第十八話 Cパート

【パーティ会場側のテラス:ホシノ・ルリ】

「楽しかったけど、そろそろお別れしなくちゃ」
時間を確認した、紅髪で男装の彼女が残念そうな顔で言いました。

「お別れの前に、貴女の名前を教えてください」
私、ラズリさんとばかり話していたせいで、まだ彼女の名前さえ聞いていませんでした。
「あ、それはボクも知りたい」
え? あの、ラズリさん? 名前も知らない相手と踊ってたんですか?
ラズリさんはのほほんな人ですけど、これはちょっと問題です。イツキさんが心配するのも当然ですね。

私が頭の片隅でそう思っている間、片手を顎に当て、考え込んでいた彼女。
「教えてもいいけど、無意味じゃないかなぁ」
数秒の後、放たれた言葉。
現れる、綺麗な笑み。

「だって、お別れしちゃうんだもの」

ひゅっと、僅かですが私の周囲に風が舞った気がしました。

「ちょっと?!」
ラズリさんの驚きの声と同時に、回転する世界。
何が起こったのか、その時は全くわかりませんでした。

わかったのは数瞬の後。
私は床に倒れ、いえ、ラズリさんに突き飛ばされたんです。
そのラズリさんは、私を彼女から庇う様に立っていました。
立ち上がろうとすると足首と左肩に痛み。
足首の方は、突き飛ばされた時にひねった様です。
いつもと違い、ドレスに合わせた踵のある靴を履いていたせいもあると思います。
でも肩口の方はぶつけた訳でもないのに、なぜ?
見ると、何か鋭い刃物のような物で切り裂かれていました。

「ラズちゃん、邪魔しないでよ」

彼女の右手袖から伸びていた銀色の光。
針……いえ、鋼線か何かでしょうか。
この傷はあれによる物の様ですね。

「そんなの当たり前でしょう! 何でこんな事するの!」
「お父様が、彼女のドレスを紅く染めてきなさいって言ったから。
 なんかね、ネルガルとつながりのある最年長の王女が出来ると、色々と都合が悪いんだって。
 でも、彼女は紅いドレスも似合うと思うよ」
「そんな事で?!」
「お父様の言いつけ、守らないと叱られちゃうの。だから」
またも綺麗な笑み。童女の様に素直な笑み。

「どいてラズちゃん、彼女殺せない」
「出来る訳無いでしょう!」
「じゃあ、ラズちゃんの白いドレスも紅くしてあげる。そしたら私とおそろいだね」
えへへ、と、本当に嬉しそうな彼女の笑み。

「くっ、やるしかないの?!」

ラズリさんの全身に、光る文様が、ナノマシンの発光が現れました。
あれは、ラズリさんが体のナノマシンを駆動させた時に現れる物。
今この状況からすると――

「はぁっ!!」
気合と共に、彼女に突っ込むラズリさん。

――高速行動モードですね。

私達マシンチャイルドは、高速で大量の情報を処理する事が出来ます。
IFSからの情報だけでなく、視覚などの情報についても可能で、やろうと思えば、自分の周囲に何十枚もデータウインドウが開かれ、全部に異なる情報が高速で流されていたとしても、すべてちゃんと認識する事が出来るんです。
それゆえ、高速で移動する物体も追う事が出来ます。

でも、私達が出来るのは、見るだけ。
頭の処理の速度、思考や意思の速度に、肉体の動作を合わせきれないんです。
視覚情報のための眼球の動作でさえうまく行かず、目を見開き瞳孔を極限まで開く事で対応しているんですから。

ですが、ラズリさんだけは違います。
彼女の体内のナノマシンが、高速時でも肉体動作の補正をしてくれるんです。
イネスさんによれば、ナノマシンが神経の代わりに情報伝達を行っているからだそうです。
しかも高速思考に対応した動作ですから、肉体の限界はあるにしても素早く動けます。
そう、城下街の料理屋で、あっという間に何人もの用心棒を倒した様に。

だから私はラズリさんの一撃で終わると思ったんです。

……なのに。

「ラズちゃんはすっごく速いけど、わかり易いよぉ。
 何かね、技が優しいって言うのかな、それとも素直って言うのかな。
 私の事殺したくないって思ってるでしょ?」

構えられた左手。
紅髪の彼女は、ラズリさんの一撃を片手で受け止めていました。

「でもね、そんなのじゃ私つまんない」
言い放ち、子供が飽きた玩具を投げ捨てるかの様に、左手で無造作にラズリさんの腕を払う。
同時に胸元へ突き刺さる右手。
「嘘ッ?! 速い!」
ラズリさんが驚愕と共に上体を逸らす。速度に遅れひらつく胸元の装飾。
切り裂かれ舞う白い破片。
逸らした勢いで後ろへ左足を一歩。
紅い彼女が、追う様に踏み込む一歩。それを見切ったかの様に跳ね上がるラズリさんの右足。
揺れる紅色の髪。
回転。伸ばされる腕。ステップ。跳ね上がる足。
時には離れ、時には絡み合い、くるくると位置を変えつつ相対する、紅と白の二人の姿。
先ほどのダンス同様、すばやくそして高度な動き。
異なるのは、これが命のやり取りであるという事。

「きゃあぁっ!」
ラズリさんの左腕が鋼線によって裂かれ、彼女が苦しげな叫びをあげた時、私は気づきました。

高速モードと言っても、肉体の動作は物理法則に従います。
それゆえ、相手のフェイントや先読みによって、見えていても避けられない状況というのが出てきます。
ですが、高速時に体を傷つけられるというのは、とても危険な事。

高速時に受ける傷の痛みは、通常なら一瞬である痛みさえ、何倍も長く感じてしまいます。
皮膚が裂け、神経や肉が切れ、血が流れ出て行く感覚が、そのままの強さでゆっくりと伝わってくるんです。
それはとても苦しいはずです。

細かい事はともかく、ラズリさんは素早く動けるその代わりに、とても打たれ弱くなっているという事。
だから、その動きについて来られる相手と打ち合いになったら。

虚を突いて振るわれる鋼線を避けきれずラズリさんの体に傷が出来るたび、彼女の表情は厳しくなり、額には脂汗が浮かんできています。

そして、とうとう。

「かはっ……」
頭がふらりと振れたかと思うと、倒れこむ彼女。


【東塔客室:アカツキ・ナガレ】

「ここに居て良いのか? 今ごろは踊り子の方が大変な事になっているはず」
テンカワ君の動揺を誘うかの様に、放たれた北辰の言葉。

しかし彼は、構わず北辰に銃を向ける。

「どうでも良いさ、俺はお前を倒したいだけだ」
何を言うんだ、テンカワ君?!

僕が驚く中、再び彼は北辰と戦いを始めてしまう。

くそっ、僕はこんな選択は、認めない。
何か無いのか……?

周囲を見まわした僕の目に映った物。
それはあの黒服の足首に着けられていた拳銃だった。
腕利きは、銃は一丁だけでなく、予備として何丁か身に着けていると聞いた事があるが、この黒服もそうだった様だ。

あの銃を使えば、何とかなるかもしれない。
黒服の銃弾はかわされたが、テンカワ君と戦っている今なら、上手くすれば当てられる。

僕は、先ほどのダメージが抜けてない体を強引に引きずり、銃に手を伸ばす。


【パーティ会場側のテラス:ホシノ・ルリ】

驚く私の耳に、彼女の呟きが聞こえました。
「かはっ……高速モードでこの傷はきつすぎる……」
よかった、直接大怪我をしたのではなくて、高速時の傷の痛みが原因だったのですね。
だからといって、相手の前で倒れこんでは、止めを刺してくれと言っているようなものです!

ですが、その瞬間。

だんっ!

よろめいた足が床を踏みしめ、しっかりと立つ彼女。
立ち上がった彼女の顔つきは、いつもと全く違うものでした。
……まさか!!

「やっと出られたか」
「え? ラズちゃん、雰囲気変わった?!」
驚く彼女を見た「北辰」は、片目をすっと細め、言葉をかけました。

「ほう、北斗……、いや、違うな。お主は「誰」だ?」
「北辰」の呼びかけに、不思議そうに首を傾げる彼女。

「何で北ちゃんの事知ってるの? でも良いや、教えてあげる。北ちゃんは今、私の中で寝ているよ。
 それで、私は「枝織」だよ。北辰お父様につけてもらったの」
嬉しそうに自分の名を告げる枝織さんを見、不快そうに口元を歪める「北辰」。
「ふん、催眠か何かで作り出した人格か。「今」の我はそこまで外道に落ちている様だな。
 だが、北斗も情けない奴よ。「我」の目を潰すほどの武人だったというのに、そんな事を許すとは」
吐き捨てるような言葉の後、僅かな沈黙。

「しかし、お主の事も「今」の我の事も、「我」は笑う事は出来ぬか」
自嘲じみた笑みと共に、「北辰」は傷口から流れる血を指で掬い、あろう事か、それを口に含んだんです。
「生娘の血の味か。これが今の「我」の体だとはな」
な! 何て事するんです?! それに、それはあなたの体じゃないです! ラズリさんのです!

私が思わずそう叫びかけた中、「北辰」はドレスの裾を裂き、包帯代わりに傷口に巻きました。
その間も、枝織さんへの警戒を怠っていないのは、流石だと言うべきでしょうか。

「さて、「我」に牙を剥いた罪は、償ってもらうぞ」
「北辰」の言葉と共に膨れ上がる殺気。
「ええ? 嘘? どうして?!」
何故か驚きの表情を見せ、動きを止める枝織さん。

「破ッ!」

恐るべき速度の踏み込み、そして。


―― 一閃。


ラズリさんがあんなに苦戦した彼女が、「北辰」の一撃で、まるで人形か何かの様に吹き飛ばされました。
「どうした北斗よ、それで終わりか? 貴様の武人としての意地はその程度だったのか?」
何故か追い打ちをかけず、口惜しげに頬を歪めた「北辰」。
「お、お父様と同じ殺気……どうして?」
倒れたまま、怯えた声で呟く枝織さんに、「彼」は雷鳴が響いた様な大声を上げました。

「まだわからぬか、北斗よ!! お前の名は何だ!!」


【ピースランド城廊下:イツキ・カザマ】

やっとの事で地図を手に入れ、私はパーティ会場に戻ろうとしている。

まったく、流石は専用機体、色んな所に彼女の癖やら雰囲気やら残り香やらあって、思いっきり時間を取られたわ。
それはそれで嬉しくもあったんだけど、彼女になにかあったら本末転倒、早く戻らなきゃ。

と、向こうから少女が一人走ってきた。
ラズリさんの妹分の一人、ラピスちゃんだった。
切羽詰った顔で走ってきた彼女は、私を見つけると、叫んだ。

「あなた、パイロットよね?! ラズ姉が大変なの、手伝って!」
「ちょっと、何が起きたんです! 彼女に危険が迫っているなら助けに行かなくちゃ!!」
「あなたがいってもかなわない。だから……!」 
ラピスちゃんは私の手を引っ張り、何処かに連れて行こうとしている。
手が引っ張られた事により、コミニュケに映し出した地図が揺れた。

……そうか!


【パーティ会場側のテラス:ホシノ・ルリ】

「まだわからぬか、北斗よ!! お前の名は何だ!!」

「北辰」の叫びに、雷に打たれたかの様にびくりと体を震わせた枝織さん。
彼女の表情から怯えが消えて行きます。
数秒間の後、顔を上げ立ち上がり、「北辰」の方を向いた彼女は、先ほどまでとは全く違っていました。

「俺は……、俺の名は北斗……北斗だ!!」

狼のような雰囲気を放ち、身に着けている真紅のフォーマルスーツ姿が誂えたかの様に似合う、男装の麗人。
それが、今の彼女の姿。

「そう、その目よ、お主にはそれが相応しい」
北斗さんを見つめ、「北辰」は、僅かに頬を緩めました。

「とりあえず礼は言うが、俺はやられっぱなしってのは性に合わないんでな、相手してもらうぜ!!」
「来るがいい」
短い応答の後、再び始まる戦い。

「ははは、強いなお前! 俺とここまでやりあった奴は、糞親父ぐらいだ!」
「……笑止、だな。
 主はこの程度ではなかった筈。まだ暗示の影響が残っているのか?」
「言ってくれるじゃないか!」

先ほどの戦いとは、似て非なるもの。
戦い方としては、北斗さんが先の先を取る戦い方なら、「北辰」は後の先、受けつつ攻撃を見切りカウンター主体でしょうか。
ラズリさん達は、何処か危なげな、柔げな気配がありましたが、今のこの二人からは、何か堅く剛い物を感じます。
……理由の違い、意思の差でしょうか?
でも、だからこそ、このまま二人が戦い続けたら、行きつく所まで行ってしまうはず。
私はそれを認める事は出来ません。

なのに、マシンチャイルドの力で見た物を判断する事が出来ても、戦う事は私には出来ない。
横で見ている事しか出来ないのが、悲しいです。
せめてこの怪我さえなければ、助けを呼びに行く事が出来るのに。

……何とかして、誰か!

私が願い続けていた、その時。

「ラズ姉!! 大丈夫!!」
「ラズリさん! 無事ですか!!」

爆発。

壁を破り、飛び込んできたアマノウズメ。

「よくもラズリさんを!!」
イツキさんの叫びと共に、ウズメの羽根が北斗さんに突きつけられました。
ラピスのフォローがあるとはいえ、イツキさん、切れまくっていますね。
フィールドも張れず操作だけですが、ウズメの羽根を操るなんて。

「はンっ! 甘いぜ!」
ですが北斗さんは、なんと、襲い来る羽根をかわし、時には蹴り飛ばしさえもして、包囲から抜け出したんです。

「乗り手が違うとこの程度か」
鼻で笑った後、「北辰」の方を向く北斗さん。

「興が削がれた。ここまでにしておく。
 俺はこれからヤマサキと糞親父に借りを返さねばならんからな。
 何故貴様が糞親父と同じ殺気を放ち、俺の事を知っているのか、今は聞かないでおいてやるよ」

同時に身を翻し、北斗さんは外へと飛び出しました。

「引いたか」
後を追おうとせず、呟くだけの「北辰」。

その時、「北辰」の体がふらりと揺れました。
「な……、この体、ここまで不安定なのか。かなり厄介……」
先ほどのラズリさんの高速モードでの戦闘もあって、体力を使いきっていたのでしょう。
「北辰」はそのまま倒れました。まるで糸が切れた人形の様に。


【東塔客室:アカツキ・ナガレ】

伸ばした僕の手が、銃を掴む。

だが、こいつを北辰に向ける事は出来なかった。
北辰の胸元から、なにやら発信音がしたからだ。

「ほう、「枝織」を退けたか。踊り子め、やりおる。いや、そうでなくてはいかん」
くくく、と、嫌な笑みをみせる北辰。

同時に身を翻し、彼は窓の外へと飛び出した。

「待て!」
「深追いするな、テンカワ君」
「止めるな、アカツキ!」
北辰を追おうとしたテンカワ君を、僕は止めた。
なんのかんの言っても警戒厳重なこの城に侵入したんだ。
向こうにはそれなりの装備や、手引きした相手が居るはず。拳銃だけでは危険過ぎる。

それに、彼を止める理由はもう一つある。
「あいつが言ったろう。ラズリ君の方にも何かあったと」
しかし、僕のこの言葉に対する彼の反応は、予想外だった。

「ラズリ……? 誰だ? それがどうした?」
「何を言っているんだいテンカワ君?」
驚きと共に聞き返した僕を、テンカワ君はねめつける様な目で見た。
「それはこちらの台詞だ。アカツキ、お前は俺の目的がもうあいつ等を倒す事だけだと知っているはずだ」

確かにテンカワ君は、木連の人間に対して恨みがある。
木連の事を知った時に見せた姿は今と同質の物だ。
だがしかし、彼がそちらを優先するというのは、僕にとって許せなかった。

「ラズリ君を悲しませない、というあの時の約束は嘘だったのか?」
「何を言っているのか、わからないな」
テンカワ君のその言葉は、僕の頭に血を上らせるのに十分だった。

気づけば僕は、右手の銃をテンカワ君に突き付けていた。
「今の台詞は本気なのか? もしそうなら、僕は君を一生軽蔑するよ」
「何を言っている、アカツキ? 本気なのか? いいから銃を下ろせ」
反射的な行動だろうが、同時に、テンカワ君の銃が僕に突きつけられていた。
でも僕はそんな物に注意を払わず、言葉を続ける。

「あんなに君のために尽くしてきたラズリ君が危険だったんだぞ。
 君がユリカ君を選んでいたとしても、今は彼女の元に行くべきだ。
 僕は、君が女性を利用するだけの男と思いたくない。借りを返すんじゃなかったのか!」

銃を突きつけあいながら睨み合う僕達。
数秒とも永遠とも思えた、奇妙な時間の後。

「ラズリ……ラズリ……そうかっ」
銃を下げ、ぱんと音を立て、頬をはたく彼。

「ごめん、俺、なんかあいつの殺気に中てられてたみたいだ」
済まなさそうに謝る彼の雰囲気はいつも通りの物で、先ほどまでとはまるで別人の様。
「何か頭ン中がカーっとなっちゃって、訳わかんなくなってて。本当にご免」
「謝るのは、僕にじゃないだろう?」
「そ、そうだな、行って来るよ俺!!」
言葉を残し、テンカワ君は走り去る。
後姿を見つつ、僕は軽くため息をつく。

何やってんだかねぇ僕は。敵に塩を送ってる気もするけど。


「あの小娘の名が、一目置かれるほどになるとは、少々悔しいわね」
テンカワ君が部屋を出た時、呟きが聞こえた。
避難していた彼女達が、形がついたようだと姿を現していた。
「おや、アクア嬢は「電子の舞姫」とお知り合いで?」
一応は知ってるけど、つい聞いてみたくなった。

「……私が今の私となる原因の一つ、というぐらいですわ」
つんと顔をそむけつつ、答える彼女。
でもなにやら頬が赤い気がするね。

「へぇ、貴方がそこまで言うなんて。その子の事、かなり気にしているのね」
笑みを含んだカグヤ嬢の言葉に、アクア嬢は、きっ、とそちらを睨む。
「当然よ!! 私に面と向かってあんな事を言ったのは、後は貴方と、あの駄洒落女ぐらいだわ!!」
駄洒落女? ……まさか、ねぇ。

「ふうん、世間じゃ最近人が変わったっていう評価だけど、根っこは変わってない様ね、安心したわ」
咽喉に絡むような柔らかい笑みを返すカグヤ嬢。

「もう一度言っておくわ。
 貴方の計画、ネルガルが乗らなくても、明日香は協力するから」
言いきった後、僅かに首を傾げる彼女。

「あら、まだ計画の名前、聞いてなかったわね」
「名は、ヒサゴプランよ」

へぇ、洒落てるねぇ。
いいだろう。ネルガルも乗ってやろうじゃないの。
クリムゾン、明日香、ネルガル、こんな大掛かりな合同事業、そうそう無いってもんだしね。


【同:ムネタケ・サダアキ】

「アンタ達……、アタシの事忘れてるでしょ」
床に倒れたまま、つい呟いてしまうアタシ。
暗殺者の乱入時、立ち位置の運が悪くいきなり気絶させられて、途中で何とか気がついたんだけど起きるタイミングが掴めなくてこの状態よ。
ま、いまさらいいけどね。

「アンタ、起きられる?」
同じく忘れられた黒服を起こしてやる。
「痛てて……。くそ、リリー姐さんの占い通りだったな。
 悪い事が起きるから防具は多めで予備の銃は足首に、か」
何かぶつぶつ呟きながら起きあがる彼。

ふうん、占いねぇ。
アタシそういうの結構信じる方だし、そのうち会わせてもらおうかしら。


【ピースランド城内ラズリ用客室:ホシノ・ルリ】

ベッドで眠っているラズリさん。

先ほどまではラピスも居たのですが、まだ小さいですから眠気には勝てず眠り込んでしまい、あの和風メイドさんにベッドにつれて行ってもらいました。
イツキさんやムネタケ提督も一緒に居たがりましたが、二人は相性が悪いのか騒ぐので、人を呼んで追い出してしまいました。
……私、王女ですから。
後、アキトさんは凄く神妙な表情でしたが、アカツキさんに促され、席を外しました。

だから今、ここには私と眠っているラズリさんだけ。

私は彼女の顔を見つつ、思う。

目が覚めた時、ラズリさんであると信じてます。
だから早く、目を覚ましてください。


【ゆめみづき内客室:ヤマサキ・ヨシオ】

「ねぇ、秋山君、君もこの微小機械、着ける気ないかな?」
「私はマジンの激我魂に心酔しております。そんな地球人の技術に頼らなくても勝てます」
「技術なんてどこの物でも、使える物なら何でも使った方が良いと思うけどねぇ……」
地球じゃ人間と機械の情報伝達装置としてしか使ってないけど、こいつは凄いと思うよ。
「それに、私の今の任務は博士の護衛であり、その任はまだ解かれていません」
「えー。北斗君の調整も終わったっぽいし、もういいんじゃない?」


その時、凄い音を立てて扉が蹴り開かれた。

「ああ、枝織君お帰り……」
「貴様! この俺によくもあんな事を!!」
「おや、枝織君じゃないや」

うーん、北斗君に戻っちゃったんだー。
いやいや、人間の意識っていうのは大したもんだねぇ。

感心している僕を護るかのように、秋山君が北斗君と僕の間に割り込む。
「どけ、秋山!」
「私は、博士の護衛が任務です。退く訳にはいきません」
あ、そうか、草壁さんが秋山君を僕の護衛につけたのは、そういう事か。
念には念を入れたって事かな。草壁さんも、心配性だねぇ。

「なら、腕づくでどかす!」
叫びと同時に、北斗君は秋山君を蹴り飛ばす。
壁に叩きつけられ、秋山君は気絶してしまう。
あらら、あっさりやられちゃったね。
でもこれは、北斗君がそれだけ強いって事なんでしょ。
秋山君はこれでも優人部隊で三本の指に入る強さ、木連三羽烏なんて呼ばれているからね。

「とりあえず、僕が君に何をしたか、ぐらいは聞いたほうが良いんじゃない?」
怒りの視線を向けながらこちらに歩いてくる北斗君に声を掛ける。
雰囲気はそのままだが、北斗君は足を止めてくれた。

ま、北斗君ご機嫌斜めだし、簡潔に教えとこうか。
できる事なら僕としては一席ぶち上げたいくらいなんだけど。

「普通の催眠術とか暗示とかじゃ、人格その物を変えるのは結構難しいよね。
 今までの記憶を忘れさせるだけだと、不安定になるし。
 ここで役に立つのが君に打ち込んだ微小機械。
 それを使って新たな記憶を書きこんだのさ。
 人格は記憶に影響されるからね。新しい記憶しか思い出せなかったら、そういう人間だと思ってしまう訳。
 ちなみに、枝織君は僕が一所懸命人生データを作ったから、一人の人生記憶そのものって言っても良いくらいの出来なんだね。
 だから、下手したらまた体を乗っ取られちゃうかもしれないよ。気をつけてねー」
と言うか、乗っ取らせるつもりで作ったんだけどね。

「こんな気色悪い記憶などいらぬ! 消す方法は無いのか!」
憎々しげな顔でこっちをにらみ、北斗君が叫ぶ。

「記憶を書きこむのは出来ても、完全に消すのはまだ出来ないみたいだね」
こちらとしては消すつもりはないので、そう答える。
まぁ、全くの嘘って訳じゃない。
出来たと思ったんだけど、北斗君に戻っちゃったし。
人間の脳の情報修復能力って、実は凄く高いのかなぁ?
僕としては、古い記憶を壊して、こちらで用意した記憶を上書きするつもりで、研究してたんだけどね。

僕の最後の言葉を聞いた北斗君は、拳を壁に叩きつける。
「わー、壁が凹んでるよ。凄いなぁ」
「こんな事をせずとも、親父を翻弄したという踊り子の相手はしてやるつもりだった!
 なのになぜこんな事をした!!」
「ちょっとした実験さ。
 その微小機械、それは色々と可能性がありそうなんだよ。
 思考を繋げあったりとか、記憶を共有したりとか、色々出来そうなのね。
 例えば、付けてる人間全ての思考を共有させて、そこに情報を書きこんだら……とか考えたら、楽しくなりそうじゃない?」
他にも、君の力が危険過ぎるから安全装置を付けておきたいという、北辰さん達の意向もあったけどね。

「思考の伝達の方は、北辰さんから六人衆で上手く機能しているって報告があったから。
 こっちが上手く行ったら予定している計画を実行するつもりだったんだけど。
 ちょっと修正が必要になりそうだねぇ」

さてと、そろそろ良いかな。

僕は懐から取り出した笛を吹いた。
「な……なんだ、これは……」
呻き声を残し、倒れる北斗君。

「よしよし、安全装置はちゃんと利いてるね」
何かあった時の安全装置として、北斗君には、この笛の音を受けると意識を失う様に、ナノマシンに設定してある。

しかし、これだけ自意識が強いとなると、まだまだ結構色々大変だね。
うーん、でも、楽しいねぇ。
困難な目標へ向けての努力、これが研究ってもんだよね。


「ふむ、終わった様だな」

いきなり第三者の声がした。
「ちょっと北辰さん、気配もさせずにいきなり背後に回るのはやめてくださいよ」
「嫌なら腕を上げろ」
「いつも言ってるじゃないですか。僕は武人じゃなくて研究者だって」
僕の愚痴を、北辰さんは完全無視で受け流す。

「でも、失敗した様ですね。クリムゾンの爺さんの方はどうするんです?」
「そんな物、こちらの都合が優先するに決まっておろうが。
 孫娘のたくらみは調べた。これを渡せば面目は立つ。
 それ以上の事は、してやる義理はあっても義務はない」

やれやれ、この人、強敵が相手だとすぐこうだから。
普通、自分の娘を捨て駒にして敵の力をどうこうしようなんてしないよ。
それはそれで、僕にとっては都合がいいかもしれないけど。


【ピースランド城内アキト用客室:アカツキ・ナガレ】

ソファに座り、向かい合う僕達。

「アカツキ……、何の用だよ」
「まずはね。
 僕が何故あの場に居たのか、気にならないのかい?」
「別に。実はお前がどっかの金持ちの息子だったとしても、俺にはあまり関係無いし」
へぇ。本当、お人好しだね君は。

僕が呆れ半分感心半分な感想を思っている中、テンカワ君の表情が暗くなる。
「彼女、あんなに怪我して。彼女が生きていたのは幸いだったけど」
「傷自体は大した物で無いし、眠っているだけだって診断だろう?」
「でも、俺がラズリちゃんの所に居たら、ああはならなかった」
「そしたら、僕達の方が危険だったよ。だからその事は気にするな。
 気にしてるんだったら、彼女が目を覚ましたら謝るんだね。
 ま、きっと彼女も同じ事を言うと思うよ」
「……わかった」
まだ落ち込んではいるが、それなりに納得はできた様だ。

「でも、あの時僕が言った事の方は覚えているんだろうね。
 あっちの方は気にしておきなよ」
テンカワ君は、どうも一つの事に拘りがちなので、これも念を押しておく。
「ああ」
僕の言葉に、彼は真剣な表情で頷く。

さて、叩いてばかりじゃあれなので、そろそろ話を変えようかな。
「でもさ、よく気がついたよね」
「俺もそう思う。あの時偶然窓の外に目をやらなかったら、気づかなかったはず」
うーん、偶然の神様ってのは凄いね。
でも、それならもっと良い偶然、幸運が欲しいよね。
こう紙一重で強引だと、からかわれてるとか、遊ばれてるんじゃないかって思っちゃいそうだよ。
そんな事無いはずなんだけどね。
……まあ、いいや。

「用件はもう一つ有るんだよ」
僕は部屋に備え付けの呼び鈴を振る。
ちなみにこれ、見かけはベルだけど中に発信機が入ってて、メイドさん達にちゃんと伝わる様になってるんだってさ。
こういう、手間掛けた格好付けがこの国のお城らしくて、いいよね。

「今日のお礼だよ」

メイドさんに持ってきてもらったのは上質の赤ワイン。
「僕がライバルにこういう事をするのは、まず無いんだからね。
 君の給料数ヶ月分にも当たる奴さ。味わって呑んでくれ」
喜ぶかと思ったが、テンカワ君は酒瓶と僕の顔を見比べ、黙り込む。
「どうしたんだい?」
「……俺、まともに酒飲んだことないんだ」
テンカワ君の困りきった顔が、妙につぼに入った。
「くっ、あっははははははは」
「笑うなよ」

しょうがないので、飲み方を教えてやるのも兼ね、僕はグラスを二人分用意する。
やはり、美味い物はより美味く飲んで欲しいからね。

「じゃ、乾杯だ」
「でも、何にだよ」
「今僕達が皆この時を生きている事と、これからの未来のために、ってのはどうだい?」


……二十分後。

酔いつぶれてしまったテンカワ君。
彼の口から、こんな言葉が漏れた。

「……ありがとうな、アカツキ……お前が居なかったら、俺は……。
 俺はお前みたいな友人が居て、幸せだ……」

やれやれ、酒の上とは言え、なんて事を言ってくれるのかねぇ君は。
そんな事を思いつつも、僕の口元は喜びの形を表していた。


【ピースランド城内ラズリ用客室:ホシノ・ルリ】

控えめなノックの音の後、部屋に戻ってきたあの和風メイドさんが、声をかけてきました。
「ルリさま、ラズリさまが心配ですか?」
「ええ、もちろんです」
「なら、良い方法があります」
にこにこと微笑みつつ人差し指を立て、彼女はなんと、こんな事を言い出しました。

「眠りを覚ますのには、お姫様のキスってのがお約束ですよー」

「いきなり何を言い出すんですか?!」
私が声を荒げても、彼女は答えた様子も無く、言葉を続けます。
「あはー、しても何も悪くなる事が無いなら、した方が良いと思いますよー」
言い終えた和風メイドさんは、ラズリさんをちらりと見てから、私に微笑みかけています。
私もラズリさんをちらりと見てみます。
彼女は昏々と眠り続けたまま、起きる様子がありません。

……確かに。

「あの、恥ずかしいですから……」
「はい、失礼しますね」
にこにこと微笑みながら部屋を出る和風メイドさん。

何だか、いい様に操られている気がしますが。
でも、やると決めたんですから、してしまいましょう。

目が覚めた時、ラズリさんであると信じてます。
だから早く、目を覚ましてください。

心の中で呼びかけつつ、彼女へ自身の顔を、唇を近づけようとする。
……なのに。
私がラズリさんに覆い被さった時、開かれる目。

「ルリ……ちゃん?」

私をそう呼ぶなら、ラズリさんですね!
嬉しくなると同時に、今の状態に気がつきました。
これは、姉の寝こみを襲う妹の図、という状態じゃないでしょうか。

「あ、あの、これはっ?!」
「……んー、今日はお仕事午後からにする……アキトにそう言って……」
とろんとした目のままそう言った後、目を閉じ、ベッドに潜るラズリさん。
寝ぼけてるんですか……って、今の台詞、どういう意味ですか?!

慌てて彼女の肩を揺する私。
「ラズリさん、ラズリさん、起きてください!」
「んー、もう食べられないよう……」
「テンプレートな寝言言ってないで、起きてくださいラズリさん!!」
「構いません……発射しちゃいましょう……」
「今度はなんですか?! 訳のわかんない事言ってないで起きてください!! ラズリさん!!!」
「……え? ルリちゃん?」
いきなり跳ね起きるラズリさん。

「ルリちゃん、彼女はどうしたの?!」
「彼女は逃走して、行方知れずです。
 それより、アキトさんにそう言ってって、どういう事ですか?!」
私が聞き返すと、ラズリさんはきょとんとした顔になりました。
「え? アキトにって、なにそれ?」
「ラズリさんが今、寝言で。覚えてないんですか?」
こくりと頷く彼女。

……本当に覚えてないみたいですね。
まあ、ならいいです。話を変えましょう。
こっちの方が重大だと思いますから。

「ところで、あの枝織さんについて、「北辰」は何か知っていた気がしますが。
 彼女を北斗、とか呼んでいましたけど」

あの枝織さんは、何か不自然な感じがしました。
純粋なんですけど、元あった色を抜き取り、何も混ざらない事で出来た、色の三原色の白のような雰囲気。
ラズリさんは、さまざまな光が交じり合い、全て強められた事で出来た、光の三原色の白のような雰囲気。
だから、ラズリさんと枝織さんは、似ていてもその性質は全く逆の物になっている、そんな気がします。

ラズリさんは私の言葉に、考え込みます。
ですが、眉を顰め始めたと思うと、顔色が悪くなってきました。
「どうしたんです? ラズリさん、大丈夫ですか?」
「……うん、大丈夫。ちょっと酷い「記憶」で気分が悪くなっただけだから」
手の甲で額に滲んだ脂汗を拭った後、彼女は私を見つめました。

「あのねルリちゃん。聞いてくれる?
 「記憶」に枝織ちゃんの事、ううん、枝織ちゃんの元々の人、北斗さんについての「記憶」があったんだよ」
語られた北斗さんについての情報は、こんな物でした。

北斗さんというのは、なんとあの北辰の子で、彼を片目にした人物で。
そのあまりの強さと、人に付き従う事を厭い反逆する性格ゆえ、今まで幽閉されていたそうです。

「北斗さんは強い相手と戦う事を望む一匹狼の武人だから、またボクに、いや「北辰」に戦いを挑んでくると思う」
「勝てるんですか? その、北斗さんに。「北辰」の事も有るでしょう」
私が聞くと、彼女は溜息をつきました。

「勝ち負けで括るのは嫌なんだけど」

その言葉と共に、またベッドに横になる彼女。
暫く黙り込んだ後、何かを考えている顔で、私でなく、天井を向いたまま呟き始めました。
「ねえ、ルリちゃん。ボク達枝織ちゃんとお話したよね。
 でも、枝織ちゃんは本当は居ないはずの人で、北斗さんが意識を取り戻したら、居なくなっちゃった訳で」
言葉をそこで切り、ラズリさんは右手を持ち上げ、パイロット用IFSの紋章を見つめました。

「一つの体に双つの心、か」

数秒の間。
一瞬だけ私を見、また紋章に視線を戻す彼女。
そして、一言。

「勝たなきゃならない事なんだろうね、これは」






【ピースランド城内ラズリ用客室:nobody】

深夜。

その部屋は、ベッドの上で一人の少女の寝息が聞こえるのみ。
しかし、その時。
少女がびくりと体を僅かに震わせる。

数瞬の間。

ゆっくりと少女の右目のみが開かれる。
同時に口から流れ出る呟き。

「北斗……か。目的はただ一つだけと思っていたが、二つ目が出来たのかも知れぬな。
 ならば、この体を、早く……」

呟きが小さくなり消えていくのと合わさるかの様に、右目が閉じる。

部屋の情景は、何事も起きていなかったかの様。
ベッドの上で一人の少女の寝息が聞こえるのみ。
少女は何も気づかず、眠っている……。







【後書き:筆者】

第十八話Cパートです。

……えっと、枝織、出しちゃいました。
予定では時ナデキャラは出す気無かったんですけどねー。
ですが、敵、直接障害となるキャラが北辰しか居ないんですよ。
なのにこの話の北辰は色々としがらみが多いので、つい。

TV時で木連側のほかのキャラ、戦闘で今一つ華が無いんですよ。やり方次第だとは思うんですが。
……キャラ情報無さすぎるぞ六人衆! へたれっぽいぞ三羽烏!
何となく、時ナデで北斗や優華部隊、ブーステッドマンが出たのはこんな理由かなぁとか思ってしまいました。

それで、完全オリキャラでいくよりは、アクションの投稿作品ですし、わかりやすく受けがよいかなと。
一応、ラズリと北斗の似て非なる関係、ラズリと枝織、「北辰」と北斗の対比、これも面白そうだというのも理由なんですが。

ですけど、読んでわかると思いますが、ちょっと設定弄ってます。
「北斗っぽい人」「枝織みたいな人」に成り下がっちゃってるかもしれませんがご容赦を。

しかし、何か時ナデキャラ自己主張激しいです。
以後登場予定もないのに出てきたアクアのお付きの黒服サングラスとか(苦笑)
これはもうさすがに優華部隊とか登場させる気無いです。

他にも色々と出す予定のない人が出てきて、話がぐんぐんでかくなってきてて。
基本的にラズリ達の内面の話だから、ぶっちゃけ戦争の行方とかはどうでも良いんですけどね……。
結構困ってます。自分で蒔いた種だから仕方ないんですけど。


あ、後、ピースランドのメイド姉妹達の事は気にしないでください。
再登場の予定もありませんし(苦笑)


次回(第十九話)はちょっと間が空きそうです。お待ちいただけたら幸いです。
それでは。

 

代理人の感想

おおおおー。

いや、北斗登場以外にも突っ込む場所、考える場所が多すぎて何がなんだか。

つーかラズリって本当に何者なんでしょうねぇ。