疑問を持つ者、対クリムゾンの秘密を
守れないという者はいますぐ退艦してくれて結構」


アカツキがきっぱりと言い切る。




「もっとも、出来ればだけどね」


「それってどういうことよ?」



意味深なアカツキの言葉にユキナが不安そうに聞く。




自慢ではないが、口の軽さには自信がある。


秘密と聞くとなおさらばらしたくなるのだ。





「ナデシコDの周りはうちのSSが固めている。もちろんナデシコDの警備のためにね」


アカツキはとんでもないことを軽く言う。




アカツキの言葉に一同退艦など出来ない事を悟った。


要は逃げようとするならSSを倒して行けというのだ。


そんなことが出来る人間はここにはいないだろう。




月臣やゴートが来ている可能性を考えればアキトでも無理だ。


もちろんジャンプという手があるわけだが、他の人間には使えない。





結局退艦出来る者はいなかった。


もっとも、しようとする人間もまたいなかった。













「・・・暇だな」


「ああ」


誰も出て来ないため、暇を持て余した月臣が思わず愚痴る。


ナデシコDの周囲ではゴートと月臣が警備を行っていた。


もちろんアカツキからの命令は誰も入れるなと同時に、誰も逃がすなということである。





「・・・いつまでここに居ればいいんだ?」


「ナデシコDの出発までだ」



月臣の問いにゴートが簡潔に答える。


しかしそれっきりやることはない。


だれも出てこないのだ。




「・・・暇だな」


「ああ」



二人の間を木枯らしが吹き抜けていく。



余計に寂しさを醸し出していた。






「んん〜!!んんんんん〜〜!!!」
(こら〜!!俺を乗せろ〜〜〜!!!)




ちなみに二人の足元では縛られて猿轡をされたウリバタケが転がっていた。




どうやら無断で乗り込もうとしたようだ。


極秘のはずなのにどうやって場所を知ったのかは謎であるが、根性とでも言っておこう。













一旦ブリッジクルーが解散した後、アカツキとアキトがナデシコDの出入り口に来ていた。


アカツキは今後のクリムゾン対策を練るために地球に残るのだ。


アキトはその見送りである。


アキトが他のクルーに見られるわけにはいかないため、出入り口といっても普段使われない非常口を使用している。





「じゃあ頑張って宣伝して来てよ」


アカツキが笑いながらアキトに話し掛ける。



「不本意だがな」


それに対してアキトは苦笑で答えた。



こんなやりとりをするのも男ではアカツキだけである。


それだけアキトもアカツキには心を許しているのだ。


もっとも、最近は少し前向きになったせいかプロスや月臣ともそれなりの歓談を行うようにはなって来ていた。




「まあきみなら大丈夫でしょ」


アカツキはそう言いながら船を下りようとする。


アキトの能力をそしてアキト自身を信頼しているのだ。



「・・・アカツキ」


そんなアカツキに真摯な口調でアキトが声を掛ける。




「世話になるな」


振り返ったアカツキに向けアキトがそれだけ言う。



今回のブリッジクルーを集めるのはそう簡単ではなかっただろう。


自分のために影ながら力を尽くしてくれているアカツキへは感謝しているのだ。




滅多に聞けないアキトの言葉にアカツキは最初驚き、ついで心底嬉しそうな顔をするが途中で表情を落ち着かせる。



「ふっ、そういう時の言い方を前に教えなかったっけ?」


「・・・あれは恥ずかしいぞ」


とぼけた口調のアカツキにアキトは躊躇いの表情を浮かべた。



以前、まだ復讐に邁進していた頃に教わったのだ。


その時は一蹴したが、今では断りにくい。




「本当に感謝しているなら出来るでしょ」


アキトの態度にアカツキは楽しそうにしている。


「・・・仕方ないな」


アカツキの言葉にアキトは渋々と言った感じで折れる。









「しっかりやれよ、親友!」


「了解!」





パン!!





そんな言葉をかわしながら二人はハイタッチを交わした。







その後、アキトの照れくさそうな、そしてアカツキの心底嬉しそうな笑い声が辺りに響き渡った。












<後書き>

すいません m(_ _)m

なんと一ヶ月ぶりの更新です。

一回おきに更新していたのが一転ペースダウンです。

実は最後までの筋書きを考えていたんです。

なにせ<会長編>は臨時発進でしたので・・・

はい、言い訳ですね。申し訳ありません。

これからは更新スピードを維持するように前向きに善処いたします。←灰色的会話



では改めまして「やまと」で御座います。

書いていて思ったのですが、私ってお笑い希望なのにシリアスの方が書きやすい気が(汗)

今回も中盤は完全にシリアスですね。お笑いとしてもシリアスとしても中途半端さが目立つでしょうか?まあその辺はきっと代理人様が感想で仰ってくださるでしょう(笑)←人任せ

しかし、アキトの事をみんなに知ってもらわないと困るんですね。

エンディングでどうなるにしろ、アキトに起こった事を知らないヒロインでは底が知れてます。


そのわりに女性陣は呑気ですが(^^;)

男性陣だけだと結構シリアスになります。うん、男の友情は素晴らしい!!

え?月臣やゴート、ウリバタケ?彼らは・・・気にしてはいけません(爆)




突然ですが没ネタコーナー(笑)

今回は月臣とゴートの会話シーンです。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「・・・いつまでここに居ればいいんだ?」

「ナデシコDの出発までだ」

月臣の問いにゴートが簡潔に答える。

しかしそれっきりやることはない。

だれも出てこないのだ。


「俺達初登場だよな?」

沈黙に耐えかねて月臣がぼやく。

「おまけ以外では、な」

「こんなに地味でいいのか?」

「会長編では出番がある」

「その差が余計に虚しいぞ」

「言うな」


「・・・暇だな」

「ああ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

なんて会話も考えていました。まあそれをやると書き方が変わってしまうので止めましたが(汗)

出番の無い彼等が哀れなのでここで紹介です(笑)




それでは代理人様、今回も感想楽しみにしています。






代理人の個人的な感想

わりかしまとまっていてよかったと思います。

アカツキのボケとアキトとジュンの睨みあいが読みどころかと思いますが、

ギャグとシリアスの比率はこれくらいでいいかもしれません。

(説明を聞きながらドタバタやってるのはナデシコにおいてはギャグというより日常かなと)

物語のバックグラウンドと言うか、大まかな流れ自体はシリアスなわけですし。