第十九話 Aパート

【???:???】

私は、夢を見ていた。

夢の中で、私は愛するあの人の影を追う。
なのに、やっと出会えたあの人の命の灯火は、今にも潰えそう。

あの人が燃え尽きようとするのを、横で見ているだけなんて耐えられない。
だから私はあの人へ向かって精一杯両手を伸ばす。
でもその手は届かない。

あの人の姿が消え、私は闇へと堕ちていく。

それでも私は手を伸ばし続ける。
胸を貫く痛みをこらえながら、愛しいあの人へ、想いよ届けと伸ばし続ける。

【ナデシコブリッジ:アオイ・ジュン】

「ユリカー、この書類なんだけど……?」
僕がブリッジに入ると、ユリカが艦長卓に突っ伏して寝入っていた。
少々の呆れを軽いため息と共に吹き飛ばし、僕はユリカを優しく揺り起こす。

「交代の時間になったら部屋で寝ていいから。だからここは起きて。ね」
呼びかけでユリカは目を覚まし、顔を上げた。
でもぼーっとした顔のまま、周囲を見まわしている。
……寝ぼけてるのかな。

「ユリカ、どうしたの? ちゃんと起きてる?」
声を掛けると、視線が僕の上で止まった。
「……あ、ジュン君……だね。だから、えっと、今は、うん、何でもない、大丈夫、平気」
よくわからない断片的な言葉を呟きつつ、うんうんと頷き出す彼女。

「しょうがないなぁ。ユリカは」
ユリカは寝起きがあんまり良くないんだ。
僕は何度か彼女を迎えに行った事があるから、知ってるんだけど。

「目を覚ますため、食堂行って軽く何か食べてくる?」
この時間なら食堂にはテンカワが居るはずだ。ユリカの目を覚ますにはあいつと会わせるのが一番だろう。
思った通り、食堂の単語が出た瞬間、彼女のテンションが跳ね上がった。
「え、いいの?! この時間ならアキト居るよね!
 じゃあジュン君、悪いけど後よろしくー!!」
「はいはい……」
ため息混じりの返事をしつつ、走り去って行く姿を見送る。



「ほーんと、良い人って感じよねぇ」
その時、いきなり後ろから声が掛けられた。
声を掛けてきたのは艦長席の一段下、操舵席に着いていたミナトさんだった。

「い、いつからそこに?」
「最初っからいたわよ。気づいてなかったのぉ?」
どう見ても気づいてなかったのをわかってて聞いてますね。

「あのですね、ユリカが寝てるなら起こしてくださいよ」
照れ隠しの成分も入っているのも感じつつ、彼女に注意をする僕。
それを見抜かれているのか、彼女の表情は変わらず、いやむしろ楽しげになって行く。

「ちょっとぐらい良いじゃない。疲れてるのよ、彼女。
 知ってた? 彼女最近艦内を走り回って色々噂話してるの」
うん、それは知っている。
そのせいか、木星蜥蜴が人間だったってわかったのに、艦内の士気が全く落ちてなかったりするんだ。
でも、向こうと話せばわかるとか、何とか仲良くしてみようだとか、そういう方向に艦内の意識が向かっている様な気がするのは、戦艦としてはちょっと拙いんじゃないか、なんて思ったりもしつつ。
でも、嫌ではないと思ってしまうのは、このナデシコの特性のような物だろうか。

「あたしやイズミの恋愛話を肴にしてるのよねぇ。思いっきりラブでしかも悲恋話っぽく演出しちゃって。
 そりゃ、応援するとは言われたけどねー。
 もう、ありがた迷惑って言うかなんというかさぁ……」
口ではそう言いつつも、悪意ではなく照れ隠しであるのは、表情から見て取れた。
つまりこれは惚気みたいな物な訳で。

「やっぱり、自分の恋愛が皆に祝福されると嬉しいですか?」
「あうっ、ちょっと、まだ成就した訳じゃないんだし、そういうの止めてよぉ」
突っ込みを入れたら、彼女の顔が真っ赤になった。
……照れまくっている顔、何だか妙に新鮮かも。

「そ、それよりジュン君、貴方艦長の事好きだったんでしょ?
 アキト君の所に彼女を行かせる様な真似して、平気なの?」
反撃なのか、少々答えにくい質問が飛んできた。
不用意に突っ込みを入れた自分の迂闊さをちょっと呪う。

「僕はもう、ユリカが幸せなら良いんですよ」
暫く考え、そう言った瞬間、操舵席の隣のオペレータ席がくるりと回り、声が上がった。

「どうして、そんな事が言えるんですか?! 僕にはとても信じられません!!」
……あ、ハーリー君も、居たんだ。

「好きな人が喜びながらその人の所へ行くのを見送るなんて僕には出来そうに無いです!
 それどころか、僕だったら、目にしただけでショックで訳わかんなくなって逃げ出しちゃうと思います。
 どうしてなんですか?」

真剣な顔でこっちを見つめているハーリー君に対し、何と答えるべきかと、考える。

「あくまで、愛情、なんだよ。
 家族愛や兄妹愛に似たようなものかな。
 幸せで居てくれるなら、それでいい、って事。傍に、一緒に居なくても別に良いんだ」

木星蜥蜴の正体がわかった時に、テンカワを止めたユリカをみて、僕は、負けたって思ったんだ。
はっきり負けがわかるまでは負けじゃないって、諦めなきゃ何とかなるって、そう言う人も居るけど、それは逆に言えば、自分が負けたってわかったら、諦めたら、もうおしまいだって事。
自分の中にそんな感情が沸いてしまった事を否定しようとしても、事実は変わらない。だから。
既に負けているのをごまかして行動しても、見苦しいだけなんだ。

それに、確かにショックだったけど、僕の中でそれほどの激情にはならかったんだ。
代わりに浮かんできたのはこんな感じの、どちらかと言えば喜びの感情。
「ああ、これでも良いや、ユリカ、幸せそうだし」という感覚。

「自分が好きな人と一緒になって、共に幸せになりたいと言うのはわかるさ。
 僕も暫く前まではそうだったから。
 でも、好きな人が幸せになるのを影から応援する、そんな愛情もあっても良いと思わないかい?」

返答を聞き終えたハーリー君は俯いて、暫く考えていた。

「まだ、僕にはよくわかりません」

「それでもいいんだよ。いや、ハーリー君ぐらいの年ならこんな事考えないで、もっとどんどん行くべきさ。
 こんな事言うのは、僕にはそれが出来なかったせいもあるのかもしれないけど」

「そうね。ルリルリはまだフリーだし、彼女狙ってる男は居ないし、ここはやっぱり押しの一手よね」
黙って聞いていたミナトさんも、彼に声を掛けてくれた。

「は、はい、がんばります!」

僕達の言葉に顔を上げ、ハーリー君はしっかりした返事をしてくれた。
纏まったと思った、その時。

「でもちょっとあきらめよさ過ぎるよねー。リョーコはどう思う?」
「オレとしてはもうちょっと副長に頑張って欲しいんだけどなぁ」
「私はハーリー君応援したいんですけど」
「丸い物を見て驚く……おー、えん! ……応援。……くくく」
「って、君達も居たのか?!」
パイロットの女性陣が、ラズリちゃん以外勢揃いしていた。
驚く僕の台詞を流しつつ、リョーコちゃんが腕組みをしてハーリー君に声を掛けた。

「とりあえずハーリーはもっと何とかしなきゃなー。もちっと根性つけた方が良いぞ。
 いざという時護ってくれる様な男に、女は弱いからな」
それを受け、他の女性達も騒ぎ出す。
「おねーさんが女性の事教えてあげるってやつねー?」
「大人の階段上る〜。君はまだシンデレラさ〜。……男の子だけど」
「なんか違いませんか? まずは外見からなんてどうでしょう?」
面白半分っぽい彼女達の台詞に、ミナトさんまでが反応した。

「じゃあまずは髪型から変えてみようよ。オールバックなんてのは?」
「あ、なんか良いかも」
「じゃあ次は服装よね」
「その前にお化粧とか、どう?」
「え? え? ええええー?!」

ハーリー君が女性陣のおもちゃになっている。

……とりあえず、頑張れ、ハーリー君。
君はまだまだこれからだから。……たぶん。

【食堂:ホシノ・ルリ】

「メグ姉さん、このクッキーどうですか」
「わ、美味しいー。あなたが作ったの?」
「そうですよ。私、メグ姉さんのために作ったんですからね、このチョコクッキー。
 ……ミカコとかも作ってましたけど、あの子、出来るなりどっか走って行っちゃったんですよね〜」
「私のため……。ありがと、ジュンコ」

食堂の奥の方のテーブルで、メグミさんとジュンコさんが、ジュンコさんお手製のクッキーで盛り上がっている様です。
カウンターにいる私とラピスの所まで楽しそうな声が聞こえます。
でも、別にうらやましくないです。

「やっぱりここのオーブンは、しっかり生地が焼けるなぁ」
厨房でオーブンの小窓を覗きつつ、ラズリさんが嬉しそうな声を上げました。

今日は、ラズリさんがラピスと私にチョコケーキをご馳走してくれるんですから。
隣に座っているラピスも、あまり顔には出てませんが嬉しいらしく、フォークをぐーの手で持って小刻みに振りつつ待っているのが、何だか微笑ましいです。
そう言う私も、実は結構嬉しかったりします。
ここ暫くいろいろな事があったせいで、ラズリさんに料理を作ってもらうのは久しぶりですし、私も少女ですから、甘い物は大好きだったりしますから。

「美味しい美味しいアキトのごっは〜ん♪ ……あれ、何だかいい匂いがするね〜」

そこへ何やら歌いつつやってきた艦長が、匂いを嗅ぎ取ったのか、ふんふんと小鼻を動かした後、聞いてきました。
「ラズリちゃんがケーキを焼いてるんだよ」
料理の下ごしらえをしつつ答えるアキトさん。
実はアキトさんも、食堂の仕事のために厨房にいました。
この時間は食堂の利用者が少ないので、料理人はアキトさんだけ。
利用者が少ないので、ラズリさんが厨房で料理できるんです。

「ふーん、そうなんだー。でも私は、アキトの料理の方が食べたいの!」
「ま、とりあえず悪い気はしないな。で、何が食べたい?」
「アキト特製ラーメン!!」

がしゃんっ!

かき混ぜていたクリーム入りのボウルをとり落とし、跳ねたクリームを頬にくっ付けたまま、慌てた顔で艦長の方に行くラズリさん。
「い、今ユリカ艦長、なんて言いました?」
呼びかけられた艦長は、僅かに首を傾げた後、答え始めました。
「え? アキト特製ラーメンだよ。アキトが苦労に苦労を重ねて作り上げた、すっごく美味しい奴。
 あれ食べたお父様もいちころ……」
不思議そうなアキトさんと驚き顔のラズリさんの顔を見つつ喋り続けるうちに、ますます首を傾げる艦長。
「あれ、なんか変だね」
「なに言ってるんだ、お前。俺は叔父さんにラーメン作った事なんて無いぞ」
「そーだよねぇ。私、なんか勘違いしてたみたい。あはははははっ」
アキトさんの言葉に、艦長がけらけらと照れ笑いして。
「まったく。ラーメンでいいんだな」
「うん!!」
呆れた顔になりつつアキトさんは注文を受け、艦長は嬉しそうに頷きました。
なんか、最近二人仲良しさんですねぇ。

ですけど、やり取りの中には気になる部分があります。

「……あの、ラズリさん? もしかして、艦長が今言った事は」
顔を強張らせたまま、何とかケーキ作りに戻ろうとするラズリさんを呼び止め、アキトさん達に聞かれない様小声で聞いてみました。
「うん、「未来」の出来事なんだけど。何故ユリカ艦長が……」

「「ユリカ」さんの「記憶」が艦長にある可能性は?」
私がそう言うと、ラズリさんは意表を突かれた様に目を見開きました。
「つまりそれは、ユリカ艦長もランダムジャンプに関わってるって事?」

「よく思い出せないけど、あの時、「アキト」は「ユリカ」を助けられなかったはず。だから、跳んできてないと思う」
そこにぼそりとラピスが割り込みました。
ラピスの言葉を受け、頭をつき合わせ、ぼそぼそと密談する私達。
「じゃあ、今の台詞は?」
「「情報」だけ、跳んできた? どこかにバックアップがあった?」
「バックアップ?」
「まさか……遺跡?!」

ラズリさんの声が僅かに大きくなった時、カウンターのもう一つの端、艦長が座っている方からアキトさんの声がしました。
「どうした、ユリカ?」
「え、なんでもないよー。でも、アキトが私の事気にしてくれて嬉しい!」
「ばか。お前のためのラーメン作っているんだから、お前の事気にするのは当然だろ。
 おとなしく座って待ってろ」
「うん!!」
……やっぱり最近仲良しさんですねぇ。

「ラズリちゃーん!! ケーキ生地、焦げちゃうよー!!」
二人の言葉に少し雰囲気が緩んだ時、艦長がラズリさんに叫びました。
「あ、はい!! ……この話は後でまた」
艦長の声に返事をし、私達にこう言い残してケーキ作りに戻る彼女。

「今は、せっかくのケーキ、ちゃんと作っておかないと、料理に悪いからね」

ラズリさんのケーキは、確かに美味しかったです。
でも、仕上げが少し荒くて、動揺が見えました。
こう言うのは何ですが、少し残念です。
いつか、全てがはっきりした時、もう一度皆で彼女のケーキが食べたいです。

……そんな日が来る事を、私は切に願います。

【ムネタケ自室:ムネタケ・サダアキ】

いきなりラズリちゃんが、ケーキの手土産と共にやってきた。

「はい、お紅茶よ。ちょうど良い葉を手に入れたところだったの」
「ありがとうございます」
来客用ソファに座っている彼女にティーカップを渡し、私は対面に座る。

「でも、ラズリちゃんからチョコレートケーキ貰えるなんて、幸せだわぁ」
「日頃お世話になってる義理ですよ」
……やっぱり義理なのね。
でもいいわ、貰えるって事は嫌われてないって事だし、貰えないほど意識されてないって訳じゃないんだから。

「後、ちょっと聞きたい事があるんですけど」
紅茶を一口飲んだだけで、すぐカップをソーサーに戻し、彼女はこちらを見つめている。
なんか大事な話みたいね。

「提督、木連の事みんなにばれて、大丈夫だったんですか?」
なるほど、その話ね。
「あらら、ラズリちゃん、アタシの事心配してくれるんだ?」
冗談めかしつつも、理由を聞いてみる。
「そりゃ、提督もナデシコの仲間ですから」
「仲間……ね。まあいいわ」
前にこう聞いたら思いっきり流されたから、それよりは進歩よね。

「アタシこの事、いざとなったら自分から話す気で居たからね。
 その時の対策もしてあった訳。だからラズリちゃんが心配する事はないのよ」
アタシの返答に、彼女は嬉しげな顔になった。

「そうだったんですか。良かったです。
 この事の責任取らされて解任とかなったら、悲しいですから」

だけど本当にこの娘、いい娘よねぇ。
こんないい年した男の事心配して、わざわざやって来るんだから。

「それじゃ、ケーキ他の人にも渡したいので、失礼しますね」

でも、そのせいで、何だか放っておけないのよね。
彼女、自分を犠牲にしてまで他の人のために何かをしてしまいそうで。

【エステハンガー:ウリバタケ・セイヤ】

「あの、皆さーん、差し入れでーす!」

整備をしている俺達に、呼びかける声が響いた。
呼びかけの主は、ラズリちゃんだった。

俺達が呼びかけを受け、彼女の周りに集まると、彼女は両手に抱えていた大き目の箱を持ち上げて見せる。
「日頃お世話になってる、お礼です」
そう言いながら、俺達が休憩用に用意していたテーブルの上に、手に持っていた箱の中身を広げる。
広げた中身を見た瞬間、整備員達が色めきだつ。

「チョコケーキ! ……って事は?!」
「義理でも良いさ! 貰えるだけで!」
「ラズリちゃんの手作りだもんなぁ!」
「張り切って仕事しようって気になるなぁもう!」
「お前ら、一人一個だからな?!」
「うるせえ、これを食うためなら、俺は鬼にでもなるぜ!」

整備員達が大騒ぎでケーキ争奪大バトルを繰り広げているのを横に、ラズリちゃんがこっちに向かってくる。
「はい、ウリバタケさんもどうぞ」
俺の所にケーキを持ってきた彼女の顔を見て、思い出した事があった。

「ラズリちゃん、ちょっと見て欲しいもんがあんだよ」
「なんですか?」
不思議そうに聞き返す彼女。
「そいつは見てのお楽しみ。このケーキのお返しみたいなもんだ。
 お返しにしてはちょっと早いけどな」

【第三倉庫:ウリバタケ・セイヤ】

そういう訳で、俺は彼女を、個人的に開発している機械が置いてある倉庫に連れて来た。
置いてある機体を目にするなり、彼女は息を呑む。
そのまま彼女はなにも言わず立ち竦んでしまう。
不思議に思い、俺は声を掛ける。

「どうしたんだい、ラズリちゃん?」
「何でもない。目に塵が入った様だ……です」
俺の質問に、困った顔……と言うか奇妙に引きつった顔をして片目を閉じたまま答える彼女。

「そ、そうかい? 洗面所でも行って洗い流した方が良いんじゃないか?」
「気にするな。それよりこれの出来はどうなの……ですか」
なんか変な気がするが、妙に怖い目でこちらを見つめてくる彼女に気押され、解説を始めた。

「いや、まだ基本だけだ。
 ユニット構造になってるお陰で手足は出来ているが、出力系統や各部のバランスは白紙状態だ。
 いくらラズリちゃんでも、今はまだ、まともに動かせないよ」
「……そうか」
落胆した彼女に、制作を始めてから気になっていた事を聞いてみる事にした。

「だけどな、お前さんにもらった図面、そのままのもんが出来たとすると、そいつは普通操れないと思うんだよ。前の機体、ブラックサレナだってかなり無茶だと思ったんだが、こっちはお前さんでも無理なんじゃないのか? 
 俺に言わせてもらえば、人が乗って敵と戦える機体とは思えねぇんだがな」
そう言った瞬間、彼女の表情が強ばった。
「だから俺は、このまま作って良いのかどうか、聞こうと思って呼んだんだ」

俺の質問に、彼女は軽く目を細め、暫く黙っていた。
が、とうとう口を開いた。

「……ある所に、強さを追い求め闇の世界に生きた男が居た。

 ある時男は、とある男に出会った。
 奴は男と相対しても生き延び、何度でも立ち塞がってきた。
 執念でか、立ち塞がるたびに強さを増して。
 いつしか男は、その男を宿敵と認める様になった。
 その執念で、その男はとうとう、男を倒したのだから。

 男はその決闘に倒れた。
 だが一命は取りとめた。
 ゆえに、再び決闘を挑んだ。

 戦闘で明らかに負けた様に見えても、生きていれば負けではない。
 見苦しかろうが、諦めが悪かろうが、本人が負けたと思わねば負けではない。
 男は、宿敵と認めた男からそれを学び、それゆえ最後の勝負を挑んだ。
 これは、その時男が乗っていた機体」

誰かを思うかの様に、数瞬言葉を止め、また言葉を続ける。

「男を思うがゆえに、そのまま作りたい。
 ……が、いくらなんでも、この体では無理だろう。
 修正の必要がある……んです」

言い終えた彼女が、こちらを見ている。
だが俺は、いきなり長々と語られた事に驚いていた。
黙っている俺を見、僅かに片眉を動かした後、彼女はちょっと前かがみでこちらを見上げ、聞いてくる。
「どうだ? やってくれる……くれますか?」
ああ、そうか、驚いたのはそれだけじゃないんだ。

「ラズリちゃん……? もしかして、記憶が?」
語りすぎたと思ったか、彼女は僅かに表情を揺らした。
「少しだけだ。テンカワ・ラズリの記憶は、全くない……」
そう言って俯き、黙り込む。
彼女の表情はうががえず、周囲に気まずい雰囲気が漂う。

だが、俺が何か慰めの言葉を言おうとした時、彼女は顔を上げ、周りを見回した。
「えっと、あれ……? これ、図面通りの機体ですか?」
少し首を傾げ、何事も無かったかの様に話を変えてきた彼女に安堵しつつ、俺は答える。

「いやだから、まだ基本だけだって。このまま作って良いのか聞きたくて呼んだって言っただろう?」
「あ、そうなんですか」
安堵と落胆が混じったような、複雑な表情をしながら、考え込むラズリちゃん。
暫く後、こっちを向いて口を開いた。

「やっぱり、この機体は必要になるかもしれませんね。
 でも、このまま作るのは怖いんで、色々修正したいんですけど」
「いやまぁ、修正するのはやぶさかじゃねぇんだけどさ……」
なんか、台詞が変だよな。まあ、さっき口を滑らしたのをごまかそうとしているだけかも知れんが。

「まずは装備ですよね……」
彼女の修正案を聞きながら、それでも浮かんでくる不安感に、俺は、真剣な顔で彼女にこう問うた。

「なあ、ラズリちゃん。
 もしこれに乗ったとしても、ちゃんと帰ってきてくれよ。
 俺は、乗った奴を死なせるような機体は作りたくねぇんだ」
俺の言葉に、彼女は驚いた様に目を見開いた。

「……ええ、約束します」

数瞬の間の後、微笑みと共にしっかりした答えが返ってきた。
それを受け、俺は頷き返す。
「よし、ならOKだ。
 となると、あとは修正についてだよな。
 俺はこんなの考えてたんだが」
「またそういうのですか? でもそういうのの方が安全な気も……」
修正案を出しつつ、ふと気づく。

「そういや、目のごみは取れた様だな」
「何の事です? それより装備はこんな感じで……」

      ・
      ・
      ・

「さっきから気になってたんですけど、あっちのは何ですか?」
結構時間を掛け、話が一段落した時、彼女は声を上げた。
「ああ、それかい?
 俺が趣味で作った、グラビティブラストを装備したエステバリス、名付けて『エクスバリス』だ!」
「へぇ、凄いですね!」
「でもこれ、欠陥があんだよ」
誉めてくれるラズリちゃんに、苦笑しつつ答える俺。

「発射のエネルギーに耐えきれなくて、撃ったら間違いなく機体は半壊してパイロットは大怪我、悪くすりゃ爆発して死亡だな」
「そうですか……」
「これでも、ラズリちゃんにもらった図面のおかげで結構改良できたんだが、サレナとかの機体作成に時間を取られてな」
俺がそう言った瞬間ラズリちゃんの表情が曇ったのを見て、慌てて言葉を繋げる。
「まぁこっちは趣味で作ったんだから、文句言ったり言われたりする筋合いはないんだがね」

だが、この言葉に対する返事は予想外の方から来た。

「自分のお金からでしたら文句は言わないんですけどね」
「なるほど、こんな物作ってたんですか、ウリバタケさん」
「やっぱりラズリちゃん、隠れてこんな事もしてたのねぇ」

「プロスさんにユリカ艦長に提督まで! どうしてここに?」
声の主達を見て驚くラズリちゃん。
「アンタの事がちょっと気になったから調べたの」
「ウリバタケさんが多額の予算を使い込んでいる様でしたので、話を聞きに来たんですよ」
プロスの言葉にあせっている俺を尻目に、ラズリちゃんは彼等に質問を掛ける。

「使い込みって、こっちの機体は話を通しておいたんじゃ?」
「はい、ラズリさんの方は新機体開発として予算をつけてます。ですが」
「エステバエックスの方は彼の独断だったって訳よ」
「だったらボクが会長に話をつけてきますよ」
「それはだめ」
「そうですねぇ、会長、調子に乗りますからね。
 ま、それもありますから、ここで内密に済ませましょう。幾つか聞いておきたい事もありますし」

サレナとか作る費用が、予想より楽に調達できてたのは、やっぱりラズリちゃんが色々動いてやがったのか。
侮れない娘だよ。

……おっとっと、驚いてる場合じゃねえ。俺も話に入っておかなきゃ。
「あの機体の名は、『エクスバリス』だ! エステバエックスじゃねぇ!
 欠陥だって、予算が足りないだけで、バイパス部に適した材料が手に入れば、何とかなるんだからな!」
「では、そこら辺も含めまして交渉を……」

でも、俺が本格的に話に入ろうとした時。

「ところでウリバタケさん。こんなこと出来ますか?」
艦長がさりげなく俺の傍に寄ってきて、質問をした。
「ん、それ自体は動作を連携させとけば良いだけだな。
 だけどそれじゃ、欠陥の解決にはなってないぞ」
「それでも、すぐそうしといてください」
珍しく真面目な顔で、艦長がこちらを見つめている。

「艦長、一体何考えてるんだ?」
俺が疑問に思い聞いてみると、片頬に人差し指を当て、ちらりと会話に没入している提督達を見た後、にぱっと笑ってこんな返答をしてきた。

「この艦の人は熱血な人ばっかりですし、何かあったらいけませんから!」
それは、熱血物でよくあるネタを実行する馬鹿が出るかもしれないって事か?

「後、もし必要になった時、あれが言えますよ、ウリバタケさん」
く〜っ、昔ラズリちゃんにも言われたけど、俺はそういうのに弱いんだよ〜。
本当、この艦の女性達は、侮れない娘ばかりだなぁ。
……それが、面白くもあるんだが。








【中書き:筆者】

第十九話Aパートです。

……今回はバレンタインデーなんだろうか?
下手に確定にすると時間軸があれなんで適当に想像してください(笑
こう暑いのにこんなネタだと、上手く乗りきれなかったせいもあるんですが(苦笑

では、また次回に。

 

 

 

代理人の感想

うわははは、そうか、こうやって「いざというとき」に備えてるんだな、世の真田さんは(笑)。

 

しかし、記憶の混乱がユリカにまで及ぶと言うのは・・・A級ジャンパー全員になんかのリンクができてるのかな?

だとしたらいつの時点で?

うむう。