第十八話 Aパート

【会議室:ホシノ・ルリ】

用があると言われ、呼び出された私。
私の事で何かあるそうなんですが、一体なんでしょうね。

待っていたのはプロスさんに艦長、ムネタケ提督にゴートさんとジュンさん。
この面々からすると、結構重大な事なんでしょうか?
ちなみに私の横にはラピスが居ます。
「ルリ姉の事なら、私、無関係じゃない」などと言って付いて来てしまったんですよね。
ま、それはともかく。

「一体何の用なんですか?」
呼び出された時、ラピスと二人でラズリさんのお土産のお餅を焼いていたので、ちょっと不機嫌だったりします。
冷えたお餅は、美味しくないですから。

「……(もぐもぐ)」
ラピス、焼きあがった分だけ持ってきたんですか。しかも、持ちやすい様磯辺巻きにして。
お醤油と海苔の匂いが、食欲をそそります。

「はい、ルリ姉の分」
私がラピスを見ると、ラピスはちゃんと私の分を出してくれました。良い子です。
「ありがとう、ラピス」
お礼の言葉と一緒に頭を撫でる私。わずかにくすぐったそうにしつつも猫の様に目を細め嬉しげなラピス。
……妹って、良いものですね。

「和んでないで、話を聞いてください」
呆れた様にプロスさんが声を掛けてきました。
姉妹のふれあいに無粋ですね……。
まあ、ここでいきなり始めたのは拙かったかもしれませんけど。

「プロスも欲しいの?」
私が考えていた間に、割り込んできたプロスさんをじっと見つめ、ラピスはこんな事を言いだしました。
「いやいや、そういう訳ではないんですが」
珍しく慌てたプロスさんを見て、彼を押しのける様にラピスの前に立ち、声を上げる艦長。
「私欲しい〜! ラピスちゃん、私のは?」

ケープの下、懐の辺りをごそごそと探すラピス。
ちなみに彼女は私と同じ型の制服の上に、白いケープをつけています。
艦長の制服のお下がりを弄ったものだそうです。
彼女が言うには「ラピスちゃんはストールとかポンチョとか、羽織るものが似合うと思うの!」だそうで。
こうやって見ていると、確かにそのとおりだなと思いますけど。
どうしてラピスにそんな事をするのか聞いてみたら、艦長、こんな事言ったんです。
「何でかな、ラピスちゃん見てると、前からずっと考えてたみたいに、こんな事してあげよう、あんな事してあげようって、浮かんでくるの」と。
その台詞自体は大した事ではないかもしれないんですが、最近、艦長少し変わったような気がするんですよね。
この間も、神妙な顔で、こんな事私に言ってきましたし。

「この戦争が終わったら、アキトと私と、ルリちゃんとラピスちゃんにラズリちゃんも、皆で一緒に暮らしたいね。
 アキトの料理屋で、小さいけれども楽しい我が家って感じで暮らそうよ。
 最初はラーメンの屋台からでも良いの。
 アキトが屋台を引いて、私とラズリちゃんが後ろから押して、ルリちゃんとラピスちゃんは二人でチャルメラを吹くのよ。
 きっとそれは、私達にとってとても幸せな事なの。
 だから、いいでしょう? ねぇ?」

何だか、覚えの有るような無いような光景な気がして。
艦長にしては現実的ですし、気になってるんです。


「……後、二つしかない」
それはともかく、何時の間にかラピスは懐からお餅を取り出していました。
でも、出てきたお餅の数は両手に一つづつ、でした。
少し考えた後、艦長とプロスさんに一つづつ渡すラピス。

「ありがとう!! ……だけど」
お礼を言って受け取ったお餅を、艦長は二つに分けました。
「もとはラピスちゃんのなんだし、半分こしよう」
ラピスに半分渡しながら、プロスさんに目配せする艦長。
「これは、申し訳ない」
同じく餅を半分にちぎり、ラピスに渡すプロスさん。

「……いいの?」
両手に戻ってきた、少々小さくなったお餅を見つめた後、艦長を見る彼女。
「もちろん! 私達はね、ラピスちゃんが私達にお餅を分けてくれた事が嬉しいんだから!」
艦長は笑顔で答え、お餅を一口かじりました。
「わ、おいしいね」
「ラズ姉がくれたお餅だから」
「そうなんだ〜。ほら、ラピスちゃんも、一緒に食べよう?」
「うん」
にこにこと笑いながら、お餅を頬張りだす艦長とラピス。
いえ、ラピスの方は表情自体はあまり変わってないんですけど、喜んでいるのはわかります。

と、微笑ましいと言っても良い光景の向こうで、呟いている人達が。
「僕達のは無いみたいだね」
「……むう」
ジュンさんとゴートさん、残念ですけど、諦めてください。

「子供にたかるんじゃないの、みっともない!」
そんな中、提督がいきなり叫んだかと思うと、コミュニケを繋ぎました。

「ちょっと、食堂?! 会議室に出前よ! 七人分の緑茶とお餅を持ってきなさい!
 なに? そんなメニューは無い? いいから!
 そこには朴念、いやテンカワが居るんでしょ、艦長やラピス・ラズリのためだと言えばすぐにやるわよ!」
言い放ってコミュニケを切った提督は、私達が皆見つめているのに気づきムッとした顔になりました。
「アタシの行動に何か文句でも?」
いえ、ただ驚いているだけです。
「人は変われば変わるものですね」
つい、口に出してしまいました。……私、正直ですから。


で、二十分後。


「さて、話を戻しましょうか」
テーブルを囲んで、話を再開した私達。口火を切ったのはやはりプロスさん。
でも、皆の前には緑茶とお餅が有ったりします。しかも、きな粉餅やあんころ餅になっていたりして。
アキトさん、流石に料理人だけあって、こういうサービス面は芸が細かいです。

「実はですね、ルリさんはピースランド王家のご息女だったそうで」
……は?
いきなりの発言に、私はお餅を咽喉に詰まらせる所でした。
慌てて緑茶を飲む私。

「えっと、それは、ルリちゃんの両親がわかったって事ですか?」
私が気を落ち着けようとそんな事をしている間に、片手を上げてプロスさんに質問する艦長。
「そうなりますね。ピースランド側は、新しい皇女として認知、発表する意向です。
 ちょうど、恒例行事である建国記念パーティがあるそうですから。
 向こうもそれに合わせて交渉してきたというべきでしょうか」

「そのパーティでホシノの事を発表するという事だな」
ゴートさんの補足に対しプロスさんは頷き、眼鏡の真ん中を人差し指で押し上げつつ言葉を続けました。
「はい。ルリさんを寄越してくれたら、今までの事は水に流してくれるとまで言ってくれまして」
それは、私がネルガルでどんな扱いだったかとかですね。
「ピースランドは永世中立国の上、テーマパークやギャンブルが主体のお金の動きが大きい国。
 それゆえピースランドの国営銀行はお金に関して色々な面で役に立つんですよ」
……所得隠しとかそういう奴ですか?
私の視線を誤魔化しつつ、言葉を続けるプロスさん。
「その国の王族となれば銀行の元締めです。
 企業であるネルガルとしては、お金の集まっている所は怒らせてはいけない訳でしてねぇ。
 いや、色々と交渉、苦労しました」
最近見なかったのは、もしかしてそういう事していたからだったんですか。

「でも、ルリちゃん一人で行かせるのは可哀想じゃないですか?
 僕は一応ナデシコの副長ですし、ついていってもおかしくないでしょうから……」
と、ジュンさんが少々心配そうな顔で、こう言い出しました。
「だったら私でも。私、よくお父様に連れられて、パーティとかそういうの慣れているし」
「護衛と言う観点からなら、私が行っても構わないが」
「銀行を敵に回すのは得策ではないですよ。私が間に入って交渉しても構いませんよ」
ジュンさんの言葉を皮切りに、皆さんが口々に言葉を掛けて来ます。
私の事を心配してくれているのですね。
結構、嬉しいです。

「……アタシはあんたの事お構いなしに、行くつもりだけど」
そんな中、緑茶をすすりながら、何でも無いかの様に提督がこんな事を言い出しました。
「ピースランドの建国パーティって言ったら、軍部や政財界のお偉方が沢山出席するのよ。
 色々と顔を繋いでおくのに役立つんだから」
そう言えば、提督も一応軍のエリートで、代々軍人の家系の名家でしたっけ。

「最近は、クリムゾンがらみが面白い事になっているからね。色々しておかないと」
おほほほとなにやら悪巧みっぽく笑う提督の言葉を受け、プロスさんが口を開きました。
「そうですなぁ。最近クリムゾンは、あのアクア・クリムゾン、その腹違いの姉シャロン・ウィードリン、そして現頭首ロバート・クリムゾン、この三人の三つ巴の勢力争いが起きていますからね。
 ネルガルとしても、この事がらみの情報は抑えておきたい訳で」
アクア・クリムゾン? 聞き覚えがありますね。

「アクア・クリムゾンって、あのテシニアン島の変な人ですか?」
「ええ、あの方です。ですが、最近は人が変わった様で、かなりの手腕を発揮して勢力を強めていますね。
 昔奇矯な行動ばかりしていたという醜聞でさえ、現在ではいざとなれば何をするか判らないという、剣呑な印象を与えるのに一役買ってますよ」
「人は変われば変わるものですね」
やっぱり、口に出してしまいました。……私、正直ですから。

「あんただって人の事は言えないのよ」
私の言葉に、提督がふんと軽く鼻を鳴らしつつ、呟きました。
「どういう事です?」
聞き返した私を見て、楽しげな、でもその中に僅かに意地の悪さとほんの少し優しさが混じった様な、そんな顔で答える提督。
「気づいてないの? なら、言わないでおくわ。こういう事は自分で気づく方が良いでしょうしね」
やっぱり、よくわかりません。
なのに提督は、この話は終わりと言うかのように、聞いてきました。

「それより、誰と行くわけ?」


【空戦フレーム:ホシノ・ルリ】

「あのさ、ルリちゃん、何でボクなの?」
後ろからラズリさんが困ったような声を上げました。
私達、今ピースランドに向かっています。

「お姫様には騎士が付き物だそうです」
私はラズリさんの膝の上に座ったまま、振り向かずに答えます。
「ボク、女の子……」
「女性の騎士だっています」
「だからって。アキトじゃいけなかったの?」
「ラズリさんの方が強いですから」
「あはは……何か複雑な気分」

本当は、ラズリさんなら今の私の気持ち、わかってくれると思ったからなんです。
これから、自分の無くしてしまった過去と出会うんですよ、私。


【同:テンカワ・ラズリ】

「あのさ、ルリちゃん、何でボクなの?」
ボク達、今ピースランドに向かっている。
「記憶」通り、ルリちゃんが其処のお姫様だとわかったからだ。
しかもラピスにバニーちゃんを置いていってくれる様に頼み込まれて、乗っているのは空戦フレーム。
ラピス、何を考えているのかな。

「お姫様には騎士が付き物だそうです」
ルリちゃんはボクの膝の上に座ったまま、振り向かずに答えた。
「ボク、女の子……」
「女性の騎士だっています」
「だからって。アキトじゃいけなかったの?」
「ラズリさんの方が強いですから」
「あはは……何か複雑な気分」

ふぅ、あくまでボクを騎士として連れていきたいと。
でも、ボクの方を見ず、ボクが不満を言うたびに震えるルリちゃんの足が、彼女がこれからの事に緊張しているんだと教えてくれた。
そうだよね、自分の無くした過去と出会うんだもの。


【ダンシングバニー:ラピス・ラズリ】

「あのさ、ラピスちゃん、何で隠れてついて行くわけ?」
後ろからアキトが困ったような声を上げた。
私達、今ルリ姉達の後をつけている。
気づかれないようにダンシングバニーを使って。

「二人が心配なの」
私はアキトの膝の上に座ったまま、振り向かずにダンシングバニーのステルス能力の調整をしながら答える。
ちなみに、ダンシングバニーはオペレート能力とパイロット能力がないと動かせないから、私とアキトで操縦している。
ウズメに変形とか、本来の性能は出せないけど、空戦フレームに気づかれないぐらい出来る。
「だからって、勝手にこんな事しちゃ……」
「ユリカには許可を取った」
「でもさぁ……」
「未来」の「アキト」は余りしゃべらない人だった。
口数が多くなるのは感情が高ぶっていた時だけ。
その事を思い出したら何だか気になって振り向いてしまう。
「……怒ってる?」
「い、いや、そんな事は……」

私、確かめたい事がある。
一つはルリ姉がちゃんとナデシコに戻ってくるのか。
もう一つは、このアキトは本当に「未来」の「アキト」と同じ人なのか。


【同:テンカワ・アキト】

「あのさ、ラピスちゃん、何で隠れてついて行くわけ?」
何でか、俺は今ルリちゃん達の後をつけている。
気づかれないようにわざわざダンシングバニーまで使って。
理由は俺の膝の上にちょこんと座っているラピスちゃんだ。

「二人が心配なの」
ラピスちゃんは俺の膝の上に座ったまま、振り向かずにダンシングバニーのステルス能力の調整をしながら答える。
「だからって、勝手にこんな事しちゃ……」
「ユリカには許可を取った」
「でもさぁ……」
俺がそうぼやくと、そこまで無表情で前を向いたままだったラピスちゃんがこっちを向いた。
「……怒ってる?」

ラピスちゃんはぽつりとそう言うと、こっちを見つめる。
ぐぁ。何かこっちがめちゃめちゃ悪い事しているみたいじゃないか。

「い、いや、そんな事は……」
ユリカもこの顔に負けたんだろうな。
仕方ない、ラピスちゃんが納得するまでつき合うか。


【ピースランド城謁見室:ホシノ・ルリ】

「おお、ルリ、よく生きていた!」
叫びながらその男性が抱きついたのはラズリさんの方。
「違いますっ! ボク、ルリちゃんじゃありません!」
抱きしめられながら慌てて手足をばたつかせるラズリさん。

「ルリは私です」
私がそう言うと、今度は私に抱きついてきました。
「おお、そうか、ルリ、よく生きていた!」
いきなり何ですか? 貴方はいったい誰?

「国王、そのぐらいに。ルリが驚いていますよ」
ずらりと並んだ子供達。私と同じ色の髪をした子が沢山。
それを従えた、やっぱり私と同じ色の髪をした女性。

「いやいや、つい嬉しくて抱きしめてしまったよ」
女性の言葉に照れ笑いをしつつ答える男性。

「そちらの方、すまなかったね。やっとわし譲りの黒髪になった子が出来たかと思ってな」
それでラズリさんに抱きついたんですか。
「して、そなたの名は?」
「あ、テンカワ・ラズリです」
「ほう、そなたが……」
男性がラズリさんの名を聞き、興味深そうな顔になります。

「そなたはルリの姉のような存在だそうだね。
 ならば私達にとっても子供のようなものだ。
 私たちは子供は大好きだ。何人居ても良いものだ」
「は、はぁ……」
男性の言葉に、困惑した表情になるラズリさん。
何か、妙な感じですね。
でも、そんな事より、今は確かめないといけない事があります。

「あなたが、父?」
私の言葉に、こちらを見つめ頷く男性。
「あなたが、母?」
こちらも同様に、私を見つめ頷く女性。

私を見つめる視線。
それには確かに好意と優しさが含まれている。
でも、今の、何人居ても良いものだ、などという言葉……。
つまり、私はここでは王女の一人というだけ。

ここは、私の居場所なんだろうか。

「ルリちゃん、どうしたの? 何だか寂しそうな感じがするよ」
考え込みそうになった私に、心配そうな顔でラズリさんが声を掛けてきました。
「出会ったばかりで、実感が湧かないんだと思うけど、国王さん達はルリちゃんが居る事を喜んでいる、それは確かだよね」
一瞬言葉を止めた後、彼女は口を開く。

「それはとても嬉しい事だと思うよ」

確かに、それはそうなんですが。
他の人でなく、彼女の発言である事から、考え込んでしまう私。
それを感じたのか、彼女は今度は軽い調子で声をかけてくれました。

「とりあえず、数日この国に泊ま……住んでみて、色々考えると良いんじゃないかな」
そうですね。そうしましょうか。
この国の事も、もっと知らないといけないでしょうし。


【ピースランド城前:テンカワ・アキト】

「でっかいお城……」
お城を見上げつつ呟く俺。
勝手に入れるような場所じゃないよなこれ。
どうしようかな。
困ってラピスちゃんの方を見ると、いきなりコミュニケを広げていた。
何でコミュニケが使える? ナデシコの周辺でしか使えないんじゃないのかよ。

「ラピスちゃん、どうしてコミュニケが?」
「これ、改造した盗聴盗視器」
「盗聴盗視器?!」
「ルリ姉に付けた。ルリ姉の周辺の状況はこれでわかる」
「何でそんな物を?」
「ウリバタケさんに頼んだら、作ってくれた」
おいおい、ウリバタケさん何て物作ってあげるのさ、帰ったら注意しておかないと。
でもラピスちゃん、目的のためには手段を選ばないな。
行く末が心配だよ。


【ピースランド城下料理店:ホシノ・ルリ】

「「まずい」」

観光を兼ねて城下町を散策していた私とラズリさん。
小腹が空いたので入った料理店で、一口食べたとたん私達の口から出た言葉。
「舌を刺激すれば良いと思っているのは間違い」
「素材の味を生かさないと」
あまりの味に不満点を言いまくる私達。

「な、何だとう?! ……おう、ちょっと来てくれ!」
ぞろぞろと出てきたコックなんだか用心棒なんだかわからない人達。
「おう、嬢ちゃん達。女の子だからって容赦すると思ったら間違いだぞ」
露骨に不快な表情をするラズリさん。
「そういうの、ボク嫌いです」
「だからって、許す訳にはいかねぇな。少し痛い目見てもらおうか」
「ルリちゃんには手を出さないでよ!」


数分後。


「色々とまだまだですね。もっと修行しないと」
かかってきた人達は、ラズリさんの手によってあっさり倒されてしまいました。
流石ですね、ラズリさん。……と、あら?

「頬、擦り剥いてます」
手にしたハンカチで彼女の頬に滲んだ血を拭う私。
「あ、ありがと」
「ラズリさんも女性なんだから、少しは気を使って下さい」
「ボク、今は一応騎士役だから」
微笑みと共に答えるラズリさん。
その微笑みが格好良くて、思わず見惚れそうになってしまいました。

ぱさっ。

「わ、何するの」
つい、彼女の顔にハンカチをかぶせてしました。
このまま見ていたら、何か危ない方向に進んでしまいそうだったので。


【広場:ラピス・ラズリ】

ルリ姉達が観光を始めたので、尾行している私達。
同じお店に入ると見つかる確率が高くなりそうなので、店の外で待っている。
料理を注文し始めたルリ姉達の映像を見つつ、思う。

……おなか空いた。
私もなにか食べたい。

周囲を見まわす。
広場には何台も料理の屋台が出ていた。
何かを焼いているのだろうか、不思議な匂いがする。

興味を引かれて、屋台に近づく。
「ん? お嬢ちゃん、何だい?」
私を見て、店員が声をかけてきた。
……私、こういう屋台の物を食べるのは初めてだ。
「未来」では「アキト」は昔の事を思い出すせいなのか屋台に近づいてくれなかったし、エリナは体に悪いと言って食べさせてくれなかった。
今だと、ラズ姉は私が食べたがるのに気づくと、帰ってから作ってくれる人だから。

だから、食べてみたい。
「欲しい。ちょうだい」


【同:テンカワ・アキト】

はー。やっぱラズリちゃん強いんだ。
彼女が楽々と店員を倒すのを、盗視機越しに見ながらそう思った。
でも何となく、彼女の動きとか、相手の吹っ飛び具合とか、何か俺もやった事があるような気のする動きだった。
何でだろう、俺、格闘技なんて、彼女との手ほどき以外やった事無いのにな。
……しばらく考える。

そうか、あの「俺」の戦闘技術と似ているんだ。
でも、似ているが何か違う。


と、横から俺に声が掛けられた。
「おう、兄ちゃん。この嬢ちゃんの保護者かい」
誰かと思ったが、どうやら広場に出ている屋台の店員の様だ。
店員は怒りながらラピスちゃんを指さしている。
「この嬢ちゃん、うちの料理をぼろくそにけなしやがったんだ。幾ら屋台の料理でも、言って良い事と悪い事が有るんだよ」
「私、感想言っただけ。アキトも食べたらわかる」
そう言ってラピスちゃんは俺の口に料理を突っ込む。
瞬間、口の中に形容しがたい味が広がった。
「確かにこれは……」
「だから私、不味い物は不味いと言っただけ」
「何だとこらぁ!」
「その子には手を出すな!」


【広場:ラピス・ラズリ】

かかってきた男は撃退したけど、アキトはちょっとやられてしまった。
とりあえず、ベンチに二人で座って休んでいる。
「頬、擦り剥いてる」
手にしたハンカチで彼の頬に滲んだ血を拭う私。
「あ、ありがと」
「御免なさい。私のせいで……」
「いいんだ、この位。ラピスちゃんが無事で良かったよ」
微笑みと共に答えるアキト。
そのままアキトは私の頭を撫でた。
この感じ、同じだ……。

「アキト」は、私が謝ると何時もこうやってくれた。
このアキトもやっぱり「アキト」と同じなんだ。
私の知っている「アキト」とは違っても、優しい所は同じ。
それを表に出すか出さないかの違いだけ。

なら、私はこのアキトも好き。


「でも不味かったね、あの屋台」
と、アキトが声を掛けてきた。
「……この世の物とは思えなかった。皆が私に屋台の料理を食べさせない理由がわかった」
私の返事に苦笑いをするアキト。
「屋台の料理が皆そうって訳じゃないんだよ。
 俺だって、この戦争が終わったら、屋台のラーメン屋あたりから始めるだろうし」

その時の事を想像しているらしいアキトの横顔。
「……今度は、無くさない」
ぽつりと、呟かれた言葉。
アキトの横顔が、その瞬間だけ「アキト」に重なった。

「今度?」
驚きつつ聞き返すと、アキトは狼狽した。
「あ、あれ、今度って、なんだよ。これからの事なのにさ。あーもう参るなぁ、こういう言い間違いって」
やっぱり、このアキトは「アキト」じゃないみたい。

でも、言いたくなった。
困り顔で呟いているアキトの手を取る。
「私も、手伝う」
「え? ラピスちゃんが、俺を?」
驚くアキトに私は言葉を続ける。
「アキトとユリカが一緒に暮らして、そこに私が居て、ルリ姉とラズ姉も居て。
 皆でアキトを手伝うの」
私が「アキト」の料理を手伝うのは「未来」で出来なかった事だから。
だから、せめて。

「ありがとう」
驚いていたアキトが微笑み、また私の頭を撫でた。
やっぱり、「アキト」と同じ。

……このアキトが、「アキト」だったらいいのに。


【ピースランド城内ルリの部屋:ホシノ・ルリ】

私の部屋として用意されたお城の一室。
とても贅を尽くされた物でした。
でも何故か、私はここに居ても落ち着かない。

落ち着かない原因はもう一つ。
生まれの親がいるなら育ての親もいる。
晩餐会の後、受け取ったそれについての情報。
明日、その場所に行く事になってます。

眠れないので何か飲もうと起きた時、ノックの音。

「はい、どうぞ」
「やっほ、ルリちゃん」
「……ラズリさん」
ノックの主はラズリさんでした。
まあ、私を尋ねる人など、今ここではそう多くはないですけどね。

「二人別の部屋に通されちゃったから、来てみたんだよ」
彼女はそう言って部屋に入ってき、驚き顔で部屋を見回しました。
「あはは、すっごい。天井にはシャンデリアがあるし、絨毯はふかふかだし」
そのまま部屋の中をうろうろしだした彼女。

「わ、おっきな姿見とか、天蓋つきのベッドとか、いかにもお姫さまの部屋にありそうな物が全部ある」
「ラズリさん?」

「こっちは……バスルームか。広いし、ジャグジーとかまであるや。
 ボディソープとか何種類もあるね〜。こっちは薔薇油、こっちは……蜂蜜入り? 色々あるなぁ。
 そうだ、今から一緒に入ろうか?」
「ラズリさん!!」

いきなりの上、あまりと言えばあまりな行動に、声を荒げてしまう私。
でも、ラズリさんはそんな私を見て微笑みました。
「あはは、心配だったから来てみたけど、結構元気だね。良かった」
え? もしかして、この育ての親の事で私が動揺しているかもと心配して、来たんですか?


彼女はうろうろするのを止め、ソファに腰掛けました。
私も彼女の正面に座ります。

「あの、ラズリさん。「未来」の、「記憶」の私は、この時どうしたんですか?」
ラズリさんは、「未来」の事はあまり話してくれません。特に、プライベートな事は。
「アキト」さんの「記憶」があいまいだからと言いますけど、きっと、思い返すのがつらい事なんでしょう。
そう思って、私もあまり聞かなかったんですけど、今回は流石に聞きたくなってしまいました。
「自分の事なのに、ボクに聞くの?」
私の言葉に、少しだけ首を傾げ聞き返す彼女。
「でも、「未来」の私と「今」の私は、違います」

……ラズリさんが、居ないから。

考えた言葉に、自分でも驚く。
「出発前に提督が言ったのは、こういう事なんですね」
周囲の人と関わる事によって、自分が変わっていったという事。
「え? それはどういう事?」
首を傾げた彼女に提督の事を話すと、あの時の提督と似た様な、いえ、あれよりは優しさが沢山入っていましたが、そんな顔で彼女は微笑みました。

「なら、ボクの答も似たような物かな。
 こういう事は直接自分で見た方が良いと思うよ。
 ルリちゃんは明日見に行く事が出来るんだからね」

その言葉の後、数瞬の間。
「このまま見に行かないという選択もありだけど。そんな選択もあるというのは良い事なのかもね」
私を見つめたままでの彼女の言葉に、思う。

ラズリさんの過去は、ボソンジャンプ、それもランダムジャンプが関わっている。
その場を見に行く事は、まず、出来ない。
しかも彼女には自身の記憶がなく、手がかりも殆どない。

だからそれ以上の事は聞けなかったし、行かないという選択が取れるはずも無かった。

「やだな、ボクの事は気にしないで。今回は、ルリちゃんの事なんだから」
私が黙ってしまったので、優しい声で語り掛けてきた彼女。
「はい……」
一応返事をしましたが、まだ顔に出てたのでしょうか、彼女がいきなりニヤリと笑いました。
「んー、まだちょっと硬いねぇ。やっぱり、一緒にお風呂に入って、全身揉みほぐさないと駄目なのかな?」
えあっ?! いきなり何を言い出すんですか。
「ラズリさん、ロリコン親父くさい発言です」
ジト目でちょっと睨んであげても、堪えた様子もなくけらけらと笑う彼女。
「うんうん、ルリちゃんはそういう突っ込み入れてるのが、らしくて良いよ〜」

……やっぱり、この人のこういう所、かなわないと思います。


「さて、そろそろ帰るね。だいぶ元気が出てきたみたいだし」
私が落ち着いてきたのを見て取ったのでしょう、彼女は立ちあがりました。
「はい、ありがとうございます」
お礼を言って、見送る私。

と、出て行こうとしたラズリさんが、足を止めました。
数秒の間の後、左目を閉じ、丁度ウインクした感じの顔で振り向く彼女。
おや、何でしょうか?

「本当に、一緒に入らないのか?」
「入りません!!」
何かと思えば、そんな事ですか!
叫ぶ私を右目で見て、口元が笑いの形になった後、彼女はそのまま出て行きました。


「……馬鹿」
思わず力が抜けてソファに倒れこみつつ、呟いてしまう。

でも、最後の顔がいつもと少し違ってて。
ちょっとだけ気になりました。
もしかして、本気で入りたかったんでしょうか。
明日の事に型がついたら、入ってあげましょうかね。

「意識すると、何だか恥ずかしいですね」
妙に気恥ずかしくなって、つい呟きつつベッドに飛び込む私。

さっきと同じベッドなのに、今度はすぐに眠ってしまいました。


【研究所跡地:テンカワ・ラズリ】

「生かしてくれた事には、お礼を言います」
俯いたままの、硬い言葉。
「でも、そんな事まで、誰も頼んでない」
「記憶」と同じく、ルリちゃんは研究所の人を叩いて走り去っていった。
まあ、仕方ないか……。
そのまま、彼女の後ろ姿を見送る。

ボクには、ルリちゃんを追いかける前に、一つ聞いておきたい事があった。
この人が「火星の後継者」のような人なのかは聞いておきたい。
叩かれた頬を押さえている彼の方を向く。

「勝手に体を弄られるのって悲しい事なんですよ」
「その瞳、君も……?」
「ここじゃないんですけどね」
ここどころか、何時なのかさえ、わからないんだけど。

「貴方は、彼女にした事をどう思っているんです?」
「悪い事をしたと思っている。だから、この金も手付かずのままなのだよ」
「その気持ち、無くさないで下さい」
それだけ言ってルリちゃんの後を追うために部屋を出ようとしたボクに、彼は声を掛けた。

「君は、私を殴らないのかい?」
振り向かずにボクは答える。

「ボクには、貴方を殴るなんて事より大事な事がありますから」


【川岸:テンカワ・ラズリ】

「ルリちゃん」
「ラズリさん……」

彼女が眺めている光景を見て、息を呑む。

「アキト」の記憶に有った光景と同じだけど、違う。
ボクがここに居て、この目で見ている光景。
それが、とても嬉しく、素晴らしく思えた。

「凄いや……」


【川岸:ホシノ・ルリ】

私達は、暫く何も言わずに鮭の大群を眺めていました。

……さて。
「そこの茂みの二人、出てきて下さい」

ばつの悪そうな顔で出てきたのは、アキトさんとラピス。

「ルリ姉が心配だったから……。もう帰ってこないかと思って」
心配そうに私を見つめるラピス。
「怒らないでやってよ。ラピスちゃんはルリちゃんの事が大好きなんだよ。こんな所まで追いかけてくるくらいに」
ラピスをかばいつつ私を見つめるアキトさん。

「ふぅ、なるほどね。バニーちゃんを置いていってと言ったのはこういう訳」
隣のラズリさんが、軽く溜息をつきました。
「まあ、気持ちはわからないでもないから、今回だけは、ボクは叱らないけど。
 ルリちゃんはどうするの?」
優しげな顔で、こちらを見る彼女。
「いえ、私も叱る気は有りません。むしろ……」

嬉しくて。

私の事を、こんなにも大事に思ってくれる妹が居て。
私の事を、こんなに優しく見守ってくれる姉が居て。

血縁だけの、これから関係を作らなくてはいけない家族より、今はやはりこちらの家族の方が大事です。
だから、今の私の居場所はナデシコです。

「さあ、帰りましょうか。皆で一緒に」









【中書き:筆者】

第十八話 Aパートです。

とりあえず、本編系話です。
パーティシーンまで行きませんでした。

で、プロスさん、最近出番が無いと思ったら裏で交渉してました。
交渉好きですね、彼。

後は出番が無いの、イネスですか。
正直彼女は苦手(嫌いではないです)なんです。長台詞、長説明は嫌いなんで。

文体でわかるかもしれませんが、私、短い台詞で最大限の効果、が好みなんです。
まあ、そこを突き詰めると小説じゃなくて詩になってしまいそうので、大変なんですが。

でも最近ちょっと自分の表現能力に凹んでたり。
同じ物を見ても同じ物を視ているとは限らないんだよなぁと。
ぶっちゃけ、私にはダークは無理だーって事なんですけどね。
……趣味にそこまで入れ込んでどうすると言われたらそれまでなんですけど。

それでは。

 

 

代理人の感想

ほのぼのですねぇ。次回はキツめになりそうですし、前後編に分けたのは正解だったかも。

 

>短い台詞で最大限の効果

ん〜、どうでしょう。

私もそちらのほうが好みなのですが、一方で長広舌にしかなしえない表現もあると思います。

一言で最大の効果を出すために長々と仕込みをしておかなければならないこともあります。

また短めに徹するとしてもイネスさんの説明に関しては書き方次第じゃないかなという気もするんですけどね。

ぶっちゃけ具体的な内容より「説明しましょう」の一言がそこに存在するということのほうが重要・・・・げふんげふん。

いやまぁ、そう言うこともあるということで(爆)。