第二十話  Bパート

【???:???】

私は、夢を見ている。

夢の中で、私は愛するあの人の影を追う。
なのに、やっと出会えたあの人の命の灯火は、今にも潰えそう。

あの人が燃え尽きようとするのを、横で見ているだけなんて耐えられない。
だから私はあの人へ向かって精一杯両手を伸ばす。
でもその手は届かない。

あの人の姿が消え、私は闇へと堕ちていく。

それでも私は手を伸ばし続ける。
胸を貫く痛みをこらえながら、愛しいあの人へ、想いよ届けと伸ばし続ける。

ああ、それなのに。
この手は愛しいあの人の元へ届かない。
手に触れるのは、どうでもいい、欲しくもないかけらばかり。

でも私はあきらめない。
だって私は気づいたの、このかけらの使い方。
ほんの小さなかけらだって、砂粒のような物だって、うまく使えば大岩も動かす事ができる。
だから私は、無限とも思える数多の世界でそのかけらを使い続ける。

私は、夢を見ている。

あなたの元へたどり着けるという夢。
もうすぐよ、愛しいあなた。



【ゆめみづき内艦橋:月臣元一朗】

「ユキナ嬢を内密交渉の使者に?!」

上司に白鳥ユキナ嬢をゆめみづきに来させた件を抗議しようと通信を繋いだとたん、こんな事を言われた。

「月臣君から和平なんて言葉が出るとは思わなかった。ちょっと嬉しい驚きよね。
 だがしかし草壁殿を説得するにはまだ弱くてね。
 しかも南雲殿や北辰殿を中心とする武闘派の問題もある。
 地球側の旗印の一つである撫子に向かわせるに、白鳥君の事もあってちょうど良いと思ったのよ」

和平。その言葉はこちらの胸を躍らせる面を持っている。
理由にイズミさんの存在があるのも、疑い様はない。
無論それだけではないというのも理解している。

「あと月臣君、北斗君が君達の船に乗せられたでしょう。
 色々と大変だと思うし、私の部下を一人回したわ。もうそろそろ着くからよろしくね」

極上の微笑を残しつつ、通信が切れた。

まるでそれと拍子を合わせたかのように、部屋の扉が開く。
そして入ってきたのは、長い艶やかな黒髪の女性士官が一人。

「紫苑零夜少尉、ゆめみづきに転属になりました。以後ご指導お願いいたします」
敬礼の後、彼女はわずかも相好を崩さず生真面目に立ち続けている。

彼女の名には聞き覚えがあった。記憶の内からその覚えを掘り起こし、問いかける。

「北斗殿の幼馴染と言うのは、君の事か?」

「……はい、そうです」
彼女は少しだけ寂しそうに答えた。
少々疑問に思ったが、上司の推薦でもある事から、その時はあまり気にしなかった。
なぜなら、今重要なのは北斗殿の事だからだ。
ゆえに、彼女がここに居る必要はないため、退出させ、北斗殿の所に向かわせる。

この時自分は、これで北斗殿の件は楽になる、と思ったが、結局はそうならなかったのだった。


【ムネタケ自室:ムネタケ・サダアキ】

いきなり小娘艦長が、ケーキの手土産と共にやって来た。

「はい、お紅茶よ。ちょうど葉っぱ切らしてたから出がらしだけどね」
「うわー、なんか露骨に態度が違いますね」
来客用ソファに座っている彼女にティーカップを渡し、私は対面に座る。

「単なる偶然よ。で、何の用なの?」
「えっとぉ。あ、これフタバ屋のレアチーズケーキです。私、ここのケーキ好きなんですよ」
紅茶を一口飲んだだけで、すぐカップをソーサーに戻し、彼女はこちらを見つめている。
珍しく、なんか大事な話みたいね。

「木連との和平の事なんです」
なるほど、その話ね。
「お父様の方にも相談したんですけど、やっぱり、こんな大変な事お父様一人じゃ難しいですし、提督にも協力をお願いしたいんです。
 提督はこの事以前から知っていたそうですし、知恵を拝借できたらと思いまして」
話を聞き、アタシはどうするべきか考え始めた。

和平とかそういう事、下手に上層部に伝わると面倒な事になるわよね。
どうも最近の情勢からして、ナデシコは戦意昂揚等の広告塔な面があるから。
この娘、艦長を下ろされたりして。

「で、もっと扱いやすい娘を艦長に据えるってわけですね」
「そうね、でも先日の軍への編入の事もあって、また上から押し付けると面倒だから、表向きはもう少し柔らかい方法を取るでしょうけど」
「たとえば、ミスコンのふりをした新艦長コンテストとかですかぁ?」

……何を言ってるのかしらね、この小娘は。

「ほほほほ、面白い事言うわね」
「あははは、そうですかぁ」
「おほほほほほほ」
「あはははははは」
暫く笑った後。

「ていっ」
べしっ。

「あいたぁ」
「そんなことある訳ないでしょこのお気楽艦長!」
額を痛そうに抑える彼女に叫ぶアタシ。

「だってナデシコは広告塔の面もあるし、スポンサーとか、世間へのアピールが必要じゃないですか。
 だったらそんな事やってもおかしくないでしょう?」

……ある意味ではありえそうな気もするのが怖いわね。
ま、それはともかく。

「とりあえずあんたがここに来た訳は了解したわ。
 でもあなた、和平って本当にうまく行くと思う?」
あたしがこう聞いたとたん、小娘艦長の表情がすっと真面目な物に変わる。

「うまく行く、じゃなくて、うまく行かせるんです」
へぇ、こんな顔も出来るのね、この娘。
「私一人では無理でしょうけど、みんなが力を合わせればきっと可能です。
 だから私は、お父様にも、提督にも、アキトやルリちゃんや他の皆とも、木連の人達とだって話し合いたいと思ってます」

そこまで言って、彼女は極上といっても良いような、すごくいい笑みを浮かべてこう言い放った。
「なんてったって、ナデシコは、『能力は一流』が集まってるんですから、きっとなんとかできます!!」
ふう、理想論ね。でも、意欲はあるようだし、何故か、この娘が言うと何とかなってしまいそうな気がするわ。これが俗に言うカリスマってやつなのかしら。
……アタシには無かった物ね。
だったら、それを手助けしてやるのが人生の先輩としての貫禄よね。
アタシも、この小娘が持たない物を持っているのだから。相談しに来たのがその証拠。
そこまで考えて、少し可笑しく感じる。
なんか、アタシも丸くなったわねぇって。

「……OK、いいでしょ。あんたの頼み、やってあげてもいいわよ」
「え、ほ、本当ですか?!」
嬉しそうな小娘艦長。
だけれども、この娘のそんな顔を見ると、どうも何かアタシのキャラじゃない気がして、ついこんな事を言ってしまう。
「でも、勘違いしないでちょうだい! べ、別にあんたの為じゃないんだから!
 そうよ、これはラズリちゃんのため、あの子が早く戻ってきて欲しいからするんだからね!」
「はい! そうですよね! はい!」
ああもう、その、わかってますから、みたいな笑顔やめてちょうだい!
そう言ってもこの小娘艦長は笑みを崩さないまま、御礼を言って出て行ったのだった。


【ナデシコ内トレーニングルーム:テンカワ・アキト】

ナデシコ全体の傾向としては和平の方向に向かっている。
あの白鳥九十九から自らの妹を和平大使とし、向こうに捕らわれたラズリちゃんも見つけ次第同様の扱いをするといった連絡があったからだ。
しかし、あの北辰という男がいる限り、そう一筋縄でいくはずが無いに決まっている。

だから俺は訓練を続ける。
あの「俺」がやって見せた動作を、俺もできるようにと。

と、そんな中。

「アーキートっ」

いきなりユリカがやって来た。
「ユリカ? いったいどうしたんだよ?」
「はい、これ」
俺が不思議に思い聞くと、ユリカは、なにやら小箱を差し出した。
……お茶と、弁当か。
見た目はまともそうなんだが。
以前ユリカの料理の腕前を身をもって体験した俺は、警戒しつつ観察する。

「なあにぃアキト、どうしたの?」
不思議そうに首を傾げるユリカに、問いかける。
「これ、お前が作ったのか?」
「うん! 愛情込めてお米を砥いで、おにぎりの中の具だって特別製なんだよ」
具の種類を聞いて、俺は驚いた。
「その具って俺が好きな奴じゃないか、何で知ってるんだ?」
俺がそう言うと、膨れるユリカ。
「奥さんは旦那さまの好物ぐらい、知ってるものよぅ」

奥さんって……。
ま、ホウメイさん辺りから聞いたんだろうな。
あの人、パイロットの好みは把握していて、戦闘前には大抵そういうものを出してくれるから。
となると、前の事もあるし、ホウメイさんが見ていてくれたんだろうから、それほどひどいもんじゃないだろう。
覚悟を決めて、俺はおにぎりに齧り付く。

「……まともだ」
驚いた。まともな味だったからだ。
「本当、よかったぁ!!」
喜ぶユリカを見つつ、俺は休憩用の椅子に座って腰を据えて食べる事にした。

……二十分後。

「ごちそうさん。さてと……」
食べ終わり礼を言って立ち上がると、座ったままのユリカから声を掛けられた。
「アキトぅ、どうだった? おいしかった?」
「あ、うん、おまえにしては上手だったよ。まぁ、うまかったといっても良いかな」
「わぁ、うれしいっ!」
いきなり抱きつかれた。
「ちょっ、おまえ、抱きつくな。胸が当たってるんだよ」
背中に触れる柔らかな感触に焦りつつ離れる様に言うと、数瞬の間の後、こんな言葉が返って来た。
「……当ててるんだもん」
なんだよそれ。
とんでもない返しに俺が困惑する中、ユリカは抱き付いたまま俺の耳元で囁く。
「アキトが私の胸好きなのも、ちゃんと知ってるんだから」
ある意味図星かもしれない気もして、言葉に詰まる俺。
くすくすと楽しそうに笑うユリカ。耳元でのその行動がこそばゆい。

だが、次の瞬間。

「ねえ、アキト」
囁かれる言葉の調子が、変わった。
ユリカが発したとは思えない、僅かに低めの艶やかと言っても良い様な声。
俺は驚き、困惑と訳も無い胸の高鳴りに慌てかけた。
でもそれも、次の言葉が彼女から発せられるまでだった。

「何か、隠し事してないかな?」

どきりと、心臓が鳴る。
ある意味では俺は隠し事をしている。そう、あの「俺」の事でだ。

心の奥から何故かわき上がる焦りに、動きを止めてしまう自分。
ユリカはそんな俺の変化に気づいているのかいないのか、言葉を紡ぐ。

「アキトは私の事大好き、って知ってる。
 でもね、そんな事されたら悔しいし、腹も立つの」
どうして今そんな事を言い出すのかよくわからない。
だが、今のユリカが何か妙な確信を持って聞いているのは感じられた。
抱きついてきている腕が、振り払えない。
いやむしろ、抱きついてきたのが俺を逃がさない為だったのかと勘繰ってしまいそうだ。

なのに、俺の焦燥に構わずユリカの言葉は続く。

「私だって女の子なんだからね」
耳元で囁かれる言葉が、棘を持つ茨の様に絡みつく。

「意地悪したくなったり、ひどい事したくなったりしちゃうんだから」
紡がれる言葉と共に、手が首筋に触れ、すっと撫でる。
それは恐ろしく冷たくて、鋭く切り裂かれるかの様。

「ねぇ……、アキトは私が大好きなんだよねぇ……」

な、なんなんだよいったい。
今俺の後ろに居るのは、本当にユリカなのか?

からからに渇いた喉に息を強引に流し、顎にへばり付いた舌を無理やり動かす。
「……どうしてそんな事を聞くんだよ?」
言葉を発した時、絡みついた腕が僅かに緩んだ気がした。
その瞬間、全力で振り向く俺。

だが、振り向いて見たユリカの表情は、予測していたのとはまったく違っていた。

「あ、れ……」
嫉妬が現れたきつい顔か、下手をしたら夜叉のような恐ろしい目つきをしているかもしれないと思ったのに、ユリカの表情は、泣きそうな、子供が必死で縋り付いて来るような、そんな表情だった。

「ラズリちゃん、記憶喪失でしょ。
 それで、アキトは彼女のためにこんなに頑張ってる。
 だから心配になっちゃって」

そこで彼女は言葉を止め、数瞬の間、じっとこちらを見つめる。

「もし私が記憶喪失になって、アキトの事忘れちゃったら、どうする?
 これ幸いと別の女の子になびいたりしない?
 たとえば、エリナさんやイネスさんとか、あとは、ルリちゃんとか」

少々呆れつつ言い返す俺。
「俺はそんなもてないんだから、そんな事あるわけないだろ。
 大体なんでそこでエリナさんやイネスさん、ましてやルリちゃんが出て来るんだ?」
彼女は俺の発言に対し唇を尖らせる。
「頑張ってるアキトはかっこいいもん。
 だからみんなが好きになってもおかしくない」
おいおい、それは贔屓の引き倒しというか、大げさすぎるというか。
「エリナさんやイネスさんは男運悪そうだもん。
 アキトみたいな人がいたら、逃さないと思うの」
なにげにひどい事言ってるな、こいつ。
「今は私みたいな素敵な奥さんが居るからいいけど。
 ああいうタイプは、悪女の深情けって言って、いろいろあるんだから気をつけてよアキトぉ」
ちょっと言いすぎじゃないのか?
俺が頭の中で埒もない感想を言っていると、ユリカはぎゅっと俺の手を掴んだ。

「だからアキト、浮気しないでね」
「まあ、今までこれだけ迷惑かけておいて、忘れちゃったから知りませんなんてわけにはいかせないぞ。きちんと借りを返してもらわないとな」
直球で言うのは気恥ずかしい訳で、ついこんな表現になってしまった。
俺の言葉を聴いたユリカは、ちょっと不思議そうな顔で考えだす。
「うーん、そっかあ。……うん、そうよね、アキトは私が大好きだもん!
 えへへぇ、アキト、私頑張るからねぇ」
そのままうれしそうに笑いながら去っていく。

なんだかなぁ、またあいつとんでもない思考の展開したんだろうな。


【シミュレーションルーム:ホシノ・ルリ】

「まだ遅い。一気に制圧しないと、残っている機体が止められない」

「未来」の私は、どうやって一気に制圧したんでしょう。
しかも、制圧するのは目的の第一段階、この先の方がもっと大変だというのに。
道程の遠さにわずかに挫けそうになる。
でも、負けられない。彼女を助けるためなんだから。

私が思いを新たにしつつ、再び特訓を続けようとした時。

「ルーリーちゃんっ」

いきなり艦長がやって来ました。

「何の用ですか、艦長」
「見回りよ。艦長っていうのはね、乗組員が気持ちよくしっかり仕事ができる様にしてあげなきゃいけないんだよ」

……それなら、私の邪魔をせずに、さっさと退散してください。
ついそんな事を思ってしまいます。
でも艦長は相手の気持ちを時々全く読まない人で。
いえ、読みつつ無視してるのかさっぱりわからない所が、この人の困った所なんです。
そんな事を考えていると。

ぶに。

突然、両のほっぺたを引っ張られました。

「いたひです。やめへ下さい。いひなり何するんでふ」
「だめだめ、ルリちゃん、こういう時こそ、スマイルスマイル」
文句を言う私に、にぱっと笑みを浮かべたあと、私の真ん前に顔を寄せる艦長。

「……ラズリちゃんも辛い状況だろうけど、きっとだいじょうぶよ」
そう言った艦長の表情は、顔は笑顔でしたけど、瞳は真剣でした。
なぜかわかりませんが、信じてもいいかもと思わせるような瞳。

……でも。
だからといってそれに乗ってしまう訳には行かないんです。

「艦長は、自分が捕らわれの身になった事が無いから、そんな事を言うんです」
ラズリさんがいない状況で、これを聞いていいのかわかりませんでしたが、つい、口から漏れてしまいました。
艦長はちょっと驚いた様な顔で、私の目の前から離れ。
何か考えるかの様に後ろ手で少し歩きました。
しかし、ちょうど部屋の扉の方に艦長の体が向いた時、いきなりくるりと反転してこちらを向き、一気に私に身を寄せたのです。

「ルリちゃんは研究所時代、まるで囚われ状態みたいだったから、そんな風に言えるんだね」
隠しているのか判ってないのか、外見からはまったく判断できない表情で、答える彼女。
「でも、それなら同じ様な環境だったもう一人の事も考えてあげないと」
いきなり予想外の事を言われ、驚く私。
と、彼女はさりげなく懐から、身だしなみチェック用でしょうか、コンパクトを出して私に見せました。
「振り向くと気づかれちゃうから。……ほら、そこ見て」
鏡に映っていた光景。
あの、扉の隙間から覗く柔らかな薄桃髪は。

「……ラピス?!」
私が思わず声を上げると、さっと隠れる薄桃髪。
瞬間、私は扉に向かって駆け出していました。

でも、開けた扉の向こうにはラピスの姿はなく。遠ざかって行く足音が聞こえるだけ。
困惑しつつ、足音を追いかける私。
運動はあまり上手でない私ですが、流石にもっと小さい子よりは速く走れます。

「ラピス、どうして逃げるんです」

肩を掴み強引に振り向かせて、問いかける。
でも彼女は俯いたまま答えない。

……どうして答えてくれないのですか。

わずかな苛立ちを感じつつも、もう一度問いかける。

「ルリ姉の事心配。でも、邪魔はしたくない。だから」
ぼそりといい、また口を噤んでしまう。


【ナデシコ通路:ラピス・ラズリ】

気づかれた瞬間、逃げ出していた。
どうしてか、自分でも分からない。

黙ってる私に、ミスマル・ユリカが声を掛けてきた。

「言いたい事は、それだけなのかな、ラピスちゃん?」
そう言った彼女は、なんとなくラズ姉と重なる笑い方。

「邪魔したくないなら、わざわざ見に来たりしないよね。
 様子を見るだけなら船内カメラとかラピスちゃんにはいろいろ方法があるし。
 一緒に居たい、いいえ、もっとそれ以上の事がしたいから、でしょう?」

言われて気づいた。
だから、言う。

「ルリ姉、独りで無理しないで。
 私、あいつが怖くても、頑張る。頑張らない方が、もっと怖い事になる。
 だから、手伝わせて」

私が今やらなくちゃいけない事、やりたい事はきっと、そういう事。
さっきまではそれがわからなかった。
だからルリ姉に見つかった時、言われた事を守ってないから、どう思われるのか怖くなって逃げてしまったんだと思う。

でももうわかった、だからちゃんと言う。
言って一緒に頑張りたい。


【同:ホシノ・ルリ】

私、ラピスがそんな事感じていたなんて、ぜんぜん気づいていませんでした。
姉とか思ってましたけど、まだまだでした。

そんな償いの気持ちが溢れ、ラピスを抱きしめてしまう。
「ごめんなさい、ラピス。私が至らなかったわ」
「……ううん、いい」
お互いを許しあう私達。

こんないい妹が居て、私はきっと幸せ者なのでしょう。
でもここで終わりじゃない。私達はもっと幸せになれるはず。
だってここには、あの素敵な姉が居ない。
だから、私達は彼女を助け出すため精一杯の事をしよう。

その決意は、しばらく前の物とは違う。あれより暖かくて柔らかくて、でももっと強い物。


暫くして、私たちの事を嬉しそうに頷きながら見ていた艦長が、声を掛けてきました。

「さて、二人仲直りした所で、やってほしい事があるんだ!
 ……て言うか、おねがいー」
胸の前で手を組むお願いポーズでこっちを見つめる艦長。

ま、仕方ありませんよね。


【ユリカの部屋:ホシノ・ルリ】

「なんですか、これ」

艦長にお願いされて、ラピスと二人で彼女の部屋までやってきて、見せられた物。
テーブル一面に広げられた、料理、いえ、これすべてを料理といって良いかは疑問ですね。
何と言うかこう、生命の進化と言うか成長の姿みたいな感じで、向こうの端は謎の前衛芸術なのにこっちの端まで来ると結構まともな料理の形になっているのです。

「あのね、アキトに差し入れを作って上げたくてね。
 こう頑張って作ってたら失敗したのやら出来が悪いのやらで一杯になっちゃって。
 捨てるのも勿体無いし、片付けるの手伝ってほしいなー……なんて」

つまりこれは艦長の上達の証みたいな物な訳ですね。
しかし、艦長の料理の腕前は十分噂で聞いていた訳で、少々上達した様に見えても、口にするのには勇気が要ります。
が、私が逡巡している間に、隣のラピスが料理に手を伸ばしました。

「ラピス?!」
私が驚きつつ声をかける中、なんでもないかのように口に含み、もぐもぐと噛んだ後、こくんと飲み込む彼女。
「ら、ラピス? 平気?」
「聞いてたより凄くない。食べられる」
彼女の答に膨れる艦長。
「あーひどいなーラピスちゃん。私だってレシピ通りに作る事はできるんだからね」
つまり、レシピ以外のオリジナルを作ろうとするとああいう風になる、と。
まあそれはそれとして、こっちの端の方はまともな味だそうなので、私も警戒を解き、食べるのに専念し始めました。
考えてみれば、特訓を始めてからずっとまともに食事してなかった気がしますから。

しかし、その解いた警戒の隙を突くかの様に、こんな問い掛けが投げられたのです。

「ルリちゃんが頑張ってるのは、あの、ラズリちゃんじゃないラズリちゃんのせいなのかな?」

テーブルの向こう側から、じっと私を見つめる艦長。
その視線は、たまに戦闘の時に見せる眼差し。
艦長がこの眼差しを見せる時は、戦況を見極め、勝利のための布石を放とうとするため。
つまり今、彼女は何か私から見極めようとしているのです。
なら、彼女にとっての勝利とはいったい何?
それが分からないのに、下手な事を言う訳には行きません。
しかも、適当な事を言って煙に巻こうにも、この凄い目のまま「嘘だよっ!!」とか叫ばれてさらに追求されそうな雰囲気がひしひしと。

と、私が内心で焦っているのに、、彼女はいきなりこんな事を言い出してくれたのです。
「なんて言うかこう、狐払いというか悪魔落しとか言うの?
 エロイムエッサイムわれは求めうったえたりー払いたまえ清めたまえーとかみたいな感じの。
 そういう事をしようとして頑張ってるんでしょう」
……いろいろ混じってって、めちゃめちゃですそれ。

肩透かしを受けたような感じで気が抜け掛けた時、艦長は机に片肘を突き、先ほどの表情のまま考え込みつつ、言葉を続けます。
「彼女の存在って、なんていうかこう、イレギュラーな感じがするの。
 本当はそうならなかったはずなのに、彼女が居てくれたおかげで流れが変わってしまう、みたいな」
そこまで言って、いきなり彼女の表情が崩れました。

「そう、皆を幸せにするためにどこか別の世界からやってきた天使、とかぁ?
 いやーん、ラズリちゃんすてき〜」
嬉しそうに体を震わせる艦長。
……ああもう、この人どこまで本気で言ってるんですか?

ですが、私にとって彼女の発言は、放っておけないかなり重要な発言な訳で。
艦長が「未来」の「記憶」を持っているのかどうか、確認したくなってしまいます。

が、しかし。

「ああーっ!」
いきなり艦長が叫びました。

「ラピスちゃん、お袖の端っこ、ソースくっ付いちゃってる!」
艦長の声に私もラピスの方を見ると、確かに右手の袖の下側がソースで汚れていました。
きっと、ここまで大量の料理がテーブルの上に乗っている状態で食べるのは、今までそうなかったですから、手を伸ばして料理を取ろうとした拍子に、袖を別の料理に引っ掛けてしまったのでしょう。
まあ、この位の年の子なら良くある事だと思います。
「大変! 早くしないと染みになっちゃう!」
こう、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれているのを見ると、彼女が私たちの事を大事に思ってくれているのは間違いないと感じられます。
だから私は、ラズリさんの事を話して、彼女にも協力してもらうべきではないかと思い始めました。

……ですが。
「あの、艦長」
「ん? 何かな?」
ああもう、不思議そうに小首を傾げて、いったい何の話かなーなんて顔でこちらを見られると、本当に訊いて良いのか、言葉に詰まります。

「あ、ごめんねルリちゃん。こういう染みって早く綺麗にしないと落ちにくいのよ。
 ちょっと洗ってくるから、じゃあねー!」
いきなりそんな事をまくし立てつつ、艦長は出て行ってしまいました。
……何だかうまい事誤魔化された気がします。

「……全部まるっとお見通し?」
その時、ラピスがぼそっと呟きました。
妙な表現を誰に教えてもらったかはともかく、彼女も艦長の態度に気づいていたようです。
「そうかもしれませんね」
私が考えつつ言葉を返した所、ラピスはこちらを向き、聞いてきました。

「ユリカは私と同じ? それともアキトと同じ?」

あ、なるほど、そういう考え方もできますね。
ラピスの様に、逆行者として覚醒しているのか、それともアキトさんの様に、「今」の艦長と「未来」の「ユリカ」さんが攻めぎあっているのか。

確かにこれは重要です。
うまくやらなければ藪蛇です。下手をすれば誤解されてしまいます。
「未来」の「ユリカ」さんなら理解できる事も、「今」の艦長では分かってもらえない可能性がある訳ですから。
ため息をつきつつ、私は手前の皿をどけ、その先の料理を口に運びました。
いろいろあって注意が散漫になっていたのでしょう。
その瞬間、口の中に物凄い衝撃が奔りました。

さ、さすがは艦長の料理、侮ってはいけませんでした。
外見はこんなにまともなのに、味がここまで物凄いとは。
まともな所から一気に何段階もすっ飛ばしてとんでもない所に行くのとかも、本人そっくりです。

そんな事を思いつつ、私は意識を手放したのでした。


【木連・白鳥九十九家:白鳥九十九】

私は道場の真ん中で座禅を組み、瞑想しつつ今後の事に思いを馳せている。
先日月臣と共に行った、草壁殿への和平の進言、これが予想外の好返答を得られたのだ。
妹のユキナが和平大使の一人として認められたというのも、その一環であろう。
だがまだまだ問題は山積みだ。

「どうした?」
「うおっ?!」
突然、背後から声をかけられた。
驚きと共に振り向き、相手を確認し、私は息を吐く。
「ラズリ殿、驚かせないでください」
「優人部隊とあろう物が情けないな。もっと腕を上げろ」
私の言葉も気にした様子でもなく、彼女は言葉を返す。

彼女が最初に前触れもなく私の所にやって来た時は驚いたものだ。
その時の事を思い出す。

【ゆめみづき内白鳥九十九用船室:白鳥九十九】

「どうしてここに?!」
「潜入活動への対策が甘いな。訓練が足りぬのではないか?」
彼女は、驚く私にさらりと大した事ではないかのように言ってのけた。
だが我等は伊達に優人部隊と呼ばれている訳ではなく、しかも現在は北辰殿まで居るため、対策はそう甘い物ではない。
そんな中平気でここまでやってくるとは、彼女の潜入技術はかなり高度な物だと言えよう。
……ああ、高杉が艦内の機器に不調が出ていると言っていたな。彼女が原因なのか?
驚きを感じつつも、私は彼女に言葉をかける。
「わざわざ会いにきてくださったのですから、重大な用件なんでしょうね」
私の問いに彼女は肯き、語り始めた。


「……なぜ、こんな事をする必要があるのです」
話を聞き終わり、まず口から出たのがこの疑問だった。
だが、私の問いかけにも彼女は動揺を見せない。
「戦いたい相手が撫子にいる。だが同じ船に乗っていては戦えない。だからだ」
「つまり、育てた弟子の成長をみるため、敢えて敵に回ったという事ですか」
私がこう言うと、彼女は僅かに目を見開いた。
「弟子? 我があいつを育てた? くくく、それはいいな」
なにが可笑しいのか、彼女ははくつくつと口の中でだけ笑う。

「この身に何かあれば、主が望んでいる和平とやらは遠のくであろうな」
すっと片目を細め、口元だけ笑いの形を作る。
「だが、目的を果たせば、後はどうなろうとかまわぬ。
 主があのナデシコの操舵手と乳繰り合おうがどうしようが、勝手だ」
挑発とも取れるような言葉。
だがしかし、なぜか私はその表情に違和感を思えてしまい、つい、こう口に出していた。

「あなたのような可憐な少女が、そんな下品な言葉を口にする物ではありません」
私の言葉に、彼女は呆れたかの様に目を開き、黙る。
「可憐……か。そう見えるのだな、今の我は……」
彼女は自嘲するように低く嗤い出す。
こちらには理由が分からず途方に暮れ掛けた時、彼女は笑いを止め、部屋を出て行こうとした。
「どこへ行くつもりです?!」
「あまり勝手に出歩いてはそちらも対処に困るであろう?
 返事をしたくなったらいつでも訪ねてくるがいい」

【木連・白鳥九十九家:白鳥九十九】

そこまで思いだして、私は彼女にこう言い返す。
「勝手に出歩かないといったのは貴女の方ではありませんか」

まったく、ミナトさんから聞いていたのとはかなり違いのある性格に驚かされてばかりだ。
のほほんとしたいかにも大和撫子的な女性と聞いていたのだが、これがだいぶ違うのだ。
「芋の煮転がしが美味く出来たのでな、持ってきてやったのだぞ。感謝しろ」
「は、はぁ……」
まあ、料理が得意というのは聞いていた通りだったのだが。

大体、彼女が私の所で生活するという事自体が予想外だったのだ。
彼女をさらってきたのは北辰殿、ゆえに、彼の監視下に置かれると思っていたのだが、そうではなかった。
何か彼女が交渉したのであろうが、その事を尋ねても、にやりと笑っただけで答えてくれない。
しかも彼女はここにじっとしておらず、ふらっと外へ出かけて料理の材料など買い物したりしてしまうのだ。
普通そんな事があれば家の周辺や商店街で不審がられると思ったが、そうではなくいつの間にやら馴染んでいて、あまつさえ私が幼な妻を手に入れたとか妙な噂がたっているのはどういう訳なのだ。
こういうのは何だが、彼女の外見からしても怪しいだろうに。
なんと言うか変な情報操作でもしているのではないかと疑ってしまう。
そんな私の心情を気にせず話を続ける彼女。

「知っているか?
 あの北辰とやらもな、男やもめが長いせいか、結構な料理の腕前だそうだぞ。
 だが、あの顔と性格では馳走する相手もおらず、口惜しく感じているようだ」
そこまで言って、口元だけ持ち上がる。
「まあ、あの男の場合、料理するのは人間だけではなかったという訳だな」

微妙に黒い冗談に私は困惑し、間を持たせるために芋の煮転がしを一つ口に運ぶ。
柔らかい中にも確りとした腰のある歯触り、主張しすぎず上品に付けられた味付け。
「ほう……」
思わず感嘆の言葉が出てしまう。

そんなこちらを見て、彼女の金色の目が細められ口元が歪んだ。
あれは喜びの笑みなのだろうが、正直怖い。
なまじ綺麗な顔立ちの上、生命力、熱を感じさせない白い肌も合いまって、変温動物、白蛇や蜥蜴等の微笑みはああであろうとしか思えない笑みとなっているからだ。

「流石ですね。これが地球の料理を知っている者の差、ですか」
私がこう言った瞬間、彼女の表情が変わる。
「どうしましたか?」
呼びかけたが、殺気を込めた視線で睨まれてしまう。
「貴様と居るとどうにも調子が狂う」
だが結局、ぼそりと一言残しただけで出て行ってしまった。
……一体どういう事であろう。
自分は何か失言したとも思えないが。


【北斗用船室:紫苑零夜】

「ああ、零夜か」
久し振りに会った北ちゃんは、なんだか憔悴しているように見えた。
彼女はだらしなく足を伸ばして座り、壁に寄りかかっていた。

「北ちゃん、疲れてるの? とりあえずお茶でも淹れてあげるね」
私は床に座り、どうせ部屋には何も無いだろうと持ってきた道具を使い、お茶を淹れ始めた。

その時、彼女がけだるげに声を掛けてきた。
「お前とは、長い付き合いだよな」
彼女が昔の事を言い出す事はまず無かったので、私は驚いて北ちゃんの方を向く。

「小さい頃は、お前とも良く遊んだよな。
 お前のままごとに付き合わされたり、ゴム跳びやらおはじき遊びなんて物もしたっけ」

……北ちゃんはそんな女の子がするような遊びなんてした事がない。
駆けっこや木登り、ちゃんばらごっことか、男の子がするような事ばかりしていたはず。
私はいつも、そんな北ちゃんに追いつこうと、一所懸命だったから。

私の顔色を見て、北ちゃんは眉を顰める。

「俺、なんか変な事言っちまったのか?」
「……ううん。北ちゃんが昔話するなんて、初めてだったから」

誤魔化すような私の言葉だったけど、北ちゃんは私の内心に気づいたのだろう。
彼女は憤りを押さえる様に拳を握りながら、自嘲する様に呟き始める。

「あの山崎の野郎に、頭ん中弄られちまってな。
 気を抜くと、どっちが本当なんだか、わからなくなっちまうんだ」
「どっちって……?!」
左のこめかみを嫌そうに人差し指でぐりぐりと捻りつつ、彼女は答える。
「勝手に頭ん中に放り込まれた、枝織とか言う女の「記憶」さ。
 ご丁寧に、ガキの頃から思い出せちまう。
 しかもそいつはあの糞親父に懐いていて、あいつの事が大好きだったりしやがるんだ」

でも、吐き捨てる様に出された言葉の中に潜む物に、私は気づいた。

北ちゃんは昔、北辰殿に思慕にも似た思いを持っていた。
暗殺者一族、木連の影の部族の後継ぎではなく、父親と娘としての関係に憧れていた事。
子供が両親と仲良く過ごしているのを見ていた時の彼女の視線を、覚えている。

「なあ、お前は俺の事知ってるよな……。
 昔飼ってた犬の事とか、糞親父との決闘の事とか、それが本当の事なんだよな」

憔悴した顔で、縋るような気配も含んだ目で、こちらを向く彼女。

北ちゃんはある意味純粋で、凄くまっすぐな人。
自分が自分でありたい、自分らしく自由に在りたいというのが北ちゃんの望み。
それが犯され始めている今、彼女はとても危険な状態。

なのに。
私は頷いてあげる事しかできなくて。

「糞ッ、俺、どうすりゃ良いんだ」
言葉が口から漏れると同時に北ちゃんは壁を叩く。

と、一撃により入ったひび割れを見て、彼女の表情が変わった。

「そうか、強い奴をぶちのめせば良いんだ。
 俺が最強だって事を実感すれば、きっとこの混乱も収まる。
 そう、そうだよ、あの時だって、あの踊り子と戦って思い出したんだ。
 はははは、闘えばいいんだ、簡単じゃねぇか」

その結論は、凄く彼女らしい結論だけど。

「な?! まって、北ちゃん!」
「邪魔するな。俺が俺である事を邪魔しようって言うんなら、お前だって容赦しない」

私の手を払いのけ、北ちゃんは部屋を出て行く。
追おうと足を踏み出した瞬間、部屋の扉が閉まり、私の前から彼女の姿を消し去る。
それが、私と彼女を隔てる壁の様に思え、足が止まってしまう。

部屋に一人残された私。
また、私は彼女の後姿を見送る事しか出来なかった。

北ちゃん、私どうしたら良いのかな……。







【中書き:筆者】


第二十話Bパートです。

お久しぶりでございます。
前回投稿したのはいつのことやら、こんなに間を空けてしまって申し訳ないと思ってます。
色々環境や心情の変化があって、こちらまで余裕が無かったというのが正直な所です。
少しづつでもいいから調子を取り戻して行きたいなと思ってます。


さて、今回の話ですが、やっぱり時ナデキャラ、自己主張し過ぎなんです。
やはり、三次とか書きたくなる人が沢山いるほどパワーのあるキャラだという事でしょうか。
北斗君はARMSのコウ・カルナギみたいな立ち位置で、バトル系なだけの人で済む、なんて思ってたんですが。
キャラ描写に過去絡みが必要になってきて、その瞬間、零夜出てきて。
……また百合?とか言うなー(w

まあ、零夜はイツキ対比で色々ネタに出来そうな気もしますから、無駄キャラにはならないかなと(苦笑
そこら辺は最初のプロットでは全く考えてなかった辺りなので、どうなるか激しく心配だったのですけどね。
ああもう、横道ばっかり増えて行くのですよ。


では、また次回に。

 

 

 

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代理人の感想

つ・・・・ツンデレっ!(爆笑)>ムネタケ

いやー、実に見事なタイミングでしたw

でも内容的には艦長大暴れの回。天然キャラは敵に回すとこんなにも恐ろしい物だったのか。

 

>北斗と零夜

うむうむ。

実に危うげで先行き不安なんですけど、やっぱりこの二人はワンセットでないと。

多分力づくで分けられない限り(あるいは「死が二人を別つまで」)、零夜は北斗にくっついて回るんじゃないかと。