ガラス越しのヴァーチャル


火星の後継者の反乱も、その残党の蜂起も、表向きの決着がついたといえるが、まだまだ世間は危うさを秘め、何が起きてもおかしくはないと思える、そんな時期の事。

でも、そんな時期だからといっても、いや、そんな時期だからこそ、人の恋心は燃える物なのかもしれない。
ナデシコCのオペレータであるマキビ・ハリ君も、恋心を燃やす一人だった。

彼の恋愛対象はナデシコCの艦長ホシノ・ルリ。
電子の妖精と評される、掛値無しの美少女である彼女。
ハーリーは暇さえあれば、彼なりのアプローチを繰り返していたのだ。
それはまあ、年齢のせいか性格のせいか、あまり洗練されていると言える物ではなかったが、逆にそれゆえか、ルリの彼への好感度は、それなりに高くなってきているようだ。


「艦長、バーチャルシステムなんてどうですか?
 ちょうど、割引券が手に入ったんです」
念願叶って二人きりで街へ散策に出た中で、ハーリーはルリにこんなお誘いを掛けた。
「そうですね。ちょっと、面白そうです」
彼の努力が実を結び始めたのか、それとも気紛れか、ルリは承諾した。

VRデートシステムは、いわゆるごっこ遊びの延長上にある物である。
ヴァーチャルリアリティシステムによって、様々な世界で色々な役割を演じて遊ぶ事が出来るのだ。
始めからいくつかの設定は用意されているが、カスタマイズにより、様々な状況を設定して遊ぶ事が出来る。
設定は、外国でデートをするといったものから、異世界の勇者と王女になってみるとかまで、人によって千差万別だ。


さて、ハーリーとルリがVRシステムで入った世界は。
それは、どこか見覚えのあるような、一般的な客間の一室。
彼とルリはソファに隣り合って座り、上座の、なぜか顔がぼんやりと判別しにくい人物と向かい合っていたのだ。
少々困惑したハーリーがルリの方を向くと、いきなりルリはソファの向こうの相手に向かって頭を下げ、こんな言葉を言ってのけたのだ。

「私、この人と交際したいんです」
「え、ええっ?!」
驚く彼をルリは横目で見て、小声でささやく。
「……演技ですよハーリー君。VRデートって、こういう物でしょう?」

言われてハーリーは理解した。
今回の設定は、厳格な親に交際の許可を得ようとする恋人同士、という設定の様だ。
何故ルリがこんな設定にしたのかはわからないが、せっかくのシチュエーションを壊すわけには行かず、彼女と同様に頭を下げるハーリー。

「わかった。とりあえず顔を上げてくれるかな」
と、ソファの向こうの父親役らしい影から、答があった。
だが、顔を上げたハーリーの前にいた人物は、彼にも見覚えがあり、言われてみれば納得できるかもしれないが、ある意味予想外の人物になっていた。
ルリの親役は、なんと、テンカワ・アキトであった。
最近のVRシステムはここまで出来るのかという驚きと、どこか感じる違和感のまま、ハーリーは言う。

「僕はルリさんと交際したいんです! お願いします!」
演技で無ければ言えなかったとハーリーが思う中、アキトが口を開く。

「ルリちゃんと君がそう望むなら、構わないよ」
あっさりとした返事に、拍子抜けするハーリー。

「だが、ルリちゃんと付き合うなら、君には、彼女を守れるだけの強さを持って欲しい」
その瞬間、アキトの姿と、周囲の状況が変わった。

目の前のアキトは、あの黒の王子の姿に、平和そうな客間は、静謐なぴんと張り詰めた雰囲気の武道場に。
武道場の真中で向かい合う、アキトとハーリー。彼の後ろには、ルリ。

「そう、俺を倒せるぐらいの強さをね」
アキトが腕を構え、戦いの態勢となる。
黒いバイザー越しでさえ刺さる視線に、ハーリーの意識に焦りと混乱が増えていく。

「……アキトさん」
が、背後のルリの呟きを耳にした瞬間、堰を切ったように彼の中で感情が動いた。

「く、くそおおおぉぉぉっっ!!!
 僕は、僕はルリさんが好きなんだぁぁぁぁ!!!!」

「その決意は立派だ。でも、その行動はただの蛮勇でしかないよ、ハーリー君」
殴りかかったハーリーの拳はあっさりとかわされる。
「もっと周りを見、学び、考え、そして素早く決断するんだ。自分がやれる事、やるべき事、やらなきゃいけない事を」
言葉と共に、反撃の拳が入る。
その一撃で、意識が遠くなって行く中、ハーリーの耳には、こんな言葉が聞こえた気がした。

「俺には出来なかったから、せめて彼女には同じ思いをして欲しくないんだよ。
 だから、もっと頑張ってくれ、ハーリー君。
 彼女が幸せで居られる為に」

   ・
   ・
   ・

ハーリーの目が覚めたのは、彼の自宅のベッドだった。
ベッドの横には、心配そうな顔のルリがいた。
「あのVRシステムにマシントラブルがあったんです。
 ちょうどシステムを利用していたハーリー君に予想外のデータが流れこんでしまったそうで。
 そのせいでハーリー君は倒れてしまったんですよ。例えるなら、乗り物酔いならぬ情報酔いですね。
 運が悪かったですね、ハーリー君」
「そんな、あれは?!」
思わず叫び、体を起こそうとするハーリー。
が、その瞬間、くらりとめまいを感じてよろめく。
「まだ無理しては駄目ですよ。今日は一日寝ていてください。あまり、心配させないで」
ルリに体を支えられ、ハーリーは再び横になる。
彼はVRシステム内で体験した内容から、あれがマシントラブルでないという事を言おうとした。
「あの、艦長、あれはただのマシントラブルじゃなくてハッキング」
しかし、言いかけた彼に、ルリは首を振り。

「あれはただのマシントラブルだったんです。良いですね」

じっと見つめるルリの視線に負け、ハーリーは頷く。
そんな彼を見て彼女は微笑み、彼の頭に手を置き、撫でる。
嬉しさと情けなさが同居する中、それでも振り払うには惜しいと、彼はされるままで居た。
やはり体にダメージが残っているせいか、ハーリーの意識はだんだんと眠りに落ちる。
意識が夢と現の間をさ迷う中、あやす様な、優しげな一言が聞こえた気がした。

「今日はハーリー君の本音が聞けて、ちょっと嬉しかったですよ」
同時に、良い香りと、柔かな気配がハーリーのすぐ傍に近づいてくるのを感じた。
「だから、プレゼントです」
目の前寸前まで近づく気配。
その気配に向けて、彼はゆっくりと手を伸ばしてしまう。
手に触れた柔かな感触はされるがまま、嫌がっている様子も無く。
思わず一気に胸元へ引き寄せ、彼は感情のままに……。


が、しかし。

「おーいハーリー起きろー。街まで飯行くぞー!」
扉を叩く音と大声が、彼の頭をを揺さぶる。
気づくと彼はベッドの上で枕を抱きしめていたのだった。

「ゆ、夢ぇ?!!」
肩を落とす彼に、部屋に入ってきたサブロウタは生暖かい視線を向ける。
「何だよ、どんな夢見てたんだ〜」
「なんでもありませんよ!
 それより、人の部屋に勝手に入ってこないで下さいっ!」
睨みつける彼だったが、堪えた様子も無く肩を竦めるサブロウタ。
「なんだよー。
 デートがマシントラブルでおじゃんになったらしいから、俺が気を聞かせてやったって言うのに。
 良いさ、ハーリーはそのまま寝てろ」
彼はそのまま背後に首を向ける。
「じゃあこいつはほっといて、行きましょうかお姫様」
ハーリーはそこにサブロウタ以外の人物が居る事にようやっと気づき、慌てる。
「え、ええっ?! どういう事ですか?」
サブロウタの影から現れたのは、ルリの姿。

「ハーリー君、もう大丈夫な様ですね。
 昨日、あなたを部屋まで連れてきた後、何時までたっても起きないので、ちょっと心配してたんですよ」
心配が顔に出ているのかどうなのか、僅かに頬を紅潮させつつ、ルリが声をかける。
彼女がわざわざやって来てくれた事に喜びつつも、台詞の内容に疑問を感じ、聞き返すハーリー。
「え? 僕、起きなかったんですか?」
「……はい」
ルリは一瞬目線のみサブロウタに向け、ハーリーからは目線を僅かに反らしながら、答える。
彼女の表情と言葉に、あれがどこまで夢だったのか、確認したい気持ちが彼の胸に渦巻いた。
かといって、それを彼女に聞いてみるというわけには行かないというのは、ハーリーにもわかっていた。
恥ずかしいし、失礼だし、それになにより、情けない。

「どうしました、ハーリー君」
「い、いえ、なんでもないです?!」

今度はちゃんと覚えていられる時にしてもらえる様、頑張れば良いんだから。
そして、僕がルリさんにふさわしい男になれた、彼女を幸せにできるようになった、と思ったら、その時に聞く事にしよう。

ハーリーはそう思い、決意を新たにするのだった。




一方、ここは宇宙のどこか、ある戦艦の艦橋。

艦橋の最上部、一般的には艦長席であろう場所に黒衣の青年が腰掛け、その一段下、操舵手席か観測手席と思われる場所に桃色の髪を持つ少女が腰掛けていた。
ここに居るのはこの二人だけの様だった。
青年は物思いに耽っている様で身じろぎもせず、少女も何か思う所があるのかまるで人形の様に座ったまま。
周囲には沈黙が満ちている。

ふと、青年の口から、言葉が漏れた。
「おせっかい、だったかもしれないな」
青年が呟くのをわかっていたかの様に、何時の間にか傍に来ていた薄桃色の髪の少女が答える。

「ううん、きっと二人ともわかってくれる」
少女の返事に、青年は僅かに身を揺らす。
青年の動作を見、少女はもう一言付け加える。
「私だって、わかるもの」

「……そうか」
だが結果としては、青年はそう呟いただけだった。
再び周囲に沈黙が満ちる。

暫く後、青年は何かを思い出したかの様に、少女に右手を伸ばした。
「今日はありがとうな」
少女の頭を撫でる黒衣の青年。
撫でられ、嬉しげに目を細める少女。

しばらくして離れた手を、少女は少々名残惜しげに見ていたが、結局先程まで座っていた席に戻った。
三度周囲に沈黙が満ちる。
だが、その沈黙は、最初の物とどこか違っていた。




さて、再びルリ達の側。

ハーリーの自宅のある住宅街から繁華街までの遊歩道を歩く三人。
「さてハーリー、昨日のデートのやりなおしとかする気はないのかー?」
「そんなの、サブロウタさんに言う必要ありません」
「お、言うようになったじゃないか」
からかうサブロウタと拗ねるハーリー。
二人を見守るかの様にその隣を歩くルリ。

と、ルリはふと空を見上げ、少々不満げに、呟く。
「おせっかい、だったと思います」
しかし、一言言った後、ルリの表情が柔らかくなる。
「でも、嬉しかったです」
青空を見つめたまま、呟きは続く。
「こういう、変なとこだけ気を回す所とか、変わってませんよ。
 だから……」
ルリはそこまでで口をつぐみ、最後の台詞は口の中だけで呟く。
「いつか、現実で出来るかもしれませんね」

「艦長、どうしたんですかー。早く行きましょうー」
空を見上げていたせいか、前を行く二人とルリの間には結構な間が空いていた。
忠犬の様にこちらを見、尻尾の代わりの様に右手を振っている少年の顔を見て、ルリの口元が僅かに緩む。
「はい、今行きますよ」
ハーリーの元へ歩きながら、ルリは思う。

あの人に胸を張って紹介できるようになった時、ハーリー君はどんな人になっているのでしょう。
だから、ハーリー君、もっと自分を磨いてくださいね。





後書き。

どこまでVRシステム内と夢だったのかは、読んだ方の想像にまかせようかと。
私なりにひとひねりしてみました。
VRデート、某土星のゲーム両方共、妙に唐突なシチュな気がするんですが、そういうもんなんでしょうかね?


それはさておき。
ここ最近色々と面倒な事が多いです。特に人間関係。ここでは書けない事なのですけどね。
ピンチは続くよどこまでも〜。手を変え品変え果てしなく〜♪
……自業自得な部分もある気もしますが。

そんな訳で、長編の方期待されていた方、申し訳ありませんが、しばらく間が空きそうです。

それでは。

 

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代理人の感想

ふむふむ。なんとも微妙なところをくすぐってくれますね(笑)。

多少態度の変化してきたルリと、相変らずなハーリー君&サブロウタの対照が面白かったです。

 

ただ一つ気になったんですが、ルリが(それなりに)ハーリー君を一人の男性として扱ってるようなので

ハーリー君がせめて13、4くらい(劇場版から2〜3年後)になった時点の話とした方がよかったかも。

さすがに小学生のハーリー君に対してルリが異性としての扱いをするとは思えませんので。