第十八話 Bパート

【ピースランド城内ルリの部屋:ホシノ・ルリ】

とりあえずお城に戻った私達。
アキトさんとラピスは王宮内部の豪華さに感心して、色々見て回ると言うので、私とラズリさんは、私の部屋に戻りました。

でも、ラピスがアキトさんに懐いていたのを、驚きつつも嬉しく感じてしまう。
これは、妹の成長を見守る姉の気分という奴でしょうか。


そこにやってきたのがこの三人。

「ちょっと、パーティの事を忘れてない」
まずは、きっちりと礼服に身を包んだムネタケ提督。

「私にはもう関係有りません」
でも、きっぱりと答える私。
だって、私はナデシコに帰るつもりですから。

「アンタがいいならそれでいいけど」
提督はちょっと驚いた顔をしましたが、すぐに興味を失ったかの様に、今度はラズリさんの方を向きました。
「ラズリちゃんは残ってくれるわよねぇ」
いきなり彼女に秋波を送るのやめてください。ちょっと気持ち悪いです。

「提督、なんて事言うんです。ラズリさんをそんな危険な所に出席させる訳には行きません!」
そこに割り込んできた人物。
やってきた二人目は、いつもの制服のままのイツキさん。

「あんたがここに来られたのは私の護衛という名目をつけてやったからなのよ。
 わかってる? そこん所、感謝しなさいよ」
うんざりした顔でイツキさんを見るムネタケ提督。
「それはそれ、これはこれですっ!!
 ラズリさんがパーティなんかに出席したら、男共のいい的です!
 社交パーティなんて飢えた狼の群れに兎を放り込むような物です!
 提督もラズリさんを狙ってるの知ってるんですからね!」
きっ、と提督を睨み返すイツキさん。
「ああもう! ナデシコに残して置いたら何するかわからないからって、プロス達に頼まれて仕方なくOKしたけど!
 するんじゃなかったわー!」

火花を散らし合う二人。
その向こうでたそがれる男性が一人。

「ずっとこんな調子でねぇ。もう僕は疲れちゃったよ」
最後の一人は、見た感じ良い仕立てのスーツを着込み、でも疲れ顔で溜息をつくアカツキさんでした。

彼は肩を竦めつつ口を開きました。
「「電子の舞姫」の名は最近かなり有名になってきていてね。僕としては悔しいんだけど。
 ラズリ君が居ると、色々役に立つんだそうだよ」
そこでいきなり、彼は妙に爽やかな笑みを浮かべました。

「それにね、パーティって言ったらドレスアップするよね。
 普段着飾らないラズリ君のドレス姿、見たくならないかな?」
なるほど。見たいのはあなたの方なんですね。
……でも。
ちらりとラズリさんの方を見てしまう私。
今の彼女の姿は、いつもの飾りっけの無いナデシコの制服姿。

「……しかたありませんね。ラズリさんを貴方達に任せておくのは心配ですから、私も残ります」
「え? ルリちゃん、良いの?」
私の言葉に、驚いた顔をするラズリさん。

「はい、考えてみたら、皇女になっても、ナデシコに戻るの、やろうと思えばできるはずです。
 なら、ナデシコに戻る前に、こちらの家族と思い出を作るのも悪くないですし」
「……そう。ナデシコとピースランド、どちらも選んじゃうって訳だ。
 欲張りだね、ルリちゃん。でも、そういうのも悪くないと思うよ」
私の返答に、彼女は微笑みを返してくれました。

でもすぐに、何かを思いついたらしく軽く眉を顰め、アカツキさんに声をかけました。
「ところで、ボク達帰らなくてナデシコの方は大丈夫なんですか?」
アカツキさんは、彼女の言葉に笑みを消し、真面目な顔でラズリさんに向きます。

「ラズリ君、自分の力を過大評価してないかい。
 向こうには艦長もいる。パイロットもリョーコ君達が居る。マシンチャイルドだってハーリー君がいるんだよ」
意外ですね。アカツキさんは、ハーリー君の事を結構高く評価している様です。

「ハーリー君はシャクヤクのオペレータの予定で登用した子なんだからね。
 能力は良い物持ってるんだよ、彼。
 ナデシコの初陣時のルリ君ぐらいの能力はあるはずさ」
私が意外に思ったのに気づいたのか、今度は自分の人を見る目を自慢するかの様に、余裕げに人差し指を振りつつ答えるアカツキさん。
「でもやっぱり「能力は一流でも性格に問題あり」ですよね」
アカツキさんの言葉を受け、くすくすと笑い出した彼女に対し、アカツキさんは肩を竦めました。

「そうだねぇ。彼は気の弱さがちょっとね。
 でもそれは今の所しょうがないさ。君達みたいな出来た姉が三人も居るんだから。
 きっと今ごろ「どうして僕だけ留守番なんですかぁー」とか言ってるかもね」

【ナデシコブリッジ:ハルカ・ミナト】

「どうして僕だけ留守番なんですかぁー」

ルリルリにラズリン、ラピラピまで居ないと、このブリッジも結構広く感じるわね。
一応、艦長に私、ハーリー君にメグちゃんと、最低限の人員は居るのに。
なんて思ってたら、ハーリー君が情けない声を上げた。

「こらこら、ハーリー君、愚痴言わない」
声を聞きつけたのか、ブリッジの上側、艦長席から、呼びかける艦長。
「でも……へくちっ」
「ほら、きっとルリちゃん達が噂してるんだよ。だから、頑張って」
艦長に応援されても彼が情けない顔をしているので、私も声を掛ける。

「一々細かく気にする男は女の子に嫌われちゃうぞ。
 不器用な男は、可愛いかなって思われる時もあるけどね。
 それは、自分のやる事をちゃんとやった上での事よ」

声を掛けながら、二人の人物が頭をよぎったのは内緒よ。

「……そうなんですか」
呟いた後、真面目な顔で仕事を始めるハーリー君。

頑張れ、男の子。

でも、何でかこういう男の子はちょっと遊びたくなっちゃうのよねぇ。不思議よね。

「ハーリー君、ルリルリの事、好きでしょ?」
「な?! な!? 何言ってるんですか?!!」
わたわたと慌てる。やっぱり、面白い。
「ほらほら、そうだって言ってるようなものよぅ」
「でも、だって、いきなりそんな事言われたら!?!」

暫くわたわたしていたハーリー君だったけど、諦めたようなため息をひとつつき、真面目な顔で聞いてきた。
「ルリさんって好きな人居るんでしょうか?」
「好きな男の人がいるって話はぜんぜん聞かないわねぇ。一番仲が良いのはラズリンだと思うけど」

「ルリルリとラズリちゃんって、何か妖しいと思いませんか?」
興味無いかのように自分の席でぼーっとしていたメグちゃんが、いきなり話に入ってきた。
「あらメグちゃん、いきなりどうしたの? それに何でそんな事思うの?」
「何ででしょうね。でも、彼女達見てて感じるんですよね」
私が聞き返すと、メグちゃんは困った顔で微笑みつつ、ぽつりぽつりと、考えを纏めようとするかの様にゆっくりと答え始める。

「最近、恋愛って、男女間だけじゃなく同姓の間でも在るんじゃないか、何て考えちゃうんです。
 恋愛って、人を好きになるのって、性別あまり関係無いのかな、って」

「私が見た所、ラズリンとルリルリの関係は、姉妹愛とか、友情とか、そんな感じだと思うけど」
思考が何だか微妙な方向に向かっている気がするわよね。
なので、私が修正の意味を込めつつ言っても、メグちゃんは聞こえてないかのように考え込む。

(ルリルリと今の私、同じ感情じゃないかな……)
「え、何か言った?」
「何でもないですっ!」
数秒後、よく聞こえなかったが、彼女の口から言葉が漏れた気がした。
問題発言っぽいので、少々気になって聞き返すと、メグちゃんは泡を食った様な顔になって話を逸らそうとしてきた。
「ほんとにぃ?」
「そ、それより、ミナトさん、聞きましたよ、木連の彼の事」
「ちょっと、何で知ってるのよっ!?」
流石にこの発言には冷静ではいられず、声を荒げてしまう私。

「私が教えました〜」
何時の間にか降りてきていたのか、ニコニコ顔で片手を上げている艦長が、後ろに居た。

「か〜ん〜ちょ〜う〜」
私が恨めしげな声を上げても、艦長は全く感じてないかの様に答える。
「隠す事無いじゃないですか。人を好きになるのって、素敵な事ですよ。相思相愛なら、なおさらですよ」
いきなり、そこで艦長はばっと両手を広げた。

「そう、私とアキトのように! 私はアキトが大好き! アキトは私が大好き!」

わ、メグちゃんの前で、そんな事。
「……そうかも、知れませんね。お互いを想い合う気持ち、それが一番大事なのかも」
でもメグちゃんは気分を害しもせず、何か思う所があるかの様に俯いた。
「そうっ! お互いを信じる気持ち! 絆! それが一番大事っ!」
同意を得て嬉しくなったのか、艦長はますますハイテンションになり、私の手を掴む。
「だからねミナトさん、私、思いっきり応援しちゃいますからね!」

考え込むメグちゃん。私の両手を掴んで、嬉しそうにぶんぶんと振り回す艦長。
もう、いったいこれ、どうすりゃ良いのよ。
困りきった私には、一人の少年が泣きながら立ち去るのに気づけなかったわ。

「また僕の事、忘れてられてるぅぅ……」

【ピースランド城ルリの部屋:ホシノ・ルリ】

結局、パーティに出る事にした私。
私の着替えを手伝ってくれるためにメイドさんが一人つけられました。
何かこう、和風ぽいメイド服を着て、にこにこと笑みを浮かべている人でした。
それは良いんですけど。

「私、あまり目立ちたくないんですが」
いかにもお姫さまなドレスが何着も用意されるのを見て、私、とうとう口に出してしまいました。
「駄目ですよ。ルリさまはこの国のお姫さまなんですから、こういうちゃんとした姿で無いと」
私にドレスを着せようとしながら、人差し指を立て、めっといった感じで私をしかるメイドさん。
つい、そのままドレスを着せられるのに従ってしまいました。

……もしかしたら私、こういうタイプに弱いのかもしれませんね。

「あはー、それに、女の子のエレガントな姿には、殿方は弱いものですよー」
私、少女ですから、殿方はまだどうでも良いんですが。

「それは、殿方だけですか?」
私の言葉に、首を傾げるメイドさん。
「あら、ルリさま、それはどういう事ですか?」
「ラズリさんが、喜んでくれるかなって……」

その時、噂をすれば影、でしょうか。
ぱたぱたと足音がしたと思うと、扉が開かれ、ドレス姿のラズリさんが飛び込んで来ました。

「じゃっじゃーーん! ルリちゃん、どうかなぁ?」
ドレスの裾を持って、くるりとターンする彼女。
結い上げた黒髪と、真っ白なロングドレス。ドレスとしてはあまり派手ではない型です。
嫌味にならない程度に、もしかしたらスタイルを誤魔化すためでしょうか、胸元に装飾がされていますね。
あとは、IFSの紋章を隠すためなのか、肘まで覆う絹製の手袋。
でも、それらが気品と清楚さを与えるのに一役買っていて、黙ってたら私よりお姫様らしく見えそうです。
つまり、彼女は凄く綺麗になっていて、嬉しく思いつつも何だかずるいと思ってしまいました。
だから私の口から出た答えは。

「……女の子はエレガントに、だそうですよ」
「あはは、言われちゃったぁ〜」
私の言葉を気にした様子も無く、楽しそうに笑うラズリさん。
その笑みがいつもと違うような気がしてしまい、彼女の顔をよく見て、理由に気づきました。

「ラズリさん、お化粧してますか?」
「うん、このドレスを選んだら薦められちゃって。似合ってない?」
お化粧して少し大人びた感じになったら、何と言うか、ラズリさんの笑みが、誰かを思い出すんですよね。

「いえ、似合ってますけど。どうしたんですか、進んで女性らしい格好するなんて」
何の気なしの私の疑問で、彼女の顔から笑みが消えました。

「……こんな格好してたら、あいつも出にくいと思うからね」
数秒の沈黙の後、僅かに眉を顰め、ぼそりと答える彼女。
あいつって……「北辰」の事ですか。
やはり、気にしているのですね。

でも、数秒の後、にぱっと満面の笑みになる彼女。
「それと、「アキト」じゃないって気づいたら、なんか、こういう格好も良いなぁ、なんて思い始めちゃって」
そのまま私にに抱きつくラズリさん。
「似合ってるって言われると、嬉しいよねっ! ルリちゃん!」
その楽しそうな感じ、やっぱり誰かに似てる気がするんですが。


「……ちゃん、グッドですよー」
「姉さん、そういう言い方は止めて」

ふと見ると、あのメイドさんが、ラズリさんにつけられていたらしいもう一人のメイドさんと隅で話していました。
双子らしくそっくりな顔ですが、妹さんらしい方はメイド服をきっちりと着こみ、顔に表情が余り出てこないタイプの様です。
でも今はなにやらお姉さんのあのメイドさんにからかわれているらしく、困っている様です。

「ん? どしたのルリちゃん?」
ラズリさんに抱きつかれたまま、私はついこう思いました。

妹というのは、何処でも大変なのかもしれない、と。

【中庭:イツキ・カザマ】

「……迷った」

豪華な噴水や綺麗に刈り込まれた生け垣、所々に石像なんか立ってたりする、いかにもお城の中庭な場所で、私は呆然と呟いた。
だいたい、このお城が広すぎるのがいけないんです。
ただでさえ歩きにくいドレスなんか着てるのに。
こんな物着たくは無かったですけど、ラズリさんがパーティに出る以上、私も出席して彼女を護らないといけませんから。

「あら、これは?」
石像の中に、一つだけ雰囲気が違うなと思ったら、なんとそれは、ラズリさんの専用機体、アマノウズメでした。
バニー状態じゃなくウズメ状態だと、他の像と混じってもそれほど違和感がありません。
後で聞いた話では、ここの国王が造形を気に入って、飾らせて欲しいと頼んだそうで。

それはそれとして、今の私にとっては救いの手でした。
「そうだ、これなら地図とか呼び出せるわね」
乗りこむ私。

「……あ、シートが小さい」

ラズリさん、こんな小さい体で、頑張ってるんですよね……。

いつのまにか、私は背もたれを抱きしめる様に腕を回し、シートに頬をつけていた。

……ラズリさんの匂いがする。

「って、これじゃ変人じゃないですか」
誰も居ないのに慌てて一人突っ込みを入れてしまう。

「えっと、地図地図」

【パーティ会場:アカツキ・ナガレ】

やっぱりね、提督が出席しちゃうんなら僕も出ておかないとね。
しかも何故かテンカワ君も居るみたいだし、僕だけ遅れを取る訳にはいかないのさ。
まあ、ネルガル会長としての仕事もしてるけどね。
でもやはり、ラズリ君をどうやってダンスに誘うかという事も大事な訳で。

そんな事を考えていた僕の所に、誰かのボディーガードか何かの黒服がやってきた。
「ネルガル会長、アカツキ・ナガレ様ですね。実は、私の主人が内密の用があるとの事で」
「折角のパーティに無粋だねぇ君。特にそのサングラス、なんか三文字の職業の人みたいだよ」
「申し訳ありません」
僕の皮肉にも、表情を変えず頭を下げるだけの彼。

「主人が、これをアカツキさまに、と。彼ならこれの意味がわかるはず、との事です」
黒服が胸元から取り出した、丁寧に布に包まれていた物は。

蒼みがかった輝きの板。その輝きはCCと同質。でも結晶ではない。
これは、加工されている。

……地球上でもう、CCの製造はともかく、加工を可能にしている所があるとは思わなかったよ。
木連ならすでに実用化されているのは、チューリップとかから見ても明らかなんだけどね。
と、なると?
ラズリ君とのダンスは惜しいが、ここは行くしかないね。

「で? その主人っていうのはもちろん、妙齢の美女なんだろうね」
「来ていただけたらわかります」
僅かに残る失望感を、嫌味に変えて黒服に当ててみたが、全く顔色を変えない。
ふう、面白くないねぇ。

「ですが、期待は裏切らないかと」
その時、彼の口元がニヤリと笑いの形になった。
お、実は結構面白い性格なのかな? なら、それを使う主人も面白そうだね。
「オッケー。それじゃ期待させてもらいましょうか」

【パーティ会場:テンカワ・ラズリ】

やっぱり、こんな世界はボクの趣味じゃないなぁ。

だけど、「電子の舞姫」の名が、ここまで知れ渡っているとは。
聖女マリアの転生とか、現代のジャンヌダルクとか、お世辞にしても言い過ぎだと思うんだけど。
ムネタケ提督やアカツキさんも、こういう、やって来て欲しい時には来てくれないし。
自分の交友や仕事の関係とかで大変なのはわかるけどさ、全く来ないってのはどういう事かな、と。

……そう言えばあの三人、姿見ないな。
イツキさんは嫌がってたから居なくてもしょうがないけど、残りの二人はどうしたんだろ。
提督がスタイルの良い何か高ビーっぽい女性と話してたのと、アカツキさんがネルガル会長として色々会話してたのは、見かけたんだけど。

そんな事を考えつつ、周りの喧騒から逃れようと壁の花をやっていたのに、声を掛けられた。

「こんにちは」

スーツタイプでマニッシュな雰囲気の紅い服装で、それと合わせたかの様な紅く長い髪をした人。
黙ってたら綺麗な男性の様に見えるかもしれないけど、声と、にこにこと笑っている天真爛漫な表情が、女性だと教えてくれた。

「あ、こんにちは。テンカワ・ラズリです」
彼女はボクの名前を聞くと、こちらを見つめつつ頬に人差し指を当て、何やら考え始めた。

数秒後、手を打ち鳴らしつつ破顔し、楽しげに叫ぶ。
「ラズちゃん、って呼んで良い? 良い? 良いよね!」

そのまま彼女はボクの両手を掴む。
「ラズちゃん、舞姫なんでしょう? だったら、踊ろうよ!」
いきなり、なに?!

【東塔客室:アカツキ・ナガレ】

「いらしてくれて嬉しいですわ」

黒服に案内された部屋で待っていた、ソファに長い足を組みつつ座り、上品に微笑む金髪美女。
だが、その女性の名は。
「アクア・クリムゾン。クリムゾンの末姫が、何故こんなまねを?」

しかし、答えは彼女からではなく、別の方から返ってきた。
「それは、アタシの仕業」
「ムネタケ提督……」
入り口の横、入ってきた人間には死角になる場所に、彼は楽しげな顔で立っていた。
「その昔、アンタ達アタシを彼女の島に置いてきぼりにした事が有ったでしょ。その時彼女と会って。それからの仲なのよね」
顔を見合わせ、おほほほほと声を合わせて笑う二人。
何となく、この二人性格似ているような気がするね。それで友人になったと。
「アンタ、ケレン味入った話って、結構好きよねぇ。だからこうしたら絶対来ると思ったの」

……まあいい、大事なのはこの会談の目的だ。

「で、アクア嬢、僕は仕事に関しては回りくどいのは嫌いでね。
 僕にこんな物を渡してどうするつもりかな?
 愛情込めたプレゼントにしては、変わった細工品だよね」
僕の言葉に対し、アクア嬢はやんわりと微笑み返す。

「あら、私のプレゼント、お気に召しませんでした?」
ふう、いわゆる化かし合いの始まりって訳だね。

【パーティ会場:ホシノ・ルリ】

やはり、こんな世界は私の趣味ではないですね。

皇女としてのお披露目が終わり、様々な人との挨拶を済ませてやっと自由に動けるようになった時、私はそう思ってしまいました。
それに、せっかく美味しい料理が用意されているのに、これではちゃんと味わえなくて勿体無い気がします。
せめてラズリさんやアキトさんが居たら、もうちょっと楽しいんですけど。
ラピスはいつのまにかあの五つ子の弟達と仲良くなっているので、邪魔をしたくないですし。
だからラズリさんを探そうとした時、いきなり歓声が上がりました。
何事かとそちらを向き、驚く私。

ラズリさん、何で踊ってるんですか?! しかも女同士で!!
それだったら私と踊るってのが……いえ、そうではなくて。

でも、二人のダンスは、とてもレベルが高くて。
「今のターン、見事ですな」
「一流のダンサーにも引けを取りませんな」
「しかし、難を言えば、あの男性側の型が少々古めですね」
「言われてみれば、何故か百年ほど前に流行した物が多いですな。ですが、見事な物です」

そんな場合でないとわかってても、ラズリさんを称える声がするとつい頬が緩んでしまいます。

……親ばかならぬ妹ばかと言うやつでしょうか。

【東塔客室:アカツキ・ナガレ】

「いやいや、なかなか気に入りましたよ。
 これほどの細工、そうそう見られるものじゃない。細工師をスカウトしたいものですね」
「嬉しいお言葉ね。その代わり、私の願いも聞いてくださいません?」
僕の言葉の意味を受け、ころころと微笑みつつ言葉を返す彼女。
さあ、どんな条件だ?

「そうね。私と一緒に心中してくださるというのはどうかしら」
……ふう、もう一幕使う気かい。
だから僕は仕事でまどろっこしいの、あまり好きじゃないんだけどね。

「レディ、今の貴方にその冗談は似合いませんよ。
 貴方は、自らの証を立てるために動こうとしている、そうではないかな?
 だからこそ、心中ではなく……そうだね、手を取って共に踊るというのがふさわしいね。
 美しく踊る女性は、周囲の人間の心を奪ってしまう物ですよ」

「よろしいですわ。では、お話しましょう」
微笑みと共に、彼女はいくつかの計画を語った。
彼女が語った計画。それはなかなか驚かされる、興味のある計画だった。

「こんな戦争は、そう長くは続きませんわ。戦後の事を考える必要があるかと」

最後に彼女はこんな言葉で締めた。

「この話にネルガルはどう反応するかと言う事です」
問い掛ける彼女。
でも僕はまだ返事をしない。

「これでもかなり譲歩しているんです。
 私、ネルガルには少々恨みがあるんですのよ。逆恨みなのは重々承知してますけど」
僅かに焦れた様に言葉を繋ぐ彼女に対し、僕は問題点を追及する。

「譲歩? わかってないね。
 君はクリムゾン内部での権力強化のためにネルガルの後ろ盾を必要としているだけだろう?
 それに、今の条件でそのプランが可能だと言うのは、無茶だと思うけどね」

だがアクア嬢は優雅に微笑み、新たなカードを切った。

「お兄さんの夢、かなえたくはありませんの?」

その言葉は、僕の心の奥底に埋まっていた地雷を踏む言葉。

現実家でありながらも夢想家で。
ボソンジャンプは、人類の新たな飛躍、宇宙の大海原へと漕ぎ出す大航海時代の幕開けだと言っていた兄貴。
憧れであり、越えねばならぬ壁でもあった兄貴。

ゆえに、兄の事を口にされた以上、アカツキ・ナガレ個人としては、この勝負を受けたい。
……だからと言って、ネルガル会長アカツキ・ナガレとしては、この勝負に乗るのはまだ分が悪い。
もう一手、何かが欲しい所なんだ。

僕の思考を断ち切る、その一手は予想外の方向からきた。

「その話、私も乗せてくださらない?」

【パーティ会場端の通路:テンカワ・アキト】

俺、あんな豪勢なパーティなんて趣味じゃないよ。
凄い料理があって、色々と勉強になったのは確かだけど。
城下街での料理はいまいちだったけど、流石に世界のお偉いさん向けの料理、色々と料理人の腕が奮われていた。
忘れないうちに、再現できるかを試したいなぁ。

そんな事を考えていた時、窓の外で、何か黒い影が見えたような気がした。

気になり、窓を覗く。……確かに何か居る。
その影は、こちらではなく、向こうの、ちょっと離れた東塔の一室を覗いているようだった。

こちらの存在を感じたのか、影が動いた気がし、慌てて身を隠す。

なんだろう? ……行ってみるか。

【東塔客室:アカツキ・ナガレ】

「その話、私も乗せてくださらない?」

言葉と共に、部屋に入ってきた黒髪の女性。
「ごきげんよう、アカツキさん。あなたの会長就任パーティ以来かしらね」
全身から気位の高いお姫さまな雰囲気を発している彼女の名は。

「カグヤ・オニキリマル。お久しぶりです」
ネルガル、クリムゾンと並ぶ企業体、明日香グループ、その総帥の御令嬢で、その中の工業部門、明日香インダストリーのオーナー。それが彼女。
僕の挨拶に会釈を返し、カグヤ嬢はアクア嬢に、口元に笑みを作りつつ声を掛ける。

「アクアも、ごきげんよう。貴方と社交界で会うのは、社交界デビュウパーティ以来かしらね」
「それは、私のデビュウの時の事を、皮肉っているのかしら?」
「あら、そんな事無いわ。あれも今の貴方が在るための重要な要素でしょう?」
「そういう所、相変わらずね。学生時代、留学先に貴方の居た学校を選んだのは失敗だったわ」
「懐かしいわね。貴方色々やったわねぇ。あの頃は苦労させられたわよ」
「自分から苦労したがっていたのではなくて? 日々の努力、貴方の好きな言葉でしょう?」
「そうね。でも、努力は正しい方向に向いてこそ意味があるのよ。今の貴方ならわかっているでしょうけど」

微笑みながらアクア嬢が答えたのを封切りに、流れる様にお嬢様方の会話が進む。
……あー、嫌な世界だ。
顔色も変えずに牽制球が飛び交ってるねぇ。
男にとってはこういうの、きついよね。

微妙に辟易しつつ周りを見ると、提督と目が合った。
カグヤ嬢が挨拶をしなかった事を考えると、彼女も提督の仕業か?

「……提督、貴方が呼んだんですか?」
「アタシはパーティで会っただけよ。あんたこそ、つけられたんじゃないの?」
まあ、こんなパーティで今の提督を見て、昔の彼を知っている人物なら不審に思うかもしれないけどさ。
だけど、何でサングラスの彼は彼女を通すんだい? 側近だろ?
あの黒服サングラスの方を見る。

「アクア様の御友人である事は確認できていましたから」
しれっと答える黒服。
「それに、お通しした方が、面白い展開になると感じましたし」
しかも最後に悪戯が成功したかの様にニヤリと笑い、反論は聞かないという風に部屋を出ていく彼。
うわ、本気でいい性格してるよ、この黒服サングラス。

「思い出話はそれくらいにして。カグヤ嬢、先ほどの発言、本気なの?」
僕がそう思っている間に気を取り直したのか、彼女達の間に割り込むムネタケ提督。
年の功というか、その口調は伊達じゃないというか。ここは賞賛しておこう。

提督の質問に、カグヤ嬢は悠然と微笑み返した後、答える。

「当然ですわ、ムネタケ大佐。私はこんな時冗談が言えるほど、ひねくれていませんもの」

【パーティ会場側のテラス:ホシノ・ルリ】

大絶賛を受けつつダンスを終えたラズリさん達。
休憩のためか、風通しのよくて静かなテラスに向かったのを見て、私もそちらに移動します。

「楽しかったー!!」
私がテラスに入った時、男性側を踊っていた紅い髪の彼女が、備え付けの椅子に座って嬉しそうな声を上げてました。
服装からしてかっこいい系の人かと思いましたが、実はそうでないのかも、なんて思う私。

「はい、どうぞ」
「えへへ、ありがと」
彼女に冷たい飲み物の入ったグラスを渡すラズリさん。
ラズリさんは優しいのが長所ですけど、何でそんな親しげに世話を焼くんですか?

「ラズリさん?」
「あ、ルリちゃん。もしかして見てた?」

私が呼びかけると、なにやら照れたような笑顔を浮かべる彼女。
その顔を見ると、ますますよくわからない感情が出てきてしまう私。

「見てましたけど」
「そっか、踊ってたの見てくれたんだ。こんなに楽しく踊れたの、始めてだった気がするんだよ」
「そうですか。良かったですね」

「……ルリちゃん、機嫌悪くない?」
「そんな事ありません」
勝手にそんな誰とも知れない方と踊った事で、気を悪くなんかしてません。

「そうかなぁ」
「そうですよ」

「私も凄く楽しかったよ。私についてこられる人って、始めてだったもん」
「ペアで踊った事無かったけど、楽しいものだね」
笑いあう彼女達。
そりゃ、私は踊れませんけど。

「やっぱり、機嫌悪くない?」
「そんな事ありません」
どうして、何故なのか気づかないんですか。

「そうかなぁ」
「そうですよ」

【東塔内通路:テンカワ・アキト】

「申し訳ありませんが、この先に御通しする訳には参りません」
その通路に入った時、サングラスをかけた黒服の男が立ちふさがった。

「通してくれよ。なんか不審な人物が窓の外を動いてるんだ」

何でかわからないが、あの黒い影は見覚えがある。
理由はわからないが、あの黒い影の行動は覚えがある。

だからこそ、あいつと対面しなくちゃいけない気がする。

「わかりました。確認してまいりますから、ここはお帰りください」

その時、向こうの部屋から、ガラスの割れる音がした。
「きゃああああああっ!!!」
同時に、女性の叫び声。

俺と黒服は顔色を変え、部屋に向かって走り出す。

【東塔客室:アカツキ・ナガレ】

「居たな」
窓が破られ、黒尽くめの男が飛び込んできた。

男は小太刀を抜き、切りかかる。
その目標は。

「きゃああああああっ!!!」
恐怖の叫びを上げるアクア嬢。
暗殺ってやつかい?!

僕はとっさに彼女に覆い被さり、背を男に向けた。
鈍い音と共に、刃が僕の背中を滑る……が。

「なに? 防刃服か?」
「ネルガル特製、耐熱、耐衝撃素材を利用したフォーマルスーツ。
 これ一着あれば、半端な装甲服なんて必要無い代物さ。
 ちなみに、デザインはフランスの一流デザイナーによる物だよ」
驚きの声と共に間合いを取った男に向き直り、僕は余裕を見せつけるような調子で種明かしをしてやる。

「そうだね、君のような人種にもわかる様に言うとだね」
最後に冷ややかな笑みと共に決め台詞を放つ。

「金持ちを、なめんなよ!」

と、こんな感じかねぇ?

「アカツキさん、私をかばって……」
「レディを護るのは紳士として当然、という奴ですよ」

だが、格好はつけつつも、僕は脱出の方法を考えていた。
先ほどの一撃、実はかなりダメージが来ているんだ。

悔しいが、格闘では僕はこの相手に勝てない。

【東塔客室:テンカワ・アキト】

黒服と共に部屋に飛び込む。

部屋の中は、窓が破られ、家具が幾つか壊れ散乱していた。
数名の男女が倒れ、組み笠黒外套姿の男とスーツ姿の男が向かい合っていた。

「アカツキ?!」
「テンカワ君?! 何で、君が?!」
俺の登場に、アカツキが驚きの声を上げた。
しかし、それが隙を作ってしまう。

「滅」
男がアカツキに斬りかかる。
「くうっ」
先手を取られたとはいえ、アカツキはよく耐えた。
しかし,とうとう顔面へ拳が決まり、倒れこむ彼。

アカツキが倒れた事で,男の顔がはっきり見えた。
「お前、北辰だったよな」
「ほう、あの時の小僧か」

組笠の下、紅く光る義眼。

それを見た瞬間、心の奥底から湧き上がって来る、どす黒い感情。
こいつは、「俺」の敵、なのか?
違うのかもしれない。そうなのかもしれない。

だけど、こいつは倒さなければいけない。
それは確かだ。
こいつの存在は、これから先、俺達の未来を、幸せを阻む存在。

足元に転がっていた金属製の家具の破片を得物に、構える。

「構えは良い……しかし!!」
「がはああっっっ!!!」
最初の一撃は何とか受けられたが、次の一撃をまともに食らう。
吹き飛ばされ、床に這いつくばりながら感じる思い。

……力が、欲しい! 俺にもっと力があったら!!

俺の心を埋め尽くす、思い。
その思いに重なる、もう一つの、しかし同質の、思い。

……俺にもっと力があったら!! ユリカを、あんな目に合わせなかったのに!!!

その瞬間、俺は、「俺」と化した。

【同:アカツキ・ナガレ】

二合の打ち合いで、テンカワ君は吹き飛ばされた。
倒せるとは思ってなかったが、そこまで持たないかい?!
時間を稼げば、警備兵がやってきてくれるはずなのに。
後、戦えるのは……。

銃声。

「何だと、かわすだと?!」
撃ったのは、あの黒服。

「無粋」
口元を不快そうに歪め、北辰は黒服に向かう。
黒服がもう一度銃を向ける。
それを間合いを詰め避ける北辰。

「滅」
北辰が黒服に斬りかかり、黒服はうめき声と同時に銃を取り落とす。

その瞬間、倒れていたテンカワ君が動いた。
「ヒュウッ」
呼気と共に、スライディングからの回転足払い。
姿勢を崩す北辰に伸び上がりつつ突き上げ。
だが、浅い。あれでは姿勢の崩れる方向をずらす程度にしか。
しかし、その瞬間。

銃声。

「ぐうっ」
北辰がうめき声と共に間合いを取った。
黒服が取り落とした銃が、いつのまにかテンカワ君の手に有る。
まさか。あの最初の足払いから全て、銃を手に入れ撃ちこむための連係だったというのか?

「……あの踊り子と関係が深いだけの事はあるのだな」
「浅かったか」
北辰の左肩が赤く濡れ始める。

アキト君の連携も感嘆すべき物だが、それに反応した北辰の方もやはり只者ではない。

「ならば、次こそ当てるだけだ」
「出来るのか?」
言葉を交わすと同時に、戦いが始まる。

斬りかかる刃を銃身で受ける。
狙う銃身を刃で払う。

見切りと先読みの絡み合い。
一撃が次の一撃への連携となる。連携に絡み付き狂わせ、破ろうとする反撃。

だがしかし、テンカワ君、こんな腕前の持ち主だったか?
相手が片腕しか使えないとはいえ、これほどの先読み。
それに、気のせいか? テンカワ君の瞳、何か光が走っている気がするんだが。

数十合の打ち合いの末、一瞬胸元の機械を見た北辰。
僅かに表情を変え、こんな言葉を発した。

「ここに居て良いのか? 今ごろは踊り子の方が大変な事になっているはず」
踊り子……? ラズリ君の事か!!







【中書きその2:筆者】

第十八話Bパートです。

困った事に、話がどんどん伸びて行きます。
これでも、ラピス視点とか、ルリのお披露目シーンとか、削ったんですけどね。
ラピスと五つ子のほのぼのシーンとか入れたら展開崩れそうでしたし。

戦闘シーン、難しいですね。
ガンカタ使いVSモーメントアタッカー、みたいな戦闘だし。

ムネタケの階級は適当です。調べきれなかったんで。

では。

 

代理人の感想

シーンを切り捨てるのって難しいですよねー。

書きたいシーンはたくさんあるのに全部入れると全体の形が崩れるジレンマ。

今回は切り捨てた価値はあったかとは思いますが。

 

戦闘シーンについてですけど、これはもう自分の頭の中でイメージを作るしかないと思います。

実際の戦闘はともかく、創作物の中の戦闘というのは

戦闘のイメージをいかに読者に想起させるかであって、

太刀筋とかダメージとかをそのまま書いてるだけじゃ面白くはならないんですね。

やはり基本は緊張感とその緩和の繰り返しであるとは思いますが。